南京大虐殺・従軍慰安婦強制連行の嘘
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Re: 虐殺は嘘38 嘘吐き婆夏淑琴とマギー
投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2006/09/07 00:01 投稿番号: [12171 / 41162]
nmwgipさん。
代わりに回答と反論して下さいましてありがとうございました。
非常に助かりました。
m(._.)m
これは メッセージ 12169 (nmwgip さん)への返信です.
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Re: 虐殺は嘘37 嘘吐き婆夏淑琴とマギー
投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2006/09/06 23:55 投稿番号: [12170 / 41162]
>>家にやってきて、なかに入れろと要求した。戸は馬というイスラム教徒の家主によって開けられた。
>相手は戸を開けると、いきなり撃ち殺す凶悪犯ですから、どんどんどん、と力まかせに戸を叩いたと思われます。この、戸を叩く行為は戸を開けろ、というメッセージと誰もが思います。
理論派論客として著名な「タラリ」は、そう思うのか。
12月13日の朝に誰が何の用で来たのか確かめもせず戸を開ける馬鹿はいきなり撃ち殺されてもしょうがないよな。
>>馬が死んだ後、兵士の前に跪いて他の者を殺さないように懇願した夏氏も撃ち殺した。
>懇願の言葉と「どうして夫を殺したのか」という言葉は夏さんが聞いた言葉を書いただけですから、これを持って会話が成立したと断定することはできません。
それだけではなく、【馬が死んだ後、兵士の前に跪いて他の者を殺さないように懇願した夏氏も撃ち殺した。】と解説書には述べられているよ。
言葉が理解できる相手だよ。
いきなり撃ち殺している連中相手にそんなことを懇願するのもマヌケだけどね。
>南京防衛軍の指揮系統が崩壊した12月13日においては中国兵は城内から逃げるのに必死で、中国人の家で殺人、強姦をする余裕はありません。
俺の主張は、12月13日ではないという前提なのだ。
>現場には中国兵はいない時間です。
俺の主張は、12月13日ではないという前提なのだ。
>南京では
>殺害後に膣に異物を押し込んだ日本兵の犯罪は無数にあります。
そのような犯行の事実は1件も確認されていない。
>「12月13日9〜10時」という下りはお示しになった文章にございませんが。
その文章にはないが、そうらしいよ。
「軍事」カテの「日中戦争は侵略なのか?」トピの#9022などでゆうが言っていた。
>デリ君のお子さんは14日もたつとデリ君が死んだことも忘れるのでしょうね(^O^)。
死んだこと自体は忘れないだろうが、わざわざ日時を記憶し続ける必要はないかならね。
>>事件後、向かいが日本軍の宿泊所になり、
>これも原文にございませんが。捏造しないと否定できないませんか。
夏淑琴の証言にあるんだよ。
>今度来た日本兵は盗人に精を出して、幼児に関心がなかったのでしょう。
>4才の子でも死の恐怖を味わうと泣き出すことさえしませんからね。
理論派論客として著名な「タラリ」が、そう信じたければ信じなさい。
>「このような恐ろしいことが起こり始めると、近所の人はみな、難民区に避難した」とありますから、見つける人がいないのですよ。
仮に12月13日の犯行だとしても、南京は前夜から本格的な戦闘状態に突入しており、近所の連中が当該事件に恐れて避難したなんて有り得ない。
>危険だと言われても自宅は出たくないものですよ。
12月7日
何千という人々が南門から安全区に入ってきた。彼らの話によれば、5時までに立ち退くよう警察から命令されており、それに従わなければ家は焼き払われ、スパイとみなされる、というのだ。
(南京事件の日々P39)
12月8日
把江門を通って江岸に出て行くのは今でも容易であるが、 中国人はそこから城内に入る事を許されていない。昨夜警察官が、城壁外部の下関地区の家々を一軒一軒回って、長江を渡って浦口へ行くように警告して歩いた。
米大使館報告(アメリカ資料編P95)
12月8日
中国軍に自宅から即時立ち退きを命じられ、これに従わなければ、反逆者とみなされて銃殺される。軍の計画を妨害すれば、家が焼き払われる場合もあるそうだ。避難民の多くは南門付近や市の南東部の人たちだ。
(南京事件の日々P40)
で、軍事カテで言っていた【穴ぐらに5万人の南京市民が隠れていた】資料は?
>安全区国際委員会は毎日のように日本大使館に対して犯罪報告をしていましたから、日本軍憲兵隊もその内容を知ることはできました。
本気で犯罪を阻止したければ憲兵隊に訴えるべきだろ。
>それでも憲兵隊は国際安全委員会が報告する犯罪の犯人を1人として検挙することはしませんでした。よくよく職務怠慢かあるいは能なし野郎の集まりだったようです。
嘘吐きは支那人・朝鮮人の始まりだよ。
#10902に一例が紹介されているよ。
口からデマカセの嘘を吐くのはやめよう!
これは メッセージ 12163 (tarari1036 さん)への返信です.
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Re: 虐殺は嘘38 嘘吐き婆夏淑琴とマギー
投稿者: nmwgip 投稿日時: 2006/09/06 23:53 投稿番号: [12169 / 41162]
> マギーに証言したときとは何十年も経っているから、昔と記憶が違っていて当然だね。
殺された家族の人数を間違えるのが「当然」ですか・・・
> 机の下に隠れただけでは丸見えだから、机にはシーツをかぶせていた。したがってシーツに隠れたとも言える。
机は中庭に置かれていた、と証言されているんですけど?
「日支紛争」のマギー説明文では、母の死体のある隣の部屋で14日間過ごしていることになっているんですけど?
> >殺された家族の人数を間違えるなんて、普通に考えればあり得ない。
>
> これは同居していた別家族の人数でしょ。ありえます。
マギー証言では別家族ですが、『南京大虐殺と原爆』における夏淑琴証言によれば殺されたのは夏淑琴の父、祖父母、二人の姉を含めた13人となっているようですね。
別家族なんて一言も無いようですが。
> 夏淑琴さんの発見の全体の状況の再現性は非常に高い。たとえば百人斬り裁判で証人に立った佐藤振寿氏は事件当時と、週刊新潮と南京戦史で全然違ったことを言っている。東中野氏によればこの方も別人であろう。
戦場でジャーナリストとして遭遇した数多の事例の一つに関する記憶と、自分の家族が殺されたときの記憶が同列ですか・・・
> まあ、普通に考えるとマギー証言の少女と夏淑琴は別人物、という東中野教授は頭がおかしいね。
普通に考えておかしいのは貴方の言い草だと思いますが。
これは メッセージ 12165 (tarari1036 さん)への返信です.
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Re: 虐殺は嘘63 支那軍による虐殺3
投稿者: japaneseboy02 投稿日時: 2006/09/06 23:40 投稿番号: [12168 / 41162]
>エイズ患者を増加させたのは良くないが、血液製剤のお陰で救われた命はその何倍も多いんじゃないのか?
オマエ、頭おかしいな
ドイツで加熱製剤が開発されていたにもかかわらず、ミドリ十字の利権を守るために厚生省は承認しなかったんだぜ、
安全な血液製剤をつかうよりも、企業の利権を優先させてHIV入りの血液製剤をつかったんだ
本来、血液製剤をつかって命が救われるのは当然のことであって、
エイズ患者が発生したことのほうが異常なのさ
そして、いかに戦争中であったとしても、
日本軍が、南京で何十万人もの民間人をレイプ、虐殺したことは許されることではないんだ
これは メッセージ 12166 (deliciousicecoffee さん)への返信です.
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Re: 虐殺は嘘61 支那軍による虐殺1?
投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2006/09/06 23:24 投稿番号: [12167 / 41162]
>あっはっっはあ、
>邦人を守るべき軍隊がいないのだから、、侵攻してくるんだよ。
>生命線を死守しなかったから、ソ連は踏み込んできたんだよ(笑)
>常識じゃないか?
お互いの最前線で均衡が保たれて初めて、停戦ラインが出来上がるのじゃないのかい、、その停戦ラインがないんだから、攻める方も、トコトンやってくるぜ、、
そうか。
やはり、黄泉は、今の日本も強力な軍隊や核ミサイルを保有すべきだと言いたいんだな?
その意見には俺も賛成するぞ。
>しかも
在留邦人はソ連の参戦、日本の敗戦を知らないのだから、、のんきなもんだぜ、やりたい放題、やられて犠牲者はふくれあがり、自殺、自決のオンパレードじゃなかったか?
だから、それは、居留民の後送を計画し着手しても、受け付けない居留民の側にも問題はあった。
つーか、悪いのは日ソ不可侵条約を破って侵攻して来たソ連だ。
>関東軍、、在留邦人を守るべき軍隊が、、いなかったら、、日本が占領していた地域はすべて、敵の手に渡るってこと、、理解できないかい?
俺は理解できる。
だから、今の日本も、核武装して、核シェルターを作り、敵基地攻撃能力を保有し、憲法9条を改正するべきだと確信して主張している。
今後も力を合わせて実現するように頑張ろう!
これは メッセージ 12158 (yominokuni56 さん)への返信です.
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Re: 虐殺は嘘63 支那軍による虐殺3
投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2006/09/06 23:17 投稿番号: [12166 / 41162]
>はっはっはは、、これは
あんたの妄想だよ(笑)
妄想はオマエの方だよ。
俺の主張には決定的証拠があるが、オマエの言ってることは妄想に過ぎない。
(再掲)
――――――――
さらにまた9月6日付香港発信ニューヨーク・タイムズの特電は、同爆撃について、
「中国軍は、この爆弾は日本軍機から投下されたものである、と宣伝することによって責任を拒否した。しかしながら今や、これらの爆弾は両方とも中国が伊から購入したイタリア製のものであることが判明している、この判明した事実について、米英の現地の海軍調査官の意見は一致している。そしてイタリア当局もこの爆弾が自国製であることを認めている。これは決定的な証拠であるように思える。何故ならばイタリアは、日本がイタリアからそのような軍需物資を購入したことは一度も無い、と証言している。」
――――――――
>暴動を起こさせた、その原因を作ったのは日本政府だぜ(笑)
暴動というのは上海戦のことを言ってるのか?
だとしたら、完全に間違っている。
当時の上海に、日本軍は海軍陸戦隊が数千人しかおらず、それを数十万人の大軍で包囲攻撃し、市街地中心部に爆撃を繰り返したのは支那軍だ。
>国際社会から
>批難されたのは中国軍ではなく、、日本軍だったぜ(笑)
支那が悪いにもかかわらず、日本に敵対していた国が日本を非難したのは事実だが、だから何?
>満州の邦人がなぜ?避難しなかった?
あほか、、殺されるかも知れないと分かっていながら、避難しなかった?
バカじゃないのかい(笑)
満州の邦人に当初危機意識が乏しかったのは事実だよ。
支那人や朝鮮人に核兵器で狙われているにも拘らず、核武装をしようとしない今の日本人と同じだった。
つーか、悪いのは日ソ不可侵条約を破って侵攻して来たソ連だ。
>日本政府は講和の仲介をロシアに託していた事情があるから、ソ連の参戦については中国大陸の各部隊に参戦の事実を連絡はしていないと考えるが常識ってもんだろう?
>しかし、現地部隊はすでに日本の敗戦を熟知してたって訳よ、食料、弾薬、兵員の補充はすでに切れていたのだから、、で、転戦と称して、いち早く、最前線から在留邦人に気づかれることなく、撤退、、逃げたのだよ。
避難しろと言っても避難しない者はいるものだ。
ソ連軍に攻めて来られて殺されそうになって、ようやく分かる。
核武装しろと言っても核武装に反対する者はいるものだ。
支那や朝鮮から核攻撃をされてようやく分かる。
#12129に貼ったリンク先を良く読め。
――――――――
満洲では関東軍が8月10日、居留民の緊急輸送を計画したが、居留民会が数時間での出発は不可能と反対し、11日になっても誰も新京駅に現れず、結局、軍人家族のみを第一列車に乗せざるをえなかった。これが居留民の悲劇を呼んだのである。
――――――――
居留民後退の問題
当時満州の在留邦人は約155万人であった。
そのうち約27万の開拓団関係者の多くは辺境地区に、その他一般邦人は都市部に在住していた。
関東軍が持久守勢に転移して以来、居留民対策は幾度となく問題になったものの
決定的措置がとられないうちにソ連参戦に直面することとなった。
これは、「来たらざるを頼む」という希望的心理(これは戦術的・戦略的にも大きく影響を与えた)と、
極めて多数に及ぶ在外居留民が直接戦乱の渦中に入る体験を持たなかったこと、
防衛企図を秘匿せんとする思想、などが大きな原因であった。
それでも9日には在留邦人の後送に着手し一般邦人を先に送り出そうとしたが、
既に生活拠点を有する民間人は直ちに乗車などできない状況にあり、
満州は内地よりも安全と考えられていたことも手伝って遅々として進まなかった。
一刻の猶予もない状況下ではやむを得ず、緊急集合が容易な軍人・軍属の家族を主体に一番列車に乗せ、
10日
0140には新京駅を出発した。
だがこのことは後に、関東軍は軍人家族を最初に後退させた、として非難されることとなった。
――――――――
>戦後もミドリ十字なんて会社興して、血液製剤の製造で、エイズ患者を増加させた、
エイズ患者を増加させたのは良くないが、血液製剤のお陰で救われた命はその何倍も多いんじゃないのか?
これは メッセージ 12157 (yominokuni56 さん)への返信です.
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Re: 虐殺は嘘38 嘘吐き婆夏淑琴とマギー
投稿者: tarari1036 投稿日時: 2006/09/06 21:52 投稿番号: [12165 / 41162]
>マギー証言(解説書)と、後年の夏淑琴証言との間には、家族の人数などで食い違いがある。
>①『南京安全地帯の記録』における当該事件に関するマギー証言は家族13人中11人の殺害。
>②『日支紛争』に収録されたマギーの説明文は2家族14人中12人の殺害。
但し、この中の「7,8歳になる妹も銃剣で突き殺した」が「銃剣で突き刺した」の間違いであると解釈すれば、2家族13人中11人の殺害。
また、扉を開けたのは家主の「マア」。
生き残りの少女が隠れた場所は古い敷布の下。
このふたつはK−Kさんの解釈で問題なく一致する。「7,8歳の少女」と8歳の少女である証言者は実は同一人物だ。したがって13人中11人の殺人で一致する。
>③笠原十九司著『南京難民区の百日』に収録された「8歳の少女(夏淑琴)」の証言によれば、1家族15人中13人の殺害。
>④本多勝一著『南京への道』によれば、生き残りの少女が隠れた場所は防空壕代わりに中庭に4個並べて置かれた机の下。
>⑤夏淑琴来日時の証言によれば扉を開けたのは夏淑琴の父親で、15人中13人殺害。
マギーに証言したときとは何十年も経っているから、昔と記憶が違っていて当然だね。
何十年か経って少し人数が違ってきたが、笠原本と来日時とでは変わらない。記憶はしっかりしている。「14日間も経って記憶していたなんて有り得ない」と主張したのはデリ君ではなかったかね。
机の下に隠れただけでは丸見えだから、机にはシーツをかぶせていた。したがってシーツに隠れたとも言える。
>『南京への道』は最初から論外として、『南京難民区の百日』及び来日時の証言の証言と、マギー証言では、夏淑琴の家族の人数が異なっている。
はいはい。違っていますよ。
>殺された家族の人数を間違えるなんて、普通に考えればあり得ない。
これは同居していた別家族の人数でしょ。ありえます。
>だから、普通に考えれば、マギー証言の少女と夏淑琴は別人物、というのが東中野教授の主張だ。
夏淑琴さんの発見の全体の状況の再現性は非常に高い。たとえば百人斬り裁判で証人に立った佐藤振寿氏は事件当時と、週刊新潮と南京戦史で全然違ったことを言っている。東中野氏によればこの方も別人であろう。
まあ、普通に考えるとマギー証言の少女と夏淑琴は別人物、という東中野教授は頭がおかしいね。
これは メッセージ 11616 (deliciousicecoffee さん)への返信です.
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Re: 虐殺は嘘37 嘘吐き婆夏淑琴とマギー
投稿者: thirteen_satan 投稿日時: 2006/09/06 21:48 投稿番号: [12164 / 41162]
全く反論になっていない。
個人の考えに基づく妄言と受け取らせて頂く。
これは メッセージ 12163 (tarari1036 さん)への返信です.
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Re: 虐殺は嘘37 嘘吐き婆夏淑琴とマギー
投稿者: tarari1036 投稿日時: 2006/09/06 21:41 投稿番号: [12163 / 41162]
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一二月一三日、約三〇人の兵士が、南京の南東部にある新路口五番地の中国人の家にやってきて、なかに入れろと要求した。戸は馬というイスラム教徒の家主によって開けられた。兵士はただちにかれを拳銃で撃ち殺し、馬が死んだ後、兵士の前に跪いて他の者を殺さないように懇願した夏氏も撃ち殺した。馬夫人がどうして夫を殺したのか問うと、かれらは彼女も撃ち殺した。
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>賊が「なかに入れろ」と要求したら、馬氏が戸を開けた。
>夏氏が犯人に懇願し馬夫人が犯人に質問しており、会話をしているのだから犯人は支那人。
>戸を開けた者を直ちに撃ち殺す連中の前に別の者が跪いて他の者を殺さないように懇願>したなんて有り得ない。
相手は戸を開けると、いきなり撃ち殺す凶悪犯ですから、どんどんどん、と力まかせに戸を叩いたと思われます。この、戸を叩く行為は戸を開けろ、というメッセージと誰もが思います。
おそらくはそんなに広くないであろう、個人の家に武装した30人の兵士が乗り込んだのですから逃げることはできません。なので懇願しました。懇願の言葉と「どうして夫を殺したのか」という言葉は夏さんが聞いた言葉を書いただけですから、これを持って会話が成立したと断定することはできません。
南京防衛軍の指揮系統が崩壊した12月13日においては中国兵は城内から逃げるのに必死で、中国人の家で殺人、強姦をする余裕はありません。
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夏夫人は、一歳になる自分の赤ん坊と客広間のテーブルの下に隠れていたが、そこから引きずり出された。彼女は、一人か、あるいは複数の男によって着衣を剥がされ強姦された後、胸を銃剣で刺され、膣に瓶を押し込まれた。赤ん坊は銃剣で刺殺された。
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>犯行手口から犯人は支那人。
現場には中国兵はいない時間です。南京では
殺害後に膣に異物を押し込んだ日本兵の犯罪は無数にあります。
よって犯人は日本兵。
>8歳の子供が犯行日時は12月13日9〜10時と認識し、
「12月13日9〜10時」という下りはお示しになった文章にございませんが。
>更に14日間も経って記憶していたなんて有り得ない。
デリ君のお子さんは14日もたつとデリ君が死んだことも忘れるのでしょうね(^O^)。
>事件後、向かいが日本軍の宿泊所になり、
これも原文にございませんが。捏造しないと否定できないませんか。
>日本兵が家の庭を通る足音が聞こえる都度布団に隠れ、兵士達が毎日来て家から物を持って行ったのに、4歳の妹も泣き喚いたりせず二人で古シーツの下に隠れていたので発見されなかったなんて有り得ない。
今度来た日本兵は盗人に精を出して、幼児に関心がなかったのでしょう。
4才の子でも死の恐怖を味わうと泣き出すことさえしませんからね。
>傷を負い這っていた8歳の夏淑琴が、銃殺された母の死体が横たわる部屋で、誰にも見つからず14日間も4歳の妹と生き続けたなんて有り得ない。
誰にも見つからなかったということがありえない、という主張ですか。原文には
「このような恐ろしいことが起こり始めると、近所の人はみな、難民区に避難した」とありますから、見つける人がいないのですよ。
>12月1日に南京市長、12月8日に支那軍司令長官が、全市民に安全区に移るよう命令し、警察や支那軍による強制退去が行われ、12月13日には安全区以外の南京には誰も居なかった。
>犯行は13日より前に支那軍か支那人盗賊が行った。
危険だと言われても自宅は出たくないものですよ。安全区にいて被害を受けた人はたくさんいます。中国軍は13日より前は果敢に戦争しています。
>安全区国際委員会のマギーが日本軍による犯行だと考えれば、現場の日本軍憲兵隊に通報しなければならなかったのに通報しなかった。
安全区国際委員会は毎日のように日本大使館に対して犯罪報告をしていましたから、日本軍憲兵隊もその内容を知ることはできました。それでも憲兵隊は国際安全委員会が報告する犯罪の犯人を1人として検挙することはしませんでした。よくよく職務怠慢かあるいは能なし野郎の集まりだったようです。
これは メッセージ 11595 (deliciousicecoffee さん)への返信です.
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Re: おいらはチンだじょー
投稿者: chinmanchon 投稿日時: 2006/09/06 08:07 投稿番号: [12162 / 41162]
>おまえ等は死んでいいんだよ
>生きる意味がないんだよ、朝鮮人だから
生きる意味がないんだよ、chon_pesimist だから
あー
チョンチョン
いー
チョンチョン
うー
チョンチョン
えー
チョンチョン
おー
チョンチョン
きょうは日本中、『あーチンチン』狂想曲
チ
ン
チ
ン
、
ま
ん
せ
ー
これは メッセージ 12159 (chon_pesimist さん)への返信です.
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Re: nmwgipさん、あんた偉いよ
投稿者: chon_pesimist 投稿日時: 2006/09/06 06:56 投稿番号: [12161 / 41162]
イスラエルはユダヤ人
おまえは死んでいい朝鮮人
これは メッセージ 12160 (yominokuni56 さん)への返信です.
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Re: nmwgipさん、あんた偉いよ
投稿者: yominokuni56 投稿日時: 2006/09/06 06:54 投稿番号: [12160 / 41162]
>俺もしばらく馬鹿タグロの相手してやろうかなあ、一応法学部出だし。
一応
出ただけか?
その出ただけのお方に聞いても、ショウもないんだが、、聞いてみるか(笑)
国際秩序を構築してるのは、、どんな国なんでしょうかね?
また、国際秩序とは、、どういったことをなすことなんでしょうかね?
罪刑法定主義の後ろ盾となってる法体系は、、なんでしょうか?
最近では、イスラエルの侵略戦争など、、アメリカは支援してますが、、?
これが国際秩序というものなのでしょうか?
あなたの気づかれたままで、結構ですから、、出ただけの法学部出身者ということで、お答え頂きたいと思います。
これは メッセージ 12153 (kukukunoooku さん)への返信です.
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おまえチョンじゃねえか
投稿者: chon_pesimist 投稿日時: 2006/09/06 06:52 投稿番号: [12159 / 41162]
ただ、殺されまくっただけだろ?
おまえ等は殺されていい民族なんだから
支那、アメリカから理由もなく400万。
おまえ等は死んでいいんだよ
生きる意味がないんだよ、朝鮮人だから
これは メッセージ 12158 (yominokuni56 さん)への返信です.
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Re: 虐殺は嘘61 支那軍による虐殺1?
投稿者: yominokuni56 投稿日時: 2006/09/06 06:49 投稿番号: [12158 / 41162]
>日本がポツダム宣言を受諾した後にもソ連などが攻め込んで来たのだから、住民を守るための防衛戦をするのは当たり前だろ。
あっはっっはあ、
邦人を守るべき軍隊がいないのだから、、侵攻してくるんだよ。
生命線を死守しなかったから、ソ連は踏み込んできたんだよ(笑)
常識じゃないか?
お互いの最前線で均衡が保たれて初めて、停戦ラインが出来上がるのじゃないのかい、、その停戦ラインがないんだから、攻める方も、トコトンやってくるぜ、、しかも
在留邦人はソ連の参戦、日本の敗戦を知らないのだから、、のんきなもんだぜ、やりたい放題、やられて犠牲者はふくれあがり、自殺、自決のオンパレードじゃなかったか?
朝鮮戦争もそうだ、一時は北朝鮮軍の侵攻で韓国は無くなっちまう所まで追いつめられていたが、アメリカ軍の支援で38度線まで押し返し、現在に至ってる、このこと知ってるよね(笑)
関東軍、、在留邦人を守るべき軍隊が、、いなかったら、、日本が占領していた地域はすべて、敵の手に渡るってこと、、理解できないかい?
まったく、情けない馬鹿な戦争だったというこっちゃ(笑)
それに気付かん
あんたは
輪をかけた
アホ
というこっちゃでぇ〜(笑)
いつまでも日本政府の民草では、アカンぜよ(笑)自分の政府にしなよ(笑)
これは メッセージ 12154 (deliciousicecoffee さん)への返信です.
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Re: 虐殺は嘘63 支那軍による虐殺3
投稿者: yominokuni56 投稿日時: 2006/09/06 06:41 投稿番号: [12157 / 41162]
>はい、はい。
根拠を示しなさい。
俺は、上海のホテルやデパートを爆撃して多数の民間人や外国人を殺したのが支那軍であった根拠を提示した。
はっはっはは、、これは
あんたの妄想だよ(笑)
暴動を起こさせた、その原因を作ったのは日本政府だぜ(笑)
上海のホテルや港湾を爆撃したのは日本軍も同じだぜ(笑)
国際社会から
批難されたのは中国軍ではなく、、日本軍だったぜ(笑)
>はい、はい。
根拠を示しなさい。
俺は、満州住民がなかなか避難しなかった理由や、満州や内蒙古における関東軍の対ソ連戦を詳しく述べた資料を提示した。
満州の邦人がなぜ?避難しなかった?
あほか、、殺されるかも知れないと分かっていながら、避難しなかった?
バカじゃないのかい(笑)
日本政府は講和の仲介をロシアに託していた事情があるから、ソ連の参戦については中国大陸の各部隊に参戦の事実を連絡はしていないと考えるが常識ってもんだろう?
しかし、現地部隊はすでに日本の敗戦を熟知してたって訳よ、食料、弾薬、兵員の補充はすでに切れていたのだから、、で、転戦と称して、いち早く、最前線から在留邦人に気づかれることなく、撤退、、逃げたのだよ。逃走に間に合わなく、逃げ遅れた軍隊が、ソ連と中共軍に包囲され、敗戦後も戦い続けたってこと、なにも
在留邦人を守る為でもなんでもない、己の命を守る為だけに戦ったって事だ。
日本政府も、自軍が何処に配属され、配置してるか?なんて、詳細な情報すら、把握していなかったのが当時の現状なんだよ、すでに
棄民とされていたというこっちゃ(笑)
細菌部隊など、敗戦の2ヶ月前に特別列車を仕立てて、中国大陸から、日本国内に逃げ帰り、素知らぬ顔して、逃げ延びているぞ。
戦後もミドリ十字なんて会社興して、血液製剤の製造で、エイズ患者を増加させた、いま
また、肝炎ウイルスのばらまきによって司法に断罪されている。
悪魔の旅団だったわけだよ。靖国にも祀られているのか?ここで働いていた医者どもは、、?
今また、棄民政策が行われようとしてるがね(笑)
これは メッセージ 12155 (deliciousicecoffee さん)への返信です.
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虐殺は嘘65 支那軍による虐殺5
投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2006/09/05 23:55 投稿番号: [12156 / 41162]
●清野作戦(焦土作戦)
支那軍は敗走時、日本軍が利用できる物を何も与えないようにするため、民衆から食糧などを奪い、民家などを焼き払う「清野作戦」(焦土戦術)を行った。
上海〜南京、また、南京城壁の周囲1〜2キロにある居住区全域と南京城から半径16キロ以内にある道路沿いの村落と民家を強制的に焼き払った。
南京戦の前後も、支那軍や盗賊による強奪に伴い殺害も発生した。
ラーベ
11月16日、蘇州では、舞い戻ってきた中国の敗残兵によって、ひどい略奪が行われたという。済南の手前にある鉄橋が中国人の手によって爆破されたという。日本人の進攻を防ぐため。
孫元良
やがて我々は崑山から蘇州に後退し、ここで一休みできる筈だったが、蘇州は既に秩序が乱れ収拾不能な都市になっており、我々に休む間を与えなかった。
第九師団・第36連隊長・脇坂次郎氏
上海から南京に進軍中、我が部隊は常に先頭に立ったが、沿道の部落の家屋が焼却され、毀損され、また家屋内が略奪されていたのが相当認められた。
これは支那軍が退却に際し・穀ホ・破壊した、支那軍民の常習たる戦時の略奪によるものであると、支那人民から聞いた。
第九師団・山砲第九連隊・第七中隊長大内義秀氏
わが部隊は、蘇州へ向けて進撃すべく命をうけ、第一線部隊として進み、蘇州到着までは、ほとんど敵の抵抗を受けなかったが、蘇州に至る間の部落は酷く焼かれ、屋根のある家は少なく、住民もいなかった。
このような破壊は、支那軍が退却に際して行ったものと認める
第三師団・野砲兵第五連隊・第一大隊観測班長大杉浩氏
上海から南京へ行く途中のある部落で、稲の堆積されたものが、焼き棄ててあるのを見た。
部落民にその理由を尋ねたところ、それは支那軍が退却の際、日本軍に渡さない為、焼却したと説明を受けた。
ミニー・ヴォートリン
12月6日
UP特派員のマクダニエルがきょう話してくれたところでは、きのう句容へ行ってみたが、人が住んでいる村はただの一つもなかったそうだ。中国軍は村びとを一人残らず連れ出し、そのあと村を焼き払っているのだ。まったくの「焦土作戦」だ。
12月8日
中国軍に自宅から即時立ち退きを命じられ、これに従わなければ、反逆者とみなされて銃殺される。軍の計画を妨害すれば、家が焼き払われる場合もあるそうだ。
片山兵二著『郷土部隊と共に歩んだ「わが青春の中国大陸従軍譚」』(昭和52年)
以下は佐藤己三男准尉から聞いた南京陥落から四ヶ月後の湯山の模様
「どうも油断がならなくてね。昨夜も付近烽火を合図に数十名の敗残兵が現れ、良民から金品を強奪して行きました。そのため毎日討伐をやり、警戒を厳重にしていますよ」347頁
大坪鉄三郎准尉と長倉久徳一等兵が語る湯山の南の句容の状況
「この近くの部落へ十五名ばかりの強盗がやってきて、主人(農夫)を竈の上に吊り上げ、火あぶりにしたが、それが丁度、憲兵隊が使っているコックの実家なので、すぐに報告があり、今朝二手に分かれて討伐をやったのです。…奴らの残忍性にはあきれます。
農民を火あぶりにした上、金を奪い取り、憲兵隊へ密告せば命がないぞと脅していくので、農民はブルブル震えて仕事が手につかないのです、そのためわれわれが行くと喜び親しんでイスをすすめ、お茶を出して歓待してくれますよ」349〜350頁
『1937南京攻略戦の真実』東中野修道編著
英国の通信社も、蒋介石が焦土戦術を命令していたことを報じた。
昭和13年7月12日
東京朝日
【漢口発特電十一日発(ルーター特約)】
蒋政権当局は支那軍に対し九江退却に先立ち、 日本軍の軍事行動に便宜を与えるごとき財産或いは建造物は、 何物たるを問わずこれを破壊し去るよう命令を発した。
九江に権益を有する外国商社のうち亜細亜石油公司及び怡和・太古の両汽船会社(いずれも英国人経営) は、その所有財産が右破壊令の対象となることを恐れ、 蒋介石に対し右破壊令の施行範囲を最小限に留むるか、または、特殊の物件に限り適用するよう、今や躍起となって申し入れを行っている。
しかし、支那側は、もしこれら各社の施設が日本軍の手に渡れば、必ず日本軍の軍事行動を助けることは必定であるから、支那側は、退却に先立ちその欲するところにより、これらの施設を破壊する完全なる権利を有するとの見解をとっていることは明らかである。
商社側は依然申し入れを行っている。なお近く南昌、信陽、岳州等の諸都市に対しても、おそらく同様の命令が発せられるものと見られている。
これは メッセージ 12148 (deliciousicecoffee さん)への返信です.
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Re: 虐殺は嘘63 支那軍による虐殺3
投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2006/09/05 21:19 投稿番号: [12155 / 41162]
>>支那軍は上海中心部をわざと狙って爆撃して多数の民間人や外国人を殺害し、その暴虐・悪逆を卑怯にも日本軍の仕業だと逆宣伝した。
>と、、日本側は宣伝した、事実は日本軍の仕業だったのだよ。
はい、はい。
根拠を示しなさい。
俺は、上海のホテルやデパートを爆撃して多数の民間人や外国人を殺したのが支那軍であった根拠を提示した。
>戦争をしかけたのは関東軍であり、敗戦間際に在留邦人を残して一足も二足も速く、逃げたのは何を隠そう、、日本の領事館員とその家族、そして、731部隊、
関東軍
そのものなのだよ。
はい、はい。
根拠を示しなさい。
俺は、満州住民がなかなか避難しなかった理由や、満州や内蒙古における関東軍の対ソ連戦を詳しく述べた資料を提示した。
これは メッセージ 12152 (yominokuni56 さん)への返信です.
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Re: 虐殺は嘘61 支那軍による虐殺1?
投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2006/09/05 21:12 投稿番号: [12154 / 41162]
>あはっはっは、、
>逃げ遅れた関東軍だけじゃないか?
>敵に包囲され、逃げ場を失っただけじゃよ。
はい、はい。
根拠を示しなさい。
俺は、満州住民がなかなか避難しなかった理由や、満州や内蒙古における関東軍の対ソ連戦を詳しく述べた資料を提示した。
>日本の降伏後も
あっちこっちで戦闘が繰り広げられていると言うことは、国に見放されたというこっちゃ、、
日本がポツダム宣言を受諾した後にもソ連などが攻め込んで来たのだから、住民を守るための防衛戦をするのは当たり前だろ。
>シベリア抑留も戦時賠償金の代わりに日本国政府が認めた事案じゃよ。
日本政府がシベリア抑留(拉致、強制連行、強制労働、殺人)を認めた(許可した)わけではないが、日本政府がシベリア抑留問題や北方領土問題を蔑ろにしてソ連と国交を正常化してしまった罪は大きいと思う。
責任は鳩山一郎にあり、万死に値すると思う。
これは メッセージ 12151 (yominokuni56 さん)への返信です.
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nmwgipさん、あんた偉いよ
投稿者: kukukunoooku 投稿日時: 2006/09/05 14:37 投稿番号: [12153 / 41162]
マルチハンドル犯・馬鹿タグロのアホ論法につきあってやれるんだからね。
当時の国際法では罪刑法定主義が確立してなかったって?
お前の珍説と著名な国際法学者の正論とでは勝負にもならんなあ。
俺もしばらく馬鹿タグロの相手してやろうかなあ、一応法学部出だし。
これは メッセージ 12132 (nmwgip さん)への返信です.
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Re: 虐殺は嘘63 支那軍による虐殺3
投稿者: yominokuni56 投稿日時: 2006/09/05 06:39 投稿番号: [12152 / 41162]
>支那軍は上海中心部をわざと狙って爆撃して多数の民間人や外国人を殺害し、その暴虐・悪逆を卑怯にも日本軍の仕業だと逆宣伝した。
と、、日本側は宣伝した、事実は日本軍の仕業だったのだよ。
戦争をしかけたのは関東軍であり、敗戦間際に在留邦人を残して一足も二足も速く、逃げたのは何を隠そう、、日本の領事館員とその家族、そして、731部隊、
関東軍
そのものなのだよ。
だから、逃げ延びる為に子供を置き去りしなきゃならなかったんだよ。せめて子供だけは、助かって欲しいという親心から、残留日本人孤児が沢山できちゃった、、ってことだよ。
実に卑怯な軍隊だったな、、ヒットラー
ムッソリーニ
と列んで写真を飾られる資格があるよ、東条英機は、、、な。
そして、戦前
戦中
戦後を通して、日本の公務員の卑劣さは、変わらんね(笑)
これは メッセージ 12135 (deliciousicecoffee さん)への返信です.
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Re: 虐殺は嘘61 支那軍による虐殺1?
投稿者: yominokuni56 投稿日時: 2006/09/05 06:32 投稿番号: [12151 / 41162]
あはっはっは、、
逃げ遅れた関東軍だけじゃないか?
敵に包囲され、逃げ場を失っただけじゃよ。
そして、日本国政府に
捨てられた、兵隊と在留邦人だけが残ったというこっちゃ、、
日本の降伏後も
あっちこっちで戦闘が繰り広げられていると言うことは、国に見放されたというこっちゃ、、
シベリア抑留も戦時賠償金の代わりに日本国政府が認めた事案じゃよ。
署名無くして、連行は不可能じゃ、特に連合国側からの追求があってしかり、じゃが、、な〜〜も
無かった?
それは日本国政府が認めたからに他ならんのじゃないの?(笑)
彼らは戦争終わってももお国の為に、尻ぬぐいをさせられたのじゃよ。
民草なんだから、、踏みつけられても、文句の一つも言わずにな(笑)
これほどの悲劇はないよ、、そしてその国民を棄民として、未開発国へ騙し送り出したのも日本政府だよ。
ハワイ、アルゼンチン
ブラジル
ペルー
などなど、不毛の土地に、知っていながら送り出し、多数の犠牲者を山しながら、謝罪すらしなかったのが日本政府だ、今回
アルゼンチン移民の訴えを受け、僅かばかりに見舞金で、茶を濁したのが日本政府だぜ、
中国で日本国守られずに死んだ邦人にはなんら、見舞金すら無しだ(笑)
これは メッセージ 12129 (deliciousicecoffee さん)への返信です.
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虐殺は嘘64 支那軍による虐殺4 細菌戦
投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2006/09/04 23:55 投稿番号: [12148 / 41162]
●上海における支那軍の細菌戦
1925年のジュネーブ議定書以降、世界で最初に細菌戦を行ったのは支那軍である。
1937年、上海戦で支那軍が退却したあと、日本軍がコレラで多数の死者を出した。
「敵が仕掛けて行ったのでは?」との噂も広まった。
9月2日、支那軍は化学兵器弾を司令部近くに撃ち込んだ。
司令官の松井自身、「石鹸水泡のようなものが広がった」のを見ている。
松井は日高参事官に、「上海在留邦人に、なんとか水を運んできて欲しい。」と頼んだ。
水不足は予想外のことだった。
コレラ患者はその後も増え続け、9月21日には患者数三百余名、死亡者九十名に及ぶ。
しかし、病院が不足しており、患者の隔離に苦悩した。
当時は治療薬も不足しており、患者を敷ワラの上に横臥させるのみだった。
日本軍は8月の上陸直後からコレラに直撃されている。
日本軍が上陸する前には支那人等が住んでいた。
そのときまで疫病は発生していない。
支那軍が逃げて、日本軍が上陸した途端に、コレラ・赤痢が発生した。
日本軍の船の中では発生していない。
自然発生的疫病にしては、不自然である。
これらの事実からして、支那人が飲料水に細菌を投じたり、農作物に細菌を注射して後退したことは明白である。
(資料)
――――――――
支那派遣軍化学戦教育隊がまとめた「敵軍毒瓦斯(細菌を含む)使用調査」(内藤裕史編・解説「毒ガス戦教育関係資料」所収)によれば、昭和十二年から昭和十五年にかけて、中国軍による毒 ガス戦の事例は十三件、細菌戦の事例は二十件であった。
右の調査は、その年月日、場所、種類、方法、被害、概要を一覧 表で記録している。
例えば、昭和十二年九月七日、宝山城付近にて中国軍はコレラ菌 を井戸に投入し、このためその井戸水を飲んだ日本軍及び中国人民数十名が罹患している。
また、昭和十三年七月二十六日、九江においても同様の理由で日本軍百二十九名、中国人民五百名の罹患者を出している。
また、重慶を脱出した国民党軍の元軍政部防毒処勤務将校の情報をまとめた「支那軍の化学組織系統の概要」(昭和十六年六月二十六 日付、前掲「毒ガス戦教育関係資料」所収)によれば、中国における毒ガスの研究及び製造は、「軍政部兵工署理化研究所」において行われていた。
中国は1926年3月、ソ連から一万発の毒ガス弾を購入し、1937年9月、第二次上海事変で細菌、猛毒兵器を使っている。
日本軍は中国軍から、大量のソ連製毒ガス兵器を押収している。
「細菌・毒ガス戦/中国が最初の違反者だった」信夫淳平博士
(「昭和史研究會報」中村粲/第39、40)
――――――――
井戸水にはアメーバ赤痢菌がうようよしているほか、9月に上海戦線でコレラ患者が多発したのは、中国軍の細菌戦による疑いが濃厚である。
「支那軍ノ指令ヲ奪取セルトコロ、其ノ中ニ井戸水ヲ飲用スベカラズトノ指示アリ。則チ敵ガ井戸ニ細菌を投ゼシモノト察せられる」
『日中戦争』(文庫本第4巻)児島襄著
これは メッセージ 12135 (deliciousicecoffee さん)への返信です.
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>サンフランシスコ講和会議
投稿者: T_Ohtaguro 投稿日時: 2006/09/04 19:33 投稿番号: [12147 / 41162]
>アルゼンチン代表イポリト・ヘスス・パス駐米アルゼンチン大使
>この文書の条文は、大体において受諾し得るものでありますが、
>2、3の点に関し、わが代表団がいかなる解釈をもって調印するかという点、
>及びこの事が議事録に記載される事を要求する旨を明確に述べたいのであります。
>本条約第11条に述べられた法定[東京裁判]に関しては、
>わが国の憲法は、
>何人といえども正当な法律上の手続きをふまずに処罰されない事を規定しています。
結局は、批准して合意した事になっているんでしょ♪
これは メッセージ 12133 (nmwgip さん)への返信です.
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>サンフランシスコ講和会議
投稿者: T_Ohtaguro 投稿日時: 2006/09/04 19:13 投稿番号: [12146 / 41162]
>メキシコ代表ラファエル・デ・ラ・コリナ駐米メキシコ大使
>われわれはできることなら、
>本条項[第11条]が連合国の戦争犯罪裁判の結果を正当化しつづけることを避けたかった。
>あの裁判の結果は、法の諸原則と必ずしも調和せず、
>特に法なければ罪なく、法なければ罰なしという近代文明の最も重要な原則、
>世界の全文明諸国の刑法典に採用されている原則と調和しないと、われわれは信ずる。
罪刑法定主義が国際法上、確立していた事が前提となっているのはこれも同じ。
>本条項[第11条]が連合国の戦争犯罪裁判の結果を正当化しつづけることを避けたかった。
という文言から、
連合国の戦争犯罪裁判の結果を不当と主張する事は、
第11条に関する合意を否定する事となる。
これは メッセージ 12132 (nmwgip さん)への返信です.
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>ハンキー卿(イギリス)
投稿者: T_Ohtaguro 投稿日時: 2006/09/04 19:03 投稿番号: [12145 / 41162]
>例えば、国際連合の裁判所は、
>1948年12月10日に総会によって承認された世界人権宣言、特に次の個条を無視し得ない。
罪刑法定主義に反すると主張する者が、
根拠を遡及適用して主張する矛盾に気がつかないのかねぇ〜♪
1948年12月10日の世界人権宣言が、
なぜ、11月12日に判決の言い渡しが終了した裁判の根拠となるのかね?
これは メッセージ 12133 (nmwgip さん)への返信です.
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>国連国際法委員会
投稿者: T_Ohtaguro 投稿日時: 2006/09/04 18:53 投稿番号: [12144 / 41162]
>年度国際法委員会年報
「人類の平和と安全に対する罪の法典案に関する第一次報告書」
>ニュルンベルク裁判は、
>「法ナケレバ罪ナク、法ナケレバ罰ナシ」という原則を侵犯したことを非難されてきた。
>事後において、行為が犯罪とされ、刑罰が定められたからである。
>裁かれる者の保護と弁護の権利とが、
>犯罪および刑罰が事前に定められていることを必要としていたのに、
>敗者を勝者の裁判権の下に置き、特別目的のための裁判権を設定したことの故に、
>ニュルンベルク裁判は批判されてきた。
これも、罪刑法定主義が国際法上、確立していた事が前提となっていますな♪
しかし、確立していた根拠は示されていない。
これは メッセージ 12132 (nmwgip さん)への返信です.
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>ミネソタ大学
投稿者: T_Ohtaguro 投稿日時: 2006/09/04 18:12 投稿番号: [12143 / 41162]
>ゲルハルト・フォン−グラーン教授
>ドイツ及び日本の被疑者が容疑をかけられている犯罪を犯した頃、
>国際連盟及びパリ協定の盟約[不戦条約]が存在していたにもかかわらず、
>主権国が後に侵攻戦争と呼ばれる行為を計画し実行することを禁ずる
>国際法の規定はなかったということを指摘しておかなければならない。
a項は、
侵略戦争もしくは国際条約、協定もしくは誓約に違反する戦争の
計画、準備、開始もしくは遂行、
叉はこれらの各行為のいずれかの達成を目的とする共通の計画もしくは共同謀議への参加
とされているのであって、
そもそも、侵略戦争に限定されていない。
>当時も今日も、「平和に対する罪」など存在しないことを
>支持する理由などいくらでも挙げることができる。
挙げている部分を提示してね♪
これは メッセージ 12132 (nmwgip さん)への返信です.
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>オーストラリア
投稿者: T_Ohtaguro 投稿日時: 2006/09/04 17:57 投稿番号: [12142 / 41162]
>クイーンズランド州首席判事ウィリアム・ウェッブ
>1945年6月26日付オーストラリア外務省宛書簡
>国際法に基づく厳密なやり方をあきらめて、
>特別法廷で蛮行ともいえる見せ物的な公開裁判を行なうべきではない。
何ら根拠が挙げられていない。
これは メッセージ 12132 (nmwgip さん)への返信です.
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>西ドイツ ルール大学学長
投稿者: T_Ohtaguro 投稿日時: 2006/09/04 17:55 投稿番号: [12141 / 41162]
>クヌート・イプセン教授(1983年)
>平和に対する罪に関する国際軍事裁判所の管轄権は
>当時効力を持っていた国際法にもとづくものではなかった。
↑なんら、根拠が示されていない。
No.12138 と同様の論理で否定できる。
>また、当時すでに戦争に訴えることは禁止されていましたが、
>これについては、個人責任は確立されていなかった。
ベルサイユ条約
第227条で、
諸条約の義務に対する侵害を根拠にウィルヘルムⅡ世が訴追対象とされている。
>戦争禁止の違反については刑法上の制裁も存在しなかった。
条約の義務に対する侵害であり、国内刑法で裁く対象ではない。
>その限りにおいて、条例は事後法であり、
国内法として整備されていないから、国際法で直接裁かれる対象となっている。
>東京国際軍事裁判所自身によって「一般的な正義の原則」と明確に認められた
>「法律なければ犯罪なし」の格言に違反するものでありました。
「法律なければ犯罪なし」の格言が国際法上の格言であるかが問題となる。
もともと、君主の権力を制限する為のものである。
これは メッセージ 12132 (nmwgip さん)への返信です.
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>モーン卿(イギリス)
投稿者: T_Ohtaguro 投稿日時: 2006/09/04 15:38 投稿番号: [12140 / 41162]
>チャーター[極東国際裁判所条例]は決して国際法を規定したものでもなく、
>また戦争犯罪というものを規定したものでもない。
>ただたんに裁判にかけられた僅かな人たちを裁くためにのみつくられたチャーターであった。
馬鹿は意味が理解できなかったらしい。
極東国際裁判所条例により、国際法として立法されたものではなく、
極東国際裁判所の管轄を規定したにすぎない。
罪刑法定主義に反すると主張する馬鹿に多い間違いであるが、
極東国際裁判所条例により、国際法として立法されたと勘違いし、
極東国際裁判所条例発効より前の行為は、同条例では裁けないと思っているらしい。
b項で考えれば明らかであるが、
極東国際裁判所条例発効より前に既に訴追対象であり、
極東国際裁判所条例発効により国際法上の罪となったのではない。
これは メッセージ 12132 (nmwgip さん)への返信です.
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また虐殺の被害者増えたってよwww
投稿者: dendoshikiwakadaisho 投稿日時: 2006/09/04 15:30 投稿番号: [12139 / 41162]
今度は1260人追加だってwww
せこい事すんな、来月は1兆人くらいの大口たたけやww
それでこそ支那人てものアルよwww
南京大虐殺の死亡者数、1,240人追加
【南京師範大学が江寧県で2ヶ月間の調査結果】
日本が1937年末から1938年の初旬に欲しいままに行った、南京大虐殺による死亡者数が
1,240人増加したと中国の新聞社が4日に報道した。
中国の新聞社は、南京師範大学史学科修士課程の学生10名が去る2ヶ月間、南京近郊の
江寧県23カ鎭の虐殺当時の生存者約1、000人を対象に実地調査した結果、このように
表れたと明らかにした。
調査の結果によれば身元の明らかになった死亡者は1,343人と以前よりも505人増えて、
身元が確認出来ない死亡者は6、018人と735人が追加確認された。
江寧県一帯での死亡者は7千361人で、過去の調査の時よりも合計1,240人が増加した。
失踪者は身元の明らかな76人と未確認者22人の98人。
また負傷者は身元の明らかな289人と未確認者106人であり、性暴行に遭った婦女子は
身元が明らかな455人と身元不明者745人。当時は住宅16,461軒が放火され、労動者
4,237人が連行されたと集計された。
松井岩根中支方面軍司令官旗下の日本軍が、当時の南京やその周辺で行った中国人捕虜・
一般人への虐殺で、30万人以上が犠牲されたと知られているが、正確な数値はまだ調査中
である。
戦後の極東軍事裁判で提出された資料によると、2カ所の慈善団体が南京で埋葬した
遺棄死骸だけで15万5,337人であり、揚子江にも大量の死体が捨てられた。
この事件により、極東軍事裁判で松井司令官と第6師団長の長谷寿夫などが死刑に
処された。
ソース:NAVER/連合ニュース(韓国語)
http://news.naver.com/news/read.php?mode=LSD&office_id=001&article_id=0001400786
これは メッセージ 1 (the_super_aikokusya さん)への返信です.
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>GHQ対敵情報部長
投稿者: T_Ohtaguro 投稿日時: 2006/09/04 15:09 投稿番号: [12138 / 41162]
>GHQ対敵情報部長エリオット・ソープ准将
>とにかく、戦争を国策の手段とした罪などは、戦後につくりだされたものであり、
>リンチ裁判用の事後法としか思えなかった。
↑を否定するのは簡単である。
ベルサイユ条約
第227条から、諸条約の義務に対する侵害は訴追対象である。
『戦争を国策の手段とした罪』とは不戦条約の義務に対する侵害であり、
ベルサイユ条約
第227条に採用されている論理に基づき、
不戦条約の義務に対する侵害が、不戦条約発効以後の行為に適用されているのである。
ちなみに、
『諸条約の義務に対する侵害』が訴追理由となるのであり、
不戦条約を除く条約の義務に対する侵害であっても訴追対象となるのである。
馬鹿は、
『戦争を国策の手段とした罪などは、戦後につくりだされたものであり、』
と書かれているにすぎないにもかかわらず、
何ら立証もされていない言葉を鵜呑みにしたにすぎない。
これは メッセージ 12132 (nmwgip さん)への返信です.
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Re: >注意:
投稿者: thirteen_satan 投稿日時: 2006/09/04 14:32 投稿番号: [12137 / 41162]
>ところで、「ちゃんころなんて」というHNは、
他人に対するいやがらせ、悪口、脅し、不愉快な趣旨の発言、
等にはあたらないのでしょうか?
そう思うならこんな所で皮肉を言ってないで、
ニュースカテに溢れる「ジャップ」とか「死ね」とか差別語付けてる
HN全てに注意をすれば如何。
これは メッセージ 12136 (usotaiji さん)への返信です.
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Re: >注意:
投稿者: usotaiji 投稿日時: 2006/09/04 14:07 投稿番号: [12136 / 41162]
>注意: 利用規約にのっとった投稿をお願いします。他人に対するいやがらせ、悪口、脅し、わいせつな内容、不愉快な趣旨の発言、商業目的、広告目的、著作権者の許可を得ていない著作物、個人のプライバシーに関わる情報等の投稿はすべて利用規約において禁止されています。 Yahoo!掲示板へはYahoo! JAPAN IDだけが表示され匿名で投稿することができますが、この匿名性は個人の行為、民事上あるいは刑事上の責任追及を免ずるものではないことをよくご理解ください。
なるほど、なるほど。
ところで、「ちゃんころなんて」というHNは、
他人に対するいやがらせ、悪口、脅し、不愉快な趣旨の発言、
等にはあたらないのでしょうか?
これは メッセージ 12134 (chankoro_nante さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/fn5febg5tbba6a1a6bdbe730v0bix6afc0a9oa29ta4n13_1/12136.html
虐殺は嘘63 支那軍による虐殺3
投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2006/09/03 23:37 投稿番号: [12135 / 41162]
●支那軍による故意の上海中心部爆撃と、戦時下での虚偽【逆宣伝】
支那軍は上海中心部をわざと狙って爆撃して多数の民間人や外国人を殺害し、その暴虐・悪逆を卑怯にも日本軍の仕業だと逆宣伝した。
――――――――
南京政府の宣伝広報局は上海の国際租界が保護してくれるのにつけ込んで、世界世論の感情を歪曲すべく計算されつくした写真や宣伝活動の材料を、この平和の避難所から次々と生み出した。幾つかの事例はこのような宣伝活動の本質を示すのに十分であろう。
8月15日(ママ、14日か?)に中国軍の飛行機が国際租界のキャセイホテルとパレスホテルを爆撃した時、中国政府の宣伝広報局は、この爆撃は日本軍のものである、というニュースを流した。
ワシントンポストの上海特派員マーク・J・ジンスボーグ氏は、「24時間以内にこの宣伝広報局は重大な訂正を発表し、我々特派員スタッフの完璧なる調査によって、問題の爆撃機は日本軍のものではなく中国軍のものであることが判明した、ということを内外に通告した。」と書いている。
さらにまた8月22日(ママ、23日か?)、中国軍機は国際租界を爆撃し、この時にはシンシアーデパートとウィン・オンデパートに被害を与えた。この時も同様に中国の宣伝広報局は、この爆弾は日本軍機から投下されたものであると発表した。
ニューヨーク・タイムス上海特派員は中国側の検閲を避けて真実を伝えるため、この爆撃に関する特電を上海ではなく香港から発信した。
彼が香港から発信した8月27日(爆撃の5日後)付の特電の一部は次のようである。
「上海の国際租界及び仏特権区域に居住する無力な一般市民を、中国軍が無責任に空爆したり殺害したりするのを防ぐために、武力手段または他の抑止策をとることについて何らかの国際的な合意が必要であるということは、上海在住の外国の領事館員や陸海軍スタッフ達の一致した見解となっている。」
この特電は中国の検閲の不満を漏らして次のようにも述べている。
「中国の検閲官は発信された外電やラジオ通信から前述の事実や意見を削除した。そして場合によっては外電のニュースそのものを変えてしまいさえもした。その目的は、現地の外国人達があたかも心の中で、この爆弾はおそらく日本軍の飛行機から投下されたものかもしれない、と疑っているかのように見せかけるためだったのである。だがしかしこれは明らかに真実ではない。」
さらにまた9月6日付香港発信ニューヨーク・タイムズの特電は、同爆撃について、
「中国軍は、この爆弾は日本軍機から投下されたものである、と宣伝することによって責任を拒否した。しかしながら今や、これらの爆弾は両方とも中国が伊から購入したイタリア製のものであることが判明している、この判明した事実について、米英の現地の海軍調査官の意見は一致している。そしてイタリア当局もこの爆弾が自国製であることを認めている。これは決定的な証拠であるように思える。何故ならばイタリアは、日本がイタリアからそのような軍需物資を購入したことは一度も無い、と証言している。」
『シナ大陸の真相』K・カール・カワカミ著 P255〜P257
これは メッセージ 12131 (deliciousicecoffee さん)への返信です.
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Re: >注意:
投稿者: chankoro_nante 投稿日時: 2006/09/03 16:54 投稿番号: [12134 / 41162]
投稿において相手に対して馬鹿ですねえーーを連発するT_Ohtaguroはそんな投稿をする者こそが馬鹿人間だということを自覚していない
注意: 利用規約にのっとった投稿をお願いします。他人に対するいやがらせ、悪口、脅し、わいせつな内容、不愉快な趣旨の発言、商業目的、広告目的、著作権者の許可を得ていない著作物、個人のプライバシーに関わる情報等の投稿はすべて利用規約において禁止されています。 Yahoo!掲示板へはYahoo! JAPAN IDだけが表示され匿名で投稿することができますが、この匿名性は個人の行為、民事上あるいは刑事上の責任追及を免ずるものではないことをよくご理解ください。
これは メッセージ 12124 (T_Ohtaguro さん)への返信です.
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事後法を批判した人々(2)
投稿者: nmwgip 投稿日時: 2006/09/02 23:49 投稿番号: [12133 / 41162]
ハンキー卿(イギリス)
<<例えば、国際連合の裁判所は、1948年12月10日に総会によって承認された世界人権宣言、特に次の個条を無視し得ない。
(第10条)
何人も、その権利および義務ならびに自己に対する刑事上の告訴についての決定に当って、独立の公平な裁判所による公正な公開の審理を完全に平等に受ける権利を有する。
(第11条)
1.何人も刑事犯罪の告訴を受けたものは、自己の弁護に必要な全ての保障を与えられた公開の裁判において、法律に従って有罪と立証されるまでは、無罪と推定される権利を有する。
2.何人も行なわれた時には国内法によっても国際法によっても刑事犯罪を構成しなかった行為又は不作為のために、刑事犯罪について有罪と判決されることはない。また当該刑事犯罪が行なわれた時に適用されるものであった刑罰よりも重い刑罰を科してはならない。
戦敗国を裁判するに当り戦勝国の判事のみでもって排他的に構成された裁判所を、第10条で強調されているような「独立の公平な裁判所」と国際連合が考えるとは想像し得ない。同様に「欧州枢軸国の主要戦争犯罪人を公正に、速やかに裁判し、処罰するため」作られたニュルンベルク裁判所条例第1条も、人権宣言第11条第1項に明記された原則と、両立しがたい。そして、ニュルンベルク、東京の裁判所のために、事後になって犯罪を創設したことは、人権宣言第11条第2項と、完全に相いれない。
こう考えてくると、ニュルンベルクと東京の裁判が法の規則を設定したという価値は取るに足りぬように思われる。むしろ、重大な退歩をさせたというべきである。>>
(ハンキー卿『戦犯裁判の錯誤』)
サンフランシスコ講和会議メキシコ代表ラファエル・デ・ラ・コリナ駐米メキシコ大使
<<われわれはできることなら、本条項[第11条]が連合国の戦争犯罪裁判の結果を正当化しつづけることを避けたかった。あの裁判の結果は、法の諸原則と必ずしも調和せず、特に法なければ罪なく、法なければ罰なしという近代文明の最も重要な原則、世界の全文明諸国の刑法典に採用されている原則と調和しないと、われわれは信ずる。>>
(青山学院大学総合研究所・法学研究センター研究叢書第2号『各法領域における戦後改革』)
サンフランシスコ講和会議アルゼンチン代表イポリト・ヘスス・パス駐米アルゼンチン大使
<<この文書の条文は、大体において受諾し得るものでありますが、2、3の点に関し、わが代表団がいかなる解釈をもって調印するかという点、及びこの事が議事録に記載される事を要求する旨を明確に述べたいのであります。・・・・・・本条約第11条に述べられた法定[東京裁判]に関しては、わが国の憲法は、何人といえども正当な法律上の手続きをふまずに処罰されない事を規定しています。>>
(外務省編『サン・フランシスコ会議議事録』)
以上、全引用は、佐藤和男監修『世界がさばく東京裁判』より二次引用したもの。
1945年当時、国際法において罪刑法定主義の原則は採用されていなかったとは見做されていない。
これは メッセージ 12132 (nmwgip さん)への返信です.
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事後法を批判した人々
投稿者: nmwgip 投稿日時: 2006/09/02 23:48 投稿番号: [12132 / 41162]
随分削除されたスレッドが多いようだな。
まるで自爆テロリストだ。
自爆するのは勝手だが、他人を巻き込まないでもらいたいものだ。
> 現行法に於いては侵略戦争を開始する事が個人犯罪であるとは思いません。
> この当時、国内法上は罪刑法定主義は確立しているが、国際法上は確立していない。
> 平和に対する罪であるa項は、通例ノ戦争犯罪b項とは区別されているので当然である。
> 始める為の行為が、始まった後の行為に適用される犯罪に含まれるわけがない。
オオタグロの主張は詰まるところ、A級戦犯の訴追について事前の法的根拠はなく、「平和に対する罪」は戦争犯罪に含まれないが、東京裁判の当時国際法には罪刑法定主義の原則が適用されていなかったので、東京裁判に司法原則上の問題はなかった、というものだろう。
論理的な思考が出来ず、どんな支離滅裂なことを口にしても恥を覚える感性が無いのだからこれ以上私が何を言っても無駄だろう。
故に、他の人々はどのように評価しているか、最後に例示してやろう。
GHQ対敵情報部長エリオット・ソープ准将
<<敵としてみた場合、トウジョウをはじめ、ただ怒り、正義その他の理由だけで、即座に射殺したい連中がいたことは、たしかである。しかし、そうせずに、日本人に損害を受けて怒りにもえる偏見に満ちた連合国民の法定で裁くのは、むしろ偽善的である。とにかく、戦争を国策の手段とした罪などは、戦後につくりだされたものであり、リンチ裁判用の事後法としか思えなかった>>
(児島襄『東京裁判(上)』)
モーン卿(イギリス)
<<チャーター[極東国際裁判所条例]は決して国際法を規定したものでもなく、また戦争犯罪というものを規定したものでもない。ただたんに裁判にかけられた僅かな人たちを裁くためにのみつくられたチャーターであった。>>
(菅原裕『東京裁判の正体』)
西ドイツ
ルール大学学長
クヌート・イプセン教授(1983年)
<<平和に対する罪に関する国際軍事裁判所の管轄権は当時効力を持っていた国際法にもとづくものではなかった。また、当時すでに戦争に訴えることは禁止されていましたが、これについては、個人責任は確立されていなかった。戦争禁止の違反については刑法上の制裁も存在しなかった。その限りにおいて、条例は事後法であり、東京国際軍事裁判所自身によって「一般的な正義の原則」と明確に認められた「法律なければ犯罪なし」の格言に違反するものでありました。>>
(細谷千博、安藤仁介、大久保保昭編『国際シンポジウム
東京裁判を問う』)
オーストラリア
クイーンズランド州首席判事ウィリアム・ウェッブ(東京国際軍事法廷裁判長)
1945年6月26日付オーストラリア外務省宛書簡
<<国際法に基づく厳密なやり方をあきらめて、特別法廷で蛮行ともいえる見せ物的な公開裁判を行なうべきではない。>>
(朝日新聞平成7年2月8日)
ミネソタ大学ゲルハルト・フォン−グラーン教授
<<ドイツ及び日本の被疑者が容疑をかけられている犯罪を犯した頃、国際連盟及びパリ協定の盟約[不戦条約]が存在していたにもかかわらず、主権国が後に侵攻戦争と呼ばれる行為を計画し実行することを禁ずる国際法の規定はなかったということを指摘しておかなければならない。当時も今日も、「平和に対する罪」など存在しないことを支持する理由などいくらでも挙げることができる。>>
(“Law Among Nations”1981)
国連国際法委員会
1983年度国際法委員会年報
「人類の平和と安全に対する罪の法典案に関する第一次報告書」
<<ニュルンベルク裁判は疑いなく一つの重要な先例である。だが、その偶発的特徴と、設置された裁判所の特別目的性とは、遺憾とすべき事柄だった。ニュルンベルク裁判にあびせられた諸批判は周知のところであり、ここで深く論ずる必要はない。ニュルンベルク裁判は、「法ナケレバ罪ナク、法ナケレバ罰ナシ」という原則を侵犯したことを非難されてきた。事後において、行為が犯罪とされ、刑罰が定められたからである。裁かれる者の保護と弁護の権利とが、犯罪および刑罰が事前に定められていることを必要としていたのに、敗者を勝者の裁判権の下に置き、特別目的のための裁判権を設定したことの故に、ニュルンベルク裁判は批判されてきた。>>
(青山学院大学総合研究所・法学研究センター研究叢書第2号『各法領域における戦後改革』)
これは メッセージ 12105 (T_Ohtaguro さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/fn5febg5tbba6a1a6bdbe730v0bix6afc0a9oa29ta4n13_1/12132.html
虐殺は嘘62 支那軍による虐殺2
投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2006/09/02 23:27 投稿番号: [12131 / 41162]
●支那軍による故意の上海中心部爆撃
1937年8月、支那軍は上海でホテルやデパートを【わざと狙って】爆撃し、多数の民間人や外国人を殺害した。
――――――――
ニューヨーク・ヘラルドトリビューン紙の上海特派員が9月16日に述べたように、中国は上海の扇形戦区に戦闘を及ぼし、何等かの干渉或いは少なくとも中国の事件に対する重大な関心が外国で生じることを期待したのだ。
ニューヨーク・タイムズの特派員も8月30日付の上海特電で次のように述べた。
日本軍は文字通り中国軍によって軍事衝突に追い込まれているが、中国軍は外国人区域と外国権益をこの軍事衝突の中に巻き込もうとしているように思える。
8月13日に上海で戦闘が勃発するや否や、中国は国際租界と仏特権区域及び外国の船舶を爆撃し始めた。戦闘が始まって僅か3日後の8月15日、仏特権区域で発行されている新聞の「上海ジャーナル」は、中国軍の空爆で次の数の死傷者が出たと報じた。
仏特権区域
445,821
国際租界
495,600(概数)
8月14日に中国軍の爆撃機が国際租界のパレスホテル及びキャセイホテルの近くに爆弾を投下した。この付近は極東でも最も有名な簡易宿泊街であり、百人以上が死んだ。
8月16日、中国軍は別の通りを爆撃し、数名の外国人と中国人を死亡させた。
8月23日、中国軍機は再び国際租界を爆撃。上海最大の商業施設シンシアー及びウイン・オンデパートを直撃し、200人以上の死者と200人を負傷させた。ニューヨーク・タイムズの2人の特派員がこの負傷者の中に入っている。
8月30日、中国の爆撃飛行隊が米の大型定期船プレジデント・フーバー号を爆撃。5人の水夫と2人の乗客を負傷させ、その中の1人が数日後に死亡。
このような中国軍の爆撃の及ぼす影響があまりにも深刻であったので、ニューヨーク・タイムズの上海特派員が8月27日付で次のような声明を発した程であった。
中国軍が無責任な空爆を行って上海の国際租界と仏特権区域の無力な民間人を殺すのを防ぐための、武力手段或いは他の抑制措置をとることに、外国の領事館員及び陸海軍の軍人が合意するならば、何等かの国際的措置をとることを決議しなければならない。
外国人区域に対する中国軍の度重なる攻撃の目的は一体何なのか?その問いに対しては唯一の答えが可能である。即ち中国は日本に対する外国の干渉を煽り立てようと計画していたのである。日本は自分から攻撃に出るのを厳しく抑えているのに、中国は国際租界を自分自身で攻撃することによって日本に対する国際干渉を引き起こそうと目論んでいる、というのは一見したところ奇妙なことのように思えるかも知れない。
実際、ニューヨーク・タイムズの特派員が8月27日付で報じたように、黄埔上の米、英、仏の戦艦に精密機器を携えて乗船していた外国の陸海軍の観察者たちは次のように証言している。
日本軍は上海の避難区域の上空に爆撃機を飛ばせたりしないという自らの誓いを堅く守っているのに対し、中国軍はそのような誓いを立てるのを拒んでいる。
中国は次のように推論していた。即ち中国軍によるものであれ日本軍によるものであれ、この戦争の残忍な性質とそれが外国の権益に及ぼす深刻な影響を列強諸国に印象付けるような如何なる行動も、中国に対するよりも寧ろ日本に対する反応を引き起こすであろう、と。何故ならば南京政府が観察していた通り、世界の世論は既に日本を敵視する方向に固まっていて、中国は世界の同情の対象になっていたからである。
『シナ大陸の真相』K・カール・カワカミ著 P189〜P190
これは メッセージ 12127 (deliciousicecoffee さん)への返信です.
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Re: 虐殺は嘘61 支那軍による虐殺1?
投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2006/09/02 09:06 投稿番号: [12129 / 41162]
>7月11日
><中央の動き>
>11時30分:五相会議にて、陸相の、「威力の顕示」による「中国側の謝罪及保障確保」を理由とした内地三個師団派兵等の提案が合意された。
>14時00分:臨時閣議にて、北支派兵が承認された。
>16時20分:近衛首相は葉山御用邸に伺侯、北支派兵に関し上奏御裁可を仰いだ。
>18時24分:「北支派兵に関する政府声明」により、北支派兵を発表。
><現地の動き>
>20時00分:「責任者の処分」「中国軍の盧溝橋城郭・竜王廟からの撤退」「抗日団体の取締」を骨子とする現地停戦協定が成立した(松井-秦徳純協定)。
説明ご苦労。
実は7月9日午前4時にも現地では停戦の約束がされたが、早くも翌10日には支那側が攻撃を再開し、日本側に戦死6人、負傷10人が出たんだ。
更に7月11日20時に現地で停戦協定が調印された後にも、停戦協定を破って攻撃を再開したのは支那側だった。
7月13日、支那兵が移動中の日本軍トラック2台に手榴弾を投げ込み全員を爆殺
7月14日、支那兵が日本の騎馬兵を惨殺
7月16日、事件を収集させようとする宋哲元に対し、蒋介石は「日本の策謀に乗じるな、戦備を整えよ」と打電
7月17日、蒋介石が『生死関頭』演説を行い戦争の決意を表明
7月25日、郎坊事件、日本軍が攻撃を受ける
7月26日、広安門事件、日本軍が攻撃を受ける
7月28日、日本軍が北支へ攻撃開始
7月29日、通州事件。日本人居留民約260名が虐殺される
8月9日、和平会談の予定だったが、海軍陸戦隊の大山中尉が惨殺される
8月13日、支那軍が上海攻撃開始
>当時の外務省東亜局長の石射猪太郎は「海軍もだんだんオオカミになりつつある」と8月13日の日記に記している(石射猪太郎日記)
石射猪太郎って、自分の著書で、日本と支那の関係を「日支」や「日中」ではなく、「中日」と呼称した国賊外務官僚ね。
>すでに戦争状態に突入してんだよ(笑)
そのとおり。
支那によってね。
>通州事件よりも、敗戦前ソ連の参戦時に関東軍は日本人居留民を置き去りにして逃げたことは書かないのか?
それが元で数十万人に上る邦人が殺されてるがね、、(笑)
・・・
>これほど残虐な行動はないな。
まずは、噂ではない真実を学べ。
下に紹介する2つのサイトを大きな声を出して100回読め。
満州の対ソ戦
http://yokohama.cool.ne.jp/esearch/sensi1/sensi-taiso2.html(一部抜粋)
居留民後退の問題
それでも9日には在留邦人の後送に着手し一般邦人を先に送り出そうとしたが、
既に生活拠点を有する民間人は直ちに乗車などできない状況にあり、
満州は内地よりも安全と考えられていたことも手伝って遅々として進まなかった。
一刻の猶予もない状況下ではやむを得ず、緊急集合が容易な軍人・軍属の家族を主体に一番列車に乗せ、
10日
0140には新京駅を出発した。
だがこのことは後に、関東軍は軍人家族を最初に後退させた、として非難されることとなった。
東部方面(第1方面軍)の戦闘
第126、第135師団主力とともに15日夕までソ連軍の侵攻を阻止し、
この間に牡丹江在留邦人約6万人の後退を完了することができた。
牡丹江東側陣地の防御が限界に達した第5軍は、17日までに60キロ西方に後退、そこで停戦命令を受けた。
虎頭陣地の戦闘
完全包囲下の中で守備隊は主として夜間斬り込み、肉薄攻撃を反復敢行、
8月26日に至り避難民を含めほとんど全員が壮烈なる戦死を遂げた。
陣地にあった約1900名(含居留民)中、内地に帰還し得た者、わずかに53名であった。
北及び北西方面(第4軍)の戦闘
第119師団は停戦するまでソ連軍の突破を阻止し、その結果邦人主力のハイラル在住者は
ソ連軍に後方を遮断される前に後退することができたのである。
――――――
「同胞4万救出作戦」
内蒙古在住4万人の同胞をソ連軍から守ろうと、日本軍将兵が立ち上がった。
http://www2s.biglobe.ne.jp/~nippon/jogbd_h16/jog357.htmlこうして、投降し、ソ連軍によってシベリアに強制連行された日本人は100万人以上。
そのうち、50万人以上がシベリアで殺され、日本には帰って来れなかったのだ。
これは メッセージ 12128 (yominokuni56 さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/fn5febg5tbba6a1a6bdbe730v0bix6afc0a9oa29ta4n13_1/12129.html
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