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コレ

投稿者: yabe571 投稿日時: 2007/03/29 11:25 投稿番号: [13549 / 16409]
コレ覗いて見ませんか・・・

http://www.youtube.com/watch?v=PGPDdrs3zQQ
http://www.youtube.com/watch?v=oaYI2bXMtlg

Re: 學校

投稿者: unhoo 投稿日時: 2007/03/27 17:17 投稿番号: [13548 / 16409]
>learn→oh(学)。

わしも思い出しました。子どものとき、母からときどき「悪いことを見習ってきた」“oh   paiN   tai   chi”と叱られたが、その   oh   ですね。しかし學の字は、当て字という感じが強いですね。

Re: 學校

投稿者: cakerun999 投稿日時: 2007/03/27 05:57 投稿番号: [13547 / 16409]
タイハック・・・音読み
トアヲヲ・・・訓読み
と思ったら如何でしょう

また、三重埔には昔、大きい「サイハック(屎hak)」(雪隠)があり、
それを三重埔トアハックと言われていました。

Re: 學校

投稿者: mita_yuji 投稿日時: 2007/03/26 23:41 投稿番号: [13546 / 16409]
>教会羅馬字(白話字)の「O・」(学ぶ)にどのような漢字を当てるのかは判りません

発見しました!
Rev. J. MacGowan "ENGLISH AND CHINESE DICTIONARY of the Amoy Dialect"
1883
にありました。
learn→oh(学)、用例:学之人→oh e lang
と言うことで、総督府カタカナの専売特許ではありません。
因みに総督府カタカナと教会羅馬字の漢字(当て字を含む)が全く異なると言う事例は私は今まで一件しか発見していません。

Re: 學校

投稿者: mita_yuji 投稿日時: 2007/03/26 23:08 投稿番号: [13545 / 16409]
所謂「当て字」と了解して良いと思います。
「学台語」は「ハクタイグウ」ではなく「ヲヲタイグウ」ですよね(自信ありませんが)。
教会羅馬字(白話字)の「O・」(学ぶ)にどのような漢字を当てるのかは判りません(教会羅馬字は余り得意ではありませんので)。

學校

投稿者: unhoo 投稿日時: 2007/03/26 13:02 投稿番号: [13544 / 16409]
里芋は芋仔だからオーアー。
牡蠣は[虫豪]仔だからオーアー。
上記の二つは理解できるけれども、
学校を意味するオーアーの漢字表記が學仔だとは、納得できませんな。総督府が雇った台湾語研究者による当て字なのでしょうね。わしの父母は學校をhak−hauと言っていました。父母だけでなく、高雄に住んでいた時(昭和一桁時代)の近所の台湾人はみなhak−hauと言っていました。

Re: カキ

投稿者: mita_yuji 投稿日時: 2007/03/26 07:13 投稿番号: [13543 / 16409]
>ハンヲヲアセン   漢学仔先

偉そうに「ハヌハクチア(漢学者)」としないところに「味」がある、まさに庶民の言葉です。

Re: カキ

投稿者: osoinen 投稿日時: 2007/03/26 06:56 投稿番号: [13542 / 16409]
それに・・・
ハンヲヲアセン   漢学仔先

昔の漢学仔先は、アヘン好きで・・・
もちろん、オンナも嫌いではないようです。

Re: カキ

投稿者: mita_yuji 投稿日時: 2007/03/26 03:14 投稿番号: [13541 / 16409]
<訂正>
*ティオンオヲヲ(中学)

*ティオンヲヲ→中学

Re: カキ

投稿者: mita_yuji 投稿日時: 2007/03/25 20:39 投稿番号: [13540 / 16409]
>学校を意味するオーアーは、漢字でどう書くのですかな?

総督府カタカナでは「ヲヲアア」(後のヲは小文字)です。漢字は「学仔」を当てます。
注:「ヲ」は教会羅馬字の「O・」に対応。

昨今殆ど使われることはないと思いますが、例えば以下の単語があります(私はわざと使っていますが、若い連中にも結構通じます)。

*トアヲヲ→大学
*ティオンオヲヲ(中学)
*アムボアア→暗学仔(夜学)・・・「ム」と「ヲ」がリエゾンして「ボ」となったと推定。

Re: カキ

投稿者: unhoo 投稿日時: 2007/03/25 13:47 投稿番号: [13539 / 16409]
わしは福建系の台湾人で、祖先が台湾へ渡ってきたのは今から300年前。わしの小学時代(昭和1桁時代)嘉義市に住んでいた伯父、伯母は、牡蠣、里芋をオーアーと言っていただけでなく、学校のこともオーアーと言っていた。学校を意味するオーアーは、漢字でどう書くのですかな?

カキ

投稿者: cakerun999 投稿日時: 2007/03/25 11:58 投稿番号: [13538 / 16409]
カキは台湾語でohaという。またo・a   はサトイモだから要注意。

ところで・・・
カキは「Rのつかない月には食べるな」と言う。
Rがつかない月はMay、June、July、Augustの5〜8月。
その頃のカキは産卵・繁殖のため身が痩せて美味しくない。

Re: Wii フィーバー報道

投稿者: aki_fumika 投稿日時: 2007/03/23 09:14 投稿番号: [13537 / 16409]
訂正

馬尻だけが、意気揚揚?と、総統選に向けて準備しておりますが、起訴されたらアウトですし。。。(誤)



馬尻だけが、意気揚揚?と、総統選に向けて準備しておりますが、有罪になったらアウトですし。。。(正)

Re: 萬華

投稿者: osoinen 投稿日時: 2007/03/23 09:02 投稿番号: [13536 / 16409]
>当時は入船町

「いりぶねちょう」は、兎に角響きがよろしい。そこでうろうろして教護連盟に捕まると、生徒間でモテモテ、英雄視される。

それが、いつの間にか「貴陽街」(クイヨンケエ)になった。
クイヨンケエ=鬼用街・・・
どうも228や白色テロで殺された鬼連中が使う街に用意された見たいで・・・

勿論、聖人様は、入船町などには行かない。
そこには、貴婦人様達が絶対顔負けするような恨めしい美少女がざらにいる。
行った奴はバカか、それとも行かなかった奴がバカかは、自分で判断するしかない。

アインシュタインの弟子のクロール先生は入船町の常客でした。よく学生をさそっては一緒に行きました。(実話)

入船町とは、一度でもいけば、武士でも高楊枝できないところかも・・・

Wii フィーバー報道

投稿者: aki_fumika 投稿日時: 2007/03/22 13:18 投稿番号: [13535 / 16409]
この数日、連日のごとくTVニュースではWii関連の報道。

事の発端は、Wiiの公司貨(オフィシャル版)が4月に9999台、限定?で販売される、という噂。

これに対し、並行輸入業者は、そらないだろ、と否定的見解。しかし、この噂、網路を中心におさまらない。

現在、水貨(並行輸入品)は12000〜15000元程度で販売されているとのこと。
大体、13000元弱で購入可能なのですが。。。

これが、公司貨だと8000元程度で、アメリカなどの販売価格と大体同じくらいだということです。
(日本での価格を7000元として換算しているようです)

政財界の大物やら芸能人やら、ともかくWii人気がすごい、という報道。


ちなみに、PS3は、いまだにガンダム抱き合わせで、60G版が13000元程度。
しかし、月2台の販売ノルマをこなせないと嘆く業者もおります。まぁ、人気ないですし、ソフトが少なすぎますから。。。


まぁ、このWii人気、遊び過ぎて筋肉痛になり通院する人も増えたとか。。。嘘か本当か?台湾のTVニュースの見方、読み方がお勉強できてなかなか面白いですが。。。




政治の話題は、このところ、ほとんど停滞気味です。民辛党の総統選候補者選びもこれからですし、黒民党は党主席選出と総統選候補者選びがこれから。

馬尻だけが、意気揚揚?と、総統選に向けて準備しておりますが、起訴されたらアウトですし。。。さらに、ここにきて、以前からの反馬尻な黒民党の連中が馬尻に異議を唱えだしたり、呉伯雄に反対する連中もいたり、で、まぁ、王金平は賢く立ち回って、そうした騒ぎから離れておりますが、どこでどうなるか、これもまた今後、ということです。


気になるのは、陳水扁の憲法問題(修憲か改憲か新憲法かいまだ理解できませんが。。。爆笑)。この隠し玉をいつどこで爆発させるか?それが民辛党の総統候補者にどう影響が出るか?せいぜいこんなところですが、4月以降はだいぶ荒れるだろうな、と。。。

Re: 天母教

投稿者: mita_yuji 投稿日時: 2007/03/22 06:38 投稿番号: [13534 / 16409]
有り難う御座います。
私の20数年前の記憶は正しかったんですね(添付資料の検証は出来ませんが)。

天母教

投稿者: unhoo 投稿日時: 2007/03/22 03:07 投稿番号: [13533 / 16409]
>教祖(?)は日本人と聞いたことがありますが、これまた未確認。

天母教についての参考資料は、下記がよかろうと思います(中国語)。

http://www.slda.taipei.gov.tw/wwwroot/%E5%A3%AB%E6%9E%97%E8%88%88%E9%9D%A9%E8%A8%98/origin_tianmu.htm

Re: 天母

投稿者: mita_yuji 投稿日時: 2007/03/22 00:38 投稿番号: [13532 / 16409]
>日本時代末期に天母教と言う小さな宗教団体あり

教祖(?)は日本人と聞いたことがありますが、これまた未確認。

ところで、天母は平埔族(熟番、ケタガラン)毛少翁(モサオン)社「終焉」の地。1980年代に文献、物証、証言を元に小文を書き、かなり大量に配りましたが、誰も見向きもせず。それが、総統府の前の道が「ケダガラン大道」、感慨無量です。

Re: 天母

投稿者: mita_yuji 投稿日時: 2007/03/21 22:14 投稿番号: [13531 / 16409]
>「天母」は字義からすると、「聖母」に相通じると言えますから

私自身は未確認なのですが、日本時代末期に天母教と言う小さな宗教団体あり、それに由来するとか。勿論「天(上聖)母」です。

アメリカ人に話しかけられた台湾人が「聴無(ティアボヲ)」と言ったのでアメリカ人が土地の名前と誤解した・・・と言う冗談もありましたが。

Re: 萬華

投稿者: mita_yuji 投稿日時: 2007/03/21 22:05 投稿番号: [13530 / 16409]
私自身のコメントではありません。
その人(多分もう亡くなっているでしょう)の回顧録の抜粋です。

天母

投稿者: unhoo 投稿日時: 2007/03/21 20:11 投稿番号: [13529 / 16409]
>それから「天母」、普通の日本人なら「てんむ」と発音すると思うのですが

「てんむ」は「てんも」のタイプミスですね。わしは八十年以上の生涯の大部分を台北市に住んで来ましたが、天母という地名を初めて見た(台湾の新聞で)のは今から20年ほど前です。そのときは三田さんと同じく「てんも」と読みました。その後天母に知人ができて、家内との談話に出て来ることが多くなったので「てんぼ」に改めました。そのほうがはっきり言える、つまり歯切れがよいので。

雲母という鉱物は「うんも」が一般的で、「うんぼ」は許容されるという程度らしい。

父母は「ふぼ」ですが、辞典を調べて見たら、驚くべきことには「ぶも」とも読む。しかし「ふも」とは読みません。

雲母が「うんも」だから、二字熟語で「母」が下にある時は「も」なのかなと思って調べて見たがそうではなかった。生母、義母、継母、保母、慈母、賢母、聖母、分母、酵母、空母、いずれも「ぼ」です。わずかに国母が「こくぼ」「こくも」と、ふたつの読みかたが認められている。

「母」が上にある二字熟語では、全部「ぼ」です。母艦、母校、母性、母国、母堂、母語等々。

「天母」は字義からすると、「聖母」に相通じると言えますから、「てんも」をやめて「てんぼ」にしたほうがよいでしょう。

Re: 萬華

投稿者: katoytw 投稿日時: 2007/03/21 19:39 投稿番号: [13528 / 16409]
>敗戦の惨めさをしみじみ痛感・・

敗戦しなければよかったのですかな。こんなことを後進に言うべきではありません。勿論私も昭和20年代に子供心に傷つくような光景を沢山見ましたが今のイラクよりはずっとましかと時々思うのです。未来がありましたから・・。今は全世界的に未来はないようですが・・・。台湾の若い連中を見ていると日本より生命力が強いですし、結局は負けたって最後はそう変わりはないように思えます。ところで赤線といえば私は経験ありませんが、最後の月友人のKOボーイが大挙して行っていたのを思いだします。某国の前首相もひょっとすると・・。前々首相は当然かな・・・。
ちょっと通りがかりで久しぶりに書かせていただきました。

Re: 萬華

投稿者: mita_yuji 投稿日時: 2007/03/21 02:05 投稿番号: [13527 / 16409]
これは実に「不愉快」な話です。
台湾軍(第十方面軍)参謀部情報班(乙)白鳥氏(陸軍中野学校出身)回顧談要点如下。
昭和20年10月半ば過ぎ、米軍のクラーク少佐(この人は紳士)の依頼、上海の米軍兵士四十数名、台北で「じっぷんちゃぼ」と遊びたい云々。萬華の「たいわんちゃぼ」に因果を含めて和服を着せて、大広間ですき焼きパーティーを開く。部屋に引き揚げるのはまあ許せるにしても、過半数は大広間で・・・美女と野獣・・・。余りのことに旅館の従業員共々現場を放棄。
敗戦の惨めさをしみじみ痛感した。

Re: 萬華

投稿者: unhoo 投稿日時: 2007/03/21 01:06 投稿番号: [13526 / 16409]
>実はその将校は「朝帰り」・・・

なるほど、現実性のある伝聞です。わしはもはや萬華に用事もないので、20年も行ったことがありませんが、芸者置屋街がどこだったか電子地図で調べてみました。

貴陽街二段、全長380m、東西に走る通りで、その西半分がかっての妖艶なる町です。西半分の南側がかっての赤線地区、北側に道路に沿って置屋が数軒並んでいました。

戦前、中学生なんかがそのあたりに近づいたら、「教護連盟」の監視員に捕まってしまうと言われていたので、現在貴陽街二段となった通り(当時は入船町?)に入ったことはなく、戦後大人になってから見に行きました。

「教護連盟」というのは、未成年者が不良少年になるのを防ぐために、学校の教師などが監視員になって、怪しい場所の周辺を巡回していた組織で、学生は毎学期いくらかの「教護連盟費」を徴収されていました。わしは捕まったことがなく、友人にも捕まったバカはいないので、詳細は知しりません。陳水扁が台北市長だったとき、未成年者が夜遅く町をうろついていると、警官が「早く帰れ」と勧告する制度を作ろうとしましたが、教護連盟というのはそんなものです。ただその役目をするのは警官でなく、各学校の教師だったらしい。

さて、件の陸軍将校が一夜を明かした場所は、その赤線区だと思うべきですね。たしかに淡水河のほとりです。

Re: 萬華

投稿者: mita_yuji 投稿日時: 2007/03/19 22:19 投稿番号: [13525 / 16409]
>日本芸者の置屋街がありました。

下ネタついでに・・・。多分実話がベースと思います(記憶に基き脚色)。
松山の陸軍航空隊の将校が萬華の淡水河で台湾「ちゃぼぎな」がおぼれかかっているのを発見、河に飛び込んで救助。母親が飛んできて「軍人さん、お名前を教えて下さい」、将校「当然のことをしたまで。名乗るほどの者ではありません」と言って足早に去る。母親「流石は日本の軍人さん、何と奥床しい(感激)」。実はその将校は「朝帰り」、恥ずかしくて名乗れなかっただけ。

台湾高鉄はのろい

投稿者: unhoo 投稿日時: 2007/03/19 12:10 投稿番号: [13524 / 16409]
台南市政府前広場で、3月16日から18日まで、蘭花展覧會があった。もう終わったが、それが始まる前、わしの娘から見に行こうと誘われた。それで、台湾高鉄で、台北から台南(帰仁站)まで、でれだけ時間がかかるかと調べたところ、08:10台北站發、10:08帰仁站着で、1時間53分もかかる。帰仁站から台南市政府まで、バスがあると思うが、待つ時間を合わせて多分30分以上かかるだろう。それじゃ日帰りで蘭展を見に行くのは、老人にはきついから、行かなかった。

Re: 萬華

投稿者: unhoo 投稿日時: 2007/03/19 11:11 投稿番号: [13523 / 16409]
萬華人が「ばんか」と言わない理由は、「ばか」に紛らわしいからかも知れない。

萬華の奥の台湾人ばかりが住む場所の中に、日本芸者の置屋街がありました。和風建築の2階か3階建て、3、4軒ぐらいあったかな。中学時代わしが夕方ごろ自転車で萬華の友人宅へ行く途中、人力車に乗った芸者が来るのを見かけることがたびたびで、たいへん着飾って美しく見えた。

Re: 萬華

投稿者: mita_yuji 投稿日時: 2007/03/18 22:03 投稿番号: [13522 / 16409]
>「チャップリン」はいつの間にか山の中に逃げ込み

この類を当時の用語で「潜伏日僑」と称したように記憶しています。
(芸名)牧チャプリンは帰国後は銀座方面のチンドン屋の頭家(?)をやっていて、時々基隆中学関係者が開いていた喫茶店に来てトグロを巻いていた由。

Re: 萬華

投稿者: osoinen 投稿日時: 2007/03/18 17:24 投稿番号: [13521 / 16409]
敗戦当時の萬華は「ナカノ」に「エノケン」と「チャップリン」。
で「チャップリン」はいつの間にか山の中に逃げ込み、三本マストの日本丸がキールンに来た時に、のこのこ出て来て、引き上げました。

Re: 萬華

投稿者: mita_yuji 投稿日時: 2007/03/18 00:05 投稿番号: [13520 / 16409]
伊能先生執筆の『大日本地名辞書(台湾編)』は古い漢字(舟+孟、舟+甲)ですが、当時から「まんか」です。なお、領台直後は「もうこう」と書いてある文献もあったように記憶しています。古名の台湾語音(教会羅馬字表記)はBangkaですから、今からでも遅くはない(笑)「ばんか」にして貰いたいものです。

それから「天母」、普通の日本人なら「てんむ」と発音すると思うのですが、我々「開拓者」(80年代初期に移住、那時候住天母的阿本仔眞少、日本からの手紙の住所が間違っていてもちゃんと届いたり、子供が菜市仔で帽子を落としても、市場の人がジップンギナの帽子だと言って保管していてくれたり・・・)時代は何となく「てんも」と呼んでおり、それが流布していました。

萬華

投稿者: unhoo 投稿日時: 2007/03/17 23:33 投稿番号: [13519 / 16409]
戦前の少年時代から、萬華に住む友人があって、あまり長く付き合ったのでしょっちゅう喧嘩口論におちいる。奴との会話は、ぴちぴちした少年時代も、よぼよぼになった今も日本語です(註:よぼよぼになったのは奴だけで、わしは今でもぴんぴんです)。奴が「まんか」「まんか」と言っているので、わしも「まんか」が習慣になっています。三田さんと対立したくないのだが、困ったな。伊能大先生はどうおっしゃっていますか。あのころはまだ萬華でなく[舟孟][舟甲]だったかも。

人口一億三千萬、萬世橋、十萬石、萬年筆・・・は「まん」ですね。しかし、萬歳、萬世一系、萬國旗、萬朶の櫻・・・は「ばん」ですな。

Re: にちげつたん

投稿者: mita_yuji 投稿日時: 2007/03/17 19:01 投稿番号: [13518 / 16409]
ついでに・・・。

萬華の日本名は「まんか」ですが、私は当初から頑固に「ばんか」と呼んでおり、これが定着してくれればと思っています。台湾語音にも近い。

一部の本では「まんが」になっていますが、これはやめて欲しい。「漫画」ではあるまいし(都度著者に教会羅馬字と総督府カタカナ表記を教えています)。

Re: にちげつたん

投稿者: mita_yuji 投稿日時: 2007/03/14 21:52 投稿番号: [13517 / 16409]
個人的には「にちげつたん」を定着させたいですね(長年慣れ親しんでいることもあり)。

台南の「安平(あんぴん)」と新竹の「安平(あんへい)」(この地名は既に無いと思いますが)の如く、区別する必要がある場合はともかくも。

Re: 伊能大先生

投稿者: aki_fumika 投稿日時: 2007/03/14 13:32 投稿番号: [13516 / 16409]
>じつげつ<

日月をじつげつ、と発音するのは、戦後まで一般にはありました。NHK・TVのアナウンサーが「じつげつ」と発音していたのを覚えております。

最近は「につげつ」の方が一般的であるとは思いますが。。。


言葉というものは流動的なものですから、特に地名などでは、お上が決めた正式名称が民間に普及せず、子どもなどが使っていた呼び名が一般には普及する、ということもあります。


私の場合、台湾に来た当時、「じつげつたん」と習いましたので、じつげつたん、と覚えておりますが、ほとんどの人は「につげつたん」と言っておりました。


ただ、日月硯などを連想させる、高貴でありがたい名称が「じつげつ」であると思えば、さほど悪い気もしないでしょう。


ま、個人的には、明治以降の官僚言葉や官僚の感覚には辟易しておりますが。。。

伊能大先生

投稿者: unhoo 投稿日時: 2007/03/14 12:40 投稿番号: [13515 / 16409]
>伊能嘉矩執筆『大日本地名辞書(続編第三台湾)』冨山房、明治42年
も「じつげつたん」としています。
_________________________

中学校の地理科で使った三省堂の日本地図昭和12年版がまだ本棚にあります。巻末の地名索引で「にちげつたん」を探しても出てこないが、「じつげつたん」で出てきました。

台湾が日本の領土になったとき、学者やお役人が相談して、「じつげつたん」と読むことにきめたのでしょうな。漢音で統一したわけですね。

しかし日本の古来の習慣では、日の字を含む二字熟語は、「日」が上にあるときは「にち」と読み、下にあるときは「じつ」と読むのが普通です。

「日月」には「にちげつ」のほかに、「じつげつ」が認められているけれども、これは例外で、日限、日時、日常、日没、日夜、日記、日給、日食、日課等々みな「にち」です。日本は「にっぽん」「にほん」であって「じっぽん」とは読みません。

「日」が下にあるときは、烈日、隔日、休日、期日、終日、近日、落日と「じつ」が多いですね。

台湾総督府が「じつげつたん」と読むことにきめたけれども、民衆は「日」が上にきたときは「にち」と読むという習慣が身についているので「にちげつたん」「にちげったん」と読んでいたのです。それを間違いだと断じることはできません。

Re: にちげつたん

投稿者: mita_yuji 投稿日時: 2007/03/13 23:28 投稿番号: [13514 / 16409]
<止めの一発>
伊能嘉矩執筆『大日本地名辞書(続編第三台湾)』冨山房、明治42年
も「じつげつたん」としています。
伊能大先生に歯向かうのは余りにも畏れ多く、潔く「降参」した次第です。

Re: にちげつたん

投稿者: mita_yuji 投稿日時: 2007/03/13 22:39 投稿番号: [13513 / 16409]
1.「じつげつたん」は日本時代の文献(複数)で調べました。
<古い記憶のメロデイ>
http://www.geocities.jp/abm168/index.html
私が「まろやか」翁に楽譜を提供して再現して貰った「台湾周遊唱歌」(明治43年)第43番参照。
更に『日本地理風俗大系第15台湾編』(新光社、昭和6年)、この本は一般的観光案内書ではなく、台北帝大早坂一郎教授(Yabeさんの恩師)他当時の「碩学」が編集にあたっていますが、これも「じつげつ」となっています。

実は私も「にちげつ」と何の疑いもなく呼んでいたのですが、最近ある本で「じつげつ」となっておりイチャモンをつけてやろうと思って調べた結果、アイヤ!でした。

2.ご指摘の通り「描」はミスタイプです。

にちげつたん

投稿者: unhoo 投稿日時: 2007/03/13 21:54 投稿番号: [13512 / 16409]
わしは日本時代から「にちげつたん」と呼んでいました。それが当時公認された日本語だと思います。もしそれが間違いなら、わしはあのげんこつ先生にグワ〜ンと一発食らったはず。忘れんように叩き込んでやると公言していました。

戦前にジップンギンナが大好きだった木製の玩具の名は「にちげつボール」と呼んでいました。「じつげつボール」ではありません。

「描水発電所」は「抽水発電所」が正しいのです。

Re: 日月潭水力発電所

投稿者: mita_yuji 投稿日時: 2007/03/13 20:19 投稿番号: [13511 / 16409]
>揚水発電所

中国語では「描水発電所」だったと思います。夜間の余剰電力を使って水をもう一度上に揚げ、昼間の電力需要帯に水を落として発電。

日月潭をもじって(?)「明潭+明湖」プロジェクトと呼んでいた様に記憶しています。日本の大手企業(メーカー&商社)数社が関与していました。

ところで、私たちは「にちげつたん」と呼んでいましたが、正しくは「じつげつたん」なんですね。恥ずかしながら最近になって初めて気付きました。

日月潭水力発電所

投稿者: unhoo 投稿日時: 2007/03/13 10:43 投稿番号: [13510 / 16409]
>例えば1980年代の日月潭揚水発電所第一期工事や長栄(エバーグリーン)の「大艦隊」も、実は日本の公的資金が後押しをしていました(別段秘密ではないが、表向きは分からないような方式)。
_________________________

わしは新聞に書かれた表向きの情報しか知らないので、1980年代に日月潭発電所であらたな工事がおこなわれたことは初耳です。昭和9年小学5年のときの修学旅行で日月潭へ行き、山の上から川岸の発電所まで大水管が5本(?}並んだ壮観に驚嘆したものですが、それを一昨年70年ぶりで見に行きました。様子は記憶のとおりでした。

亡くなった私の小舅(母の弟)は、わしとは正反対に、新聞に書かれたことはさっぱり信用せず、どこかで小耳に挟んだ噂話にはたやすく動揺するたちでした。日米戦争の1年も前に「米がなくなるぞ、たいへんだ、たいへんだ」とさわぎたてて、大きな金魚甕(容量は昔の日本式風呂桶ぐらい)に米をいっぱい買い溜めしていました。
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