イラク戦争
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武装勢力を支持する部族と反対する部族の戦
投稿者: imonoyamashotengai 投稿日時: 2005/09/08 00:21 投稿番号: [4803 / 5091]
アルジャジーラ(2005.9.7)日本時間午前3時放送
「シリア国境の近くにあるカイムでは、二つの部族の間に激しい戦いが
ありました。
一つの部族は武装勢力をサポートし、もう一つの部族は反対しています。
その戦いによって住民が街を出ました。今は武装勢力が街を支配しています」
等しくスンニ派地域であっても、一枚岩ではないのですね。
<部族間の対立>というモメントと<武装勢力>というモメントと、
それも更に組み合わさっているのですね。
このケースがそうなのかは全く分かりませんが、
最近は、武装勢力、特に外国からの無差別テロを行っているアルカイダ系と
思われるグループと地元部族が戦うというニュースを前にも聞きました。
私は、無差別テロを行うグループとは断固戦うべきだと思っていますので、
地元部族が、無差別テロを行うグループと戦うのなら支持します。
これは メッセージ 89 (imonoyamashotengai さん)への返信です.
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「見ることの塩」四方田犬彦(セルビア編)
投稿者: imonoyamashotengai 投稿日時: 2005/09/07 23:39 投稿番号: [4802 / 5091]
10年、20年経って、旧ユーゴ諸国全てがEUに加盟した時、
全ての旧ユーゴ諸国の間に横たわっていた境界がもう一度廃棄されることになる。
「人々は気づくことになるのだ。あの時あれほどまでに大きな犠牲を払って
勝ち取ったそれぞれの共和国の境界線など、何の意味もなくなってしまった
ということに」
コソヴォには廃墟となった工場地帯が続いている。
以前はセルビア人が技術者として働いていたのだが、アルバニア人の労働者だけ
になってしまった時、機械のメンテナンスが困難となって多くの工場が閉鎖も
同然になっている。病院も同じ状況だという。
「これまで旧ユーゴ時代に工場や病院といった職場で、アルバニア人がセルビア
人と比べていかに低い地位しか与えられず、技術者として専門的な訓練研修を
受ける機会から遠ざけられてきたかという事実をも物語っていた」
セルビアは難民大国だ。百万人を超えるセルビア人難民が、
ボスニアとコソヴォから、セルビア本国に避難してきた。
しかし、セルビア本国人と難民との間には、深い溝が存在するようだ。
「同じセルビア人であるにもかかわらず、難民達は周囲から孤立して暮らして
いた。難民達は仕事を見つけることもままならず、ただ援助物資を
宛がわれては無為の日々を送っていた」
コソヴォ紛争におけるロマの悲惨。
「セルビア人とアルバニア人の双方から残虐行為に手を染めるよう強要され、
その結果、いずれの側からも軽蔑と憎悪を向けられてきた」
「民族と宗教の違いが戦争の原因となったのではない。戦争によって引き起こ
された異常な状況が、エスニックな自己同一性を人々に準備させたのである。
敵との対立関係を通して新しいアイデンティティを与える。それが民族であり
宗教であった」
「民族とは、近代19世紀に考案されたものであり、神話的起源や英雄叙事詩は、
民族の発明の歴史性を隠蔽し、それを偽りの永遠の相のもとに顕彰する目的で
援用されている物語にすぎない」
「他者を暴力に満ちた野蛮と見立て、それを鏡像としてみずからの美化と神聖化
へと向かうものたちが、現実にはその場所に野蛮と暴力を導入している」
ある犠牲者が、かつて別の場所では加害者であったのであり、
ある加害者が、かつて別の場所では犠牲者であったのだ。
そういう意味において、確かに「見ることの塩」である。
目に入ってくる現実は、次から次へと目に塩をすり込むかのような
悲痛な現実ばかりである。
それも、単純な悲劇ではない。
悲惨が多重構造になっている。
筆者はそれを「入れ子構造」と呼んでいる。
ユダヤ人、パレスチナ人、セルビア人、クロアチア人の間で
更にその内部で差別・抑圧が「入れ子構造」になっている。
出身地別、階層別、性別等々の要素によって更に階層構造が繰り返されていく。
しかし、悪無限と思える「入れ子構造」も無限ではない。
その「構造」を解明し、分析しなければならない。
分析し、解明し、認識しなければならない。
「見ることの塩」は、その営為を背後で衝き動かすものへと
昇華されるのでなければならない。
これは メッセージ 4716 (imonoyamashotengai さん)への返信です.
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「見ることの塩」四方田犬彦(イスラエル編
投稿者: imonoyamashotengai 投稿日時: 2005/09/07 23:37 投稿番号: [4801 / 5091]
「ユダヤ人一般など存在せず、誰もがきわめて細かな区分法によって
分類されていた」
「職業のみならず、食事作法、音楽、微妙な言葉遣いなどによって、
互に隔てられていた」
イスラエルのユダヤ人は、東欧系のアシュケナジーム、
地中海沿岸のスファラディーム、イスラム諸国からのミズラヒーム、
それぞれが更に細分化していく。
ルーマニア系、モロッコ系、エチオピア系、イエメン系、
ロシア系、グルジア系等々。
世界遺産に認定された「白い街」テルアビブ。
アシュケナジーム系の豪華なマンション群。
その隣のミズラヒームの居住地は公園等で囲い込まれて完全に遮断されていた。
(その設計の目的は書物に記載されていた)
慎ましやかなイエメン系集落。
ある一角だけが妙に寂しい。
調べてみると、1948年までアラブ人の住居であった地区だった。
テルアビブは無人の砂漠に零から建設されたという神話も偽りだった。
中国人情報誌やフィリピン人情報誌の売られている外国人労働者街。
皮肉にもシオニスト・ヘルツルが『古くて新しい国』で夢想した世界中の言語が
語られるコスモポリタンな商業都市の姿に最も近しい。
「刑務所に入獄中のユダヤ人の八割はミズラヒーム」
その「最下層のモロッコ系が、その六割」
内通が発覚して私刑に処されたパレスチナ人の数は、
2000年前後には一年に150人から200人に達している。
私刑による死者の数はイスラエル軍によって殺害された者の数を凌駕している。
本当に民主的な判定の下に処刑されたとは到底思えない。
「内通者の中における女性の割合と意味」について筆者は考察している。
イスラム社会における家父長制、女性の「名誉の殺人」
共同体から性的・道徳的に逸脱していると『みなされた』女性は、
それだけで内通者と見なされ、私刑の対象となる。
更には、イスラエル側もまた女性を意図的に内通者のターゲットにする。
これらの多くの要因がある。
第一次インティファーダから1993年までの七年間に、記録によると、
107人の女性が私刑で殺害されているそうだ。
その内81人までがガザで生じていることは、イスラム各派の力関係が
処刑に際して大きな要素であることを物語っていると著者は述べている。
これは メッセージ 4677 (imonoyamashotengai さん)への返信です.
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「アッラーの花嫁たち」②
投稿者: imonoyamashotengai 投稿日時: 2005/09/04 00:15 投稿番号: [4800 / 5091]
2004年3月、チェチェンのナウル地区でFSBに連行され、尋問された時、
筆者はナウル地区FSB長官セルゲイ・ウシャコフ氏に尋ねました。
スカウトを行ったり、テロ行為の組織に携わっている人々を
把握しているのに、何故無傷のまま放っておくのですかと。
「なぜなら、自分達にはそうするように指令が下っていないからだ」
「つまり、この戦争が依然として誰かにとって必要なものだ、
ということでしょうか?」
FSBのプロパガンダ
「敵はバケモノ、魔法使い、狂信者の域に高めなければならない。
その敵としつこく、そしてたいした結果を得ずに戦うために」
もはや民族独立という当初の大義などなかったかのようです。
チェチェンの『汚い戦争』を続けることに利益を見い出す者達。
産軍複合体。軍部。
そして、第二次チェチェン戦争とともに発足したプーチン政権。
「強いロシアの復活」を掲げ、強権的政治を断行しています。
国民も高い支持率でこれに応えています。
しかし、利益を得るのはロシア側だけではありません。
独立派武装勢力の内、原理主義過激派は、テロを繰り返しています。
イスラム諸国からの経済的・政治的・軍事的支援を得ています。
「戦争」を続けている限り、支援を受けられます。
そして、被害を被り続けているのは、チェチェンの一般市民と
ロシアの一般市民です。
チェチェンの一般市民はロシア軍の凄惨な掃討作戦により、
ロシアの一般市民は無差別テロにより。
無差別テロ事件の背後には、ロシア当局がいるという証拠はありません。
しかし、少なくとも、関与しているという証拠はいくつか出てきています。
関与していることはほぼ確かなようですが、だからといって即、黒幕と
断定することもできません。
スパイを送り込んでいるとか、より大きな獲物(バサーエフ等)に近づく為の
スパイとか、あるいは二重スパイということもあり得ます。
ロシア当局の思惑は分かりませんが、少なくとも「黙認」しているか、
泳がせているか。
あるいは、積極的に利用したり、ある場合は自らプロモートしているかも
しれません。
ロシアでテロが続く限り、国民はプーチンによる強権的な政治支配体制を
支持してきました。
「テロとの戦い」という口実で、FSBを実体的基礎とした強権的支配体制が
構築されてきたのです。
政治には裏取引や謀略がつき物です。
しかし、そんなものは普通は白日の下にはさらされません。
しかし、本書の筆者やアンナ・ポリトコフスカヤ等、極少数のロシア人の
良心的ジャーナリストの命懸けの取材によって、少しは垣間見えるようになって
きつつあるとも思います。
筆者は述べます。
「もしも掃討作戦がなければ、とっくの昔に
新しい決死隊を集めることなどできなくなっていたでしょう。
バーブ教徒はこの掃討作戦があることを利用しているのです」
「対テロ戦争」の名の下に、凄惨な掃討作戦が続き、一般市民達が
悲惨な目に遭わされ続けていること。
このことこそが、『汚い戦争』を続けられる<絶対的基礎>なのですから。
これは メッセージ 4799 (imonoyamashotengai さん)への返信です.
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「アッラーの花嫁たち」①
投稿者: imonoyamashotengai 投稿日時: 2005/09/04 00:14 投稿番号: [4799 / 5091]
「黒衣の寡婦」「黒衣の未亡人」
チェチェンの自爆テロ犯の女性達は全世界で有名となってしまいました。
戦争やロシア軍の凄惨な掃討作戦で夫や子供を失って、絶望し、
自爆テロに走る。
私はそのようなイメージを持っていました。
しかし、この本を読んで、私のイメージは正確ではなかった、
いや、むしろ誤った認識であったと自覚させられました。
筆者は、自爆テロ犯となる女性を二つのグループに分類しています。
自らの内発的意思で実行犯となる者と
スカウトされ、家から連行され、訓練により実行犯に仕立てられていく者とに。
後者には更に、場合によっては、拷問、レイプ、輪姦、薬物投与まで行われたと
筆者は書いています。
場合によっては遠隔操作の爆破も行われました。
家族は当然知っていますが、拒めません。
ちなみに、それなりの報酬も受け取っているようです。
いずれの場合も、犯行をバックアップするかなり大掛かりな組織が
存在しない限り、実行できる筈がありません。
「不幸な女性」を見つけ出し、近寄り、宗教活動へ誘い、
宗教書を読ませ、宗教音楽で精神を高揚させ、実家から連れ出し、
あるいは、「結婚相手」をあてがい、訓練する。
これらの活動に、半年から一年以上は掛かるでしょう。
決行前にチームが集結し、ロシアへ行き、実行行為者の側で遠隔操作の
起爆装置のスイッチを握りながら、最終チェックを行う。
「彼女たちが人を殺しているのではありません。
彼女たちを使って人が殺されているのです」
「全ての宗教的な基盤、全てのジハードの理念、つまりイスラムの聖なる戦いの
理念は、チェチェンにおいて本末転倒してしまいました。そこにはもはや汚い
もの以外、何も残されていません。脅迫と、拉致と、性的な暴力と、女性達が
それを飲まされた上で死へと送られる向精神薬以外は」
「多くの場合、この若い女の子達の父親は何が起こっているかを知っていますが
彼には為す術はありません。なぜなら彼自身、この社会の一員だからです」
「娘を連れ出した男は警察の制服を着ていました。
特別通行許可証を所有していました」
特別通行許可証は、連邦保安局(FSB)、内務省、国防相の人間しか持ち得ない。
自爆テロ犯となる女性を実家から連れ出すスカウト・チームの一員
ルスラン・エリムルザエフは、チェチェン共和国内務省で働いた後、
英国・米国の諜報局の部署の一つである爆発処理班”HALLO-TRAST”という
組織で顧問として働いた。
2002年、国連の安全保障局の助手となり、国連職員の身分証明書を所持し、
UNというマークの付いたオフロード車で移動
2003年、FSBが主導権を握るチェチェンのテロ防止作戦本部員が持つ
特別通行許可証を所持
モスクワで、”プリマ・バンク”の警備隊長
これは メッセージ 4768 (imonoyamashotengai さん)への返信です.
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「アッラーの花嫁たち」
投稿者: imonoyamashotengai 投稿日時: 2005/09/04 00:14 投稿番号: [4799 / 5091]
「黒衣の寡婦」「黒衣の未亡人」
チェチェンの自爆テロ犯の女性達は全世界で有名となってしまいました。
戦争やロシア軍の凄惨な掃討作戦で夫や子供を失って、絶望し、
自爆テロに走る。
私はそのようなイメージを持っていました。
しかし、この本を読んで、私のイメージは正確ではなかった、
いや、むしろ誤った認識であったと自覚させられました。
筆者は、自爆テロ犯となる女性を二つのグループに分類しています。
自らの内発的意思で実行犯となる者と
スカウトされ、家から連行され、訓練により実行犯に仕立てられていく者とに。
後者には更に、場合によっては、拷問、レイプ、輪姦、薬物投与まで行われたと
筆者は書いています。
場合によっては遠隔操作の爆破も行われました。
家族は当然知っていますが、拒めません。
ちなみに、それなりの報酬も受け取っているようです。
いずれの場合も、犯行をバックアップするかなり大掛かりな組織が
存在しない限り、実行できる筈がありません。
「不幸な女性」を見つけ出し、近寄り、宗教活動へ誘い、
宗教書を読ませ、宗教音楽で精神を高揚させ、実家から連れ出し、
あるいは、「結婚相手」をあてがい、訓練する。
これらの活動に、半年から一年以上は掛かるでしょう。
決行前にチームが集結し、ロシアへ行き、実行行為者の側で遠隔操作の
起爆装置のスイッチを握りながら、最終チェックを行う。
「彼女たちが人を殺しているのではありません。
彼女たちを使って人が殺されているのです」
「全ての宗教的な基盤、全てのジハードの理念、つまりイスラムの聖なる戦いの
理念は、チェチェンにおいて本末転倒してしまいました。そこにはもはや汚い
もの以外、何も残されていません。脅迫と、拉致と、性的な暴力と、女性達が
それを飲まされた上で死へと送られる向精神薬以外は」
「多くの場合、この若い女の子達の父親は何が起こっているかを知っていますが
彼には為す術はありません。なぜなら彼自身、この社会の一員だからです」
「娘を連れ出した男は警察の制服を着ていました。
特別通行許可証を所有していました」
特別通行許可証は、連邦保安局(FSB)、内務省、国防相の人間しか持ち得ない。
自爆テロ犯となる女性を実家から連れ出すスカウト・チームの一員
ルスラン・エリムルザエフは、チェチェン共和国内務省で働いた後、
英国・米国の諜報局の部署の一つである爆発処理班”HALLO-TRAST”という
組織で顧問として働いた。
2002年、国連の安全保障局の助手となり、国連職員の身分証明書を所持し、
UNというマークの付いたオフロード車で移動
2003年、FSBが主導権を握るチェチェンのテロ防止作戦本部員が持つ
特別通行許可証を所持
モスクワで、”プリマ・バンク”の警備隊長
これは メッセージ 4768 (imonoyamashotengai さん)への返信です.
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「映像で読み解く中ロ軍事演習」NHKBS
投稿者: imonoyamashotengai 投稿日時: 2005/08/31 00:31 投稿番号: [4798 / 5091]
(2005.8.30)
演習:8/18〜8/25までの8日間
・ウラジオストック:図上演習
・山東半島:実戦演習
・ミサイル駆逐艦などを使った、相手国の艦船を止める海上封鎖
・揚陸艦と水陸両用車を使った上陸演習
・戦闘用車輌を輸送機からパラシュートで降ろす演習
・中国
:8000人
・ロシア:1800人
江畑謙介氏は、
・A-50:早期警戒管制機(半径400キロ)
・杭州級駆逐艦:対艦ミサイル(射程120キロ、マッハ2)
・Tu-22Mバックファイアー
中国からすると、
新しい兵器システムの実際の使い方を見て、それを学びたい
というのが大きな目的
ロシアからすると、
・兵器販売と
・今後の対米関係、米の一極支配への対抗
という両面のバランスを微妙にとった
・上海協力機構のメンバーもオブザーバー参加
「中国と軍事ブロックをつくるつもりはない」(イワノフ国防相)
江畑氏は、
「ロシアには、二律背反的な所があって、兵器は売りたい、
他方、
・長い中ソ対立があった、長期的にまた対立関係にならないとも限らない
・かつて、中ソ対立前に軍事援助した兵器を、中国がコピーした」
「台湾などに脅威を与えるものではない」(ラムズフェルド国防長官)
これは メッセージ 4777 (imonoyamashotengai さん)への返信です.
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「なぜ、民主主義を世界に広げるのか」③
投稿者: imonoyamashotengai 投稿日時: 2005/08/29 17:37 投稿番号: [4797 / 5091]
氏の本来の主張は、
・従来の支援は独裁国家の延命に手を貸していただけという認識に立ち、
・支援に国内改革をリンケージさせる、
というものだった筈です。
この本来の方針には全面的に賛成です。
そして、その全過程に<民主主義><自由主義><人権主義>が貫徹されねば
なりません。そうでなければ意味がありません。
テロリズムにテロリズムで答えてはなりません。
毒をもって毒を制してはなりません。
自爆テロは無差別に市民をターゲットにしているが、イスラエルの軍事攻撃は
テロリストをターッゲットにしているという明確な違いがあると筆者は述べて
います。
街中で自爆すれば、テロ行為で、
街中にミサイルをぶち込んでも、テロ行為ではないということでしょうか。
確かに、自爆テロは無差別テロです。断じて許せません。
しかし、イスラエルは、テロリストを攻撃するということで、
街中に、喫茶店に、繁華街に止めてある乗用車に、ミサイルをぶち込みました。
当然、その周囲にいる無実の一般市民にも被害が及ぶことは予め分かり切って
います。
確かに特定の対象を狙っているという意味に於いては<区別性>が存在します。
しかし、無実の市民に死傷者を出しているという意味に於いては<同一性>を
有しています。
しかもより厳密に言うとテロリストではなく、「テロの容疑者」です。
「テロの容疑者」を逮捕・拘束するのではなく、いきなりミサイルをぶち込む
ということ自体が、民主主義の原則に反しています。
更には、無実の一般市民にまで、死傷者を生み出したのなら、
民主国家を自称するなら、
①謝罪、補償、賠償
②実行行為者や関与者を罰する
これらのことを行わなければならない筈ではないのですか?
私は、無知にして、イスラエルやアメリカが、そのようなことを行っている
ことをまだ知りません。行っているのですか?
行っていないのなら、どういう根拠で、行わなくてもよいということなの
でしょうか?
「誤爆」「付随的被害」という名称を付ければ、まるで何かが免罪されるとでも
言うのでしょうか。
しかも、数人という規模ではなく、数千人、数万人という規模で行われて
います。
被害者の親族等の多くが、等価報復の論理で、復讐に燃えて、テロリストに
なる、あるいは、テロリストのシンパになっても、私は理解はできます。
「付随的被害」が小さいと賞賛までしていることに対して、
私は著者に怒りを覚えずにはおれません。
民主国家の非民主的な行いを、民主的に議論できることは、
民主主義の素晴らしさの一つだと思います。
独裁国家なら全ては闇から闇へと葬り去られていきます。
一般市民には、そんな権力側に都合の悪い情報は、ほとんど知り得ませんでした。
現在の高度情報化社会では、もはや完全には隠蔽することは無理でしょう。
それは、独裁国家死滅の技術的基礎であり、客体的条件の一つを為すと思います。
しかし、問題は、
<民主国家の非民主的は行いを、民主的に処遇する>ということです。
それができないのなら、大げさに言えば、民主主義の死です。
少なくとも、相手側の反攻を否定する論理も倫理も失ってしまいます。
「対テロ戦争」の名の下に、空爆や掃討作戦等で、一般市民への甚大な被害を
生み出してしまっていることは、客観的事実です。
この「民主国家の非民主的な行い」とそれを「民主的に処遇していないこと」
このことこそが、テロリズムを延命を助長し、テロリズムの蔓延を助け、
テロリズムの撲滅を阻害している<民主社会の側の主体的根拠>であると
思います。
これは メッセージ 4796 (imonoyamashotengai さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/552019567/a5a4a5ia5afc0oah_1/4797.html
「なぜ、民主主義を世界に広げるのか」②
投稿者: imonoyamashotengai 投稿日時: 2005/08/29 17:36 投稿番号: [4796 / 5091]
現実には、米軍やイスラエル軍の軍事行動に於いて、一般市民にも被害が及んで
いることを認め、それには否定感を述べつつも、むしろ、民間人への被害が
少ないことを誇示すらしています。
これには驚きました。
民主化の実現の過程で生み出される個々の局面に於いて、民主主義、人権は
貫かれなくともよいということになってしまっています。
それを、「イスラエルは戦時下の民主主義」と説明しています。
しかし、それは言い訳になりません。
これは、紛れもなく腐敗です。
<民主主義が理想>だというのなら、その実現過程全てにおいても
民主主義が貫かれなければなりません。
そうでないものをいくら積み重ねても、それは少しずつ違ったものが
積み重なっていかざるをえません。
否、むしろ、手段が汚れていれば、その汚れた手段の積み重ねによって
実現される理想自体が、汚れたものにしかならないということです。
論理的には、個々の手段に目的が内在していない限り、
理想的目的は実現し得ないということです。
<目的>は<手段>を浄化しないのです。
テロリズムは断固否定すべきです。
無差別テロを行った者がテロリストです。
断固処罰しなければなりません。
しかし、民主主義を自認するなら、
殺害するのではなく、逮捕・拘束・民主的な裁判で裁くとなる筈です。
そうしなければ、それは民主主義の名に値しません。
(勿論、相手がテロリストであれば、逮捕・拘束時に銃撃戦となって)
(致し方なく殺害してしまうということはありえますが)
しかるに、武装ヘリから、街中にミサイルを発射して殺害する。
しかも、周囲の無実の民間人まで被害が及ぶということが、
予め分かり切っているにもかかわらず。
こんな行為は民主主義でもなんでもありません。
残虐行為です。
家屋を次々と破壊し、農園を次々と破壊し、何時間も検問所に並ばせ、
壁を建設し、入植地を増加させている。
これらのことこそが、パレスチナの人々にイスラエルへの評価を生み出している
のです。
「いや、法的根拠がある」と反論するのでしょうか?
ソ連が氏を監獄に送った法的根拠はありますよ。
では、法的根拠に従えとは言わないでしょうね。
「独裁国家の法的根拠」と「民主国家の法的根拠」は違うのだと氏なら
述べるのでしょうね。
では、その「民主国家の法的根拠」に基づいて、パレスチナの人々に日々強いて
いることは、正しいと主張するのなら、
「民主国家の法的根拠」に対して、考え方が対立しているということですね。
2002年のジェニン難民キャンプの事件では、イスラエル軍の行動を絶賛して
います。
絶賛する程、素晴らしい行為であったのなら、
では何故国連の調査を受け入れなかったのでしょうか。
当事者による報告だけを一方的に信じろということでしょうか。
報道の自由という氏の主張と矛盾しています。
『対テロ戦争』の名の下に、一般市民に多数の被害を被らせているということが
テロリズムの延命と拡大に手を貸してしまっているのです。
テロリストへのシンパシーを生み、テロリスト予備軍を日々生産しているのは、
イスラエルの占領政策そのものです。
アラブ諸国のほとんどが独裁国家であるという認識にも全面的に賛成です。
中東民主化にも全面的に賛成です。
テロリズムを撲滅させることにも全面的に賛成です。
問題は『中東の民主化のさせ方』『テロリズムの撲滅のさせ方』にあるのです。
氏の主張するように、これまでは、独裁者の支配を強化させるような国際的な
支援しかしてこなかったという現実を真摯に受け止めなければならないと
思います。
しかし、その反省の上に立った行為が、イラク戦争とイスラエルの占領政策
ですか?
とんでもない大間違いですね。
現実には、テロリズムに火に油を注ぎ込んでいます。
これは メッセージ 4795 (imonoyamashotengai さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/552019567/a5a4a5ia5afc0oah_1/4796.html
「なぜ、民主主義を世界に広げるのか」①
投稿者: imonoyamashotengai 投稿日時: 2005/08/29 17:35 投稿番号: [4795 / 5091]
民主国家の非民主的な行為を民主的に処遇できるかどうかが民主主義の生命線
ナタン・シャランスキー氏(57歳)
旧ソ連(ウクライナ)で生まれたユダヤ系市民。
反体制運動家。
サハロフ氏の英語通訳を務める。
1977年国家反逆罪で逮捕・投獄。
9年間のシベリア獄中生活。
「圧政国家は国民を抑えつける為に莫大な力を必要とする。
だから実は弱い国家であり、いつかは崩れるものだ」
1985年、レーガン・ゴルバチョフ会談
「シャランスキーを閉じ込め続けるなら信頼関係を築くことはできないですね」
翌年釈放。その日の内にイスラエルに移住。
『収容所列島』であった、独裁国家ソ連で、反体制活動を行って投獄された
ということに対して、私は、深い敬意を表明します。
独裁国家と闘うことが、そして、必ず勝てるんだということが、
彼の強固な実存的支柱だと推測しています。
氏の主張は、
①現代世界を二種類に分類する。
「さまざまな濃さの灰色が存在する自由世界」「民主主義国」と
「恐怖世界」「独裁国家」「非民主的国家」
②その二種類を分類する基準は、
「町の広場テスト」:広場の真ん中で、逮捕や投獄や身体的危害の心配なしに
自分の意見を発表できる権利が認められているかどうか
③しかるに、西側諸国は、デタントと称して、ソ連圏の延命を手助けしてきた。
これは、ソ連圏で戦っている者達への裏切りだ。
④ソ連圏を崩壊に導いたものは、デタントを放棄し、
・74年ジャクソン=バニク修正条項:対米貿易で最恵国待遇を受けられるか
どうかを、その国の政府が自国の市民の移住の権利を保護しているか否かに
リンクさせた
・75年ヘルシンキ条約・ヘルシンキグループ
・81年レーガノミックス
③については、全面的に賛同します。
米ソデタントによって、ソ連圏で苦吟する人々を裏切ってきたと全く同感です。
しかし、④については、手前味噌ですね。
確かにソ連からユダヤ人を出国させる運動は、ソ連の独裁体制をこじ開ける
きっかけのひとつとなったとは思いますが、過大評価もいけません。
1956年ハンガリア革命
1967年プラハの春
1980年代ポーランド連帯の労働者達の戦い
ソ連圏で苦吟する民衆は何度も立ち上がったのです。
ソ連は国家予算の半分以上を軍事費に回すという異常な経済構造であり、
共産党幹部ノーメンクラツーラという特権官僚層が汚職に腐敗しており、
マフィアも暗躍していた。
一般国民は労働意欲を喪失していた。
ソ連崩壊は、政治的・経済的・思想的、その総体において分析されなければ
ならないと思います。
⑤パレスチナ問題については、
西側の支援は、アラファト独裁体制を強化しているだけ
確かに、パレスチナ自治政府(PA)は腐敗しています。
幹部の汚職が蔓延し、民主社会ではなく、恐怖社会でした。
それを許しているのは、日欧米のアラファトへの支援であった点では同感です。
しかし、パレスチナの民衆の反イスラエル意識を、
独裁によるプロパガンダのみで説明している点は、認められません。
確かに、独裁によるプロパガンダという側面があることも確かです。
しかし、それは主要な原因ではありません。
イスラエルの占領が、日々、パレスチナの人々に行ったことそのものこそが
主要な原因です。
氏の主張によると、<独裁国家をどう打倒するのか>という方針として示されて
いるのは、自由国家が、独裁国家を単に支援しただけでは、独裁者の強化にしか
つながらないから、内部の民主化の進展とリンクすることということしか書かれ
ていません。
その方針に軍事的行動も含まれるかどうかも書かれていません。
しかるに、イラク戦争も、イスラエルの軍事行動も賞賛されています。
明らかに説明不足です。
いや、氏の主張の体系には、軍事行動は組み込めないのかもしれません。
これは メッセージ 4578 (imonoyamashotengai さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/552019567/a5a4a5ia5afc0oah_1/4795.html
「なぜ、民主主義を世界に広げるのか」
投稿者: imonoyamashotengai 投稿日時: 2005/08/29 17:35 投稿番号: [4795 / 5091]
民主国家の非民主的な行為を民主的に処遇できるかどうかが民主主義の生命線
ナタン・シャランスキー氏(57歳)
旧ソ連(ウクライナ)で生まれたユダヤ系市民。
反体制運動家。
サハロフ氏の英語通訳を務める。
1977年国家反逆罪で逮捕・投獄。
9年間のシベリア獄中生活。
「圧政国家は国民を抑えつける為に莫大な力を必要とする。
だから実は弱い国家であり、いつかは崩れるものだ」
1985年、レーガン・ゴルバチョフ会談
「シャランスキーを閉じ込め続けるなら信頼関係を築くことはできないですね」
翌年釈放。その日の内にイスラエルに移住。
『収容所列島』であった、独裁国家ソ連で、反体制活動を行って投獄された
ということに対して、私は、深い敬意を表明します。
独裁国家と闘うことが、そして、必ず勝てるんだということが、
彼の強固な実存的支柱だと推測しています。
氏の主張は、
①現代世界を二種類に分類する。
「さまざまな濃さの灰色が存在する自由世界」「民主主義国」と
「恐怖世界」「独裁国家」「非民主的国家」
②その二種類を分類する基準は、
「町の広場テスト」:広場の真ん中で、逮捕や投獄や身体的危害の心配なしに
自分の意見を発表できる権利が認められているかどうか
③しかるに、西側諸国は、デタントと称して、ソ連圏の延命を手助けしてきた。
これは、ソ連圏で戦っている者達への裏切りだ。
④ソ連圏を崩壊に導いたものは、デタントを放棄し、
・74年ジャクソン=バニク修正条項:対米貿易で最恵国待遇を受けられるか
どうかを、その国の政府が自国の市民の移住の権利を保護しているか否かに
リンクさせた
・75年ヘルシンキ条約・ヘルシンキグループ
・81年レーガノミックス
③については、全面的に賛同します。
米ソデタントによって、ソ連圏で苦吟する人々を裏切ってきたと全く同感です。
しかし、④については、手前味噌ですね。
確かにソ連からユダヤ人を出国させる運動は、ソ連の独裁体制をこじ開ける
きっかけのひとつとなったとは思いますが、過大評価もいけません。
1956年ハンガリア革命
1967年プラハの春
1980年代ポーランド連帯の労働者達の戦い
ソ連圏で苦吟する民衆は何度も立ち上がったのです。
ソ連は国家予算の半分以上を軍事費に回すという異常な経済構造であり、
共産党幹部ノーメンクラツーラという特権官僚層が汚職に腐敗しており、
マフィアも暗躍していた。
一般国民は労働意欲を喪失していた。
ソ連崩壊は、政治的・経済的・思想的、その総体において分析されなければ
ならないと思います。
⑤パレスチナ問題については、
西側の支援は、アラファト独裁体制を強化しているだけ
確かに、パレスチナ自治政府(PA)は腐敗しています。
幹部の汚職が蔓延し、民主社会ではなく、恐怖社会でした。
それを許しているのは、日欧米のアラファトへの支援であった点では同感です。
しかし、パレスチナの民衆の反イスラエル意識を、
独裁によるプロパガンダのみで説明している点は、認められません。
確かに、独裁によるプロパガンダという側面があることも確かです。
しかし、それは主要な原因ではありません。
イスラエルの占領が、日々、パレスチナの人々に行ったことそのものこそが
主要な原因です。
氏の主張によると、<独裁国家をどう打倒するのか>という方針として示されて
いるのは、自由国家が、独裁国家を単に支援しただけでは、独裁者の強化にしか
つながらないから、内部の民主化の進展とリンクすることということしか書かれ
ていません。
その方針に軍事的行動も含まれるかどうかも書かれていません。
しかるに、イラク戦争も、イスラエルの軍事行動も賞賛されています。
明らかに説明不足です。
いや、氏の主張の体系には、軍事行動は組み込めないのかもしれません。
これは メッセージ 4578 (imonoyamashotengai さん)への返信です.
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「シリアとレバノン」小山茂樹(東洋経済)
投稿者: imonoyamashotengai 投稿日時: 2005/08/27 16:58 投稿番号: [4794 / 5091]
少数派による強権支配と宗派主義の伝統社会の温存
1861年の国際会議で英仏は植民地経営の合意を行った。
レバノンでは、宗派主義政治の原型ができあがった。
後のタイフ合意の雛形だ。
仏は植民地分割支配という原則に則って、宗派間対立を巧妙に利用し、
少数派ドルーズ派とアラウィ派を政治的に利用し、典型的な分割統治を実施した。
少数民族から特別部隊を徴募し、軍事的道具として反乱の鎮圧や治安維持に
用いられた。
アラブ民族主義を初めて表明したのはレバノンのキリスト教徒詩人だった。
ベイルートの秘密会議で「立て、汝らアラブ人よ、目覚めよ」という詩を朗読した。
レバノンは、西洋にも開かれた窓、知識人の拠点でもあった。
少数派がコンパクトなマイノリティーコミュニティを形成
「密度の高い少数派社会」という特徴
混住していても区画は整然と区別され、交流も少なかった。
レバノンでは、特定地域への宗教的社会集団の集中の反面、
どの地区も一宗派に独占されないという集中と分散がみられる。
これにより、異宗派同士の相互寛容と不干渉主義を生み出した。
少数派アラウィ派のアサドは、急斜面に段々畑のある貧村に生まれた。
アラウィ派は貧困層であり、授業料の要らない軍学校に進んだ。
(封建的大土地所有制が支配的)
(アラウィの女子の多くは長期奉公に出ていた)
(まるで昭和初期の青年将校の郷里と境遇のようだ)
軍部は仏植民地支配の名残で、少数派が多かった。
また、少数派の側も貧困層が多かったので、軍部に進む者も多かった。
そして、軍部でそれぞれの派閥を形成した。
バース思想は、地方出身者の貧困層に支持層を得た。
「否定すべき伝統主義が、伝統主義を通してしか拡大・発展しえなかった
ところに、バース党運動の致命的限界があった」
「軍人の温床が地方農村であり、そこがスンナ派社会から疎外された宗教的
マイノリティ社会である以上、軍人とバース党とが結び付くのはこれまた
当然の論理であった。経済的貧困からの脱却と社会的アウトローからの脱出が
マイノリティ出身軍人の目的であれば、それにイデオロギーの論拠を与えたの
がバース党であった」
バース党独裁は、軍部独裁であり、その軍部は、アラウィ、ドルーズ、
イスマイリアなどの宗教的マイノリティが多数を占め、その少数性を補う為に、
更にその血縁、地縁、部族の結び付きを強めて、補強した。
「シリアのような宗派的・地域的・部族的社会では、イデオロギーを追求し、
宗派的・地域的・部族的忠誠心や結び付きを除去する為には、世俗的政権政党
内で権力を獲得しなけらばならない。しかし、その権力を維持していく為には
これらの伝統的忠誠心や結び付きに依存しなければならない。かくて問題は
悪循環となる」
治安機関マハバラートはアラウィ派で占めている。
1982年水車で有名な街ハマでムスリム同胞団と住民の大虐殺(五千〜一万)
(数百人に及ぶムスリム同胞団によるテロへの報復)
レバノンの選挙制度
複数性・一括性の組み合わせリストを選ぶ
地方の有力者のボス交で決まるという弊害
「議会制民主主義という近代市民の成果を維持する為に、
それと全く相容れない宗派主義の伝統社会の温存を図らざるをえなかった」
1952年為替変動相場制の導入という世界的先駆性
「宗派主義の各共同体が強い政府の出現を望まなかった」
「逆説的だが、宗派主義に基づく不確かな政治的安定こそが、
レバノンの経済発展の源泉であった」
「この社会は真の意味での社会ではない。
レバノンはセクトと社会的・宗教的コミュニティの集合体にしかすぎない」
「更にこの制度を固定化せざるをえなかった」
「貧富の格差が宗教的コミュニティの社会的地位の固定化と」関連
「シリアに与えられた行動の自由は、
米国主導の多国籍軍へのシリア参加の明らさまな報酬であった」
「米国はレバノンを取引の材料としたのである」
これは メッセージ 4749 (imonoyamashotengai さん)への返信です.
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イスラム神学校:パキスタン:アジズ首相
投稿者: imonoyamashotengai 投稿日時: 2005/08/26 03:35 投稿番号: [4793 / 5091]
イスラム神学校:パキスタン:アジズ首相インタビュー
NHKBS(2005.8.23(火))
7月20日イスラム神学校一斉捜索:600人以上を拘束
7月29日ムシャラフ大統領はイスラム神学校の1400人の外国人留学生全員を
国外退去させることを発表
神学校側は反発
アジズ首相とのインタビュー
「わずか数日滞在しただけで洗脳されたというのは単純すぎます」
「要因はイギリス社会と密接にかかわっていることは確かです」
「育ったイギリスでの環境」
<英捜査当局は容疑者の通話記録を提供し調査を依頼しましたよね>
「通話記録を基に、相手は特定しましたが、事件とは無関係でした」
<ロンドンのテロ事件に関与した人物は誰も拘束していないというですか>
「はい、していません」「関連性も見付かっていません」
「ロンドンのテロ事件に関与した人間は一人もいなかった、それが結論です」
最大都市カラチには、約千のイスラム神学校があります。
最も多くの留学生が学ぶ神学校を取材
学生数六千人
内250人が留学生(世界20か国から)
一部の留学生は自主的に退去しましたが、ほとんどの留学生は残っています。
「神学校を偽るテロの訓練所はあったかもしれない。
でもここは絶対にそんな場所ではありません」(留学生)
この神学校では先月まで毎週新聞を発行
記事のほとんどはアメリカがイスラム教徒に対してどれほど残虐な行為を
しているかが書かれています。
「イラクなどでのアメリカによる人権侵害の記事です」
先月、政府による神学校の取締の一環として発行禁止
「留学生の追放は絶対に認められません。
テロリストだというなら証拠を示すべきです」(校長)
<ムシャラフ政権も神学校に疑いを持っているからこそ、
留学生を国外退去させようとしているのではないんですか>
「いいえ。退去を求めたのには訳があります。
例えば彼らが帰国後どこかの国に対して危害を及ぼすような活動に走った場合
国際社会からパキスタンがテロに関与していたなどと不必要に非難されるのを
避ける為です」
<留学生全員を退去させることが本当にできるのですか>
「留学生の滞在を認めるかどうかは政府の方針次第です。
外国人は政府の許可がなければ滞在することはできないのです」
これは メッセージ 4788 (imonoyamashotengai さん)への返信です.
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見てくれ
投稿者: chiba_ukyo 投稿日時: 2005/08/26 00:19 投稿番号: [4792 / 5091]
<毎日新聞
2005年8月25日
東京夕刊>
選挙:衆院選
元レバノン大使・天木直人氏が出馬へ−−神奈川11区
◇「さらば小泉純一郎!」著者
03年3月のイラク戦争開戦を支持した日本政府を批判し外務省を退職した元レバ
ノン大使、天木直人氏(58)が、30日公示の衆院選に小泉純一郎首相の地元、神
奈川11区(横須賀、三浦市)で無所属での出馬を決めた。26日に表明予定で、天
木氏は「会見して決意を明らかにしたい」と話している。郵政民営化を争点にしたい
首相に、イラク戦争での責任を追及する構えだ。
天木氏は69年外務省に入省。01年にレバノン大使に就任した。開戦前後に2
回、川口順子外相(当時)あてに「戦争回避のため最後まで外交努力をすべきだ」な
どと訴えた公電を打電、全在外公館にも転送した。その後外務省から勇退を求めら
れ、03年8月退職した。同省は「意見具申と退職は無関係」としている。
天木氏は退職後、外交評論家として米国寄りの外交政策を批判する執筆活動などを
続けている。「さらば小泉純一郎!」などの著書もある。
これは メッセージ 1 (topics_editor さん)への返信です.
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プーチンの官製青少年組織ナーシ(友軍)
投稿者: imonoyamashotengai 投稿日時: 2005/08/23 22:22 投稿番号: [4791 / 5091]
「プーチン
若者
官製組織」で
Yahoo! と Google で検索してみました。
http://zarya.blog6.fc2.com/blog-entry-71.htmlhttp://zarya.blog6.fc2.com/blog-entry-128.htmlhttp://musume80.exblog.jp/i11「ナーシ」は、全国30支部から、
高校生ら約6万人のメンバーをモスクワに集めて
“旗揚げ興行”の街頭行動を決行、
圧倒的な動員力を誇示した。
「諸君らは、ファシストの集会を分散させ、非合法クーデターの企てに
物理的に対抗するための備えができていなければならない」
う〜ん、プーチン版紅衛兵とか、
ヒットラーユーゲントとかという文字が躍っていますね。
グルジア、ウクライナ、キルギスとアメリカからの
『民主主義革命の輸出』にいいようにやられっ放しですからね。
当然、どう対抗するかという真剣勝負ですからね。
国家間レベルでは、上海6の安全保障協議化
ウクライナのように、若者のデモ、集会に対抗する、あるいは、
ぶつける実働部隊という目的でしょうね。
プーチンの体制に「ファシズム」という修飾語を付ける人も多いのですが、
私には分かりません。
少なくとも、政治・経済構造を社会科学的にしっかりと分析し、
それに基づいて規定している人を知りません。
ファシズムとは言えないと言っているのではありません。
そうかもしれませんが、何故そう規定できるのかを分析し、規定することなしに
言わば、ムード的にそう規定することには納得できないだけです。
「KGBを実体的基礎として強権的政治支配体制」だとは思っています。
更に、ヒットラーユーゲントを彷彿とさせるような
官製若者組織が加わったということですね。
国内的にも、ナショナル・ボルシェビキ党等若者中心の反政府運動が
何系統かも勃興しているようですから、
それへの対抗ということもあると思います。
これは メッセージ 4790 (sasurainoshoubusi さん)への返信です.
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imonoyamashotengaiさん
投稿者: sasurainoshoubusi 投稿日時: 2005/08/23 20:57 投稿番号: [4790 / 5091]
imonoyamashotengaiさんプーチンが若者による親衛隊ナーシをつくったとある掲示板にかかれていましたが本当ですか。
中露の軍事演習などをかんがえると、なにかきなくさくなってきましたね。
これは メッセージ 4789 (imonoyamashotengai さん)への返信です.
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「イスラム超過激派」宮田律(講談社)②
投稿者: imonoyamashotengai 投稿日時: 2005/08/23 01:09 投稿番号: [4789 / 5091]
ハマスやヒズボラは、米国から「テロリスト」と規定されているが、
最近では、選挙で躍進しており、それに伴ってテロ行為も減っていくと思う。
タリバンの穏健派も武装解除に応じ、選挙にも参加する方向に向かっている。
チェチェンの武装勢力の中のワッハーブ派ではない部分は、武装解除に応じ、
政府軍部隊に入り、ワッハーブ派と戦っている者も多い。
イラクのスンニ派地元武装勢力も、米軍との停戦を呼びかけている。
これらはイスラム超過激派ではないが、過激派ではある諸組織の動向は、
政権の側の統治形態や方針にも左右されるとは思う。
ヨルダンのムスリム同胞団は、国会に17議席を持ち、穏健なムスリム同胞団が
過激主義への「安全弁」になってきたという面もある。
メディアという面では、アルジャジーラなどの衛星放送、ネットでの動画配信、
DVD等での映像の配布等々。
アフガニスタンでの戦闘に参加した第一世代から、
第二世代の台頭という新たな問題も生起している。
国連は、米国とは違った「テロとの戦い」方の方針を示している。
アナン事務総長の報告書 in larger freedom では、
安全保障、人道・人権、開発という諸問題を密接に有機的に連関して包括的に
論じている。
「安全保障なくして開発もない」「人権保障なくして安全保障もない」ことが
強調されている。
無差別テロは、絶対に否定しなければならない。
しかし、「対テロ戦争」の名の下で、一般市民にも多くの犠牲を出せば出すほど
テロリストへのシンパシーや、更にはテロリスト予備軍を創出してしまっている。
この悪循環を断たねばならない。
「イスラムの誤った解釈に基づく思想は、イスラム本来の教えを通じて
改めさせるしかない」とイエメン政府は、過激派との対話委員会を創出し、
拘束されている過激派のメンバーのもとを訪れ、対話を通じて過激な思想を
改めさせる取り組みを行っている。
「私達若者はイスラムの問題は全てアメリカのせいだと思っていました。
ビンラディンこそがイスラム戦士のシンボルだと思っていたのです。
かつては武器をとって異教徒と戦うことばかり考えていました。
私達の意見を受け入れない者はみな敵だと考えていたのです」
「イスラム教に関する知識の不足や誤解から彼らはテロに走るのです。
コーランには異教徒と仲良くしなさいという記述が124か所もあります。
戦って良いのは攻撃を受けて自衛する場合だけです。
私は質問も答えも全て目の前でコーランを指し示して行うので
彼らも納得してくれるのです」
対話委員会のマニュアル
対話を行う上での注意事項
過激派がテロに関わる思想を話した時には、その内容がコーランの
どの部分に基づいているのかを、その都度問い質しながら話を進めなさい。
こういうソフトな方法も全体の中での一つの有効な方法だと思う。
これは メッセージ 4788 (imonoyamashotengai さん)への返信です.
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「イスラム超過激派」宮田律(講談社)①
投稿者: imonoyamashotengai 投稿日時: 2005/08/23 01:09 投稿番号: [4788 / 5091]
ムジャヒディンからテロリストに変貌する断絶と飛躍
アフガニスタンでソ連軍と闘ったムジャヒディン達は、
その後更に、チェチェン、ボスニア、コソボ等の紛争地へも戦いにでかける。
そこには、ムスリムを侵略し、抑圧する異教徒と戦うという大義があった。
従って、彼らが、無差別テロを行うテロリストへと変貌するには、
一人一人の内面でその断絶を埋める精神的飛躍が必要だ。
しかし、クルアーンには、決して記載されていないことを
つまり、女性、子供、老人等々の非戦闘員をもターゲットにするということを
更には、同じイスラム教徒でも、腐敗している者は殺してもよいということを
自分自身が行うことを、どのように内面的に自己正当化しているのであろうか。
ある者は、クトゥブのような過激思想への共鳴だろうし、
ある者は、親族等を非道に虐殺・虐待されたことへの復讐だろうし、
ある者は、貧困から、経済的理由でリクルートされることもあるだろう。
また、それらの要因が複合していることもあるのだろう。
クトゥブの主張
「イスラム世界における政府の権威主義的で、抑圧的な性格を考えれば、
内部から漸進的に改革するというのは無駄な努力」
「中庸の道はありえない。ジハードを拒むムスリムは神の敵であり、
殺害されなければならない」
クトゥブの言う通り、イスラム世界はほとんどが独裁政権だ。
情勢認識が誤っているとは言えない。
しかし、そういう認識に基づく後半の方針は無茶苦茶だ。
独裁政権に反対する方法は他にもあるだろうし、闘争方針・闘争形態自体が
間違っている。
そういう非合理な方針を自ら担うには、相当深い非合理で非道な経験を経た
者しか担い得ないのではないか。
言わば、そういう<魂の転回>を経ることなしには不可能ではないか。
そういう<精神的な面>だけでなく、
<制度的な面>や<現代メディアの進歩という面>もあるだろう。
例えば、パキスタンでは、いくつもの過激派組織が非合法化された。
しかしその指導者は逮捕されず、活動家も恩赦によって釈放されている。
ムシャラフ大統領は、軍事政権の維持の為、世俗的な反政府勢力を抑圧する為、
イスラム政党と妥協し、支持を取り付けるかわりに、黙認するという関係
にある。軍部はカシミール問題もあり、相互依存関係にすらある。
神学校マドラサの教育内容にも干渉できない。
これは メッセージ 89 (imonoyamashotengai さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/552019567/a5a4a5ia5afc0oah_1/4788.html
「イスラム超過激派」宮田律(講談社)
投稿者: imonoyamashotengai 投稿日時: 2005/08/23 01:09 投稿番号: [4788 / 5091]
ムジャヒディンからテロリストに変貌する断絶と飛躍
アフガニスタンでソ連軍と闘ったムジャヒディン達は、
その後更に、チェチェン、ボスニア、コソボ等の紛争地へも戦いにでかける。
そこには、ムスリムを侵略し、抑圧する異教徒と戦うという大義があった。
従って、彼らが、無差別テロを行うテロリストへと変貌するには、
一人一人の内面でその断絶を埋める精神的飛躍が必要だ。
しかし、クルアーンには、決して記載されていないことを
つまり、女性、子供、老人等々の非戦闘員をもターゲットにするということを
更には、同じイスラム教徒でも、腐敗している者は殺してもよいということを
自分自身が行うことを、どのように内面的に自己正当化しているのであろうか。
ある者は、クトゥブのような過激思想への共鳴だろうし、
ある者は、親族等を非道に虐殺・虐待されたことへの復讐だろうし、
ある者は、貧困から、経済的理由でリクルートされることもあるだろう。
また、それらの要因が複合していることもあるのだろう。
クトゥブの主張
「イスラム世界における政府の権威主義的で、抑圧的な性格を考えれば、
内部から漸進的に改革するというのは無駄な努力」
「中庸の道はありえない。ジハードを拒むムスリムは神の敵であり、
殺害されなければならない」
クトゥブの言う通り、イスラム世界はほとんどが独裁政権だ。
情勢認識が誤っているとは言えない。
しかし、そういう認識に基づく後半の方針は無茶苦茶だ。
独裁政権に反対する方法は他にもあるだろうし、闘争方針・闘争形態自体が
間違っている。
そういう非合理な方針を自ら担うには、相当深い非合理で非道な経験を経た
者しか担い得ないのではないか。
言わば、そういう<魂の転回>を経ることなしには不可能ではないか。
そういう<精神的な面>だけでなく、
<制度的な面>や<現代メディアの進歩という面>もあるだろう。
例えば、パキスタンでは、いくつもの過激派組織が非合法化された。
しかしその指導者は逮捕されず、活動家も恩赦によって釈放されている。
ムシャラフ大統領は、軍事政権の維持の為、世俗的な反政府勢力を抑圧する為、
イスラム政党と妥協し、支持を取り付けるかわりに、黙認するという関係
にある。軍部はカシミール問題もあり、相互依存関係にすらある。
神学校マドラサの教育内容にも干渉できない。
これは メッセージ 89 (imonoyamashotengai さん)への返信です.
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ワハジュ・イラク議長の発言の誤りについて
投稿者: imonoyamashotengai 投稿日時: 2005/08/22 02:48 投稿番号: [4787 / 5091]
映像05「イラクに行って参ります」反戦運動と自衛隊
(2005.8.21)
という番組の中でも、ワハジュ・イラクのマジド・ガウード・ドレイミ議長が
登場し、日本での講演の発言を放映していた。
「自衛隊はサマワで人道支援など何もやっていない」
と発言していました。
「報道特集」でも全く同様のことを発言していました。
これは、明らかな誤りです。嘘と言ってもいいですね。
まあ、訳した人が、誤訳しているかもしれません。
「何もやっていない」ではなく、「ほとんど何もやっていない」と
言ったのかもしれません。
まあ、英語で、nothing do there というのは、聞き取れたので、
誤訳ではないかもしれません。
もし本当に「何もしていない」と発言したのなら誤りであり、嘘です。
自衛隊は、給水活動、道路補修、学校補修、病院への医療支援等々、
多くの人道復興支援活動も行っているのは事実です。
まあ、サマワの人達が、満足しているかどうかは、別のことで、
不満も多くあるというのも事実ですが、
だからといって、「何もしていない」とは言えません。
私は、自衛隊のイラク派遣には反対ですし、
非暴力のイラクレジスタンスは支持します。
しかし、この発言は、肯定できません。
「自衛隊はサマワで人道復興支援活動は行ってくれている。
それには感謝する。
しかし、地元の人々は感謝している人が多数派だが、
援助の仕方に不満があるのも事実だ。
また、地元のサドル派等、自衛隊駐留に反対している勢力も存在する。
また、自衛隊は、復興人道支援活動だけでなく、
武装した米兵を航空自衛隊が何度も運搬しており、
人道復興支援活動だけをやっている訳ではない。
占領軍の一翼を担っているという要因もある。
総じて、自衛隊には、イラクから撤退して欲しい」
と、述べるべきだったと思います。
これは メッセージ 4786 (imonoyamashotengai さん)への返信です.
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非武装のレジスタンス組織ワハジュ・イラク
投稿者: imonoyamashotengai 投稿日時: 2005/08/21 22:22 投稿番号: [4786 / 5091]
これは メッセージ 89 (imonoyamashotengai さん)への返信です.
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サドル派とスンニ派武装勢力との連携
投稿者: imonoyamashotengai 投稿日時: 2005/08/21 04:42 投稿番号: [4785 / 5091]
8/20(土)日本時間午後三時放送のアルジャジーラのニュース
「イラク・イスラム軍、イラク抵抗戦線など六つの組織が声明を発表し、
憲法承認の国民投票で反対票を投じて、アメリカの計画を失敗させるよう
呼び掛けました。
声明では、投票人名簿への登録と反対投票は、一種のジハードと認められ
悪を戒めるというイスラム法上の義務に相当すると述べています」
「サドル師を支持する人々数千人が、バグダッドでデモを行い、
イラクを連邦制にする動きは、イラク分割の企てだと非難しました。
ここ数ヵ月で最大のデモを行ったサドル派の人々は、イラクの統一を呼び掛け
分割の目論見に反対するプラカードを掲げて行進しました」
<私の感想>
スンニ派武装勢力の声明は、それ自体は民主主義のルールに則っている。
・選挙人名簿に登録し、その上で、反対票を投じること
・それを呼びかけること
これは、それ自体は民主主義的なルールに則っている。
その意見内容は、ともかく、その訴える形式は、民主主義のルールに則って
いる以上、批判できないものだと思う。
サドル派とスンニ派地元武装勢力とは、従来から継続的に提携を積み上げて
きているので、この両者の連携は、イラクの政治地図においても、一定の勢力を
形成していると思う。
シーア派が国民の約六割だといっても、サドル派の支持層も結構多いからだ。
また、シスターニ師も、ダアワ党、SCIRIにしろ、海外亡命組なのに対して、
サドル師は数少ないイラク国内派であり、
シスターニ師がイラク生まれのペルシャ語を話すペルシャ民族なのに対し、
サドル師の父親も叔父も、ともに純粋にイラク人であり、イラク国内で活動し、
フセインに殺されたという経歴を持つ大アヤトラだった。
そういう意味では、シスターニ師よりも、イラク国民にとって、血統的、民族的
には、より親近感がある。
これは メッセージ 89 (imonoyamashotengai さん)への返信です.
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米軍が爆弾テロ演出?市民に広がる不信感
投稿者: imonoyamashotengai 投稿日時: 2005/08/18 20:55 投稿番号: [4784 / 5091]
こちら特報部
イラクのサイトに『謀略説』続々…
エッ
米軍が爆弾テロ演出?
市民に広がる
『やりかねない』不信感
2005.06.06
朝刊
22頁
特報1面
(全1481字)
米軍が爆弾テロを組織している?
四月末の移行政府発足以来、治安悪化が
著しいイラクで、こんな「体験談」が、現地のアラビア語ニュースサイトなどに
相次ぎ掲載されている。真偽を確認する手段はないが、根底に住民の移行政府に
対する根強い不信があることだけは間違いない。
米軍に批判的で
“裏取り”は不明
「ある市民が米軍に運転免許証を没収され、翌日、バグダッド空港近くの
米軍基地に出頭するよう言われた」。五月十二日付の現地サイト「ダウリーヤ・
アルイラーク(イラク・パトロール)」が転載した「カーデル・ネット」
(イラク共産党の分派系)の記事はこうして始まる。
「市民は約三十分、調べを受け、問題なしと告げられた後、米兵から
『主権はイラク側なので、すぐ(バグダッドのシーア派地区)カーゼミーヤ
警察署のフセイン・ムハンマドを訪ねるように』と命じられた」
「途中、自分の車が重く感じられた。頭上には米軍ヘリが飛んでいた。
点検すると、後部座席に百キロを超える爆発物が見つかった」
「近くの警察に連絡し、車は移送されたが、結果は告げられなかった。
こうした事例は最近、北部のモスルでも繰り返された」
記事では、抵抗勢力によるとされる「警察署爆破」と「シーア派狙い」という
“物語”がこうしてつくられていると解説している。
「シャバカ・アルバスラ(バスラ・ネット)」は同十四日、
「アルカイダ・イラク支部アブ・ミスラ氏」の声明を伝えている。
「十字軍兵士(米軍)は(聖戦士の印象をゆがめるため)、検問所で調べる
ふりをして車の後部に爆弾を仕掛け、適当な場所と時間に遠隔装置で爆発させる」
さらに「ヘリコプターが車を爆撃し、車が自爆したかのように見せかける」
場合もあると指摘する。
十八日付「ムファッカラ・アルイスラーム(イスラム・メモ)」も首都南方
ヒッラーの農民「ハイダル」氏の体験をこう紹介する。
「二十の箱に詰めたトマトをバグダッドの野菜市場に運ぶ途中、米軍の検問所
で止められた。十分後、行くように言われたが、同乗していた孫に『米兵が鉛色
をしたスイカのようなものを荷台に置いた』と言われて、調べると爆弾だった」
「爆発数分前に
米兵目撃した」
いずれのサイトも米軍や新政府に批判的で、どこまで“裏取り”されている
かは不明だ。だが、バグダッド在住の通称「リバーベンド」と呼ばれる女性の
匿名日記「バグダッド・バーニング」にも類似した話が記された。筆者の素性に
ついて情報が乏しく、信憑(しんぴょう)性を疑う向きもあるが、日記は世界的
に知られている。
話のあらすじは「首都西部のマムン地区で爆発があり、近くの男性が米軍に
連行された。うわさでは、男性は爆発数分前に米兵が現場で足を止めているのを
目撃しており、米兵が爆弾を仕掛けたか、放置したかのどちらかだと叫んでいた」
これらの話が事実か否かはともあれ、少なくとも移行政府の発足後、
こうした「謀略説」が急速に市民の間に広がっていることだけは確かだ。
その背景に何があるのか。
アジア経済研究所の酒井啓子参事は「移行政府に不満を持つ『抵抗勢力』、
あるいは、移行政府内で本質的には反米のシーア派系グループ、双方に話を流す
根拠はある」と指摘する。
問題はそれが市民の間に浸透している点だ。酒井氏はその点をこう解説する。
「市民は移行政府を主導するシーア派系組織と米国がうまくないことを理解し
ている。だから、シーア派狙いはあり得ると考える。また、移行政府が国民を
代表していないことを痛感している。そんな移行政府を事実上、つくった米国
なら『(謀略を)やりかねない』という不信が心の底にはあるのではないか」
中日新聞社
<私の感想>
米軍による謀略は、大いにあり得ると思う。
更に言えば、米軍に限らず、イラクの混乱した現状に利益を見い出す諸勢力に
とっては、混沌とした現状を利用し、謀略的手口により、更に混迷を増大させる
ことは、大いにあり得ると思う。
シリア、イラン、イスラエル、サウジアラビア等の周辺諸国の政治権力者。
政治的謀略を実証するのは、至難の業だと思う。
従って、信憑性については、少なくとも、確証はない。
照明できないものを、客観的事実とする訳にはいかない。
しかし、イラクの一
これは メッセージ 89 (imonoyamashotengai さん)への返信です.
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GOODBYE TO GAZA:ABC NIGHTLINE(8/17)
投稿者: imonoyamashotengai 投稿日時: 2005/08/18 19:59 投稿番号: [4783 / 5091]
イスラエルの人気キャスターであるヤビン氏は、自ら、撮影、ナレーション、
原稿を担当した五部作のドキュメンタリーを制作するも、出演中のテレビ局から
放送を拒否され、ライバル局で、五月末から六月初めにかけて放送。
Haim Yavin(Israel Channel 1 Anchor):Diary of a Journey
"Since 1967 we have been brutal conquerors,
occupiers,suppressing another people.
I cannot really do anything to relieve this misery other than
to document it,so neither I nor those like me will be able to
say that we saw nothing,heard nothing,knew nothing."
「1967年以来、イスラエル人は他の民族を征服、支配し、抑圧を続けてきた。
この惨状を見ても、聞いてもいなければ、全く知らなかったとも
言わさない為には、現状を記録に収めなければならない」
「私はとても単純なことを言っただけです。
ただ、道路の封鎖や直接テロとは関係関係ないパレスチナ人の弾圧、
そして破壊された住宅。
こういったものを目にしながら黙って立ち去ることはできないということ
なんです。
私はこういったことを目撃しながら、それを報道しない訳にはいかないのです。」
<西岸の入植者もいつかは退去せざるをえなくなると思われますか>
「私達はこれから長い道のりを進まなければなりません。
この問題はとても複雑です。
シャロン首相は、ブッシュ大統領の目の前で宣言しました。
西岸の入植地は維持するとはっきり言ったんです。
西岸を恒久的に維持する為にガザ地区は返還すると明言したんです。
これからは、西岸からの撤退に取り組まなければなりません。
宗教的、歴史的な意義がとても深く、イスラエル人の思い入れが強い場所です
から、これからまだ激しい対立があるかもしれません」
<西岸の入植地でも非人道的な行為が行われていましたか>
<入植そのものは正しいと思われますか>
「いいえ、でも入植者達の考えや信仰に基づく信念は理解することができます。
イスラエルはユダヤ人が先祖の土地に戻って来て建国した国家です。
この点が必ず考慮されなければなりません。
イスラム教徒もキリスト教徒もこの地が聖地であると考えています。
ガザ地区というのは、西岸と違って、イスラエルの土地の一部であったことは
一度もありませんでした。
私達は第三次中東戦争前の国境に戻るべきだとは思いません。
領土に関して、イスラエルとパレスチナは妥協しなければなりません。
それは可能だと思います。
妥協に向けて進んでいこうという機運が生まれているからです。
私は妥協する以外に道はないと信じています。
パレスチナ人もイスラエル人もこれからもこの土地で暮らしていきます。
私達はお互いに共存することを学ぶしかないのです」
<私の感想>
ヤビン氏は、失職をも辞せずに、信念を貫き通した点を尊敬します。
日本でも五月に邦訳が発売された「パレスチナから報告します」の著者、
ハアレツ紙のアミラ・ハス女史は、ガザ、西岸で、もう十数年以上も取材を
続けています。
デイビット・グロスマン氏の著作も三冊日本で邦訳され出版されています。
イスラエルにも占領地での実態を報道するという気骨のあるジャーナリストが
結構いるんだなと、最近やっと遅ればせながら知ることができました。
これは メッセージ 4677 (imonoyamashotengai さん)への返信です.
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「ウズベキスタン」民族・歴史・国家②
投稿者: imonoyamashotengai 投稿日時: 2005/08/16 22:30 投稿番号: [4782 / 5091]
カリモフは赤貧家庭に生まれ、コムソモール活動家となり、工科大学に進学、
ロシア人女性と結婚(後離婚)、農業機械工場の技術技師として就職、
経済非効率を痛感し、経済大学の通信課程へ。ゴスプラン・メンバーに抜擢。
クラン的背景を持たないことをゴルバチョフが評価
州第一書記に抜擢、綿花生産を33万トンから55万トンに増加
91年大統領選挙に勝利、民族系詩人を破る
共産党を複数政党制の形式を整える為に国民民主党と祖国復興党に二分
92年、独自通貨スムを発行
「ソビエト的な側面とローカリズムに基づく側面をうまく使い分け両立」
「ナショナリストというよりも、現実主義者であり政治的なプラグマティスト
ないし実務家、あるいはテクノクラート」
「旧ソ連的な体制はカリモフ政権によって再構築され、継承されている」
2004年春ソロス財団支部を閉鎖
ウズベク軍は国民皆兵、しかし都市部の若者は実質的に兵役を免除
軍隊への入隊は有望な就職先
交通警官に採用されるには軍経験が必須
(交通警官は罰金を徴収する利得)
「縮小された軍隊は、経済的には恵まれない農村のウズベクたちによって
占領され、その内部はさらに地域主義の分断を抱えている」
「60の韓国系プロテスタント、五つのカトリック教会、四つのエヴァンゲリスト
教会が登録されている」
「教団は改宗する時、50ドルをくれ、後でもっとあげると言いました」
「もっと稼ぐ為には他の若者を導かなければなりません」
当局はこの動きに警戒と警告
・汎チュルク主義
・「隠れタジク」
「ウズベキスタンは、チュルク系低住民の土地という意味で典型的にウズベク的
であるフェルガナに片足を置く一方で、サマルカンドやブハラの混交的な
文化にももう片方の足を下ろす。これはサマルカンド・クランと
フェルガナ・クランの交替によって続いてきた政治構造とも対応」
「アンディジャン事件」
「主要な通りに一定間隔ごとに警官が立ち、彼らが常に街の動静に
目を光らせているというのが、ウズベキスタンの都市でお馴染みの風景」
ドル・スム交換レートの高騰による、ドルを持つ者と持たざる者との
経済格差の拡大
GDP成長率3.1%に対し、インフレ率は13.1%
経済的な不満が醸成・蓄積されている
<政治支配体制>
旧共産党ノーメンクラツーラという要素と、
(形式的な複数政党制という政治的演出)
地元部族勢力のバランスにも配慮
<イデオロギー>
イスラーム穏健派は、上から監視・コントロールし、
ティムール礼賛を国民統合の象徴化
<経済政策>
欧米露、多方面から援助をしたたかに受け取ってきた。
有力な対立政治勢力の存在があるとも見えない。
経済エリート間の対立が顕在化しているとも見えない
経済格差の拡大による、低所得層の不満が醸成・拡大しているとは思う
しかし、その不満が有力な反政府勢力と有効に結びついているとは見えない。
これは メッセージ 4779 (imonoyamashotengai さん)への返信です.
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「チェチェン」(文庫クセジュ)②
投稿者: imonoyamashotengai 投稿日時: 2005/08/16 22:26 投稿番号: [4781 / 5091]
ドゥダエフは石油立国を夢見るが挫折
・ロシアによる経済封鎖開始
・チェチェンの失業率2〜4割
・農村の失業による過疎化と都市化
・1992年:ドゥダエフ政権内部対立
石油産業を握るマモダエフ副首相とドゥダエフが対立
石油収入を巡る内部対立。武力衝突後、ドゥダエフの強権的政治支配強化
・1993年:<エリツィンVSハズブラトフ>
エリツィンはロシア最高会議を砲撃
議長ハズブラトフはチェチェン人なので、「チェチェン人はマフィアで、
犯罪者だ」という反チェチェン・キャンペーン
エリツィンにとって、チェチェン問題は政治的カードの一つ。
・1994年:チェチェン内戦開始
<反ドゥダエフ派>:・ラバザエフ
:元チェチェン最高会議議長
・ハズブラトフ:元ロシア最高会議議長
・ハッジエフ
:元ソ連石油産業相
・マモダエフ
:元チェチェン副首相
<ドゥダエフ派>:チェチェン民族国民会議
・「緑の運動」環境保護運動:ゴイテミロフ
・「イスラムの道」イスラム復興勢力:ガンテミロフ
(グロズヌイ市長)
・「ヴァイナフ民主党」:ヤンダルビエフ
・1996年:ロシア大統領選挙
エリツィン派とハズブラトフ・レベジ派との勢力均衡
これが第一次チェチェン戦争を終わらせた
・ロシア中央政界での対立が、チェチェンに反映
・エリツィンの病状さえ、チェチェン情勢に影響
第一次チェチェン戦争前、チェチェン人内部がいくつにも分裂していた。
・旧共産党ノーメンクラツーラ
・石油産業関連に利害を持つ者
・民族主義者
・宗教指導者
等々
例えば、独立派内穏健派には、タタールスタン独立宣言のようにロシア連邦に
留まりつつ、ロシア内での自治権拡大を訴える者等、各勢力内には、穏健派から
急進派まで多岐にわたる路線の違いが存在した。
しかし、ロシア軍が侵攻して来ると、それまでの対立は一時棚上げし、
ほぼ全チェチェン民族が結束して戦う。
ということは、第一次チェチェン戦争後、内部分裂が再燃することを意味した。
これは メッセージ 4780 (imonoyamashotengai さん)への返信です.
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「チェチェン」(文庫クセジュ)②
投稿者: imonoyamashotengai 投稿日時: 2005/08/16 22:26 投稿番号: [4781 / 5091]
ドゥダエフは石油立国を夢見るが挫折
・ロシアによる経済封鎖開始
・チェチェンの失業率2〜4割
・農村の失業による過疎化と都市化
・1992年:ドゥダエフ政権内部対立
石油産業を握るマモダエフ副首相とドゥダエフが対立
石油収入を巡る内部対立。武力衝突後、ドゥダエフの強権的政治支配強化
・1993年:<エリツィンVSハズブラトフ>
エリツィンはロシア最高会議を砲撃
議長ハズブラトフはチェチェン人なので、「チェチェン人はマフィアで、
犯罪者だ」という反チェチェン・キャンペーン
エリツィンにとって、チェチェン問題は政治的カードの一つ。
・1994年:チェチェン内戦開始
<反ドゥダエフ派>:・ラバザエフ
:元チェチェン最高会議議長
・ハズブラトフ:元ロシア最高会議議長
・ハッジエフ
:元ソ連石油産業相
・マモダエフ
:元チェチェン副首相
<ドゥダエフ派>:チェチェン民族国民会議
・「緑の運動」環境保護運動:ゴイテミロフ
・「イスラムの道」イスラム復興勢力:ガンテミロフ
(グロズヌイ市長)
・「ヴァイナフ民主党」:ヤンダルビエフ
・1996年:ロシア大統領選挙
エリツィン派とハズブラトフ・レベジ派との勢力均衡
これが第一次チェチェン戦争を終わらせた
・ロシア中央政界での対立が、チェチェンに反映
・エリツィンの病状さえ、チェチェン情勢に影響
第一次チェチェン戦争前、チェチェン人内部がいくつにも分裂していた。
・旧共産党ノーメンクラツーラ
・石油産業関連に利害を持つ者
・民族主義者
・宗教指導者
等々
例えば、独立派内穏健派には、タタールスタン独立宣言のようにロシア連邦に
留まりつつ、ロシア内での自治権拡大を訴える者等、各勢力内には、穏健派から
急進派まで多岐にわたる路線の違いが存在した。
しかし、ロシア軍が侵攻して来ると、それまでの対立は一時棚上げし、
ほぼ全チェチェン民族が結束して戦う。
ということは、第一次チェチェン戦争後、内部分裂が再燃することを意味した。
これは メッセージ 4780 (imonoyamashotengai さん)への返信です.
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「チェチェン」(文庫クセジュ)①
投稿者: imonoyamashotengai 投稿日時: 2005/08/16 22:26 投稿番号: [4780 / 5091]
本書は1998年発行。
つまり、第一次チェチェン戦争が終わり、第二次チェチェン戦争が
始まるまでの戦間期に出版された。
従って当然凄惨な第二次チェチェン戦争には全く触れていない。
それでも、第一次チェチェン戦争が生起したさまざまな政治的、経済的背景、
分析がなされており、それがまた第二次チェチェン戦争を生起する諸条件を
構成しているという意味において、貴重な文献だと思う。
「収容所列島」であった旧ソ連を美化するつもりなど毛頭ないが、
それでも肯定的要素もなくはなかった。教育はその一つだと思う。
多民族国家ソ連では、各民族が相互に交流した。
ハッサン・バイエフの「誓い」を読むと垣間見えたのだが、民族間の差別も
確かに存在した。
しかし、それでも、例えば、チェチェン人はソ連全土に教育、労働、商業活動
等々で出て行ったし、逆にチェチェンにソ連全土から多くの民族がやって来た。
チェチェン自治共和国に住んでいたのは、チェチェン民族だけではなかった。
数十万人の他の民族も在住していた。
従って、チェチェン自治共和国の運命を決定する権利はチェチェン人のみが
持っていた訳ではなかった。
チェチェンの石油は、1971年以降激減した。
しかし、周辺からの石油精製拠点となっていた。
ソ連唯一の石油産業学校がグローズヌイに(バサーエフは卒業生)
ハッジエフはソ連邦石油産業担当閣僚
シベリアのチュメニ油田開発にも貢献(五千人のチェチェン人コミュニティ)
石油パイプライン、鉄道、道路のターミナルとなっていた。
特に、アブハジア紛争の為、黒海沿岸を南下するルートが使えなかったので、
カスピ海沿いに南下し、南コーカサスへ向かう主要なターミナルとなっていた。
・チェチェン工業の75%がグローズヌイに集中
・産業比率:工業:44%
農業:34%
建設:11%
運輸: 4%
(チェチェン人の76%は農村部に在住:ロシアのワインの12%、牛乳25%産出)
また、北部にはコサックも万単位で在住していた。
ロシア中央政界での権力闘争が、チェチェン情勢にも大いに影響を
及ぼしていたことも本書で学んだ。
・1991年:<ゴルバチョフVSエリツィン>
大統領選挙で、チェチェンでは、エリツィンが、ロシア全体の平均を
はるかに上回る80%の得票。
チェチェン最高会議議長ザブガエフはゴルバチョフ派で、共産党改革派。
チェチェンを自治共和国から連邦構成共和国へ引き上げることを夢見た。
しかし、独立派からは「軟弱な」改革派として打倒された。
ロシア最高会議議長のチェチェン人であるハズブラトフとソ連石油産業相の
ハッジエフは、エリツィンの意向で、ゴルバチョフ派のザブガエフを更迭し、
ドゥダエフ政権を成立させた。
しかし、ドゥダエフの独断により実施された大統領選挙は、
360か所の投票所の内、70か所でしか行われていない非民主的なもので、
ロシア最高会議は違法と宣告。
これは メッセージ 4042 (imonoyamashotengai さん)への返信です.
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「チェチェン」(文庫クセジュ)
投稿者: imonoyamashotengai 投稿日時: 2005/08/16 22:26 投稿番号: [4780 / 5091]
本書は1998年発行。
つまり、第一次チェチェン戦争が終わり、第二次チェチェン戦争が
始まるまでの戦間期に出版された。
従って当然凄惨な第二次チェチェン戦争には全く触れていない。
それでも、第一次チェチェン戦争が生起したさまざまな政治的、経済的背景、
分析がなされており、それがまた第二次チェチェン戦争を生起する諸条件を
構成しているという意味において、貴重な文献だと思う。
「収容所列島」であった旧ソ連を美化するつもりなど毛頭ないが、
それでも肯定的要素もなくはなかった。教育はその一つだと思う。
多民族国家ソ連では、各民族が相互に交流した。
ハッサン・バイエフの「誓い」を読むと垣間見えたのだが、民族間の差別も
確かに存在した。
しかし、それでも、例えば、チェチェン人はソ連全土に教育、労働、商業活動
等々で出て行ったし、逆にチェチェンにソ連全土から多くの民族がやって来た。
チェチェン自治共和国に住んでいたのは、チェチェン民族だけではなかった。
数十万人の他の民族も在住していた。
従って、チェチェン自治共和国の運命を決定する権利はチェチェン人のみが
持っていた訳ではなかった。
チェチェンの石油は、1971年以降激減した。
しかし、周辺からの石油精製拠点となっていた。
ソ連唯一の石油産業学校がグローズヌイに(バサーエフは卒業生)
ハッジエフはソ連邦石油産業担当閣僚
シベリアのチュメニ油田開発にも貢献(五千人のチェチェン人コミュニティ)
石油パイプライン、鉄道、道路のターミナルとなっていた。
特に、アブハジア紛争の為、黒海沿岸を南下するルートが使えなかったので、
カスピ海沿いに南下し、南コーカサスへ向かう主要なターミナルとなっていた。
・チェチェン工業の75%がグローズヌイに集中
・産業比率:工業:44%
農業:34%
建設:11%
運輸: 4%
(チェチェン人の76%は農村部に在住:ロシアのワインの12%、牛乳25%産出)
また、北部にはコサックも万単位で在住していた。
ロシア中央政界での権力闘争が、チェチェン情勢にも大いに影響を
及ぼしていたことも本書で学んだ。
・1991年:<ゴルバチョフVSエリツィン>
大統領選挙で、チェチェンでは、エリツィンが、ロシア全体の平均を
はるかに上回る80%の得票。
チェチェン最高会議議長ザブガエフはゴルバチョフ派で、共産党改革派。
チェチェンを自治共和国から連邦構成共和国へ引き上げることを夢見た。
しかし、独立派からは「軟弱な」改革派として打倒された。
ロシア最高会議議長のチェチェン人であるハズブラトフとソ連石油産業相の
ハッジエフは、エリツィンの意向で、ゴルバチョフ派のザブガエフを更迭し、
ドゥダエフ政権を成立させた。
しかし、ドゥダエフの独断により実施された大統領選挙は、
360か所の投票所の内、70か所でしか行われていない非民主的なもので、
ロシア最高会議は違法と宣告。
これは メッセージ 4042 (imonoyamashotengai さん)への返信です.
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「ウズベキスタン」民族・歴史・国家①
投稿者: imonoyamashotengai 投稿日時: 2005/08/16 22:23 投稿番号: [4779 / 5091]
「ウズベキスタン」民族・歴史・国家(高橋巌根)創土社
ソ連崩壊は、新たにイスラームという主役を国際社会に登場させた。
しかし、中央アジア諸国を単純にイスラーム圏とすることは疑問だ。
中央アジアにおけるソ連支配は70年余に及び、
ソ連時代との連続性という視点が軽視されていると著者は述べる。
ソ連・カザフではIMF勧告に基く、ショック療法が行われたが、
ウズベクでは実施しなかった。その為、旧体制が温存された。
農業分野では、コルホーズが名前を変えて存続
企業の民営化は、株式のごく一部でも非国有となれば、非国有化が進展とされ、
実質は緩やかなペースで進展
2002年5月以降、メディアに対する公的検閲組織は廃止された。
しかし、実質的には内々に警告を与える形が一般化
サマルカンド、ブハラという文化的遺産を多く有している
ペルシャ語(タジク語)とチュルク系のウズベク語とのバイリンガル
ペルシャ系文化とチュルク系文化との共存
タジクとウズベク地域の特徴
ロシア革命後の、国家先行型の上からの民族国家形成
旧ソ連圏では、平等化という建前がそれなりに実施され、ソ連の西部の富が、
遅れた中央アジアにもたらされた。
(1966年タシケントに中央アジア初の地下鉄開通)
「コルホーズにおいてもイスラームにおいても、親族関係の維持という点が
重大な要素となっていた」
1930年代のスターリンによる大粛清の結果、都市インテリ層が抹殺され、
党幹部の社会的基盤を都市から農村へと移行する。
「コルホーズ内での親族グループの形成とあいまって、
党幹部と農村の親族が強い社会的関係によって結ばれる」
・フェルガナ・クラン
・サマルカンド・クラン
・タシケント・クラン
三大クランの勢力争い
クラン最上層部においてはお互いに婚姻関係によって結ばれていた。
ウズベキスタンはソ連の分業体制内では、綿花生産に特化していた
ソ連全体の綿花生産の六割(世界第三位の米に匹敵する生産量)
綿花の作付面積は農耕地の七割以上(農耕地は国土面積の一割)
ソ連中央による過酷な収奪への対抗策として大掛かりで組織的な汚職
「綿花事件」1983年〜
党中央委員会の九割を更迭、数千人に処罰
<イスラーム勢力>
・アフガニスタンへの攻撃後、過激派は勢力を失う
・イスラーム解放党は穏健派に転じ、平和手的手段での改革に転換
都市知識人層を中心に数万人規模の党員
ビラ「夜の書」を夜間に投函
<政府のイスラーム対策>
・イデオロギー対策としては、地域的伝統(スーフィズム等)を強調
イスラーム以前の古代宗教(特にゾロアスター教)を
ティムールを国家的英雄として国民統合のシンボル化
・行政的対策としては、ムッラー(宗教指導者)として活動するには、
国家が定める特定の場所での研修修了証書が必要
マハッラ(街区共同体)の長ライスには、定期的に地区役所との連絡義務
巡礼にも人物照会
<親族構造によって細分化された内部>と
<社会主義的である非民族主義的な外部>との
両者の接点が、党指導部
これは メッセージ 4778 (imonoyamashotengai さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/552019567/a5a4a5ia5afc0oah_1/4779.html
「ウズベキスタン」民族・歴史・国家
投稿者: imonoyamashotengai 投稿日時: 2005/08/16 22:23 投稿番号: [4779 / 5091]
「ウズベキスタン」民族・歴史・国家(高橋巌根)創土社
ソ連崩壊は、新たにイスラームという主役を国際社会に登場させた。
しかし、中央アジア諸国を単純にイスラーム圏とすることは疑問だ。
中央アジアにおけるソ連支配は70年余に及び、
ソ連時代との連続性という視点が軽視されていると著者は述べる。
ソ連・カザフではIMF勧告に基く、ショック療法が行われたが、
ウズベクでは実施しなかった。その為、旧体制が温存された。
農業分野では、コルホーズが名前を変えて存続
企業の民営化は、株式のごく一部でも非国有となれば、非国有化が進展とされ、
実質は緩やかなペースで進展
2002年5月以降、メディアに対する公的検閲組織は廃止された。
しかし、実質的には内々に警告を与える形が一般化
サマルカンド、ブハラという文化的遺産を多く有している
ペルシャ語(タジク語)とチュルク系のウズベク語とのバイリンガル
ペルシャ系文化とチュルク系文化との共存
タジクとウズベク地域の特徴
ロシア革命後の、国家先行型の上からの民族国家形成
旧ソ連圏では、平等化という建前がそれなりに実施され、ソ連の西部の富が、
遅れた中央アジアにもたらされた。
(1966年タシケントに中央アジア初の地下鉄開通)
「コルホーズにおいてもイスラームにおいても、親族関係の維持という点が
重大な要素となっていた」
1930年代のスターリンによる大粛清の結果、都市インテリ層が抹殺され、
党幹部の社会的基盤を都市から農村へと移行する。
「コルホーズ内での親族グループの形成とあいまって、
党幹部と農村の親族が強い社会的関係によって結ばれる」
・フェルガナ・クラン
・サマルカンド・クラン
・タシケント・クラン
三大クランの勢力争い
クラン最上層部においてはお互いに婚姻関係によって結ばれていた。
ウズベキスタンはソ連の分業体制内では、綿花生産に特化していた
ソ連全体の綿花生産の六割(世界第三位の米に匹敵する生産量)
綿花の作付面積は農耕地の七割以上(農耕地は国土面積の一割)
ソ連中央による過酷な収奪への対抗策として大掛かりで組織的な汚職
「綿花事件」1983年〜
党中央委員会の九割を更迭、数千人に処罰
<イスラーム勢力>
・アフガニスタンへの攻撃後、過激派は勢力を失う
・イスラーム解放党は穏健派に転じ、平和手的手段での改革に転換
都市知識人層を中心に数万人規模の党員
ビラ「夜の書」を夜間に投函
<政府のイスラーム対策>
・イデオロギー対策としては、地域的伝統(スーフィズム等)を強調
イスラーム以前の古代宗教(特にゾロアスター教)を
ティムールを国家的英雄として国民統合のシンボル化
・行政的対策としては、ムッラー(宗教指導者)として活動するには、
国家が定める特定の場所での研修修了証書が必要
マハッラ(街区共同体)の長ライスには、定期的に地区役所との連絡義務
巡礼にも人物照会
<親族構造によって細分化された内部>と
<社会主義的である非民族主義的な外部>との
両者の接点が、党指導部
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ウズベク・ジレンマに揺れる米のアジア戦略
投稿者: imonoyamashotengai 投稿日時: 2005/08/11 03:59 投稿番号: [4778 / 5091]
「「ウズベク・ジレンマ」に揺れるアメリカのアジア戦略」
西村陽一(世界9月号)
6月下旬、米上院で「ウズベキスタン危機」に関する公聴会が開かれた。
「ウズベキスタンはワシントンに古典的なジレンマを突きつけている」
「独裁者を支持すべきなのか、それとも民主化を促進すべきなのか」
国務省と国防総省との路線対立とも重なっているようだ。
国務省は支援削減を、国防総省は支援増加を。
・国防総省のジレンマ
対テロ戦協力の一貫として、ウズベキスタン軍に訓練を施してきた。
米国の訓練を受けた兵士が、治安弾圧を行わない保証はない。
・国務省のジレンマ
カリモフ後の青写真がない。
カリモフ政権倒壊後に、イスラム原理主義過激派がヘゲモニーを握らない
という保証はない。
「民主主義革命の三条件」(カーネギー財団)
1.支配エリート層の対立と分裂で政権交代後の受け皿
2.反政府活動への資金ルート
3.選挙を含む非暴力的な手段に国民を動員
「ウズベキスタンにはそのすべてがない」
・上海協力機構(SCO)の変貌
中央アジア諸国は、従来は、米と中露とを競わせ、最大限の利益を
引き出そうと努めてきた・
しかし、相次ぐ政権倒壊でそんな余裕はなくなった。
「地域機構としてまとまって行動することによって、グルジアやウクライナなど
の色とりどりの「カラー革命」に対抗する」という新たな目的を見いだした。
米国の中央アジアへの浸透を防ぎ、「革命」の伝播を防ぐ。これがSCOが
自らに課した新たな課題である」
「ウズベキスタンの内務、治安部隊は、中央アジア最大、最強の武装組織だが、
同時多発的な騒乱に対処する能力には限界がある
<私の感想>
中央アジア諸国は、中露と米との双方を競わせ、自らにとってより有利な条件
を獲得するという、したたかさを見せてきた。
しかし、相次ぐ政権倒壊を目の当たりにして、中露側へと傾いたのは事実だろう。
しかし、だからといって、完全に中露側に組したという訳でもないだろう。
米国はどう対処するのか?
<強硬策>を採るのか、<懐柔策>を採るのか。
いずれにせよ、上海6は、印パ、イランをオブザーバーに加えてことと、
米軍基地撤去要求と突きつけたことにより、一躍国際政治舞台のスポットライト
を浴びた。
中央アジア政局、更には国際政治全体に大きな影響を及ぼす実体となったのは、
間違いないと思う。
これは メッセージ 4777 (imonoyamashotengai さん)への返信です.
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ウズベク・ジレンマに揺れる米のアジア戦略
投稿者: imonoyamashotengai 投稿日時: 2005/08/11 03:59 投稿番号: [4778 / 5091]
「「ウズベク・ジレンマ」に揺れるアメリカのアジア戦略」
西村陽一(世界9月号)
6月下旬、米上院で「ウズベキスタン危機」に関する公聴会が開かれた。
「ウズベキスタンはワシントンに古典的なジレンマを突きつけている」
「独裁者を支持すべきなのか、それとも民主化を促進すべきなのか」
国務省と国防総省との路線対立とも重なっているようだ。
国務省は支援削減を、国防総省は支援増加を。
・国防総省のジレンマ
対テロ戦協力の一貫として、ウズベキスタン軍に訓練を施してきた。
米国の訓練を受けた兵士が、治安弾圧を行わない保証はない。
・国務省のジレンマ
カリモフ後の青写真がない。
カリモフ政権倒壊後に、イスラム原理主義過激派がヘゲモニーを握らない
という保証はない。
「民主主義革命の三条件」(カーネギー財団)
1.支配エリート層の対立と分裂で政権交代後の受け皿
2.反政府活動への資金ルート
3.選挙を含む非暴力的な手段に国民を動員
「ウズベキスタンにはそのすべてがない」
・上海協力機構(SCO)の変貌
中央アジア諸国は、従来は、米と中露とを競わせ、最大限の利益を
引き出そうと努めてきた・
しかし、相次ぐ政権倒壊でそんな余裕はなくなった。
「地域機構としてまとまって行動することによって、グルジアやウクライナなど
の色とりどりの「カラー革命」に対抗する」という新たな目的を見いだした。
米国の中央アジアへの浸透を防ぎ、「革命」の伝播を防ぐ。これがSCOが
自らに課した新たな課題である」
「ウズベキスタンの内務、治安部隊は、中央アジア最大、最強の武装組織だが、
同時多発的な騒乱に対処する能力には限界がある
<私の感想>
中央アジア諸国は、中露と米との双方を競わせ、自らにとってより有利な条件
を獲得するという、したたかさを見せてきた。
しかし、相次ぐ政権倒壊を目の当たりにして、中露側へと傾いたのは事実だろう。
しかし、だからといって、完全に中露側に組したという訳でもないだろう。
米国はどう対処するのか?
<強硬策>を採るのか、<懐柔策>を採るのか。
いずれにせよ、上海6は、印パ、イランをオブザーバーに加えてことと、
米軍基地撤去要求と突きつけたことにより、一躍国際政治舞台のスポットライト
を浴びた。
中央アジア政局、更には国際政治全体に大きな影響を及ぼす実体となったのは、
間違いないと思う。
これは メッセージ 4777 (imonoyamashotengai さん)への返信です.
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「動き出した中印露「戦略的三角形」」世界
投稿者: imonoyamashotengai 投稿日時: 2005/08/11 03:57 投稿番号: [4777 / 5091]
「動き出した中印露「戦略的三角形」」ユーラシアの新・地殻変動
石郷岡建(世界9月号)
・中印露の「戦略的三角形」構想はプリマコフが90年代後半に提唱
しかし、中露、中印の歴史的抗争があり、そう簡単には実現できる筈もなく、
雲散霧消。潜在的仮想敵国同士でもある。
その溝を埋めたのは、エネルギー問題
中印は石油・天然ガスの供給源が必要
・露からすれば、ユコス解体後の外資導入を中印に持ちかける。
中印の二者択一を避け、「戦略的三角形提携」を構築することが、
双方を競い合わせ、牽制するというバランス戦略。
資源開発の促進剤であり、利益損失に対する保険。
・更に、中国からすれば、日米の台湾海峡の「共同戦略目標」は、脅威。
「背後の守り」「西の守り」を確保し、「東の有事」に備える。
「東アジア共同体構想」から中印露の「ユーラシア戦略三角形」へシフト
・上海協力機構が、「ユーラシア安全保障協議の場」へと大きく様変わり
印、パキスタン、イランがオブザーバー参加
中央アジアからの米軍基地の撤去を要求:米戦略に真っ向から挑戦
「ロシアにとって、現時点ではユーラシアの東の三角形(中印露)と
西の三角形(仏独露)をあわせた「ユーラシア大陸国家群の緩やかな連携」
による「横軸」が一極支配を強める米国への対抗策となっている」
<私の感想>
グルジア、ウクライナ、キルギスと、CIS諸国を、米の「民主主義革命の輸出」
により、いいように次々と切り取られている。
プーチンはこれにどう対抗するのか?
・中露関係を軸に、
・エネルギーを必要とする諸国にエネルギー戦略を
・上海6の対米対抗姿勢への変化
・BRICsの結束
・嫌米の中南米諸国との提携
・イラン、シリアとの提携
現象論のレベルだが、更にその実体構造を解明する必要がある。
作用があれば、反作用が生じる。
米の国家戦略の貫徹に対して、当然それへの反作用が生じる。
そして、更にまた、それへの反作用が続く、、、
因果応報というやつだ。
かつての、米ソ二大陣営による、世界の切り取り合戦を彷彿とさせる。
これは メッセージ 89 (imonoyamashotengai さん)への返信です.
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クック元英外相、急死 イラク戦争に反対
投稿者: nanisun_carrion 投稿日時: 2005/08/08 18:32 投稿番号: [4776 / 5091]
2005.08.07
Web posted at: 12:00 JST - CNN/AP
ロンドン――英国のクック元外相が6日午後2時過ぎ、地元スコットランドでハイキング中に倒れ、急死した。59歳だった。下院院内総務としてブレア政権のイラク政策に強く反対し政権を去るなど、信念をもった政治家、鋭い論客として知られた。
スコットランドの地元警察当局によると、クック氏は妻と一緒にベン・スタック山(721メートル)のハイキング中、頂上にさしかかったあたりで倒れたという。沿岸警備隊のヘリコプターでインバネスの病院に運ばれたが、そこで死亡が確認された。
74年に初当選したクック氏は97年から01年まで外相。下院院内総務だった03年3月には「国際的合意もなければ国内の支持もない戦争を支持するわけにはいかない」とイラク戦争に強く反対し、ブレア政権を去った。下院で行ったクック氏の辞任演説は、場内から異例のスタンディングオベーションをうけた。その後も労働党の下院議員として活動し、ブレア政権を厳しく批判し続けた。
英首相官邸は「傑出した才能の持ち主」で「素晴らしく説得力のある論客だった」「英国だけでなく世界各地で多くの人が悲しんでいる」というブレア首相の談話を発表した。
プレスコット副首相は「同世代の政治家の中で最高の議員だった。与野党の両方にあって英国政治に多大な貢献をした」とコメントした。
ストロー外相は「ロビンと私は30年来にわたる友人同士だ。2人の友情は、イラク戦争をめぐる意見の違いをも乗り越えて長らえてきた。同世代における最高の政治家で、素晴らしい外務大臣だった。彼を失ったことを深く悼んでいる」と追悼した。
また野党・保守党のハワード党首はクック氏にういて「信念をもった政治家で、信じるもののために激しく戦った人物だ」と評価した。
これは メッセージ 1 (topics_editor さん)への返信です.
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クック元英外相、急死 イラク戦争に反対
投稿者: nanisun_carrion 投稿日時: 2005/08/08 18:32 投稿番号: [4776 / 5091]
2005.08.07
Web posted at: 12:00 JST - CNN/AP
ロンドン――英国のクック元外相が6日午後2時過ぎ、地元スコットランドでハイキング中に倒れ、急死した。59歳だった。下院院内総務としてブレア政権のイラク政策に強く反対し政権を去るなど、信念をもった政治家、鋭い論客として知られた。
スコットランドの地元警察当局によると、クック氏は妻と一緒にベン・スタック山(721メートル)のハイキング中、頂上にさしかかったあたりで倒れたという。沿岸警備隊のヘリコプターでインバネスの病院に運ばれたが、そこで死亡が確認された。
74年に初当選したクック氏は97年から01年まで外相。下院院内総務だった03年3月には「国際的合意もなければ国内の支持もない戦争を支持するわけにはいかない」とイラク戦争に強く反対し、ブレア政権を去った。下院で行ったクック氏の辞任演説は、場内から異例のスタンディングオベーションをうけた。その後も労働党の下院議員として活動し、ブレア政権を厳しく批判し続けた。
英首相官邸は「傑出した才能の持ち主」で「素晴らしく説得力のある論客だった」「英国だけでなく世界各地で多くの人が悲しんでいる」というブレア首相の談話を発表した。
プレスコット副首相は「同世代の政治家の中で最高の議員だった。与野党の両方にあって英国政治に多大な貢献をした」とコメントした。
ストロー外相は「ロビンと私は30年来にわたる友人同士だ。2人の友情は、イラク戦争をめぐる意見の違いをも乗り越えて長らえてきた。同世代における最高の政治家で、素晴らしい外務大臣だった。彼を失ったことを深く悼んでいる」と追悼した。
また野党・保守党のハワード党首はクック氏にういて「信念をもった政治家で、信じるもののために激しく戦った人物だ」と評価した。
これは メッセージ 1 (topics_editor さん)への返信です.
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来春にも2万〜3万人引き揚げへ
投稿者: nanisun_carrion 投稿日時: 2005/08/08 12:23 投稿番号: [4775 / 5091]
<イラク駐留米軍>来春にも2万〜3万人引き揚げへ
【ワシントン】米国防総省と米中東軍が来春にもイラク駐留米軍を2万〜3万人引き揚げる方向で協議に入っていることが7日、分かった。同日付ニューヨークタイムズ紙が報じた。イラクの政治プロセスが順調に進み、訓練中のイラク治安部隊の能力が十分なレベルに達することが前提条件で、構想通り進むかどうかは不明だ。
7月下旬、イラク駐留米軍のケーシー司令官が「来年春か夏」の相当数の兵士引き揚げに言及しているが、具体的数字は示していなかった。
同紙によると、アビザイド中東軍司令官が7月、国防総省幹部に対する説明で明らかにした。しかし、イラク国内の政治的混乱が続き治安回復が進まない場合、06年を通じて現在の13万8000人態勢を維持する必要も説明されたという。ラムズフェルド国防長官が11日にもテキサス州クロフォードに滞在中のブッシュ大統領と会うことになっており、議題となる可能性がある。
背景には、米兵の死者が1800人を超え、米国内でイラク政策に対する不満が高まっていることに加え、月額約50億ドルの戦費が財政を大きく圧迫している事情があると見られる。
(毎日新聞) - 8月8日10時39分更新
これは メッセージ 1 (topics_editor さん)への返信です.
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来春にも2万〜3万人引き揚げへ
投稿者: nanisun_carrion 投稿日時: 2005/08/08 12:23 投稿番号: [4775 / 5091]
<イラク駐留米軍>来春にも2万〜3万人引き揚げへ
【ワシントン】米国防総省と米中東軍が来春にもイラク駐留米軍を2万〜3万人引き揚げる方向で協議に入っていることが7日、分かった。同日付ニューヨークタイムズ紙が報じた。イラクの政治プロセスが順調に進み、訓練中のイラク治安部隊の能力が十分なレベルに達することが前提条件で、構想通り進むかどうかは不明だ。
7月下旬、イラク駐留米軍のケーシー司令官が「来年春か夏」の相当数の兵士引き揚げに言及しているが、具体的数字は示していなかった。
同紙によると、アビザイド中東軍司令官が7月、国防総省幹部に対する説明で明らかにした。しかし、イラク国内の政治的混乱が続き治安回復が進まない場合、06年を通じて現在の13万8000人態勢を維持する必要も説明されたという。ラムズフェルド国防長官が11日にもテキサス州クロフォードに滞在中のブッシュ大統領と会うことになっており、議題となる可能性がある。
背景には、米兵の死者が1800人を超え、米国内でイラク政策に対する不満が高まっていることに加え、月額約50億ドルの戦費が財政を大きく圧迫している事情があると見られる。
(毎日新聞) - 8月8日10時39分更新
これは メッセージ 1 (topics_editor さん)への返信です.
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「埋もれた警鐘」旧ユーゴ劣化ウラン弾被災
投稿者: imonoyamashotengai 投稿日時: 2005/08/08 01:41 投稿番号: [4774 / 5091]
「埋もれた警鐘」旧ユーゴ劣化ウラン弾被災地をゆく
(2005.8.7)テレメンタリー2005(広島ホームテレビ)
http://www.home-tv.co.jp/co/press/20050806.html・2005年6月セルビアのビンチャ核科学研究所
劣化ウラン弾に汚染された土壌をドラム缶に詰めている
25マイクロシーベルト/h(日本の自然値の約350倍)
日常生活で受ける放射線量2400マイクロシーベルト/年間
(国際科学委員会)
劣化ウラン弾が使用されたのは、
・1991年湾岸戦争
・1995ボスニア紛争
・1999年コソボ紛争
・2003年イラク戦争
これまでに使用されたのは2330トンと推定されている。
・ボスニアのハジッチ市
旧ユーゴ最大の戦車・兵器整備工場
1995年の空爆で1500発の劣化ウラン弾が使用された
2002年に国連環境計画が環境汚染を調査。人体への影響を認めていない。
周辺の3倍の放射線量
空爆された工場の周辺住民は、ブラトゥナッツ市(ボスニア)に移住
三千人中千人がガンで死亡
・カシンド総合病院(ボスニア)スラフコ・ジュドラレ院長
ガンの統計:1996年から2002年にかけて4.5倍
「普通では考えられないことが起こっているのです。
一つの器官に一度に二つ三つの腫瘍ができるのですよ。
普通では百万人に一人ほどの稀なケースです。
この新事実は多発性ガンが増えていることを示すものです」
長さ10センチの劣化ウラン弾の表面が黄色い。
黄色いのは酸化ウランで、イエローケーキと呼ばれるもの。
イエローケーキは、天然ウラン鉱石を精錬した後の状態
線量計の針が振り切れる(3.3マイクロシーベルト/h)日本の自然値の約50倍
ビンチャ核科学研究所のヤゴシュ・ライチェビッチ課長は、
「あのイエローケーキは天然ウランより流動性が強い。たった300グラムですが
粉となって広がり、水に溶けていたる所に浸透します」
劣化ウラン弾が使用された場所は、
セルビア政府が管轄している場所では4か所。
旧ユーゴ全体では、100か所以上。
フィンランド・クオピオ国立大学のキース・ベイバーストック博士は、
2003年までWHOの放射線専門官
「WHOなどの報告よりガンなどになる危険性が高い」という報告書をまとめたが
(バイスタンダー効果)
WHOとしての公表は許されなかった。
これは メッセージ 4715 (imonoyamashotengai さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/552019567/a5a4a5ia5afc0oah_1/4774.html
モハマド君ファルージャを語る:FRIDAY:8/12
投稿者: imonoyamashotengai 投稿日時: 2005/08/07 18:39 投稿番号: [4773 / 5091]
FRIDAY(8/12号)で、故橋田信介氏が尽力した
ファルージャの少年モハマド君がファルージャについて語っている。
http://books.bitway.ne.jp/kodansha/friday/scoopengine/
志葉玲氏がインタビューしている。
「今回の来日で、何人もの記者に取材されましたが、
あなた以外、誰もファルージャのことを聞いてこなかった」
イラク赤新月社の報告によると、2004年11月の掃討作戦では、
住民6000人以上が殺害されたという。
今回の来日時に、父親のハイサムさんは、
ファルージャで撮ったビデオを持参した。
「現地のイラク人の貴重な証言が納められていたのですが、
『爆発などハデなシーンがない』と日本のテレビ局は使いませんでした」
総攻撃後のファルージャは街の9割が破壊され、モハマド君の家も
メチャクチャに荒らされていた。
「学校?
ううん、行ってない。僕の学校も空爆されちゃったから」
来日の1週間前、モハマド君の家に米兵が家宅捜査に突入してきたという。
米兵達はモハマド君の目の前で家中を引っ掻き回した。
「彼らは僕にチョコレートを差し出したけど、受け取らなかった。
米兵は嫌いだ」
これは メッセージ 4687 (imonoyamashotengai さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/552019567/a5a4a5ia5afc0oah_1/4773.html
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