台湾

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『続・誰も書かなかった台湾』

投稿者: mita_yuji 投稿日時: 2004/08/02 22:25 投稿番号: [3599 / 16409]
鈴木明著、サンケイ出版、1977年

35年ぶりに読み返しました。間違いはかなり有るのですが、あの時代に、あれだけの資料をよく集めたものだと改めて感心しました。

鈴木さんとは結局お会いする機会はありませんでしたが、90年代に著書の中の誤りを手紙で指摘し、電話を戴いたことがあります。

この本は8月中に呉三連基金会宛送付予定。

訂正

投稿者: mita_yuji 投稿日時: 2004/08/02 21:41 投稿番号: [3598 / 16409]
×卒業パーティー
○日本語学科「学芸会(日本語劇)」

>ツケ

投稿者: mita_yuji 投稿日時: 2004/08/02 21:28 投稿番号: [3597 / 16409]
私が台湾で比較的短時間で「質の良い史料」を蒐集できた理由は、

1.原則としてツケはせず、現金払い。現金が無いときは(知合いの場合は)小切手払い。小切手がない場合は、(相手が友達だからいいよと辞退しても)IOUを無理やり渡していたこと。

2.売り手の言い値で買い、バーゲニングはやらなかったこと。
****
結構名の知れた在日台湾人学者で神保町古書店で「出入り禁止」になった人もいたようです。

訂正

投稿者: aki_fumika 投稿日時: 2004/08/02 21:04 投稿番号: [3596 / 16409]
洋書を買い付けて言える大学教授たち(誤)
洋書を買い付けている大学教授たち(正)

です。

ちなみにその某マンモス大の教授は25、6年前に死んだなぁ。。。
そんなせんせ、沢山いましたよ、30年くらい前は。。。ま、マンモス大学全盛期のお話なら、それこそ、ひどいお話が沢山あります。


まあ、東大に、辰野隆、鈴木信太郎、渡辺一夫がいた頃は、丸善の船荷が着いた日に、お三方で、めぼしいモノは全部買い占め、残り物には福がなかったそうです。
ちなみに、このお三方は、支払いは間違いのない、立派な先生方だったそうで。。。

あと、福永武彦という学習院のせんせ、この人の買い方は、ちょっと、変わっていて、「20万円分本を持ってこい」なのだそうです。書店が数冊だけしか持って行かないと、「20万分と言ったろう」と怒られるのだそうで。。。この方は、きちんと現金払いだったそうですが。。。

>日本人教員

投稿者: mita_yuji 投稿日時: 2004/08/02 21:02 投稿番号: [3595 / 16409]
1.勿論例外はありますが、「情熱」を持っている人も多くはなかったですね。
文化大学の卒業パーティー終了後、日本人教員だけで「徒党」を組んで二次会に・・・目撃しました。「素人」である私の方が彼らよりも遥かに「情熱」があったと自負しています(なお、私が教えたのは4年生相手の「商用日語(選択)」でした)。

2.これは「信頼できる筋」からの「又聞き」ですが、一部の交流協会(即ち文部省)派遣教員は(我々の税金から給与を得ているのですが)別途台湾の大学からの「車馬費」を「しゃあしゃあ」と受け取っていたようです(僕は文化大学からの報酬は受け取らないことを条件に講師を引き受けました)。

雑感(日本語教官、大学など)

投稿者: aki_fumika 投稿日時: 2004/08/02 20:55 投稿番号: [3594 / 16409]
日本語教官については、ただこの2点。
1)謙虚におなりなさい。
2)辞書をきちんと引きなさい。それも広辞苑ではなく、ちゃんとした日本語辞書を。

これは、本当に台湾に来て痛感しました。



あと、本がらみのこわーいお話(学会暴露シリーズ)。

紀伊国屋書店、ここなんか、田辺茂一が生きていた頃は、専任講師以上に優待割引や、在庫本の優遇販売なんぞをして、一般の学生や非常勤、一般の購買者と差別して、二重価格で販売していた。今も同じかもしれませんが。。。

東京には、洋書を取り扱う業者が沢山います。こうした業者から、洋書を買い付けて言える大学教授たち。。。ツケで何十年も買い続けている。現金で支払う教授もいるが、古手の連中はツケ。
業者は、書籍代を払ってください、とはなかなか言いにくい事情がある。教科書をそうした業者に発注するからである。毎年の教科書を受注することで、業者はまとまったお金を手に入れることが出来るが、そのために、教授たちのツケ買いには目をつむって、我慢することが多かった。
で、某マンモス大学の教授が死んだときの洋書業者たちの嘆き。。。
「○○先生にはうちは600万ですよ」
「え?うちは400万。。。未亡人には、通夜の席では、請求できないしなぁ、参ったなあ。。。」

この書籍代、払った払わないで大喧嘩になることもしばしば、だったそうです。で、喧嘩の後は、その業者は長い間、その先生の学科からの教科書を受注できなかったとか。。。
ま、これ全部実話。

書店泣かせの、悪徳教授、いまだに、大学に巣くっているのでしょうか?

この取り立てることの出来ない書籍代の赤字問題、某洋書業界では大問題となり、25年位前かな?なるべくきちんと取り立てようというふうに業界自体がなっていったそうですが、果たして、バブルの後、どうなりましたやら???

教える側の謙遜、教わる側の尊敬、どーも、人徳のない大学や教授、生徒では、無理か?

ま、これも実名ですぐ数名はあげられますが、内緒、ね。

>戦争画(Mitaさんへ)

投稿者: mita_yuji 投稿日時: 2004/08/02 20:50 投稿番号: [3593 / 16409]
史学科の学生に配布される」『しえん(漢字は教えてくれませんでした)』という冊子に「卒業生/卒業論文」一覧があり、その中には記載されていたとのことです。

「旧悪には触れて貰いたくない」様子で逃げられました。

<陳水扁総統>パナマ訪問

投稿者: gogai3000 投稿日時: 2004/08/02 20:48 投稿番号: [3592 / 16409]
勿論アメリカを経由する。

いっそのことブッシュ大統領とケリー大統領候補と会って密談をしたと、噂を流すだけも。

戦争画(Mitaさんへ)

投稿者: aki_fumika 投稿日時: 2004/08/02 20:30 投稿番号: [3591 / 16409]
いつも記憶のどこかで、気にかかっていたのですが、Mitaさんのお嬢さん、戦争画を大学での論文テーマになさったんですよね。。。

新聞に出てませんでしたか?
あと、立教の校友会の新聞にも。。。

なんか、ね、どっかで読んだことがあるなぁ、と、いつも気にかかっているのですが。。。(面白いことを調べる人もいるものだ、というので、記憶にはあったんですよ)

(二階の女がちょいと木にかかる、ではありませんが。。。これは冗談)

台南歴博

投稿者: aki_fumika 投稿日時: 2004/08/02 20:25 投稿番号: [3590 / 16409]
資料の買い取りを断ったというのは、大正解だと思います。

現在の台湾での日本語教育、ことに大学に於けるモノは、残念ながら、かなり低いのが現状です。
また、成功大、中山大、あたりを見ても、教官、生徒とも、十分に資料を活用できるだけの人材がいないと思います。

これは、台湾南部の日本人教員の中に、残念ながら、「日本語に精通した」指導者が皆無であるということ(これは、強がってみても、実力と素養、能力だけは誤魔化しようがないので。。。)。

以前、成功大の会場で、日本から講師を招き、日本語教育のセミナーを開いたのですが(主催はどこか忘れましたが、交流協会が絡んでいたような。。。)、それに参加して、愕然とした思い出があります。

学は、謙遜することから始まるのですが、それが、日本人にも、学んでいる連中にもない。。。これでは、と思いました。。。

>義勇刀

投稿者: mita_yuji 投稿日時: 2004/08/02 20:05 投稿番号: [3589 / 16409]
80年代、タイヤル族のYさんと彼の故郷マレッパに(「入山許可書」なしで「検査点」を堂々と潜り抜けて)行った時の想い出話です。

Yさんの「とうちゃん」(元高砂義勇隊)が語ってくれた話。

1.日本刀は人しか切れないが、我々の刀は人だけでなく、木も切れる。

2.日本刀(軍刀)は吊ってあるだけなので、走ると揺れるが、我々の刀は腰に結わえ付けているので大丈夫。

3.(義勇刀を腰に帯びているので)日本の兵隊が下士官と誤認して敬礼してくれた。

4.Q&A
Q:今までで一番の思い出は?
A:出征したとき。
Q:今までで一番悲しかったのは?
A:戦友と別れたとき。
****
「とうちゃん」ももう亡くなりました。家には「とうちゃん」が作ってくれた「ミニ蕃刀(タイヤル様式)」が数本あります。その他にも、タウカン(タイヤルの背負子)などが記念に残してあります。

>軍人と学生への割引

投稿者: mita_yuji 投稿日時: 2004/08/02 19:50 投稿番号: [3588 / 16409]
別に中華民国政府におべんちゃらを言う(ポオ   ラヌパアする)つもりはありませんが。。。

1.日本でも「学生割引」がありますよね(ポルノ映画さえも)。

2.終戦前は日本でも「軍人割引」というような制度があったのではないでしょうか。確認はしていませんが。。。

3.台湾の歴史博物館は現時点では「ロクな」ものはありません。台南に出来る予定の博物館はどんなものになるのでしょうか。人を介して、私所蔵の台湾史料の「買取?」要望があったのですが、一応断りました。

>読本

投稿者: mita_yuji 投稿日時: 2004/08/02 19:27 投稿番号: [3587 / 16409]
1.本島人児童用のものです。内地人児童に対しては(50年間)台湾語の授業はなされておりません(師範学校を除き)。

2.公学校(本島人児童)用教科書は台湾総督府、小学校(内地人児童)用教科書は文部省です。

3.公学校用教科書、授業時間の変遷などの分析については、日本でも先行研究があります。

と言いながら

投稿者: yabe571 投稿日時: 2004/08/02 16:46 投稿番号: [3586 / 16409]
>(と言いながら、実は、「つぁいつぁてぇくーにゃん、つぁおこぉんこん」とか、「ぶらーひ食べたらぁ」などの他の替え歌もあります。。。大笑)

この替え歌の歌詞を出して下さい、曲を作ります、美しい旋律は出ませんが、ちょっと変わったものは出来ます。。。

aki_fumikaさんへ

投稿者: gogai3000 投稿日時: 2004/08/02 15:59 投稿番号: [3585 / 16409]
江王朝を経済的に育ててしまったのは、台湾も日本も同罪。

それが強大な軍事力で逆に侵略を狙っていると言うのなら、蒔いた種は自分で刈り取らなければならない。

今の所日本はアメリカと旨くやっている。ケリー大統領になってもアメリカは依然としてテロを抱えているので、軍事関係は余り変わらないと思う。
米国のアジアにおける不沈航空母艦の感はあるが、中共のゴキブリにに侵略されるよりはマシ。

香港は台湾と中国の貿易の仲介が無くなったら、英国の植民地になる以前の寒村に戻る。

それにしてもゴタク民の中華・攘夷教育は、見事な位に愚民ばかり育てたもの。
これが問題解決のヒントになるかどうか?

Yabeさん、Horseさんへ

投稿者: aki_fumika 投稿日時: 2004/08/02 13:07 投稿番号: [3584 / 16409]
Yabeさんへ
いやはや、あのような戯れ歌に。。。ありがたく頂きます。(と言いながら、実は、「つぁいつぁてぇくーにゃん、つぁおこぉんこん」とか、「ぶらーひ食べたらぁ」などの他の替え歌もあります。。。大笑)


Horseさんへ
そのうち、分割払いでいいから、持っていきな、というあまーいお誘いの言葉で、深みにはまっていきますよ。。。
お金は後払い、ツケでいいよ、というので、ごっそりかってしまって。。。ということになるのも時間の問題のような。。。

読本

投稿者: horse_224 投稿日時: 2004/08/02 12:48 投稿番号: [3583 / 16409]
  土曜日に見てまいりました。

  魏さんに簡単な説明を受けながら、少し拾い読みしてみたのですが、最も古い読本集で和紙製のものには、見開き毎にカタカナで台湾語が書いてありました。   台湾人の生徒向けの注釈なのか、日本人の生徒を台湾語に親しませる為のものなのか分かりませんが、統治当初(各家庭に日本語が浸透していない頃)の小学生向けということから考えれば、前者のような気がします。

  こういった物を収集して、当時の日本教育の傾向を解析して一冊の本にするというのも面白いかもしれませんね。   当時の世代が、ご存命でいらっしゃるうちにしかできない事かもしれませんし。。。

  本当は、購入して帰りたかったのですが、年代毎に全5期もあり、値段も結構する(全て揃えると13000元)ので、魏さんに「検討します。」と言って帰ってりました。   給料が出たら、まず第一期(明治34〜36)を購入したいと考えております。

  そして日曜日。   植物園と歴史博物館に行ってまいりました。   台湾の歴史を垣間見たいと思い足を運んだのですが、台湾に関わるものは、3階の臨時展示上の金門関係だけで、「解説不足の小故宮」といったところでした。   入り口の看板の揮毫がCKSさんなので当然といえば当然なのですが、かなりがっかりでした。(まあ、中国の歴史関係も好きなので、楽しむことはできたのですが、なんせ期待と裏腹だったもので。。。)   それに、入場料(まあ、すごく安いのですが)の軍人と学生への割引というのも、なにやら思想教育的傾向があるようで、鼻につきました。

  で、そのあと気を取り直して隣接の植物園へ。   まあ、植物園というよりは公園だったのですが、人懐っこい栗鼠もいたりして、(只ではありますし)これはそれなりに満足でした。

  散策中に、10名あまりの小奇麗な身なりをした老人(恐らく皆さん80歳以上)の集団の前を通り過ぎようとしたところ、(私の耳にさえあまり上手くない北京語で)「にいちゃん、どこから来てん?」と話し掛けられました。

  私が「日本人です。」と言うと、皆さん先を争うように「こんばんわ。ありがとう。」と、話し掛けてこられました。   なにやら台湾語で「お前の発音は今一やで。   こ・ん・ば・ん・わ・やがな。」などと話されているように聞こえたので、私が「こんにちは。」と若干訂正の意味をこめて返事をすると、それでもひたすら「こんばんわ。ありがとう。」を連呼されていらっしゃいました。   それこそ私の姿が見えなくなるまで。。。

  その日はその後の予定もあり、留まって話し込むということも出来ませんでしたが、今度はゆっくりと時間をとって、話をしてみようと思いました。(なんとなく常連さんみたいだったので。)

  週末は中正体育館で、台湾に来て初のバスケの比賽です。   日本でいうところの、「市の一般リーグ」といった感じの試合なのですが、「MAZDA3JONE'SCUP」の日本チームがあまりに不甲斐なかったので、(恐らく唯一の日本人参加者として)何とか汚名挽回を図りたいと思っております。   まあ、みんな私より上手いので、出番が有るとは限りませんが。笑

霧さぁーさ

投稿者: yabe571 投稿日時: 2004/08/01 21:41 投稿番号: [3582 / 16409]
兎に角、なんとか出来ました。。。

『霧さぁーさ』
Aki_fumika 詞
Yabe 曲

「うーかぉ、きょんぽ、... たぉかぱい、
たんかお、食べたら、.... らおさい、
ぴりぱら、らおさい、.... あららら、ぶさぁーさ、
きもち、ぶさぁーさ、....で、朝が .. 来た

http://home.pchome.com.tw/online/yen0407/music/Aki001.mid

>>>きゃんしぃ

投稿者: aki_fumika 投稿日時: 2004/08/01 19:17 投稿番号: [3581 / 16409]
なるほど、若者が人をなじるときに、驚死と僵屍をひっかけて、言っていたのかもしれませんね。


そういえば、僵屍の季節、鬼月か、と思ったら、まだ、今年の春茶も飲んでいなかった。。。人の世界は慌しいものですね。


Yabeさんへ
まあ、替え歌はともかく、文英さん、若かりし頃の「黒猫」の悩ましいポーズのポスター、見たことがありますが(例のパンツが見えているといって騒がれたモノですね)、いや、なかなかの、悩殺的な魅力ある人ですよ。。。
いまどきの安っぽい歌手や芸人に比べたら、情のあることをきちんと言うし、それなりにお話も立派。私は好きですが。。。

(パトロンから金を出してもらってCDを出したの、美女だのと、騒がれているねーちゃんたちより、余程、上。。。)

>>きゃんしぃ

投稿者: mita_yuji 投稿日時: 2004/08/01 18:44 投稿番号: [3580 / 16409]
『台日大辞典』を引いて見ました。

どんぴしゃりのものは見当たりませんでしたが、ひょっとしたら、これかも知れません。

キァンシイは「しょう州語」⇒キォンシイ(僵屍)⇒容貌の幽霊の様なものを罵っていふ。

>「客兄」<

投稿者: yabe571 投稿日時: 2004/08/01 18:20 投稿番号: [3579 / 16409]
客家語なんですが、誠に有名で・・・
「アーモイ・アーモイ・アントウ・ケォク」
「セーギヌェ・スエイスエイ・スエイコッコ。。。アーモイ・ツアン・チエン・ツォー・サン・ブン・ギィー・ツォク」

「おかあさん、布団のなか、足多すぎる!」
「子供はオトナシクねるんだよ。。。おかあさんはね、お金儲けて、きれいオベベ仕立ててあげるっ!」

>きゃんしぃ、と、きょんぽ

投稿者: yabe571 投稿日時: 2004/08/01 18:01 投稿番号: [3578 / 16409]
「うーかぉ、きょんぽ」(有る・足る・恐怖)。。。であるが、今の若い者は「ほ、驚くね」、程度の言い方にも使っています。。。勿論、「あっ、怖い」ブルブルにも。。。

>興奮して、相手をなじったりするときに使うのが「きゃんしぃ」なのでしょうか?
この「きゃんしぃ」は驚死でもなさそう・・・mitaさん、助太刀を。。。

>「うーかぉ、きょんぽ、たぉかぱい、たんかお、食べたら、らおさい、ぴりぱら、らおさい、あららら、ぶさぁーさ、きもち、ぶさぁーさ、で、朝が来た。。。」
面白いですね。。。楽譜は?
この歌詞で新しい曲を作りましょうか、MIDIにして、伴奏つけて。。。

>黒猫

投稿者: yabe571 投稿日時: 2004/08/01 17:38 投稿番号: [3577 / 16409]
全くその通りです、文英さんは自分を「黒猫」として「わたしそうでもないのに、みなさんわたしのことを黒猫とほめて・・・」のような扱い方をしていますね。。。

>「今日、遊びに来てもいいよ。でも、家の中、ぶさぁーさ、だよ」とか。。。
(まとまりがつかない、の意?)
家の中が片付けられてなく、ごちゃごちゃしていて又片付けようもない。。。

>「りりらら」でしたか、「りりら」でしたか・・・
「りりらッらッ」です。。。「離離落落」でおわかりでしょう。。。

>「客兄」

投稿者: mita_yuji 投稿日時: 2004/08/01 17:00 投稿番号: [3576 / 16409]
また、くだらん事を思い出しました。

私の「おともだち」竹東客家の黄栄洛さん(元米屋の欧吉桑、民間の客家研究家として有名)が、「客兄」の二番目の意味について、その理由も含めて懇切丁寧に、しかも「活字」で説明していました。なぜ「その筋のお姐さんたち」にとって良いお客さんなのかを。。。

きゃんしぃ、と、きょんぽ

投稿者: aki_fumika 投稿日時: 2004/08/01 16:57 投稿番号: [3575 / 16409]
そういえば、これも不正確な知識ですが。

「ほ、驚くね」、程度の言い方が、「きょんぽ」で、

興奮して、相手をなじったりするときに使うのが「きゃんしぃ」なのでしょうか?

「うーかぉ、きょんぽ」、などと言うのをよく聞いたような記憶が。。。

私は、以下のような替え歌を作って暇つぶしに歌っておりました。
「うーかぉ、きょんぽ、たぉかぱい、たんかお、食べたら、らおさい、ぴりぱら、らおさい、あららら、ぶさぁーさ、きもち、ぶさぁーさ、で、朝が来た。。。」

黒猫

投稿者: aki_fumika 投稿日時: 2004/08/01 16:41 投稿番号: [3574 / 16409]
とすると、文英の「黒猫」は、その流れなのでしょうか?


そのMitaさんのおっしゃっていた「ぶさぁさー」については、私はよく以下のような経験をしていましたので、知っております。
友人の奥さんがよく家に来て愚痴るんです。「ほー、うちの主人は私のことを、ぷんたん、だと言って怒る。。。(中略)。。。きもち、ぶさぁさー、です。」
「今日、遊びに来てもいいよ。でも、家の中、ぶさぁーさ、だよ」とか。。。
(まとまりがつかない、の意?)

で、「りりらら」でしたか、「りりら」でしたか、それとの違いはどのようにあるのでしょう?(滅茶苦茶、の意?)

> >黒狗兄<

投稿者: yabe571 投稿日時: 2004/08/01 16:33 投稿番号: [3573 / 16409]
昭和6年ころの標準でいけば、「女の●を追って歩く不良少年」、「不良少女」でいいでしょう、が、現時点はやはりモボ、モガですね。。。しかも、美しい接頭語がついてまわったような。。。

1、年代は忘れたが、おそらく1930前後でしょう、『黒猫燕仔』という艶めかしい台湾劇がありました。
2、どこのブランドか、忘れたが、女性用品に黒猫がありました。

このことから、もとは黒狗なぞなくてもよかったのであるが、寂しいので、黒狗という一句は、女性の手によるもの、特に兄を接尾語にした一句は、「客兄」のイメージを潜めていて、たまらない。。。
もうこれ以上いわないことにする。。。

utukesai03さんへ

投稿者: aki_fumika 投稿日時: 2004/08/01 16:18 投稿番号: [3572 / 16409]
お話、よく理解いたしております。

ただ、相手の声を聞き、相手の立場をそれなりに認めることで、収まるモノも、あるのです(中国系社会では)。

Wangさんにしろ、一羽鳥くんにしろ、パンダくんにしろ、私たちはなにせ付き合いが長い。ですから、utukesai03の論法、Aqualineさんの話し方、Gogaiさんの話術、私のやり方などは、かれらは十分に承知しているわけです、よね?お互いの癖のようなモノを、なんとなく分かっていますよね。どっかで、こうくるだろうな。。。というのが分かるような。。。
私は、かれらとは、お互いに認め合った上で、話し合いができると思っています。(まあ、いつものことで感情的になって言葉が滑ってしまうことは、お互いありますが。。。)

それに、かれらとはいつでも話せるし、いつでも論争できるわけでしょ。

問題は、そうではない連中です。
話し合いも出来ず、一方的に非難してくる、一方的な要求だけ突きつけてくる、こうした連中です。
私は、甘くなったわけでもなく、物わかりが良くなったわけでもありません。
また、論戦の泥沼がイヤになったわけでもない。いつでも、参加しますよ。

ただ、ね。utukesai03さん、相手によっては、論戦の段階が変わってきたということは、私たちも理解せねばならないのではないでしょうか?
お互いを認めた上で、さまざまなことを話し合い、その上で、将来的に、いままでぶつかってきた話題を再度、再々度論じあってもよいのではないか?と。。。

うーむ、やっぱり、甘くなったのかなぁ?
utukesai03さんのお言葉に、しばし、反省。。。

> >黒狗兄

投稿者: mita_yuji 投稿日時: 2004/08/01 15:47 投稿番号: [3571 / 16409]
黒狗、黒猫、『台日大辞典』で調べて見ました。「新語」として載っていました。昭和6年には既にあったんですねぇ。

訳語はそれぞれ「女の●を追って歩く不良少年」、「不良少女」となっていますから「黒狗」が先かも知れません。私が聞いていた「モボ、モガ(modern boy,moodern girl)」とはかなりニュアンスが異なります。

それにしても、私、駐在中は日本語が主体、北京語が補助、やむを得ない場合、北京語の補助として台湾語・・・の言語生活でしたが、くだらん事を実に良く憶えているものだと、我ながら感心しています。

>黒狗兄

投稿者: yabe571 投稿日時: 2004/08/01 13:06 投稿番号: [3570 / 16409]
>黒猫、黒狗(オオニァウ、オオカウ)
黒猫と黒狗、という言葉は、同時に出る筈はない、先に一方が出て、もう一方を連れ出した、と思う、ならば、どっちが先に娑婆に出たのだろうか?

>high collar
「ハイカラな服装」「ハイカラな家」「ハイカラさん」

>「ハイカラさん」という髪型
「散切り頭をたたいてみれば文明開化の音がする」
丸坊主ではなく「ハイカラをのばす」あたりのことだろう。。。

>薫空挺隊

投稿者: yabe571 投稿日時: 2004/08/01 11:46 投稿番号: [3569 / 16409]
「薫空挺隊」や「神風特別攻撃隊」の隊員を神様だと思っています。今の台湾にはそのような神様はいませんね。。。そして、鬼様もいないようです。現実に復讐鬼が居て欲しい台湾ですよね。。。

1、新竹の山奥「尖石」という所に住むタイヤルさんで油桐を植えていた陸軍少尉と自称する男がいて、レイテの「高砂義勇隊」帰りだ、といっていたが。。。男前は大変によろしいですよ。。。

2、ある日市村という岩石屋さんが、酋長さんに道案内を頼んで前を歩いてもらい、花蓮港のタロコを登った。ところで、酋長さんのフンドシ、暖簾ぎみで下を掬っていない。石坂にかかるとタマがコツンコツンとリズムにのって上下するのが丸見えする面白さに、思わず岩石屋さん、七つ道具のハンマをそっと、心気味あてる・・・とたんに、義勇刀が湾曲している鞘からすっと出た、振り向いた顔が真っ青になった岩石屋さんの様子を見て、歯を食いしばり、酋長さんとうとう義勇刀を湾曲している鞘に収めなおした。。。ものすごい一幕でした。。。

薫空挺隊

投稿者: mita_yuji 投稿日時: 2004/08/01 06:27 投稿番号: [3568 / 16409]
藤田嗣治(Fujita)が、所謂「高砂義勇隊」の「薫空挺隊」の絵を描いているという「書き込み」があったので、「戦争画」を研究した娘の蔵書を調べてみたら、やはりありました。

「レイテ島米軍航空基地攻撃」
『太平洋戦争名画集』ノーベル書房、昭和42年

絵の中の主役は二名、一名は日本刀で敵兵を刺している「日本」兵、もう一名は
「(蕃刀改メ)義勇刀」を抜刀した「高砂」兵、腰にはタイヤル様式の鞘(湾曲している)。

実際は、敵地強行着陸を図った「薫空挺隊」の戦果は確認できず、全員未帰還、
誠に痛ましいことです。。。

黒狗兄

投稿者: mita_yuji 投稿日時: 2004/08/01 05:52 投稿番号: [3567 / 16409]
パソコンをいじっていたら、『台語老歌』というHPに到達しました。

その中にあった歌が「町?の人気者、それはミルク屋」の替え歌「黒狗兄」。

「黒猫、黒狗(オオニァウ、オオカウ)」は「モガ、モボ」。

それから、私より少し若い台湾の友人から聞いた昔話を思い出しました。子供の頃床屋に行くと「ハイカラさん」という髪型があった。

>>烏魯木斎

投稿者: mita_yuji 投稿日時: 2004/08/01 05:12 投稿番号: [3566 / 16409]
Yabe老師へ

添削有り難う御座います。中学校の頃の「和文英訳」を思い出しました。

1.「霧サーサ」、よく聞く言葉ですが、今まで意味がよく分かりませんでした(『台日大辞典』にも載っていない)。

2.言いたいことは「無定見」、これではどうでしょうか?

恰若鶏母脚川(カァナァ   ケエブウ   カアツン)

これだと、「言うことがコロコロ変わる」という意味でしょうから、今一つですね。

>烏魯木斎

投稿者: yabe571 投稿日時: 2004/08/01 02:23 投稿番号: [3565 / 16409]
>キァシィ(驚死)
この場合は、khuaN-tio e kiaN-si-lang(くぁ・てぅ・え・きぁしぃらん)「看到会驚死人」・・・
又は、khuaN ka bu-sa-sa (くぁ・か・ぶーさーさ)「見て、(もやもや)になり、なんのことやら、さっぱらなくなった」bu-sa-sa は、霧サーサ、はっきりしない・・・

>烏魯木斎
烏魯木斎製がつまって烏魯木斎、と思う・・・
烏魯木斎(ウルムチ)の製品がいい加減に作られている、ことに因んで、始めのころは、烏魯木斎製と言っていたものが、話しているうちに烏魯木斎、とつまった・・・と思う。。。因みに、斎と製は、同音。。。

ところで、くだんのことに、烏魯木斎と表現するのは、いまちょっと・・・もっと適切な言葉が欲しいところ。。。
急には出ないが、考えてみましょう。。。

烏魯木斎

投稿者: mita_yuji 投稿日時: 2004/08/01 00:27 投稿番号: [3564 / 16409]
インターネットを見ていて、キァシィ(驚死)しました。

1999年、奇美の許文龍さんが第4回日経アジア賞を受賞しましたが、その時のレセプションで乾杯の音頭をとったのが、当時台湾大学法学院長だった許介鱗さん。

許介鱗さんの「信条」からすれば、許文龍さんは「不倶戴天」の「天敵」だと思うのですが。。。

こういうのを、台湾語では「オオロオボッツェ(烏魯木斎)⇒出鱈目、滅茶苦茶」と言えば良いのでしょうか。

全く、少し別角度から見たら?

投稿者: utukesai03 投稿日時: 2004/07/31 23:39 投稿番号: [3563 / 16409]
一体、お二方とも、何を考えているんですか?
私にも保守的すぎる部分はあるけど、少し呆れる。

性モラル他の崩壊他色々問題はあるでしょう!
性犯罪の多くも外に出てきていないだけかも知れません。

しかし別の面から見ると、馬鹿な事をするモノが少ないとも言えるでしょう。
逆に元気が無いとも言えるのでしょうが。

馬鹿も増えてはいるが、しっかりしたモノも又多い!
其れと問題なのは、左翼の馬鹿も、右翼の馬鹿も、国際的には、どう考えていると言うのが正しいのかも、
教えていない。

考えるに、馬鹿左翼も結局は、自分達がエリートという社会を作りたいだけの、偽善者でしかない事です。
方や国を無条件で神聖視、方や平等を唱える特権エリート主義集団、よく見たら馬鹿官僚と何処が違うのだろう?

目線等色々あるでしょうが、今のあの鳥や猫熊達の何処がまともなのか、マシなのか?
昔なら、中国は、礼の国ぬかしていたはずが、礼を重んじるという連中が、礼の一欠片もない。

礼とは、実用学でもあったはず!
戦争でも、あまりに何でもやっては、落としどころが無くなるのを、防ぐ実用品でもなかった?

此は、現代社会でも同じでしょう。
亜米利加の高官が言ってましたね!
「拷問や虐待の禁止は、亜米利加兵が、其れに遭わないためでも有る事を忘れていると!」

法治として中国人だけを特別扱いする事は、確かに好ましくないでしょうが、相手が其れを望む以上、
特別扱いすれば良いでは無いのでしょうか?
その扱いが正負どちらを、向いていくのかは、彼らの態度、行動で決まるのであれば、其れは、当然でしょう。

>キャバクラのねーちゃん

投稿者: gogai3000 投稿日時: 2004/07/31 21:17 投稿番号: [3562 / 16409]
いや、キャバクラのねーちゃんの方が商売なので見えそうで見えないようにちゃんと防衛している。

ひどいのは女子高生のスカート丈。ヒザ上30cmとかで背の小さい子はパンツ丸見えで幼稚園児と同じ

これだけ挑発して歩いているのに何で人口が増えないのだろう?

笑い話でもない。。。

投稿者: aki_fumika 投稿日時: 2004/07/31 21:08 投稿番号: [3561 / 16409]
これは、とあるエッセーにも書かれてある、昔はそれなりに有名な実話。

某学会が、某大学(訴えられるとイヤなので書けません。。。)で、開かれたのですが、その学会終了後のお疲れ様会の席で、某東大の大御所教授に女性がビールをついだ。。。その後、その某大御所の大教授、その大学の大物教授に向かって、「おい○○君、君の所では、ホステスをわざわざ呼んだのかね?」
と聞いたそうな。。。で、その答え。「いや、皆、うちの女学生だよ」

これは、非常に有名なお話です。。。

で、数年前、東京に帰ったとき、久々に母校の研究室に寄ったのですが、キャンパスで見た女学生は、みな、キャバクラのねーちゃんみたいな下着ファッション。。。
で、私が、助手のお姉様(私より年上の大先輩)に聞いたところ、近頃じゃああなのだそうで。。。で、私の感想。「ノーパン喫茶が町中歩いているようなものだね」。。。これには、「しーっ!!!」の注意がさすがにありました。。。あはは。

やっぱり、日本の大学の淘汰が先!

>出稼ぎ目的の留学生

投稿者: gogai3000 投稿日時: 2004/07/31 20:59 投稿番号: [3560 / 16409]
大学には絶対にいない、だって学校へ行かないで稼いでいる。

大手企業の中国系:これは大変真面目。採用する企業が存続を賭けて選別した優秀な人材。

中国人の経営する○○飯店ののウイトレスとか、下働きならマシな方。

歌舞伎町に一杯いるとか言うが、近寄らない事にしている。

万一深夜に住宅地で出会ったら、背筋が寒くなる。

欧米系の日本への留学生、数が少なくて、私の知っていたフランス人の可愛いコチャンは大変優秀だったが。
どちらかと言うとジャポニズムに惚れてきた類だった。
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