日韓歴史論争

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>リアルすぎるから!

投稿者: arcade10001 投稿日時: 2003/02/16 15:42 投稿番号: [40 / 6952]
関川   司馬さん自身の言葉ですけれども、自分が戦争体験を通じて感じたこと、とくに戦車隊に配属されてブリキでできたような戦車に乗せられて、なぜ自分はこういう戦車で死ななければならない事態に巡り合わせることになったのか、その答えを求めようとして小説を書いたのだと。そうして彼はそこで日本の近世の豊饒なおもしろさを十二分にえがき、明治以後も国民国家の完成する明治三十八年までは、緊張感高くけなげな歴史を持ち得たと書ききった。ところがその次の段階、なぜブリキの戦車に至る道を歩んでしまったかということを考える小説『ノモンハン』は結局お書きにならなかった。小説にするには生々し過ぎたのでしょうね。しかし対談ではかなり接近して語られていますね。ある意味では、逆に対談でエネルギーをこめて語り過ぎたから、小説はもういいと思われたのかも知れないと感じられるほどです。

http://bunshun.topica.ne.jp/jicho/sibataiwa/taiwa01.htm

装甲の薄い戦車に敵の弾が入ると、高速で戦車内を跳ね回り、中に乗っている人は
ミンチ状になってしまうと司馬さんは言っていました。そういう死体というか、肉片を見た記憶はあまり思い出したくなかったのでしょう。

リアルすぎるから!

投稿者: dondoko3jp 投稿日時: 2003/02/16 14:52 投稿番号: [39 / 6952]
書けないのは実体験が有って苦しくなるからです。http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=GN&action=m&board=1835161&tid=bbjgonkbc0obaa4kbboa4dea4ja1d&sid=1835161&mid=57&thr=57&cur=57

小説家なのですから

投稿者: baggio_aug 投稿日時: 2003/02/16 01:18 投稿番号: [38 / 6952]
小説家なのですから、軍人でも軍学者でもないのですからね。

秋山真之のエピソードについては、本の丸写しでも構わないと思います。
歴史小説は、大なり小なり、原典になるものがありますから。

ある意味、そのまま書いてくれているから時代背景がわかりやすい面があります。

それと陸軍についてお話をふったのは、軍事理論ではなくて、思考が朝鮮人と似ていると思ったからです。
ですので、戦術論については、ご勘弁いただきたいです。

坂の上の雲でおもしろいのは

投稿者: kuuboakagi00 投稿日時: 2003/02/16 01:07 投稿番号: [37 / 6952]
司馬が、秋山真之のエピソードをかいているところは、『秋山真之伝』を丸写ししているところがかなりおおいということです。


たまたまこの「真之伝」を、水道橋の丸沼書店で、見つけ、金がなかったので立ち読みしたのですが、まったっくの書き写しにびっくりしたことがあります。

その場に軍事関係の本を買いに着ていたらしい防衛庁の若い職員と立ち話になり、何だ、作家などと言うのはいいかげんだな、などとなった。

ただし、古い資料を整理してまとめてくれると言う意味では功績はあります。

ドイツ帝国陸軍

投稿者: baggio_aug 投稿日時: 2003/02/16 01:04 投稿番号: [36 / 6952]
個別の戦争の勝敗はあまり拘ってません。
ドイツ帝国陸軍を模範としたことや、山縣の存在は海軍と比較すると、陸軍の問題点を浮き彫りにしてると思います。

個人的には、長州藩は薩長連合前に有為な人材が亡くなりすぎたのが陸軍とっては不幸だったと思います。

坂の上の雲は

投稿者: kuuboakagi00 投稿日時: 2003/02/16 00:57 投稿番号: [35 / 6952]
十数回はよんでいるとおもいます。

司馬についていうと、司馬は昭和のことはかけませんね。視点がちがうのです。ノモンハンを書きたいと言っていたとのことですが。近時ソ連崩壊後現れたソ連側の新資料を読んだらどう思ったことか。

日本がこてんぱに負けたとされていたものが、ソ連側は日本にまさる損害をうけたとか(昭和史の論点・文春文庫)

意外にシンプルかも

投稿者: baggio_aug 投稿日時: 2003/02/15 21:58 投稿番号: [34 / 6952]
日本帝国陸軍を考えるきっかけになったのは、坂の上の雲です。
司馬遼太郎が簡潔に陸軍の不可思議さの原因を書いています。
海軍と陸軍の違いの参考になりました。
内容については、是非ご一読してはどうかと思います。
絶対正しいとは思いませんが、陸軍で山縣の存在が陸軍の将来に翳を残したのは事実だと思います。

そういえば、TRYの原作にも出てきてましたね。

昭和初期の日本陸軍を勉強

投稿者: kuuboakagi00 投稿日時: 2003/02/15 21:47 投稿番号: [33 / 6952]
するなら、5.15や2.26などをやるとおもしろいですよ。当時の旧陸軍も一言では定義できないほど複雑な存在。

それと『昭和史論争』という論争も日本の論壇で昭和31年にはじまりました。一応左派と反左派の論争です。

>足利義満

投稿者: honkytonk_2002_x 投稿日時: 2003/02/15 21:47 投稿番号: [32 / 6952]
然り、ですね。

足利義満は、非常に巧妙な事をする人物だったですね。
「国王」として冊封を受けても、「なあに、『王』なら『皇』の臣下という意味だし、構わんワイ。まあ、公卿あたりがイチャモンつけてきても、なにせワシは実質的ナ最高権力者だからナ。公卿連中もワシが生かしてやっておるようなものヨ」という彼なりの理屈で朝貢しましたし。そしてお説の通り、朝貢すれば、「臣下」の方が儲けが多い。いいビジネスです。(実際、中国は時折、「朝貢は程々にして欲しい」と、各国に要求した事もあるほど、「宗主国」中国には負担が大きいものだった。)
そして、「日本国准三后臣源道義」(道義は義満の法名)と称して朝貢。

江戸時代には、李氏朝鮮に対しては、「さて、どう名乗るべきかな。日本の最高権力者とはいっても、国王ではないし、かと言って、『将軍』では単なる軍司令官という意味だしのう。『大君』(たいくん)では朝鮮では単に王族の称号の一つだそうな」という事で、例えば苦し紛れに「日本国関白源吉宗」と名乗ったり、苦慮しています。
対馬藩主の宗氏が、将軍から朝鮮への書状に無理矢理「王」という文字を加えたとか加えなかったとかいうエピソードもあります。

そこへ、新井白石が、足利義満よろしく「なあに、『王』で宜しいではござらぬか。『王』なら主上(天皇)の臣下という意味になる。構いませぬ」という理屈で、以後徳川将軍は朝鮮への書状で、「日本国王源」と名乗り、朝鮮国王は「朝鮮国王李」と称し、対等の交流をします。

明治維新後、新政府から朝鮮への国書で「奉勅」とか「皇」という文字があり、朝鮮では「笑止千万!」と拒絶したのは有名な話。
日本では「天朝」とは天皇の政府であり(将軍の政府である幕府は「大公儀」と称し、文面では「天朝」の下に書かなくてはならなかった)、天皇の使者が「勅使」であっても、朝鮮では「天朝」とは北京のアイシンギョロ氏の政府であり、「勅使」とは北京からの使者でしたしね。

>答えになりますでしょうか?

投稿者: baggio_aug 投稿日時: 2003/02/15 21:20 投稿番号: [31 / 6952]
ありがとう。
日本では平安時代末期の資料ですね。
関係資料を見たことはありませんが、お話にはよく出てきますね。

日本書紀や古事記にも、あやしい話は多いですからね。
三国史記に誤りがあったとしても、仕方ないことだと思います。

根拠の無い自尊心は、旧日本帝国陸軍にも共通していますね。
昭和初期の日本と現在の韓国を対比すると、共通点は多いかもしれません。

社会背景とかは似ているかもしれませんね。
持たざる国だった日本と、遅れて成長した韓国。

少し調べてみます。

答えになりますでしょうか?

投稿者: nobuo_shoudoshima 投稿日時: 2003/02/15 21:06 投稿番号: [30 / 6952]
朝鮮半島最古の史料は1145年の三国史記です。

従って、それより古い時代は中国や日本の史料に準拠せざるを得ないのですが、日本の史料を参照した場合、朝鮮人の根拠の無い自尊心を傷つける内容を避けて都合の良い記述だけを採用しようとするのでかなり無様な解釈になりますね。

まともな

投稿者: bianchi20022002 投稿日時: 2003/02/15 20:49 投稿番号: [29 / 6952]
レスでもしてから言ってみれば?

まともな返事しか

投稿者: baggio_aug 投稿日時: 2003/02/15 20:25 投稿番号: [28 / 6952]
まともな返事しか相手にしないからね。

>根本的な疑問

投稿者: bianchi20022002 投稿日時: 2003/02/15 20:20 投稿番号: [27 / 6952]
>また、後漢からの日本に贈られたのは金印で、当時の朝鮮半島には金印を贈られていないので

そりゃそ−だろ?わざわざ「あっち」の方からお手もみ外交で朝貢しに来るどっかの国と違って後漢の領土(遼東・玄菟など)侵略しちゃってんのにだれが金印なんぞくれるんだよ?(爆
それと韓と倭の差は単なる人口の差。

>いつも日韓の歴史論議には、中国を巻き込んだ議論になるのは、何故だろう?

って、君がやってんじゃん?(猛爆

>勿論、日本側から提起しているわけではないが、何故だろう。

ギャハハハハハハハハッハハハ!!!!!!

しかし、これ

>後漢からの日本に

一字多くない?

これは

>明に臣従したの事実だし

一字足らなくない?

これも

>朝鮮半島には金印を贈られていないので

おかしくない?

日本語大丈夫ぅ??????(猛爆

根本的な疑問

投稿者: baggio_aug 投稿日時: 2003/02/15 19:05 投稿番号: [26 / 6952]
いつも日韓の歴史論議には、中国を巻き込んだ議論になるのは、何故だろう?
勿論、日本側から提起しているわけではないが、何故だろう。

また、後漢からの日本に贈られたのは金印で、当時の朝鮮半島には金印を贈られていないので、序列も定まっていることだと思います。
(当時は、金銀銅の印でランク付けされてた)
歴史上の優劣は比較時期で変わることだし。

義満が形の上だけでも明に臣従したの事実だし、遣唐使廃止後ほぼ日本が中華圏から自立していたのも事実と思います。

日本と韓国の歴史は、中国からの判定をもらわないと語れないものなのだろう?

足利義満

投稿者: monocordo 投稿日時: 2003/02/15 13:16 投稿番号: [25 / 6952]
彼が中国から日本国王として冊封を受けたのはその通りだが、それは貿易をする際に、朝貢という形をとれば貿易の費用が全て中国の負担となったため、日本にとって有利だったからだ。韓国のように実質的にも属国となったわけではない。

>歴史教科書は

投稿者: japanese_great_history 投稿日時: 2003/02/11 22:53 投稿番号: [24 / 6952]

>歴史教科書の問題は、韓国側がずっと代表を決められずにいるんです。みんながみんな、「本当のことがわかると韓国内から裏切り者って呼ばれる」からだそうですよ。産経新聞にのってました。


さすがは産経新聞。そういう状況とは知りませんでした。

てっきり韓国から筋金入りの反日歪曲歴史家がやってくるものと思っていましたが、やはりエリート層は実態を知っているのですね。
この点だけは、韓国の歴史家の方が日本人の反日歴史家よりも優秀だと思いますが、自国民に嘘をつき通しているというのは人が悪いですね。

いつまでこんな歪な状態が続くのでしょうか?


歴史教科書は

投稿者: toshikun_ca 投稿日時: 2003/02/11 03:59 投稿番号: [23 / 6952]
歴史教科書の問題は、韓国側がずっと代表を決められずにいるんです。みんながみんな、「本当のことがわかると韓国内から裏切り者って呼ばれる」からだそうですよ。産経新聞にのってました。

あの話題・・・・は今?

投稿者: osakatokyo60m 投稿日時: 2003/02/11 00:34 投稿番号: [22 / 6952]
歴史教科書問題ってどうなったのでしょう
たしか・・・・
日韓両国から歴史の専門家を招いて
討議するとかいっておきながら
全く情報がありませんが・・・・・?

なるほど

投稿者: honkytonk_2002_x 投稿日時: 2003/02/10 19:51 投稿番号: [21 / 6952]
>日本への誇示であれば、日本人の半島へ渡航禁止政策と整合性が取れません。

なるほど、確かにそうですね。
お返事有り難うございました。

>>冊封

投稿者: baggio_aug 投稿日時: 2003/02/10 19:13 投稿番号: [20 / 6952]
日本への使者は臣従の為ではなく、日本への気配りなのではないですか?

日本への誇示であれば、日本人の半島へ渡航禁止政策と整合性が取れません。

日本からの使者は来ないわけですから、日本と友好関係を結ぶ為には、半島から使者を出すしかありません。

そのためのご機嫌伺いの使者と考えるのが妥当ではないかと思います。

まぁ、まぁ…

投稿者: yamattai 投稿日時: 2003/02/10 12:07 投稿番号: [19 / 6952]
  何も、論争だからといって、相手を蔑み罵倒するのが目的ではないでしょう?。
  DNAだかの研究では、日・中・朝(敢えて韓は使わない⇒理由があります)は、割合こそ異なりますが、血縁関係を否定できない、とか。
※言語も異なると一般的に認識されていますが、そうでもなさそうです。別トピの≪社会科学・言語学・日朝両言語姉妹言語論≫で討論投稿が為されています。
※中国正史・後漢書、魏志(韓傳)倭人伝、隋書、の記載は、朝鮮半島南部は倭人の國、と明記されています。『狗邪韓國⇒九倭韓國』の倭人の弁の聞き取りが書きであろうと、思います。正史の冒頭記述は、一貫して『倭人在帯方東南大海之中…』⇒『倭人は帯方郡の東南(半島東南部)と大海之中とに在り…』です。
※檀君神話も金首露王神話も、どちらも、異民族社会に降臨して支配態勢を造ったとしています。即ち、倭人社会に降臨していて、倭人は退却して現代に到っているのでは…。
  以上、客観的科学的考察に基づく、福島雅彦説でした。
  尚、イデオロギー論争、軽蔑合戦、優越合戦などには、一切応答しません。
  真摯な論争を望まれる方は、本名掲示でお願いします。

>冊封

投稿者: honkytonk_2002_x 投稿日時: 2003/02/10 09:50 投稿番号: [18 / 6952]
史書で残っている限りでは、中国の皇帝によって爵位その他を授けられたのは「倭王武」(雄略天皇と考えられる)が最後で、聖徳太子の頃には隋の煬帝に対してこちらからタメグチをきいているのが「隋書」で分かりますね。

>>そして紱川によった紱川幕府時代にも島国日本の支配者たちとして幕府の将軍たちは朝鮮と中国の明に自分たちが島国日本の国王の資格を持つ支配者という事実を通報して認められたのだ.

>江戸幕府はほとんど明・清政府には使者を送っていませんよ。
もちろん、冊封の使者もきていませんよ。

前述の「倭王武」以降は天皇は中国皇帝には「臣従」しておらず、将軍足利義満が明の建文帝(恵帝)から冊封され、「日本国王」の称号を得ています。

江戸時代には、徳川将軍は「日本国王源」と名乗り、朝鮮国王は「朝鮮国王李」と名乗り、呼びかけとしては「日本国王殿下」「朝鮮国王殿下」でした。
最初は将軍の肩書きを文面でどうするかで、苦慮したようですね。「将軍」では単なる軍司令官という意味ですし、「大君」では朝鮮の王族にも用いられる称号ですし。
そこで、新井白石の拡大解釈として、「『王』は『天皇』よりも格下の称号だから、別に対外的に『王』と名乗っても構わない」という事になったようです。

>江戸幕府が陪臣(下級官吏)を朝鮮に送っているとは言えます。
但し、朝鮮からは将軍就任祝いの使者として直臣を派遣しています。

そうですね。

また、明治維新後、日本からの文書の中に、「皇」とか「奉勅」という文字を見て、朝鮮側が呆れたというのは、有名な話ですね。
日本では「天子」とは天皇であり、「天朝」とは天皇の朝廷ですが、李朝では「天朝」とは北京の清朝政府であり、「天子」とは清朝の皇帝でした。
中国では皇帝は黄色い服を着ますが、李朝では中華文明での規則を忠実に守り、王は赤い服を着ました。また、龍の絵柄なども中国に遠慮して、主に鳳凰を使いました。

>>五百人もの使者を就任祝いに派遣しているのですから、少なくとも朝鮮側が日本に低姿勢で国交を持っていたと考えられます。

この辺は、「意識」としてはどうだったのかは興味深いところで、自らの「威容」を見せ付ける為に500人もの使者を江戸まで参向させていたのか、それとも実際に低姿勢だったのか、どうなのでしょうね。

ソウル

投稿者: nanairokamen03 投稿日時: 2003/02/10 05:49 投稿番号: [17 / 6952]
台北の空港では行き先『漢城』と表示されてます。中国、台湾の地図でのソウルの表記はどうなっているのでしょうか。漢字の表記がなければ(盤谷)バンコクのように当て字をうまくしているのですがそのようなものはないのでしょうか。識者の教示をおねがいします。

伝統的属国、良く言うよ!

投稿者: pzc2544 投稿日時: 2003/02/09 10:04 投稿番号: [16 / 6952]
あんたは、韓国の国定教科書を、読んで日本は、朝鮮半島の、文化又流民の流れで出来た属国じゃないかと言うが、その朝鮮は、李朝以前千年も、支那帝国に、柵封された朝具国で国の都も、支那王から命名された「漢城」を名乗り、川の名も「漢江」これじゃ、属国も良いところ、その国の属国と言うわけ、日本併合で、京城になり、戦後ソウルに、なった事も、図書館に、行き外国人が、書いた歴史書を、勉強して投稿しなさい・・

在日PART2

投稿者: compashg 投稿日時: 2003/02/08 20:31 投稿番号: [15 / 6952]
  つづきです。(あなたがこの日本で傷つけられたとしても)あなたとあなたの属する民族や国家のためになりません。

在日?

投稿者: compashg 投稿日時: 2003/02/08 20:24 投稿番号: [14 / 6952]
  うーん。だいぶ日本人が嫌いなようですな。アタマに来る事もあるでしょうが、今一度日本と韓国の歴史をしっかり勉強してみてはいかがでしょう。日本と韓国は近いですが、全く別の文明圏にあり、物の考え方から宗教まで全然異なりますから、まずそれを認識したうえでなければ怒っても無駄です。日韓の歴史、文明、文化を氷のような冷たいな目でながめ、その上で不当な部分を指摘するのが、あなたのためにも良いのではないでしょうか。あなたのこの文章は何国人がみても、儒教的偏見とそれに伴うコンプレックスに満ちています。あなたも解っているでしょう。一時の感情に身を任せ、このような他を侮辱するためだけの文章をのせるのは→つづく

ばーーーか

投稿者: nago3 投稿日時: 2003/02/03 08:49 投稿番号: [13 / 6952]
あのさあ、日本人に喧嘩を売るために
来たんだったら、2chで好きなだけ
やってくれる?

君と頭のデキが同じ程度のイカレた奴らが、きっと
暖かく迎えてくれるよ。
さあ、レッツゴー(笑

http://ex.2ch.net/korea/

>伝統的属国と属国民としての日本と日本人

投稿者: tttsjp 投稿日時: 2003/02/02 09:45 投稿番号: [12 / 6952]
何を言おうが、日本には関係のないことばかりですね。   そちらの勝手な思いこみでしょう。
  日本は、中国や朝鮮がどうあれ全く関係ない独立国家ですからあしからず。

  他国を見下ことでしか誇りが持てないとしたらそれは悲しいことですね。
  自らの劣等性を証明しているようなものです。

冊封

投稿者: baggio_aug 投稿日時: 2003/02/01 19:04 投稿番号: [11 / 6952]
>そして紱川によった紱川幕府時代にも島国日本の支配者たちとして幕府の将軍たちは朝鮮と中国の明に自分たちが島国日本の国王の資格を持つ支配者という事実を通報して認められたのだ.

江戸幕府はほとんど明・清政府には使者を送っていませんよ。
もちろん、冊封の使者もきていませんよ。

朝鮮との関係も、釜山近辺に対馬藩の藩士が常駐しました。
江戸幕府が陪臣(下級官吏)を朝鮮に送っているとは言えます。
但し、朝鮮からは将軍就任祝いの使者として直臣を派遣しています。

五百人もの使者を就任祝いに派遣しているのですから、少なくとも朝鮮側が日本に低姿勢で国交を持っていたと考えられます。

まぁ なんだな

投稿者: imperial_godwind 投稿日時: 2003/02/01 18:34 投稿番号: [10 / 6952]
いろいろ書いているけどね(笑)

だから   どーなの(笑)

何を言っても   国力は   日本のほうが   上   (笑)

経済力も   軍事力も   (笑)

あっ   それと   ノーベル賞の数も   日本が上   (笑)

まぁ   なんだな

しょせん   負け犬の   とーぼえ   (笑)

がんばって   わんわん   吠えな   (笑)


  あっ   それから   davidpkjpさん

あんた   在日だろ   韓国や北朝鮮から   みたら

俺たちと同じ   チョッパリなんだよ

日本人とおなじ暮らししているからね

半チョッバリ   なんだぜ   祖国から   そんな風に   見られているの   知らないの   (笑)

>伝統的属国

投稿者: bibimppap 投稿日時: 2003/02/01 17:08 投稿番号: [9 / 6952]
>即ち, 島国日本と日本人はこのように胎生的に韓国と韓国人によって形成された歴史と人種自体が伝統的韓国の属国と属国民なのだ.

んなら併合しても文句言うな(爆)。

ちゅうか、それ以前に同じ民族がなんで違う系統の言葉話すんや。

おいおい 伝統的属国は どちらだい(笑)

投稿者: imperial_godwind 投稿日時: 2003/02/01 16:56 投稿番号: [8 / 6952]
まあ   いろいろ   書いているね

おいおい   伝統的属国は   どちらだい(笑)

日清戦争の下関条約を   知っているかい(笑)

清朝中国に日本が李氏朝鮮が独立国家であることを
認めさせたんだよ

つまり   それまでは   李氏朝鮮は   中国の属国だったんだよ

   知ってたかな(笑)

ちなみに   成立は1392年

ほんでもって   大日本帝国に1910年   併合されたよ(笑)

問題は、当時の韓国

投稿者: hotelarian 投稿日時: 2003/02/01 16:38 投稿番号: [7 / 6952]
<1401年に中国の明に使臣を派遣して自分自身が島国日本の国王の立場というのを表明した

  頃、韓国は何をしていたのですか?日本では、室町文化が輝いていました。

<紱川によった紱川幕府時代にも島国日本の支配者たちとして

  いた頃、韓国は何をしていたのですか?
日本は統一されて、300年続く安定した国になりつつありました。

れ:伝統的属国

投稿者: jaway 投稿日時: 2003/02/01 15:09 投稿番号: [6 / 6952]
>伝統的属国

日本は「出藍の誉れ」「蓮の花」と言う事ですね。

韓国が兄国であると自認するのであれば、まずは日本を祝福すべきでしょう。
日本に寄生する様な行為を継続しいる限り、敬意は得られません。

伝統的属国と属国民としての日本と日本人

投稿者: davidpkjp 投稿日時: 2003/02/01 14:29 投稿番号: [5 / 6952]
島国倭(日本)と倭人(日本人)は神国と神国民して万歳ー家,万歳ー係の天皇家と天皇家の子孫たちだとそんな狂乱的迷信と妄想に基づいた憎らしい皇国史観に完全に洗脳された倭奴たちがいる.

こんな倭人たちの特技が直ぐ正しい歴史を勝手に歪曲して美化する汚い島国根性なのだ.

こんな倭人たちだから古代の歴史から始めて韓国と韓国人によって島国倭と倭人たちの歴史, 文化, 人種が始まったという事実を隠して偽装しながら汚い島国特有の歴史歪曲と美化の犯罪を恣行しながら狂乱的な 皇国史観に暴れるようになるのだ.

それで現在島国日本の昔の名前として倭という名称と倭人たちは韓半島の古代王国, 加耶と加耶人が九州に渡が立てた地方政権だった事実また隠して偽装するのだ.

即ち,古代韓国と韓国人が島国倭の未開な原住民たちを征服して立てた国と人種が現在島国日本と日本人に形成されたのだ.

即ち, 島国日本と日本人はこのように胎生的に韓国と韓国人によって形成された歴史と人種自体が伝統的韓国の属国と属国民なのだ.

そしてチョッパリ,島国倭(日本)と倭人(日本人)の歴史は中世まで中国の中和思想というの秩序で完全に関係ないまさに神国と神国民の歴史は決してないのだ.

そして島国倭と倭の朝廷は絶えず中国の王朝たちを向かって朝貢したのだ.

A.D.15世紀の室町幕府の時代に将軍,義満は,1401年に中国の明に使臣を派遣して自分自身が島国日本の国王の立場というのを表明した,

中国の明皇帝はその翌年,1402年に明皇帝の使節の国書で公式的に彼(義満)を島国日本の国王に冊封した事実を通報したのだ.

そして彼(義満)は明に朝貢をして島国日本の支配者という事実を明皇帝の権威によって認められたのだ.

義満が死んだ後,彼の息子,将軍,義持も1408年に明皇帝,成祖によって島国日本の国王に冊封されたのだ.

そして紱川によった紱川幕府時代にも島国日本の支配者たちとして幕府の将軍たちは朝鮮と中国の明に自分たちが島国日本の国王の資格を持つ支配者という事実を通報して認められたのだ.

だけどこんな明らかな事実をチョッパリ,島国倭(日本)の皇国史観に完全に洗脳された倭奴たちが歪曲しながらまるでチョッパリ,島国倭と倭奴たちは歴史以来に完全に中国大陸と韓半島の韓民族とは関係ない完全に独立的で独自的の国家と人種としてのチョッパリ,島国日本の歴史を持っていたかのように狂乱的に美化しながら暴れるのだ.

こんな歴史と人種自体が歴史以来に伝統的属国と属国人としてチョッパリ,島国倭と倭奴たち!!

分かるのか?

無知で愚かな哀れな倭奴たち!!

歴史認識

投稿者: chikiload1 投稿日時: 2003/01/30 23:11 投稿番号: [4 / 6952]
<チマチョゴリ>東京朝鮮高生が登校中車内で切られる
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20030131-00002074-mai-soci

>校長は「日本社会が正しい歴史認識を共有していないから、被害に遭う。」と話した。

日韓だけで歴史観をすり合わせても、

投稿者: japanese_great_history 投稿日時: 2003/01/30 20:26 投稿番号: [3 / 6952]

世界での解釈は変わらないよ。朝鮮半島を近代化させたのは日本であるというのが、事実であるし、すでに世界中の共通認識ですから。

「我々(韓国)の歴史は大国に翻弄され大変だったけど、これから頑張って素晴らしい歴史を刻んでいこう!」って言ったほうが、よほど爽やかで、好感持てるのにね。

歴史を捏造・曲解して国民に信じこませ(そんなことしても、世界では通用しないのに)、間違いを指摘されると相手を罵倒しているようでは、世界の笑い者になってしまいます。

金日成みたいなニセモノが国家元首になってしまうような民族性だから、仕方ないのかな?

韓日歴史論争

投稿者: nihtegale0000 投稿日時: 2003/01/30 19:54 投稿番号: [2 / 6952]
って言わないと、またキティが騒ぎますよ(笑)

日韓歴史論争

投稿者: ryuckel 投稿日時: 2003/01/30 05:59 投稿番号: [1 / 6952]
韓国は日本が歴史を歪曲していると糾弾するが、日本は言論や思想の自由があるので、いろいろな歴史評価が存在するのだ。

韓国にとって歴史は民族的自尊心を満たすよりどころとなっているので、悪かったことは他者に、良かったことは自らに原因を置く傾向があり、歴史を歪曲している。

韓国は歴史を正当に評価し、歴史の真実を見直すべきだ。
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