「チェチェン軍事侵攻から10年」①NHKBS
投稿者: imonoyamashotengai 投稿日時: 2004/12/25 01:10 投稿番号: [4042 / 5091]
かつて北コーカサスで最も美しい街と呼ばれたグローズヌイ。
グローズヌイでは大砲で破壊された跡の残らない建物はありません。
チェチェン戦争の被害者は主に一般の市民です。
ロシアとチェチェンの交渉に関わった人々はエリツィン大統領とドゥダーエフ
大統領の会談さえ成立すれば平和的解決は可能だったと証言しています。
「ドゥダーエフはエリツィンとの会談に同意すると言った。私は即座にモスクワ
に電話したが、上院議長は事態は動き出したと述べて取り合わなかった」
(クロチュキン・ロシア元上院議員)
「ロシア側とも話をし、エリツィンとドゥダーエフがテレビで発表する軍事衝突
回避の声明文まで準備したが受け入れられなかった」
(シャミル・チェチェン元外相)
それから十年、親ロシア派の共和国政権が誕生しています。
「独立派は認めない。武器を捨て、平和の為に協力すると言うなら対話の用意は
ある」(アルハノフ・チェチェン共和国大統領)
NHKモスクワ支局長石川一洋氏は、
「ロシアとチェチェンの問題は長い歴史はあるものの、現代において軍事侵攻に
まで先鋭化する必要性も必然性もなかったとみています。
94年12月に軍事侵攻に踏み切った理由は、ロシアの統一の維持の為であり、
それが戦争の大義ということになります。
政権浮揚の為の簡単な勝利を求めたという理由に尽きるとみています。
94年の時点ではドゥダーエフ政権の基盤が大変脆弱化しており、グローズヌイ
と三つの地区を支配するだけと言われ、親ロシア派の力が増しており、
こうしたことがエリツィン政権をして簡単な勝利の幻想を持たせたのかもしれ
ません」
「反ドゥダーエフの村でもロシアが攻めてきたらドゥダーエフと協力して戦うと
言っていた」(クロチュキン・ロシア元上院議員)
<現在のチェチェンの状況>
「独立派幹部が共和国政府に投降するという状況はあるものの、逆に過激な武装
勢力に加わる若者達は後を絶ちません。
過激なイスラム原理主義が浸透するとともに、北コーカサス全体に広がって
います」(石川氏)
今夏隣国イングーシの山奥で撮影されたとみられるバサーエフ司令官の映像。
チェチェンのアルカイダ代表とされるアルザイド司令官が共に映っていました。
「昔からロシアに内通したやつは多い。俺の周りもそうしたチェチェン人が
たくさんいる。
そっちの覆面の男は撮らないでくれ。彼はアルハノフから副大臣になってくれ
と頼まれたので俺に許可を得に来た」(バサーエフ)
映像の中に、ベスランでの学校襲撃事件に実際に参加した二人の男が映って
います。
一人はアラブ人でベスランの学校からサウジアラビアの母親に電話した内容が
アメリカの情報機関からロシア側に伝えられています。
もう一人は学校を占拠した武装勢力の中で大佐と呼ばれていた指揮官で
チェチェン人です。
独立派の内部では、指導者であるはずのマスハードフ元大統領は既に実質的な
力を失い、アラブの過激なイスラム原理主義と結びついたバサーエフ指令官の
グループが指導的な力を強めているものとみられています。
バサーエフの武装勢力に対して実際に戦っているのは、チェチェン共和国特殊
部隊とロシア軍参謀本部の特殊部隊です。
いずれもロシア人は含まれず、チェチェン人のみから構成されています。
ロシア軍特殊部隊は元々親ロシアのチェチェン人から構成せれているのに対し、
共和国特殊部隊は、投降した元独立派から構成されています。
暗殺されたカディロフ前大統領が、独立派の宗教指導者からロシア側に移った
ように、イスラム過激派の勢力を抑え切れないマスハードフ元大統領に見切りを
つけて、ロシア側に投降した人々がほとんどです。
「私達はマスハードフ元大統領にバサーエフと別れてイスラム原理主義と戦う
ように求めました。しかし彼は優柔不断で決断しませんでした」
(特殊部隊司令官)
グローズヌイでは大砲で破壊された跡の残らない建物はありません。
チェチェン戦争の被害者は主に一般の市民です。
ロシアとチェチェンの交渉に関わった人々はエリツィン大統領とドゥダーエフ
大統領の会談さえ成立すれば平和的解決は可能だったと証言しています。
「ドゥダーエフはエリツィンとの会談に同意すると言った。私は即座にモスクワ
に電話したが、上院議長は事態は動き出したと述べて取り合わなかった」
(クロチュキン・ロシア元上院議員)
「ロシア側とも話をし、エリツィンとドゥダーエフがテレビで発表する軍事衝突
回避の声明文まで準備したが受け入れられなかった」
(シャミル・チェチェン元外相)
それから十年、親ロシア派の共和国政権が誕生しています。
「独立派は認めない。武器を捨て、平和の為に協力すると言うなら対話の用意は
ある」(アルハノフ・チェチェン共和国大統領)
NHKモスクワ支局長石川一洋氏は、
「ロシアとチェチェンの問題は長い歴史はあるものの、現代において軍事侵攻に
まで先鋭化する必要性も必然性もなかったとみています。
94年12月に軍事侵攻に踏み切った理由は、ロシアの統一の維持の為であり、
それが戦争の大義ということになります。
政権浮揚の為の簡単な勝利を求めたという理由に尽きるとみています。
94年の時点ではドゥダーエフ政権の基盤が大変脆弱化しており、グローズヌイ
と三つの地区を支配するだけと言われ、親ロシア派の力が増しており、
こうしたことがエリツィン政権をして簡単な勝利の幻想を持たせたのかもしれ
ません」
「反ドゥダーエフの村でもロシアが攻めてきたらドゥダーエフと協力して戦うと
言っていた」(クロチュキン・ロシア元上院議員)
<現在のチェチェンの状況>
「独立派幹部が共和国政府に投降するという状況はあるものの、逆に過激な武装
勢力に加わる若者達は後を絶ちません。
過激なイスラム原理主義が浸透するとともに、北コーカサス全体に広がって
います」(石川氏)
今夏隣国イングーシの山奥で撮影されたとみられるバサーエフ司令官の映像。
チェチェンのアルカイダ代表とされるアルザイド司令官が共に映っていました。
「昔からロシアに内通したやつは多い。俺の周りもそうしたチェチェン人が
たくさんいる。
そっちの覆面の男は撮らないでくれ。彼はアルハノフから副大臣になってくれ
と頼まれたので俺に許可を得に来た」(バサーエフ)
映像の中に、ベスランでの学校襲撃事件に実際に参加した二人の男が映って
います。
一人はアラブ人でベスランの学校からサウジアラビアの母親に電話した内容が
アメリカの情報機関からロシア側に伝えられています。
もう一人は学校を占拠した武装勢力の中で大佐と呼ばれていた指揮官で
チェチェン人です。
独立派の内部では、指導者であるはずのマスハードフ元大統領は既に実質的な
力を失い、アラブの過激なイスラム原理主義と結びついたバサーエフ指令官の
グループが指導的な力を強めているものとみられています。
バサーエフの武装勢力に対して実際に戦っているのは、チェチェン共和国特殊
部隊とロシア軍参謀本部の特殊部隊です。
いずれもロシア人は含まれず、チェチェン人のみから構成されています。
ロシア軍特殊部隊は元々親ロシアのチェチェン人から構成せれているのに対し、
共和国特殊部隊は、投降した元独立派から構成されています。
暗殺されたカディロフ前大統領が、独立派の宗教指導者からロシア側に移った
ように、イスラム過激派の勢力を抑え切れないマスハードフ元大統領に見切りを
つけて、ロシア側に投降した人々がほとんどです。
「私達はマスハードフ元大統領にバサーエフと別れてイスラム原理主義と戦う
ように求めました。しかし彼は優柔不断で決断しませんでした」
(特殊部隊司令官)
これは メッセージ 4041 (imonoyamashotengai さん)への返信です.
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