イラク戦争

Yahoo! Japan 掲示板トピックビューアー

[ << 最初のページ | < 前のページ | メッセージリスト | [ メッセージ # オフセット ] | 次のページ > | 最後のページ >> ]

非武装のレジスタンス組織ワハジュ・イラク

投稿者: imonoyamashotengai 投稿日時: 2005/08/21 22:22 投稿番号: [4786 / 5091]
  報道特集(2005.8.21)

非武装のレジスタンス組織
「武力を用いない政治闘争」
ワハジュ・イラク
マジド・ガウード・ドレイミ議長
ファルージャ出身
ヨルダンに潜伏中
約40の団体が加盟
プロサッカーチーム「タラバ」も加盟団体
民族・宗派を問わずネットワークはイラク全土に
7月24日来日

http://homepage2.nifty.com/midoritokyo/0801tokyo_p.html
http://homepage2.nifty.com/midoritokyo/0801tokyo.html


  <私の感想>
  この番組では、その主張内容はあまり多くは伝わってこなかった。
イラクには、他にも非武装のレジスタンス組織があることも知っている。
こういう非武装のレジスタンス組織が社会的により大きな力を持つことを
支持する。
ハマスやヒズボラが、選挙で躍進するとともに、テロ路線から離れて
いっているように私は感じている。
イラクのスンニ派地元武装勢力も、武装路線から選挙闘争へと路線転換を
して欲しいと思っているし、不可能だとも思えない。

無差別テロを行う組織には反対だし、それと戦うことは必要だと思っている。

サドル派とスンニ派武装勢力との連携

投稿者: imonoyamashotengai 投稿日時: 2005/08/21 04:42 投稿番号: [4785 / 5091]
  8/20(土)日本時間午後三時放送のアルジャジーラのニュース

「イラク・イスラム軍、イラク抵抗戦線など六つの組織が声明を発表し、
  憲法承認の国民投票で反対票を投じて、アメリカの計画を失敗させるよう
  呼び掛けました。
  声明では、投票人名簿への登録と反対投票は、一種のジハードと認められ
  悪を戒めるというイスラム法上の義務に相当すると述べています」

「サドル師を支持する人々数千人が、バグダッドでデモを行い、
  イラクを連邦制にする動きは、イラク分割の企てだと非難しました。
  ここ数ヵ月で最大のデモを行ったサドル派の人々は、イラクの統一を呼び掛け
  分割の目論見に反対するプラカードを掲げて行進しました」


  <私の感想>

  スンニ派武装勢力の声明は、それ自体は民主主義のルールに則っている。
・選挙人名簿に登録し、その上で、反対票を投じること
・それを呼びかけること
  これは、それ自体は民主主義的なルールに則っている。
  その意見内容は、ともかく、その訴える形式は、民主主義のルールに則って
  いる以上、批判できないものだと思う。

  サドル派とスンニ派地元武装勢力とは、従来から継続的に提携を積み上げて
きているので、この両者の連携は、イラクの政治地図においても、一定の勢力を
形成していると思う。

  シーア派が国民の約六割だといっても、サドル派の支持層も結構多いからだ。

また、シスターニ師も、ダアワ党、SCIRIにしろ、海外亡命組なのに対して、
サドル師は数少ないイラク国内派であり、
シスターニ師がイラク生まれのペルシャ語を話すペルシャ民族なのに対し、
サドル師の父親も叔父も、ともに純粋にイラク人であり、イラク国内で活動し、
フセインに殺されたという経歴を持つ大アヤトラだった。
そういう意味では、シスターニ師よりも、イラク国民にとって、血統的、民族的
には、より親近感がある。

米軍が爆弾テロ演出?市民に広がる不信感

投稿者: imonoyamashotengai 投稿日時: 2005/08/18 20:55 投稿番号: [4784 / 5091]
  こちら特報部   イラクのサイトに『謀略説』続々…
エッ   米軍が爆弾テロ演出?   市民に広がる   『やりかねない』不信感
2005.06.06   朝刊   22頁   特報1面   (全1481字)

  米軍が爆弾テロを組織している?   四月末の移行政府発足以来、治安悪化が
著しいイラクで、こんな「体験談」が、現地のアラビア語ニュースサイトなどに
相次ぎ掲載されている。真偽を確認する手段はないが、根底に住民の移行政府に
対する根強い不信があることだけは間違いない。

  米軍に批判的で

  “裏取り”は不明

  「ある市民が米軍に運転免許証を没収され、翌日、バグダッド空港近くの
米軍基地に出頭するよう言われた」。五月十二日付の現地サイト「ダウリーヤ・
アルイラーク(イラク・パトロール)」が転載した「カーデル・ネット」
(イラク共産党の分派系)の記事はこうして始まる。

  「市民は約三十分、調べを受け、問題なしと告げられた後、米兵から
『主権はイラク側なので、すぐ(バグダッドのシーア派地区)カーゼミーヤ
警察署のフセイン・ムハンマドを訪ねるように』と命じられた」

  「途中、自分の車が重く感じられた。頭上には米軍ヘリが飛んでいた。
点検すると、後部座席に百キロを超える爆発物が見つかった」

  「近くの警察に連絡し、車は移送されたが、結果は告げられなかった。
こうした事例は最近、北部のモスルでも繰り返された」

  記事では、抵抗勢力によるとされる「警察署爆破」と「シーア派狙い」という
“物語”がこうしてつくられていると解説している。

  「シャバカ・アルバスラ(バスラ・ネット)」は同十四日、
「アルカイダ・イラク支部アブ・ミスラ氏」の声明を伝えている。

  「十字軍兵士(米軍)は(聖戦士の印象をゆがめるため)、検問所で調べる
ふりをして車の後部に爆弾を仕掛け、適当な場所と時間に遠隔装置で爆発させる」

  さらに「ヘリコプターが車を爆撃し、車が自爆したかのように見せかける」
場合もあると指摘する。

  十八日付「ムファッカラ・アルイスラーム(イスラム・メモ)」も首都南方
ヒッラーの農民「ハイダル」氏の体験をこう紹介する。

  「二十の箱に詰めたトマトをバグダッドの野菜市場に運ぶ途中、米軍の検問所
で止められた。十分後、行くように言われたが、同乗していた孫に『米兵が鉛色
をしたスイカのようなものを荷台に置いた』と言われて、調べると爆弾だった」

  「爆発数分前に

  米兵目撃した」

  いずれのサイトも米軍や新政府に批判的で、どこまで“裏取り”されている
かは不明だ。だが、バグダッド在住の通称「リバーベンド」と呼ばれる女性の
匿名日記「バグダッド・バーニング」にも類似した話が記された。筆者の素性に
ついて情報が乏しく、信憑(しんぴょう)性を疑う向きもあるが、日記は世界的
に知られている。

  話のあらすじは「首都西部のマムン地区で爆発があり、近くの男性が米軍に
連行された。うわさでは、男性は爆発数分前に米兵が現場で足を止めているのを
目撃しており、米兵が爆弾を仕掛けたか、放置したかのどちらかだと叫んでいた」

  これらの話が事実か否かはともあれ、少なくとも移行政府の発足後、
こうした「謀略説」が急速に市民の間に広がっていることだけは確かだ。
その背景に何があるのか。

  アジア経済研究所の酒井啓子参事は「移行政府に不満を持つ『抵抗勢力』、
あるいは、移行政府内で本質的には反米のシーア派系グループ、双方に話を流す
根拠はある」と指摘する。

  問題はそれが市民の間に浸透している点だ。酒井氏はその点をこう解説する。

  「市民は移行政府を主導するシーア派系組織と米国がうまくないことを理解し
ている。だから、シーア派狙いはあり得ると考える。また、移行政府が国民を
代表していないことを痛感している。そんな移行政府を事実上、つくった米国
なら『(謀略を)やりかねない』という不信が心の底にはあるのではないか」

中日新聞社


  <私の感想>
  米軍による謀略は、大いにあり得ると思う。
更に言えば、米軍に限らず、イラクの混乱した現状に利益を見い出す諸勢力に
とっては、混沌とした現状を利用し、謀略的手口により、更に混迷を増大させる
ことは、大いにあり得ると思う。

  シリア、イラン、イスラエル、サウジアラビア等の周辺諸国の政治権力者。

  政治的謀略を実証するのは、至難の業だと思う。
従って、信憑性については、少なくとも、確証はない。
照明できないものを、客観的事実とする訳にはいかない。

しかし、イラクの一

GOODBYE TO GAZA:ABC NIGHTLINE(8/17)

投稿者: imonoyamashotengai 投稿日時: 2005/08/18 19:59 投稿番号: [4783 / 5091]
  イスラエルの人気キャスターであるヤビン氏は、自ら、撮影、ナレーション、
原稿を担当した五部作のドキュメンタリーを制作するも、出演中のテレビ局から
放送を拒否され、ライバル局で、五月末から六月初めにかけて放送。

Haim Yavin(Israel Channel 1 Anchor):Diary of a Journey

"Since 1967 we have been brutal conquerors,
occupiers,suppressing another people.
I cannot really do anything to relieve this misery other than
to document it,so neither I nor those like me will be able to
say that we saw nothing,heard nothing,knew nothing."

「1967年以来、イスラエル人は他の民族を征服、支配し、抑圧を続けてきた。
  この惨状を見ても、聞いてもいなければ、全く知らなかったとも
  言わさない為には、現状を記録に収めなければならない」

「私はとても単純なことを言っただけです。
  ただ、道路の封鎖や直接テロとは関係関係ないパレスチナ人の弾圧、
  そして破壊された住宅。
  こういったものを目にしながら黙って立ち去ることはできないということ
  なんです。
  私はこういったことを目撃しながら、それを報道しない訳にはいかないのです。」


<西岸の入植者もいつかは退去せざるをえなくなると思われますか>

「私達はこれから長い道のりを進まなければなりません。
  この問題はとても複雑です。
  シャロン首相は、ブッシュ大統領の目の前で宣言しました。
  西岸の入植地は維持するとはっきり言ったんです。
  西岸を恒久的に維持する為にガザ地区は返還すると明言したんです。
  これからは、西岸からの撤退に取り組まなければなりません。
  宗教的、歴史的な意義がとても深く、イスラエル人の思い入れが強い場所です
  から、これからまだ激しい対立があるかもしれません」


<西岸の入植地でも非人道的な行為が行われていましたか>
<入植そのものは正しいと思われますか>

「いいえ、でも入植者達の考えや信仰に基づく信念は理解することができます。
  イスラエルはユダヤ人が先祖の土地に戻って来て建国した国家です。
  この点が必ず考慮されなければなりません。
  イスラム教徒もキリスト教徒もこの地が聖地であると考えています。
  ガザ地区というのは、西岸と違って、イスラエルの土地の一部であったことは
  一度もありませんでした。
  私達は第三次中東戦争前の国境に戻るべきだとは思いません。
  領土に関して、イスラエルとパレスチナは妥協しなければなりません。
  それは可能だと思います。
  妥協に向けて進んでいこうという機運が生まれているからです。
  私は妥協する以外に道はないと信じています。
  パレスチナ人もイスラエル人もこれからもこの土地で暮らしていきます。
  私達はお互いに共存することを学ぶしかないのです」



  <私の感想>
  ヤビン氏は、失職をも辞せずに、信念を貫き通した点を尊敬します。

  日本でも五月に邦訳が発売された「パレスチナから報告します」の著者、
ハアレツ紙のアミラ・ハス女史は、ガザ、西岸で、もう十数年以上も取材を
続けています。

  デイビット・グロスマン氏の著作も三冊日本で邦訳され出版されています。

イスラエルにも占領地での実態を報道するという気骨のあるジャーナリストが
結構いるんだなと、最近やっと遅ればせながら知ることができました。

「ウズベキスタン」民族・歴史・国家②

投稿者: imonoyamashotengai 投稿日時: 2005/08/16 22:30 投稿番号: [4782 / 5091]
カリモフは赤貧家庭に生まれ、コムソモール活動家となり、工科大学に進学、
ロシア人女性と結婚(後離婚)、農業機械工場の技術技師として就職、
経済非効率を痛感し、経済大学の通信課程へ。ゴスプラン・メンバーに抜擢。
クラン的背景を持たないことをゴルバチョフが評価
州第一書記に抜擢、綿花生産を33万トンから55万トンに増加
91年大統領選挙に勝利、民族系詩人を破る
共産党を複数政党制の形式を整える為に国民民主党と祖国復興党に二分
92年、独自通貨スムを発行
「ソビエト的な側面とローカリズムに基づく側面をうまく使い分け両立」
「ナショナリストというよりも、現実主義者であり政治的なプラグマティスト
  ないし実務家、あるいはテクノクラート」
「旧ソ連的な体制はカリモフ政権によって再構築され、継承されている」
2004年春ソロス財団支部を閉鎖


ウズベク軍は国民皆兵、しかし都市部の若者は実質的に兵役を免除
軍隊への入隊は有望な就職先
交通警官に採用されるには軍経験が必須
(交通警官は罰金を徴収する利得)
「縮小された軍隊は、経済的には恵まれない農村のウズベクたちによって
  占領され、その内部はさらに地域主義の分断を抱えている」

「60の韓国系プロテスタント、五つのカトリック教会、四つのエヴァンゲリスト
  教会が登録されている」
「教団は改宗する時、50ドルをくれ、後でもっとあげると言いました」
「もっと稼ぐ為には他の若者を導かなければなりません」
当局はこの動きに警戒と警告


・汎チュルク主義
・「隠れタジク」

「ウズベキスタンは、チュルク系低住民の土地という意味で典型的にウズベク的
  であるフェルガナに片足を置く一方で、サマルカンドやブハラの混交的な
  文化にももう片方の足を下ろす。これはサマルカンド・クランと
  フェルガナ・クランの交替によって続いてきた政治構造とも対応」


「アンディジャン事件」
「主要な通りに一定間隔ごとに警官が立ち、彼らが常に街の動静に
  目を光らせているというのが、ウズベキスタンの都市でお馴染みの風景」

ドル・スム交換レートの高騰による、ドルを持つ者と持たざる者との
経済格差の拡大

GDP成長率3.1%に対し、インフレ率は13.1%

経済的な不満が醸成・蓄積されている



<政治支配体制>
旧共産党ノーメンクラツーラという要素と、
(形式的な複数政党制という政治的演出)
地元部族勢力のバランスにも配慮

<イデオロギー>
イスラーム穏健派は、上から監視・コントロールし、
ティムール礼賛を国民統合の象徴化

<経済政策>
欧米露、多方面から援助をしたたかに受け取ってきた。

有力な対立政治勢力の存在があるとも見えない。
経済エリート間の対立が顕在化しているとも見えない

経済格差の拡大による、低所得層の不満が醸成・拡大しているとは思う
しかし、その不満が有力な反政府勢力と有効に結びついているとは見えない。

「チェチェン」(文庫クセジュ)②

投稿者: imonoyamashotengai 投稿日時: 2005/08/16 22:26 投稿番号: [4781 / 5091]
  ドゥダエフは石油立国を夢見るが挫折

・ロシアによる経済封鎖開始
・チェチェンの失業率2〜4割
・農村の失業による過疎化と都市化

・1992年:ドゥダエフ政権内部対立
  石油産業を握るマモダエフ副首相とドゥダエフが対立
  石油収入を巡る内部対立。武力衝突後、ドゥダエフの強権的政治支配強化

・1993年:<エリツィンVSハズブラトフ>
  エリツィンはロシア最高会議を砲撃
  議長ハズブラトフはチェチェン人なので、「チェチェン人はマフィアで、
  犯罪者だ」という反チェチェン・キャンペーン
  エリツィンにとって、チェチェン問題は政治的カードの一つ。

・1994年:チェチェン内戦開始
  <反ドゥダエフ派>:・ラバザエフ   :元チェチェン最高会議議長
            ・ハズブラトフ:元ロシア最高会議議長
            ・ハッジエフ   :元ソ連石油産業相
            ・マモダエフ   :元チェチェン副首相

  <ドゥダエフ派>:チェチェン民族国民会議
            ・「緑の運動」環境保護運動:ゴイテミロフ
            ・「イスラムの道」イスラム復興勢力:ガンテミロフ
                            (グロズヌイ市長)
            ・「ヴァイナフ民主党」:ヤンダルビエフ

・1996年:ロシア大統領選挙
  エリツィン派とハズブラトフ・レベジ派との勢力均衡
  これが第一次チェチェン戦争を終わらせた

・ロシア中央政界での対立が、チェチェンに反映
・エリツィンの病状さえ、チェチェン情勢に影響

  第一次チェチェン戦争前、チェチェン人内部がいくつにも分裂していた。
・旧共産党ノーメンクラツーラ
・石油産業関連に利害を持つ者
・民族主義者
・宗教指導者
  等々

  例えば、独立派内穏健派には、タタールスタン独立宣言のようにロシア連邦に
留まりつつ、ロシア内での自治権拡大を訴える者等、各勢力内には、穏健派から
急進派まで多岐にわたる路線の違いが存在した。
  しかし、ロシア軍が侵攻して来ると、それまでの対立は一時棚上げし、
ほぼ全チェチェン民族が結束して戦う。
ということは、第一次チェチェン戦争後、内部分裂が再燃することを意味した。

「チェチェン」(文庫クセジュ)②

投稿者: imonoyamashotengai 投稿日時: 2005/08/16 22:26 投稿番号: [4781 / 5091]
  ドゥダエフは石油立国を夢見るが挫折

・ロシアによる経済封鎖開始
・チェチェンの失業率2〜4割
・農村の失業による過疎化と都市化

・1992年:ドゥダエフ政権内部対立
  石油産業を握るマモダエフ副首相とドゥダエフが対立
  石油収入を巡る内部対立。武力衝突後、ドゥダエフの強権的政治支配強化

・1993年:<エリツィンVSハズブラトフ>
  エリツィンはロシア最高会議を砲撃
  議長ハズブラトフはチェチェン人なので、「チェチェン人はマフィアで、
  犯罪者だ」という反チェチェン・キャンペーン
  エリツィンにとって、チェチェン問題は政治的カードの一つ。

・1994年:チェチェン内戦開始
  <反ドゥダエフ派>:・ラバザエフ   :元チェチェン最高会議議長
            ・ハズブラトフ:元ロシア最高会議議長
            ・ハッジエフ   :元ソ連石油産業相
            ・マモダエフ   :元チェチェン副首相

  <ドゥダエフ派>:チェチェン民族国民会議
            ・「緑の運動」環境保護運動:ゴイテミロフ
            ・「イスラムの道」イスラム復興勢力:ガンテミロフ
                            (グロズヌイ市長)
            ・「ヴァイナフ民主党」:ヤンダルビエフ

・1996年:ロシア大統領選挙
  エリツィン派とハズブラトフ・レベジ派との勢力均衡
  これが第一次チェチェン戦争を終わらせた

・ロシア中央政界での対立が、チェチェンに反映
・エリツィンの病状さえ、チェチェン情勢に影響

  第一次チェチェン戦争前、チェチェン人内部がいくつにも分裂していた。
・旧共産党ノーメンクラツーラ
・石油産業関連に利害を持つ者
・民族主義者
・宗教指導者
  等々

  例えば、独立派内穏健派には、タタールスタン独立宣言のようにロシア連邦に
留まりつつ、ロシア内での自治権拡大を訴える者等、各勢力内には、穏健派から
急進派まで多岐にわたる路線の違いが存在した。
  しかし、ロシア軍が侵攻して来ると、それまでの対立は一時棚上げし、
ほぼ全チェチェン民族が結束して戦う。
ということは、第一次チェチェン戦争後、内部分裂が再燃することを意味した。

「チェチェン」(文庫クセジュ)①

投稿者: imonoyamashotengai 投稿日時: 2005/08/16 22:26 投稿番号: [4780 / 5091]
  本書は1998年発行。
つまり、第一次チェチェン戦争が終わり、第二次チェチェン戦争が
始まるまでの戦間期に出版された。
従って当然凄惨な第二次チェチェン戦争には全く触れていない。
それでも、第一次チェチェン戦争が生起したさまざまな政治的、経済的背景、
分析がなされており、それがまた第二次チェチェン戦争を生起する諸条件を
構成しているという意味において、貴重な文献だと思う。

  「収容所列島」であった旧ソ連を美化するつもりなど毛頭ないが、
それでも肯定的要素もなくはなかった。教育はその一つだと思う。
多民族国家ソ連では、各民族が相互に交流した。
ハッサン・バイエフの「誓い」を読むと垣間見えたのだが、民族間の差別も
確かに存在した。
しかし、それでも、例えば、チェチェン人はソ連全土に教育、労働、商業活動
等々で出て行ったし、逆にチェチェンにソ連全土から多くの民族がやって来た。
  チェチェン自治共和国に住んでいたのは、チェチェン民族だけではなかった。
数十万人の他の民族も在住していた。
従って、チェチェン自治共和国の運命を決定する権利はチェチェン人のみが
持っていた訳ではなかった。

  チェチェンの石油は、1971年以降激減した。
しかし、周辺からの石油精製拠点となっていた。
ソ連唯一の石油産業学校がグローズヌイに(バサーエフは卒業生)
ハッジエフはソ連邦石油産業担当閣僚
シベリアのチュメニ油田開発にも貢献(五千人のチェチェン人コミュニティ)
石油パイプライン、鉄道、道路のターミナルとなっていた。
特に、アブハジア紛争の為、黒海沿岸を南下するルートが使えなかったので、
カスピ海沿いに南下し、南コーカサスへ向かう主要なターミナルとなっていた。

・チェチェン工業の75%がグローズヌイに集中
・産業比率:工業:44%
       農業:34%
       建設:11%
       運輸: 4%
(チェチェン人の76%は農村部に在住:ロシアのワインの12%、牛乳25%産出)
また、北部にはコサックも万単位で在住していた。

  ロシア中央政界での権力闘争が、チェチェン情勢にも大いに影響を
及ぼしていたことも本書で学んだ。

・1991年:<ゴルバチョフVSエリツィン>
  大統領選挙で、チェチェンでは、エリツィンが、ロシア全体の平均を
  はるかに上回る80%の得票。
  チェチェン最高会議議長ザブガエフはゴルバチョフ派で、共産党改革派。
  チェチェンを自治共和国から連邦構成共和国へ引き上げることを夢見た。
  しかし、独立派からは「軟弱な」改革派として打倒された。
  ロシア最高会議議長のチェチェン人であるハズブラトフとソ連石油産業相の
  ハッジエフは、エリツィンの意向で、ゴルバチョフ派のザブガエフを更迭し、
  ドゥダエフ政権を成立させた。
  しかし、ドゥダエフの独断により実施された大統領選挙は、
  360か所の投票所の内、70か所でしか行われていない非民主的なもので、
  ロシア最高会議は違法と宣告。

「チェチェン」(文庫クセジュ)

投稿者: imonoyamashotengai 投稿日時: 2005/08/16 22:26 投稿番号: [4780 / 5091]
  本書は1998年発行。
つまり、第一次チェチェン戦争が終わり、第二次チェチェン戦争が
始まるまでの戦間期に出版された。
従って当然凄惨な第二次チェチェン戦争には全く触れていない。
それでも、第一次チェチェン戦争が生起したさまざまな政治的、経済的背景、
分析がなされており、それがまた第二次チェチェン戦争を生起する諸条件を
構成しているという意味において、貴重な文献だと思う。

  「収容所列島」であった旧ソ連を美化するつもりなど毛頭ないが、
それでも肯定的要素もなくはなかった。教育はその一つだと思う。
多民族国家ソ連では、各民族が相互に交流した。
ハッサン・バイエフの「誓い」を読むと垣間見えたのだが、民族間の差別も
確かに存在した。
しかし、それでも、例えば、チェチェン人はソ連全土に教育、労働、商業活動
等々で出て行ったし、逆にチェチェンにソ連全土から多くの民族がやって来た。
  チェチェン自治共和国に住んでいたのは、チェチェン民族だけではなかった。
数十万人の他の民族も在住していた。
従って、チェチェン自治共和国の運命を決定する権利はチェチェン人のみが
持っていた訳ではなかった。

  チェチェンの石油は、1971年以降激減した。
しかし、周辺からの石油精製拠点となっていた。
ソ連唯一の石油産業学校がグローズヌイに(バサーエフは卒業生)
ハッジエフはソ連邦石油産業担当閣僚
シベリアのチュメニ油田開発にも貢献(五千人のチェチェン人コミュニティ)
石油パイプライン、鉄道、道路のターミナルとなっていた。
特に、アブハジア紛争の為、黒海沿岸を南下するルートが使えなかったので、
カスピ海沿いに南下し、南コーカサスへ向かう主要なターミナルとなっていた。

・チェチェン工業の75%がグローズヌイに集中
・産業比率:工業:44%
       農業:34%
       建設:11%
       運輸: 4%
(チェチェン人の76%は農村部に在住:ロシアのワインの12%、牛乳25%産出)
また、北部にはコサックも万単位で在住していた。

  ロシア中央政界での権力闘争が、チェチェン情勢にも大いに影響を
及ぼしていたことも本書で学んだ。

・1991年:<ゴルバチョフVSエリツィン>
  大統領選挙で、チェチェンでは、エリツィンが、ロシア全体の平均を
  はるかに上回る80%の得票。
  チェチェン最高会議議長ザブガエフはゴルバチョフ派で、共産党改革派。
  チェチェンを自治共和国から連邦構成共和国へ引き上げることを夢見た。
  しかし、独立派からは「軟弱な」改革派として打倒された。
  ロシア最高会議議長のチェチェン人であるハズブラトフとソ連石油産業相の
  ハッジエフは、エリツィンの意向で、ゴルバチョフ派のザブガエフを更迭し、
  ドゥダエフ政権を成立させた。
  しかし、ドゥダエフの独断により実施された大統領選挙は、
  360か所の投票所の内、70か所でしか行われていない非民主的なもので、
  ロシア最高会議は違法と宣告。

「ウズベキスタン」民族・歴史・国家①

投稿者: imonoyamashotengai 投稿日時: 2005/08/16 22:23 投稿番号: [4779 / 5091]
  「ウズベキスタン」民族・歴史・国家(高橋巌根)創土社

  ソ連崩壊は、新たにイスラームという主役を国際社会に登場させた。
しかし、中央アジア諸国を単純にイスラーム圏とすることは疑問だ。
中央アジアにおけるソ連支配は70年余に及び、
ソ連時代との連続性という視点が軽視されていると著者は述べる。

ソ連・カザフではIMF勧告に基く、ショック療法が行われたが、
ウズベクでは実施しなかった。その為、旧体制が温存された。

  農業分野では、コルホーズが名前を変えて存続
企業の民営化は、株式のごく一部でも非国有となれば、非国有化が進展とされ、
実質は緩やかなペースで進展

2002年5月以降、メディアに対する公的検閲組織は廃止された。
しかし、実質的には内々に警告を与える形が一般化
サマルカンド、ブハラという文化的遺産を多く有している

ペルシャ語(タジク語)とチュルク系のウズベク語とのバイリンガル
ペルシャ系文化とチュルク系文化との共存
タジクとウズベク地域の特徴

ロシア革命後の、国家先行型の上からの民族国家形成

旧ソ連圏では、平等化という建前がそれなりに実施され、ソ連の西部の富が、
遅れた中央アジアにもたらされた。
(1966年タシケントに中央アジア初の地下鉄開通)

「コルホーズにおいてもイスラームにおいても、親族関係の維持という点が
  重大な要素となっていた」
1930年代のスターリンによる大粛清の結果、都市インテリ層が抹殺され、
党幹部の社会的基盤を都市から農村へと移行する。
「コルホーズ内での親族グループの形成とあいまって、
  党幹部と農村の親族が強い社会的関係によって結ばれる」

・フェルガナ・クラン
・サマルカンド・クラン
・タシケント・クラン
  三大クランの勢力争い
  クラン最上層部においてはお互いに婚姻関係によって結ばれていた。

ウズベキスタンはソ連の分業体制内では、綿花生産に特化していた
ソ連全体の綿花生産の六割(世界第三位の米に匹敵する生産量)
綿花の作付面積は農耕地の七割以上(農耕地は国土面積の一割)
ソ連中央による過酷な収奪への対抗策として大掛かりで組織的な汚職
「綿花事件」1983年〜
党中央委員会の九割を更迭、数千人に処罰

  <イスラーム勢力>
・アフガニスタンへの攻撃後、過激派は勢力を失う
・イスラーム解放党は穏健派に転じ、平和手的手段での改革に転換
  都市知識人層を中心に数万人規模の党員
ビラ「夜の書」を夜間に投函

  <政府のイスラーム対策>
・イデオロギー対策としては、地域的伝統(スーフィズム等)を強調
  イスラーム以前の古代宗教(特にゾロアスター教)を
  ティムールを国家的英雄として国民統合のシンボル化
・行政的対策としては、ムッラー(宗教指導者)として活動するには、
  国家が定める特定の場所での研修修了証書が必要
  マハッラ(街区共同体)の長ライスには、定期的に地区役所との連絡義務
  巡礼にも人物照会

<親族構造によって細分化された内部>と
<社会主義的である非民族主義的な外部>との
両者の接点が、党指導部

「ウズベキスタン」民族・歴史・国家

投稿者: imonoyamashotengai 投稿日時: 2005/08/16 22:23 投稿番号: [4779 / 5091]
  「ウズベキスタン」民族・歴史・国家(高橋巌根)創土社

  ソ連崩壊は、新たにイスラームという主役を国際社会に登場させた。
しかし、中央アジア諸国を単純にイスラーム圏とすることは疑問だ。
中央アジアにおけるソ連支配は70年余に及び、
ソ連時代との連続性という視点が軽視されていると著者は述べる。

ソ連・カザフではIMF勧告に基く、ショック療法が行われたが、
ウズベクでは実施しなかった。その為、旧体制が温存された。

  農業分野では、コルホーズが名前を変えて存続
企業の民営化は、株式のごく一部でも非国有となれば、非国有化が進展とされ、
実質は緩やかなペースで進展

2002年5月以降、メディアに対する公的検閲組織は廃止された。
しかし、実質的には内々に警告を与える形が一般化
サマルカンド、ブハラという文化的遺産を多く有している

ペルシャ語(タジク語)とチュルク系のウズベク語とのバイリンガル
ペルシャ系文化とチュルク系文化との共存
タジクとウズベク地域の特徴

ロシア革命後の、国家先行型の上からの民族国家形成

旧ソ連圏では、平等化という建前がそれなりに実施され、ソ連の西部の富が、
遅れた中央アジアにもたらされた。
(1966年タシケントに中央アジア初の地下鉄開通)

「コルホーズにおいてもイスラームにおいても、親族関係の維持という点が
  重大な要素となっていた」
1930年代のスターリンによる大粛清の結果、都市インテリ層が抹殺され、
党幹部の社会的基盤を都市から農村へと移行する。
「コルホーズ内での親族グループの形成とあいまって、
  党幹部と農村の親族が強い社会的関係によって結ばれる」

・フェルガナ・クラン
・サマルカンド・クラン
・タシケント・クラン
  三大クランの勢力争い
  クラン最上層部においてはお互いに婚姻関係によって結ばれていた。

ウズベキスタンはソ連の分業体制内では、綿花生産に特化していた
ソ連全体の綿花生産の六割(世界第三位の米に匹敵する生産量)
綿花の作付面積は農耕地の七割以上(農耕地は国土面積の一割)
ソ連中央による過酷な収奪への対抗策として大掛かりで組織的な汚職
「綿花事件」1983年〜
党中央委員会の九割を更迭、数千人に処罰

  <イスラーム勢力>
・アフガニスタンへの攻撃後、過激派は勢力を失う
・イスラーム解放党は穏健派に転じ、平和手的手段での改革に転換
  都市知識人層を中心に数万人規模の党員
ビラ「夜の書」を夜間に投函

  <政府のイスラーム対策>
・イデオロギー対策としては、地域的伝統(スーフィズム等)を強調
  イスラーム以前の古代宗教(特にゾロアスター教)を
  ティムールを国家的英雄として国民統合のシンボル化
・行政的対策としては、ムッラー(宗教指導者)として活動するには、
  国家が定める特定の場所での研修修了証書が必要
  マハッラ(街区共同体)の長ライスには、定期的に地区役所との連絡義務
  巡礼にも人物照会

<親族構造によって細分化された内部>と
<社会主義的である非民族主義的な外部>との
両者の接点が、党指導部

ウズベク・ジレンマに揺れる米のアジア戦略

投稿者: imonoyamashotengai 投稿日時: 2005/08/11 03:59 投稿番号: [4778 / 5091]
  「「ウズベク・ジレンマ」に揺れるアメリカのアジア戦略」
   西村陽一(世界9月号)

  6月下旬、米上院で「ウズベキスタン危機」に関する公聴会が開かれた。
「ウズベキスタンはワシントンに古典的なジレンマを突きつけている」
「独裁者を支持すべきなのか、それとも民主化を促進すべきなのか」

国務省と国防総省との路線対立とも重なっているようだ。
国務省は支援削減を、国防総省は支援増加を。

・国防総省のジレンマ
  対テロ戦協力の一貫として、ウズベキスタン軍に訓練を施してきた。
  米国の訓練を受けた兵士が、治安弾圧を行わない保証はない。

・国務省のジレンマ
  カリモフ後の青写真がない。
  カリモフ政権倒壊後に、イスラム原理主義過激派がヘゲモニーを握らない
  という保証はない。

  「民主主義革命の三条件」(カーネギー財団)
1.支配エリート層の対立と分裂で政権交代後の受け皿
2.反政府活動への資金ルート
3.選挙を含む非暴力的な手段に国民を動員

「ウズベキスタンにはそのすべてがない」


・上海協力機構(SCO)の変貌

  中央アジア諸国は、従来は、米と中露とを競わせ、最大限の利益を
引き出そうと努めてきた・
  しかし、相次ぐ政権倒壊でそんな余裕はなくなった。

「地域機構としてまとまって行動することによって、グルジアやウクライナなど
  の色とりどりの「カラー革命」に対抗する」という新たな目的を見いだした。
  米国の中央アジアへの浸透を防ぎ、「革命」の伝播を防ぐ。これがSCOが
  自らに課した新たな課題である」

「ウズベキスタンの内務、治安部隊は、中央アジア最大、最強の武装組織だが、
  同時多発的な騒乱に対処する能力には限界がある


  <私の感想>
  中央アジア諸国は、中露と米との双方を競わせ、自らにとってより有利な条件
を獲得するという、したたかさを見せてきた。
しかし、相次ぐ政権倒壊を目の当たりにして、中露側へと傾いたのは事実だろう。
しかし、だからといって、完全に中露側に組したという訳でもないだろう。
米国はどう対処するのか?
<強硬策>を採るのか、<懐柔策>を採るのか。

  いずれにせよ、上海6は、印パ、イランをオブザーバーに加えてことと、
米軍基地撤去要求と突きつけたことにより、一躍国際政治舞台のスポットライト
を浴びた。
中央アジア政局、更には国際政治全体に大きな影響を及ぼす実体となったのは、
間違いないと思う。

ウズベク・ジレンマに揺れる米のアジア戦略

投稿者: imonoyamashotengai 投稿日時: 2005/08/11 03:59 投稿番号: [4778 / 5091]
  「「ウズベク・ジレンマ」に揺れるアメリカのアジア戦略」
   西村陽一(世界9月号)

  6月下旬、米上院で「ウズベキスタン危機」に関する公聴会が開かれた。
「ウズベキスタンはワシントンに古典的なジレンマを突きつけている」
「独裁者を支持すべきなのか、それとも民主化を促進すべきなのか」

国務省と国防総省との路線対立とも重なっているようだ。
国務省は支援削減を、国防総省は支援増加を。

・国防総省のジレンマ
  対テロ戦協力の一貫として、ウズベキスタン軍に訓練を施してきた。
  米国の訓練を受けた兵士が、治安弾圧を行わない保証はない。

・国務省のジレンマ
  カリモフ後の青写真がない。
  カリモフ政権倒壊後に、イスラム原理主義過激派がヘゲモニーを握らない
  という保証はない。

  「民主主義革命の三条件」(カーネギー財団)
1.支配エリート層の対立と分裂で政権交代後の受け皿
2.反政府活動への資金ルート
3.選挙を含む非暴力的な手段に国民を動員

「ウズベキスタンにはそのすべてがない」


・上海協力機構(SCO)の変貌

  中央アジア諸国は、従来は、米と中露とを競わせ、最大限の利益を
引き出そうと努めてきた・
  しかし、相次ぐ政権倒壊でそんな余裕はなくなった。

「地域機構としてまとまって行動することによって、グルジアやウクライナなど
  の色とりどりの「カラー革命」に対抗する」という新たな目的を見いだした。
  米国の中央アジアへの浸透を防ぎ、「革命」の伝播を防ぐ。これがSCOが
  自らに課した新たな課題である」

「ウズベキスタンの内務、治安部隊は、中央アジア最大、最強の武装組織だが、
  同時多発的な騒乱に対処する能力には限界がある


  <私の感想>
  中央アジア諸国は、中露と米との双方を競わせ、自らにとってより有利な条件
を獲得するという、したたかさを見せてきた。
しかし、相次ぐ政権倒壊を目の当たりにして、中露側へと傾いたのは事実だろう。
しかし、だからといって、完全に中露側に組したという訳でもないだろう。
米国はどう対処するのか?
<強硬策>を採るのか、<懐柔策>を採るのか。

  いずれにせよ、上海6は、印パ、イランをオブザーバーに加えてことと、
米軍基地撤去要求と突きつけたことにより、一躍国際政治舞台のスポットライト
を浴びた。
中央アジア政局、更には国際政治全体に大きな影響を及ぼす実体となったのは、
間違いないと思う。

「動き出した中印露「戦略的三角形」」世界

投稿者: imonoyamashotengai 投稿日時: 2005/08/11 03:57 投稿番号: [4777 / 5091]
  「動き出した中印露「戦略的三角形」」ユーラシアの新・地殻変動
   石郷岡建(世界9月号)

・中印露の「戦略的三角形」構想はプリマコフが90年代後半に提唱
しかし、中露、中印の歴史的抗争があり、そう簡単には実現できる筈もなく、
雲散霧消。潜在的仮想敵国同士でもある。

  その溝を埋めたのは、エネルギー問題
中印は石油・天然ガスの供給源が必要

・露からすれば、ユコス解体後の外資導入を中印に持ちかける。
中印の二者択一を避け、「戦略的三角形提携」を構築することが、
双方を競い合わせ、牽制するというバランス戦略。
資源開発の促進剤であり、利益損失に対する保険。

・更に、中国からすれば、日米の台湾海峡の「共同戦略目標」は、脅威。
「背後の守り」「西の守り」を確保し、「東の有事」に備える。
「東アジア共同体構想」から中印露の「ユーラシア戦略三角形」へシフト

・上海協力機構が、「ユーラシア安全保障協議の場」へと大きく様変わり
  印、パキスタン、イランがオブザーバー参加
  中央アジアからの米軍基地の撤去を要求:米戦略に真っ向から挑戦

「ロシアにとって、現時点ではユーラシアの東の三角形(中印露)と
  西の三角形(仏独露)をあわせた「ユーラシア大陸国家群の緩やかな連携」
  による「横軸」が一極支配を強める米国への対抗策となっている」


  <私の感想>
グルジア、ウクライナ、キルギスと、CIS諸国を、米の「民主主義革命の輸出」
により、いいように次々と切り取られている。
プーチンはこれにどう対抗するのか?
・中露関係を軸に、
・エネルギーを必要とする諸国にエネルギー戦略を

・上海6の対米対抗姿勢への変化
・BRICsの結束
・嫌米の中南米諸国との提携
・イラン、シリアとの提携

  現象論のレベルだが、更にその実体構造を解明する必要がある。

作用があれば、反作用が生じる。
米の国家戦略の貫徹に対して、当然それへの反作用が生じる。
そして、更にまた、それへの反作用が続く、、、
因果応報というやつだ。

  かつての、米ソ二大陣営による、世界の切り取り合戦を彷彿とさせる。

クック元英外相、急死 イラク戦争に反対

投稿者: nanisun_carrion 投稿日時: 2005/08/08 18:32 投稿番号: [4776 / 5091]
2005.08.07   Web posted at: 12:00 JST - CNN/AP

ロンドン――英国のクック元外相が6日午後2時過ぎ、地元スコットランドでハイキング中に倒れ、急死した。59歳だった。下院院内総務としてブレア政権のイラク政策に強く反対し政権を去るなど、信念をもった政治家、鋭い論客として知られた。


スコットランドの地元警察当局によると、クック氏は妻と一緒にベン・スタック山(721メートル)のハイキング中、頂上にさしかかったあたりで倒れたという。沿岸警備隊のヘリコプターでインバネスの病院に運ばれたが、そこで死亡が確認された。


74年に初当選したクック氏は97年から01年まで外相。下院院内総務だった03年3月には「国際的合意もなければ国内の支持もない戦争を支持するわけにはいかない」とイラク戦争に強く反対し、ブレア政権を去った。下院で行ったクック氏の辞任演説は、場内から異例のスタンディングオベーションをうけた。その後も労働党の下院議員として活動し、ブレア政権を厳しく批判し続けた。


英首相官邸は「傑出した才能の持ち主」で「素晴らしく説得力のある論客だった」「英国だけでなく世界各地で多くの人が悲しんでいる」というブレア首相の談話を発表した。


プレスコット副首相は「同世代の政治家の中で最高の議員だった。与野党の両方にあって英国政治に多大な貢献をした」とコメントした。


ストロー外相は「ロビンと私は30年来にわたる友人同士だ。2人の友情は、イラク戦争をめぐる意見の違いをも乗り越えて長らえてきた。同世代における最高の政治家で、素晴らしい外務大臣だった。彼を失ったことを深く悼んでいる」と追悼した。


また野党・保守党のハワード党首はクック氏にういて「信念をもった政治家で、信じるもののために激しく戦った人物だ」と評価した。

クック元英外相、急死 イラク戦争に反対

投稿者: nanisun_carrion 投稿日時: 2005/08/08 18:32 投稿番号: [4776 / 5091]
2005.08.07   Web posted at: 12:00 JST - CNN/AP

ロンドン――英国のクック元外相が6日午後2時過ぎ、地元スコットランドでハイキング中に倒れ、急死した。59歳だった。下院院内総務としてブレア政権のイラク政策に強く反対し政権を去るなど、信念をもった政治家、鋭い論客として知られた。


スコットランドの地元警察当局によると、クック氏は妻と一緒にベン・スタック山(721メートル)のハイキング中、頂上にさしかかったあたりで倒れたという。沿岸警備隊のヘリコプターでインバネスの病院に運ばれたが、そこで死亡が確認された。


74年に初当選したクック氏は97年から01年まで外相。下院院内総務だった03年3月には「国際的合意もなければ国内の支持もない戦争を支持するわけにはいかない」とイラク戦争に強く反対し、ブレア政権を去った。下院で行ったクック氏の辞任演説は、場内から異例のスタンディングオベーションをうけた。その後も労働党の下院議員として活動し、ブレア政権を厳しく批判し続けた。


英首相官邸は「傑出した才能の持ち主」で「素晴らしく説得力のある論客だった」「英国だけでなく世界各地で多くの人が悲しんでいる」というブレア首相の談話を発表した。


プレスコット副首相は「同世代の政治家の中で最高の議員だった。与野党の両方にあって英国政治に多大な貢献をした」とコメントした。


ストロー外相は「ロビンと私は30年来にわたる友人同士だ。2人の友情は、イラク戦争をめぐる意見の違いをも乗り越えて長らえてきた。同世代における最高の政治家で、素晴らしい外務大臣だった。彼を失ったことを深く悼んでいる」と追悼した。


また野党・保守党のハワード党首はクック氏にういて「信念をもった政治家で、信じるもののために激しく戦った人物だ」と評価した。

来春にも2万〜3万人引き揚げへ

投稿者: nanisun_carrion 投稿日時: 2005/08/08 12:23 投稿番号: [4775 / 5091]
<イラク駐留米軍>来春にも2万〜3万人引き揚げへ

【ワシントン】米国防総省と米中東軍が来春にもイラク駐留米軍を2万〜3万人引き揚げる方向で協議に入っていることが7日、分かった。同日付ニューヨークタイムズ紙が報じた。イラクの政治プロセスが順調に進み、訓練中のイラク治安部隊の能力が十分なレベルに達することが前提条件で、構想通り進むかどうかは不明だ。
  7月下旬、イラク駐留米軍のケーシー司令官が「来年春か夏」の相当数の兵士引き揚げに言及しているが、具体的数字は示していなかった。
  同紙によると、アビザイド中東軍司令官が7月、国防総省幹部に対する説明で明らかにした。しかし、イラク国内の政治的混乱が続き治安回復が進まない場合、06年を通じて現在の13万8000人態勢を維持する必要も説明されたという。ラムズフェルド国防長官が11日にもテキサス州クロフォードに滞在中のブッシュ大統領と会うことになっており、議題となる可能性がある。
  背景には、米兵の死者が1800人を超え、米国内でイラク政策に対する不満が高まっていることに加え、月額約50億ドルの戦費が財政を大きく圧迫している事情があると見られる。

(毎日新聞) - 8月8日10時39分更新

来春にも2万〜3万人引き揚げへ

投稿者: nanisun_carrion 投稿日時: 2005/08/08 12:23 投稿番号: [4775 / 5091]
<イラク駐留米軍>来春にも2万〜3万人引き揚げへ

【ワシントン】米国防総省と米中東軍が来春にもイラク駐留米軍を2万〜3万人引き揚げる方向で協議に入っていることが7日、分かった。同日付ニューヨークタイムズ紙が報じた。イラクの政治プロセスが順調に進み、訓練中のイラク治安部隊の能力が十分なレベルに達することが前提条件で、構想通り進むかどうかは不明だ。
  7月下旬、イラク駐留米軍のケーシー司令官が「来年春か夏」の相当数の兵士引き揚げに言及しているが、具体的数字は示していなかった。
  同紙によると、アビザイド中東軍司令官が7月、国防総省幹部に対する説明で明らかにした。しかし、イラク国内の政治的混乱が続き治安回復が進まない場合、06年を通じて現在の13万8000人態勢を維持する必要も説明されたという。ラムズフェルド国防長官が11日にもテキサス州クロフォードに滞在中のブッシュ大統領と会うことになっており、議題となる可能性がある。
  背景には、米兵の死者が1800人を超え、米国内でイラク政策に対する不満が高まっていることに加え、月額約50億ドルの戦費が財政を大きく圧迫している事情があると見られる。

(毎日新聞) - 8月8日10時39分更新

「埋もれた警鐘」旧ユーゴ劣化ウラン弾被災

投稿者: imonoyamashotengai 投稿日時: 2005/08/08 01:41 投稿番号: [4774 / 5091]
  「埋もれた警鐘」旧ユーゴ劣化ウラン弾被災地をゆく
   (2005.8.7)テレメンタリー2005(広島ホームテレビ)
  http://www.home-tv.co.jp/co/press/20050806.html

・2005年6月セルビアのビンチャ核科学研究所
  劣化ウラン弾に汚染された土壌をドラム缶に詰めている
  25マイクロシーベルト/h(日本の自然値の約350倍)
  日常生活で受ける放射線量2400マイクロシーベルト/年間
  (国際科学委員会)

  劣化ウラン弾が使用されたのは、
・1991年湾岸戦争
・1995ボスニア紛争
・1999年コソボ紛争
・2003年イラク戦争
  これまでに使用されたのは2330トンと推定されている。

・ボスニアのハジッチ市
  旧ユーゴ最大の戦車・兵器整備工場
  1995年の空爆で1500発の劣化ウラン弾が使用された
  2002年に国連環境計画が環境汚染を調査。人体への影響を認めていない。
  周辺の3倍の放射線量
  空爆された工場の周辺住民は、ブラトゥナッツ市(ボスニア)に移住
  三千人中千人がガンで死亡

・カシンド総合病院(ボスニア)スラフコ・ジュドラレ院長
  ガンの統計:1996年から2002年にかけて4.5倍
「普通では考えられないことが起こっているのです。
  一つの器官に一度に二つ三つの腫瘍ができるのですよ。
  普通では百万人に一人ほどの稀なケースです。
  この新事実は多発性ガンが増えていることを示すものです」

  長さ10センチの劣化ウラン弾の表面が黄色い。
  黄色いのは酸化ウランで、イエローケーキと呼ばれるもの。
  イエローケーキは、天然ウラン鉱石を精錬した後の状態
  線量計の針が振り切れる(3.3マイクロシーベルト/h)日本の自然値の約50倍
  ビンチャ核科学研究所のヤゴシュ・ライチェビッチ課長は、
「あのイエローケーキは天然ウランより流動性が強い。たった300グラムですが
  粉となって広がり、水に溶けていたる所に浸透します」

  劣化ウラン弾が使用された場所は、
セルビア政府が管轄している場所では4か所。
旧ユーゴ全体では、100か所以上。

  フィンランド・クオピオ国立大学のキース・ベイバーストック博士は、
2003年までWHOの放射線専門官
「WHOなどの報告よりガンなどになる危険性が高い」という報告書をまとめたが
  (バイスタンダー効果)
WHOとしての公表は許されなかった。

モハマド君ファルージャを語る:FRIDAY:8/12

投稿者: imonoyamashotengai 投稿日時: 2005/08/07 18:39 投稿番号: [4773 / 5091]
  FRIDAY(8/12号)で、故橋田信介氏が尽力した
ファルージャの少年モハマド君がファルージャについて語っている。
http://books.bitway.ne.jp/kodansha/friday/scoopengine/

  志葉玲氏がインタビューしている。

「今回の来日で、何人もの記者に取材されましたが、
  あなた以外、誰もファルージャのことを聞いてこなかった」

  イラク赤新月社の報告によると、2004年11月の掃討作戦では、
住民6000人以上が殺害されたという。

  今回の来日時に、父親のハイサムさんは、
ファルージャで撮ったビデオを持参した。
「現地のイラク人の貴重な証言が納められていたのですが、
『爆発などハデなシーンがない』と日本のテレビ局は使いませんでした」

総攻撃後のファルージャは街の9割が破壊され、モハマド君の家も
メチャクチャに荒らされていた。

「学校?   ううん、行ってない。僕の学校も空爆されちゃったから」

  来日の1週間前、モハマド君の家に米兵が家宅捜査に突入してきたという。

米兵達はモハマド君の目の前で家中を引っ掻き回した。
「彼らは僕にチョコレートを差し出したけど、受け取らなかった。
  米兵は嫌いだ」

「戦後イラクの政治勢力」酒井啓子

投稿者: imonoyamashotengai 投稿日時: 2005/08/07 18:37 投稿番号: [4772 / 5091]
  「イラク移行政権と国民議会構成にみる戦後イラクの政治勢力」
   酒井啓子(ワールド・トレンド2005年7月号)
  http://www.ide.go.jp/Japanese/Publish/W_trend/wt_0507.html#contents

  1月30日の選挙後、
「三ヵ月以上にわたってイラク政権の空転を招いた原因は」
「単なる宗派的、民族的な権力配分ではなく、政府自体の政治的方向性を巡る
  対立が底流に存在している」

元亡命政党から、国内発生型の国内政治勢力の戦後の急速な政治進出

<アラウィ暫定政府のフセイン体制部分否定政策>から、
<フセイン政権全否定型政権>へ

「イラン・イラク戦争期に、イランの支援を受けてイランからイラク国内に
  潜入させられたバドル部隊に対して、それを「外敵」として戦った経験と
  記憶を持つ、あるいは彼らによって命を失ったイラク人は少なくない。
  SCIRIやバドル組織の起用が、強硬な反バアス性/報復性によって、
  過度の不安と混乱を呼び起こしたことは事実だろう」

「反政府ゲリラ活動の最も激しいアンバール県の主要地元勢力、ドゥレイミー
  部族の出身者から国防相、地方担当国務相、同じく同地域出身の文化相が
  任命されたのは、紛争地帯出身者の登用(反政府側から見れば「一本釣り」
  の懐柔)を、偏向ともいえるほどに重視した」

  選挙前、独政府の支援で運営されるイラク・ラジオ局
「選挙モニター」 http://www.electionmonitoriraq.com/

イラク統一同盟(UIA)140議席
・SCIRI   :18議席
・ダアワ党:15議席
・ダアワ党イラク機構:9議席(1980年代に分かれた分派)
・サドル派:21議席

・「国民幹部エリート集団」というUIA外のサドル派3名も連立で合意
・イラク・ヒズボラは組閣が進まないことを批判してUIAから脱退


  <地方政治勢力と中央との乖離>

  国民議会選挙と同日に各県では県議会選挙が同じく比例代表式で実施された。

・ナジャフ、カルバラの両シーア派聖地と近隣のムサンナといった南西部県では
  国会選挙でも県議会選挙でも同じ既存の亡命政党(SCIRI)が第一党、知事も。
・南東部県では、地元で独自に結成された政治連合が第一党
・スンニ派地域:スンニ派系政党の小党乱立、政党連合形成の失敗
  スンニ派地域では、ジュブーリ部族やヤーウィル元大統領のシャンマル部族と
  いった非政党勢力の非公式ネットワークを活用することで、政党政治の不在を
  補完


「現在のイラクでは、中央政界で代表しえない地方の諸勢力を、中央から
  取り込む形で政権の安定性を維持しようという方向性と、
  地方で県議会などを軸に政治的代表性を積み上げていこうという地方勢力の
  方向性が、せめぎ合う過程にある」
「そのせめぎ合いが比較的矛盾なく調整されている南西部およびクルド地域」
「乖離が緊張を孕む南東部」
「全く調整できずに暴力への依存が深まる中部紛争地域」

「地域的、宗派的なアンバランスがますます色濃くなっているのが、
  現在のイラクの政治状況」



  <私の感想>
イラク統一同盟の二大勢力であるSCIRIとダアワ党の<同一性>と<区別性>は
しっかりと認識しておくべきだと思う。
それは、憲法草案作りや、対旧バアス党政策で、更には対スンニ派政策で
両者の違いを生み出すからだ。

SCIRIが18議席で、ダアワ党が15議席、しかし、サドル派は21+3=24議席という
のは、正しいのだろうかと疑問に思う。

★Operation Iraqi Freedom

投稿者: comcomcom3jp 投稿日時: 2005/08/06 00:30 投稿番号: [4771 / 5091]
目的   イラクの自由解放、民主化、圧制の追放。

  目的   戦争の絶えなかった中東の火薬庫に米軍を駐留させ二度と戦争お起こさせない。

  目的   フセインのイラク私物化から解放し、イラクの石油をOPECに乗せ安定供給する。

「チェチェンの呪縛」横村出(岩波書店)③

投稿者: imonoyamashotengai 投稿日時: 2005/08/03 05:06 投稿番号: [4770 / 5091]
チェチェン人による現政権を傀儡政権と言えるのかどうかは私には分からない。
多くの一般市民は心からは支持していないようだ。
だからといって、武装勢力を心から支持している訳でもなさそうだ。
現政権を支持できず、武装勢力をも支持できない多くの一般市民達。
一般市民の最も望むものは、停戦だろう。
停戦に向け、最も可能性のあったのは、正当な選挙で選ばれたマスハードフ
大統領だっただろう。
EUとの良好な関係を構築したいプーチン政権は、EUの紛争解決関与受け入れると
表明した。
しかし、マスハードフ暗殺は、停戦を絶対に受け入れないというロシアの回答で
あり、決意表明だったのだろう。
独立派内穏健派を表に立てた停戦の可能性はほとんど無くなってしまった。


カスピ海石油資源争奪戦
グルジア、ウクライナ、キルギス
米の『民主主義革命の輸出』により次々と切り崩されるCIS諸国。
それへの反作用としてプーチン政権は、国内的には、より一層強権的支配体制を
硬化させつつ、対外的には、中露の結束を固め、上海6、BRICs、嫌米の中南米
諸国や印パと接近し提携を深め、反攻に転じようとしている。
激動する現代世界に深くビルトインされているチェチェン問題は、
相互依存と相互反発を繰り返す米中露EU諸国の動向と無縁には一歩も進展しない。

私にとってただ一つだけ確かなことは、
『対テロ戦争』という名の下に一般市民への凄惨な掃討作戦が日々続いている
ということだけだ。


ベスランの突入は午後行われた。大型の保冷車二台の運転手が言った。
「今日の昼ごろにFSBから電話があって、かなりの死体が出るから来てほしいと
いわれたんだ」
このコメントの「昼ごろ」というのが、突入前なら、突入は、言われている
ように偶発的なものではなく、事前に準備した計画的なものだったのだろうか。

「チェチェンの呪縛」横村出(岩波書店)②

投稿者: imonoyamashotengai 投稿日時: 2005/08/03 05:05 投稿番号: [4769 / 5091]
第一次チェチェン戦争では、米露のカスピ海石油資源争奪戦、多民族国家の崩壊
を食い止める、エリツィン政権の支持率回復策というのが主要因だった。

第二次チェチェン戦争では、カスピ海石油資源確保という要素はもう存在しない。
イスラム原理主義過激派による、周辺諸国への「イスラム革命の輸出政策」に
対して、これを阻止するという新要素と、戦争と同時に発足したプーチン政権が
軍と旧KGBを主柱とした自らの政治支配体制を構築していく過程でもあった。
国民も「強いロシアの復活」を支持し、ロシア・ナショナリズムの高揚を見せた。
プーチンを支える「シロビキ一派にとっては、チェチェン戦争とテロの激化は、
FSBを復権させる好機になった」

ヨルダン、シリア、トルコでのチェチェン人コミュニティ。
19世紀のロシアのカフカス戦争以来の追放、亡命、出国した人々。
数万人のマイノリティ集団ではあるが、政府高官、軍高官、議会議員、財界人を
輩出している。
彼らが、経済的、政治的、宗教的、人的資源を支援している。

ソ連崩壊前後、ゴルバチョフのペレストロイカ・グラスノスチにより、
統制が緩むと、チェチェンではイスラム諸国との宗教的結びつきが強くなった。
多くの留学生が赴き、また宗教指導者が入って来た。
コーラン配布やモスク建設への強力な支援も行われた。
93年までに新たに2500のモスクが開設された。


現在のチェチェンにおける「紛争のチェチェン化」
バサーエフの武装勢力に対して実際に戦っているのは、
チェチェン共和国特殊部隊とロシア軍参謀本部の特殊部隊だ。
いずれもロシア人は含まれず、チェチェン人のみから構成されている。
ロシア軍特殊部隊は元々親ロシアのチェチェン人から構成されているのに対し、
共和国特殊部隊は、投降した元独立派から構成されている。
暗殺されたカディロフ前大統領が、独立派の宗教指導者からロシア側に移った
ように、イスラム過激派の勢力を抑え切れないマスハードフ元大統領に見切りを
つけて、ロシア側に投降した人々がほとんどだ。
武装勢力を切り崩すという側面と武装勢力のシンパが入り込み、
武装勢力に武器・資金・情報が漏洩するという両側面がある。
「チェチェン人部隊による掃討作戦には、血の復讐や部族ごとの争いごとが
背景にある場合も少なくない」
チェチェン人内部における路線、宗派、部族を巡る対立。
支配者側は、内部対立に巧妙につけ込み、現地人同士による戦いへと
『衣替え』していくのは、植民地支配の常套手段だ。


独立派の中で、何故、穏健派ではなく、過激派が力を伸ばしているのか。
イスラム原理主義が若者の間で今の体制に対する抗議を支えるイデオロギー
として、この地域では浸透している。
北コーカサス全体はロシアの中でも、とりわけ貧富の差が激しく、不公平な
全体として発展から取り残された貧しい社会となっている。
その中で、過激なイスラム原理主義グループは、イスラム法に基づく平等という
たとえそれが嘘であったとしても、言わば、世直しを訴えている。
一定の若者がそのイデオロギーに惹きつけられるのは、社会的な背景と理由が
ある。
例えば、イスラム原理主義の政党や団体の存在が認められているのなら、
権力側と緊張関係を保ちながらも社会的な不満を吸い上げる野党として存在する
ことができるだろう。その方がむしろ社会的には安定するかもしれない。
しかしロシアの北コーカサスにおいては、イスラム原理主義というだけで、
弾圧の対象となり、それがますます過激な武装闘争に走らせ、バサーエフの
支持者を増やすという悪循環になっている。

イスラム復興運動の大きなうねり。
『対テロ戦争』という名の下に一般市民への凄惨な掃討作戦が続く。
そして、それへの反作用として、日々新たに武装勢力の担い手が
生み出され続ける。
現代世界に内在する悪無限。この悪無限を断ち切る術はないのだろうか。


ロシア政府と軍の腐敗は凄まじい。
だからといって、独立派武装勢力の無差別テロも決して許されない。
こうして、一般市民が最も被害を被り続ける。

チェチェンの民族としての再生産自体が危機に陥っているのではないか。
チェチェン問題の出口は、その糸口さえ私には全く見えない。

「チェチェンの呪縛」横村出(岩波書店)①

投稿者: imonoyamashotengai 投稿日時: 2005/08/03 04:13 投稿番号: [4768 / 5091]
  『対テロ戦争』の名の下に一般市民への凄惨な掃討作戦が続く

  チェチェンの隣国イングーシ共和国の養豚場にビニールシートを張っただけの
チェチェン難民キャンプでは
「毎晩、夜の10時すぎに照明弾を何発も打ち上げる。それが、略奪の合図だ。
  ロシア兵は、難民キャンプを「捜索」と称して、援助団体から配給された
  わずかなソーセージや蜂蜜を押収していく」

「ロシア軍は、いつだって武装勢力をわざと見逃している。
  犠牲になるのは村人で、武装勢力はまんまと逃げおおせるのだ。
  村人の多くはロシア軍と武装勢力の両方を恐れて、なすがままになっていた」

「ロシア軍は掃討作戦と称してわざと武装勢力の一部を見逃して、市民を拘束し
  て金や財産を巻き上げようとする。さらに、ロシア政府の予算で支出される
  「復興資金」の一角は、チェチェンの有力者から武装勢力へも流れる」

21世紀現代でもコサックは極東からカフカスまで軍団組織を維持している。
「コサックには伝統的な騎士道を重んじる古風な所があり、ロシア軍のように
  無関係な市民の拷問や子供にまで手をかけるようなまねは、憎み、軽蔑する」
コサックの隊長は言う
「モスクワはチェチェン人をわかっちゃいない。女や子供まで標的にしては
  いけない。誇りを踏みにじれば血の復讐に転じる。犠牲になるのは市民で、
  政府は痛くもかゆくもない」

チェチェン武装勢力と行動を共にしたこともあるジャーナリストの常岡浩介氏は
「アフガニスタン内戦、パレスチナのインティファーダ、イラク戦争などを現場
  取材してきたが、チェチェンの戦闘を見た後では、これらは戦争というよりも
  スポーツか何かのゲームのように見えてしまう。それほど桁外れにチェチェン
  の戦争は惨たらしく、想像を絶している」と述べている。
そうなのだろうと思う。
一つの要因として、ジャーナリズムの眼ということがあると思う。
他の紛争地ではジャーナリストが入り込んで、報道する。
しかし、チェチェンでは、報道がほとんど不可能だ。
特に外国人ジャーナリストは自由には入国すらできず、軍の同行取材等、
「見せてもよい部分」への取材しかできない。
ロシア人ジャーナリストは、アンナ・ポリトコフスカヤやアンドレイ・
バビツキー氏のように、ごく数人が文字通り命がけで報道してくれている。
ソ連崩壊後のロシアでは百人以上のロシア人ジャーナリストが殺害されている。

アルハノフ現大統領も数千人の市民が情報機関や警察に連行されたまま
所在がわからなくなっていることを認めている。

ロシアは、2004年に戦争で家が全壊した家族への補償金132億ルーブルを
拠出している。一世帯当たり35万ルーブル。この補償金に群がる人々。
地元自治体では役人が補償金を給付する条件に賄賂をたかり、横領も横行する。
建築業者は法外な建築費をふっかけ、大工は建材を横流しする。

上から下まで、腐りきった社会だ。
そうさせているのは、現在の『汚い戦争』だ。

「戦争の参加者は、ロシアも、チェチェン武装勢力も、イスラム原理主義者も、
  みんなが得をしている。すべてを失うのは市民だけだ」

リトアニアの将校は言う。
「いつでも殺せたのにそうしなかっただけ。マスハドフもバサエフもそうだが、
  都合のよい時期まで生かしておくのさ。アメリカがオサマ・ビンラディンを
  まだ生かしておくのと同じじゃないか」

「チェチェンの呪縛」横村出(岩波書店)

投稿者: imonoyamashotengai 投稿日時: 2005/08/03 04:13 投稿番号: [4768 / 5091]
  『対テロ戦争』の名の下に一般市民への凄惨な掃討作戦が続く

  チェチェンの隣国イングーシ共和国の養豚場にビニールシートを張っただけの
チェチェン難民キャンプでは
「毎晩、夜の10時すぎに照明弾を何発も打ち上げる。それが、略奪の合図だ。
  ロシア兵は、難民キャンプを「捜索」と称して、援助団体から配給された
  わずかなソーセージや蜂蜜を押収していく」

「ロシア軍は、いつだって武装勢力をわざと見逃している。
  犠牲になるのは村人で、武装勢力はまんまと逃げおおせるのだ。
  村人の多くはロシア軍と武装勢力の両方を恐れて、なすがままになっていた」

「ロシア軍は掃討作戦と称してわざと武装勢力の一部を見逃して、市民を拘束し
  て金や財産を巻き上げようとする。さらに、ロシア政府の予算で支出される
  「復興資金」の一角は、チェチェンの有力者から武装勢力へも流れる」

21世紀現代でもコサックは極東からカフカスまで軍団組織を維持している。
「コサックには伝統的な騎士道を重んじる古風な所があり、ロシア軍のように
  無関係な市民の拷問や子供にまで手をかけるようなまねは、憎み、軽蔑する」
コサックの隊長は言う
「モスクワはチェチェン人をわかっちゃいない。女や子供まで標的にしては
  いけない。誇りを踏みにじれば血の復讐に転じる。犠牲になるのは市民で、
  政府は痛くもかゆくもない」

チェチェン武装勢力と行動を共にしたこともあるジャーナリストの常岡浩介氏は
「アフガニスタン内戦、パレスチナのインティファーダ、イラク戦争などを現場
  取材してきたが、チェチェンの戦闘を見た後では、これらは戦争というよりも
  スポーツか何かのゲームのように見えてしまう。それほど桁外れにチェチェン
  の戦争は惨たらしく、想像を絶している」と述べている。
そうなのだろうと思う。
一つの要因として、ジャーナリズムの眼ということがあると思う。
他の紛争地ではジャーナリストが入り込んで、報道する。
しかし、チェチェンでは、報道がほとんど不可能だ。
特に外国人ジャーナリストは自由には入国すらできず、軍の同行取材等、
「見せてもよい部分」への取材しかできない。
ロシア人ジャーナリストは、アンナ・ポリトコフスカヤやアンドレイ・
バビツキー氏のように、ごく数人が文字通り命がけで報道してくれている。
ソ連崩壊後のロシアでは百人以上のロシア人ジャーナリストが殺害されている。

アルハノフ現大統領も数千人の市民が情報機関や警察に連行されたまま
所在がわからなくなっていることを認めている。

ロシアは、2004年に戦争で家が全壊した家族への補償金132億ルーブルを
拠出している。一世帯当たり35万ルーブル。この補償金に群がる人々。
地元自治体では役人が補償金を給付する条件に賄賂をたかり、横領も横行する。
建築業者は法外な建築費をふっかけ、大工は建材を横流しする。

上から下まで、腐りきった社会だ。
そうさせているのは、現在の『汚い戦争』だ。

「戦争の参加者は、ロシアも、チェチェン武装勢力も、イスラム原理主義者も、
  みんなが得をしている。すべてを失うのは市民だけだ」

リトアニアの将校は言う。
「いつでも殺せたのにそうしなかっただけ。マスハドフもバサエフもそうだが、
  都合のよい時期まで生かしておくのさ。アメリカがオサマ・ビンラディンを
  まだ生かしておくのと同じじゃないか」

動機はイラク戦争 ロンドン・テロ実行犯

投稿者: nanisun_carrion 投稿日時: 2005/07/31 11:19 投稿番号: [4767 / 5091]
動機はイラク戦争   ロンドン・テロ実行犯が供述

【ロンドン31日共同】ロンドンで7月21日に起きた同時テロの実行犯とされ、ローマで29日逮捕されたエチオピア系英国人フセイン・オスマン容疑者が、イタリア当局の調べに対し、テロの動機は英米両国主導のイラク戦争だと供述したことが分かった。31日付の英各紙が、イタリア紙報道などを基に伝えた。
  同時テロの具体的動機に関する供述が明らかになったのは初めて。イラク戦争と同時テロの直接の関係を否定してきたブレア英政権にとって打撃となる可能性がある。
  オスマン容疑者は、21日のテロの実行容疑者4人の中心人物は、バスに爆発物を仕掛けたとされるムフタル・サイード・イブラヒム容疑者(27)だと指摘。
(共同通信) - 7月31日10時51分更新

英領事狙い爆発、2人死亡

投稿者: nanisun_dung 投稿日時: 2005/07/30 23:08 投稿番号: [4766 / 5091]
英領事狙い爆発、2人死亡   自爆テロの死者は44人に

【カイロ30日共同】イラク南部バスラで30日、英領事らが乗った車の車列近くで爆弾が爆発、警備担当者2人が死亡した。ロイター通信が伝えた。イラク南部は治安が比較的安定しており、外交官らへの攻撃は少なかった。

  一方、北部ラビアのイラク軍採用施設で29日に起きた自爆テロについて、現地の警察当局者は30日、AP通信に対し、死者が44人に上ったことを明らかにした。負傷者は57人としている。

  バグダッド南西部では30日、武装勢力に27日に拉致されたバグダッド国際空港の幹部ら3人が遺体で見つかった。イラク移行政府を攻撃対象とする武装勢力に殺害されたとみられる。

(共同通信) - 7月30日19時11分更新

「重大な計算ミス」と批判

投稿者: nanisun_dung 投稿日時: 2005/07/30 17:59 投稿番号: [4765 / 5091]
「重大な計算ミス」と批判 イラクで米元補佐官報告書

【ワシントン27日共同】米有力シンクタンク、外交問題評議会は27日、ブッシュ政権がイラク戦争の計画段階で、イラクの復興・安定化に必要な兵力の規模を過小評価する「重大な計算ミス」を犯していたことが、現在のイラクの混乱を招いたと、政府を批判する報告書を発表した。

  報告書は、現大統領の父、ブッシュ元大統領の国家安全保障問題担当補佐官を務めたスコウクロフト氏と、クリントン前大統領に同職で仕えたバーガー氏が共同議長を務める作業グループが作成した。戦後復興は戦争勝利に劣らず重要だとして、イラクの安定と再建を担う能力構築を外交の最優先政策にするよう現政権に提言している。

[ 2005年7月28日8時15分 ]

バサーエフ・インタビュー:米ABC②

投稿者: imonoyamashotengai 投稿日時: 2005/07/30 02:26 投稿番号: [4764 / 5091]
  バビツキー氏は、
『私はバサーエフ司令官に、学校の建物の中で起きた爆発について聞きました。
  ロシア軍突入のきっかけとなった出来事でした。
  司令官の話によると、チェチェン武装グループのメンバーが体育館の中で、
  爆発物の起爆装置を足で押さえていました。
  そのメンバーが、ロシア兵に狙撃されたんです。
  足を外すと爆発するようになっていました。
  それで爆発が起きてしまったということです』


<飛行機の爆破については、どうなんですか>
「爆破したと誰が言ったんですか。
  爆破したという事実はどこにあるんですか。
  奴らが爆破したのではないと、どうして言えるんですか。
  そういう風に考えたことはないんですか。
  要求はいつも通り、戦争を終わらせることでした。
  それなのに、どうして私達のせいだと言えるんですか」

<では、ただ飛行機をハイジャックしただけだと言うんですか>
「航空機をハイジャックして、戦争の終結を要求しようとしていたんです。
  何らかの反応があるまで、着陸を拒否することになっていましたが、
  すぐに撃ち落とされてしまいました。
  私達がハイジャックをすれば、あんな風に爆破したりしません。
  二機がほぼ同時に爆発したのも、おかしな話です」


「2004年の1月に、私は公式の声明を出しました。
  ロシア軍が国際法に則り、態度を改めると正式に発表すれば、
  我々もロシアの領土に対する全ての攻撃と爆破行為を中止する
  という内容の声明です。
  そうすれば、ここチェチェンに残るロシア軍だけを相手に戦っていく
  という公式の声明を出したんです」


「確かに、私は悪党です。テロリストです。でも奴らはどうなんですか。
  憲法に定められた秩序を守っていると言うなら、
  テロを取り締まっていると言うのなら、
  そうした全ての合意や、響きの良い言葉に私は唾を吐き掛けてやります」


  <私の感想>
  バサーエフの無差別テロという闘争戦術・闘争形態・方針を認めることは
絶対にできません。
しかし、バサーエフの現状認識は、だいたいにおいて否定できません。
つまり、ロシア軍による、チェチェン人一般民衆への抑圧、虐待、虐殺は
続いているのだと思っています。


  バサーエフとのインタビューを全米で放映できるなら、
ビンラディンとのインタビューも全米で放映できない理由はないのではないか。
私にはそう思えます。
たとえ、容疑者、犯罪者であれ、その言い分を伝えること自体はできると
思います。

バサーエフ・インタビュー:米ABC①

投稿者: imonoyamashotengai 投稿日時: 2005/07/30 02:25 投稿番号: [4763 / 5091]
  米ABC NIGHT LINE:Reign of Terror (2005.7.29 NHKBS)

  チェチェンのバサーエフ司令官にロシア人ジャーナリスト・
アンドレイ・バビツキー氏がインタビューした内容を米ABCに持ち込みました。

<貴方は世界で二番目にお尋ね者のテロリストです。
  これまでどうやって生き延びてきたんですか>
「まず第一に、私は二番目などではありません。
  第二に、私はお尋ね者ではありません。
  私自身ロシア全土でテロリストを見つけ出そうとしているんです。
  これからもテロを探し出し、罰を下していきます。
  私の方が追われる身だなどと言ってもらっては困ります。
  私はテロを探し出す立場にあるんです」

<もし貴方が望むように、ロシア軍がチェチェンから撤退したら、
  誰がチェチェンの指導者になるんでしょうか>
「まず頭に浮かぶのは、国民に力をという言葉です。
  私自身、権力を手に入れようと思ったことはありません。
  権力の為に戦ったことはありません。いつも正義の為に戦ってきました。
  正義だけが私の目標です。
  率直に言って、私は自分が追われる身だと少しも感じていません。
  私は戦争に身を投じる戦士です。今この場で死んでも悔いはありません」

<貴方は本当にテロ行為でロシア政府が譲歩し、
  交渉に応じると考えているんですか>
「交渉など必要ありません。
  チェチェンの人々に対する虐殺行為を止めさせたいだけです。
  チェチェンを占領する人間の屑を追い出したいだけです」

「チェチェンのこれからの世代の人達が1944年のように、
  シベリア送りの憂き目に遭わないという保証が欲しいんです。
  その為に独立する必要があります。
  あれが虐殺行為だったことは全世界が認めています。
  テロリストはロシア人の方です。
  チェチェンの独立を目指す闘争はこれからも続きます」

<ベスランで起きた学校占拠事件ですが、あの時の作戦の目的、
  プーチン大統領の採った行動をどのように評価しようとも、水も与えず、
  子供達の命を危険にさらしたのは、正しいことだったと言えるんでしょうか。
  貴方は、プーチン大統領と同じように、子供達の命について責任があったとは
  思いませんか>
「何故私にプーチン大統領と同じ責任があるんですか。
  チェチェンの子供達四万人以上が殺され、何万人もが怪我を負ったんです。
  そのことについて声を挙げてくれた人はいますか」

<ではロシア人の子供達にも責任があるということですか>
「子供に責任があるとは言っていません。
  ロシア国家全体が責任を負っているんです。
  暗黙の了解は事態を肯定していることに他なりません。
  ロシアは国を挙げてチェチェンを破壊する侵略者を養っています。
  食べ物を与え、税金を払い、言葉の上でも賛成しているような奴らには、
  みんな責任があります。
  ベスランでは正直言って、あんなことになるとは思っていませんでした。
  問題は、チェチェン紛争を終わらせるか、プーチン大統領を辞任させるか、
  どちらかでした。
  その二つの内、いずれかの要求が受け入れられれば、
  無条件で人質を全員解放する筈でした。
  何故あんなことをしたのかと聞かれるかもしれませんが、チェチェンで
  何千人もの子供や女性、お年寄りが殺害されるのを止めさせる為でした。
  事実に目を向けて下さい。誘拐され、連れ去られて、殺されているんです」

<つまり、直接撃たなければ、何の問題もないということですか。
  子供の命を危険にさらすのは、殺害に関与するのとは、別のことだと
  言うんですか>
「虐殺行為を止めさせる為には手加減する積もりはありません。
  ただし、私が信じる宗教の許す範囲でです。
  私の宗教では、コーランの中で、アラーは、相手にやられたように、
  やり返せと教えています。
  ただし、一線を踏み越えてはなりません。
  私は一線を越えないようにしています。
  これまでも踏み越えたことはありません」

<学校占拠事件の後、貴方はどんな気持ちになりましたか>
「率直に言って、ショックを受けました。
  誓ってもいいですが、あんなことになるとは思ってもみませんでした。
  プーチン大統領が、あそこまで血に飢えているとは思わなかったんです。
  奴が血に飢えた欲望をむき出しにするとは思わなかったんです。
  あそこまで深刻な状況に直面すれば、ガスか何かを使って、
  事態の打開を図るだろうと思っていました。
  少なくとも、子供達には手出しはしないだろうと。
  容赦ない攻撃をすれば、相手もすぐにメッセージを真に受けるだろうと
  踏ん

バサーエフ・インタビュー:米ABC

投稿者: imonoyamashotengai 投稿日時: 2005/07/30 02:25 投稿番号: [4763 / 5091]
  米ABC NIGHT LINE:Reign of Terror (2005.7.29 NHKBS)

  チェチェンのバサーエフ司令官にロシア人ジャーナリスト・
アンドレイ・バビツキー氏がインタビューした内容を米ABCに持ち込みました。

<貴方は世界で二番目にお尋ね者のテロリストです。
  これまでどうやって生き延びてきたんですか>
「まず第一に、私は二番目などではありません。
  第二に、私はお尋ね者ではありません。
  私自身ロシア全土でテロリストを見つけ出そうとしているんです。
  これからもテロを探し出し、罰を下していきます。
  私の方が追われる身だなどと言ってもらっては困ります。
  私はテロを探し出す立場にあるんです」

<もし貴方が望むように、ロシア軍がチェチェンから撤退したら、
  誰がチェチェンの指導者になるんでしょうか>
「まず頭に浮かぶのは、国民に力をという言葉です。
  私自身、権力を手に入れようと思ったことはありません。
  権力の為に戦ったことはありません。いつも正義の為に戦ってきました。
  正義だけが私の目標です。
  率直に言って、私は自分が追われる身だと少しも感じていません。
  私は戦争に身を投じる戦士です。今この場で死んでも悔いはありません」

<貴方は本当にテロ行為でロシア政府が譲歩し、
  交渉に応じると考えているんですか>
「交渉など必要ありません。
  チェチェンの人々に対する虐殺行為を止めさせたいだけです。
  チェチェンを占領する人間の屑を追い出したいだけです」

「チェチェンのこれからの世代の人達が1944年のように、
  シベリア送りの憂き目に遭わないという保証が欲しいんです。
  その為に独立する必要があります。
  あれが虐殺行為だったことは全世界が認めています。
  テロリストはロシア人の方です。
  チェチェンの独立を目指す闘争はこれからも続きます」

<ベスランで起きた学校占拠事件ですが、あの時の作戦の目的、
  プーチン大統領の採った行動をどのように評価しようとも、水も与えず、
  子供達の命を危険にさらしたのは、正しいことだったと言えるんでしょうか。
  貴方は、プーチン大統領と同じように、子供達の命について責任があったとは
  思いませんか>
「何故私にプーチン大統領と同じ責任があるんですか。
  チェチェンの子供達四万人以上が殺され、何万人もが怪我を負ったんです。
  そのことについて声を挙げてくれた人はいますか」

<ではロシア人の子供達にも責任があるということですか>
「子供に責任があるとは言っていません。
  ロシア国家全体が責任を負っているんです。
  暗黙の了解は事態を肯定していることに他なりません。
  ロシアは国を挙げてチェチェンを破壊する侵略者を養っています。
  食べ物を与え、税金を払い、言葉の上でも賛成しているような奴らには、
  みんな責任があります。
  ベスランでは正直言って、あんなことになるとは思っていませんでした。
  問題は、チェチェン紛争を終わらせるか、プーチン大統領を辞任させるか、
  どちらかでした。
  その二つの内、いずれかの要求が受け入れられれば、
  無条件で人質を全員解放する筈でした。
  何故あんなことをしたのかと聞かれるかもしれませんが、チェチェンで
  何千人もの子供や女性、お年寄りが殺害されるのを止めさせる為でした。
  事実に目を向けて下さい。誘拐され、連れ去られて、殺されているんです」

<つまり、直接撃たなければ、何の問題もないということですか。
  子供の命を危険にさらすのは、殺害に関与するのとは、別のことだと
  言うんですか>
「虐殺行為を止めさせる為には手加減する積もりはありません。
  ただし、私が信じる宗教の許す範囲でです。
  私の宗教では、コーランの中で、アラーは、相手にやられたように、
  やり返せと教えています。
  ただし、一線を踏み越えてはなりません。
  私は一線を越えないようにしています。
  これまでも踏み越えたことはありません」

<学校占拠事件の後、貴方はどんな気持ちになりましたか>
「率直に言って、ショックを受けました。
  誓ってもいいですが、あんなことになるとは思ってもみませんでした。
  プーチン大統領が、あそこまで血に飢えているとは思わなかったんです。
  奴が血に飢えた欲望をむき出しにするとは思わなかったんです。
  あそこまで深刻な状況に直面すれば、ガスか何かを使って、
  事態の打開を図るだろうと思っていました。
  少なくとも、子供達には手出しはしないだろうと。
  容赦ない攻撃をすれば、相手もすぐにメッセージを真に受けるだろうと
  踏ん

「ウクライナ大統領に聞く」NHK

投稿者: imonoyamashotengai 投稿日時: 2005/07/27 20:39 投稿番号: [4762 / 5091]
  「“革命の英雄”新国家を語る」〜ウクライナ大統領に聞く〜
   NHKクローズアップ現代(20056.7.27)

・2005年6月、NATOとの合同軍事演習
・露への経済的依存:原油の八割は露から輸入
  5月、ガソリン不足
  3月、トルクメニスタン訪問
  カザフスタンから原油輸入で合意
  カザフスタン→カスピ海→アゼルバイジャン・グルジア→黒海→ウクライナ
  →(将来的には、更に)EUへ

・通信ネットワークも露企業が握っている

・「ウクライナには高度な宇宙航空産業がある」とPR
・広島原爆ドームを訪れ、熱心に見学。
  チェルノブイリを抱えるウクライナも日本と協調し、核廃絶に努力する
  (ウクライナは全核ミサイル・サイトを破棄している)


  <私の感想>
  ウクライナでは、TV局の報道の自由化等、マスメディアでは
民主化が成果を挙げているように思える。
  露からは、経済的に相対的に依存度を下げたいということであって、
露と対立したい訳ではないし、そもそも対立できるような状況にない。
今後も露に依存するしかない分野も多いが、それを徐々に相対的に
下げていきたいということだと思う。
  例えば、カザフスタンは、露中と政治的・経済的に接近を深めているが、
だからといって、露中一辺倒なのではなく、欧米とも一定の関係は構築して
いるし、今後も維持したいと思っていると思う。
カザフスタン→カスピ海→アゼルバイジャン・グルジア→黒海→ウクライナ→
→(将来的には、更に)EUへという石油パイプラインに、カザフスタンが、
石油を供給するというのも、その一つの現れだと思う。

「『オレンジ革命』後のウクライナ」NHKBS

投稿者: imonoyamashotengai 投稿日時: 2005/07/26 00:12 投稿番号: [4761 / 5091]
  「オレンジ革命後のウクライナ」NHKBS(2005.7.25)

・報道の自由:旧政権時代には、ニュースで取り上げる話題から表現まで
        大統領府が細かく検閲していました。
        現政権批判も自由に行えるようになった。
・内務省:幹部職員の九割を含む約九千人を解雇。

・一市民の声グリゴリエフ氏(医薬品卸売会社経営)
  ユーシェンコ側のデモを支援(風邪薬等を無料で配布)
  欧米のような市場経済化を公約で掲げるユーシェンコ氏を支持
  賄賂やコネに左右される不透明なビジネス環境が変わると期待。
  しかし、今の所、官僚の対応は旧政権時代と変わっていない。

・市民団体「ポラ」:ユーシェンコ政権実現の後ろ盾
  先月、中小企業への増税に反対する大規模なデモで、政府の決定を撤回させる

「ナイジェリア石油争奪戦」NHK②

投稿者: imonoyamashotengai 投稿日時: 2005/07/25 01:50 投稿番号: [4760 / 5091]
去年、イジョ族百人がシェブロンなど4か所の石油施設を占拠。
シェブロン製油所は日産三万バレル、一日生産が止まれば二億円近い損失。

米国務省の予算で、三年前から軍事訓練。
米民間軍事会社MPRI社が軍事シミュレーション訓練。
指導するのは米軍の退役軍人。
米寄贈の35台のパソコン画面にはデルタ地帯の複雑な地形が
水路からパイプラインまで再現。
武装勢力と政府軍との動向をシミュレーション演習。
「海上油田で敵と交戦中」
「石油ターミナルを占拠さる」
「第一攻撃部隊へ、石油ターミナル周辺の警戒を続けろ」
米国務省は年間三億円の施設運営費の増額を検討。
米国務省・国防総省合同視察団
デルタ人民義勇軍拠点11か所をヘリで空爆。
海軍もデルタのパトロール強化。
米は警備艇四隻を譲渡。
2004年9月、アサリは「デルタを火の海にする」と最後通牒。
メジャーは一時操業停止。最後通牒の日、原油価格は史上初めて50ドル突破。
アサリは「世界を動かす男」と呼ばれ、一躍デルタの英雄に祭り上げられる。
政府はアサリに話し合いを持ち掛ける。
米の意向で会談は実現したと言われている。
米メジャーもイジョ族に経済援助を約束。
シェブロンはクラ村に毎月十万円の小切手を渡すと提案。
誰が小切手を受け取るかで諍いが始まる。
会社との話し合いは決裂。

オコンジョ財務大臣は、七年前死亡したアバチャ元大統領の隠し預金500億円を
スイス銀行で突き止め、返還させることにしたと発表。
汚職の舞台の一つ、液化天然ガス生産基地。
工費一兆円を越す巨大国家事業。
少なくとも150億円の賄賂を外国企業から受け取ったとみられている。
受注したのはTSKJ社。仏、伊、米(KBR:Kellogg Brown & Root)、日(JGC:日揮)
捜査当局はKBRが所属するハリバートンが贈賄工作を主導したとみている。
経済金融犯罪委員会は、ハリバートンから膨大な資料を押収。
大統領と閣僚クラスに40億円ずつ渡す。
・大西洋のタックスへブンであるポルトガル領マデイラ島のTSKJ本社に150億円
・同住所のトンネル会社へ
・タックスへブン英領ジブラルタルの会社にコンサルタント料として送金
・会社の所有者はロンドン在住のハリーバートンのテスラー顧問弁護士
  ハリバートンは子会社が贈賄を行ったことは認めたが、本社の関与は否定。
  当時の本社会長はチェイニー氏。

デルタ少数民族の権利を訴え、十年前アバチャ政権に処刑された作家
ケン・サロウィア
「富を生む大地で国民は原始時代を暮らす。
  ナイジェリアという仮面の踊りにはもううんざりだ。
  踊り手は我々の資源を奪い、着飾っている。
  仮面の紐を握る白人の目的を見極めなければ、
  仮面をはがすことはできない」

2005年5月ポートハーコートでイジョ族五千人の大規模な抗議デモ。
先月、テロの噂で米領事館が一時閉鎖。原油価格は60ドルを突破。

一日一ドル以下で生活する最貧困層はこの十年で一億三千万人減少。
アフリカでは逆に、最貧困層が二億人から三億人に増加。
その内九千万人はナイジェリアの人々。


  <私の感想>
石油の富があるにもかかわらず、国民が貧困に喘ぐ。
この矛盾は何故生じるのか。
内外の二要因がある。
国内の原因と国外の原因だ。
国内の政治家、官僚の汚職・賄賂。
そして贈賄側である外国資本。

「ナイジェリア石油争奪戦」NHK①

投稿者: imonoyamashotengai 投稿日時: 2005/07/25 01:49 投稿番号: [4759 / 5091]
  「ナイジェリア石油争奪戦」貧困をもたらすのは誰か
(「21世紀の潮流:アフリカゼロ年」)NHK第二回(2005.7.23)

原油輸出量世界第七位のナイジェリア。
生産量一日250万バレル。
対外債務は三兆円とアフリカ最大。
国民の七割は一日一ドル以下で暮らす最貧困層です。

ナイジェリア海岸部の街ポートハーコート。
石油盗掘を監視する専門の武装チームが毎晩パトロールします。
住民の住む街の下にもパイプラインが走っています。
盗掘と捜査、毎晩いたちごっこが続きます。
毎日10万バレル、市場価格で六億円分の石油が盗まれています。
周辺のイジョ族の若者が捕まります。
盗掘する際の爆発事故もしばしば起こります。

シェブロンの採掘所の対岸の川の民イジョ族のクラ村。
川が汚染され、魚介類の収穫は激減。
電気もガスも水も学校もありません。
医者のいる町までは手漕ぎ船で三日掛かります。

人口一億三千万人。アフリカ最大。
言葉も文化も違う250の部族が同居。
ハウサ、ヨルバ、イボの三大部族が政権を担う。
アフリカ第三の大河ニジェール川河口デルタに住むイジョ族は第四の部族。
水路が網の目のように広がるデルタ地帯。
ここで1956年石油が発見。
1960年ナイジェリア独立。
1967年ビアフラ内戦。200万人が亡くなったと言われる。
政府六割、外国企業四割の利益配分で、オイルメジャーに採掘を認める。
年間二兆円の利益が政府に入る。
米英伊のオイルメジャーが20年の採掘権益。
イジョ族の反政府勢力:デルタ人民義勇軍。
リーダーはアサリ・ドクボ:「アフリカのロビンフッド」
メンバーは数百人。迷路のような水路に神出鬼没。
デルタの水路で石油を盗掘し、その金で武器を購入。
ビアフラ内戦の悪夢が全面対決を回避させている。

首都アブジャは、部族間のバランスを考え、
国土の中央に建設された人口都市です。
歴代軍事政権は、汚職国家と烙印されてきました。
国家予算は汚職と債務の返済で消えていました。
オバサンジュ大統領は六年前、民主選挙で選ばれました。
AU第四位の経済力を持つナイジェリア。AU議長国。
国営石油会社。海外企業は、合弁が条件。
国庫に入るオイルマネーは年間二兆円。国の歳入の八割。
90年代後半、ギニア湾で海底油田が次々に発見。
輸出石油の半分以上が米。

チャンスの弧 Arc of Opportunity :カスピ海からギニア湾
米は、ナイジェリアをアフリカの要と位置付けている。
米は石油の安定供給の為にナイジェリアの政治・経済の構造調整、
汚職追放を迫っている。
ナイジェリアにとって、三兆円の債務を軽減してもらう為に緊急の課題。
元世界銀行副総裁オコンジョ・イウェラ女史を
他の閣僚の40倍の給与で財務大臣に採用。
大臣は汚職を一掃し、その富で貧困を撲滅する方針。
全ての国家事業の再点検。
1000億円以上の支出が削減。
国営製油所は30年間補修されず、稼働率は三割。
補修費は政治家が懐に納める。
運転資金の横領で休止した製紙工場。
80億円を使ったのに架空だった水道計画。
ICPC汚職取締委員会のテレビCM。
現職の国会議長と文部大臣も起訴(6000万円の贈収賄容疑)
二億円を私物化した州知事。
150億円を横領した警察長官。
空港や港湾の税関では賄賂を要求するのが当たり前になっていました。
連邦政府職員27万人中、幽霊職員は4万人。
欧米から借りた金は利子と延滞金で二倍以上に膨れ上がり、三兆円。

「ナイジェリア石油争奪戦」NHK

投稿者: imonoyamashotengai 投稿日時: 2005/07/25 01:49 投稿番号: [4759 / 5091]
  「ナイジェリア石油争奪戦」貧困をもたらすのは誰か
(「21世紀の潮流:アフリカゼロ年」)NHK第二回(2005.7.23)

原油輸出量世界第七位のナイジェリア。
生産量一日250万バレル。
対外債務は三兆円とアフリカ最大。
国民の七割は一日一ドル以下で暮らす最貧困層です。

ナイジェリア海岸部の街ポートハーコート。
石油盗掘を監視する専門の武装チームが毎晩パトロールします。
住民の住む街の下にもパイプラインが走っています。
盗掘と捜査、毎晩いたちごっこが続きます。
毎日10万バレル、市場価格で六億円分の石油が盗まれています。
周辺のイジョ族の若者が捕まります。
盗掘する際の爆発事故もしばしば起こります。

シェブロンの採掘所の対岸の川の民イジョ族のクラ村。
川が汚染され、魚介類の収穫は激減。
電気もガスも水も学校もありません。
医者のいる町までは手漕ぎ船で三日掛かります。

人口一億三千万人。アフリカ最大。
言葉も文化も違う250の部族が同居。
ハウサ、ヨルバ、イボの三大部族が政権を担う。
アフリカ第三の大河ニジェール川河口デルタに住むイジョ族は第四の部族。
水路が網の目のように広がるデルタ地帯。
ここで1956年石油が発見。
1960年ナイジェリア独立。
1967年ビアフラ内戦。200万人が亡くなったと言われる。
政府六割、外国企業四割の利益配分で、オイルメジャーに採掘を認める。
年間二兆円の利益が政府に入る。
米英伊のオイルメジャーが20年の採掘権益。
イジョ族の反政府勢力:デルタ人民義勇軍。
リーダーはアサリ・ドクボ:「アフリカのロビンフッド」
メンバーは数百人。迷路のような水路に神出鬼没。
デルタの水路で石油を盗掘し、その金で武器を購入。
ビアフラ内戦の悪夢が全面対決を回避させている。

首都アブジャは、部族間のバランスを考え、
国土の中央に建設された人口都市です。
歴代軍事政権は、汚職国家と烙印されてきました。
国家予算は汚職と債務の返済で消えていました。
オバサンジュ大統領は六年前、民主選挙で選ばれました。
AU第四位の経済力を持つナイジェリア。AU議長国。
国営石油会社。海外企業は、合弁が条件。
国庫に入るオイルマネーは年間二兆円。国の歳入の八割。
90年代後半、ギニア湾で海底油田が次々に発見。
輸出石油の半分以上が米。

チャンスの弧 Arc of Opportunity :カスピ海からギニア湾
米は、ナイジェリアをアフリカの要と位置付けている。
米は石油の安定供給の為にナイジェリアの政治・経済の構造調整、
汚職追放を迫っている。
ナイジェリアにとって、三兆円の債務を軽減してもらう為に緊急の課題。
元世界銀行副総裁オコンジョ・イウェラ女史を
他の閣僚の40倍の給与で財務大臣に採用。
大臣は汚職を一掃し、その富で貧困を撲滅する方針。
全ての国家事業の再点検。
1000億円以上の支出が削減。
国営製油所は30年間補修されず、稼働率は三割。
補修費は政治家が懐に納める。
運転資金の横領で休止した製紙工場。
80億円を使ったのに架空だった水道計画。
ICPC汚職取締委員会のテレビCM。
現職の国会議長と文部大臣も起訴(6000万円の贈収賄容疑)
二億円を私物化した州知事。
150億円を横領した警察長官。
空港や港湾の税関では賄賂を要求するのが当たり前になっていました。
連邦政府職員27万人中、幽霊職員は4万人。
欧米から借りた金は利子と延滞金で二倍以上に膨れ上がり、三兆円。

「ジェノサイドを止めるのは誰か」NHK

投稿者: imonoyamashotengai 投稿日時: 2005/07/25 01:48 投稿番号: [4758 / 5091]
  「ジェノサイドを止めるのは誰か」スーダン・ダルフール紛争
(「21世紀の潮流:アフリカゼロ年」)NHK第一回(2005.7.9)

  アフリカ最大の面積を持つ国スーダン。
人口は3200万人。アラブ連盟に加盟。
200万人の死者を出した20年来の南北内戦の終結。
石油資源の富を半々に分配することで南北で合意。
それに対する貧しい西部ダルフールの反発。

二年前、反政府勢力が武装蜂起。
政府系アラブ系民兵組織ジャンジャウィードによる襲撃。
死者七万人以上。国内避難民は150万人以上。

  アフリカ系の一万人が住むラバド村のタジュディン・スリマン村長によると、
昼前に政府軍と思われるヘリが飛来し、機銃掃射を開始、直後に数千人の
ジャンジャウィードが襲撃。
110人が殺害され、多数の負傷者。
井戸は埋められ、家畜は殺された。

反政府勢力スーダン解放軍SLAのアハメド・セゲル司令官
武器は中古の小銃がほとんど。
ヘリで攻撃する政府軍に対しては、木に登って身を隠すしかありません。

米はスーダン南部に20億ドルの支援。
米のキリスト教原理主義組織サマリタンパースが、90年代から南部一体に
キリスト教会、学校を建設。英語教育を支援。
南部油田地帯で深い関係を構築。

  この十年、中国はスーダン政府と一体となって油田開発。
合弁事業ハルツーム製油所。輸出の60%は中国。
ダルフール問題での経済制裁に中国は反対を表明。
ジェノサイド条約。

  AUアフリカ連合が平和維持部隊3000人を派遣。
(エジプト、ガボン、ガンビア、セネガル等九か国)
任務は停戦協定違反の監視と住民の安全確保。
毎日ダルフール各地に調査隊を派遣。
襲撃直後の様子を写真に記録。
AUの調査によると800を超える村が焼かれている。
女性、老人、子供を含む無差別虐殺の写真。
あらゆる家財道具を略奪するジャンジャウィードの写真。

ルワンダのジーン・カズラAU副司令官が、アフリカ系の一万人の村
コルアベシェとアラブ系のネテガ村の隣接する地帯に直接乗り込み、交渉する。
コルアベシェ村ではSLAが守りを固めている。
AU部隊を常駐させることを提案。
SLA側は、AUが常駐すれば村から撤退することを承諾。
南ダルフール州アッタ・アルマナン知事は中央政府大臣経験者。
ジャンジャウィードのティジャニ・ガドルは、
「SLAの攻撃に対する正当防衛」
ネテガ村での交渉
「コルアベシェに奪われた家畜を取り戻そうとしただけ」
「我々こそが被害者」
AU部隊の常駐を拒否。

  タハ第一副大統領は、
「ダルフール紛争は部族間の争い」
「旱魃による水資源の枯渇」

  州知事は、
「政府軍をネテガの中に置く」
「48時間以内に答えを出して下さい」
三日後、朝六時、数千人のジャンジャウィードがコルアベシェ村を襲撃。
数十人が殺害。井戸を埋められ、家畜を殺害。

  AUは報告書で、
「スーダン政府は停戦協定に違反している」と明確に指摘。
  スーダン政府軍の虐殺への関与を指摘し、
「スーダン政府はジャンジャウィードとの共謀をやめるべきだ」と勧告。



  <私の感想>
石油資源確報という国家の死活的使命を帯びる中国。
その為になりふりかまわず狂奔している中国。
安保理での拒否権を持つ中国と結託している限り、
国連の制裁に脅える必要のないスーダン政府。
この両者の思惑の一致、結託という背景がある。

民間人ら2万5000人が死亡

投稿者: nanisun_carrion 投稿日時: 2005/07/24 09:40 投稿番号: [4757 / 5091]
イラク戦争開戦以来、民間人ら2万5000人が死亡=NGO
2005年 07月 20日 水曜日 15:21 JST

[バグダッド   19日   ロイター]   米英が組織する非政府組織(NGO)「イラク・ボディ・カウント」は、2003年3月のイラク戦争開戦以来、米国主導の多国籍軍の攻撃や、武装勢力などよる暴力事件に巻き込まれ、民間人や警官ら約2万5000人のイラク人が死亡したとする報告を発表した。

  調査はメディアの報道を集計したもので、約半分はイラクの人口の5分の1が集中するバグダッドで死亡している。死亡件数2位は、武装勢力の拠点となっていたファルージャで、住民の137人に1人が暴力事件に巻き込まれて死亡した。

  全体の約37%が米国主導の多国籍軍による攻撃で死亡していることも分かった。

民間人ら2万5000人が死亡

投稿者: nanisun_carrion 投稿日時: 2005/07/24 09:40 投稿番号: [4757 / 5091]
イラク戦争開戦以来、民間人ら2万5000人が死亡=NGO
2005年 07月 20日 水曜日 15:21 JST

[バグダッド   19日   ロイター]   米英が組織する非政府組織(NGO)「イラク・ボディ・カウント」は、2003年3月のイラク戦争開戦以来、米国主導の多国籍軍の攻撃や、武装勢力などよる暴力事件に巻き込まれ、民間人や警官ら約2万5000人のイラク人が死亡したとする報告を発表した。

  調査はメディアの報道を集計したもので、約半分はイラクの人口の5分の1が集中するバグダッドで死亡している。死亡件数2位は、武装勢力の拠点となっていたファルージャで、住民の137人に1人が暴力事件に巻き込まれて死亡した。

  全体の約37%が米国主導の多国籍軍による攻撃で死亡していることも分かった。
[ << 最初のページ | < 前のページ | メッセージリスト | [ メッセージ # オフセット ] | 次のページ > | 最後のページ >> ]

Yahoo! Japan 掲示板 アーカイヴ

[検索ページ] (中東) (東亜) (捕鯨 / 捕鯨詳細)