Re: 虐殺は嘘37 嘘吐き婆夏淑琴とマギー
投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2006/09/06 23:55 投稿番号: [12170 / 41162]
>>家にやってきて、なかに入れろと要求した。戸は馬というイスラム教徒の家主によって開けられた。
>相手は戸を開けると、いきなり撃ち殺す凶悪犯ですから、どんどんどん、と力まかせに戸を叩いたと思われます。この、戸を叩く行為は戸を開けろ、というメッセージと誰もが思います。
理論派論客として著名な「タラリ」は、そう思うのか。
12月13日の朝に誰が何の用で来たのか確かめもせず戸を開ける馬鹿はいきなり撃ち殺されてもしょうがないよな。
>>馬が死んだ後、兵士の前に跪いて他の者を殺さないように懇願した夏氏も撃ち殺した。
>懇願の言葉と「どうして夫を殺したのか」という言葉は夏さんが聞いた言葉を書いただけですから、これを持って会話が成立したと断定することはできません。
それだけではなく、【馬が死んだ後、兵士の前に跪いて他の者を殺さないように懇願した夏氏も撃ち殺した。】と解説書には述べられているよ。
言葉が理解できる相手だよ。
いきなり撃ち殺している連中相手にそんなことを懇願するのもマヌケだけどね。
>南京防衛軍の指揮系統が崩壊した12月13日においては中国兵は城内から逃げるのに必死で、中国人の家で殺人、強姦をする余裕はありません。
俺の主張は、12月13日ではないという前提なのだ。
>現場には中国兵はいない時間です。
俺の主張は、12月13日ではないという前提なのだ。
>南京では
>殺害後に膣に異物を押し込んだ日本兵の犯罪は無数にあります。
そのような犯行の事実は1件も確認されていない。
>「12月13日9〜10時」という下りはお示しになった文章にございませんが。
その文章にはないが、そうらしいよ。
「軍事」カテの「日中戦争は侵略なのか?」トピの#9022などでゆうが言っていた。
>デリ君のお子さんは14日もたつとデリ君が死んだことも忘れるのでしょうね(^O^)。
死んだこと自体は忘れないだろうが、わざわざ日時を記憶し続ける必要はないかならね。
>>事件後、向かいが日本軍の宿泊所になり、
>これも原文にございませんが。捏造しないと否定できないませんか。
夏淑琴の証言にあるんだよ。
>今度来た日本兵は盗人に精を出して、幼児に関心がなかったのでしょう。
>4才の子でも死の恐怖を味わうと泣き出すことさえしませんからね。
理論派論客として著名な「タラリ」が、そう信じたければ信じなさい。
>「このような恐ろしいことが起こり始めると、近所の人はみな、難民区に避難した」とありますから、見つける人がいないのですよ。
仮に12月13日の犯行だとしても、南京は前夜から本格的な戦闘状態に突入しており、近所の連中が当該事件に恐れて避難したなんて有り得ない。
>危険だと言われても自宅は出たくないものですよ。
12月7日
何千という人々が南門から安全区に入ってきた。彼らの話によれば、5時までに立ち退くよう警察から命令されており、それに従わなければ家は焼き払われ、スパイとみなされる、というのだ。
(南京事件の日々P39)
12月8日
把江門を通って江岸に出て行くのは今でも容易であるが、 中国人はそこから城内に入る事を許されていない。昨夜警察官が、城壁外部の下関地区の家々を一軒一軒回って、長江を渡って浦口へ行くように警告して歩いた。
米大使館報告(アメリカ資料編P95)
12月8日
中国軍に自宅から即時立ち退きを命じられ、これに従わなければ、反逆者とみなされて銃殺される。軍の計画を妨害すれば、家が焼き払われる場合もあるそうだ。避難民の多くは南門付近や市の南東部の人たちだ。
(南京事件の日々P40)
で、軍事カテで言っていた【穴ぐらに5万人の南京市民が隠れていた】資料は?
>安全区国際委員会は毎日のように日本大使館に対して犯罪報告をしていましたから、日本軍憲兵隊もその内容を知ることはできました。
本気で犯罪を阻止したければ憲兵隊に訴えるべきだろ。
>それでも憲兵隊は国際安全委員会が報告する犯罪の犯人を1人として検挙することはしませんでした。よくよく職務怠慢かあるいは能なし野郎の集まりだったようです。
嘘吐きは支那人・朝鮮人の始まりだよ。
#10902に一例が紹介されているよ。
口からデマカセの嘘を吐くのはやめよう!
>相手は戸を開けると、いきなり撃ち殺す凶悪犯ですから、どんどんどん、と力まかせに戸を叩いたと思われます。この、戸を叩く行為は戸を開けろ、というメッセージと誰もが思います。
理論派論客として著名な「タラリ」は、そう思うのか。
12月13日の朝に誰が何の用で来たのか確かめもせず戸を開ける馬鹿はいきなり撃ち殺されてもしょうがないよな。
>>馬が死んだ後、兵士の前に跪いて他の者を殺さないように懇願した夏氏も撃ち殺した。
>懇願の言葉と「どうして夫を殺したのか」という言葉は夏さんが聞いた言葉を書いただけですから、これを持って会話が成立したと断定することはできません。
それだけではなく、【馬が死んだ後、兵士の前に跪いて他の者を殺さないように懇願した夏氏も撃ち殺した。】と解説書には述べられているよ。
言葉が理解できる相手だよ。
いきなり撃ち殺している連中相手にそんなことを懇願するのもマヌケだけどね。
>南京防衛軍の指揮系統が崩壊した12月13日においては中国兵は城内から逃げるのに必死で、中国人の家で殺人、強姦をする余裕はありません。
俺の主張は、12月13日ではないという前提なのだ。
>現場には中国兵はいない時間です。
俺の主張は、12月13日ではないという前提なのだ。
>南京では
>殺害後に膣に異物を押し込んだ日本兵の犯罪は無数にあります。
そのような犯行の事実は1件も確認されていない。
>「12月13日9〜10時」という下りはお示しになった文章にございませんが。
その文章にはないが、そうらしいよ。
「軍事」カテの「日中戦争は侵略なのか?」トピの#9022などでゆうが言っていた。
>デリ君のお子さんは14日もたつとデリ君が死んだことも忘れるのでしょうね(^O^)。
死んだこと自体は忘れないだろうが、わざわざ日時を記憶し続ける必要はないかならね。
>>事件後、向かいが日本軍の宿泊所になり、
>これも原文にございませんが。捏造しないと否定できないませんか。
夏淑琴の証言にあるんだよ。
>今度来た日本兵は盗人に精を出して、幼児に関心がなかったのでしょう。
>4才の子でも死の恐怖を味わうと泣き出すことさえしませんからね。
理論派論客として著名な「タラリ」が、そう信じたければ信じなさい。
>「このような恐ろしいことが起こり始めると、近所の人はみな、難民区に避難した」とありますから、見つける人がいないのですよ。
仮に12月13日の犯行だとしても、南京は前夜から本格的な戦闘状態に突入しており、近所の連中が当該事件に恐れて避難したなんて有り得ない。
>危険だと言われても自宅は出たくないものですよ。
12月7日
何千という人々が南門から安全区に入ってきた。彼らの話によれば、5時までに立ち退くよう警察から命令されており、それに従わなければ家は焼き払われ、スパイとみなされる、というのだ。
(南京事件の日々P39)
12月8日
把江門を通って江岸に出て行くのは今でも容易であるが、 中国人はそこから城内に入る事を許されていない。昨夜警察官が、城壁外部の下関地区の家々を一軒一軒回って、長江を渡って浦口へ行くように警告して歩いた。
米大使館報告(アメリカ資料編P95)
12月8日
中国軍に自宅から即時立ち退きを命じられ、これに従わなければ、反逆者とみなされて銃殺される。軍の計画を妨害すれば、家が焼き払われる場合もあるそうだ。避難民の多くは南門付近や市の南東部の人たちだ。
(南京事件の日々P40)
で、軍事カテで言っていた【穴ぐらに5万人の南京市民が隠れていた】資料は?
>安全区国際委員会は毎日のように日本大使館に対して犯罪報告をしていましたから、日本軍憲兵隊もその内容を知ることはできました。
本気で犯罪を阻止したければ憲兵隊に訴えるべきだろ。
>それでも憲兵隊は国際安全委員会が報告する犯罪の犯人を1人として検挙することはしませんでした。よくよく職務怠慢かあるいは能なし野郎の集まりだったようです。
嘘吐きは支那人・朝鮮人の始まりだよ。
#10902に一例が紹介されているよ。
口からデマカセの嘘を吐くのはやめよう!
これは メッセージ 12163 (tarari1036 さん)への返信です.