ビックリ台湾!?

Yahoo! Japan 掲示板トピックビューアー

[ << 最初のページ | < 前のページ | メッセージリスト | [ メッセージ # オフセット ] | 次のページ > | 最後のページ >> ]

Re: セルフレジ

投稿者: mrt952006 投稿日時: 2009/07/05 17:27 投稿番号: [1910 / 3149]
台灣なの?日本なの?

セルフレジ

投稿者: tokyo_cachito3 投稿日時: 2009/07/05 17:08 投稿番号: [1909 / 3149]
  ちょっと足を伸ばして大型スーパーに這入って見た。世の中とは変わるもので、スーパーに「セルフレジ」があるとはついぞ知らなかった。早い話、レジ(精算所)に係員がおらず、商品を客自身で「読み取り機」に通し、最後に「支払機」にカネを入れてレシートを受け取るのである。ただ、近くにモニターを見ている女子従業員がいたが、とくに目を光らせて「監視」しているというふうではない。彼女に近寄って聞いてみた。
「あの、わたし、こういうの初めて見たんですが、ちょっと聞きにくいんですが、これ、インチキをする人はいないんですか?」
「ほとんどいませんね」

なんだかんだと言ってもこの国、やはり、先進国か。

アヒル料理

投稿者: unhoo 投稿日時: 2009/07/05 00:36 投稿番号: [1908 / 3149]
>日本人はアヒルの肉も卵もほとんど食べません。<

調べてみると、鴨のうちのマガモという品種が家畜化したのがアヒルです。

日本には鴨鍋とか、鴨○○とか呼ばれている料理の種類がたくさんあります。それは野生の鴨を捕ってきたのか、それともアヒルなのかわしには調べようがありません。

昔は金持ちそうな旅人が来ると、山賊は「鴨がねぎを背負って来た」と大喜びし、「こら待て旅人、ここは地獄の一丁目と言って二丁目のない所、命が惜しくば身ぐるみ残らず脱いで行け」と名文句でおどかして、たくさん巻き上げました。

日本の鴨料理は、いずれも鴨またはアヒルを水で煮た物で、考えただけでも不味そうです。アヒル料理は天火で焼いたものでなければなりません。焼いているうちに、皮下脂肪は大部分滴り落ち、皮はこんがりと狐色に焼けて、噛めばすぐちぎれます。

台湾の東部では、野生の鴨が人家の庭に住みついて、人類から餌が貰える安易な生活に馴れて、飛んで行かなくなることがあるらしい。第一世は気が荒いが、二世はおとなしいとのことです。

鴨あるいはアヒルの卵は生食できません。殻の気孔が大きいので、ヒトに発病させる細菌が潜入している可能性が大きいからです。

Re: アヒルの卵の塩漬け(続)

投稿者: tokyo_cachito3 投稿日時: 2009/07/04 10:19 投稿番号: [1907 / 3149]
横浜中華街では皮蛋は素焼きの甕に赤土と籾殻がついたまま店頭においてあります。ただ、あまり売れていないようです。日本人は生卵をを醤油で掻き回せてご飯に掛けますが、こんなことは外国人には仰天のことだそうです。東南アジアでは孵化寸前の鶏卵を茹でて食べる習慣があるといいますが、これは日本人には向きませんね。
横浜中華街も戦後しばらくは中国人、台湾人の生活エリアで日本人はあまり立ち入らなかったそうですが、やがて大発展を遂げ、中区山の手の超高級住宅街はそうした店のオーナーが軒を連ねているといいます。

↓アヒルの卵の塩漬け(続) 誤字訂正

投稿者: unhoo 投稿日時: 2009/07/04 07:11 投稿番号: [1906 / 3149]
クラクシック   謝り
クラシック    と訂正

アヒルの卵の塩漬け(続)

投稿者: unhoo 投稿日時: 2009/07/04 03:52 投稿番号: [1905 / 3149]
昔の作り方も書いておこう。

山から赤土を採ってきて、濃い塩水で練って赤い泥を作る。その赤い泥をアヒルの生卵に厚く塗りつける。厚さ1cmか2cmぐらい。それに籾殻をまぶして、甕の中に数拾個いれて、甕の口を封じ、3週間以上保存すれば出来上がりとなる。甕から取り出して、赤泥を落として洗い、ゆでて保存する。1ヶ月ぐらいは保存できる。

赤土を使う理由。赤土は、植物が生えない痩せ土で、化学的には有機物を含まない清潔な土である。普通の土を使うと製造過程中で、土の中の有機物が腐敗して、臭気を出し、卵に臭気がしみこむ。

卵の中に腐敗した物ががあった場合、臭気がほかの卵に移らないように、一個一個を別々に製造するという意味で、一個一個を赤泥で包むのである。そして甕の中で多数がくっついてしまわないように、一個一個に籾殻をまぶすのである。

以前市場売っていた出来上がり品は、殻にすこしばかり赤土の跡が残っていた。現在売っている出来上がり品には、赤土の痕跡が見えないから、クラクシックな赤土法で作ったのでないと推定する。

Re: アヒルの卵の塩漬け

投稿者: tokyo_cachito3 投稿日時: 2009/07/03 20:27 投稿番号: [1904 / 3149]
桃園空港から台北までの高速道路から見るとアヒルの泳ぐ広い池が散在しています。食文化の違いと言えばそれまでですが、日本人はアヒルの肉も卵もほとんど食べません。寒冷な日本の冬がアヒルの成育に適さないのでしょうか。
日本で卵といえば鶏とウズラしかありませんが、その価格が世界で一番安いのも電脳で管理された巨大な養鶏場が発達した日本だそうです。したがって、日本人が世界一まずい鶏卵を食べさせられているとも言えるのではないでしょうか。

アヒルの卵の塩漬け

投稿者: unhoo 投稿日時: 2009/07/03 19:17 投稿番号: [1903 / 3149]
皮蛋は、日本でも今はよく知られているようだ。しかし本省人が朝飯のおかずにするアヒルの卵の塩漬けを在台日本人は知っているのだろうか。

新鮮なアヒルの生卵を濃い食塩水に3週間乃至4週間漬けておけば出来上がる。それをゆで卵にして食用にす。

わしは実験的に作ってみたことがある。30年も昔のことだった。コップを10個ぐらい用意して、コップ1個に生卵1個殻のまま入れて、それに飽和食塩水を満たす。あとは3週間か4週間待てばよい。一つの容器で10個を一緒に漬けると、10個の中に1個でも腐敗したものが混在していると、臭気が全体に波及して、全部だめになると警告された。

商業的に大量生産する方法は知らない。昔の方法は知っているが、今はその方法は使われていないだろうと思う。台北市の北郊に關渡という町があって、そこで大量生産が行われているそうだ。

Re: 大地震のない台北、高雄

投稿者: youkilove_99 投稿日時: 2009/07/01 13:58 投稿番号: [1902 / 3149]
unhooさんこんにちは。

台北はもう暑いでしょうね。私はサンフランシスコに住んでいるので晴れていても涼しく、台北を調べながらもその暑さをよそうできません。前回も夏だったので相当バテました。
でも実感できないので行ってからが心配です。そのあと日本に行きます。

とても楽しみにしています。

Re: 地震

投稿者: youkilove_99 投稿日時: 2009/07/01 13:53 投稿番号: [1901 / 3149]
mrtさんありがとうございます。

台東ということは阿里山も行かないほうがよいでしょうか。

なんとなく台北以外に行きたかったのですが、台北でゆっくりしようかとも考えています。

大地震のない台北、高雄

投稿者: unhoo 投稿日時: 2009/06/30 15:17 投稿番号: [1900 / 3149]
台湾は地震の多いところだが、高雄一帯と台北一帯は強烈な地震が発生した記録がない。その故に高雄に85階、台北に101階の超高層ビルが建てられた。新竹から台南までの地帯は、強烈な地震の記録があるから、あまり高いビルを建ててはいけないというコンセンサスがあるようだ。

101ビルは世界一を10年間維持して、台湾の存在を世界にアッピールするのを目的とした。10年も経ったら他の国に追い抜かれるだろう、それは仕方がないということを予定していた。

101ビルは高さが509mということになっている。完成して使用を開始したのは2004年で、今年は6年目になる。アラビアのドバイに建設中の160階以上、高さ800m以上のビルは、まだ完成していないから、今でも101ビルが世界一である。

Re: 地震

投稿者: mrt952006 投稿日時: 2009/06/29 16:20 投稿番号: [1899 / 3149]
ひどい地震では、ないでしょうが、私も詳細が知りたいのです。

台灣中央氣象局の地震報告は、チェックしていますが・・・。
昨日の朝からM4以上の地震は、18回を数えています。
今現在の台灣東部の移動は、控えたほうがよいのでは・・・?

Re: 地震

投稿者: youkilove_99 投稿日時: 2009/06/29 13:15 投稿番号: [1898 / 3149]
mrtさんこんにちは。

今度花蓮に行こうと思っていたのですがどうなんでしょうか?

ひどい地震なのでしょうか?

地震

投稿者: mrt952006 投稿日時: 2009/06/29 10:43 投稿番号: [1897 / 3149]
このスレが埋もれてしまう前に・・・。

台灣東部花蓮を中心に地震が続いていますが、被害などないことを望みます。

不時の食客

投稿者: unhoo 投稿日時: 2009/06/24 22:54 投稿番号: [1896 / 3149]
今は故人となった友人(台湾人)は、招待も約束もないのに「この付近に用事があった。ちょうど昼飯時間になったので」と言って拙宅へ昼飯を食いに来た。彼はそれをあたりまえだと思っていた。間もなくわしの家内やお手伝いさんがそんな時慌てるのに気がついて、予告なしに食いに来るのはやめてしまった。

ところがわしが彼を訪問し、辞去するとき、昼飯や晩飯の時間が近くなっていると、「飯を食って行け」と引き止める。そんな約束は無かったからと辞退すると「もう君の分の準備ができているんだから」と言って聞かなかった。彼の生涯それが続いた。

わしの年上の親戚の話では、昔の台湾人の金持ちの間にはそんな風習があって、互いに不時の食客になったものだ・・・とのこと。

あの友人は金持ちではなかったが、先代が金持ちだったそうだ。

Re: ビックリ台湾!?

投稿者: youkilove_99 投稿日時: 2009/06/23 10:46 投稿番号: [1895 / 3149]
こんにちは。

来月の7月に台北に行きます。勉強のつもりで読んでいたら2005年に自分の書き込みが。びっくりでした。
そういえば初台湾は2005年でした。
そのときは行く前に書き込みしてそれっきりでした。
2005年にびっくりしたことを書き込みます。

バイクが多いのにはびっくりしました。交番の前も白バイが1列に駐車してありました。カラフルなマスクはバイクに乗るときのためかなとおもいましたがびっくりです。

夜市に行ったとき日本人の男性と現地の女性のカップルをよく見ました。あきらかに男性は観光で来たというかんじです。
まだこのようなツアーもあるのかなとびっくりしました。

夜市にて、駅に向かう道のまんなかに身障者の青年がお金を入れるかごをもってよこになっていました。切なかったです。

泊まったホテルの団体客とみられるご老人男性に現地の女性がつきそっていました。う〜ん。。。

たしかにコンビニの多さにはびっくりでした。

ホテルから頼んだ1日観光はまったく中途半端で日本語の説明も場所しか言わない程度でした。故宮博物館も説明がなくがっかりだったので旅行会社に電話するとそんなもんですと言われました。他のツアーのガイドさんはよく説明されてましたよ。

道に祭壇があり豚の顔が祭られていたのは台湾らしくよかった。

安いと思ってデパートで買い物したらそんなことはなかった。

鉛筆のような形のサックのついた傘が便利でよかった。壊れたので今度も買います。

思いつくままに書きましたが、今回4年ぶりの台湾はどうかわっているのでしょうか。
初台湾でとても気に入りました。

今回も楽しみです。

二度あることは…

投稿者: tokyo_cachito3 投稿日時: 2009/06/19 18:12 投稿番号: [1894 / 3149]
   二十日ほど前、損保の後輩から電話があった。「難しい調査を抱えていて、三月近くなっても報告書が書けない。このまま裁判になりそうだが、自分の力不足でみすみす五千万も払うのは情けない」という。
損保の調査部門は各社とも独立した別会社になっていて、親会社の損保に「調査報告書」を売るという形になっている。数十万の小さな件は「あやしいな」と感じつつも損害査定をして報告書を書いてしまうが、数千万になるとそうはいかない。
もちろん、各社には蓄積した経験があり、何冊もの分厚い「偽装事故事例書」があってそうやすやすとは騙されない。なんと、どうやって入手したのか、図書室には英国ロイズ損害保険の「事案書」まであった。もっとも、その原文を読める人はほとんどいなかったが…。
話を聞いているうちに、人の記憶とはありがたいもので、昔読んだ事例書にその一件とよく似た「事故」があったのを思い出した。昭和50年代の建機の「事故」で、電話で聞いた内容と何もかもがそっくりである。その件は最後に相手が「もう、いいです」と言って引き下がったから「事件」にはならなかったが、立派な事案例として記録されたのである。
それを教えてあげた。「そのあたりをもう一度しらべたらどうか」と。
今日、電話があった。弾むような声で「解決しました。相手が『もういいです』と言って横を向きました」と聞いたときはあまりのことにこちらがぶっ倒れそうになった。すぐにお礼に行きたいというのを必死にとめた。
「いいよ、来なくてもいいよ。絶対来るなよ。…それだったらハガキ一枚くれればいいよ。絶対に来るなよ。だけど、○○さん、毎年度の【事例書】ちゃんと読んでるか。俺たちのときはそれを読んだ感想文なんか書かされたんだよ。面倒くさがって短い感想文なんか出すと『書き直せ』なんて言われてな」
いつのまにか後輩への説教になっていた。

もう台湾は夏

投稿者: unhoo 投稿日時: 2009/06/18 11:28 投稿番号: [1893 / 3149]
十月下旬までは毎日が猛暑ときまりけり。

Re: 第46大樂透(ロト)

投稿者: unhoo 投稿日時: 2009/06/16 01:35 投稿番号: [1892 / 3149]
>しかし、20%課税のち、1.87億元が、國庫に・・・、手元には、7.5億元あまりである。
____________________

その当選者の姓名は公表されないのだろうと思う。もしも公表されたらたいへん、たちまち慈善機関、学術機関から寄付の要請がやってくる。私人からも貰いにくる。

Re: 南半球はこれから冬になる

投稿者: tokyo_cachito3 投稿日時: 2009/06/14 12:53 投稿番号: [1891 / 3149]
インフルエンザ=流行性感冒は「A香港型」「Aソ連型」などが昔からあって、冬季には数年に一度の流行があったがこれほど大袈裟には騒がなかったように思う。だが、それはわたしの認識不足で、今のインフルエンザは昔とは違ってその質も違い、最悪、死者数千万も危惧される恐ろしいものなのだろうか。
医者から「運動をしろ」と注意を受けている。もちろん、掛かりつけの医者に抗えるはずもなく、「それでは自転車でも買おう」と思って「ヤフー・ショッピング」を見たが、数が多すぎて選べるものではない。「電動」にするか、一万円で買える中国製にしようか、多段ギヤのロードバイクにしようか、いつまでも結論が出ない。
昨日のテレビで、毎日、尾瀬湿原の「休憩所」まで、観光客に混じって80㎏の荷物を背負って歩く男性を映していたが、「なんの自転車にしようか」などと言っている私には「この、怠け者が!!」と、天上から怒鳴り声を浴びせられるだろう。

第46大樂透(ロト)

投稿者: mrt952006 投稿日時: 2009/06/11 13:45 投稿番号: [1890 / 3149]
一昨日(6/9)の晩、第46大樂透(ロト)の開票があり、10回のキャリーオーバーのち、史上最高額の頭奨9.37億元(約27億円相当額)が台南市で購入した男性1人のみに当たった。
しかし、20%課税のち、1.87億元が、國庫に・・・、手元には、7.5億元あまりである。
それにしても、めでたし、めでたし・・・である。

今日は、先週の6/4以来の雨模様です。台灣も本格的な梅雨入りか・・・?

南半球はこれから冬になる

投稿者: unhoo 投稿日時: 2009/06/11 10:32 投稿番号: [1889 / 3149]
夏が来たから新型流感は消滅するだろうと思っていたが、南半球はこれから冬に入るので、新型流感が増えることを忘れていた。

キップの等級詐欺

投稿者: unhoo 投稿日時: 2009/06/11 03:47 投稿番号: [1888 / 3149]
今から十年も前だが、高雄に住む小学時代の同窓生から「近く金婚式をやるから、大兄が出席してくれたら光栄に存ずる」と言われて承諾した。こんな場合は老妻をつれて出席するのがマナーだが、老妻は病身だから末娘をつれて行くことにした。末娘が言うには高雄までの飛行機キップ代はたいしたものでないから、エコノミークラスでなくツーリストクラスにしようと。これにもOKをあたえた。末娘は松山空港まで行って2人の往復キップを買った。

当日飛行機に乗り込んだら、案内されたところはエコノミーの座席だった。どうしたことかとキップを見たらエコノミーのキップだった。末娘はキップを買うときツーリストの金を払って、出されたキップを見もしないで受け取ったのだ。末娘は空姐に抗議すると言ったが、わしは空姐には何もできない、この失敗を将来の教訓とせよと引きとめた。

片道切符

投稿者: tokyo_cachito3 投稿日時: 2009/06/11 00:27 投稿番号: [1887 / 3149]
  張さんが所要で台東に行った。飛行機を恐がることもなく、山脈越えの小型機に乗ったのはよいが片道切符しか買わなかった理由がいくら聞いてもわからない。帰りに地元の「店」で帰路の切符を買い、空港のカウンターに差し出したら「これは使えない」とつき返され、泣く泣く別のところで切符を買いなおしたという。いくら台湾の国内航空でも飛行機の切符一枚は安くはなかろう。私の友人(日本人)もそばで呆れて聞いていたが台湾の田舎では「使えない切符」を堂々と売る店があるのか。この完全な詐欺商法の経緯をもう少し詳しく知りたいが本人はもう災難だと諦めて多くを語ろうとしない。

煙突を密封

投稿者: unhoo 投稿日時: 2009/06/10 01:59 投稿番号: [1886 / 3149]
秋吉台のホテルが煙突を密封したために、宿泊客に多数のCO2中毒を出し、死者まで出た。いったいどんな目的で密封したのだ。密封の目的が全く報道されていないが。

Re: 雨雨降れ降れ

投稿者: unhoo 投稿日時: 2009/06/09 17:34 投稿番号: [1885 / 3149]
この前の旱天の慈雨は雨量がすくなかった。

豚流感変じて新型流感、それがどうやら立ち消えになったらしい。

ヤフー掲示板のどのカテもみな沈滞している。台湾カテだけではない。

雨雨降れ降れ

投稿者: unhoo 投稿日時: 2009/06/04 15:04 投稿番号: [1884 / 3149]
台北市は今日久しぶりの本降り。衛星雲図では台湾全国が雨雲の中。台湾全域五月中雨がほとんどなかったので、水田の灌漑用水にも困りだしたところだと言う。まさに旱天の慈雨です。

太魯閣九曲洞歩道

投稿者: mrt952006 投稿日時: 2009/06/01 08:27 投稿番号: [1883 / 3149]
救護員が不會、不會(できない)中文・・・。
タクシーをチャーターして、居留証を持った男性日本人(50歳)の頭部に落石・・・。
友人の彼女(台灣人?)の存在が・・・?
ニュース報道されていました。
請保重(お大事に)。

「強詞奪理」が正しい。

投稿者: unhoo 投稿日時: 2009/05/31 00:19 投稿番号: [1882 / 3149]
「強詞奪辞」を手元にある遠東圖書公使司印行、張北海主編『遠東國語辭典』で探したら出ていない。そのかわりに「強詞奪理」と書いてあります。これが正しい。「強詞奪辞」はわしの間違いです。つよい言葉を使って、相手に理屈を言わせないことです。たとえば「俺は国民党の役員だぞ」とか、あるいは声量を上げて、声の大きさで相手を黙らせるのも強詞奪理です。

『遠東國語辭典』にある解釈は、「不合理的狡辯」です。したがって、屁理屈で相手を言い負かすのも強詞奪理です。

強詞奪辞

投稿者: tokyo_cachito3 投稿日時: 2009/05/30 19:18 投稿番号: [1881 / 3149]
「強詞奪辞」とは何ぞや、漢和辞典を何冊か調べたがこの四字熟語は見当たらなかった。「強い詞(言葉)で辞(言葉)を奪う(とって代える)」、つまり、「わざと乱暴な言葉を使う」という意味ではないかと考えたがどうだろうか。「台湾へどかどかと入り込んだ」自暴自棄の敗残兵は恐ろしいものだったに違いない。長きに亘り、かれらの暴圧に耐え抜いた台湾人の辛苦も察して余りある。そこに「面従腹背」という熟語を入れようと思ったが、この言葉には「背信」というニュアンスがあって、この場合は適切ではないようだ。

Re: 訂正

投稿者: unhoo 投稿日時: 2009/05/29 02:18 投稿番号: [1880 / 3149]
わしが戦闘的なのは言論だけです。戦闘的な言論、それを蒋政権と一緒に台湾へどかどか入り込んだ奴等に学びました。あの時奴等の言論にはあきれ返ったものです。強詞奪辞というやつです。

訂正

投稿者: tokyo_cachito3 投稿日時: 2009/05/28 19:26 投稿番号: [1879 / 3149]
unhoo先生のような戦闘的な反共、反国民党の独立人士は次第に少なくなっていくだろう。

*****************************

  これは台湾の将来について根拠のない予断であり、台湾の未来はすべての台湾人と居住する中国人、客家人、山地の先住民が決定するものであることを再確認したうえで上記は取り消します。

Re: 幻の核開発 (續)

投稿者: tokyo_cachito3 投稿日時: 2009/05/28 15:58 投稿番号: [1878 / 3149]
「労農紅軍」の行くあてもない逃避行が終わり、僅かに残った一万たらずが延安に辿り着いて一息ついたとき、上海の新聞はこう書きたてた。「共匪も地獄に落ちた。あの黄土でどうして何千もの兵を養えるのか。朽ち果てるのを待つばかりだ」。
だが、その「共匪」と彼らの軍隊が現在、世界のなかでどのような地位を占めているか、だれもが知るとおりだ。今度は二隻の原子力空母まで建造するそうだ。なるほど「勝てば官軍」である。台湾に逃れた国民党の「高級外省人」達とその子供たちも這い蹲るようにして北京詣でを繰り返す。「共匪」はバカではない。絶対にバカではない。北京の古狸たちが満面の笑みを湛え、ときには涙声で彼らを歓待しているのが目に見えるようだ。高級外省人、つまり台湾の支配層を篭絡し、あるいは脅迫して政権を奪い取るのは彼らの至上命題である。「共匪」も必死なのだ。
台湾はどうなるのか。五、六年も前か、台中のプラモデル屋に五星紅旗(昔の台湾では「汚星赤地」と言っていた)が飾ってあったのには飛び上がるほと驚いたが、unhoo先生のような戦闘的な反共、反国民党の独立人士は次第に少なくなっていくだろう。ただ、台湾海峡がある以上、自由で富裕な台湾が簡単に呑み込まれることはないと思う。楽観に過ぎるか。

Re: 幻の核開発 (續)

投稿者: unhoo 投稿日時: 2009/05/26 23:56 投稿番号: [1877 / 3149]
高級外省人が核開発なんかを語っていることは知っていたが、台湾人は何の関心も持たなかった。そもそも台湾人は高級外省人たちの学問能力常識を全く評価していなかったからである。

蒋政権時代、台湾人は中共を敵の敵として、内心で応援していたが、蒋政権が死滅すると高級外省人は掌を反すがごとくに「共匪」の陣営に投じ、共匪に台湾人を威嚇せよと建策し、共匪はそれを100%受け入れた。台湾人にとっては天地がひっくり返ったような急変であった。

やがて共匪は台湾近海にミサイルを何発も撃ち込んで、台湾人を皆殺しするに足る武力があるぞと威嚇した。すると台湾に残留する高級外省人どもは躍りあがってして喜んだ。

台湾人は、蒋政権の核開発閑談のお相手なんかしたことはなく、蒋政権死滅の後も核開発の可否を考えた者はなかった。

Re: 幻の核開発

投稿者: unhoo 投稿日時: 2009/05/26 01:03 投稿番号: [1876 / 3149]
>台湾にもおそらく「核武装論者」はいるはずで
____________________

それは高級外省人の奴等です。台湾人にとって蒋政権は敵で、共匪は敵の敵だから、共匪がんばれ、共匪がんばれと内心で応援していたものです。国民党政権が死滅すると、高級外省人はすぐ共匪の陣営に帰参して、台湾への圧迫を緩めるな、たくさんのミサイルで台湾を狙えと共匪様に進言しました。

幻の核開発

投稿者: tokyo_cachito3 投稿日時: 2009/05/25 13:13 投稿番号: [1875 / 3149]
  北朝鮮が核実験を実施した。「自衛的核抑止力」だそうだが理屈はなんとでもつけられる。これで一番恐怖を覚えたのはもちろん韓国だ。軍事的なパワーバランスが崩れるだけでなく、韓国経済にも打撃を与えるだろう。この国際化の時代に外国からの投資なしにやっていける国はない。朝鮮半島の緊張と不安で外資が引き揚げ、現在の世界的金融不安もあって韓国経済が再び債務超過になる可能性が高い。これを少しでも避けようとまたも莫大な額の「対北宥和政策」をとらなければならない韓国政府の苦悩は深い。あの六カ国協議はなんだったのだろうかと思うが、北は韓日米と、あわよくば中露からも無償援助を引き出す目論見があるのだろう。以前、それで食糧、重油などを勝ち取った「成功体験」があるが、今度はそうもいくまい。ただ、北朝鮮にも生存の権利はあり、もちろんその核開発には反対するが「悪の帝国」だのなんだの中学二年生レベルの議論に与する考えはない。

韓国や台湾もアメリカに隠れて核兵器開発を企てたことがある。これは机上のプランで終わったが、核の製造プランなら一昔前、マニアックなアメリカの学生グループがとっくに完成させた。その工程は精密を極め、使用する各種装置、機械のメーカーの指定、機種の選定までしていたという。

北が核兵器を振りかざして韓国や日本を脅そうとしても大義名分がないし、世界の嘲笑を受けるだけだろう。
日本にも一部に「核開発」を言う人がいるが世間的には相手にされない。実は日本も戦時中に仁科博士を中心に軍部の援助を受けて実験装置などを揃え、手探りでこれに着手している。もちろん、終戦直後に米軍のブルドーザがきれいに潰してしまったが、そのフィルムが残っている。台湾にもおそらく「核武装論者」はいるはずで、たぶん、unhoo先生もその一人ではないかと推量するが、世界は中国と台湾ばかりではないし、台湾はもはや堂々たる富裕なハイテク国家になりつつあるからその必要はまったくないと思う。

第一邱永漢大樓

投稿者: unhoo 投稿日時: 2009/05/25 01:31 投稿番号: [1874 / 3149]
>その書店の一角にコーヒールームがあったことまで思い出したが一階ではないし、時期も違うから裕次郎の喫茶店ではない。
____________________

郵遞區號(郵便番号)10444
台北市中山區中山北路一段152號
第一邱永漢大樓

4F   永漢國際書局
3F   邱永漢日語
2F   記憶せず(コーヒールームかも)
1F   ブティック(店名記憶せず。)
B1   喜樂日本料理

建物は十階建てと記憶する。5階以上はすべて貸しオフィス。

一階のショウインドウに邱永漢が羽織袴を着て、笑顔で立っている漫画像が立てかけてある。その漫画が、実物の邱永漢よりももっと邱永漢に似ているんです。

邱永漢台湾に帰る

投稿者: unhoo 投稿日時: 2009/05/25 00:13 投稿番号: [1873 / 3149]
>邱氏によれば、「台湾政府から三顧の礼で迎えられた」という。台湾の国際的地位が急変して「変に臨んで驚かず」などと悲壮なスローガンが見られたのもこの時期だが、蒋政権の恐さを知っている奥さんは懸命に反対したそうだ。「蒋総統万歳と書いた旗を持って丸一日台北市を歩き回らされた」となれば、「話が違う」と、彼も苦々しい思いだったのではないか。
____________________

事前に何度も丁重な帰国要請があったのは、ほんとかも知らんが、台湾に着いたら「蒋総統万歳をやることは絶対必要な手続きだから」と言われて、今更袖をひるがえして日本へ戻るのは惜しい、まして相手は蒋政権だから奥さんが恐れていたことが起こりかねない。それで仕方なく官員の頼みに従ったのであろう。旗を持ってくたびれた邱氏の写真が新聞に出ました。旗は手旗ぐらいのもの。テレビには歩いているさまが映っていただろうが、わしは見なかった。

やがて台湾の新聞は邱氏の台湾開発計画の論文を争って掲載した。邱氏は次々と景気のいい論文を書いた。そのころの邱氏は中国語の文章が書けなかったから、日本語で書いた文章を他人が中国語に翻訳して、新聞に掲載した。訳者の名は出なかったが、翻訳の出来は上々。その文章を読むと、まるで台湾は今にも世界一の金持ち国になれそうだった。そうならなかったところを見ると、邱氏の書いたことは机上の空論が多かったのだろう。

記憶では邱氏の計画に海流発電計画があった。台湾海峡には北へ流れる永久性の潮流がある。その速度はなかなか速い。よってその潮流を利用して発電すれば、台湾は電力に不足を起こすことがない・・・と。

邱氏の日語の著書に、その頃の自分のことを「私はたちまち台湾一有名な人物になった」と書いてあるのは嘘でなかった。

Re: 石原裕次郎

投稿者: tokyo_cachito3 投稿日時: 2009/05/24 20:58 投稿番号: [1872 / 3149]
>その年に邱永漢が蒋政権から入国許可を取って…

    *******************************

  邱氏によれば、事前に何度も丁重な帰国要請があって「台湾政府から三顧の礼で迎えられた」という。台湾の国際的地位が急変して「変に臨んで驚かず」などと悲壮なスローガンが見られたのもこの時期だが、蒋政権の恐さを知っている奥さんは懸命に反対したそうだ。「蒋総統万歳と書いた旗を持って丸一日台北市を歩き回らされた」となれば、「話が違う」と、彼も苦々しい思いだったのではないか。
邱さんと裕次郎がどういう間柄だったのか知らないが、両人とも昭和30年代にはすでに有名人で、雑誌の対談などで知り合ったのだろうか。当時の裕次郎の収入からみれば台北の喫茶店の利益などはたいしたものではなかったはずだが、どういう思惑があったのだろう。邱さんは如才のない商売上手だから家賃をタダにして「日本のスーパースターと交際がある」と台湾人にアピールしたかったのかも知れない。それでビルの付加価値も上がり、大変な宣伝効果にもなっただろう。

邱永漢

投稿者: tokyo_cachito3 投稿日時: 2009/05/24 15:10 投稿番号: [1871 / 3149]
  30年も前、その角地の邱永漢ビルに這入って本を買った覚えがあり、懸命になって記憶を辿ったら本の題名まで思い出した。台湾で買った日本の書籍ということで印象に残っていたのだろう。「もしや」と思って書棚を探したら奇態なことに「永漢書局」の価格シールが貼ってあるその本を見つけ出すことができた。その書店の一角にコーヒールームがあったことまで思い出したが一階ではないし、時期も違うから裕次郎の喫茶店ではない。
邱永漢氏には大量の著作があり、タッチも軽いから読みやすいのだが、東大卒のこの人には昔から「金儲けの神様」というニックネームがある。資産家であるのは間違いないが「神様」は大袈裟だ。
昭和三十年代、新聞に株式のコラムを持っていて、そこで取り上げられた銘柄はその日から必ず急騰したという。「先回り買いはしていない」とは言っていないし、株式市場もまだ「うぶ」な時代だから彼は濡れ手で粟の大儲けだっただろう。今は日本に帰化して、以前、参院選にも立候補したが、若い頃は当時の純真な台湾青年らしく台湾独立運動に身を投じて蒋政権に追われ香港に逃げている。この人は如才もなく人柄もいいのだろうがちょっと自慢癖がある。
[ << 最初のページ | < 前のページ | メッセージリスト | [ メッセージ # オフセット ] | 次のページ > | 最後のページ >> ]

Yahoo! Japan 掲示板 アーカイヴ

[検索ページ] (中東) (東亜) (捕鯨 / 捕鯨詳細)