南京大虐殺・従軍慰安婦強制連行の嘘
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南京で日本兵は何も見なかった
投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2008/09/16 21:02 投稿番号: [26018 / 41162]
第16師団
化学兵器使用
第1回目
洪毛屋棊寨東北高原
第二回
第三回
このような日記は書かないという馬鹿さ加減の捏造日記だな、和田罪が示すのは。
これは メッセージ 26012 (wadatumi_voice21 さん)への返信です.
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南京で日本兵は何を見たのか (4)
投稿者: wadatumi_voice21 投稿日時: 2008/09/16 20:59 投稿番号: [26017 / 41162]
もう一人、宮本少尉と同様に現場指揮官だった将校の日記を挙げておく。
以下に引用するのは、第13師団歩兵第65聯隊
第8中隊少尉であった
遠藤高明という人物の陣中日記であり、出典は
前述と同じく
『南京大虐殺を記録した皇軍兵士たち』(大月書店、1996年)
219〜220頁所収のものだ。
この日記にも、前述した宮本少尉の記述と同じ事件が
記録されている。
宮本少尉とは中隊が違うものの、同じ現場には居たことが判る。
12月16日、宮本少尉の日記でも火事があったことが記されていた日だ。
「定刻起床、午前九時三十分より一時間砲台見学に赴く」。
すでに
戦闘は終わっていることが分かる。
「午後零時三十分、捕虜収容所火災の為出動を命ぜられ、同三時帰還す」
「同所において、朝日記者横田氏に逢い、一般情勢を聴く」とある。
まさに
現場には
新聞記者もいたのだ。
「捕虜総数一万七千二十五名、夕刻より軍命令により捕虜の三分の一を
江岸に引出し、I(=第一大隊)において射殺す」。
この日記を見ると、軍の命令によって
捕虜の3分の1を射殺した
という事実を
記している。
火事が起こり、収容が困難になったということが出てきたが、このあとに
「一日二合宛給養するに百俵を要し、兵自身徴発により給養し居る今日、
到底不可能事にして軍より適当に処分すべしとの命令ありたりものの如し」
とある。
要するに、兵隊自身も自ら食べ物を徴発している状態だから、
ましてや
捕虜に与える食料などはない。
だから、「適当に処分すべし」という命令が出た、ということだ。
そして
12月17日、「幕府山頂警備の為、午前七時兵九名を差し出す」。
幕府山というのは
日本側が適当に付けて呼んでいた名前だと思われる。
命令されて、警備のために
この中隊からも兵を出したということだ。
「南京入城式参加の為、十三Dを代表して、Rより兵を堵列せしめらる」
十三Dとは
第13師団のことで、Rとは
第65聯隊のことだ。
堵列というのは、銃剣を持って
ずらっと並ぶことを
意味している。
「午前八時より小隊より兵十名と共に出発、和平門より入城」
「中央軍官学校前、国民政府道路上にて軍司令官松井閣下の閲兵を受く」
この遠藤少尉も
晴れやかな入城式に参加したわけだが、
「帰舎午後五時三十分、宿舎より式場間で三里あり、疲労す」。
宿舎に帰るのに時間がかかって疲れた
と言っているのだ。
続いて
「夜、捕虜残余一万余処刑の為、兵五名差出す」
とある。
第8中隊からも
捕虜1万人を処刑するために
兵を出したのだ。
「本日、南京にて東日出張所を発見」
東日というのは、当時の東京日日新聞、現在の毎日新聞のことだ。
さっきは朝日新聞の記者が出てきたが、ここでは東日新聞の出張所を発見。
「竹節氏の消息をきくに、北支より在りて皇軍慰問中なりと。風出て寒し」
ここでも新聞関係の出張所があったということが証言されており、
同日に捕虜1万余を殺すために兵を差し出したということが書かれている。
これは メッセージ 26014 (wadatumi_voice21 さん)への返信です.
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Re: ほれほれ、負け犬koudousuru
投稿者: fukagawatohei 投稿日時: 2008/09/16 20:58 投稿番号: [26016 / 41162]
>No.2××××の×四つの数字を書けばいいんだよ
(笑>
ノ〜タリンのオマイはたった四つの数字が見つけられない。
全く英語を理解できないテ〜ノ〜だと自分で認めているのと
同じだ。
ろくに英語も分からず、英文のコピペなどするから、このザマだ。
マヌケでオッチョコチョイのkoudousuru,
オマイはアメリカ人が原爆を落として後悔しているなどと、勝手に
解釈して、オノレの低脳ぶりを日本中に公開しているな。
本当に面白いぜ、ノ〜タリン珍種ハイブリッドのオマイは。
これは メッセージ 26013 (koudousuru009 さん)への返信です.
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南京で日本兵は何も見なかった
投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2008/09/16 20:56 投稿番号: [26015 / 41162]
第13師団歩兵第65聯隊第4中隊
第13師団■■■化学兵器使用
第一回
宝金山東南側台地。
第二回
第三回
此の方が話題としては面白いんだけどね、知らない聯隊も居たんだな、診断が使ったのに。
都合の良いことだけは日記に残し、都合の悪いことは日記に書かないという、捏造屋のやることだな、和田罪作りチョン。
これは メッセージ 26014 (wadatumi_voice21 さん)への返信です.
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南京で日本兵は何を見たのか (3)
投稿者: wadatumi_voice21 投稿日時: 2008/09/16 20:12 投稿番号: [26014 / 41162]
先に引用した中島日記は、師団長であり
中将だった人物の記述だ。
現場に直接行って
自ら手をくだして
殺していたわけではないだろう。
現場で見聞したわけではないじゃないか、という難癖もあるかもしれない
ので、もう一つ
別の日記を紹介しておきたい。
第13師団山田支隊に所属した
現場指揮官の日記も残っている。
次に引用するのは、第13師団歩兵第65聯隊第4中隊の少尉であった
宮本省吾という人物の日記だ。
出典は、『南京大虐殺を記録した皇軍兵士たち─第十三師団
山田支隊兵士の陣中日記─』(大月書店、1996年)134頁所収。
これは
南京陥落後の
1937年12月16日の記述だ。
「警戒の厳重は益々加はり。」
「それでも午前十時に第二中隊と衛兵を交代し、一安心す」
中隊が捕虜が脱走しないよう見張っていたのだが、衛兵を交代して
ちょっと一安心だ
ということだが、「しかしそれも束の間で」、
「午食事中に俄に火災起り、非常なる騒ぎとなり、三分の一程延焼す」
捕虜を収容していた場所で火事が起き、大騒ぎになったらしい。
で、この捕虜を
いったい、どうするのか。
このままだと
手間がかかり、食事も与えなければいけない。それで、
「午后三時、大隊は最後の取るべき手段を決し、捕虜約三千を揚子江岸に
引率し、これを射殺す。戦場ならでは出来ず、又見れぬ光景である」
と記している。
捕虜を監視しているのが大変だから、殺してしまおうということになり、
揚子江岸に引率していって
射殺した、ということだ。
次は
12月17日、翌日のものだ。
この日は、南京での「入城式」という行事が
行われている。
「本日は一部は南京入城式に参加」、これは
映像でも残っている。
一部分は
南京入城に参加したのだが、「大部は捕虜兵の処分に任ず」。
つまり
大部分の兵隊には
捕虜の処分を命じたということだ。
「小官は八時半出発、南京に行軍。午后晴れの南京入城式に参加」
「荘厳なる史的光景を目のあたり見る事が出来た」。
この人物は
将校であるため、入城式に参加できたのだ。
しかし、午後には
帰ってきて、
「夕方ようやく帰り、直ちに捕虜兵の処分に加はり、出発す」
ということで、南京入城式が行われているその当日、
一方では、揚子江岸で
捕虜を大量に処分していたことが判る。
「二万以上の事とて、ついに大失態に会い、友軍にも
多数死傷者を
出してしまった。中隊死者一、傷者二に達す」
と記している。
これは
どういうことかと言うと、多くの捕虜を機関銃で撃ったが、
日本軍側が
ぐるっと囲んで撃ったものだから、向こう側にいる日本兵に
当たってしまった。
“大失態”とは、そのことを言っているのだ。
取り囲んで味方を撃ってしまい、それによって死んだ者もいた。
「中隊死者一、傷者二に達す」というのだから、確かに大失態だ。
翌12月18日、「昨日来の出来事にて、暁方ようやく寝に就く」とある。
射殺で時間がかかって、明け方までかかり、それでようやく寝に就いた。
「起床する間もなく昼食をとる様である。午后、敵死体の片付けをなす」
「暗くなるも終らず、明日又なす事にして引き上ぐ。風寒し」。
前日一日かけて射殺をし、死体の片付け(揚子江に流すこと)をした。
しかし
一日やっても終わらなくて、また明日やることにした、
と言うのだから、死体は
膨大な数だった
ということを示している。
「二万人以上の事」と、この宮本少尉は聞いていた
というのだ。
12月19日になると、「昨日に引続き、早朝より死体の処分に従事す」
「午后四時迄かかる」と
書いている。
この日も
揚子江に遺体を流す作業をやっていた
と言うのだ。
これらを見ると、17日の南京入城の前日から組織的に捕虜殺害が行われ、
19日までの4日間、この13師団は
一生懸命に
捕虜の遺体を「処理」
つまり
揚子江に流す作業を続けていた
ということが判る。
南京虐殺の正確な犠牲者数が
諸説あって判らない
というのは、
まさに、ここに原因があると言えるだろう。
無秩序に殺した遺体を、どんどん
大河に流してしまった。
こんな状況が
ずっと人目に晒されるのは
まずいので、
大急ぎで
遺体を流すということをやった
ために、
また、誰も
正確な記録を付けているわけでもないので、
そこで亡くなった人の数が
どれくらいかが
正確に判らないのだ。
この日記は、確かに
現場の指揮官の記録であり
重要な史料だ。
これは メッセージ 26012 (wadatumi_voice21 さん)への返信です.
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ほれほれ、負け犬fukagawatohei (笑
投稿者: koudousuru009 投稿日時: 2008/09/16 19:33 投稿番号: [26013 / 41162]
いつまで、とぼけてるんだ、ノ〜タリン
(笑
この一行はオマイにやるが、
オマイはこの一行ほども書かなくていい
(笑
No.2××××の×四つの数字を書けばいいんだよ
(笑
ソウスレバ、泣カナクテモ、スムンダヨ
(大笑
ソーダロウ、アン?
ソージャナイノカ、アン?
アホウ
(笑
何行も、何行も泣き喚く!
それがそのままオマイがウソをついた証拠だよ
(大笑
ほれっ、負け犬fukagawatohei、「これを見ろ」つって、
出してみい、あん!
どうしてデケンのだ、あん!
(怒
自分で書いた投稿(のはず)だろう、こらっ
(怒
ええ加減にせいっ
(怒
ボケナス
(笑
これは メッセージ 26011 (fukagawatohei さん)への返信です.
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南京で日本兵は何を見たのか (2)
投稿者: wadatumi_voice21 投稿日時: 2008/09/16 19:20 投稿番号: [26012 / 41162]
現場で、そこに居た者が
何を見たのか、ということが重要だ。
当時、南京大虐殺の現場を
当然のことながら
多くの日本人が見ていた。
その多くは
日本兵であるが、中には
従軍記者もいたはずだ。
しかし
当時の記者が、それを
記録に残せるはずがなかった。
戦争と言論の統制というのは
常に
セットになっており、
そこで見たことを
新聞記者は
そのまま書けないようになっていた。
特に
当時の日本軍の言論統制は
徹底していたのだ。
仮に
記事にしたところで
採用されないわけだから、
最初から記事にすることさえなかった
というのが実態だった。
当時の日本の新聞には、南京での虐殺の報告は
載せられていない。
しかし、載せられていないから、日本人が
何も見なかったのか
と言えば
決して
そうではない。
南京という都市は、揚子江に面しており、日本軍は
これを南方、東方、
さらに揚子江の北側からも侵攻し、まさに包囲する形で布陣していった。
南京の東の方から侵攻していったのは、16師団だった。
その師団長である
中島今朝吾の日記が
残されている。
以下、出典は
「南京攻略戦『中島師団長日記』」
(『歴史と人物 増刊 秘史・太平洋戦争』1984年)261頁から引用する。
日記は、1937年12月13日のものだ。中島は
師団長であるから、当然、
師団司令部で指揮を執っているわけで、この13日は南京陥落の日であり、
南京のすぐ外側に
司令部があったと思われる。
「一、本日正午、高山剣士来着す」
「時あたかも捕虜七名あり」
「直ちに試し斬りを為さしむ」。
まず
司令部に連れて来た捕虜
7名を試し斬りさせたと言う。
その「剣士」の腕前を確かめるだけのために
捕虜を斬らせたのだ。
「到るところに捕虜を見、到底その始末に堪えざる程なり」。
投降した中国兵が大勢すぎて
始末に負えない、ということだ。
「大体、捕虜はせぬ方針なれば」
「片端より之を片付くることとなしたれども、中々実行は敏速には出来ず」
国際法上、戦時において捕虜を確保した方が
それを保護する義務がある。
しかし、捕虜にはしない方針、と言うのだから
義務など一切ないわけだ。
捕虜にせず、片っ端から片付けることにした、ということだ。
「一、佐々木部隊」──これは
16師団に属している大隊だ。
「佐々木部隊だけにて処理せしもの約一万五千、太平門に於ける守備の
一中隊長が処理せしもの約一三〇〇、その仙鶴門付近に集結したるもの
約七、八千人あり。尚続々投降し来る」
一個大隊は
約800人だが、
その人数で
1万5千人の捕虜を
「処理した」と言っている。
また
一中隊は200人ぐらいだと思われるが、それで1300人ほどを
「処理した」、と言っているのだ。
さらに、どんどん捕虜が増えてきて、
「この七、八千人これを片付くるには、相当大なる壕を要し」
壕というのは、つまり
穴のことだが、
「中々見当らず。一案としては百、二百に分割したる後、適当の箇所に
誘(いざな)いて処理する予定なり」。
16師団は
内陸の方面から攻めていたため、辺りには「河」がない。
そうすると「処理する」というのは、穴に埋めてしまう
ということだ。
7〜8千人の人間を埋める穴はないから、分割して埋めるというわけだ。
こういう遺体は、のちに掘り出されたものが発見されている。
ここでは
計画的に、最初から捕虜にしないで殺害して埋めてしまおう
ということを、師団長自身が言っているのだから、まさに捕虜虐殺は
偶発的ではなく、日本軍の方針であった
ということが理解できる。
これは メッセージ 25997 (wadatumi_voice21 さん)への返信です.
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Re: 負け慣れ負け犬koudousuru (大
投稿者: fukagawatohei 投稿日時: 2008/09/16 16:57 投稿番号: [26011 / 41162]
>わかったか、負け犬fukagawatohei
(大笑>
いつまで、とぼけてるんだ、ノ〜タリン。
古本屋の被告民のセガレでも、中学レベルの英語力はあるぞ。
オマイはバカ猫以上の、幼児だな〜。
これは メッセージ 26010 (koudousuru009 さん)への返信です.
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負け慣れ負け犬fukagawatohei (大笑
投稿者: koudousuru009 投稿日時: 2008/09/16 13:38 投稿番号: [26010 / 41162]
>>口惜しくないのかい
(大笑
>ぜ〜んぜん、
負け慣れしている訳か、負け犬fukagawatohei
(笑
頭が悪いしな
(笑
完全にギブアップか、あ〜ん
(笑
結核専門病院のウソは逃がさんからな、負け犬fukagawatohei
(笑
「とっくにやった」も絶対に逃げられんぞ、負け犬fukagawatohei
(笑
いいか、負け犬fukagawatohei
(笑
わかったか、負け犬fukagawatohei
(大笑
これは メッセージ 26008 (fukagawatohei さん)への返信です.
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日本兵は支那で何を見たのか
投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2008/09/16 11:48 投稿番号: [26009 / 41162]
目次
第一
化学戦実施の一般的情況
第二
化学戦関係部隊に部署
第三
化学戦資材の配当並びに使用概数
第四
■■■の効果並びに成果利用の状況
第五
第■軍及び第■■軍における化学戦実施の状況
第六
化学戦に関する支那軍の監察
第七
将来に関する意見
一.今次作戦に於ける■■■の効果と其の将来性
二.■■■放射の価値用法並びに之が成果利用
三.■■■の価値用法並びに之が成果利用
四.一般戦力と瓦斯戦力との比較並びに両者の協調
五.編成装備
六.教育訓練
七.瓦斯勤務
八.気象勤務
九.化学実験部に関する事項
十.補給並び輸送
十一.野戦瓦斯廠に関する事項
十二.資材改善に関する事項
十三.防諜に関する事項
十四.■■攻略後に於ける化学戦事項
付表第一
化学戦部隊の部署
付表第二
■■攻略戦間化学資材(兵器)配当及び使用数表
附録第一
■■攻略戦間に於ける化学戦実施報告(■集団)
附録第二
■■攻略戦間に於ける化学戦実施報告(■集団)
↑日本の馬鹿な研究家は之等の資料を見つけ出すことも出来ない様だな、之で研究家とは情けないな。
たかだか300ページ位しかない資料を探せないとはね、呆れて物が言えないよ。
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/fn5febg5tbba6a1a6bdbe730v0bix6afc0a9oa29ta4n13_1/26009.html
Re: キャンスカ負け犬koudousuruへ (
投稿者: fukagawatohei 投稿日時: 2008/09/16 11:07 投稿番号: [26008 / 41162]
>これだけ侮辱を受けて、口惜しくないのかい
(大笑>
ぜ〜んぜん、ノ〜タリンのオマイをじらすのは面白いからな〜。
これは メッセージ 26007 (koudousuru009 さん)への返信です.
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キャンスカ負け犬fukagawatoheiへ (爆笑
投稿者: koudousuru009 投稿日時: 2008/09/16 10:55 投稿番号: [26007 / 41162]
>オマイがこれ日本語に訳したら、オイラの投稿ナンバーを教えてやるよ
筋違い、だろう?
あん?
(笑
オマイが「とっくにやった」とわざわざ書くから、見せてみい、と言ってるんだよ
(笑
長々と、コピペまで(読めもしない英語を)することは、ない!
(大笑
No.×××××の五つの数字だけ示せば、
キミは大威張り、デキルンダヨ、そうだろう?
書いて、イバリナヨ
(大笑
ノータリンの腰抜け、卑怯者のボケナス、キャンキャン泣き喚くだけの負け犬、fukgawatoheiくん
(笑
これだけ侮辱を受けて、口惜しくないのかい
(大笑
示せよ
(大笑
ボケナス
(大笑
これは メッセージ 26005 (fukagawatohei さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/fn5febg5tbba6a1a6bdbe730v0bix6afc0a9oa29ta4n13_1/26007.html
負けて悔しいfukagawatohei へ
投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2008/09/16 10:35 投稿番号: [26006 / 41162]
残念だな、暗奔丹。
これは メッセージ 26005 (fukagawatohei さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/fn5febg5tbba6a1a6bdbe730v0bix6afc0a9oa29ta4n13_1/26006.html
Re: 万引き負け犬koudousuruへ (
投稿者: fukagawatohei 投稿日時: 2008/09/16 10:26 投稿番号: [26005 / 41162]
>口惜しかったらオマイが「とっくにやった」投稿ナンバーを示してみろ!>
オマイがこれ日本語に訳したら、オイラの投稿ナンバーを教えてやるよ。
でも、無理だろ〜、バカショク大学出のノ〜タリンのオマイには。
↓
Pros of Hiroshima?
I am a teacher doing a class project on Hiroshima. I want the students to research articles about the pros and cons of bombing hiroshima. After researching on the internet and in books, I can only find a lot of negativity towards bombing Hiroshima (and rightfully so, as it was horrific).
Does anyone know a credible, comprehensive article that states that the United States was right and just to bomb Hiroshima?
Best Answer - Chosen by Asker
I think right and just are moral questions needed to be answered by the indivual taken in the context of the times.
This link has good information on the practical decision to drop the bomb including facts leading to that decision.
もう逃げるなよ、オマイが言いだしっぺだからな〜。
これは メッセージ 26003 (koudousuru009 さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/fn5febg5tbba6a1a6bdbe730v0bix6afc0a9oa29ta4n13_1/26005.html
Re: 三笠宮と銃剣
投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2008/09/16 10:01 投稿番号: [26004 / 41162]
>三笠宮殿下は1943(昭和18)年から1年間,南京の総司令部に赴任した経験があり,1984(昭和59)年に出版した自叙伝『古代オリエント史と私』の中では,自分が見聞きした日本軍の残虐行為について「私(三笠宮)の同期生の青年将校から、兵隊の胆力を養成するには生きた捕虜を銃剣で突き刺させるに限ると聞きました。
↑見たと言っていない、聞くだけなら誰でも出来る、お前は読んだ、俺も読んだ、現実は見ていない、事実を証明できる様な話しではない、暗奔丹。
>多数の中国人捕虜を貨車やトラックに積んで満州の広野に連行し、毒ガスの生体実験をしている映画も見せられた……」 ……「これは氷山の一角に過ぎない」などと書いている。」
↑映画を見たと言っている、誰が作って、何のための映画かと言うことも知らずに見ても何の役にも立たない、何時何処で、どの様にして撮った映画で現在何処にあると言うことが判明しない限り、眉唾物とはこの事だな、暗奔丹。
このような馬鹿げた話しは氷山の一角に過ぎないことを証明してくれて有り難うチャン、暗奔丹。
これは メッセージ 26002 (fukagawatohei さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/fn5febg5tbba6a1a6bdbe730v0bix6afc0a9oa29ta4n13_1/26004.html
万引き負け犬fukagawatoheiへ (
投稿者: koudousuru009 投稿日時: 2008/09/16 09:56 投稿番号: [26003 / 41162]
>オイラの訳はいいから
負け犬のオマイが決めることじゃ、ナイ!
(大笑
いくら侮辱を受けても自分の投稿ナンバーすら示せないのは、負け犬だよ
(笑
万引きの現場をおさえられて、押さえた当の相手に、
自分のムジツを証明してくださいと、すがり付いているようなもの、ナンダヨ
(笑
腰抜け、卑怯者、ノータリン、アホンダラ、ドまぬけ、アンポンタン
(笑
口惜しかったらオマイが「とっくにやった」投稿ナンバーを示してみろ!
皆が読んでるからな、キタイしてるぜ、どすかたん
(大笑
これは メッセージ 25864 (fukagawatohei さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/fn5febg5tbba6a1a6bdbe730v0bix6afc0a9oa29ta4n13_1/26003.html
三笠宮と銃剣
投稿者: fukagawatohei 投稿日時: 2008/09/16 09:53 投稿番号: [26002 / 41162]
(google参照);
「(2000年6月17日付『東京新聞』)
三笠宮殿下は1943(昭和18)年から1年間,南京の総司令部に赴任した経験があり,1984(昭和59)年に出版した自叙伝『古代オリエント史と私』の中では,自分が見聞きした日本軍の残虐行為について「私(三笠宮)の同期生の青年将校から、兵隊の胆力を養成するには生きた捕虜を銃剣で突き刺させるに限ると聞きました。
多数の中国人捕虜を貨車やトラックに積んで満州の広野に連行し、毒ガスの生体実験をしている映画も見せられた……」 ……「これは氷山の一角に過ぎない」などと書いている。」
これは メッセージ 1 (the_super_aikokusya さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/fn5febg5tbba6a1a6bdbe730v0bix6afc0a9oa29ta4n13_1/26002.html
Re: mokneybrain123氏
投稿者: mokneybrain123 投稿日時: 2008/09/16 09:34 投稿番号: [26001 / 41162]
>レス先を間違っているか、誰か別の方と勘違いしているのではないですか?
あ、そうでした。トカちゃんとにゃんこさんを混同していたようです。和田罪君を追い詰めたのはにゃんこさんでした。失礼しました。
しかし、貴殿へのレスは間違っていないと思います。
これは メッセージ 25944 (thirteen_satan さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/fn5febg5tbba6a1a6bdbe730v0bix6afc0a9oa29ta4n13_1/26001.html
Re: 旅団命令ニヨリ「捕虜ハ全部殺スベシ」
投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2008/09/16 09:31 投稿番号: [26000 / 41162]
>第十三師団歩兵第百三旅団指揮下の歩兵第六十五聯隊基幹
Y支隊長の日記には、捕虜の処置について
軍司令部と打ち合わせしたこと、そして
その結果、
「皆殺しにせよ」との支持があったことが
記されている。
↑戦時服務規程によると、現実にこのようなことは起こりうることはない、和田罪チョン。
隷下部隊が直属の上級部隊を超えて、司令部と直接連絡を取ることはない、馬鹿な和田罪だな。
総司令部→方面軍司令部→師団司令部→聯隊司令部→大隊司令部→中隊司令部→小隊→分隊
これが命令系統だ、和田罪作りチョン。
報告もこれの逆を行くんだよ、飛び越えることはない、和田罪作りチョン。
特に戦闘中はこの規則は徹底して守られる、和田罪作りチョン。
チャンと要務令を調べることだな、和田罪チョンチョコリン。
特にこのような支隊は、本体との連絡は密に取り、命令を受け取るが、受給部隊を飛び越えて連絡を取ることはない、和田の作り事だな、和田罪作りチョン。
これは メッセージ 25967 (wadatumi_voice21 さん)への返信です.
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Re: mokneybrain123氏
投稿者: mokneybrain123 投稿日時: 2008/09/16 09:26 投稿番号: [25999 / 41162]
お気ににさわったらごめんなさい。でもこれでいいと思います。
ワダ罪君の25907にたいするthirteen_satanさんのコメントに関するコメントです。
>出所の怪しい資料を元にして「一部でこうだからこうに違いない」
典型的な印象操作。
それも手垢にまみれた使い古しのな。
例の資料(銃剣による捕虜刺殺)に関して、トカゲさんが和田君を追い詰めました。貴殿の上記のコメントはそれを踏まえてのものととりました。
これは メッセージ 25944 (thirteen_satan さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/fn5febg5tbba6a1a6bdbe730v0bix6afc0a9oa29ta4n13_1/25999.html
南京で日本兵は何も見なかった
投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2008/09/16 07:59 投稿番号: [25998 / 41162]
通常の戦闘以外何も見なかった、和田罪、これ以上罪を犯すな、馬鹿目。
これは メッセージ 25997 (wadatumi_voice21 さん)への返信です.
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南京で日本兵は何を見たのか
投稿者: wadatumi_voice21 投稿日時: 2008/09/16 07:18 投稿番号: [25997 / 41162]
世界中が歴史的事実として認識されている南京虐殺事件をめぐっては、
日本国内に限っては、それを否定するという宣伝が
後をたたない。
これは国内での対立にとどまらず、日本に対する不審感を世界に広げ、
国際的信用を失う要因を作り出している。
否定論が持ち出されるうえでの「争点」は、おもに次の点だろう。
1.犠牲者の数(数万人〜30万人超の諸説あり)が確定できない
2.「事件後、南京の人口が増えた」という説の真偽
3.「ゲリラ(便衣兵)殺害は戦闘行為」という説の真偽
その他
さまざまな否定論・「まぼろし」論は
なにゆえに出てくるのか。
まず、犠牲者の数が
どれくらいなのか
ということだが、
中国側は
公式的には30万人というふうに発表している。
これは
何がベースになっているかというと、東京裁判のときに出た
26〜27万人という犠牲者の数や、当時の埋葬記録を合計すると
27万という数字になることが
ベースになっていると考えられる。
しかし、これには
さまざまな説があり、日本の歴史学の研究者では、
10数万から20万人ぐらいだろうという見解が
圧倒的に多い。
また、虐殺とは何かという定義を
いろいろと細かくしていって、
捕虜を殺したのは一種の「戦闘行為」であり、
「戦闘行為は虐殺ではない」と主張する者もいる。
そうなると
犠牲者数は
さらに少なくなり、数万人になってしまう。
極端な場合、虐殺は一件もなかった
という者もいるが、
これは、まずあり得ない。
現に
そこで、日本側の人間が
その光景の目撃者が記録しており、
これは
リアルタイムで付けられた記録で、
しかも
複数の人間が
その現場を見ているのだ。
また
事件後、南京の人口が増えたという説がある。
これは大抵の否定派の本に書いてあり、それを真に受ける者もいるが、
実は
ここで言うところの「南京の人口」というのは、
南京の一部分の人口のことだというのが実態だ。
戦闘が展開された南京市というのは
非常に広大な領域であり、
その中に
城壁で囲まれた
「南京城区」と言われる部分がある。
普通、我々が
南京としてイメージしているのは、この南京城区だ。
さらに
その中に、国際安全区と呼ばれる難民避難地区があった。
人口が増えたというふうに記録されているのは、この国際安全区なのだ。
つまり、南京全体の人口が
事件の前より増えたというような話ではなく、
多くの人が避難してきたから安全区の人口が増えたというだけのことだ。
これを、南京の人口が事件の前より増えたというふうに
真ん中を省略して
語ってしまって、人口が増えたぐらいだから
虐殺はなかったんだ、
という話に繋げているのだから、うっかりすると
騙されてしまう。
もう一つ、ゲリラ──当時の言い方だと「便衣兵」と言うのだが、
その殺害は「戦闘行為」であるから虐殺ではないんだ、という者もいる。
しかし当時、日本の兵隊たちが
実際にどういうことを見たのか、
この「ゲリラの殺害」が
どういうものであったのか
という実態を、
きちんと史料に基いて把握しなければ、議論にはならないだろう。
今後とも、旧日本軍関係者が残した記録資料を丹念に掘り起こし、
真実を見極めて行きたい
と考えている。
南京で日本兵は
何を見たのか──
大本営発表のみを信じ込む諸氏には
おそらく想像も及ばない
歴史の事実が発見できるに違いない。
ぜひ
ご期待願いたい。
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「日本軍は銃剣を使用しなかった」論
投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2008/09/16 00:48 投稿番号: [25996 / 41162]
結局自説を証明することが出来ないと言うことだな、恥ずかしくないのかね、和田罪作りは。
人の説を解説するより自説を証明することが先決だとみんな思って居るんだろうけどな、和田罪作り。
馬鹿の限界極まれりと言うことだな、和田罪作り。
銃剣術教本によると、
第一条剣術の目的は白兵の使用に習熟せしめ剛健なる気力を養成するにある。
第二条
剣術は常に前項の目的を達成するのみ成らず合わせて胆力を練り耐力の養成に著しく効果あるものなり。
第三条
剣術は実戦に鑑み勇壮果敢敵を圧伏するの気力を持って之を行うべし然れども厳に規律を守り礼譲を重んずるを要す
↑実戦では相手気力で圧伏せよと言うことだな、馬鹿は理解できない様だけどな、和田罪作りチョン。
これは メッセージ 25995 (wadatumi_voice21 さん)への返信です.
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「日本軍は銃剣を使用しなかった」論
投稿者: wadatumi_voice21 投稿日時: 2008/09/16 00:31 投稿番号: [25995 / 41162]
このような
何の根拠もなく、また
常識的にも考えられないような
馬鹿馬鹿しい話を
必死で繰り返すのが、馬鹿ネコと呼ばれる理由だ。
日本軍では、銃剣の使用を禁止するどころか、むしろ奨励しており、
そのための技術である「銃剣術」も
さかんに訓練されていたのだ。
銃剣術の技は、刺突、斬撃、小銃の銃床部分を利用した打撃が基本で、
弾倉部分や銃全体での打撃や
敵の銃剣攻撃をかわす方法、
敵に剣を刺突したままでの発砲などの技術もあった。
もちろん
実践では、敵兵も激しい攻撃を返してくる。
銃身が歪んだり、照準が狂うことも
不思議ではなかった。
捕虜の刺殺は、白兵戦とは
まったく状況が違う。
捕縛されて自由を奪われている
捕虜を刺殺する際には、剣先を
人体の柔らかい急所部にあてがい、一気に突き刺すことで完了する。
もちろん
斬撃も殴打も必要としない。
この程度で、硬い木製の銃床に
全体を支えられている
鉄製の銃身が
「曲がる」
というなら、そもそも
過酷な戦場で
使用される武器としては、とても
役に立つシロモノではない。
むしろ
射撃のほうが、銃全体にかかる衝撃としては
強力だろう。
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馬鹿和田理論の出所は何か?
投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2008/09/16 00:25 投稿番号: [25994 / 41162]
↑頑張って示せ、和田罪作り。
これは メッセージ 25992 (wadatumi_voice21 さん)への返信です.
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Re: 初年兵の銃剣訓練
投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2008/09/16 00:24 投稿番号: [25993 / 41162]
これは メッセージ 25986 (victor_e_frankl さん)への返信です.
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馬鹿ネコ理論の出所は何か?
投稿者: wadatumi_voice21 投稿日時: 2008/09/16 00:12 投稿番号: [25992 / 41162]
捕虜を刺殺したという証言はウソだ、銃のことを勉強しろ馬鹿目、
こう言って他人をウソつき呼ばわりした馬鹿ネコは、
いったい
何を根拠にして、日本兵は銃剣を使用しなかったなどという
デタラメを
思いついたのだろうか。
いろいろ調べてみたが、どこにも
銃剣で捕虜を刺殺した程度で
頑丈な軍用銃が「曲がって使えなくなる」という話も、
また、それを理由として
日本軍兵士が銃剣使用をやめた
などという記録も見あたらなかった。
ただ、ウィキの解説に、次のような記述があった。
おそらく、馬鹿ネコは
これを
曲解したのではないだろうか。
↓
「銃剣」
着剣し、白兵戦で刺突に使用した小銃は、その衝撃で照準器が
ずれることが多く、照星や照門の微調整をやり直す必要があった。
「三八式歩兵銃」
銃身の細い三八式歩兵銃で白兵戦をした場合、銃身に歪みを生じる
可能性が大きく、命中精度を低下させかねない(中略)実戦における
銃剣は、倒れている敵兵の生死の確認などに使用する程度である。
白兵戦は、文字通り
兵士が激突しての肉弾戦、命懸けの格闘であり、
ただ刺突するだけでなく、銃床や銃身自体も利用して
打ち払い、殴打し、
激しい衝撃が銃にかかることになり、照準を狂わせたり
命中精度を落とす可能性はあった、ということだ。
捕縛した捕虜を刺殺することは、白兵戦とは
まったく状況が異なる。
頑強な銃身が曲がって使い物にならなくなる、などという馬鹿な話はない。
実際、捕虜を刺殺した
という記録や証言は、数多く存在するが、
そのたびに
銃が使えなくなっていた、という記録は
存在しない。
日本軍の小銃には
「菊の御紋」が刻印されていた。
天皇ヘイカから預かった武器を、簡単に
使い物にできなくしたならば、
兵隊としては、重罪に値するものであり、重営倉送りは確実だったろう。
馬鹿ネコは、捕虜を刺殺したという証言は
「ウソ」だと言う。
もしも、この馬鹿ネコ理論が正しければ、
そして
戦場を体験した元日本兵が、もしも
「ウソ」をつくとしたら、
「刺殺した」とは言わずに
「射殺した」と
証言するはずだ。
そのほうが
信憑性が高い
ということになるからだ。
だが、実際には
馬鹿ネコ理論とは
逆だったのだ。
銃剣を使わなかったどころか、日本軍兵士の多くは、
できるだけ
貴重な弾薬を節約するため、
捕虜の「処刑」には、銃剣を
使用していたのだ。
それだけ
弾薬や兵器を
大切にしていた軍隊が
「小銃が曲がって使えなくなる」ようなマネは、するわけがない。
馬鹿ネコ理論が正しければ、
銃剣の装着そのものを
禁じていたはずだろう。
そんなマヌケな記録は、いったい
どこに
あると言うのだろうか。
これは メッセージ 25985 (wadatumi_voice21 さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/fn5febg5tbba6a1a6bdbe730v0bix6afc0a9oa29ta4n13_1/25992.html
Re: 「日本兵は銃剣を使用しなかった」のな
投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2008/09/16 00:04 投稿番号: [25991 / 41162]
>日本軍式の銃剣術は、槍術を起源とすることもあり、
↑チャンと調べもせずに。白兵戦を考慮して作ったものなんだよ。
当時はこれが世界の主流だった。
>三八式歩兵銃の長さを生かした突き技が
↑銃身の長さは飛距離と精度を高めるため、銃の勉強不足だな、和田罪ちゃん。
>もっとも重要視されて
徹底的に訓練され・・・
↑銃の射撃精度を高め、銃弾の経口を大きくすると、日本人は重い銃となるので、6.5㎜という口径が採用された、もっと勉強せい、和田罪チョン。
後に7.7ミリを採用する様になったが、日本軍の主流は6.5㎜だった。
防衛省の資料室には関係書物が、五万と在るぞ、和田罪作りチョン。
これは メッセージ 25987 (wadatumi_voice21 さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/fn5febg5tbba6a1a6bdbe730v0bix6afc0a9oa29ta4n13_1/25991.html
Re: 「日本兵は銃剣を使用しなかった」のな
投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2008/09/15 23:55 投稿番号: [25990 / 41162]
実銃を使っては訓練をしていない、模擬銃(木銃)を使っていた、馬鹿だね調べもしないで、和田罪ちゃん。
歩兵操典に乗っているからチャンと調べることだな、防衛省戦史資料室にあるぞ、和田罪チョン。
これは メッセージ 25985 (wadatumi_voice21 さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/fn5febg5tbba6a1a6bdbe730v0bix6afc0a9oa29ta4n13_1/25990.html
Re: 小銃が捕虜を刺殺したぐらいで曲がるの
投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2008/09/15 23:44 投稿番号: [25989 / 41162]
戦闘詳報の正当性を示せないお前が馬鹿なのだ、和田罪ちゃん。
遁走はいつもの銃と銃剣しかないからね、馬鹿目。
これはチャンと計算書まで示したことを、お前は忘れた様だな、健忘正目。
これは メッセージ 25983 (wadatumi_voice21 さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/fn5febg5tbba6a1a6bdbe730v0bix6afc0a9oa29ta4n13_1/25989.html
Re: 銃が銃剣の使用によって曲がるという証
投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2008/09/15 23:41 投稿番号: [25988 / 41162]
これは メッセージ 25980 (wadatumi_voice21 さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/fn5febg5tbba6a1a6bdbe730v0bix6afc0a9oa29ta4n13_1/25988.html
「日本兵は銃剣を使用しなかった」のならば
投稿者: wadatumi_voice21 投稿日時: 2008/09/15 23:38 投稿番号: [25987 / 41162]
日本軍式の銃剣術は、槍術を起源とすることもあり、
三八式歩兵銃の長さを生かした突き技が
もっとも重要視されて
徹底的に訓練され・・・・
という
ウィキペディアの解説は
ウソなのかな?
これは メッセージ 25985 (wadatumi_voice21 さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/fn5febg5tbba6a1a6bdbe730v0bix6afc0a9oa29ta4n13_1/25987.html
初年兵の銃剣訓練
投稿者: victor_e_frankl 投稿日時: 2008/09/15 23:36 投稿番号: [25986 / 41162]
「あの時は怖かったなあ。今から思うと可哀想なことをしたもんや。俺たちが銃剣で突き殺したあの若い中国兵の顔が、俺の従兄弟そっくりやったんや」
長谷が殺した相手の顔を覚えていたとは意外だった。私は血まみれになって死んだ相手の様子は覚えていても、顔まで覚えていなかった。
(『初めて人を殺す』井上俊夫
岩波現代文庫)
そうして、こんどは私たちに「肝試し」が命じられました。正確にはこれを「刺突訓練」と呼んでいました。銃剣で、後ろ手にしばられて立たされている中国人を突き刺すのです。目隠しもされていない彼らは、目を開いてこちらをにらみつけているので、こわくてこわくてたまらない。しかし、「かかれっ」と上官の声がかかるのです。私は目が開けられず、目をつむったまま、当てずっぽうに刺すものだから、どこを刺しているのかわかりません。そばで見ている古年兵にどやされ、「突け、抜け」「突け、抜け」と掛け声をかけられる。どのくらい蜂の巣のように刺したかわかりません。しまいに、心臓にスパッと入った。そうしたら「よーし」と言われて「合格」になったのです。こうして、私は「人間を一個の物体として処理する」殺人者に仕立て上げられたのでした。
(『私は「蟻の兵隊」だった』奥村和一・酒井誠
岩波ジュニア新書)
これは メッセージ 25982 (nyankotyanndamon さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/fn5febg5tbba6a1a6bdbe730v0bix6afc0a9oa29ta4n13_1/25986.html
「日本兵は銃剣を使用しなかった」のならば
投稿者: wadatumi_voice21 投稿日時: 2008/09/15 23:22 投稿番号: [25985 / 41162]
日本軍兵士には「銃剣道」の訓練が奨励されていた、
というのも
ウソなのかな?
これは メッセージ 25984 (wadatumi_voice21 さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/fn5febg5tbba6a1a6bdbe730v0bix6afc0a9oa29ta4n13_1/25985.html
「日本兵は銃剣を使用しなかった」のならば
投稿者: wadatumi_voice21 投稿日時: 2008/09/15 23:21 投稿番号: [25984 / 41162]
三十年式銃剣は、はたして
どこの国に
輸出されていたのだろうか?
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小銃が捕虜を刺殺したぐらいで曲がるのか
投稿者: wadatumi_voice21 投稿日時: 2008/09/15 23:19 投稿番号: [25983 / 41162]
バカ猫理論が正しければ、たしかに
多くの証言が否定される。
南京虐殺否定論にとっては、じつに好都合であり、
人を馬鹿呼ばわりできるほどの
有力な根拠となる。
しかし、どこを
どう探しても、日本兵は
銃剣を使用しなかった
などという
可笑しな記録も
証言も
見当たらない。
馬鹿ネコくんは、いったい
何を根拠にして
このような珍論を振りかざし、他人を「ウソつき」呼ばわりするのだろう。
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/fn5febg5tbba6a1a6bdbe730v0bix6afc0a9oa29ta4n13_1/25983.html
実証できない和田罪ちゃんでした
投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2008/09/15 23:19 投稿番号: [25982 / 41162]
>見苦しいねぇ。
逃げ口上はいいから、はやく「実物」を見せてごらん。
自分で言っておきながら、証拠も示さないから
みんなに
馬鹿ネコ、バカ猫、捏造屋と言われるんだよ、ばかねこ君。
↑見苦しいと良く分かっている様だね、証拠を見せられないことが、お前のことだぞ、和田罪ちゃん。
チャンと戦闘詳報の全文を示せ、お前が調べたという、和田罪ちゃん。
これは メッセージ 25979 (wadatumi_voice21 さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/fn5febg5tbba6a1a6bdbe730v0bix6afc0a9oa29ta4n13_1/25982.html
Re: 銃が銃剣の使用によって曲がるという証
投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2008/09/15 23:16 投稿番号: [25981 / 41162]
お前が言っていた防衛省の資料によると、銃剣の訓練用の銃剣と銃は、各部隊に、別途配付されていた様だな、馬鹿目。
これに漬かって廃棄処分になった銃剣と、銃の返還変換資料もある様だな、お前は調べて入るんだろ、和田罪チャン。
通常銃の訓練は自前の銃を使うけれども、故障が多いので、特別に訓練用の銃が各部隊に支給されていたんだよ、和田罪ちゃんが調べない資料。
これは メッセージ 25974 (wadatumi_voice21 さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/fn5febg5tbba6a1a6bdbe730v0bix6afc0a9oa29ta4n13_1/25981.html
Re: 銃が銃剣の使用によって曲がるという証
投稿者: wadatumi_voice21 投稿日時: 2008/09/15 23:15 投稿番号: [25980 / 41162]
>寒さで日本兵は立たなかったからだ
馬鹿ネコ理論は、だいたい
その程度だろう。
南京大虐殺で問題視すべきは、捕虜の殺害だけではなく、
一般住民への暴行、とりわけ
数多くの婦女に対する強姦殺人だろう。
なぜ、このような行為が行われ、また
それを防げなかったのだろうか。
当時、日本と同盟を結んでいた友好国ドイツの在中国大使館の報告でも、
日本軍の残虐行為を
くわしく報告している。
当時、ドイツ大使館の書記官が、直接
本国の外務省に報告を送っていた。
この報告は、ベルリンの旧東ドイツ国立公文書館に残されており、
ドイツ統一後に公開されている
(0102在大使館報告「2208日中紛争203〜205」)。
ドイツ本国に送られた大使館の報告によれば、
直接ドイツ人が見聞した日本兵の殺人や強姦の例が多数あげられている。
ドイツ大使館にまで、女性を渡せと日本兵が侵入してきたことまで報告し、
37年12月24日には、「日本兵による民間人に対する行為のもっとも
忌まわしい事実があきらかになった」
「ドイツの政策目標である共産主義拡大防止に明白に対立するものだ」
としている。
38年1月15日の報告では、
「日本軍が占領してから1月以上もたっているのに、女性や少女の連行と、
暴行も同じく続いている。この観点から言えば、日本軍はここ南京において
みずからの恥辱の記念碑をうちたてた」
とまで記録されている。
同年2月10日の報告には、米国人神父が撮影した映画フィルムを同封する
とし、このフィルムは
残虐行為を雄弁にものがたっているから、
「総統にもぜひ、映画をご覧いただきたいと願う」
としている。
このとき同封された解説文は
ベルリンに残されているが、
フィルムは残されておらず、ヒトラーが
実際に、これを見たかどうかは
今となっては
知るすべがない。
当該フィルムは、米国で発見された『マギーの遺言』と題する映画と
おそらく
同じものであったと考えられる。
当時、南京の国際員会委員長は、ドイツ人の
ジョン・H・D・ラーべ
という人物だった。
彼は、38年2月に帰国して報告書を作成している。この報告書には、
日本軍が捕虜を数千単位で処刑したり、集団で略奪や強姦を繰り返した
と記録されており、非戦闘員で殺された者については
「5万から6万人ぐらい」と
述べている。
ラーベが記した非戦闘員犠牲者の数は、彼が居た安全区内
もしくは
周辺市街だけに限ったものだ。
一般住民の被害は、市内よりも
周辺農村部のほうが多かったのであるし、
調査が十分に行われたわけではないので、これらの数字は
最低限のもの
と考えるべきだろう。
一般市民の被害者数を
正確に数えることは
もはや困難なことだ。
問題は、日本軍による一般市民への残虐行為
とくに殺人、強姦が
多出した
という事実だ。
否定派は、その数が「少ない」から
「大虐殺ではない」と主張している。
しかし
それは、ドイツの記録文書をはじめ
第3者のあげる数字も、
まして被害者側のなまなましい証言も
すべて無視するものであって、
まったく根拠に欠けるものだ。
これは メッセージ 25976 (japanese_boy_03 さん)への返信です.
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Re: 実証できない和田罪ちゃんでした
投稿者: wadatumi_voice21 投稿日時: 2008/09/15 23:15 投稿番号: [25979 / 41162]
>銃剣の件より、
見苦しいねぇ。
逃げ口上はいいから、はやく「実物」を見せてごらん。
自分で言っておきながら、証拠も示さないから
みんなに
馬鹿ネコ、バカ猫、捏造屋と言われるんだよ、ばかねこ君。
これは メッセージ 25978 (nyankotyanndamon さん)への返信です.
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