Re: 虐殺は嘘63 支那軍による虐殺3
投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2006/09/06 23:17 投稿番号: [12166 / 41162]
>はっはっはは、、これは
あんたの妄想だよ(笑)
妄想はオマエの方だよ。
俺の主張には決定的証拠があるが、オマエの言ってることは妄想に過ぎない。
(再掲)
――――――――
さらにまた9月6日付香港発信ニューヨーク・タイムズの特電は、同爆撃について、
「中国軍は、この爆弾は日本軍機から投下されたものである、と宣伝することによって責任を拒否した。しかしながら今や、これらの爆弾は両方とも中国が伊から購入したイタリア製のものであることが判明している、この判明した事実について、米英の現地の海軍調査官の意見は一致している。そしてイタリア当局もこの爆弾が自国製であることを認めている。これは決定的な証拠であるように思える。何故ならばイタリアは、日本がイタリアからそのような軍需物資を購入したことは一度も無い、と証言している。」
――――――――
>暴動を起こさせた、その原因を作ったのは日本政府だぜ(笑)
暴動というのは上海戦のことを言ってるのか?
だとしたら、完全に間違っている。
当時の上海に、日本軍は海軍陸戦隊が数千人しかおらず、それを数十万人の大軍で包囲攻撃し、市街地中心部に爆撃を繰り返したのは支那軍だ。
>国際社会から
>批難されたのは中国軍ではなく、、日本軍だったぜ(笑)
支那が悪いにもかかわらず、日本に敵対していた国が日本を非難したのは事実だが、だから何?
>満州の邦人がなぜ?避難しなかった? あほか、、殺されるかも知れないと分かっていながら、避難しなかった? バカじゃないのかい(笑)
満州の邦人に当初危機意識が乏しかったのは事実だよ。
支那人や朝鮮人に核兵器で狙われているにも拘らず、核武装をしようとしない今の日本人と同じだった。
つーか、悪いのは日ソ不可侵条約を破って侵攻して来たソ連だ。
>日本政府は講和の仲介をロシアに託していた事情があるから、ソ連の参戦については中国大陸の各部隊に参戦の事実を連絡はしていないと考えるが常識ってもんだろう?
>しかし、現地部隊はすでに日本の敗戦を熟知してたって訳よ、食料、弾薬、兵員の補充はすでに切れていたのだから、、で、転戦と称して、いち早く、最前線から在留邦人に気づかれることなく、撤退、、逃げたのだよ。
避難しろと言っても避難しない者はいるものだ。
ソ連軍に攻めて来られて殺されそうになって、ようやく分かる。
核武装しろと言っても核武装に反対する者はいるものだ。
支那や朝鮮から核攻撃をされてようやく分かる。
#12129に貼ったリンク先を良く読め。
――――――――
満洲では関東軍が8月10日、居留民の緊急輸送を計画したが、居留民会が数時間での出発は不可能と反対し、11日になっても誰も新京駅に現れず、結局、軍人家族のみを第一列車に乗せざるをえなかった。これが居留民の悲劇を呼んだのである。
――――――――
居留民後退の問題
当時満州の在留邦人は約155万人であった。
そのうち約27万の開拓団関係者の多くは辺境地区に、その他一般邦人は都市部に在住していた。
関東軍が持久守勢に転移して以来、居留民対策は幾度となく問題になったものの
決定的措置がとられないうちにソ連参戦に直面することとなった。
これは、「来たらざるを頼む」という希望的心理(これは戦術的・戦略的にも大きく影響を与えた)と、
極めて多数に及ぶ在外居留民が直接戦乱の渦中に入る体験を持たなかったこと、
防衛企図を秘匿せんとする思想、などが大きな原因であった。
それでも9日には在留邦人の後送に着手し一般邦人を先に送り出そうとしたが、
既に生活拠点を有する民間人は直ちに乗車などできない状況にあり、
満州は内地よりも安全と考えられていたことも手伝って遅々として進まなかった。
一刻の猶予もない状況下ではやむを得ず、緊急集合が容易な軍人・軍属の家族を主体に一番列車に乗せ、
10日 0140には新京駅を出発した。
だがこのことは後に、関東軍は軍人家族を最初に後退させた、として非難されることとなった。
――――――――
>戦後もミドリ十字なんて会社興して、血液製剤の製造で、エイズ患者を増加させた、
エイズ患者を増加させたのは良くないが、血液製剤のお陰で救われた命はその何倍も多いんじゃないのか?
妄想はオマエの方だよ。
俺の主張には決定的証拠があるが、オマエの言ってることは妄想に過ぎない。
(再掲)
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さらにまた9月6日付香港発信ニューヨーク・タイムズの特電は、同爆撃について、
「中国軍は、この爆弾は日本軍機から投下されたものである、と宣伝することによって責任を拒否した。しかしながら今や、これらの爆弾は両方とも中国が伊から購入したイタリア製のものであることが判明している、この判明した事実について、米英の現地の海軍調査官の意見は一致している。そしてイタリア当局もこの爆弾が自国製であることを認めている。これは決定的な証拠であるように思える。何故ならばイタリアは、日本がイタリアからそのような軍需物資を購入したことは一度も無い、と証言している。」
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>暴動を起こさせた、その原因を作ったのは日本政府だぜ(笑)
暴動というのは上海戦のことを言ってるのか?
だとしたら、完全に間違っている。
当時の上海に、日本軍は海軍陸戦隊が数千人しかおらず、それを数十万人の大軍で包囲攻撃し、市街地中心部に爆撃を繰り返したのは支那軍だ。
>国際社会から
>批難されたのは中国軍ではなく、、日本軍だったぜ(笑)
支那が悪いにもかかわらず、日本に敵対していた国が日本を非難したのは事実だが、だから何?
>満州の邦人がなぜ?避難しなかった? あほか、、殺されるかも知れないと分かっていながら、避難しなかった? バカじゃないのかい(笑)
満州の邦人に当初危機意識が乏しかったのは事実だよ。
支那人や朝鮮人に核兵器で狙われているにも拘らず、核武装をしようとしない今の日本人と同じだった。
つーか、悪いのは日ソ不可侵条約を破って侵攻して来たソ連だ。
>日本政府は講和の仲介をロシアに託していた事情があるから、ソ連の参戦については中国大陸の各部隊に参戦の事実を連絡はしていないと考えるが常識ってもんだろう?
>しかし、現地部隊はすでに日本の敗戦を熟知してたって訳よ、食料、弾薬、兵員の補充はすでに切れていたのだから、、で、転戦と称して、いち早く、最前線から在留邦人に気づかれることなく、撤退、、逃げたのだよ。
避難しろと言っても避難しない者はいるものだ。
ソ連軍に攻めて来られて殺されそうになって、ようやく分かる。
核武装しろと言っても核武装に反対する者はいるものだ。
支那や朝鮮から核攻撃をされてようやく分かる。
#12129に貼ったリンク先を良く読め。
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満洲では関東軍が8月10日、居留民の緊急輸送を計画したが、居留民会が数時間での出発は不可能と反対し、11日になっても誰も新京駅に現れず、結局、軍人家族のみを第一列車に乗せざるをえなかった。これが居留民の悲劇を呼んだのである。
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居留民後退の問題
当時満州の在留邦人は約155万人であった。
そのうち約27万の開拓団関係者の多くは辺境地区に、その他一般邦人は都市部に在住していた。
関東軍が持久守勢に転移して以来、居留民対策は幾度となく問題になったものの
決定的措置がとられないうちにソ連参戦に直面することとなった。
これは、「来たらざるを頼む」という希望的心理(これは戦術的・戦略的にも大きく影響を与えた)と、
極めて多数に及ぶ在外居留民が直接戦乱の渦中に入る体験を持たなかったこと、
防衛企図を秘匿せんとする思想、などが大きな原因であった。
それでも9日には在留邦人の後送に着手し一般邦人を先に送り出そうとしたが、
既に生活拠点を有する民間人は直ちに乗車などできない状況にあり、
満州は内地よりも安全と考えられていたことも手伝って遅々として進まなかった。
一刻の猶予もない状況下ではやむを得ず、緊急集合が容易な軍人・軍属の家族を主体に一番列車に乗せ、
10日 0140には新京駅を出発した。
だがこのことは後に、関東軍は軍人家族を最初に後退させた、として非難されることとなった。
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>戦後もミドリ十字なんて会社興して、血液製剤の製造で、エイズ患者を増加させた、
エイズ患者を増加させたのは良くないが、血液製剤のお陰で救われた命はその何倍も多いんじゃないのか?
これは メッセージ 12157 (yominokuni56 さん)への返信です.