昭和初め頃東京には鯨食の習慣は無かった
投稿者: r13812 投稿日時: 2008/04/12 00:36 投稿番号: [20347 / 63339]
母に聞いた話です。若い時分東京にいたころ、つまり、昭和の初めのころです。
お世話になった方へのお礼にと五島の人が、鯨肉を持って上京してきました。まだ下関と門司を船で渡る時代でした。
おそらくは樽か箱に氷詰めして、抱きかかえるようにして夜行列車から東京駅を降りたことでしょう。
お刺身として東京の人に喜んで食べて貰おうとの好意からです。ところが、好意と努力は全く報いられなかったのです。東京には地方出身の方もおいででしたでしょうに。かれは落胆し、これほどの珍味が毛嫌いされようなどとは、国許では思いもかけませんでした。
鯨が全国に普遍して食べられるようになったのは、戦後の欠乏した食料事情によるのだと思います。また学校給食が肩を貸しました。
わたしは沿岸ものの鯨を食べたし、捕鯨にたいして身にしみて充分理解があります。先祖の生業でしたから。また生姜醤油で鯨の百尋(腸を茹でたもの)をもう一度食べたいものだ、とも思います。しかし、限られた範囲での捕鯨が再開されようとも、世にいう美食家たちと貪婪な商売人のため、マグロのように高値となることを危惧します。
30年代末にハーゲンベック移動動物園で見た光景を覚えています。芸をするライオンは牛肉を、芸も教えられずに寝転んでばかりいるいるライオンには鯨肉でした。既にそのころ、南氷洋で捕れた冷凍鯨肉の商品価値は牛肉較べて甚だしく下落しておりました。
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これは メッセージ 1 (topics_editor さん)への返信です.
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