捕鯨とクジラ保護

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Re: 理性的なものは倫理的・・・

投稿者: discover_300 投稿日時: 2008/04/12 00:46 投稿番号: [20354 / 63339]
katsuochan2000 No.20308 >、「人間は自然界の他の生物同様、その生存をも自然の摂理により淘汰されても仕方がない。」という考え方(結論)に到達するね。

仕方が無いもなく、そうなるしかないのだよ、反自然君。

>家畜狩猟漁をやめれば(間違いを是正するれば)確実に食糧難となり人間は淘汰される。

アホ言っちゃいかん。家畜の飼料を止めれば、食糧自給率は5倍になる。
ネオマルサス問題を克服するには、取り敢えずこれしか方法はない。

>変化により新たな真理が【学識者・有識者】により【構成】される。

真理は一つで、他は全部間違いだよ。

>、「人間が未来永劫に生きること」を「正しい真理」と見なすか、「人間が絶滅しても人間以外の動物の生存を重んじること」を「正しい真理」と見なすかにより、善悪は正反対となる。

それは、侵略戦争を行った日本民族に問うとよい。
世界にとって、害となる民族は消滅すべきである。
それは、自分自身に問うとよい。
社会に害しかならぬなら、消滅すべきである。

12)社会に対する破壊的行為が「悪」である。社会とは人類全体、地球、宇宙全体を指す。
    その逆の建設的行為、社会貢献が善であることは言うまでも無い。

従って、若し世界にとって日本が害悪しかもたらさないとすれば消滅するのが「善」となる。
他国を侵略してまで生き延びる価値(国益)は無いということである。
これは個人でも同じことだ。
盗みはその盗人にとって利益であるが、地域社会の破壊行為になる。
弱い国を侵略することは、強国には国益となるが世界にとって破壊行為となる。
では、フセインや北朝鮮の人殺しブタなどの極悪人を暗殺することはどうか?
これが「ラスコーリニコフ問題」である。

>しかし、生きるために必要と個々人が判断すれば人間は感情を押し殺せる動物である。

麻痺するのだ。

>つまり、究極には生命の危機に見舞われても感情に背き生きようとする努力は「悪」であり、感情に背くなら死を選択しなさい・・・とキミは言っている。

場合によってはそうなるから、人間には哲学(予め覚悟)が必要なのだ。

>人格異常者とは・・・、人でなしとは・・・、具体的にどんな人か?

良心の欠片も無いと評されるジコ中の餓鬼。
苦しんでる動物や人間を見たり聞いたりしても心が痛まない。
寧ろ、苦しんでる状態を見ると快楽を覚える倒錯者。
例えば、△違い小泉などがその典型だろう。


>したがって、行動結果のみでは「善悪の基準」を持ち合わせているか否かは判断できない。

葛藤がある段階を修羅という。行動が伴わない基準は無いに等しい。


>つまり、自分自身が他人や動物より可哀想と思うことである。

そんなコンプレクスで人間は生きられないよ。

>人は、「可哀想」と感じることだけでは抑制が効かなくなる生き物である。

それが無い者よりブレーキとして働くということだよ。


>キミの論は、使い古された教科書のような典型的な机上の論理である。

それは何処に書いてあったのかね?
俺のは、極めて具体的で分かり易い筈だ。

1)倫理とは「人の道」であり、善悪、良心のことである。
2)善悪の普遍性は定義に含まれていることである。
3)「善悪(良心)が存在するかどうか」は証明不能である。
4)善悪、良心が存在するということは自己の存在確信と同等の重みで言える公理である。
5)五戒、黄金律に相当することがあらゆる民族に存在することが普遍性の証である。
6)答えが複数ある(普遍性のない)問題について考える(議論する)のは無意味である。
7)時、場所、人によって変化するものは善悪ではなく「損得」「利害」である。
8)善悪が可変で(人によって違って)よいと思うことは倫理観が無いのと同値である。
9)そもそも善悪(倫理)感の無い者(狂人)と倫理の議論は成立しない。
10)時代、場所で見かけの倫理が複数存在するのは、人間の判断に間違い(偏見)があるというだけだ。
11)通常、悪を容認するのは悪であるから、倫理は自他を強制するものである。
12)社会に対する破壊的行為が「悪」である。社会とは人類全体、地球、宇宙全体を指す。
    その逆の建設的行為、社会貢献が善であることは言うまでも無い。

Re: 昭和初め頃東京には鯨食の習慣は無かっ

投稿者: ze7cf353265 投稿日時: 2008/04/12 00:43 投稿番号: [20352 / 63339]
じゃぁ江戸時代にあった鯨の解体図画は何だよ?
お得意の
”せーふのいんぼー”
”あまくだりやくにんの云々”
”ネトウヨ云々”

以外で説明つけてみろやw
ま〜、科学が科学たる所以に答えられないで「捕鯨賛成派は非科学的」
なんて抜かしてる知恵遅れにゃ、まず答えられないだろうがね(´ω`)y━~~

r蟲ケラを弄ると必ず沸くdiscover_300蟲

投稿者: ze7cf353265 投稿日時: 2008/04/12 00:39 投稿番号: [20348 / 63339]
いっやぁすげぇ偶然だな(爆笑
なになに?
また電波な事書きまくってトピを流そうって魂胆か?

ま〜、腰抜けに出来る精々の対抗って言ったらその程度だろうな(嘲笑

い   や   チ   ミ   あ   た   ま   い   ぃ   ね   ぇ   〜   ( ゚∀゚)アハハ八八ノヽノヽノヽノ \ / \/ \

昭和初め頃東京には鯨食の習慣は無かった

投稿者: r13812 投稿日時: 2008/04/12 00:36 投稿番号: [20347 / 63339]
母に聞いた話です。若い時分東京にいたころ、つまり、昭和の初めのころです。
お世話になった方へのお礼にと五島の人が、鯨肉を持って上京してきました。まだ下関と門司を船で渡る時代でした。   おそらくは樽か箱に氷詰めして、抱きかかえるようにして夜行列車から東京駅を降りたことでしょう。
お刺身として東京の人に喜んで食べて貰おうとの好意からです。ところが、好意と努力は全く報いられなかったのです。東京には地方出身の方もおいででしたでしょうに。かれは落胆し、これほどの珍味が毛嫌いされようなどとは、国許では思いもかけませんでした。
鯨が全国に普遍して食べられるようになったのは、戦後の欠乏した食料事情によるのだと思います。また学校給食が肩を貸しました。
わたしは沿岸ものの鯨を食べたし、捕鯨にたいして身にしみて充分理解があります。先祖の生業でしたから。また生姜醤油で鯨の百尋(腸を茹でたもの)をもう一度食べたいものだ、とも思います。しかし、限られた範囲での捕鯨が再開されようとも、世にいう美食家たちと貪婪な商売人のため、マグロのように高値となることを危惧します。
30年代末にハーゲンベック移動動物園で見た光景を覚えています。芸をするライオンは牛肉を、芸も教えられずに寝転んでばかりいるいるライオンには鯨肉でした。既にそのころ、南氷洋で捕れた冷凍鯨肉の商品価値は牛肉較べて甚だしく下落しておりました。
http://blog.goo.ne.jp/tbinterface.php/659d285f9e801b47e4e15444e0d761fc/09

無知蒙昧のクジラミ餓鬼fvmariendorf

投稿者: discover_300 投稿日時: 2008/04/12 00:35 投稿番号: [20346 / 63339]
fvmariendorf No.20315>縄文時代にまで広がる可能性もありそうです。

ストランディングも知らない無知蒙昧餓鬼。

地方はバカで何度教えても分からないんだ
投稿者: discover_100 2003/ 2/12 2:01
メッセージ: 11230 / 11237

>ただ、日本に住んで日本語を使えると過去の歴史もわかる訳で、貝塚や遺跡から鯨関連の出土品が出る、万葉集・古事記といったこの国の由緒正しい文書にも登場してくる。

それは何百年分のゴミ捨て場か知ってるのか、アホ訓。
縄文時代、クジラは今の数倍〜数十倍もいたんだから、
座礁クジラは年間、何百頭もあった筈だ。
それは漁ではなく、死肉を漁っただけなのだと何度教えても覚えられない地方。
このさもしい伝統を持つのがあのナントカという村だ。
クジラとレミングの自殺(のような行動)は昔から有名な話。
自殺する場所は大体決まっている。

http://www.h2.dion.ne.jp/~umikaze1/zatugaku6.htm
■なぜクジラは座礁するのか?

クジラは自殺するのだろうか?クジラが人間に匹敵するほどの脳細胞を持った知的動物であることを否定する科学者はひとりもいない。クジラには音声を使ってメッセージを伝える能力があり、その行動を見ても高度な神組織を持っていることは明らかです。でも、彼らにいわゆる自意識があることを認めるべきかどうかは、また別の問題です。とりわけ死を逃れないと意識すること、すなわち絶望して自殺する、自ら進んで浜に乗り上げるという行動にでることがあると結論づけるのは性急だろう。単純な大衆新聞などは、イルカやクジラがときおり鬱病の発作に襲われ、自ら死地に赴くこともあるという憶測を広めたこともあった(略)もっと念の入った話もある。前世紀までは船乗り達は巨大なクジラが眠る墓場があると信じていた。その場所も、やれブラジル沿岸の近くだとか、オーストラリアの近海だとか言っていた。このような墓場が本当に存在するとすれば、海の巨人は自らの生涯を終えることを「意識して」特定の地点に赴いていたことになる。彼らは毎年、回遊期には何千マイルもの距離を航行するのだ。(略)クジラ学者によっては、クジラに自殺という観念があるかどうかなどという議論には目もくれず、もっぱら座礁に関する現実的根拠を探ろうとしている者もある。(略)例えば、ハクジラ目に属するクジラが強固な群を作っていることに注目した議論がある。雌と若いクジラは「パシャ」と呼ばれるリーダーの後をついて泳ぐ。このリーダーは群の回遊を導き、敵から群を守る役目だ。もしリーダーが何らかの理由で座礁してしまうと、グループ全体が後を追って浜辺に打ち上げられてしまうというのである。(略)それなら、グループのリーダーがなぜ突然進路を見失い、座礁するのかを究明しなくてはなるまい。クジラは進路を決定するにあたって、一部視覚に頼ってはいるが、主な方向感覚は聴覚に頼っている。(略)耳を病んだクジラは、ほとんど「盲目」同然になってしまう。今日では、クジラの座礁のほとんどが反響定位による方向感覚に障害をきたしたためではないかと見られている。1973年5月、ボストンのニューイングランド海洋学研究所のプレスコット教授とゲラシ教授は、座礁したイルカの中耳と内耳、副耳孔にこれまで知られていなかった寄生虫がいることを発見した。これらの寄生虫が耳道内で急激に繁殖することによって、クジラの音波反射機能は乱され、食糧を見つけたり、航行したり、致命的な危険を避けたりする能力を失うに違いない。(略)こうしてみると、クジラの自殺についての合理的な解釈が一応成り立つようである。しかし、現時点での我々の知識ではクジラの「死への意志」についての仮説を完全に退けることはできまい。これまでクジラを擬人化することを恐れるあまり、クジラに知性があることを認めようとはしなかった。いったいクジラには「存在する」という意識があるのか。もしあるとすれば、その当然の帰結として、生きるのをやめたいと思うこともあるはずだ。しかし、この問題については今後の研究の成果に期待するしかない。   (「カリプソン」より)

Re: 理性的なものは倫理的である

投稿者: discover_300 投稿日時: 2008/04/12 00:30 投稿番号: [20345 / 63339]
cgtbx039 No.20316 >そして、このデータから、反捕鯨国が、圧倒的に多いとは言えない。

少なくとも多いことは認めるのだろうが。
従って、国際的にクジラ食を禁止することは容易ということだ。

>それに対して、どんな暴力的な反撃を、調査捕鯨船側がしたんですか。

今回の件では、威嚇弾を人間に目掛けて投じている。
この破片が防弾チョッキに刺さったように非常に危険で暴力的な行為だ。
以前にも、船体をぶつけたり、人に目掛けて放水を行っているのではないか。

>嘘ですね、このコメントは。
youtubeで、屠殺と検索して見て下さい。

オウムの松本を死刑にするのが残酷か、それとも
死刑にしないのが被害者や一般市民に残酷か?
死刑もそうだし、残酷だと思う人間はいる。
が、それは高次において残酷と考えないのだ。
高次では必要悪は悪ではないということだ。

>食べるためでもなく、意味も無く命を奪う行為が、本来、残酷というものじゃないかな。

今さっき、君は(目的に拘わらず)屠殺は残酷だと言ってたじゃないか、矛盾君。

>結局のところ、統計学的なものを根拠にしたいんでしょか。

統計学によるしか、科学的根拠にはならんよ。
科学的証明とは統計学的に95%有意のことだ。

>ツチクジラは、IWCの管轄外ですから、容認とかを言われてもねぇ。
元々、自由なんですから。

クジラを一頭も取らせないと主張してると難癖をつけたのは君だよ。
クジラを一頭も取らせないと主張してるのは国で、捕鯨してる国など無いのだ。

質問からは逃げまくる自称知性派r13812

投稿者: ze7cf353265 投稿日時: 2008/04/12 00:25 投稿番号: [20344 / 63339]
答えはまだかよ〜コピペなんざ見飽きたっつってんだろ?
答えられねぇんだったら、ヤキソバパンとジャンプ買ってコイよ(爆笑

Re: 捕鯨賛成

投稿者: ze7cf353265 投稿日時: 2008/04/12 00:23 投稿番号: [20343 / 63339]
>めずらしいから、絵が残った。
あ〜…捕り合えず言わせて貰うけどな……(=ω=;
現在の世の中のように物資が豊富にある時代なら兎も角
"珍しい"だけで絵を残せるような時代じゃねぇんだな…江戸時代は
そこに"重要"である点を含まなけりゃ、当時、安価な画材は墨しかねぇ日本で

わざわざ色付きの図画にして残す重要性は無ぇわけだし
"珍しいだけ"   であれば瓦版として残ってる筈だよな?

更に言うと食べる以外でも様々な用途に広く使われてたんだが?
まさか知らねぇのか????

Re: クジラは魚を連れてくるエビス様

投稿者: r13812 投稿日時: 2008/04/12 00:20 投稿番号: [20342 / 63339]
《鯨がプランクトンや小魚を追ってくるとそのおこぼれを頂戴すべく、マグロやカ
ツオがついてくるという仕組みのようであり、また、イワシなどは鯨の時にはそんなこともないが、
マグロやカツオに追われると、ものすごい数で一か所に固まる。こんどはそれを鯨が頂戴するとい
う共生関係にあったようだ。》


実は「土佐のカツオ一本釣り」は昔からこの方法で行われております。

(したがって漁師さんとクジラは非常に仲が良いです)

        ↓

「カツオの群れを連れて来るニタリクジラ」
http://www.nhk.or.jp/darwin/program/program088.html
ダーウィンが来た!生きもの新伝説「土佐のクジラは池にすむ!?」




勿論こういったことが捕鯨派のウェブサイトに載ることはありません。

(載るのは鯨害獣論だけですw)

Re: 捕鯨賛成

投稿者: vanilla_taste1 投稿日時: 2008/04/12 00:17 投稿番号: [20341 / 63339]
>俺は元も今も公務員ではない。


言い訳、するな。

Re: 捕鯨賛成

投稿者: vanilla_taste1 投稿日時: 2008/04/12 00:14 投稿番号: [20340 / 63339]
>貴君は日本人の何パーセントが食していたものなら
>食文化と認めるのかな?

それを長く好んで食べられていたというのなら、食文化という。

広くいろんな地域で多くの人達が好んで食べ続けていたのなら、
日本の食文化という。



戦後肉が高くて食えなかった頃、
日本では、クジラを広い地域で食ってた。

冷凍技術が悪くてまずいが、
我慢をしてクジラ食ってたわけだ。

その頃、ミミズが低脂肪高たんぱくだとして
養殖するべきだという話題があり、
なんかいろいろやってたらしい。

その頃、石油から人口肉が作られたりもして
インスタントの中にも入ってたとか。

その頃、クジラが食べてるオキアミを
日本でも食べるべきだという意見があり、
食べられていたし、今でも広く食べられている。

でもな、そんなのは、食文化とは言わないの。


あなたが言ってる、江戸時代以前の絵があれば、
食べたという事実があるというのだよ。

めずらしいから、絵が残った。

そんなのは、食文化とは言わないの。
ましてや、日本の食文化とは言わないの。

Re: クジラは魚を連れてくるエビス様

投稿者: ze7cf353265 投稿日時: 2008/04/12 00:08 投稿番号: [20339 / 63339]
よ〜お〜電波〜答えはまだか〜?(・∀・)ニヤニヤ

逃げまくりの腰抜け精神病患者チャンよぉ(爆笑

Re: クジラは魚を連れてくるエビス様

投稿者: r13812 投稿日時: 2008/04/12 00:05 投稿番号: [20338 / 63339]
(また静岡でも場所によっては認識が違ったようです)

  鯨も世界的に少なくなって、その捕獲には規制が加わり、昔のように捕鯨もできなくなったが、
内浦などの三浦では昔から鯨は捕らなかったと記録されているし、実際に捕獲はしなかった。
  長浜の大川四郎左衛門家の資料を中心とした「内浦漁民史料」は有名で、これによって主として
中世から近世の漁業に関する、莫大な情報が提供されている。その「内浦漁民史料」は明治から大
正にかけて、静浦辺りでよく静養された洪沢敬三が静養の傍ら発掘したもので、今は国立の文書館
に保管されている。

  それらは「日本常民生活資料叢書」として刊行されているが、その序文で洪沢敬三は明治39年頃
の状況として

「……自分が静浦に行って居る間に鯨が二度駿河湾内に来たことがあった。一度は非常に大きい奴
で午前11時頃突然瓜島沖二町程の所へ巨躯を現し潮を吹いて游泳していた。漁夫共は船を出し大勢
その廻りを取り巻いて居たが、別にこれを捕獲しようとして居ないので子供心に奇異に感じたこと
であった。」

「この鯨は暫時遊んで居たが其の内一度沈むと見るや今度は遥か西浦の古宇辺りの沖へひと游ぎに
行ってしまったのを見て非常に感心したのを覚えている。」と紹介している。

  ところがこの「内浦漁民史料」を整理している内に、鯨は鯨子といってマグロやカツオなど一緒
に連れてくることから、漁民はむしろ鯨に親しみと尊敬の念をもっていたことが判ったと書いている。

  内浦辺りでは鯨はマグロやカツオなどの浮遊魚を連れてくる魚と捉え、信仰に近い形で鯨は捕る
こともなかった。鯨がプランクトンや小魚を追ってくるとそのおこぼれを頂戴すべく、マグロやカ
ツオがついてくるという仕組みのようであり、また、イワシなどは鯨の時にはそんなこともないが、
マグロやカツオに追われると、ものすごい数で一か所に固まる。こんどはそれを鯨が頂戴するとい
う共生関係にあったようだ。

  ところが黒潮の流入口、富士川下流域辺りでは、逆に鯨はよく捕ったようである。小舟を沢山出
して、銛を鯨に打ち込んで捕らえるが、その時にはまさに一面血の海となり、それが黒潮に運ばれ
て、三浦地区に流れ込み、三浦地区の漁獲高に影響するようになる。

  そこでたとえば重寺辺りでは、富士川下流域の漁師に対して、鯨捕りをやめるよう訴えを起こす
ことになる。そんな古文書も発見されている。

http://www.city.numazu.shizuoka.jp/sisetu/rekimin/index.htm

Re: クジラは魚を連れてくるエビス様

投稿者: ze7cf353265 投稿日時: 2008/04/11 23:51 投稿番号: [20337 / 63339]
電波垂れ流しながら逃げ回ってないで質問には答えようや?

散々「捕鯨派の科学は非科学的」だとしている根拠と

「科学が科学たる所以は何なのか??」

頭   悪   い   ん   で   答   え   ら   れ   な   い   か?

逃げ回ってる奴が如何にもっともらしい事を言っても説得力なんかねぇぜ?
騙されるのはお前みたいな得た知識を裏も取らずに垂れ流すアホタレだけだ

Re: クジラは魚を連れてくるエビス様

投稿者: r13812 投稿日時: 2008/04/11 23:45 投稿番号: [20333 / 63339]
北海道沿岸では江戸時代、鯨はニシンを連れてきてくれるありがたい
「神」としてあがめ、漁の対象とせず、浜に打ち上げられた鯨(寄り
鯨)のみを食料とした。明治以降、本州から鯨を追ってきた漁師と、鯨
をあがめる地元のニシン漁師との衝突があったことは、当時の新聞に記
録されている。
http://jyoho.hokkaido-np.co.jp/fmail/backnumber/show2.php3?y=2003&c=setana&f=20030509



  「三陸沿岸では日常的に鯨肉を食べる習慣はなく、
江戸時代の三陸の漁民は鯨をエビスと呼んでとても
大事にし、信仰していた」と話した。(1)鯨が現
れると岸にイワシの大群が来て豊漁となった(2)
鯨の近くでカツオの一本釣りをした(3)鯨が岸に
打ち上げられた場合のみ、浜で平等に分けて貴重な
食糧とした−の三点を証拠として挙げた。
  漁民と鯨の関係が崩れたのは、幕末にアメリカの
捕鯨船が日本沿岸でたくさんの鯨を捕獲したことや、
近代捕鯨が国内で普及したことにあると指摘。こうし
た過渡期の事件を示す資料として、三陸の漁民が紀
州の鯨漁師の漁差し止めを求めた訴状、青森の漁民
による捕鯨会社焼き打ち事件の記録などを紹介した。
http://www.sanriku-kahoku.com/news/2005_09/k/050909k-kujira.html



鯨騒動   漁業補償に不満募りほう起
http://www.daily-tohoku.co.jp/niida/niida1b2.htm
2001/01/19
  一九一一(明治四十四)年十月三十一日、湊館鼻、いわゆる日和山の頂上(今の館鼻公園)に、湊と白銀を中心とした浜通りの漁民たちが集まり、激論を交わしていた。周辺にただならぬ気配が漂う。
  議題は鯨である。半年前、鮫で東洋捕鯨会社が解体作業を始めたが、九月末までの漁期を守らず、一カ月を過ぎてもまだ操業を続けていた。海は血で真っ赤に染まり、そのせいか今年のイワシ漁はさっぱりだ。
  漁業補償は鮫の組合ばかりに支払われ、湊や白銀には返事がない。もともと、漁民は会社の誘致そのものに反対だった。鯨は「えびす様」であり、古来、信仰の対象なのだ。不満は頂点に達していた。
  翌十一月一日払暁(ふつぎょう)。半鐘が乱打された。合図だ。村中の人々が外に飛び出し、鮫を目指す。えんぶり太鼓でふれ歩く者もいた。「みんなカダレッ(加われ)」。
  ハマが揺れた。ほう起した漁民は五百人とも千人ともいわれる。日露戦争で知られる赤ゲット(毛布)姿がいた。白装束もあった。文字通り決死の討ち入りであり、一揆(いっき)そのものだった。
  一団は捕鯨会社を破壊し尽くし、経営者の長谷川藤次郎宅のほか、神田重雄宅、石田家などにも押し寄せた。会社側や警官隊との抗争は激しく、死者二人、重傷者五人、軽傷者二十人に上った。世に言う鯨会社焼き討ち事件である。
  八戸市の郷土史研究家、中里進さんは「背景に、当時の奥南派と政友会という政治的対立の構図が垣間見える」と指摘する。
  「古代からの鯨とのかかわり、漁民の聖地館鼻、百姓一揆にも使われたえんぶり、そして政治情勢。当時の八戸の社会状況がすべて凝縮された、空前絶後の大事件だった」
  事件後、周辺では「クジラ」が禁句になったという。政治的には、これを機にいわゆる浜通り派と呼ばれる勢力が生まれ、八戸の近代化のターニングポイントになった。
  あれから九十年。館鼻公園から望む八戸港の風景は大きく変わり、事件を直接知る人もほとんどいない。しかし、八戸を揺るがした漁民のエネルギーは、世紀を超えて伝えられていくことは間違いない。
  (吉田晃記者)

あれ?

投稿者: ze7cf353265 投稿日時: 2008/04/11 23:42 投稿番号: [20332 / 63339]
こっちのトピにはもうこねぇとか抜かしてなかったか??

流石は自分の意見なんか全く無い臆病者だなぁw
言う事コロコロ変えて逃げまくるのがお前さんのやり方って訳だ(嘲笑

実際、偉そうなクチきいてりゃ相手がビビッてくれると
思ってる低脳の腰抜けだもんなぁw

ま〜精々、都合の悪い意見からはネズミの玩具見たく逃げ回ってるといいさ
(・∀・)アヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャ(爆笑

Re: クジラは魚を連れてくるエビス様

投稿者: fvmariendorf 投稿日時: 2008/04/11 23:40 投稿番号: [20331 / 63339]
北海道は江戸時代、松前藩によって統治されていました。
14代松前藩主・徳廣候の婚礼時に
“クジラ汁”が出されています。
これは松前藩の伝統的な料理であったそうです。

クジラは魚を連れてくるエビス様

投稿者: r13812 投稿日時: 2008/04/11 23:29 投稿番号: [20330 / 63339]
>もちろん、捕鯨が食料としての目的として行われていたのも確かなようですよ。

少なくとも東北とか北海道ではその認識は間違いです。


こういった地方ではクジラは食料の対象なんかではなく

むしろ魚を連れてくるエビス様ってことで漁師さんの間で

信仰の対象となっていたくらいなのです。(約100年くらい前までは)

食べるのは「寄り鯨」だけだったのです。

クジラを捕ろうなんて概念はなかったのです。


で1900年頃はそういった漁師と本州から来た捕鯨漁師(東洋捕鯨)との

対立あるいは暴動とかがあったりしています。

Re: 捕鯨賛成(アホ)

投稿者: syogey 投稿日時: 2008/04/11 23:22 投稿番号: [20329 / 63339]
>日本の食文化

日本の一部の食習慣だろ?

「文化」なんてエラソ〜な言い草は、日本全体にとって迷惑なのだよ。

Re: 捕鯨賛成

投稿者: gondawara_yuji 投稿日時: 2008/04/11 23:21 投稿番号: [20328 / 63339]
■無恥幼稚vanilla_taste1>   腐れの元公務員は、書くな<

相変わらず幼稚無恥の恥知らずなレスをやっとるな、屑野郎。^^

俺は元も今も公務員ではない。
幼稚無恥のオマエに言ってもしょうないか。

Re: 捕鯨賛成

投稿者: fvmariendorf 投稿日時: 2008/04/11 23:21 投稿番号: [20327 / 63339]
それではお尋ねしますが
貴君は日本人の何パーセントが食していたものなら
食文化と認めるのかな?

Re: 捕鯨賛成

投稿者: vanilla_taste1 投稿日時: 2008/04/11 23:12 投稿番号: [20326 / 63339]
腐れの元公務員は、書くな

Re: 捕鯨賛成

投稿者: gondawara_yuji 投稿日時: 2008/04/11 23:00 投稿番号: [20325 / 63339]
■幼稚馬鹿のvanilla_taste1>
あのな、都会では、売ってもない。昔食べてた人達もまずかったといってる。
専門家ってのも、冷凍技術が悪かったからしかたないとも言ってる。
美味しかったと言うおまえは、味覚音痴。ミミズ食え。おまえは。<

◇この20年で千葉県・静岡県・長崎県・熊本県で俺は鯨を食べた普通に
魚屋やスーパーで売っていたぞ。

◇オマエが知らないからといって、食っていなかったと言うのはあまりにも
幼稚な発言と思わないか!?

◇俺の母親は明治生まれであった。
子供の頃から鯨を使った料理をしていた、だから母が作る鯨料理はとても美味かった。^^

※相変わらず、お前の文章は、纏まりがなく何を言っているのか分らん。

Re: 捕鯨賛成

投稿者: gondawara_yuji 投稿日時: 2008/04/11 22:50 投稿番号: [20324 / 63339]
■幼稚無恥vanilla_taste1>
あのな、ごく一部の人達が食べていたというのを
日本(全体)の食文化とは、言わないんだよ。<

◇vanilla_taste1は往生際の悪い馬鹿!ドアホ!
幼稚園児以下の低脳野郎!!

◇ごく一部って何処で調べたんだ?  
パソコンを使用しているのなら検索すれば直ぐ分るだろう、
オマエ検索できないのか!?

◇やる事やってから投稿しないと恥をかくのはオマエだぞ、
ま、恥知らすに言っても無駄ではあったな。^^

Re: 捕鯨賛成

投稿者: vanilla_taste1 投稿日時: 2008/04/11 22:47 投稿番号: [20319 / 63339]
あのな、都会では、売ってもない。

昔食べてた人達もまずかったといってる。

専門家ってのも、冷凍技術が悪かったからしかたないとも言ってる。

美味しかったと言うおまえは、
味覚音痴。

ミミズ食え。おまえは。

Re: 捕鯨賛成

投稿者: gondawara_yuji 投稿日時: 2008/04/11 22:24 投稿番号: [20318 / 63339]
≫鯨を食べるのは、日本の食文化です。

■幼稚無恥:vanilla_taste1>
クジラを食べる文化なんて、日本には、無い。
広く日本で食べられたのは、戦後の一時期。
食糧難、牛肉が高くて食べられず、代用食みたいな感じでだ。
しかも、まずかったという。
しかたなく、まずくても食ってた。
冷凍技術が悪かったからな。<

◇↑こんなバカな事を言っているようでは、馬鹿・アホ・
気違いといわれてもしょうがないな^^

◇俺は昭和30年代前半から昭和48年まで毎週2日は鯨を食べていた、
その後高価になったので月一・二度になったが今も食べ続けている。

◇約50年間、食べていても鯨は食文化と言えないのか!?
俺の中で鯨を食べる事は立派な食文化である、別にアホなオマエに
認めてもらわでも構わんがな。^^

Re: 捕鯨賛成

投稿者: vanilla_taste1 投稿日時: 2008/04/11 22:23 投稿番号: [20317 / 63339]
あのな、ごく一部の人達が食べていたというのを
日本(全体)の食文化とは、言わないんだよ。

Re: 理性的なものは倫理的である

投稿者: cgtbx039 投稿日時: 2008/04/11 22:08 投稿番号: [20316 / 63339]
私は捕鯨推進国と、反捕鯨国の数に大差はありませんよと、国際捕鯨委員会の状況を書きましたよね。
国際的な舞台で、自国の意見を述べる場で、その差は僅かです。

それに対する、貴方のコメントは、無いんですね。
あなたが例をあげた世論調査対象国はオーストラリア、イギリス、ドイツ、アメリカ、日本、ノルウェーの6ヵ国。
オーストラリア(反捕鯨)捕鯨に理解する割合=21.7%
イギリス(反捕鯨)捕鯨に理解する割合=20.1%
ドイツ(反捕鯨)捕鯨に理解する割合=23.5%
アメリカ(反捕鯨)捕鯨に理解する割合=24.8%
日本(捕鯨推進)捕鯨に理解する割合=47.9%
ノルウェー(捕鯨推進)捕鯨に理解する割合=57.1%

<このデータの読み方>
反捕鯨国と呼ばれる国の中でさえ、5人に1人は、捕鯨に肯定的である。
つまり、世界規模で鯨はある程度、食材の一つと認められている。

そして、このデータから、反捕鯨国が、圧倒的に多いとは言えない。

>非暴力の実力行使は如何にも文明人らしい。
シーシェパードの行動が、非暴力の実力行使?
知識が豊富な、あなたらしくない発言ですね。
刺激物の入ったビンを、調査捕鯨船に投げたり、調査船の備品を取ったりするのは、非暴力の範疇なんですね、あなたにとっては。

>それに対して暴力による反撃しかできない下類の野蛮人。
それに対して、どんな暴力的な反撃を、調査捕鯨船側がしたんですか。

>苦痛を与えない牛、豚、鶏等の屠殺は残酷ではない。
嘘ですね、このコメントは。
youtubeで、屠殺と検索して見て下さい。

>どうせ殺されるからといって苦痛を与えることは残酷なことで、可哀想なことだ。
この当たり前の感情も無い既知害であるクジラ殺しは先ずここで残虐な本性を暴露する。
捕鯨技術は日々進歩し、鯨に苦痛な時間を与えないよう努力していますよ。
牛を屠殺する平均所要時間と、捕鯨で鯨を殺すまでの平均所要時間は、鯨の方が短いんですよ。

それと、残酷という考え方が、少し私とは違うな。
食べるためでもなく、意味も無く命を奪う行為が、本来、残酷というものじゃないかな。
まあ、これに関しては、人それぞれの考え方があるので。

>科学の意味も知らず、思考停止して嘘をつく△違い
結局のところ、統計学的なものを根拠にしたいんでしょか。
肉食だと人間は攻撃的になる、科学的根拠を提示できなかったので、これは根拠のない私見である、ということですね。

>アメリカは日本のイルカ(小型クジラ)、ツチクジラの捕獲を容認しているじゃないか。
ツチクジラは、IWCの管轄外ですから、容認とかを言われてもねぇ。
元々、自由なんですから。

Re: 捕鯨賛成

投稿者: fvmariendorf 投稿日時: 2008/04/11 21:58 投稿番号: [20315 / 63339]
>vanilla_taste1 さんへ

いつも資料をありがとうございます。
お礼にこちらを提示しておきます。
http://record.museum.kyushu-u.ac.jp/kujira/

この九州大学の研究によると
少なくとも江戸時代までは捕鯨の歴史に遡れますし
縄文時代にまで広がる可能性もありそうです。
もちろん、捕鯨が食料としての目的として行われていたのも確かなようですよ。

Re: 捕鯨賛成

投稿者: vanilla_taste1 投稿日時: 2008/04/11 21:29 投稿番号: [20310 / 63339]
>鯨を食べるのは、日本の食文化です。

クジラを食べる文化なんて、
日本には、無い。

広く日本で食べられたのは、
戦後の一時期。

食糧難、牛肉が高くて食べられず、
代用食みたいな感じでだ。
しかも、まずかったという。

しかたなく、まずくても食ってた。

冷凍技術が悪かったからな。

Re: 捕鯨賛成

投稿者: gondawara_yuji 投稿日時: 2008/04/11 21:15 投稿番号: [20309 / 63339]
>鯨を食べるのは、日本の食文化です。可愛そうとか言っていますが、肥育している牛や豚や鳥等を食べるのは、可愛そうでは無いのですか!?矛盾している<

◇そうです、今の日本には必要なんです。
クジラだけを食すと言っているのではないのです。
牛や豚など従来の食肉にクジラもくわえて多種多様な選択肢を
持とうといっているのです。

今後の日本の食生活の安定には商業捕鯨再開が必要です。
クジラは食肉全体のコンマ数パーセントでしかないでしょうが、重要です。

Re: 理性的なものは倫理的・・・

投稿者: katsuochan2000 投稿日時: 2008/04/11 21:09 投稿番号: [20308 / 63339]
>真理は一つ、倫理も一つだ。間違った倫理、間違った真理があるだけ。

つまり、キミの言うところの真理と倫理を地球規模で貫けば、「人間は自然界の他の生物同様、その生存をも自然の摂理により淘汰されても仕方がない。」という考え方(結論)に到達するね。

「人間が生きること」、営む所行に関して、その真理は間違えていることになる。その真理を貫くために家畜狩猟漁をやめれば(間違いを是正するれば)確実に食糧難となり人間は淘汰される。

>道徳観や人道主義の進歩は、変化ではなく、真理の発見であると考えるべきもの。

ニワトリとタマゴであり、変化無くして真理の発見はなく、真理の発見は「環境や時代、先人たちによる先導により形成され、そのディテールは国や地域や時代、あげくは各家庭の変遷」つまり、変化により新たな真理が【学識者・有識者】により【構成】される。

現実論、構成されたその真理はその【経済的価値】の「損失」「有益」の大小により、一般社会への広がりの大小「善悪」となる。

机上論、その真理が人間として正しい真理であるかは、「人間が未来永劫に生きること」を「正しい真理」と見なすか、「人間が絶滅しても人間以外の動物の生存を重んじること」を「正しい真理」と見なすかにより、善悪は正反対となる。

>>その千差万別の感情である「可哀想」を反捕鯨へと収束させることは、
>可哀想、残酷の感情は人間に普遍。

その感情は普遍であることに異議はない。

しかし、生きるために必要と個々人が判断すれば人間は感情を押し殺せる動物である。また、人間に普遍な可哀想、残酷の感情「善」に正直な個々人は「死」を選択する。

つまり、究極には生命の危機に見舞われても感情に背き生きようとする努力は「悪」であり、感情に背くなら死を選択しなさい・・・とキミは言っている。

>これ以外に善悪の基準は無い。あると思うなら言ってごらん。
この基準が無いのが人格異常者(俗に”人でなし”)だ。

人格異常者とは・・・、人でなしとは・・・、具体的にどんな人か?

善悪の感情基準を持っていても、それを抑えきれない「感情と欲求」により、人格異常者以外の人間も結果的に人格異常者同様の行動を取ることがある。
したがって、行動結果のみでは「善悪の基準」を持ち合わせているか否かは判断できない。

>可哀想という気持ち(共感)は攻撃の抑制と保護行動を起動する為に存在する。

感情や気持ちで「攻撃の抑制と保護行動」を起動すると考えるなら逆も真なり・・・である。

つまり、自分自身が他人や動物より可哀想と思うことである。その自分自身への感情と現実の自分自身への保護行動のために攻撃抑制から解き放たれる。

>可哀想と感じない、可哀想でも殺せるという人格障害(既知害)は人殺しができることになる。

上記であるから、可哀想と感じる人間でも人殺しは出来る。自分が対象者よりも可哀想と思い、相手を可哀想と思うことより憎悪の念が勝る時に・・ね。
人は、「可哀想」と感じることだけでは抑制が効かなくなる生き物である。

キミの論は、使い古された教科書のような典型的な机上の論理である。

公表する仕組み

投稿者: mechanism_open 投稿日時: 2008/04/11 20:53 投稿番号: [20307 / 63339]
靖国神社は、1869年に戊辰戦争の薩長軍戦没者を祭るために建立された。

靖国神社には、幕末の吉田松陰、坂本龍馬、高杉晋作なども合祀されているが、戊辰戦争で薩長軍に反抗した幕府軍戦没者は祭られていない。

戦前、国家神道の象徴だった靖国神社は、神社行政を総括した内務省ではなく、陸海軍によって管理されていた。

日本の各県に建立されている護国神社は、その県出身の戦死者などを独自に招魂しており、靖国神社と同列の関係にある。

現在、戊辰戦争で薩長軍に反抗した幕府軍ゆかりの地域は、大量の使用済み核燃料を貯蔵する危険地帯となっている。

このような差別を撤廃するためには、明治維新後の薩長藩閥支配が、現在の政治家、官僚、裁判官、財界人に対して、どのように影響しているのかを公表する仕組みが必要である。

捕鯨賛成

投稿者: tapodaji 投稿日時: 2008/04/11 18:15 投稿番号: [20302 / 63339]
鯨を食べるのは、日本の食文化です。可愛そうとか言っていますが、肥育している牛や豚や鳥等を食べるのは、可愛そうでは無いのですか!?矛盾している

Re: victory_usher 氏へ

投稿者: victory_usher 投稿日時: 2008/04/11 16:59 投稿番号: [20297 / 63339]
確かに今の予算は使いすぎだね

国に運営を任せれば破産するのは当然でしょ

普通に漁師さんに任せればいいのにと思う

バニラちゃんの言う事も分るよ

でも捕鯨を止めちゃ駄目だと思う

正直理屈では無い

技術、歴史、対外的な事を考えた思い

Re: victory_usher 氏へ

投稿者: fvmariendorf 投稿日時: 2008/04/11 16:20 投稿番号: [20295 / 63339]
うろ覚えで申し訳ないんだけれど
数年前に大洋漁業の関係者へのインタビュー記事があって
そうそう、判らないといけないので先に補足しておくと
現在は横浜ベイスターズって言ってるけれど
以前は大洋漁業がオーナーで大洋ホエールズって言ってたんだ。
その会社へ捕鯨が再開できたら、また乗り出すのかって?
って質問に経済的観点から難しいって答えていた。
プロ野球球団を持っていたほどの財務体質の会社がだよ。
貴君の言うように新たな鯨の付加価値が発見されれば別かも知れないけど
さあ、来年から商業捕鯨してもいいですよ。
どんどん獲っちゃってくださ〜い!
と言われても、なかなか乗り出せないのが現状ではないでしょうか。
莫大な支援をすれば別だけど、それって国策的にどーなの?
って疑問を多くの人が感じるのじゃないかな?
お年寄りに楽しみを与えたり、急病の人の命を救ったり
150億円もの予算があればいろんなことができるしね。
実際にはそれ以上の予算が使われてるみたいだから
もう一度、現状の見直しってしても良いんじゃないかな?
勿論、捕鯨も大切なことだから一円も使うな!って言ってるんじゃないよ。
遠洋商業捕鯨が成り立たないのに、そこに予算を使うよりも
違う方向で予算を使った方がいいんじゃないの?ってことなんだ。
近海捕鯨ができなくなって廃れた漁村の復興とか
鯨に密着して生きてきた人たちを支えることも大事なんじゃないのかな?

Re: vanilla_taste1 氏へ

投稿者: fvmariendorf 投稿日時: 2008/04/11 16:04 投稿番号: [20294 / 63339]
えっ!!
コレってHPの作成、維持管理に5億円や12億円も
使用しているって意味ですか?
vanilla_taste1さん、提示ありがとうごさいます。
150億円というのは平成18年の調査捕鯨予算見込みとして発表されたもので
収入   146億    支出   152億   となっていたものです。
確かに外郭団体などの予算を入れればこれより大きなものになるのは確実です。
それにしてもHPに12億とは‥。
開いた口が塞がりません。
捕鯨賛成であっても、このような省庁の予算の使い方には
疑問や憤りを感じるのではないでしょうか。
これが事実なら捕鯨賛成派の方はどう感じるのでしょうか?

Re: 韓国の偶然鯨 年間400頭以上

投稿者: anti_whaling_business 投稿日時: 2008/04/11 16:01 投稿番号: [20293 / 63339]
警察が摘発するケースは銛が刺さっているケースですね。
他の魚を捕ろうとして間違って鯨が網に入り窒息死した場合が混獲。
混獲の場合は捕鯨目的のものと違ってからだの傷が網に擦れた程度しかない。
混獲の場合は市場の存在する韓国では堂々と売ることが出来る。
でも網自体貴重で高価なものだから暴れだしたら銛を打ち込んでしまう。
あらかじめ用意しなければ付かない様なゴツイ銛の跡、それも急所に。
これが現実ですよ。

つまり偶然に網に入って溺れ死んだということを主目的に漁に出るのです。

日本でも似たケースはあります、例えば場所は明かせませんが国立公園内で猪が大量発生しているような場所があります、当然猟はできませんがハイカーが弁当を食べているところに擦り寄ってくるような動物です。
密猟者も逮捕は嫌だから頑丈な四駆で撥ね殺してしまうんですね。
で、きちっと警察関係に届ければ処理は撥ねた人持ちで話が進む。
跳ねた人は獣肉扱いの肉屋に依頼してもかまわない。
ところが、プロがするようにきっちりと血抜き処理をしているから数回は警察も偶然と見逃してもいつまでもは・・・・・
これと同じだね。

日本では混獲はあまり出ないですね。
たまーに体長5メートル以上のホオジロザメなんて網にかかり大騒ぎするくらいですから。
ましてその何倍、何十倍の巨体なんてそれを目的にしないと捕れません。

要はいいものになると1,000万ウォン以上にもなる鯨を日本まで危険を冒して密漁に来る漁師が見逃すはずがないということです。

正々堂々と捕鯨を主張する日本と違って韓国のチョンバレの偶然捕鯨は目の上のたんこぶでしかありません。

陰に隠れてコソコソするのは伝統なんでしょうか?

Re: victory_usher 氏へ

投稿者: victory_usher 投稿日時: 2008/04/11 15:56 投稿番号: [20292 / 63339]
う〜ん難しい事を聞くね

まず規制を受ける前はどう成り立っていたかだね

日本は鯨を余す事無く利用していたからね

加工によってどの様な商品が生まれるか

今後の課題の一つだろうね

民間には此れからも商魂たくましい方々が

出て来ると思うから

Re: victory_usher 氏へ

投稿者: fvmariendorf 投稿日時: 2008/04/11 15:48 投稿番号: [20291 / 63339]
捕鯨は文化でもあると認識しています。
ですから捕鯨そのものは続けるべきだって思っているのですよ。
日本の中でも地方地方にその得意とする産業や特産品があり
それをお互いに融通しあって、うまく消費が成り立っている訳です。
それを地球規模に拡大しても良いでしょう。
勿論、食品が戦略の一環であることは認識していますから
自給率の向上は改善しなくてはなりません。
最近の日本沿岸の鯨の増加をみていると
近海捕鯨を解禁して、さらに不足する分を輸入しても
なんとかなるんじゃないかって気がしてきているのです。
交渉が下手な我が国の外務省には頭を抱えてしまいますが
農水省と上手く連携して何らかの政策的利益を上げるのも手かも知れません。
ところで、貴君は商業捕鯨が今から遠洋に於いて
民間ベースで成り立って行くものとお考えですか?
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