日韓歴史論争

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微量栄養素

投稿者: jaway 投稿日時: 2003/03/23 12:09 投稿番号: [281 / 6952]
昔はおかずが貧しく肉などを食べる事も少なかったため、穀物からの微量栄養素の摂取も重要だったので、現代人の2倍は穀物を食べなければならなかった、とか聞いた事があります。
でもこれって、本当かな?微量栄養素ってビタミンの類の事かな?間違っていそうな気もするけど。

>反論と言うか

投稿者: u26699 投稿日時: 2003/03/23 08:24 投稿番号: [280 / 6952]
>当時の税率は内地(日本本土)の半分でした。
>焼酎・濁酒の控除幅が大きかったようです。(税率は内地の15%〜50%)
>一方で、日帝時代の利子率は8%程度だったと思います。
>生産者受け取り手取り価格は一石あたり50円だったのに対し、消費者価格は43円に据え置かれていました。

なんや〜、、これじゃ、全く逆搾取やんけ〜!!!


無茶苦茶腹立ってきたで〜!!ホンマに!!

補足説明ありがとう御座いますm(_ _)m

投稿者: u26699 投稿日時: 2003/03/23 08:23 投稿番号: [279 / 6952]
>たとえば、1940年の半島の米の生産高は旱魃のせいで前年から約1000万石減の1435万石だったが、移出量は、1939年の600万石から43万石に激減させた。

       生産高       移出量       消費量        一人当り年間消費量
1939年    2435万石    600万石      1835万石     0.80石(119kg)
1940年    1435万石     43万石      1392万石     0.61石(   91kg)

ところで、最近の日本人の米の一人当り年間消費量は、65kgだそうです。

http://www.tokai.fo.maff.go.jp/tokai/page/syouhi.htm

まぁ、他の副食物が増えてることもありましょうが、米に関していえば、当時の朝鮮人は飢饉の時でも、今の日本人よりも、1.5〜2倍もたらふく食っていた計算になります。

これで、地獄だったとは、、、ええかげんなこと、言いよりますな〜

ちょっと訂正

投稿者: J_Fooker 投稿日時: 2003/03/23 06:30 投稿番号: [278 / 6952]
誤)好意的なものから否定的なものまで

正)肯定的なものから否定的なものまで

対比は正しく書くべきですね。
失礼いたしました。

反論と言うか

投稿者: J_Fooker 投稿日時: 2003/03/23 06:28 投稿番号: [277 / 6952]
>これが日本人の主張です.

park_sinyang_coreaさんが資料として引用した文章自体、日本人が書いたものが多いようですが?

日本には、朝鮮総督府の統治に関して、好意的なものから否定的なものまで、色々な意見がありますよ。

ただ、他人に議論を求めるなら、

>日帝時代、朝鮮の生産層は高い税金、高利貸、肥料代など生産量の大部分を支出しなければならなかった

こういうことは、事実を証明できる形で書く必要があるんじゃないかな?
以前の八割収奪論なみの見解ではお話になりません。

なお、税金に関して言うと、
以前別トピでも書いたのですが、
朝鮮半島に個人所得税が導入されたのは1934年のことで、当時の税率は内地(日本本土)の半分でした。
酒税に関しても、特にコリアンが好む焼酎・濁酒の控除幅が大きかったようです。
(税率は内地の15%〜50%)

利子率に関して、
「朝鮮事情」シャルル・ダレ、1874年
によれば、
「年3割の利子で貸し付ける人は、ただで与えるのも同然だと思っている。もっとも一般的なのは5割・6割で、時には10割もの利子が要求される」
という現代人には信じがたい状況だったそうです。

一方で、日帝時代の利子率は8%程度だったと思います。
(ソース失念。思い出したら書きます)

当時西欧諸国が植民地で課していた利子率は20%くらいが普通だったことと比較する必要があるでしょうな。

なお、朝鮮総督府は米穀保護政策を採っていたようです。
1941年当時、米の一石あたりの生産者受け取り手取り価格は一石あたり50円だったのに対し、消費者価格は43円に据え置かれていました。
当然、差額は政府の負担になります。

これは、戦後日本で、農家を保護するために高い政府買い取り価格を維持していたことと同じ政策です。

収奪・搾取するために補助金(政府による差額の負担は農家への補助金と同じ)をつけていたのですか?

一応述べておきますが、
資本主義の導入段階で、社会階層の分解が生じ所得の不平等が拡大することはよくありますよ。
(共産主義という思想が生まれたのも、もともとはこれが理由)

>また, 立稲先売というのがあります。

「青田買い」は江戸期の日本にもありましたよ。
これが世界最初の先物取引だそうです。

農民の問題は、この場合、アマーティア・センの言うところの、
CapabilityとかEntitlementの問題でしょうな。
これは、朝鮮王朝時代の農奴にはほとんどなかった(農奴は人間扱いされていない)と考えられるので、そこから状況がどれだけ変わったかを考える必要があるでしょう。
(これを客観的に比較する指標はありませんので、ある程度主観に左右される議論になります)

まあ、こうした点を整理してから議論に臨まれた方がよろしいかと思います。

ところで、結局、「八割収奪」の証拠は提示してもらえないのでしょうか?
今でも信じがたいのですが、本当に韓国の高校では、「八割収奪」を歴史の事実として教えているのですか?

総督府の飢餓防止措置

投稿者: kuuboakagi00 投稿日時: 2003/03/23 00:31 投稿番号: [276 / 6952]
総督府は米の過剰移出がなされないように配慮した。

たとえば、1940年の半島の米の生産高は旱魃のせいで前年から約1000万石減の1435万石だったが、移出量は、1939年の600万石から43万石に激減させた。(中川・歴史を偽造する韓国)


日本への移出のほうが朝鮮農民にとって売却価格で何倍ももうかるから、もし総督府が介入しなければ、半島の飢饉を横に見て、日本への移出が、経済法則に従って強行されたであろう。経済法則は飢餓など考慮しない。

1996年の行路死亡者 約100万人

投稿者: u26699 投稿日時: 2003/03/22 23:50 投稿番号: [275 / 6952]
(“ 『現代コリア』1996”)

ま、それはさておき、、、、、

確かに20世紀初頭にかけて、朝鮮半島を含む、日本全体で農村の荒廃や困窮が激しかったことは事実でしょう。その原因は、ひとえに日本・朝鮮での人口の増加にあります。

日本では、1900年から1950年の50年間に、4300万人から8200万人にほぼ倍増しました。一方、朝鮮でも、同じ間に約1000万人から2000万人に倍増したと記憶しております。

結局、朝鮮半島が日本であった時代には、日本の人口は5300万人から1億200万人へと約5000万人増加したことになります。云うまでもなく、この人口の増加は、日本本土・朝鮮半島において、医療制度が飛躍的に完備し、それ以前の時代と比べて、乳幼児の死亡率が激減したことが原因であります。

さて、死亡率が低減して、人口が増加すれば、食料が不足するのは自明の理で、冒頭に述べたように、この時代は特に東北地方を中心に、朝鮮半島も含めて、飢饉や困窮が度々起こりました。

このような状況でありますから、勿論、政府は食料確保の為の、増産政策を行う必要に迫られます。その舞台は、新しく日本の国土となった、北海道と朝鮮半島が中心でした。

ご指摘の件は、朝鮮で生産された米穀が、日本本土に流通したことを指しておられるのだと思いますが、上記のようないきさつから、もともと朝鮮での米の大増産計画は、日本全体の食料確保の為の政策ですから、朝鮮で生産された米が、内地に流通するのはあたり前のことなのです。

そもそも、食料である米は、国内流通経済の原則に従って、生産地である地方から消費地である中央へ、運ばれてゆきます。これは、朝鮮だけでなく、東北でも、九州でも、四国でも、北陸でも同様であります。

只、当時から寒冷地に適した稲の品種改良は行われていたとは云え、地図でみると朝鮮地方は、東北地方とほぼ同緯度にあたる為、凶作の被害は、日本の地域の中でも最も厳しい、東北地方と同程度になったものと考えられます。

難しい

投稿者: loki5467 投稿日時: 2003/03/22 22:21 投稿番号: [274 / 6952]
などと書き込むと、勉強せよと返事がきそうだが。
1939年の行路死亡者: 7459人
1940年の行路死亡者: 3534人
半減ですね

地主と小作人
死んだ親父が言ってた言葉で
尋常小学校までの道のり4kmを一門以外の土地を通らなくていいといっていた
持っている土地が広ければ収穫量も多いのでは?。
日本も昔は貧乏、特別韓国だけでの問題ではないような気がするけど。

>いんちき数字

投稿者: tttsjp 投稿日時: 2003/03/22 18:45 投稿番号: [273 / 6952]
確かにね。

人間は一年で米一石を消費する。
だから米の石高を数えれば、おおよその人口が分かる。

朝鮮人は、1人で年2石か、雑穀が含まれているとはいえ、これだけ大食らいしてまだ不足だとはね。

数字を出すならもっと同情すべき数字を出して欲しいですね。

春窮は朴大統領のころも

投稿者: kuuboakagi00 投稿日時: 2003/03/22 16:43 投稿番号: [272 / 6952]
あっただろう。日本の経済援助でまあまあ豊かになったんだろう。

もともと朝鮮半島は春窮の土地なんだよ。日帝のせいにすんな。だから、朝鮮人は駄目なんだ。

いんちき数字

投稿者: kuuboakagi00 投稿日時: 2003/03/22 16:40 投稿番号: [271 / 6952]
まず李朝時代の数字をだしていない。

大正4-8年平均: 2.03石
昭和5-8年平均: 1.67石

こりゃ、一人当たりの数字なんだろうな。
食いすぎだ、当時の日本人にくらべて。

おしんは大根飯だけだぞ。麦飯食って、こんなうまいもんあるんけ、といっていたぞ。米の入った飯などめったにくわなかったらしい。

日帝がいなきゃ、もっと地獄だ。

昔は一人一回一合半とかいわれていたな。年に換算すれば、これだけ食えば十分だ。

日帝時代は地獄だった<2>農村荒廃

投稿者: park_sinyang_corea 投稿日時: 2003/03/22 15:56 投稿番号: [270 / 6952]
米と雑穀の消費合計

大正4-8年平均: 2.03石
昭和5-8年平均: 1.67石

(大川一司.東畑精一"朝鮮米穀経済論" 1939)

朝鮮人の食生活は米だけでなく雑穀まで合してもますます悪化しています.
春窮の民は相変らず消えなかった.おびただしい鮮米移出量(朝鮮から日本に米を供出)の激増後にはこんな深刻な事態があることを忘れてはいけない。可哀相な難民たちが群れをなして倒れている。
(大川一司.東畑精一"朝鮮米穀経済論" 1939)

朝鮮の米輸出は朝鮮人に利益ではなく貧困を持って来ました.
朝鮮での行路死亡者(路頭で倒れて死ぬ人)数に対する統計
1939年の行路死亡者: 7459人
1940年の行路死亡者: 3534人
("朝鮮総督府統計年譜")

参照で1940年日本での行路死亡者は666人.当時日本の人口は7200万でした.
当時朝鮮の人口は2300万だけで日本と比べた時, 15倍の人口が路頭で倒れて死ぬほどに貧困な状態でした.

「総農家数のわずか3.5%に経たない10万戸の地主が生産額の約37%を
取得するのに惚れて、総農家の53%を占める150万戸の小作農の取得米は生産額のわずか20%にしか経たないということが分からなければならない。
したがって地主は一人当たり10以上を取得するのに比べて,小作農は一人当たりわずか4だ。
自作農や小作農の取得一人当たり殆ど一石に経たない。産米の地主集中を言及することは当然だ。日本における米生産額の25%にもあたらない小作米が100万の地主(小土地持ち主も含んだ)に取得されることは、 まったく変な事態だとするしかない。特に気を付けなければならないでしょう」(牛丸潤亮   他『最近半島事情』1927年)
当時朝鮮の農業経済は凄く非正常的なことでした.

朝鮮農民貧窮化の実例、咸境道プングハ地方(1933)

「村に入って行った時ちょうど正午頃だった。道端にある一家を見たら家族5人が元気なく横になったままチァブチァブ洗っていた. '何なのか'と問いて見たらフィギュアに少量の豆と油粕を混合したことだと言った。家族たちは誰も生え際が紫色で注いでいたし,電信は電灯が壊れていた。言う元気さえなくて言うこともまるで蚊の鳴く声のように弱かった.仮装のように見える40歳ほどの男が泥棒泥棒と言う内容は次のようだ。 -草根木皮でもする家たちはこんなに困らなかった。それもどの間にすべて食べて消えて誰もこれからはフィギュアに豆とごまを交ぜたお湯や授受お湯,酒かすなどを食べている。しかしそれも上等で、時には大根のひげ根や根っこをたたいて寝るのが壊したこと。玉水ダムを壊したものなどを火食して空腹を満たしていると言う。そうした中、子供がお腹が痛いそうで大きい音を出して泣いた。するとその男は'ツッ'と舌打ちをして危なげな歩みで泣く子供を抱いて戸外に出た.変な気がして彼が何をするかと言ってみたら棒で子供の尻を突いているのではないか。ちょっと後にが子供はその男に抱かせて泣きながら帰って来た。男はまた言葉を続いた、-授受を食べても大人は良いが子供達は消化にならなくてお腹が痛くて泣いて、米糠も子供達はお腹が痛くて困ると訴えた。」
(久間健一,《朝鮮農政の課題》)

こんな状況の農村が各地に一杯でした.朝鮮時代の韓国はたとえ凶年が入れば大きい問題が起こったりしたが、一般的に食糧を自給自足することができる状態でした。西洋人の見聞録にも,朝鮮人の生活自体はあまり貧困ではないと書いています。

「朝鮮で貧しい人の数は減らない。毎年餓死する者もいて凍え死ぬ者もいて特別に新しい政策をほめたたえる理由は彼らにいない」 (朴春琴『我等の国家   新日本』1930年)

このように親日派である朴春琴さえ当時の生活の苦しさを証明しています。
以上の資料を綜合して見る時,日帝時代の食糧事情は朝鮮朝時代よりもっと悪化したし、それによって朝鮮人の生活は凄く貧困だったということが分かります。また「日本に米を輸出して朝鮮人は利益を得ている」という主張が説得力がないということが分かります。

反論を求めます。

日帝時代は地獄だった〜食糧搾取と困窮

投稿者: park_sinyang_corea 投稿日時: 2003/03/22 15:38 投稿番号: [269 / 6952]
"朝鮮を占領した日本は翌年から土地の調査事業を通じて地主と王族の地を小作人に分配してくれた。これは長い歳月自分の地が持つことができなかったまだ支配層の奴隷だけ暮して来た小作人には新しい世の中が開かれたことを知らせて与える信号だった。"

"朝鮮という日本の一部は本土と比べてすごく貧しい環境で,そこの人々の生活の安定と向上する意思を日本政府にはなかったのだ。
また,韓国人地主一例「微意搾取」に対しても,これは韓半島内の穀物を日本に輸出したことで韓国の農民はその対価をこぎれいに受取している.貿易を「搾取」と呼んで変えるなど歪曲もひどいのだ。"

これが日本人の主張です.

日本はどこまでも朝鮮を開発したことであり,その結果朝鮮のの民衆生活は向上したと言います.。

しかし事実は違います。日本は歴史を歪曲しています。搾取や収奪を隠蔽し醜い美化をしています。それは侵略を正当化するための方便です。日帝時代、朝鮮の生産層は高い税金、高利貸、肥料代など生産量の大部分を支出しなければならなかったのです。

日韓合邦がもたらした日本の資本組織の侵入は一層朝鮮人の生活を困窮させ、ますます逼迫が強要されるだけで、交通と産業が発達すれば発達するほど生活の向上と収入の増加が均衡を保てない結果をもたらした。そうだから、生産の売却による所得を納税に消費して、日常の用品を購入する余裕さえないことが大多数の農民の現実だだった。
(牛丸潤亮   他『最近半島事情』1927年)

<1934年1月の状況>
"現下の朝鮮農村を見たら8割が小作階級に属する細農としてこれらは過去多年間の秕政の結果搾取誅求に悩んで来ただから彼の心境は極めて同情に値する。毎年食糧不足を訴えて掛けがねの負担は毎年増加するだけでなく収穫期には積鬼殺到して彼らの一年の間の努力も借り入れ食糧の返済やあるいは利子の償還にあててからは残ることがない。端境期には食糧が不足で山野で草根木皮を求めてやっと一家の戸口を引き続く血なまぐさい状態だ."

(朝鮮総督府総督池田林儀"朝鮮の更生を見る")

こんな資料で分かるように、米が生産されて輸出されたと言って実際朝鮮人の生活を向上することはできなかったです。むしろ日本経済に隷属して生産の自律性が消えてますます高くなる利子と肥料値、水代、各種税金などでもっと辛い状況に置かれるようになりました。

また, 立稲先売というのがあります。

本来資金がないとか借金に窮した農民が現金を求めるために田で育っている稲を売ることを示す言葉です。完製品の価格にずっと及ぶ事が出来ない価格で売れるとか掛けがね代金業者によって強制に買受されるから大きい社会問題を起こします。日帝強制占領期間には総督府の庇護を受けた日本商人と地主たちが韓国農民を相手で青田売買を強要して農村の荒廃化を促進しました.

日本人の説得力ある論理的反論を求める。

李朝の税金

投稿者: nanairokamen03 投稿日時: 2003/03/21 08:43 投稿番号: [268 / 6952]
中国は清朝の初期にそれまでの人頭税制を改め、田畑の収獲に対し課税したところ生産があがり、それにより人口増加、更に生産増加につながり国が納められた税を使い切れなかったと高校の世界史で習った事があります。しかし何れの組織も時間がたつと白鼠や白蟻に食われるもので後代は皆さん御承知のような有り様となります。
さて朝鮮、特に李朝の集税方法は如何だったのでしょうか。ご存じの方いらっしゃいますでしょうか。

韓国人でも一応まともな人も居るぞw

投稿者: poyopoyo_nikukyu 投稿日時: 2003/03/07 04:07 投稿番号: [267 / 6952]
http://kr.bbs.yahoo.com/bbs?action=m&board=550034810&tid=koreaga51b4bc0oaa60h7abcorea0a1aa4ek gqga51b4y&sid=550034810&mid=1&mode=1

27の投書等を見て見ましょう。
つかこのスレたてた奴は相当イタイですな、、、
でも韓国yahoo掲示板のtopにもlinkしているあたりが、、韓国yahooの管理者もDQNなのでしょうか、、
そもそもはPC通信時代からの流言だそうだが、いつからか北の朝鮮社会科学院言語学研究所が、これを真実味を持たせ意味不明な根拠を並べ立てて平壌放送で吼えまくり、果ては南まで来て妙な事を公然と言ってるのだが、、、
こんなアホな内容を記事にする韓国mediaも相当きてますな。。w(いつもの事かw。
信じる奴も信じる奴だが、、(´ー`;)
因みにKOREA COREAと同じ発音でCHOREA(舞踏病)と呼ばれる不治の病気がありますが、、スペイン語、イタリア語等ではCHOREAはCOREAと綴ります。。もう、そのまんまやんか、、w
coreaとしたければ、勝手にしれ。ヨーロッパでは笑われるだろうけど。(´ー`)
てか既にこのcoraeに綴りを統一したがる韓国人達の事を知ったイタリア人は。やっぱ韓国人って馬鹿だぜ!アヒャヒャヒャ!〔・#)的な事をwebに出してたらしい、、

韓国yahooの41の投稿ではHAN GOOK。と一文されてますが、GOOKとは東洋人一般をあらわす差別用語です。
彼らがそれを知ってるのかどうかは謎ですが。w

心ある韓国語が理解できる人は、教えてあげましょう。
嘘ニダ!チオッパリの模造ニダ!と、言われかねませんが。(´∀`)

>>>根本的な疑問

投稿者: bianchi20022002 投稿日時: 2003/03/07 03:10 投稿番号: [266 / 6952]
>馬鹿に答えるのは嫌いだけど、一度だけ返事してあげる。

とか言いながら何度も答えてね−かぁ?(爆
よっぽど悔しいんだね(猛爆

>>そりゃそ−だろ?わざわざ「あっち」の方からお手もみ外交で朝貢しに来るどっかの国と違って後漢の領土(遼東・玄菟など)侵略しちゃってんのにだれが金印なんぞくれるんだよ?

>後漢に高句麗も朝貢したけど、格下した扱いに甘んじてたのじゃない?
理由はどうあれ日本よりも格下だったのは事実だからね。


このレスは何の意味があるんだ?????(爆
もう一度よく読めよ(猛爆

>>そりゃそ−だろ?わざわざ「あっち」の方からお手もみ外交で朝貢しに来るどっかの国と違って後漢の領土(遼東・玄菟など)侵略しちゃってんのにだれが金印なんぞくれるんだよ?


人を馬鹿扱いするのもいいが自分のバカさに気づく事だな、まずは(猛爆




ちなみに後漢のあとは一切日の目を見ずだな、倭の場合(爆

韓国人は誤記を気を付けねばならない

投稿者: the_price_of_eygipt 投稿日時: 2003/03/07 00:18 投稿番号: [265 / 6952]
ブッシュ「我々は失敗をし、性交もした」
投稿者: メッセージを送信 cybersommelier 2003/ 3/ 7 0:14
メッセージ: 122320 / 122321
http://japanese.joins.com/html/2003/0306/20030306221630100.html


ブッシュ大統領が「我々は失敗をし、性交もした」と発言。
それにしても凄い誤り。
この新聞よく誤字があるけど、今回が一番イイ!!


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

よくみつけたな。

日本の絶大な影響力

投稿者: nash_8242002 投稿日時: 2003/03/06 21:56 投稿番号: [264 / 6952]
これを認めてるんですな。

外国語のCOREAをKOREAに書き換えさせる能力があったとは日本人としてオドロキだ。
事実なら、日本の国力・影響力に自信を持ていいでしょうね。

>>根本的な疑問

投稿者: baggio_aug 投稿日時: 2003/03/06 20:30 投稿番号: [263 / 6952]
馬鹿に答えるのは嫌いだけど、一度だけ返事してあげる。

>そりゃそ−だろ?わざわざ「あっち」の方からお手もみ外交で朝貢しに来るどっかの国と違って後漢の領土(遼東・玄菟など)侵略しちゃってんのにだれが金印なんぞくれるんだよ?

後漢に高句麗も朝貢したけど、格下した扱いに甘んじてたのじゃない?
理由はどうあれ日本よりも格下だったのは事実だからね。

http://www2.ttcn.ne.jp/~kazumatsu/sub214.htm

>嘘つきチョッパリですか?

投稿者: bianchi20022002 投稿日時: 2003/03/04 09:00 投稿番号: [262 / 6952]
御明答!(爆

こいつはいつもツッこまれるとすぐ泣いて逃げますよ(猛爆


このトピの26・27あたりをみるとよくわかりますね(笑

>嘘つきチョッパリですか?

投稿者: baggio_aug 投稿日時: 2003/03/04 07:09 投稿番号: [261 / 6952]
そうですか。
じゃあ、何故に日本を論破しに日韓政府取り決めの歴史調査の会合から逃げるのでしょうか?
正しい歴史の現実から、朝鮮人は逃げ続けるだけなのでしょうか?

COREAの名前を簒奪した日帝

投稿者: the_price_of_eygipt 投稿日時: 2003/03/04 06:50 投稿番号: [260 / 6952]
http://japanese.joins.com/html/2003/0303/20030303171320400.html

国が分断されたのは日帝のせいニダ!!(日本が第二次大戦に負けたのがいけないらしい)
日帝がCOREAの歪曲したニダ!!(単に発音&表記の問題。例:英語ではK、フランス語ではC)
日本が核武装しようとしてるにニダ!!(あるアメリカの上院議員が提言しただけ)
日本は国粋主義を撒き散らしながら北朝鮮の核威嚇説をとなえ、軍事化を押し進めているニダ!!(そりゃ、太平洋に向けて(日本上空を通過する)ミサイルを打ち上げるぐらいだからね・・・。危機感、感じるよ普通の国なら)
日本は、日帝の朝鮮を強制的に占有したことを合法化しようしているニダ!!(当時は合法、現法を過去に当てはめることはできません。)


仲間内での傷の嘗め合い。
そこまで断言できるなら日韓歴史研究会に出席すればいいのに。

嘘つきチョッパリですか?

投稿者: kazuyakun7 投稿日時: 2003/03/04 02:16 投稿番号: [259 / 6952]
倭国かウエノムが論破されるのですよ。

>横レス

投稿者: honkytonk_2002_x 投稿日時: 2003/03/04 01:40 投稿番号: [258 / 6952]
レスを有り難うございます。

なるほど、排気タービン(ターボチャージャー)の特性ですか。要はこちら側の性能をフルに発揮できる状況に敵を誘い込む技術とも言えますよね。
それだけに、「零戦と格闘戦に入るな」という訓えを徹底した米軍航空部隊は正解だったのでしょうね。

>それと無線ですね。
  日本の無線機本体はそれほど性能は悪くなかったのですが、無線機を機体にアースして雑音を取り除く工夫をしてなかった、つまり取り付け方法が悪かったのです。

それもよく聞く話ですよね。
加えて、エンジン・ブロックの鋳物に「巣」が多く、そこにオイルが染み込み、無線の雑音を促進したと、本で読んだ事があります。今なら、点火プラグのレジスターでノイズも解消なのでしょうけれど…。

>ようするに、日本の航空機は機体本体はまずまずでしたが、武装やレーダーや無線機など艤装関係で遅れていました。
  基礎工業力の違いといえば、それまでの話です。

なるほど、実に頷ける話です。
貴重なお話、有り難うございました!

横レス

投稿者: chonkanchigaiyarodomo 投稿日時: 2003/03/03 21:55 投稿番号: [257 / 6952]
>高度差と速度差を利用して一気に高空から奇襲してカタを付ける方法に変えて、成功しました。

  P38は前期型と後期型とがあって、前期型はエンジンの出力が小さく、排気タービンもこなれてなく、あまり性能が良くなかったのです。
  なお、後期型でも高度6000m以下ではP38はゼロ戦に簡単に食われました。
  排気タービンは中低高度では返って出力が低下したのです。

  ようするに、大量に戦闘機を使い、常時高空に味方機を滞空させ、一撃離脱戦法に徹することで、P38は、中低高度での性能の貧弱さを補ったのです。

  ゼロ戦22型は高空性能も良かった(P38ほどではないが、軽量にできていたため)のですが、やや速度不足(時速540キロ)だったのと、20ミリ砲が旧式の初速の遅い一号銃だったのが欠点でした。

  排気方式を集合排気管からロケット効果のある単排気管に変え、武装を初速の高い2号銃に変え、ベルト給弾式で弾数を増やせば、かなりいい勝負だったでしょう。

  レーダーは出来れば「彩雲」などの偵察機に搭載し、敵機の高度が事前にわかれば大分違ってましたね。

  それと無線ですね。
  日本の無線機本体はそれほど性能は悪くなかったのですが、無線機を機体にアースして雑音を取り除く工夫をしてなかった、つまり取り付け方法が悪かったのです。

  無線が使えない状況では、誰かが敵機を発見しても周囲に知らせることができず、遅れをとったのです。
  後に紫電改が水晶発振子を使った性能の良い無線機で充分な索敵情報を得て、大戦果をあげたのを見ると、戦闘能力で無線機があるのとないのとで倍以上の開きがあったと言われています。

  ようするに、日本の航空機は機体本体はまずまずでしたが、武装やレーダーや無線機など艤装関係で遅れていました。

  基礎工業力の違いといえば、それまでの話です。

>日韓歴史論争

投稿者: baggio_aug 投稿日時: 2003/03/03 21:08 投稿番号: [256 / 6952]
日韓歴史論争って、常に偉大な朝鮮を主張しようとして、常に日本側に論破されるだけなのかな?

早く日韓両国が取り決めた場で、歴史論争をしてもらいたいです。

>自分達(米軍)のミスで作られたもの

投稿者: honkytonk_2002_x 投稿日時: 2003/03/01 20:02 投稿番号: [255 / 6952]
なるほど、確かに、相手のミスを利用する(または引き出す)事も大切ですから、そのパイロットの言葉も頷けますね。

P38は、当初は日本側のカモにされ、「ペロ八(ペロリと食えるP38)」とあだ名されていたのですが、皆さんご存知のように格闘戦を避け、高度差と速度差を利用して一気に高空から奇襲してカタを付ける方法に変えて、成功しました。(それよりも、レーダーや諜報で日本航空部隊の出方を事前によく察知して、余裕を持って行動した事も大きくプラスに働いたかな。)

ますます横道にそれますが、ある元零戦パイロットで小平好直という方は、「こっちが高度6000mで進撃すると、向こうは7000mで待ち構えていた。こっちが高度7000mで進撃すると、向こうは8000mで待ち構えていた。常に向こうはこっちの出方を知っていた」と語っています。(昭和19年6月のマリアナ沖海戦の頃の話。)

常に攻撃兵器の開発ばかりに血道をあげ、電波兵器や諜報を疎んじた日本の結末に、大事な教訓を感じ取ります。

>この本に出てますよ

投稿者: honkytonk_2002_x 投稿日時: 2003/03/01 19:51 投稿番号: [254 / 6952]
ああ、そうだったのですね。
ご紹介有り難うございました。
今度その本を探してみます。

官吏ではなく、高宗自身でしたか…。

>台湾統治がうまくいったのは

投稿者: honkytonk_2002_x 投稿日時: 2003/03/01 19:50 投稿番号: [253 / 6952]
ははあ、大変面白い考察ですね。

加えてですが、台湾では戦後の蒋介石政権時代の本省人に対する搾取・虐待と、それ以前の日本時代のコントラストが強烈だった事もあるのかなと、思いました。

>それぞれの感受性の違いに起因するといえるのかなあ。

なるほど、それは確かに大きいかもしれませんね。

井沢さんて・・・

投稿者: baggio_aug 投稿日時: 2003/03/01 09:47 投稿番号: [252 / 6952]
井沢さんて、時々馬鹿なことを書くね。

でも、日本人て殴られても、すぐに忘れてしまうような気もします。
例え話としては、良くわからないお話ですね。

おとぎばなし?

投稿者: jimuya1048 投稿日時: 2003/03/01 09:40 投稿番号: [251 / 6952]
…自copyです。
  むかし野育ちだが、いたって元気(やんちゃ)な少年がおりました。少し成長し、勉強もしたいと思いましたが、大先生の超名門校にはついていけません。そこで大先生の忠実な生徒である中学生を家庭教師につけました。
  やがてそこそこに知恵も付き、自我が芽生え、体も家庭教師以上に大きくなった少年は、大先生のいいなりでヒステリックな家庭教師と喧嘩しぶん殴って追い出したあげく、大先生の学校もやめてしまいました。
  殴られた元家庭教師は恨み骨髄でしたが、少年を名門校を落ちこぼれた奴と思うことで自らを慰めていました。
  ところが、少年はその後新興の学校に入りなおし、成長をとげ商売に成功し、元家庭教師の家の家業を乗っ取り、一時は大先生の学校の経営権すら手に入れようとするほどでした。
  しかも、その結果大先生の学校はボロボロになり、ようやく家業を回復した元家庭教師は、新興の学校へ少年のはるか後輩として再入学しなければなりませんでした。
  元少年は元家庭教師を殴ったことなど忘れてしまったかのように、先輩面をして「仲良くしよう」などと言ってきます。
  元家庭教師は、殴られ家業をつぶされた恨みを子々孫々まで伝え、金持ちの少年を
だましてでも金をせびってやろうと決心したのでした。

     脳天気な少年=日本
     家庭教師=朝鮮半島
     大先生の学校=中国
     新興の学校=欧米

教訓1   殴った奴は忘れても、殴られた奴は忘れない。

               あーコワ…

参考図書    「恨の法廷」井沢元彦

P38か

投稿者: yakuruto1 投稿日時: 2003/03/01 05:52 投稿番号: [250 / 6952]
山本長官撃墜機だな。
確かにゼロ戦より速いし複数機による一撃離脱戦法は有効だったみたいですね。

ゼロ戦

投稿者: J_Fooker 投稿日時: 2003/03/01 05:30 投稿番号: [249 / 6952]
>必死に「大した事ない」例を探す西洋人とかはいます

まあ、それとはちょっと違うのですが、先日英国で放送していたドキュメンタリーで、米軍の元パイロット(P38)の話が出ていました。
彼らによると、ゼロ戦の栄光の一部は、
「自分達(米軍)のミスで作られたもの」
だそうです。

要するに、P38を使ってゼロ戦とドッグファイトをやろうとしたことが致命的な失敗だったらしい。
彼らによると、開戦当初、米軍航空部隊の戦術は、第一次世界大戦の戦術思想から一歩も進んでいなかったのだそうな。

で、真珠湾攻撃の衝撃が、この認識を覆す契機になったらしい。

その後、米軍側がP38の距離と高度にかんする航続性能を生かした戦術を用いるようになると、ゼロ戦の優位は失われていったとのこと。
(私はこの辺のことは良く知らない。誰か詳しい人がいたら訂正してくださいまし)

P38の航続距離を飛躍的に伸ばしたのは、かのチャールズ・リンドバーグらしい。
「彼による改良がなければ、戦争はもっと長期化しただろう」
とは、元パイロットの述懐。

まあ、要するにゼロ戦は「パワーに負けた」と言ったところでしょうか。

>>裾野部分が一番重要

投稿者: daemon_tools 投稿日時: 2003/02/28 13:38 投稿番号: [248 / 6952]
>どなただったかの投稿で、面白いものがありました。
>李朝末期、ある西洋の公使がテニスをしていたら、李朝の官吏がやってきて、「貴方は何をしているのですか?」と問うと、「スポーツです」と答え>た。すると李朝官吏は、「そんな体を動かして汗を流す事なんぞは、下僕にでもやらせればいいでしょうに」


この本に出てますよ。

「韓国人、大反省」   1993年   金容雲   徳間書店
李朝末期に韓国を訪れた西洋人がテニスをしている姿を見て、時の皇帝高宗が、「なんと哀れなることよ、この暑い日に汗を流して体を動かすとは。下人にさせればよいものを・・・・』と言ったというエピソードがある。また、李朝時代の絵画には、むしろの上に横たわって長いキセルを口にくわえた両班が、稲穂を片付けて働く農夫の姿をぼんやり眺めている場面がよく見られる。このように労働を徹底して軽視した指導者たちの導く国のありさまはたやすく想像がつく。

台湾統治がうまくいったのは

投稿者: kuuboakagi00 投稿日時: 2003/02/28 13:37 投稿番号: [247 / 6952]
日本からやって来た役人や民間人が、ふんどし一丁で働く姿をみて、今までの清朝の役人とは違うということが分かってきたから、というのがありますね。特に高砂族たちの間で。

日本人は朝鮮でも同じようにはたらいたろうから、両地域での日本に対する感情の違いは、それぞれの感受性の違いに起因するといえるのかなあ。

>だいぶ解って来たんだぜ

投稿者: honkytonk_2002_x 投稿日時: 2003/02/28 13:28 投稿番号: [246 / 6952]
ははあ、なるほど。

さっきは私もマイナス面ばかり書きましたが、私に以前、親しかった韓国(本国)人技術者が、エンジニアの目で、問わず語りに「戦艦武蔵はすごい。あれだけの防御力を持ち、沈められるまであれだけ長時間持ちこたえたのには、驚く」と言っていました。

実は、彼の口から日本の兵器の名が出てきた事で最初は面食らったのですが、あらゆるものを冷静に客観的に見つめられる土壌が徐々に出来つつあるという事でしょうし、やはりクールな人はクールと言えるでしょうか。

蛮族のコンプレックスは

投稿者: chonkanchigaiyarodomo 投稿日時: 2003/02/28 13:27 投稿番号: [245 / 6952]
  今にはじまったことではない。

>裾野部分が一番重要

投稿者: honkytonk_2002_x 投稿日時: 2003/02/28 13:20 投稿番号: [244 / 6952]
それは、私も仕事を通して経験するなあ…。

経験を積んで、「体得」する事に価値を見出すか、見出さないか、ですかね。

よく司馬遼太郎氏あたりが引き合いに出す、日本の戦国大名と朝鮮の官吏の違いとして、前者は城の築造でもみずからモッコを担いで作業者達を鼓舞するが、後者ならそういう事は「卑賤」な行為として侮蔑する、と。まあ、文化の違いと言えば違いなのですが、一番オイシイ「上澄み」部分だけをそっくり貰ったところで、土台が脆弱だからある時ドドッと崩壊したりする。(ソフト的にもハード的にも。)

どなただったかの投稿で、面白いものがありました。
李朝末期、ある西洋の公使がテニスをしていたら、李朝の官吏がやってきて、「貴方は何をしているのですか?」と問うと、「スポーツです」と答えた。すると李朝官吏は、「そんな体を動かして汗を流す事なんぞは、下僕にでもやらせればいいでしょうに」と。さて、今はどれだけ意識が改革されているかは、分かりません。

さて、通信使の表現では、当時の風景の写実的表現は優れていますが、それを「犬にも劣る連中」と表現するあたり、やはり観念論の徒なんですよね。
実際に、何(誰)がどうしてどうなった(しかも、人も事象も変幻自在に変わる)、ではなく、「何(誰)とは、どういうものなのだ」という根拠のない「決め付け」なのですね。(もちろん、日本人にもそういう傾向は無きにしもあらずですが。)

まあ、それは朝鮮以外にも無い訳ではなく、例えば零戦(ゼロ戦)について、ごくたまに、今でも「日本人如きにそんな優れた飛行機を独自に設計できる訳が無い。きっと実際は大した事ない飛行機の筈だ。また、日本人が優れたパイロットになれる筈が無い」と、必死に「大した事ない」例を探す西洋人とかはいますが、通常は多くの民族が冷静に客観的な評価が出来るようになりますね。(ちなみに、西洋のゼロ戦オタクは、日本人の比ではない。恐ろしすぎ。)

でもさ

投稿者: chigaigawakaru 投稿日時: 2003/02/28 12:57 投稿番号: [243 / 6952]
最近の韓国の若い技術者はさ、その辺がだいぶ解って来たんだぜ。だからヤツらは「周辺技術の蓄積が全然違うから、日本には絶対に敵わない」って素直に言うんだよ。もっと上の世代、日本を良く知ってる世代も、やっぱりその辺の事情をわきまえてんだよ。

問題なのは中堅クラスの連中。もう全く使いモンになんねぇもの。ホント、バカ丸出し!この連中にゃ、ホトホト手を焼くんだ。

一事が万事

投稿者: baggio_aug 投稿日時: 2003/02/28 12:40 投稿番号: [242 / 6952]
一事が万事。
小事の積み重ねが大事に至る。
こういう考え方はあまり無いのかもしれません。

李舜臣の生き様でも、朝鮮人の行動原理が垣間見えますね。

http://www.geocities.co.jp/Milkyway-Orion/1553/AD16/syunsin.html
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