旅団命令ニヨリ「捕虜ハ全部殺スベシ」
投稿者: wadatumi_voice21 投稿日時: 2008/09/15 22:30 投稿番号: [25967 / 41162]
第十三師団歩兵第百三旅団指揮下の歩兵第六十五聯隊基幹
Y支隊長の日記には、捕虜の処置について
軍司令部と打ち合わせしたこと、そして
その結果、
「皆殺しにせよ」との支持があったことが
記されている。
日記は続く。
18日に「捕虜ノ仕末ニテ隊ハ精一杯ナリ、江岸ニ之ヲ視察ス」とあり、
19日には「捕虜仕末ノ為出発延期、午前総出ニテ努力セシム」とある。
(「南京戦史資料集Ⅱ」偕行社、1993年)
日記には、捕虜の「仕末」についての具体的「方法」は記述されていない。
しかし、記述されていないこと自体が
その実態を物語っている。
記述を見れば、軍司令部の指示により
捕虜を殺害したことは明白であり、
それは、他の幹部や兵士の日記と照らし合わせれば
より確実になる。
それらの資料は、いずれも
17〜19日にかけて
部隊総出で大勢の捕虜を揚子江岸で射刺殺したことを記述している。
一つの支隊だけで、少なくとも1万数千人の捕虜を殺害したことが分かる。
第九師団については
史料が乏しいが、入城後の敗残兵剔出で、
歩兵第七聯隊戦闘詳報では6,670、同聯隊長の日記では
6,500を
「処断」したと記されている。
南京に至るあいだの戦闘や入城時に
同師団のその他の部隊が
まったく捕虜を殺していないということは
あり得ないことであり、
総数は膨大なものになったと考えるべきだろう。
第十軍の第百十四師団では、歩兵第六十六聯隊第一大隊の
戦闘詳報が
残されている。
そこでは、12月10日から13日のあいだに
捕虜1,657人を
捕らえたこと、この捕虜を
旅団命令で
14日に
すべて殺したことを、具体的に記述している。
記述によれば、数日間にわたって収容していた捕虜を、上部の命令で
組織的に虐殺したことが
あきらかにされている。
以下に
13日の記事の一部を抜粋してみよう。
八、午後二時零分聯隊長ヨリ左ノ命令ヲ受ク
イ.旅団命令ニヨリ捕虜ハ全部殺スベシ
其ノ方法ハ十数名ヲ捕縛シ逐次銃殺シテハ如何
ロ.兵器ハ集積ノ上別ニ指示スル迄監視ヲ附シテ置クベシ
ハ.聯隊ハ旅団命令ニ依リ主力ヲ以テ城内ヲ掃蕩中ナリ
貴大隊ノ任務ハ前通リ
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