イラク戦争

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「チェチェン」(文庫クセジュ)②

投稿者: imonoyamashotengai 投稿日時: 2005/08/16 22:26 投稿番号: [4781 / 5091]
  ドゥダエフは石油立国を夢見るが挫折

・ロシアによる経済封鎖開始
・チェチェンの失業率2〜4割
・農村の失業による過疎化と都市化

・1992年:ドゥダエフ政権内部対立
  石油産業を握るマモダエフ副首相とドゥダエフが対立
  石油収入を巡る内部対立。武力衝突後、ドゥダエフの強権的政治支配強化

・1993年:<エリツィンVSハズブラトフ>
  エリツィンはロシア最高会議を砲撃
  議長ハズブラトフはチェチェン人なので、「チェチェン人はマフィアで、
  犯罪者だ」という反チェチェン・キャンペーン
  エリツィンにとって、チェチェン問題は政治的カードの一つ。

・1994年:チェチェン内戦開始
  <反ドゥダエフ派>:・ラバザエフ   :元チェチェン最高会議議長
            ・ハズブラトフ:元ロシア最高会議議長
            ・ハッジエフ   :元ソ連石油産業相
            ・マモダエフ   :元チェチェン副首相

  <ドゥダエフ派>:チェチェン民族国民会議
            ・「緑の運動」環境保護運動:ゴイテミロフ
            ・「イスラムの道」イスラム復興勢力:ガンテミロフ
                            (グロズヌイ市長)
            ・「ヴァイナフ民主党」:ヤンダルビエフ

・1996年:ロシア大統領選挙
  エリツィン派とハズブラトフ・レベジ派との勢力均衡
  これが第一次チェチェン戦争を終わらせた

・ロシア中央政界での対立が、チェチェンに反映
・エリツィンの病状さえ、チェチェン情勢に影響

  第一次チェチェン戦争前、チェチェン人内部がいくつにも分裂していた。
・旧共産党ノーメンクラツーラ
・石油産業関連に利害を持つ者
・民族主義者
・宗教指導者
  等々

  例えば、独立派内穏健派には、タタールスタン独立宣言のようにロシア連邦に
留まりつつ、ロシア内での自治権拡大を訴える者等、各勢力内には、穏健派から
急進派まで多岐にわたる路線の違いが存在した。
  しかし、ロシア軍が侵攻して来ると、それまでの対立は一時棚上げし、
ほぼ全チェチェン民族が結束して戦う。
ということは、第一次チェチェン戦争後、内部分裂が再燃することを意味した。
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