中華人民共和国崩壊!

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返答しなくて結構 (3)

投稿者: kanntaroudayo 投稿日時: 2005/06/26 12:24 投稿番号: [3935 / 9280]
帝国主義>軍国主義>民主主義   と言う図式は成り立ちません。

国家の政策として

帝国主義時代(資本主義制度)>帝国主義時代のなかの国家総動員時代(ブロック経済による軍国主義採用時期、資本主義制度)>アメリカ式資本主義時代

日本国家の行政権の流れ

封建制度(君主と家臣による緩やかな独裁)>一時的な完全な君主制派閥独裁(国内統一不完全の時期)>西洋式立憲君主制(五箇条の御誓文発布、不平等条約改正時期)>立憲君主制の中の議会選挙制度(富国強兵本格化)>立憲君主制の中の男性成人の普通選挙と政権与党の政治運営(近代国家としての完成時期)>普通選挙と政党政治の一時的停滞(国家総動員政策の影響による制限が発生)>天皇の拒否権(発言権)停止米英式男女普通参政権立憲議会制度(WW2敗戦日本占領期以後)

となるのではないでしょうか?これが完全とは申しません。少なくともどこから民主主義制度になったと言うことは難しいことだとおもいます。完全な国民主権の民主主義制度になったと言うならWW2以後のことです。民主主義は徐々に発展してきたのです。国民の権利も同様です。

大日本帝国は民主主義によって崩壊したのではありません。あくまでWW2の戦争結果であり、相手の軍事力に屈しただけが歴史上の事実です。外国のように革命が起きたのならば、同じ武力手段でもイデオロギーの出る幕はありますが、純粋に白人ブロック経済への黄色人種の抵抗であった事実はあきらかです。米英が完全な日本の政体の崩壊を狙って彼らの方式の制度を日本に使用させたのです。当時の戦争を生き残った為政者たちはこれを逆に新しいチャンスとして最大限に良い意味で活用して現在に至っているだけです。

チャイナとコリアは世界に通用し彼ら自身が呼ぶ表現です。世界標準がなにがいけないのでしょうか?

返答しなくて結構 (2)

投稿者: kanntaroudayo 投稿日時: 2005/06/26 12:21 投稿番号: [3934 / 9280]
軍国主義の解釈も様々ですが国家の運営手段のスタイルとしての意味の強い思想の語意であり軍事を国家の最重要目的とする思想という意がありました。明治以降日本政府の方針は富国強兵でありますが、国軍の充実、銀行法、貨幣の整理、国家のインフラの整備(国道の整備船舶機構・鉄道の充実その他)、普通教育の充実、医療機関、郵政事業、殖産興業、どれをとっても国民の利益にかなうものばかりです。もちろん戦時には莫大な予算を持って当然戦争費用を捻出しますがそれが慢性的になってしまったのはWW2直前の時期以降だけです。福祉言論の自由も段階的に権利を充実しており他の国家の歴史上の動きとあわせても普通の行動範囲です。これらの事実から明治当時の日本が軍国主義であるというのは成り立ちません。国内が不安定でいつ反乱などがおきるかわからない負のリスクの大きな国家は社会の安定のために軍国主義にはしりやすいのは世界の現実が示すとうりです。その事実は国家の領土の大小に関係なく存在します。

民主主義にリスクがあるのは当たり前のことです。世界に完全なシステムが存在しないのは常識です。リスクを恐れて民主主義を受け入れなかったというのは間違いです。何度ものべましたが社会の成長とともに段階を経て民主主義の充実が行われたのが実態です。いつの時代どの国家がどのような状態であったとのべるのはその時代の他国と比較することしか基準とはなりません。明治期の日本についてのべるのならば必ず他国の状況アジア西洋の状況もキチンと説明できなければ意味は無いのです。

民主主義の意の範疇は広く古代、中世、近代それぞれに民主主義は存在したことは前に述べたとうりです。近代議会制民主主義にいたるまでは様々な段階があっただけのことです。一般的概念として(個人の人権を重んじながら、多数の合理的対話により物事を決める原則)文章として異なることもありましょうがこのような趣旨が存在します。これらの急速な充実を求めたのが様々な背景があっても明治期の自由民権運動であります。そして普通選挙にいたった事実を無視するのは意味がありません。完全な意味の民主主義があるという考えが基本的な間違いです。その思想はこれからも育っていくものです。同じ言葉も時代によって内容は進化してきたのです。

帝国主義という具体的な国家運営の方針手段と民主主義という政策決定方式が同列で論じられないことはこれらからあきらかなことです。

返答しなくても結構 (1)

投稿者: kanntaroudayo 投稿日時: 2005/06/26 12:20 投稿番号: [3933 / 9280]
あまりに混乱した解釈があるのでここにのべておきます。聞く耳持たぬものは無視したければ結構。

帝国主義とは国家の経営のスタイルの表現です。共産主義民主主義などの表現する国家意志の決定機関のスタイルとは別のものです。民主主義であるから帝国主義でないというのは、成り立ちません。

共産主義者の考え方の根本として資本主義は古典的自由主義社会から独占状態の資産家中心の搾取社会(これを彼らは帝国主義社会と表現)になりやがて共産主義革命に至るという極端な思想はあります。
それらの思想を採用した国家がどのような状態かは歴史が示すとおりです。

ちなみに日本国家転覆を目標とした手段を選ばない活動は当事国の国益を享受している日本国民には悪でしかありません。USAでも同様でしょう。ロシア国内のことは関係ありません。同時に国が維持できなかったというのも無理があります。ボリシェビキは当時の他の政権を葬ったのですから。あくまで一般論ですが。

帝国主義と言う表現はもともとUKが仏を非難する為に用いた表現であったと思います。当時はどこもTHE GREAT   GAME   パワーゲームの時代でUK自体も本質は同じだったのですが。

帝国主義の帝国の意は比喩であったはずです。

パワーゲームの時代に鎖国政策の維持が不可能になった日本は植民地化を防ぐために当然このゲーム参加せざるおえませんでした。当たり前のことです。チャイナ(当時清国)のようにはなりたくなかったからです。アヘン戦争を調べた幕末当時の支配者層有識者が異口同音にのべたことは確か記録に残っていたと思います。その後不平等条約治外法権廃止まで相当の時間をかけて完全な自立をしています。

このゲームに参加した国家すなわち植民地化されず独立を維持できた国家は全て帝国主義のスタイルであったともいえます。狭義の世界標準ではWW1までの世界は帝国主義の時代といわれるようです。

当然UKが帝国主義を手段として経験していることは当たり前のことです。日本も同様です。だからといって民主主義がなかったとはいえません。

>中国も日本も危ない。

投稿者: moriya99 投稿日時: 2005/06/26 01:38 投稿番号: [3932 / 9280]
>>
中国は上海オリンピック後が危ない。所謂バブルが弾け不況の波が押し寄せてくるだろう。日本も危ない借金が800兆になるのは時間の問題である。消費税20%所得税の増税これで節約ムードが広がり外国への依存度が高くなる。
>>

まあ、日本の国内政治、利権政治や役人の怠慢などは、何とかしないと政治が乱れてしまいますけど、国際的にみた経済は大丈夫ですよ。

日本は、これから、今まで以上に国際的には、経済基盤を固めていくチャンスがきているのじゃないですか。

何も、中国市場、中国…、中国などと言わないでも、経済的には大丈夫ですよ。日本の時代がきますよ。

ま、これも日本人の質が今まで通りなら、という前提条件がつきますが…。
日本人が劣化してしまっていたら、どうしようもないですけど、今までの日本人なら、国際的には、経済も大丈夫です。中国市場など問題じゃないくらいにね。

気づいている人が少ないんですかね。

「中華」この世の中心の国

投稿者: innsato 投稿日時: 2005/06/26 01:02 投稿番号: [3931 / 9280]
この腐れ中国日本の鯨の商業捕鯨に反対だとおのれとこはハクビシンやネズミ有りとあらゆる物食いやがる恥をしれこのドアホ

カン氏の言いたい事はよくわかりません。

投稿者: heikenomatuei 投稿日時: 2005/06/26 00:49 投稿番号: [3930 / 9280]
>グレートブリテンが軍国主義国家になりやすいのでしょうか?帝国主義時代に
かの国は軍国主義は経験済みです。政情が不安定なれば国内が保守的になるのは
どのような国家でも当たり前のことです。
・この文章だとあなたは大日本帝国を帝国主義であり、軍国主義と言っているようにみえますが・・・・

>軍国主義国家に化けやすいのは歴史の浅い共産主義国家ですね。
・共産主義、社会主義との比較話はしていませんが。

>国の力が強いのが帝国主義ならばチャイナ、北コリアは帝国主義になります。
違いますね。
帝がいなくて独裁者が共産主義、社会主義と反して存在するので帝国主義とは構造が違います。
中国と北朝鮮の共産主義国家は名前と反した騙し国家でしょう。


独裁体制>共産主義の構図の共産主義です。

>あなたのいる国には悪の民意しか存在しないのでしょう。
・言っている意味がわかりません。
民主主義にもリスクはある訳です。
そのリスクを考えて民主主義を受け入れられないといいたかったのです。

>ちなみに富国強兵は当時生き残りのためどこの国も常識的に行っていた政策にしかすぎません。
民主主義とは全く関係の無いことです。

・関係ありです。
民主主義を日本の基本の柱にすえれば短期間に富国強兵などできないではないですか。
私は帝国主義の下に民主的な政策があったと見解しています。
これを民主主義だと言ったとしても、この民主主義?が帝国主義を上回る事などなかったでしょう。

帝国主義>軍国主義>民主主義?の構図で
どうして大日本帝国を民主主義というか、理解に苦しみます。

私は大日本帝国が民主主義を理解できないといった理由は民主主義によって大日本帝国が
崩壊する事になると考えたからです。


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>ソビエトの赤化思想が入ってきました。これは暴力を容認しどのような手段を持っても
日本国家社会を転覆させる思想なので例外的に悪質として厳重に取り締まられました。
当時これはどこの国もおこなっていたことでした。

当時のロシアの現状に日本の理論が通用する訳もなくロシアに関しては社会主義でなければ
国が維持できなかったと思います。
私は共産主義と社会主義は否定していますが、向こうには向こうの事情があるので根っから
悪と決め付けるのはいけません。
但しこちら日本は共産主義や社会主義は受け入れられません。

チャイナ、北コリアという呼び名は勝手ですがどうもあなたの変な意図を感じます
私は中国、北朝鮮、さらに韓国も厳しく非難していますが、あなたの文面の意図を察するに
あなたとの議論するのは無駄と判断しました。
あなたとのレスは終わりにしますし、レスっても返しません。

「世界の中心が・・

投稿者: bbprotrek 投稿日時: 2005/06/25 22:06 投稿番号: [3929 / 9280]
中国」ということならば、「日出づる国ー日の本」であるということで、呼び方を言えばキリがない。「反日で中毒死する国ー中国」ということでいいのではないでしょうか。

イタチゴッコのシナの洪水。

投稿者: manuke_chonchan 投稿日時: 2005/06/25 20:49 投稿番号: [3928 / 9280]
シナ政府のスローガン「退耕環林」は失敗。

農地を植林させる事で、洪水を防ごうとする政策。

所が、農民は当然ながら、土地を奪われれば、食って行けない。

政府は補償金を出して、植林させるが、検査が終わると叉、農地に戻す。

安い補償金であちこちに座り込みを行うのは当然。

「ユスリ、タカリのコキントー」よ、靖国の内政干渉せずに、

真面目に、農民の事を考えてやれ、時間は無いぞ。

http://www.people.ne.jp/2005/06/24/jp20050624_51226.html

天皇制と民主主義2

投稿者: n_o_i_s_e_m_a_n 投稿日時: 2005/06/25 19:51 投稿番号: [3927 / 9280]
ところで、日本の「天皇制」というのはいちおう君主制ですが、極めてユニークな制度です。

例えば江戸時代では「実質的な権力者」は「徳川家」であって、「天皇」ではありません。
天皇は単に「権力者」に実質的に「国を運営する権利を認める権威」であり「後見人」の役割を果たします。(「天皇に権威を与えている」のは「天皇に一目を置いている」侍や民衆そのものです。)

「絶対権力者」というのは、本来「自分より上がいない青天井」ですから、「果てしなく自己肯定して市民に圧政を強いる」ものですが、「征夷大将軍」は、「ほぼ日本の絶対権力者」でありながら、建前上「天皇の下」で「すぐ上に天井」があります。

つまり、日本の場合、「実質的な権力者」を「権威付け機関」としての「天皇」が保障するという図式ですが、もし権力者が見るに耐えない圧政を強き他に候補者が居れば、天皇は「日本の政治を行う権利」を現在の権力者から奪って新たな候補者に渡すことができます。

そのため、「権力者は天皇を絶えず監視する一方、できるだけ圧政などによる口実を与えないように努力せざるを得ない」のです。


最も重要なことは、「実質的な権力者」とは「封建的な権力者」に限定されるものではなく「民主的な政治体制その他なんでも構わない」と言う点です。

明治政府はもちろんですが、軍部によるクーデターでも「天皇の下での国家社会主義」を作ろうとしましたし、日本共産党も戦後までは天皇を打倒する意志をもっておらず「天皇の下での共産体制」を作ろうと考えていました。近衛文麿は国家社会主義に刺激されナチ党をヒントに大政翼賛会という全党一致体制を作りました。(死産と言われるようにすぐに自壊しましたが)


さらに言えば、「実質的な権力者」として「大統領」さえ天皇の下で運用することは可能です。
混乱するので「大統領」とは呼ばれないでしょうが、「大統領と同じ機能を持たせる」ことはできます。

要するに、「米大統領が聖書に手を置いて宣誓する」かわりに、「天皇が承認する」ということです。
前者は「大統領本人の宗教心や良心」に期待します(大統領がその気なら終身絶対権力者になることができます)が、後者は「権威を持つ人間」が権力者を保障します。


「市民の代表のみにフリーハンドと絶大な権力を与える」のは「自由民主主義」と言えるでしょうが、「上位の制約を用意する」ことは「より現実的な体制」だと思います。

天皇制と民主主義1

投稿者: n_o_i_s_e_m_a_n 投稿日時: 2005/06/25 19:48 投稿番号: [3926 / 9280]
>天皇以外の国民は平等であり実際に政治を動かすのは国民であるので実質は国民主権だという解釈論ですが、これが民主主義とはいえない私の指摘する所です。

おっしゃる意味は分りますが、それは「一見正しい理想論」ですが「現実にはそうではない」のです。


例えばフランスの政治体制を見てみると
http://allabout.co.jp/career/politicsabc/closeup/CU20020507/

フランス革命で王制を打倒した後、市民による平等な統治の建前で議院内閣制を引きましたが、たくさんの政党が争う多党制で政治はたえず不安定な状況におかれフランスの内閣は21回も交代していました。(皆が平等な立場ですからメカニズム的に当然こうなります。)

こうした政治の不安定さ、リーダーシップの不在に対し危機感をいだいてドゴール首相は大統領制を導入して翌年みずから大統領につきました。

しかし、「大統領制が進んだ民主制なのか」といえば、ルーマニアのチャウチェスク大統領やマルコス大統領などに見られたように、実は「世界中の大統領の多くは独裁者」であり、一旦大統領になってしまえば、民衆に強制して「選挙」という民主的な手段で「終身大統領になる」ことも珍しく無いのです。

また、「共産党による一党独裁」でも建前上は「君主制」ではなく「共和制」ですから、ソ連のゴルバチョフ大統領のように「大統領制はひける」のです。

(ちなみに、共産主義国家を作る方法は、君主制の国で「君主制は差別的で民主的ではない」と市民を扇動して「君主を打倒させ」た後、「市民の代表のような顔で共産党による一党独裁制を敷く」ことです。
この方法だと独裁に立ち向かうべき王側も市民側も疲弊していますから、口先(プロパガンダ戦)だけでやすやすと国を奪うことができるわけです。実際、自由の為に戦った多くの国がそうして意図しない社会主義国家にさせられました)

中国も日本も危ない。

投稿者: yumeoibito0808 投稿日時: 2005/06/25 16:51 投稿番号: [3925 / 9280]
中国は上海オリンピック後が危ない。所謂バブルが弾け不況の波が押し寄せてくるだろう。日本も危ない借金が800兆になるのは時間の問題である。消費税20%所得税の増税これで節約ムードが広がり外国への依存度が高くなる。

依然止まらない官の無駄使い天下り。議員年金の先送りは其の侭温存世紀末か、インフレになるよりは余程ましだが企業の倒産中国への依存度が高くなりロシアインドへの投資が急ピッチで進むだろう。今中国だ日本だと云っているどころではない。
それよりもODA何とかならないの?参議院も廃院にして欲しい。

まとめにはなりませんね

投稿者: kanntaroudayo 投稿日時: 2005/06/25 16:27 投稿番号: [3924 / 9280]
グレートブリテンが軍国主義国家になりやすいのでしょうか?帝国主義時代にかの国は軍国主義は経験済みです。政情が不安定なれば国内が保守的になるのはどのような国家でも当たり前のことです。あなたの意見は根本から間違いです。

むしろ軍国主義国家に化けやすいのは歴史の浅い共産主義国家ですね。チャイナもソビエトも北コリアも良いサンプルですその他の後進国も同じですね。それらと比較すればどのくらいましかは歴史が示すとうりです。

言葉のあやを言っているようですが無意味ですね。ちなみに自由民権運動と言う言葉は中学生の教科書にも出てきますし明治期にそれらの運動が行われたのは義務教育を受けた日本人は全員が知っています。普通人は何を求めた運動か理解できますが?民主主義の思想は言葉が違うだけで(たしか後の日本人の造語です)その思想については幕末にUSAの制度についても坂本竜馬が論じたのは有名なことです。大事なことはあなたの言う民主主義の意味は非常にあいまいだということです。そしてあなたの基準も常識の範疇ではないよう思われます。

重ねていいますが現在民主主義といわれるものはそれぞれ現状でも程度があり段階を経てそれぞれの国で進んできたものです。

国民主権との表現の範疇ほどあいまいなものはないでしょう。ただ法律に記入しているのなら世界中の独裁国家が謳っているでしょうし、(現在の一党独裁国家チャイナ、北コリアなどはその典型)一般成人国民に選挙権がいまだになかったり、あっても反対票は命に関わる国家さえもあります。

民主主義という言葉に学問的にこだわられるのでしたら古代ギリシア時代の彼らの中華思想的ポリス思想の民主主義でも民主主義ですし、ベネチア共和国の実質有力者市民による共同統治の貴族議会政府でも充分民主主義という言葉で扱われます。これらも国民主権には違いないのです。

実質的にはその時代の他国との比較しか正しい価値基準となるものはありません。

行政の執行は法律は厳守しますが頭でっかちではありません。明治100年で日本はその国力の充実に合わせて国民の主権が充実していったというのがただしい表現かもしれません。

ひとつだけいえるのはあなたがいったような日本に民主主義が無かったという表現は間違いない偽りだということです。

あなたのいる国には悪の民意しか存在しないのでしょう。日本には善意の献策的な民意が多かったのですみやかに徐々に民主主義は発展しました。それは民度の問題でしょう。
ちなみに富国強兵は当時生き残りのためどこの国も常識的に行っていた政策にしかすぎません。民主主義とは全く関係の無いことです。

ちなみに後に国益に完全に反する悪の思想としてソビエトの赤化思想が入ってきました。これは暴力を容認しどのような手段を持っても日本国家社会を転覆させる思想なので例外的に悪質として厳重に取り締まられました。当時これはどこの国もおこなっていたことでした。

国の力強いとか個人の力が強いということはそれこそ個人の見解としかいえません。抽象的な比較論になっては意味がありません。国の力が強いのが帝国主義ならばチャイナ、北コリアは帝国主義になります。

>3つまとめレス

投稿者: heikenomatuei 投稿日時: 2005/06/25 14:01 投稿番号: [3923 / 9280]
立憲君主国は国が安定していれば民主主義のような体裁を保つが一度国が不安定にになると
独裁国家や軍国主義国家に化けやすい。

当時の日本に民主主義なんて言葉があったでしょうか。
明治の頃の何かしらの文献に大日本帝国は民主主義と書かれてあれば納得もできますが・・・

私がいう民主主義は「国民主権」が大前提です。
他の方のレスやリンク先を読んだりしましたが、大日本帝国は民主的な選挙、政治ではあるが
大事な国民主権が抜け落ちています。
私の言う民主主義は自由民主主義です。


>民主主義には段階があるともうしたはずです。

大日本帝国が民主主義だと言うには民主主義の一言では言葉が足りません。
初期の民主主義でしょうか?民主主義以外の要素の方が多く含んでいると思われますが。

>代議士と政権与党及び内閣がある政府は立派な民主主義国家でありましょう。
立派な・・・国家は賛同します。・・・については??


明治以降、天皇は日本の最高位の権力者でありながら自ら権力を行使できないという立場にいる。
天皇以外の国民は平等であり実際に政治を動かすのは国民であるので実質は国民主権だという
解釈論ですが、これが民主主義とはいえない私の指摘する所です。


大日本帝国の○○主義について

国民主権を用いれば天皇の立場がなくなります。
国のカリスマ的トップがいなければ好き勝手に主張する輩が出てきて国が収拾つかなくなります。
名目上、国民は天皇に従う事にすれば大衆を先導することが容易になるでしょう。
民主主義(明治初期にこの言葉は無い)を投入すれば大失敗を生む可能性があります。
諸外国の侵略に対抗するには日本国民が一致団結しなくてはなりません。
国を守り、国を強くするのが目的の中でこれに反する民意が誕生すればこれこそ一大事です。

悪党の民意まで政治に入られたら日本はガタガタになります。
諸外国から日本国を守る為、日本国を強くする為の富国強兵に民意のはいる余地はありません。
民が主ではなく、国と天皇が主であり国が国民に対し力を持ちすぎている為、大日本帝国は帝国主義
という言い方が合っているといえます。

根本的に違います

投稿者: n_o_i_s_e_m_a_n 投稿日時: 2005/06/25 09:00 投稿番号: [3922 / 9280]
>ご誓文は竜馬の考えであり、当時の日本人の発想からすれば奇跡です。確かに大綱はありましたが、竜馬の発想が日本人離れしているので、ご誓文を基準に日本を民主主義と主張するのはどうかなと思います。

根本的な指摘をすると、「体制として受け入れられないものであれば採用されることはない」
ということです。

要するに、竜馬の発想であろうと外国人の発想であろうと、体制側が「それは取り入れるべきだ」と考えたからこそ取り入れられているわけです。


>明治天皇の考えが立派だったのではなく、周りの取り巻きの人間が立派だったのでしょう。

両方でしょうね。
明治天皇が自らの立場から逃げずにやりおおせようと努力してきたことはその行動から良く分ります。
(ロシア皇太子傷害事件でも、政府首脳が対応を決められない中で、「拉致されるかもしれない」という周囲の心配をよそに、明治天皇はただちにロシア軍艦までお見舞いに行き会食をしています)


>そもそも明治天皇は担がれて表舞台に出てきています。明治天皇が日本の行く末を考えて、自ら動いた訳でもないのに

伊藤博文ら長州方も薩摩、土佐、肥後方もいずれも反対しなかったということが重要で、「これが明治政府の方針」であることに変わりはありません。

また原本は、天皇の発想どころか土佐脱藩郷士の発想ですが、「必要とされたから受け入れられた」と言うことです。
(政治的に受け入れられないものならそもそも発表させません。)


>>民主主義を採用したのは、明治大帝の思召しである。しかも神に誓われた。
そうして五箇条の御誓文を発して、それがもととなって明治憲法ができた
>やけにうぬぼれた発言じゃないでしょうか。

あくまで「事実を述べただけ」で「うぬぼれ」とは言えません。

1)民主主義を採用したのは、明治大帝の思召しである。しかも神に誓われた。

事実、天皇の名で公表されたものですし、「神」の名を出す以上「明治天皇が神に誓った」のも事実でしょう。(私は無神論者ですが。)

2)そうして五箇条の御誓文を発して、それがもととなって明治憲法ができた

伊藤博文らが大日本帝国憲法を制定するにあたって、プロシアやイギリス等の法律の大家に直接あたって憲法を作り上げましたが、それが「天皇が神に誓約した文書」に違背するものであっては「天皇(および日本)の顔に泥を塗る」のと同じです。

骨子まで外国に作ってもらったわけではなく、「方針は最初から決まっていた」わけで、それに肉付けして世界的な法律の大家に太鼓判を押してもらったということです。
(つまり「日本の精神」は譲らず、かつ実務的には「欧米に認められる憲法でなければ意味が無い」と言うことです。)


結局、それが明治政府すなわち日本の方針であったことに疑いはありません。
(「方針通りに運用できたか」については検証の必要があるでしょうが。)

>>戦争は支那が始めた

投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2005/06/25 01:40 投稿番号: [3921 / 9280]
>文献を拾って説得するのはかまいませんが、もっと自分の考えで言ってください。


だったら、これのどこに間違いがあるのか指摘して下さい。↓

戦前の民主主義について
第二次大戦前の日本は独裁国家であり、戦後に初めて米軍が民主主義を教えたように考えている人がいますが、それは間違いです。
http://www.jiyuu-shikan.org/faq/minshushugi.html




>植えつけられたのではなく、日本にそういった発想がないからGHQに憲法を訂正してもらったのでしょう。
>民主主義を分かっていない証拠です。


アメリカが日本に平和憲法を押し付けた目的は民主主義に変えることではなく、戦争が出来ない国にすることでした。

●1945年
8月6日、米国が広島に原爆を投下
8月9日、米国が長崎に原爆を投下
●1946年5月3日、極東国際軍事裁判(東京裁判)が開廷
●1947年
5月3日、日本国憲法施行
7月13日、マッカーサー「政策目標で最も重要な武装解除と非武装化は完璧に達成された。日本は今後100年間、近代戦向けの再軍備はできないだろう。」と報告




>日本が攻め込まれたならいざ知らず、注意を怠り日本兵が殺されて頭に血がのぼる方が愚かというものです。
>この程度で戦争にまで発展させられたら日本も中国もたまりません。


もしも、今、日本軍が在日米軍や在日米国人を攻撃して大量殺害すれば、間違いなく米軍は防衛のための戦争を始めます。
当時の日本軍が行ったことは、それと同じでした。




>日本人はこの頃も中国人に嫌われていたようですが、たがが一部隊の問題を国家間の問題にまで
>発展させたのは日本側に落ち度があります。


一部隊ではありませんでした。

●1937年
7月7日、盧溝橋事件。演習中の日本軍が銃撃される。
7月9日、停戦協定が成立。蒋介石は4個師団と戦闘機を北支に派遣。
7月10日、200人以上の支那兵が迫撃砲で攻撃再開
7月11日、停戦協定が成立。日本政府、華北への派兵を声明。
7月13日、支那兵が移動中の日本軍トラック2台に手榴弾を投げ込み全員を爆殺
7月14日、支那兵が日本の騎馬兵を惨殺
7月16日、事件を収集させようとする宋哲元に対し、蒋介石は「日本の策謀に乗じるな、戦備を整えよ」と打電
7月17日、蒋介石がラジオで『生死関頭』演説を行い戦争の決意を表明
7月25日、郎坊事件、日本軍が攻撃を受ける。
7月26日、広安門事件、日本軍が攻撃を受ける。
7月28日、日本軍が華北への攻撃を開始。
7月29日、通州事件。日本人居留民約260名が虐殺される。
―――――――――――――――――――
東京裁判において弁護団は、通州事件について外務省の公式声明を証拠として提出しようとしたが、ウェッブ裁判長によって却下された。
ただ、通州事件の目撃者3人の口供書だけは受理された。
その一つ、元陸軍少佐の証言から。
「守備隊の東門を出ると、数間ごとに居留民男女の死体が横たわっていた。某飲食店では、一家ことごとく首と両手を切断され、婦人は14、5歳以上は全部強姦されていた。旭軒という飲食店に入ると、7、8名の女が全部裸体にされ、強姦射殺され、陰部にほうきを押しこんであるある者、口中に砂を入れてある者、腹部を縦に断ち割ってある者など見るに耐えなかった。東門の近くの池では、首を電線で縛り、両手を合せて、それに八番線を通し、一家6人数珠つなぎにして引き廻した形跡歴然たる死体が浮かんで居り、池の水は真っ赤になっていた。夜半まで生存者の収容に当たり、『日本人はいないか』と叫んで各戸ごとに調査すると、鼻に牛の如く針金を通された子供、片腕を切られた老婆、腹部を銃剣で刺された妊婦などが、そこそこの塵箱の中やら塀の蔭から出て来た。」
『東京裁判』朝日新聞法廷記者団[東京裁判刊行会]中巻
―――――――――――――――――――
8月9日、和平会談の予定だったが、海軍陸戦隊の大山中尉が惨殺される。
8月13日、蒋介石軍が包囲した上海の国際租界の日本人居留区を攻撃開始
8月14日、支那軍が上海市街のホテルなどを爆撃。これを日本軍の仕業と世界中に宣伝。
8月23日、支那軍が上海のデパートを爆撃。これも日本軍の仕業と世界中に宣伝。
11月2日、広田外相が正式にドイツ大使に仲介を依頼し、日本側の和平条件を提示。
11月6日、駐支ドイツ大使が日本の和平案を伝えるが、蒋介石はこれを蹴る。




>結局最後に日本は満州国まで作っちゃって「侵略行為では無い」、は中国から見て筋が通りません。


満州事変を侵略行為だなんて言った国は、支那以外にはどこもありませんでし\xA4

heikenomatueiよ

投稿者: tokagenoheso 投稿日時: 2005/06/25 01:21 投稿番号: [3920 / 9280]
きみはアホだ。

天皇が日本を統治していたのは12世紀くらいまでだ。あとは幕府や、幕府がない期間でも武士が日本を統治しており、武士は天皇から将軍や、太政大臣の位を受けて天皇の代わりに日本を統治するという形をとっている。

大日本帝国時にはその武士の統治も終わっており、ちゃんと議会が機能していた。天皇が統治していたわけではない。

今でも国会の召集や国務大臣の任命は天皇が行うが、それはあくまで形式であり、日本では明治維新後間違いなく主権は国民にある。

その規模や参政権の範囲などは段階を踏んでいたが、間違いなく民主国家だよ。

日本は名目上立憲君主制と言われているが、天皇は日本国の象徴であって主権者ではない。

>この立憲君主制があれば国家を民主主義といいきれません。

議会制度が機能し、普通選挙があり、それがきちんと機能していれば民主主義だ。今も、そして100年前も日本は民主国家だった。

あなたの論にもとずけば

投稿者: kanntaroudayo 投稿日時: 2005/06/25 01:19 投稿番号: [3919 / 9280]
世界の立憲君主国は議会を持ち国民に選挙権がありながら全て民主主義国家ではないことになります。UKもネーデルランドもベルギーもデンマークもスペインも他の国家もです。そのような極論は通じません。また民主主義には段階があるともうしたはずです。その意味では制限があるとはいえ国民に選挙権があり、代議士と政権与党及び内閣がある政府は立派な民主主義国家でありましょう。世界でそれを認めないのは共産主義者だけです。

大日本帝国は民主主義かどうか

投稿者: heikenomatuei 投稿日時: 2005/06/25 00:20 投稿番号: [3918 / 9280]
民主主義の柱、国民主権は大日本帝国では誕生しなかったでしょう。

私は国家が民主主義というには国民主権が絶対条件だと思っています。

立憲君主制=日本では天皇を中心とした国家

これは江戸幕府が倒れ各藩をまとめる為に当時の日本には必要でありました。
当時、日本は諸外国による侵略の危機があったのでこの制度はベストな選択であったでしょう。

しかしこの立憲君主制は国民主権に反するものでこの制度は軍国主義に走る傾向があります。

この立憲君主制があれば国家を民主主義といいきれません。

日本は馬鹿三国よりも

投稿者: konoyo_anoyo 投稿日時: 2005/06/24 22:43 投稿番号: [3917 / 9280]
既に、選挙を行っていた。

それも、特権階級でしかなかったかも知れんが。

それでも、初歩の民主主義ではあっただろう。

当時と今現在を同列に扱うチミは何人?

>金出せば日本に寝返ると

投稿者: hilleyeeightstones 投稿日時: 2005/06/24 22:36 投稿番号: [3916 / 9280]
時節柄、
オーストラリア亡命ツァー付きだと、
イチコロだろうぜ。

大紀元のネタが増える。
日本にあるスパイ網が暴露される。
大紀元のネタがまた増える。
………。
………。
ああ、もう、どうにも止まらない。

>人間宣言と五箇条の御誓文

投稿者: heikenomatuei 投稿日時: 2005/06/24 20:35 投稿番号: [3915 / 9280]
明治維新からの日本の国づくりの政策は天皇の仕事では無い為その発言は役にたちません。

そもそも明治天皇は担がれて表舞台に出てきています。
明治天皇が日本の行く末を考えて、自ら動いた訳でもないのに

>民主主義を採用したのは、明治大帝の思召しである。しかも神に誓われた。
そうして五箇条の御誓文を発して、それがもととなって明治憲法ができた

やけにうぬぼれた発言じゃないでしょうか。


>(天皇)
日本の国民が日本の誇りを忘れないように、ああいう立派な明治大帝のお考えがあったということを
示すために、あれを発表することを私は希望したのです。

明治天皇の考えが立派だったのではなく、周りの取り巻きの人間が立派だったのでしょう。
--------------------------------------------------------------------------------


>五箇条の御誓文(坂本竜馬の船中八策)

たしかにこれだけを見ると日本には民主主義があるようにみえます。
ただ竜馬は特別な存在ですし、ご誓文の真の理解者は頭の優れた人間に限られていると思います。
これは憲法ではないですし、このご誓文だけで民主主義を確立するのは不可能です。
ここから民主主義に向かうかどうかという所でしょう。


>明治大帝の頃からそういう民主主義の大本、大綱があった

ご誓文は竜馬の考えであり、当時の日本人の発想からすれば奇跡です。
確かに大綱はありましたが、竜馬の発想が日本人離れしているので、ご誓文を基準に
日本を民主主義と主張するのはどうかなと思います。

人間宣言と五箇条の御誓文

投稿者: n_o_i_s_e_m_a_n 投稿日時: 2005/06/24 18:38 投稿番号: [3914 / 9280]
>マッカーサーも最初は「日本に民主主義を根付かせるために日本の政体を根本的に変える必要があるだろう」と考えていましたが、「五箇条の御誓文」を示されて「こんな良いものがあるならこれでよい」と無理に壊そうとしませんでした。


新日本建設に関する詔書   (いわゆる人間宣言)
http://www.chukai.ne.jp/~masago/ningen.html

記者
  ただそのご詔勅の一番冒頭に明治天皇の「五箇条の御誓文」というのがございますけれども、これはやはり何か、陛下のご希望もあるやに聞いておりますが。

天皇
  そのことについてはですね、それが実はあの時の詔勅の一番の目的なんです。神格とかそういうことは二の問題であった。

  それを述べるということは、あの当時においては、どうしても米国その他諸外国の勢力が強いので、それに日本の国民が圧倒されるという心配が強かったから。

  民主主義を採用したのは、明治大帝の思召しである。しかも神に誓われた。そうして五箇条の御誓文を発して、それがもととなって明治憲法ができたんで、民主主義というものは決して輸入のものではないということを示す必要が大いにあったと思います。

  それで特に初めの案では、五箇条の御誓文は日本人としては誰でも知っていると思っていることですから、あんなに詳しく書く必要はないと思っていたのですが。

  幣原がこれをマッカーサー司令官に示したら、こういう立派なことをなさったのは、感心すべきものであると非常に賞讃されて、そういうことなら全文を発表してほしいというマッカーサー司令官の強い希望があったので全文を掲げて、国民及び外国に示すことにしたのであります。

記者
  そうしますと陛下、やはりご自身でご希望があったわけでございますか。

天皇
  私もそれを目的として、あの宣言を考えたのです。

記者
  陛下ご自身のお気持ちとしては、何も日本が戦争が終ったあとで、米国から民主主義だということで輸入される、そういうことではないと、もともと明治大帝の頃からそういう民主主義の大本、大綱があったんであるという……。

天皇
  そして、日本の誇りを日本の国民が忘れると非常に具合が悪いと思いましたから。日本の国民が日本の誇りを忘れないように、ああいう立派な明治大帝のお考えがあったということを示すために、あれを発表することを私は希望したのです。

明治政府の基本理念

投稿者: n_o_i_s_e_m_a_n 投稿日時: 2005/06/24 18:25 投稿番号: [3913 / 9280]
>あなたの主張は全く私には理解できません、大日本帝国は民主主義は極論です。

横レスながら、
明治政府の基本理念は「五箇条の御誓文」に見ることが出来ます。
http://www.meijijingu.or.jp/intro/goseimon/index.htm
(現代訳を見てください)

これが明治政府の基本方針ならば、
「では大日本帝国という威圧的な概念を用意したのは何のためか」といえば、
別に日本国民に向けられたものではなく「西洋に侮られないための体裁」であり、ある種の「こけおどし」といえます。

マッカーサーも最初は「日本に民主主義を根付かせるために日本の政体を根本的に変える必要があるだろう」と考えていましたが、「五箇条の御誓文」を示されて「こんな良いものがあるならこれでよい」と無理に壊そうとしませんでした。

(ちなみに、五箇条の御誓文の元は坂本竜馬が作ったとされる「船中八策」です。)

あなたは現在言われる民主主義が

投稿者: kanntaroudayo 投稿日時: 2005/06/24 13:55 投稿番号: [3912 / 9280]
突然に歴史にあらわれてそのままつずいているとでもおもっているらしい。現在でも各国によって状況は様々であるしそのものさしもなかなかむつかしい。民度やモラルがある程度評価の指針になる程度であろう。現在のチャイナのように普通の成人市民男女に選挙権がないところは日本から見れば、国民に主権不在の国家だがチャイナは人民共和国と名乗っている。近代西洋における立憲君主制の上の民主化をWW2までの日本が徐々に進めていったのは事実であるし。WW2直前の非常時で国会機能の停止状態になるまで英国で上院が内閣の組閣が多かったように日本でも貴族院出身の組閣は多いものの政党政治があり、当時アジアのどの国家もそのように機能した政府はなかったのも事実。チャイナは軍閥の分裂状態であった。
USAの国会制度も民主主義の一つのスタイルである。WW2中前線に黒人兵士は駆り出されたが終戦以後の黒人人権運動の成功まで人権の内選挙権は黒人にもたらされてはいなかった。また他の白人との差別行為も合法であった。このように民主化はどこの国でも段階を経て進んできており、国の状況で現在も段階が違う。
少なくともこれらの事実から見て比較論からのべてもWW2以前の日本政府がある程度の民主主義制度を有する国家体制であるのは事実でありましょう。

金出せば日本に寝返ると

投稿者: harunoawayukida 投稿日時: 2005/06/23 21:53 投稿番号: [3911 / 9280]
金次第のようだ、かね出せば日本に有利な情報を出すと言われたとの情報だ、まあ金次第だろうよ。

>戦争は支那が始めた

投稿者: heikenomatuei 投稿日時: 2005/06/23 21:24 投稿番号: [3910 / 9280]
>日本は間違いなく戦前から「民主主義」だったのです。

あなたの主張は全く私には理解できません、大日本帝国は民主主義は極論です。
あなたは大日本帝国憲法がどこからどこまでが民主主義だと説明できますか?
文献を拾って説得するのはかまいませんが、もっと自分の考えで言ってください。

>アメリカ流の民主主義が日本に植え付けられたのが
植えつけられたのではなく、日本にそういった発想がないからGHQに憲法を訂正してもらったのでしょう。
民主主義を分かっていない証拠です。


明治憲法はドイツのプロセイン憲法を真似て作りそこに天皇の項目をチョイスした訳です。
真似るのは日本の得意とする所ですが独自の発想力は乏しい国です。
民主主義の理念を国民が理解できたのは、日本のおかげではありません。
民主主義が誕生、理解されるまでのプロセスは西欧諸国が経験し、ここに至るまでの長い時間を
明治から終戦の間で日本人が理解するのは日本全体で見ればそれは無理というものではないでしょうか。

>支那事変において先に手を出したのは支那ですよ。
>支那事変のときには、北京郊外で演習中の日本軍が銃撃され(盧溝橋事件)、その後の停戦の
約束も破られて攻撃されたので、さらに派兵することを決定しました。

中国は大きいし人が多いし中にはとんでもない馬鹿もいるでしょう。
中国が不安定であればそういった事件にあう確率は十分にあったと思います。
日本が攻め込まれたならいざ知らず、注意を怠り日本兵が殺されて頭に血がのぼる方が愚かというものです。

この程度で戦争にまで発展させられたら日本も中国もたまりません。
日本人はこの頃も中国人に嫌われていたようですが、たがが一部隊の問題を国家間の問題にまで
発展させたのは日本側に落ち度があります。
仕返しをすればもちろん他の中国人は日本を敵視するようになります。
なぜなら向こうに日本を理解している人などいないでしょうから。

結局最後に日本は満州国まで作っちゃって「侵略行為では無い」、は中国から見て筋が通りません。

>日本のシナ人工作員

投稿者: nekomaru4 投稿日時: 2005/06/22 11:23 投稿番号: [3909 / 9280]
直接政治家のチンポコくわえている売春婦や、公費留学生のような正規の工作員などさまざまだろうな。

中国と呼ぶのが問題

投稿者: kanntaroudayo 投稿日時: 2005/06/22 10:08 投稿番号: [3908 / 9280]
チャイナとだけ日本でも呼ぼう。これを日本の標準語としてみんなでつかっていこう。中国人ではなく彼らもチャイニーズで充分。彼らは伝統的表現のシナがいやなのであるからそれでじゅうぶん。世界的にも標準だし一番問題も少ない。もともとだれも中心とは思ってもいないのであるから、中国などというから問題なのだ。ただちゃいなと呼び捨てにしよう。日本とチャイナの関係とかの表現が良い。いかに異なものかもそれがわかりやすいであろう。

亡命外交官が明かすシナ工作員一千名

投稿者: hironomiya2003 投稿日時: 2005/06/21 23:02 投稿番号: [3907 / 9280]
オーストラリアに亡命を申請したシナ人外交官が、オーストラリアで活動中のシナ人工作員が一千名に上る事を明らかにした。

あのオーストラリアに一千名ならば、日本のシナ人工作員は少なくても5万人は居るだろう。

ネットに連日反日投稿をしている工作員の奴等が多い事を考えれば、充分に頷ける。

いくら工作員を送り込んでも、シナ人の常軌を逸した反日行動に気付いた日本国民が、一旦、際限ない援助と謝罪を拒否し始めた流れを二度と押し止める事は出来ない。

日本の援助、投資、協力が止まる時は、シナ共産党政府が崩壊する時!

植民地主義全盛の時代のシナ大陸

投稿者: kanntaroudayo 投稿日時: 2005/06/21 21:35 投稿番号: [3906 / 9280]
単なる列強の草刈場だっただけ。アヘン戦争以前は満州族の清朝皇帝が(康熙帝〜乾隆帝期)近隣民族を覇権主義で国家に吸収している。それらは歴史上の事実。そこに良いも悪いも無い。あえて言うならばアヘン戦争後のシナが各国の植民地化したのは彼らシナ人自身に責任があるだけのことである。その時代の背景を考えないで良い悪いというほど意味の無いことは無い。当時としてもアヘンの交易がまともでないのは当時のUKの議会でも問題になっているくらいなのだから、文句をいうならシナはUKにまず言うべきである。そして全ての疎開を所持していた國に同じような態度をとるのが当たり前の姿勢であろう。日本人は現在みんなこの事実を認識している。

大日本帝国は民主主義、戦争は支那が始めた

投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2005/06/21 21:07 投稿番号: [3905 / 9280]
>>日本は戦前から民主主義でした。

>三権分立、財閥の解体、政教分離、その他etc...
>アメリカの指導があって初めて民主主義国家日本が誕生しました。

アメリカ流の民主主義が日本に植え付けられたのが戦後の占領期間中でも、日本は間違いなく戦前から「民主主義」だったのです。


>それ以前は一言でいうと不完全な民主的な政治だったといえるかも知れません。

民主主義にもいろんな形態がある訳で、アメリカ流の民主主義が完全で、その他の民主主義が不完全だと分類するのはお門違いです。


>相手がヤクザのような国民党だろうが共産党、人民解放軍より全然いいでしょう。

#3886の
>民主主義の国民党に対しては軍国主義であった日本は謝罪しなくてはなりません。
という認識を改めて頂ければ十分です。


>先に手を出した方が後々悪いと言われるのが当然です。

支那事変において先に手を出したのは支那ですよ。

>結果日本は戦争で負けて戦時中、中国に何をする為に行ったの?
>と聞かれれば、侵略しに行きました、となるでしょう。

日本軍が支那に居たことを言っているのでしょうか?
当時、支那には、マトモな警察がありませんでした。
マトモな警察がなかったため、1900年に「義和団の乱」という外国人大虐殺事件が起こり、その後の「北京議定書」により、外国が支那に軍隊を駐留させて支那の治安維持を務めることとなったのです。
支那事変のときには、北京郊外で演習中の日本軍が銃撃され(盧溝橋事件)、その後の停戦の約束も破られて攻撃されたので、さらに派兵することを決定しました。
ですから、日本軍は、侵略のために支那に行っていたのではなく、支那の治安維持と日本人居留民の生命・財産の安全確保と自衛のために支那に行ったのです。


>そこに正当な理由はあろうとも中国の領土ですから日本の理屈は通用しません。

現在、日本の領土にアメリカ軍がいる理屈も通用しませんか?

不思議に思います

投稿者: kanntaroudayo 投稿日時: 2005/06/21 18:46 投稿番号: [3904 / 9280]
植民地主義の時代はどこの国でも大なり小なり軍国主義でありました。USAもハワイやアジアに植民地を持ちましたし、強引に属州にもしています。ソビエトにしても共産主義の名のもとのあきらかな軍国主義です。フランスなどアフリカに植民地をもってのうのうと自由の国などといっております。他の国も同じです。軍事力による支配の正当化という意味ではあなたのいうような簡単なわけ方は無意味だと思います。

>>大日本帝国

投稿者: heikenomatuei 投稿日時: 2005/06/21 17:24 投稿番号: [3903 / 9280]
明治維新後から第一次世界大戦までは取り合えず民主主義としましょう。
何をもって民主主義というかには何処かでラインが引かれてあるものでもないので
その定義は難しいです。
もっと別の言葉が必要だと思います。

それにしても江戸時代から明治時代に移って大日本帝国はいきなり民主主義という定義は
飛びすぎていると思います。

それと太平洋戦争(大東亜戦争)を正当化する論評や文献が多々ありますが、
私は間違っていると思います。
もし仮に第二次世界大戦で日本がアメリカに勝ち、大日本帝国が世界の主導権をとるような事が
あれば今の平和は無かったでしょう。
(100%勝てる見込みはなかったのですが)

当時の日本人は人間的には世界で最も辛抱強い、礼節のある人達だと思っております。
しかしその反面真面目すぎる、堅物であるが為、相手方の筋が通らないと我慢できずに
突っかかるのが難点でした。
当時の日本人は考え方が真っ直ぐすぎて柔軟さが無いのが大きな欠点ですね。

もし大日本帝国のまま今まで続いていたら最悪ですよ。
日本国憲法があればこそ自由になんでも言えて何でも出来るのです。
大日本帝国憲法では日本は今みたいに大きく国は発展しなかったでしょう。
なにより大日本帝国では息が詰まります。

私は第二次世界大戦中、日本だけが悪いという発想は持っていませんが日本は悪くない正しい戦争
だったという発想も持っていません。

日本だけを悪者にする発想と日本は正しかったと主張する人達と、この二者に問題があると思います。
この二者は何年たっても喧嘩し続け、分かり合う事は無いでしょう。

当時の国々を私なりに勝手に述べさせてもらいます。

--------------------------------------------------------------------------
アメリカ
第一次世界大戦で武器兵器を売り、しこたま稼ぐ。これに味をしめ軍産複合体と化す。
日本とは仲が良かったが世界恐慌の打開策として用いたニューディール政策が日本を遠ざけた。
日本の中国におけるやり方に反発する。
親分肌のこの大国は日本を舎弟だと思っていたのか言う事をきかない日本に制裁を加える。
核を人間に対して使った第一号国。

イギリス・フランス  
過去の侵略行為がドイツによって清算されたのか、ドイツにボコボコにされる。

ドイツ  
ヒトラーの独裁政権   第二次世界大戦の中心   ユダヤ人の大量虐殺を行う。
ロシアに敗れる。
二度も世界大戦の悪役となるのはこれいかに。

イタリア
当時のイタリアとムッソリーニの事は良く知らないがヒトラーとは表面上仲が良かったと聞く。

ロシア  
ドイツを蹴散らす。日本との条約を破る。やり方が汚い。北朝鮮を作った親玉。
日本の脅威の国であった。
日本はこの国にはよく振り回された。
しかし当時はあの大きな大陸を収める為には社会主義は必要であったと思う。

中国  
内乱が続出・一時日本と友好関係にあるが日本のやり方に反発。
国は大きいが人民の質が低い、ゆえに国家の能力は低く、中国人同士のまとまりが悪かった。
儒教の生まれた国だが儒教の生かされない国。
満州国を日本に作られ中国人の怒りが頂点に達した。
日本軍部と国民党が衝突するようになる。

朝鮮  
例外   国として成立していない。

民衆のお金で中央政府を穴埋めすること

投稿者: hangyosyufu 投稿日時: 2005/06/21 02:12 投稿番号: [3902 / 9280]
米国のブッシュ大統領は、政権の座に着くとドルを減価させました。何をしようとしたと思いますか?ブッシュは非常に賢く、減価によって貨幣を蒸発させ、財政を補填したのです。

しかし、ここで問題があります。中国とアメリカは異なっています。

米国の発行した貨幣が減価する場合、ドルの60%余りが海外で流通しています。私たちが米国で使用しているドルは40%に達していません。60%余り、70%近くが海外の各国で流通しており、日本、中国、香港、台湾、ドイツなどの国家は皆ドルの準備を持っています。だから、ドルの減価は、その責任を全世界が分担するということに等しいのです。

ブッシュが政権についた時、父親のように日本やドイツに直接お金を払わせようとせず、ドルを減価させ、お金を取り戻したのです。だから、米国からすれば、この政策は非常に良い政策なのです。

しかし、中共政府もまた米国を支持しています。中共政府の外貨準備は4000億元から6000億元余りに増加しています。中共が、わかりました、ドルが減価しても私は更にドルを買いますと言って米国政府、ブッシュを助けているのです。

これが一つのプロセスですが、中国における問題は次のとおりです。人民元が減価する場合、人民元は国内では流通していますが、海外では流通していないのです。

中国は光栄にこう言います。“我々の人民元は世界通貨になろうとしている。ベトナムでは我々の貨幣を非常に多く使用している。”しかし、実際のところ、貨幣の流通は国家の信用の表れです。人民元の大部分は国内で流通しており、ベトナムや香港で流通しているのはごく一部分です。だから、人民元の減価と言っても、実は民衆の血と汗で中央財政の穴を埋め合わせているのです。

中国経済のインフレ

投稿者: hangyosyufu 投稿日時: 2005/06/21 02:08 投稿番号: [3901 / 9280]
は既に始まっているのか?

今年、大陸政府が全人代で述べていたこととして、ある経済の責任者が次のように語っています。

「高コスト、高価格は中国経済の核心的な内容で、2005年度に入り、銅及び鋼材価格の上昇については終始緩和の兆候が見られなかった。油もまた高騰の一途で、短期の原材料コストは2004年10月と比べて70%上昇し、プラスチックは73.9%、亜鉛版は39%、銅は1トンあたり1600元上昇した。こうした原材料は全体的としての価格上昇を牽引し、製造コストを20%引き上げる」

商務部部長は、3月28日に広州で次のことを述べています:「鉄鋼、鉄鉱石、建材価格が71.5%上昇しており、政策部門は強い関心を持っている。我々は、これに積極的に対処するための措置を如何に講じるべきかを研究しており、国務院総理に既に報告している」。   しかし、彼は「私はその具体的な部分を明らかにできない」と述べています。

こうして鉄鉱石や建材が71.5%上昇したわけですが、これが中国経済全体のインフレを牽引しないということがあり得るのでしょうか?考えてみてください。

石油価格の上昇は世界的なものです。しかし、中国の鉄鉱石の消費量は世界の75%以上です。どうやってインフレが発生するのでしょうか?

中国のバーチャル(虚構)経済の“虚”の部分が多すぎることが原因です。なぜでしょうか?こうした中国内部におけるインフレが、既に海外の原材料市場に伝播しているからなのです。

中国からの大量の需要、つまりインフレをもたらす需要が既に伝播を始めています。現在、モノの流れの川上、すなわち原材料のレベルから伝播し、ゆっくりと製造業の価格を引き上げ、後に消費産業に広がって行きます。製品価格が上昇し、仕入れ値が20%上昇したけれども小売価格は上昇しません、などという小売商はいません。小売価格は必ず上昇します。

経済学に従えば、この伝播の一般的なプロセスとして、大体6ヶ月から8ヶ月の後に全体の価格が上昇します。したがって、この考え方に基づけば、中国大陸において大きなインフレが起こるのは、大体今年の後半で、8月から10月にかけて、全面的なインフレが起こるでしょう。

なぜでしょうか?彼は別の数字を用いて20%のインフレは無いと言いましたが、少なくとも10%のインフレが発生していると思われます。今年の1月から3月にかけまして、国内には完全な証明となる数字は有りませんが、全人代で言われていた話として、昨年末比で13%の貨幣が増発されました。

言い換えると、もともと17兆元あった貨幣が21兆元に増加していますが、この21兆元のうち少なくとも13%増加したとすればどれくらいになるでしょうか?2兆元余りです。4月前の3ヶ月の間に、中国大陸では2兆元余りの貨幣が増加し、蒸発したのです。

といっても、この点について、競争(経済成長)による部分も含まれているのは当然です。中国大陸は競争(経済成長率)が8%であると言っており、一方で貨幣は13%増加しています。無形の形で増加した貨幣はどれだけあるでしょうか?13%と8%の差をとった5%です。この割合は非常に大きなもので、1兆元の貨幣が蒸発しているのです。

これは、中共がインフレを起こして問題を解決しようとしているということなのです。皆さんもご存知のように、こうしたインフレは“資産の強奪”です。1万元を持っていて20%のインフレが起これば残存価値は8000元分となりますが、お金はどこへ行ったのでしょうか?経済学では、これを“インフレ税”−貨幣の発行権を持っている者が金儲けできる−と言います。

株式市場大幅下落

投稿者: hangyosyufu 投稿日時: 2005/06/21 01:57 投稿番号: [3900 / 9280]
民衆の資産が大量に蒸発

中共は、膨大な支出を補うために紙幣を乱発しています。
こうした状況が株式市場全体の下落、住宅価格の高騰を引き起こしているのです。

なぜなら、住宅を購入するのが最善で、住宅を買って賃貸に出せば、さらにいくらかのお金を稼ぐことができ、資産価値を維持できると皆が考えているからなのです。株式市場が下落した場合、株式は紙きれになってしまいます。

中国政府はバーチャル経済を語っています。このバーチャル経済がどうバーチャルなのか、私には分かりません。また、投資家は紙を取り出してこれに字を書き込んでお金を払っているのかも分かりません。しかし、投資家がリアルの預金を引き出して株にお金を払っていることは知っています。中国大陸において、政府はこう語っています。

“株価の下落はバーチャルな経済における話で、我々中国の本質に影響を与えない。”彼らは、1兆元、2兆元もの民衆のお金がどうバーチャルなのか分かっていません。このリアルのお金の全てが株式市場に投入されていったのです。
だから、アルゼンチンではこのようなプロセスが発生しました。株式市場が下落し、下落が終った後で不動産の価格が上昇しました。この上げ幅がある程度に達したとき、民衆は耐えられなくなって不満の声を上げました。
また、物価全体が上昇しましたが、その際何が起こったのでしょうか?紙幣が発行されたのです。

中国大陸は現在このプロセスをたどっています。現在、株式は既に下落しており、2001年、2002年初めから現在にかけて、2400ポイントから1100余ポイントに下落しました。
この1100余ポイントを2400ポイントだった当時の基準で考えますと、株式市場は2倍拡大されていますので、当時の700ポイントにしか相当しません。
2400ポイントと700ポイントの間にはどれだけの差があると思いますか?大量の資産が既に蒸発してしまったのです。

アメリカのナスダック市場を眺めますと、皆が感慨深く感じるのは、株価全体が下落した時の多くの富豪達・・・、
私の友人もその一人で、彼は現在南カリフォルニアに行っています。

彼は以前、シリコンバレーの企業におり、私に島を買う話をしていました。 “私には現在3000万ドル余りの資産がありますと” 彼は言いました。
ナスダックの指数が5000から下落した後、彼はロサンゼルスの自動車販売センターに車を売りにいきました。

私は彼に尋ねて、“あなたはどうしてここへ来て車を売るのですか?”

彼はこう答えました。“人に見せる顔がありません。家族への顔も立ちません。あの3000万・・・、私は今、毎月の住宅ローンさえも支払うことができません。”

このように、彼はシリコンバレーの家を売り、ロサンゼルスに行って車を売ったのです。

中国の株式市場も同様です。民衆にとって悲惨なまでに株価が下落しています。株価が下落し、住宅価格が上昇したわけですが、それは皆が残ったお金で住宅を買い、資産価値を維持しようとしたからなのです。

中国の金融界はブラックホール

投稿者: hangyosyufu 投稿日時: 2005/06/21 01:45 投稿番号: [3899 / 9280]
【大紀元日本6月14日】著名な政治経済評論家・草庵居士は、4月3日、大紀元北カリフォルニア支部主催で、サンフランシスコ
・ベイエリアにて行われた第13回“九評共産党”シンポジウムに出席し、「中国の金融界はなぜ中国の未来を破壊するブラックホールなのか」と題する講演を行った。

現在パンアメリカンキャピタル副会長兼CEOである草庵居士は、講演において、中共当局が発表した経済指標を用いて、中国
経済がなぜ、表面的には繁栄し、実際には至る所に危機を内在しているのかについて分析を行った。

草庵居士によると、まず、中国経済は不均衡な発展をしており、70%が外需に依存している:郷・県・省3級の政府の財政赤字は
GDPの70%になっており、銀行の不良債権は全国の営業利益(年ベース)の20倍である:さらに、銀行の不良債権の内幕は驚異的であった。

「中国建設銀行の現在の行長である郭樹清の話を引用すると、中国の銀行界にはシステム的なリスクが出現しており、
このシステム的リスクについて、少しでも注意を怠れば、中国の金融システム全体は直ちに崩壊するであろう」
と草庵居士は述べた。

草庵居士はまた、中共が膨大な支出を補うため、如何に紙幣を乱発し、株式市場の下落をもたらし、インフレと人民元の減価を
もたらしたのかを分析した。彼の指摘によると、人民元の減価は、民衆の血と汗で中央財政の穴を埋め合わせるものである。

ちょっと説明を

投稿者: tokagenoheso 投稿日時: 2005/06/21 01:20 投稿番号: [3898 / 9280]
>結局、共産主義であろうと民主主義であろうと、それを用いる人間のあり方です。

共産主義に対比するのは資本主義、民主主義に対比するのではないが、必然的に共産主義は民主主義たり得ない。

> >>大日本帝国は民主主義

投稿者: tokagenoheso 投稿日時: 2005/06/21 01:11 投稿番号: [3897 / 9280]
>三権分立、財閥の解体、政教分離、その他etc...
アメリカの指導があって初めて民主主義国家日本が誕生しました。

ちょっと認識が違いますね。どの国でも民主主義というのは段階を踏んで発達しています。日本の民主主義は例えば選挙権を見ても、最初ある程度の税金を払っている男子に選挙権を与えることから始まり、徐々に全成人にまで拡がっていったのですが、それは教育程度の向上や国民意識の改革に合わせていったものです。

このような段階は何処の国でも通っています。

中国の問題は、教育レベルや意識の改革を計ろうとせず、独裁体制を維持するためにさまざまな国民のための方策を犠牲にしていることです。

>それ以前は一言でいうと不完全な民主的な政治だったといえるかも知れません。

当時、完全な民主主義国家など無かったし、アメリカ自体決して完全な民主国家ではありませんでした。たとえば全てのアフリカ系アメリカ人に選挙権が与えられたのは60年代ですが、当時日本では全成人に選挙権がありました。女性に参政権が与えられたのも日本は早い方だったはずですよ。

>おかしいと思われます。

したがって、ある面では日本は最先端の民主主義国家です。ただ、国情や文化により民主主義国家といえども違いはあり、全ての面で日本が最先端というつもりはありません。

>先に手を出した方が後々悪いと言われるのが当然です。
結果日本は戦争で負けて戦時中、中国に何をする為に行ったの?
と聞かれれば、侵略しに行きました、となるでしょう。

なりませんよ。

これについては過去ログで散々やりとりされているので詳しくは書きませんが、日中戦争が一方的な中国侵略と言いきるわけには行かない事情があったことも事実です。

理由の如何によらず相手のところに行ってて戦争をするのは侵略だ、というのは暴論ですね。防衛戦争で、相手の所でしか出来なかった。自分の所まで相手を呼び寄せる訳にはいかなかったと言うことです。

>そこに正当な理由はあろうとも中国の領土ですから日本の理屈は通用しません。

正当な理由はどんな場合でも正当ですよ。中国にしてみれば認めたくないでしょうけどね。

>せめて中国が国民党になっていれば中国は今よりは全然よい暮らしができてたと思います。

それは分かりません。仮に共産党でなくとも国民を搾取する体質には変わりはないでしょうから。中国人であることに変わりはありません。彼等が中華思想を捨てず、悪いことは全て外国のせいにし、他から学ぶ姿勢がなければ同じ事でしょうね。

結局、共産主義であろうと民主主義であろうと、それを用いる人間のあり方です。そのうえで、共産主義に可能性がないのは明白ですが、中共もそれは理解しています。だから、共産党とは名ばかりで、実際は拝金党です。

>>大日本帝国は民主主義

投稿者: heikenomatuei 投稿日時: 2005/06/21 00:16 投稿番号: [3896 / 9280]
>>日本は戦前から民主主義でした。

三権分立、財閥の解体、政教分離、その他etc...
アメリカの指導があって初めて民主主義国家日本が誕生しました。

当時の選挙のやり方などは確かに民主的ですが、第二次世界大戦中の日本は軍国主義で
あった事には変わりありません。
それ以前は一言でいうと不完全な民主的な政治だったといえるかも知れません。
大日本帝国憲法の性質上、軍国主義に走りやすいと見抜いたアメリカが訂正してくれたおかげで
今日の日本国憲法があるのですから>日本は戦前から民主主義でした。
はおかしいと思われます。

>『暗黒大陸中国の真実』ラルフ・タウンゼント著(1933年)

共産党も国民党もいずれどちらかが中国の政権につかなければいけなかった訳です。
相手がヤクザのような国民党だろうが共産党、人民解放軍より全然いいでしょう。
結果欲におぼれた国民党は共産党政権に台湾に追われることになりますが。・・

中国人の事をとやかくいってもしょうがありません。
先に手を出した方が後々悪いと言われるのが当然です。
結果日本は戦争で負けて戦時中、中国に何をする為に行ったの?
と聞かれれば、侵略しに行きました、となるでしょう。
そこに正当な理由はあろうとも中国の領土ですから日本の理屈は通用しません。
せめて中国が国民党になっていれば中国は今よりは全然よい暮らしができてたと思います。
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