「チェチェンの呪縛」横村出(岩波書店)②
投稿者: imonoyamashotengai 投稿日時: 2005/08/03 05:05 投稿番号: [4769 / 5091]
第一次チェチェン戦争では、米露のカスピ海石油資源争奪戦、多民族国家の崩壊
を食い止める、エリツィン政権の支持率回復策というのが主要因だった。
第二次チェチェン戦争では、カスピ海石油資源確保という要素はもう存在しない。
イスラム原理主義過激派による、周辺諸国への「イスラム革命の輸出政策」に
対して、これを阻止するという新要素と、戦争と同時に発足したプーチン政権が
軍と旧KGBを主柱とした自らの政治支配体制を構築していく過程でもあった。
国民も「強いロシアの復活」を支持し、ロシア・ナショナリズムの高揚を見せた。
プーチンを支える「シロビキ一派にとっては、チェチェン戦争とテロの激化は、
FSBを復権させる好機になった」
ヨルダン、シリア、トルコでのチェチェン人コミュニティ。
19世紀のロシアのカフカス戦争以来の追放、亡命、出国した人々。
数万人のマイノリティ集団ではあるが、政府高官、軍高官、議会議員、財界人を
輩出している。
彼らが、経済的、政治的、宗教的、人的資源を支援している。
ソ連崩壊前後、ゴルバチョフのペレストロイカ・グラスノスチにより、
統制が緩むと、チェチェンではイスラム諸国との宗教的結びつきが強くなった。
多くの留学生が赴き、また宗教指導者が入って来た。
コーラン配布やモスク建設への強力な支援も行われた。
93年までに新たに2500のモスクが開設された。
現在のチェチェンにおける「紛争のチェチェン化」
バサーエフの武装勢力に対して実際に戦っているのは、
チェチェン共和国特殊部隊とロシア軍参謀本部の特殊部隊だ。
いずれもロシア人は含まれず、チェチェン人のみから構成されている。
ロシア軍特殊部隊は元々親ロシアのチェチェン人から構成されているのに対し、
共和国特殊部隊は、投降した元独立派から構成されている。
暗殺されたカディロフ前大統領が、独立派の宗教指導者からロシア側に移った
ように、イスラム過激派の勢力を抑え切れないマスハードフ元大統領に見切りを
つけて、ロシア側に投降した人々がほとんどだ。
武装勢力を切り崩すという側面と武装勢力のシンパが入り込み、
武装勢力に武器・資金・情報が漏洩するという両側面がある。
「チェチェン人部隊による掃討作戦には、血の復讐や部族ごとの争いごとが
背景にある場合も少なくない」
チェチェン人内部における路線、宗派、部族を巡る対立。
支配者側は、内部対立に巧妙につけ込み、現地人同士による戦いへと
『衣替え』していくのは、植民地支配の常套手段だ。
独立派の中で、何故、穏健派ではなく、過激派が力を伸ばしているのか。
イスラム原理主義が若者の間で今の体制に対する抗議を支えるイデオロギー
として、この地域では浸透している。
北コーカサス全体はロシアの中でも、とりわけ貧富の差が激しく、不公平な
全体として発展から取り残された貧しい社会となっている。
その中で、過激なイスラム原理主義グループは、イスラム法に基づく平等という
たとえそれが嘘であったとしても、言わば、世直しを訴えている。
一定の若者がそのイデオロギーに惹きつけられるのは、社会的な背景と理由が
ある。
例えば、イスラム原理主義の政党や団体の存在が認められているのなら、
権力側と緊張関係を保ちながらも社会的な不満を吸い上げる野党として存在する
ことができるだろう。その方がむしろ社会的には安定するかもしれない。
しかしロシアの北コーカサスにおいては、イスラム原理主義というだけで、
弾圧の対象となり、それがますます過激な武装闘争に走らせ、バサーエフの
支持者を増やすという悪循環になっている。
イスラム復興運動の大きなうねり。
『対テロ戦争』という名の下に一般市民への凄惨な掃討作戦が続く。
そして、それへの反作用として、日々新たに武装勢力の担い手が
生み出され続ける。
現代世界に内在する悪無限。この悪無限を断ち切る術はないのだろうか。
ロシア政府と軍の腐敗は凄まじい。
だからといって、独立派武装勢力の無差別テロも決して許されない。
こうして、一般市民が最も被害を被り続ける。
チェチェンの民族としての再生産自体が危機に陥っているのではないか。
チェチェン問題の出口は、その糸口さえ私には全く見えない。
を食い止める、エリツィン政権の支持率回復策というのが主要因だった。
第二次チェチェン戦争では、カスピ海石油資源確保という要素はもう存在しない。
イスラム原理主義過激派による、周辺諸国への「イスラム革命の輸出政策」に
対して、これを阻止するという新要素と、戦争と同時に発足したプーチン政権が
軍と旧KGBを主柱とした自らの政治支配体制を構築していく過程でもあった。
国民も「強いロシアの復活」を支持し、ロシア・ナショナリズムの高揚を見せた。
プーチンを支える「シロビキ一派にとっては、チェチェン戦争とテロの激化は、
FSBを復権させる好機になった」
ヨルダン、シリア、トルコでのチェチェン人コミュニティ。
19世紀のロシアのカフカス戦争以来の追放、亡命、出国した人々。
数万人のマイノリティ集団ではあるが、政府高官、軍高官、議会議員、財界人を
輩出している。
彼らが、経済的、政治的、宗教的、人的資源を支援している。
ソ連崩壊前後、ゴルバチョフのペレストロイカ・グラスノスチにより、
統制が緩むと、チェチェンではイスラム諸国との宗教的結びつきが強くなった。
多くの留学生が赴き、また宗教指導者が入って来た。
コーラン配布やモスク建設への強力な支援も行われた。
93年までに新たに2500のモスクが開設された。
現在のチェチェンにおける「紛争のチェチェン化」
バサーエフの武装勢力に対して実際に戦っているのは、
チェチェン共和国特殊部隊とロシア軍参謀本部の特殊部隊だ。
いずれもロシア人は含まれず、チェチェン人のみから構成されている。
ロシア軍特殊部隊は元々親ロシアのチェチェン人から構成されているのに対し、
共和国特殊部隊は、投降した元独立派から構成されている。
暗殺されたカディロフ前大統領が、独立派の宗教指導者からロシア側に移った
ように、イスラム過激派の勢力を抑え切れないマスハードフ元大統領に見切りを
つけて、ロシア側に投降した人々がほとんどだ。
武装勢力を切り崩すという側面と武装勢力のシンパが入り込み、
武装勢力に武器・資金・情報が漏洩するという両側面がある。
「チェチェン人部隊による掃討作戦には、血の復讐や部族ごとの争いごとが
背景にある場合も少なくない」
チェチェン人内部における路線、宗派、部族を巡る対立。
支配者側は、内部対立に巧妙につけ込み、現地人同士による戦いへと
『衣替え』していくのは、植民地支配の常套手段だ。
独立派の中で、何故、穏健派ではなく、過激派が力を伸ばしているのか。
イスラム原理主義が若者の間で今の体制に対する抗議を支えるイデオロギー
として、この地域では浸透している。
北コーカサス全体はロシアの中でも、とりわけ貧富の差が激しく、不公平な
全体として発展から取り残された貧しい社会となっている。
その中で、過激なイスラム原理主義グループは、イスラム法に基づく平等という
たとえそれが嘘であったとしても、言わば、世直しを訴えている。
一定の若者がそのイデオロギーに惹きつけられるのは、社会的な背景と理由が
ある。
例えば、イスラム原理主義の政党や団体の存在が認められているのなら、
権力側と緊張関係を保ちながらも社会的な不満を吸い上げる野党として存在する
ことができるだろう。その方がむしろ社会的には安定するかもしれない。
しかしロシアの北コーカサスにおいては、イスラム原理主義というだけで、
弾圧の対象となり、それがますます過激な武装闘争に走らせ、バサーエフの
支持者を増やすという悪循環になっている。
イスラム復興運動の大きなうねり。
『対テロ戦争』という名の下に一般市民への凄惨な掃討作戦が続く。
そして、それへの反作用として、日々新たに武装勢力の担い手が
生み出され続ける。
現代世界に内在する悪無限。この悪無限を断ち切る術はないのだろうか。
ロシア政府と軍の腐敗は凄まじい。
だからといって、独立派武装勢力の無差別テロも決して許されない。
こうして、一般市民が最も被害を被り続ける。
チェチェンの民族としての再生産自体が危機に陥っているのではないか。
チェチェン問題の出口は、その糸口さえ私には全く見えない。
これは メッセージ 4768 (imonoyamashotengai さん)への返信です.
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