竹島

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Re: 隠州視聴合紀:竹島松島を隠州に含むか

投稿者: te22200 投稿日時: 2007/11/19 09:23 投稿番号: [16005 / 18519]
(前の記事から続く)

(puracyaka2007さん:15979)>>>
竹島松島が隠岐国でないから日本領でないとすると、海外渡航禁止令とどう整合を付けるのかさっぱりわかりません。尤も、隠岐国でなくても日本領という考えは成立の余地はありますが。
<<<


「隠岐国でなくても日本領という考えは成立の余地はあります」と認めながら「さっぱりわかりません」と述べるのは矛盾してます。

あと、私に基本的な知識が無いので純粋に質問なのですが、上で「海外渡航禁止令」と呼んでいるものは何年に出されたどういう命令のことを指しているのでしょうか。


(puracyaka2007さん:15979)>>>
一般的な考えはどうだっかと言われても、資料的に明確なものはありませんから、どこまでいっても推測の域を出ません。ただ、後年に隠岐国松島とか隠岐国竹島という資料がある以上、隠州視聴合紀の書きぶりだけで竹島松島を隠岐国外とするのはかなり無理があると思うのですよ。
<<<


「隠州視聴合紀の書きぶり」だけを見ると竹島松島を隠岐国外とする解釈が有力であることは認めるけれど、他の要素を考えるとそれを最終的な結論にすることはできない、ということでしょうか。

当初のpuracyaka2007さんの主張は、以下のように「隠州視聴合紀の書きぶり」だけ見ても竹島松島は隠岐国というものだったように思うのですが。

(#15781:puracyaka2007さん)>>>
竹島・松島が隠州の内か外かですが、これは内だと思います。内でないなら、そもそも言及する必要すらありません。ましてや、アザラシがいるだの五十猛がどうのという講釈を試みているのですから。
<<<

そういえば   #15877には結局お答えいただけませんでしたね。



(#15985:puracyaka2007さん)>>>
同時に隠州視聴合紀についても、著者である齋藤豊仙の意図は別として、隠州視聴合紀を読んで赤水が鬱陵島までを日本領と考えたのはほぼ間違いありません。
<<<


赤水図については詳しくないのですが、puracyaka2007さんの議論は「松島、竹島の所属については隠州視聴合紀以外の情報に基づいた」という可能性を無視していますね。それは大丈夫なのでしょうか。

Re: 隠州視聴合紀:竹島松島を隠州に含むか

投稿者: te22200 投稿日時: 2007/11/19 09:21 投稿番号: [16004 / 18519]
puracyaka2007さん

(puracyaka2007さん:15979)>>>
>「隠岐古記集においては竹島松島を隠岐国内としている。従って、竹島を日本領と考えている」

こちらですね。
<<<


了解しました。
すると「隠岐古記集において竹島松島を隠岐国内としている」と解釈する根拠については、#15961で特に説明していないということですね。
であれば、私も特にコメントはしません。


(puracyaka2007さん:15979)>>>
「(A)を排して(B)を選ぶという選択は考えられません。」と言っても、(A)か(B)か決定できないということでしょう。
<<<


この辺り、puracyaka2007さんと私の感覚には、相当大きな隔たりがあるようです。
#15949 に書いた(A)と(B)を再掲します。


(#15949:te22200)>>>
私には、国代記で竹島松島が隠州に属すか属さないかは、次の二つのどちらを解釈として選ぶかという問題だと思えます。

==================================== =
(A)竹島松島は隠州に属さないと考えられており、次のような単純で分かりやすい構成をしている。

・位置と名称
・構成要素
・国府
・周囲との位置関係

==================================== =
(B)竹島松島は隠州に属すると考えられているが、以下のように誤解を招く要素をいくつも持った拙劣な構成で論理的にもやや変な文章である。

・冒頭で構成要素として島前島後だけを挙げている。
・隠州周囲の外部の土地を説明する記述に続けて、同じ形式で竹島松島を紹介している。内容が外部の土地の説明から、隠州内の土地の説明に180度変わっているにも関わらず、内容が変わったことの説明は全くない。
・更にその記述は、「隠州の北西に竹島松島がある」と読める。
・竹島の物産については割注に書くだけで、後の隠岐島の貢納品を説明した個所では全く触れない。

==================================== =
<<<


この表現を見比べて下されば分かると思うのですが、(B)の解釈は極めて不自然であり、余程特別な理由が無い限り(A)の解釈をすべきだというのが私の考えです。「余程特別な理由」としては、例えば別の史料から「竹島松島が隠州に属するという考えが当時の出雲藩の中では一般的だった」ということが証明されるような場合が、強いて言えばあり得ますが、そのような証明は今のところ成立していませんね。

(B)の解釈の不自然さというのは極めて甚だしいものであり、puracyaka2007さんのおっしゃる「後年に隠岐国松島とか隠岐国竹島という資料がある」という程度のことでは「余程特別な理由」には到底ならないというのが、私の感覚です。

(続く)

竹島の車窓から 2 鳥取砂丘

投稿者: senkaku_islands 投稿日時: 2007/11/18 21:12 投稿番号: [16003 / 18519]
毎週末は『竹島の車窓』からを掲載して、平日は通常通りの資料掲載をします。

さて、掲題の件ですが、「竹島の車窓から」その2・鳥取砂丘を掲載します。
http://www.geocities.jp/tanaka_kunitaka46/trip2007/index.html
頂上に登ったら、見た目70代の古老がいて、色々聞きました。当日は快晴だったにも関わらず、大山は薄く見える程度で、隠岐にいたっては全く見えませんでした。快晴でも塵が大気中に多くあれば、視界は狭まるのは当然ですね。


「竹島の車窓から」エンディングテーマ
http://www.youtube.com/watch?v=zGK-gGtDIT0
http://www.youtube.com/watch?v=RSFdhlL6v5E

Re: 亜細亜小東洋図の意味について

投稿者: puracyaka2007 投稿日時: 2007/11/18 16:21 投稿番号: [16002 / 18519]
puracyakaです。前回の続きになります。
「改正日本輿地路程全図」は長久保赤水の手によるものですが、同じ長久保赤水による亜細亜小東洋図初刊本の発見により、長久保赤水が竹島・松島を日本領と考えていたことが明らかとなりました。長久保赤水は大日本史の編纂にも関わっていますが、大日本史で竹島・松島を隠岐国として扱ったこととも見事に符合します。割り符を合わせるようとはまさにこのことでしょう。
半月城氏は次のようにも述べています。
http://www.han.org/a/half-moon/hm095.html
  ”さらに、江戸時代後期を代表する地図としては、一七七八(安永七)年に官許を得て半世紀にわたりたびたび発刊された長久保赤水の日本地図があげられる。この地図は、日本領を色分けするに際して松島、竹島を朝鮮領同様に無着色のままにした。たとえば、初期の安永八(一七七九)年『改正日本輿地路程全圖』(14)や、晩期の天保四(一八三三)年『新刻日本輿地路程全圖』第四刻などである(15)。
  これらは幕府の官許を得ているので準官撰地図といえるが、そこにおいて松島、竹島の両島は朝鮮領と認識されていたと見なされる。”
  長久保赤水自身の考えが明らかとなった今となっては全く馬鹿馬鹿しい主張と言わざるを得ません。

亜細亜小東洋図の意味について

投稿者: puracyaka2007 投稿日時: 2007/11/18 06:47 投稿番号: [16001 / 18519]
puracyakaです。
亜細亜小東洋図の意義について私が思うところを述べます。
亜細亜小東洋図について半月城氏は次のように発言しています。

11.邑南で韓国主張覆す竹島地図見つかる
  山陰中央新報、2007.7.4
  島根県邑南町で見つかった「亜細亜小東洋図」の日本周辺部分。「ヲヤ」と表記された
隠岐島の北西にある、現在の竹島を示す「松シ」(松島)と鬱陵島を示す「竹シマ」(竹
島)に、日本領を表す茶色の彩色がある
【コメント】ほとんどの日本全図で松島と竹島は常に一対です。地図上の松島(竹島=独
  島)が日本領なら竹島(欝陵島)も日本領と考えられます。ただし、官撰地図でない私
  的な地図は無責任であり、領有権の判断にはほとんど無価値です。
半月城通信<最終報告書の明治初期地図、舩杉氏への批判>
http://www.han.org/a/half-moon/hm128.html

  一方で、”改正日本輿地路程全図について「なお、赤水日本図については他にも次のような指摘があります。「この地図は、日本領外とする『隠州視聴合紀』の影響を受けたのですが、各藩を色分けするに際して松島、竹島を朝鮮領同様に無着色のままにしました。これは幕府の官許を得ているので準官撰地図といえますが、そこにおいて松島、竹島の両島は日本領外とみるのが適切です」(内藤・朴、2007年)」”http://www.pref.shimane.lg.jp/soumu/web-takeshima/takeshima04/takeshima04-1/takeshima04-e.htmlと述べています
また、次のようにも述べています。
”下條氏は『隠州視聴合記』において斉藤豊宣が竹島・松島を日本領に解釈していると
断定していますが、これは我田引水のようです。池内敏氏の詳細な研究によれば「この史
料(『隠州視聴合記』)をもって、竹島/独島が当時の日本の版図から外れたものと認識
されていたとするのは妥当(注6)」とされるからです。この池内氏の論文に対し、下條氏
からの反論はまだないようです。
  長久保赤水は下條氏も認めるように『隠州視聴合記』を踏襲しているので、当然、赤
水も斉藤豊宣同様に竹島・松島を日本の版図外と認識していたということになり、下條説
は成り立ちません。”
http://www.han.org/a/half-moon/hm126.html

  さて、亜細亜小東洋図は赤水存命中の1789年刊の初版本でも竹島・松島を日本と同色に塗っており、赤水が竹島・松島を日本領と考えていたことは議論の余地はありません。また、これにより改正日本輿地路程全図の竹島松島も日本領として記載されたことが確認できたわけです。
  さらに、今度の発見は隠州視聴合紀の解釈にも影響を与えるのは明らかです。長久保赤水は農民出身ながら徳川治保の侍講を勤めたほどの人物で、学識は折り紙付きです。いくらなんでも現代の歴史学者よりは江戸時代の文献読解力は上でしょう。その長久保赤水が
隠州視聴合紀を読んだうえで竹島・松島が日本領と判断したのですから。結論から言えば、下条説が正しかったということになりそうです。

以上、今回の発見の重要性は認識して頂けると思います。

『寰瀛水路誌』 文章起し

投稿者: senkaku_islands 投稿日時: 2007/11/17 17:32 投稿番号: [16000 / 18519]
来年の北京オリンピックで日本女子バレーは見れるのでしょうか。
http://sportsnavi.yahoo.co.jp/other/volley/beijing/wc2007/data/w_standing.html
今回の試合でオリンピックの出場権を逃しましたが、来年春にあるアジア予選兼世界最終予選で切符を手に入れるしかありません。今日はサッカーでまたオリンピック予選がありますね。集中治療室で頑張っているオシム監督にグットニュースをプレゼントしたいです。
http://sportsnavi.yahoo.co.jp/soccer/japan/beijing/pre/data/m_result.html
グループCで現在2位。1位で突破しないと出場権は得られないので今日の試合は勝たないとダメです。


さて、掲題の件ですが、下記に『寰瀛水路誌』を掲載します。
http://www.tanaka-kunitaka.net/senkaku/kaneisuiroshi-1886/
爾勒里岩
この岩は北緯25度55分、東経124度34分の処にありて、一礁脈より聳起して海面上に1700尺の高さに達し、其状嶮険峻にして各側概ね削壁をなす。而(しか)して稍々隔つる処より之を望むときは、その形装帆せる矮船の如し。


聳(ショウ・シュ、そび・える)
嶮(ケン、ゲン、けわ・しい)
http://dic.yahoo.co.jp/dsearch?dtype=2&p=%B8%B1%BD%D4
稍(ショウ・ソウ、ようや・く、やや)
矮(ワイ・アイ、ひく・い)


http://www.tanaka-kunitaka.net/senkaku/
(後日転載予定)

next, coming up
『中華民国年鑑』台湾でGET予定
『Atlas of Japan』91folder
『殊域周咨録』1582 31
『広輿図』 34
『日本外交文書』 18巻 534-5、573-6
『日本外交文書』 23巻 531、532、574-5
『日本水路誌 第2巻』
『淡水庁誌』
『厦門志』
『台湾府志』
『日本水路史』海上保安庁S46   160-161
『鬱陵島』 朝鮮総督府作成 大正8年
『続修台湾庁志』
『寰瀛水路誌』(文章起し中)
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?action=m&board=1835396&tid=cddeg&sid=1835396&mid=15820
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?action=m&board=1835396&tid=cddeg&sid=1835396&mid=15982


11月の尖閣/竹島掲示板エンディングテーマ
「小泉純一郎」
http://www.youtube.com/watch?v=AzP6ylKb8VA
http://www.youtube.com/watch?v=L2LXWF9g09o
http://www.youtube.com/watch?v=Z1YZXjd3Pec

亜細亜小東洋図について

投稿者: puracyaka2007 投稿日時: 2007/11/17 10:21 投稿番号: [15999 / 18519]
神戸大学住田文庫にデジタル画像がありました。
http://www.lib.kobe-u.ac.jp/directory/sumita/5C-121/basic/5C-121_16.html
天保6年の復刻版です。

Re: 日本海→「東海」表記のパンフ 国連で

投稿者: hisatukai 投稿日時: 2007/11/17 09:20 投稿番号: [15998 / 18519]
>国連の日に行う事務総長主催のコンサートは毎年開催される恒例行事で、>今年は加盟192カ国の大使や外交官ら約1600人が出席した。今年1>月に事務総長に就任した潘氏の意向で、ソウル市交響楽団が公演を行い、>ソウル市と韓国国連代表部がコンサートを後援した。

耳の肥えた加盟192カ国の大使や外交官ら約1600人に対し、何と「ソウル市交響楽団」なる三流楽団の演奏鑑賞を強要したんだとよ。
「田舎モンガ」と裏で嘲笑されているのが解らんのか。

日本海→「東海」表記のパンフ 国連で配布

投稿者: llluruurulll 投稿日時: 2007/11/17 08:58 投稿番号: [15997 / 18519]
日本海→「東海」表記のパンフ   韓国が国連行事で配布

  10月24日の「国連の日」に米ニューヨークの国連本部で行われた潘基文事務総長主催のコンサートで、日本海を「東海」などと表記した英文パンフレットが式次第とともに配られ、日本政府が国連と韓国に対し、強く抗議していたことが15日、分かった。韓国側は地名の表記方法などについて話し合う国連地名標準化会議で、日本海の呼称を「東海」と併記するよう求めており、加盟国大使らが多数出席するコンサートの場を利用して自らの主張の定着を狙ったものとみられる。潘氏は韓国の前外交通商相で、国連側はパンフレットの配布を取り締まらなかった。

  国連の日に行う事務総長主催のコンサートは毎年開催される恒例行事で、今年は加盟192カ国の大使や外交官ら約1600人が出席した。今年1月に事務総長に就任した潘氏の意向で、ソウル市交響楽団が公演を行い、ソウル市と韓国国連代表部がコンサートを後援した。

  外務省によると、パンフレットは当日の招待席にコンサートの式次第とともに配布されていたという。その内容は韓国全般を紹介したものだったが、日本海を「東海」と表記し、韓国が不法占拠する竹島(韓国名・独島)を韓国領とするなどの内容が記載されていたため、翌日に日本の国連代表部から国連事務局と韓国国連代表部に対し、文書などで抗議を行った。

http://sankei.jp.msn.com/politics/policy/071116/plc0711160945004-n1.htm


こんな事が起きてます。


重大な発見をしてしまいました!

投稿者: yabutarou01 投稿日時: 2007/11/13 22:29 投稿番号: [15996 / 18519]
  毎度の如く韓国語のサイトを検索していると重大な発見をしてしまいました。下記のサイトで、

http://www.dbpia.co.kr/view/ar_view.asp?arid=718898

  2006年4月にオサンハク氏が書いた“The Change in Perception of Ulleungdo and Dokdo Represented in Maps of the Joseon Dynasty“なる論文を見つけました。この論文の韓国語の解説には「また鬱陵島の定期的な水土(?)が進行されながら朴昌錫の『鬱陵島図形』のような地図が製作されたが, 于山島を竹嶼に比定する間違いを犯したりした. 」とあります。ちなみにこの文章はなぜか英語の解説には書いてありません。
  2006年11月に竹島研究会の人が韓国に行って鬱陵島の古地図にある于山島は竹嶼であると主張したときに、韓国の学者たちはありったけの罵声を彼らに浴びせかけましたが、韓国の学者たちは于山島が竹嶼であることをすでに知っていたようです。そして恐らく半月城さんも。。。
  ゲリー氏が鬱陵島圖形に「海長竹田」の文字があることを発見したことを山陰中央新報 が報じた時に、北東アジア歴史財団と独島博物館館長が反論しましたが、この論文に基づいて反論したものと推測できます。最近の鮮干博士の見解も同様でしょう。
  このような裏があったとは私も全く予想していませんでした。。信じられない。。。

Re: 半月城さんへ

投稿者: yabutarou01 投稿日時: 2007/11/13 18:24 投稿番号: [15995 / 18519]
半月城さんへ
すいません。訂正です。。

(正)ということは半月城さんは少なくとも1770年より前に完成した地図や地誌その他の記録にある于山島は竹島=独島ではないと論説を修正されたと解釈してもよろしいですよね?

(誤)ということは半月城さんは少なくとも1770年より前に完成した地図や地誌その他の記録にある于山島は竹島=独島はないと論説を修正されたと解釈してもよろしいですよね?

『竹島=独島論争』を自腹で購入した私としては、『竹島=独島論争』の出版後に何か事情があって論説を修正される時は、「半月城通信」内で構いませんからお知らせ願いたいと思います。


senkaku_islands さんへ

>>yabutarou01さんにお願いがあります。


了解です。ちょっと時間がかかりますがしばらくお待ちください。

半月城さんへ

投稿者: yabutarou01 投稿日時: 2007/11/13 01:31 投稿番号: [15994 / 18519]
半月城さんへ

>>韓国語・英語併記の本では下記が適当です。
Lee Sang Tae "Historical Evidence of Korean Sovereignty over Dokdo" Kyongsewon発行
韓国語の本では独島博物館発行の『武陵島の源を尋ねて東海の島へ』があります。その本に掲載された地図は近々ホームページに掲載される予定と聞いています。

耳よりな情報を教えていただきありがとうございます。大変参考になりました。

  >>   今回も資料価値が低いということでお断りします。官撰地図ではない古地図とあっては、まったく心が動きません。古地図に関する私の考えは下記に記したとおりです。

  これはいかがなものでしょうか。資料価値が低いかどうかは調べてみないとわかりません。それに官撰地図でなければ資料価値が低いというのは半月城さん個人のお考えであって、そのように考えない学者も日韓共に多いのではないでしょうか。
半月城さんは以前、

   于山島を描いた地図は数百枚くらいはあるでしょうか。そのうちの数枚の地図から于山島を独島ではないと結論づけるのは針小棒大の感があります。

   http://www.han.org/a/half-moon/hm125.html#No.929

とお書きになりました。私はこの意見はもっともだと思いました。だからこそ私は針小棒大の愚を避けるためにネット上から二百枚近い于山島を描いた地図を収集して下記のようなサイトを製作中なのですよ。。

   http://outdoor.geocities.jp/yabutarou01/

半月城さんは于山島を描いた官撰地図であると確認できる地図が数百枚くらいあると本気でお考えだったのでしょうか?まるで二階に上がって梯子を外されたようなものであって、非常に残念です。。。
  それに『三陟市立博物館   鬱陵島圖形』は資料価値が低いはずはありませんよ。独島博物館の解説にもこのようにあります。

   この地図は朝廷に奉げるために描かれた地図として1882年以前に描かれた地図と判断される。国立中央図書館鬱陵島圖形と先後関係に置かれた地図だ。

   http://www.dokdomuseum.go.kr/exh/print_0808.html

朝廷に奉げるために描かれた鬱陵島地図ならば当時の朝廷の鬱陵島周辺の認識に反映された可能性があります。民間人でなく公的立場の人間が描いたものならなおさらです。下記のページの画像に引用した四枚の地図はすべて鬱陵島検察使が鬱陵島検察の際に描いた地図であると韓国の学者も認めているのではありませんか?

   http://outdoor.geocities.jp/yabutarou01/1.html


  話は変わりますが半月城さんは自著『竹島=独島論争』のなかで『東国文献備考』の「輿地志がいうには 鬱陵 于山は皆 于山国の地 于山はすなわち倭がいうところの松島なり」の解釈について、

   たとえ下條説の史書改ざん説を認めたとしても、朝鮮の于山島=松島に対する領有意識はその時期が単に1770年にずれるのみで大勢に影響はありません。

   竹島=独島問題、櫻井よしこ氏を批判する(1)
   http://www.han.org/a/half-moon/hm110.html#No.805

とお書きになっています。半月城さんもよくご存知のように、最近になって輿地志には「于山はすなわち倭がいうところの松島なり」の記述が存在しないことが判明しました。

   [2007年10月2日]   『諸君!』2007年9月号(文藝春秋刊)記事   「日本の領土『竹島』の歴史を改竄せし者たちよ」 下條正男   (PDF 1.16MB)
   http://www.pref.shimane.lg.jp/soumu/web-takeshima/takeshima04/takeshima04-1/

ということは半月城さんは少なくとも1770年より前に完成した地図や地誌その他の記録にある于山島は竹島=独島はないと論説を修正されたと解釈してもよろしいですよね?
半月城さんは竹島問題に関しては自他共に認めるオピニオンリーダーであり、私は半月城さんは民団における竹島問題関連の最高責任者ではないかと考えています。論説を修正されるのであれば説明責任を果たしていただきたいと思います。

竹島の車窓から その1

投稿者: senkaku_islands 投稿日時: 2007/11/11 22:50 投稿番号: [15993 / 18519]
半月城さん、耳寄りな情報をありがとう御座います。ただ「Historical Evidence of Korean Sovereignty over Dokdo」については、アマゾンで注文しようとしたのですが、出てきませんでした。同書は日本では入手出来ないかもしれませんね。

yabutarou01さんにお願いがあります。
http://outdoor.geocities.jp/yabutarou01/4.html
上記資料を研究機関別に、年代の古い順から資料名と請求記号番号と発行年を記述して頂けると幸いです。理由は、著作権法や肖像権の侵害を避けるため、韓国に行ったときに許可を得るためです。よろしくお願いします。

さて、掲題の件ですが、今月中旬まで新シリーズ「竹島の車窓から」を掲載します。
http://www.geocities.jp/tanaka_kunitaka46/trip2007/index.html


11月中旬の竹島掲示板エンディングテーマ
「竹島の車窓から」
http://www.youtube.com/watch?v=zGK-gGtDIT0
http://www.youtube.com/watch?v=RSFdhlL6v5E

『台北庁誌』 in 1919

投稿者: senkaku_islands 投稿日時: 2007/11/11 15:19 投稿番号: [15991 / 18519]
台湾、「南沙」諸島に軍用空港   領有権争い   中台緊張も
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20071110-00000084-san-int
私が徹底的に調査研究すれば、スプラトリー諸島は中国のものか、ベトナムのものか、フィリピンものか、結論を出すことが可能ですが、時間がないので尖閣諸島問題に専念します。

さて、掲題の件ですが、下記に『台北庁誌』を掲載します。
http://www.tanaka-kunitaka.net/senkaku/taipeichoshi-1919/
基隆庁から行政管轄再編後の台北庁になっても、七個の属島、つまり社寮島、中山仔、桶盤嶼、基隆嶼、彭佳嶼、棉花嶼、花瓶嶼の七つのみ同行政区に入っており、尖閣諸島は入っていない。

http://www.tanaka-kunitaka.net/senkaku/
(後日転載予定)

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『中華民国年鑑』台湾でGET予定
『官報』918フォルダ
『Atlas of Japan』91folder
『殊域周咨録』1582 31
『広輿図』 34
『日本外交文書』 18巻 534-5、573-6
『日本外交文書』 23巻 531、532、574-5
『日本水路誌 第2巻』
『淡水庁誌』
『厦門志』
『台湾府志』
『日本水路史』海上保安庁S46   160-161
『鬱陵島』 朝鮮総督府作成 大正8年
『続修台湾庁志』
『台北庁誌』(本日アップロード完了)
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?action=m&board=1835396&tid=cddeg&sid=1835396&mid=15820
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?action=m&board=1835396&tid=cddeg&sid=1835396&mid=15982


11月第二週の尖閣/竹島掲示板エンディングテーマ
「小泉純一郎」
http://www.youtube.com/watch?v=AzP6ylKb8VA
http://www.youtube.com/watch?v=L2LXWF9g09o
http://www.youtube.com/watch?v=Z1YZXjd3Pec

『基隆市・概述』 in 1954

投稿者: senkaku_islands 投稿日時: 2007/11/11 10:26 投稿番号: [15990 / 18519]
今でこそTVで「不良債権」とか「破綻」とか「失われた十年」とか聞かれなくなりましたが、あの時の日本は大変厳しかったです。小泉内閣で一番評価すべき点は、日本を不景気から脱出させたということに尽きます。そこで今週の尖閣掲示板エンディングテーマが決まりました。

さて、掲題の件ですが、下記に『基隆市・概述』を掲載します。
http://www.tanaka-kunitaka.net/senkaku/keelung-1954/
中華民国基隆市文献委員会編の同書は、「光緒31年、再調整管区基隆庁計包括上述金(中略)、以及基隆嶼、彭佳嶼、棉花嶼、花瓶嶼等」との記載がある。このように彭佳嶼、棉花嶼、花瓶嶼の三島は、日本統治時代に初めて基隆庁の行政下に入った。

※清時代の光緒31は、日本では明治38年、西暦1905年

http://www.tanaka-kunitaka.net/senkaku/
(後日転載予定)

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『広輿図』 34
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『日本外交文書』 23巻 531、532、574-5
『日本水路誌 第2巻』
『淡水庁誌』
『厦門志』
『台湾府志』
『日本水路史』海上保安庁S46   160-161
『鬱陵島』 朝鮮総督府作成 大正8年
『続修台湾庁志』
『台北庁誌』 大正8年   161
『基隆市・概述』 1954年(本日アップロード完了)
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?action=m&board=1835396&tid=cddeg&sid=1835396&mid=15820
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?action=m&board=1835396&tid=cddeg&sid=1835396&mid=15982


11月第二週の尖閣/竹島掲示板エンディングテーマ
「小泉純一郎」
http://www.youtube.com/watch?v=AzP6ylKb8VA
http://www.youtube.com/watch?v=L2LXWF9g09o
http://www.youtube.com/watch?v=Z1YZXjd3Pec

『朝鮮海峡における地点幹線警戒線豫定図』

投稿者: senkaku_islands 投稿日時: 2007/11/10 19:50 投稿番号: [15989 / 18519]
henchin_pokoider01さん、観音島の東に小さな岩らしきものの撮影、かしこまりました。

さて、掲題の件ですが、下記にシリーズ・日露戦争と竹島の『朝鮮海峡における地点幹線警戒線豫定図』を掲載します。
http://www.tanaka-kunitaka.net/takeshima/chiyoda-486/
文献よりも地図が好きな人には"お宝資料"ですね。

※「豫」は音読みで「ヨ」、訓読みで「あらかじ・め」

http://www.tanaka-kunitaka.net/takeshima/
(後日転載予定)

next, coming up
『中華民国年鑑』台湾でGET予定
『官報』918フォルダ
『Atlas of Japan』91folder
『殊域周咨録』1582 31
『広輿図』 34
『日本外交文書』 18巻 534-5、573-6
『日本外交文書』 23巻 531、532、574-5
『日本水路誌 第2巻』
『淡水庁誌』
『厦門志』
『台湾府志』
『日本水路史』海上保安庁S46   160-161
『朝鮮海峡における地点幹線警戒線豫定図』(本日アップロード完了)
『鬱陵島』 朝鮮総督府作成 大正8年
『続修台湾庁志』
『台北庁誌』 大正8年   161
『基隆市・概述』 1954年
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?action=m&board=1835396&tid=cddeg&sid=1835396&mid=15820
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11月第一週の尖閣/竹島掲示板エンディングテーマ
「堀江の拳」
http://www.youtube.com/watch?v=_tDcW4cTf10&mode=related&search=

くにたか氏へ

投稿者: henchin_pokoider01 投稿日時: 2007/11/09 22:38 投稿番号: [15987 / 18519]
鬱陵島にいかれるなら、成宗の三峯島の記述の検証写真もお願いします。

成宗実録7年
西距島七八里許到泊 望見則 於島北 有三石列立 次小島 次巌石列立 次中島 中島之西又有小島 皆海水通流
こんな感じで眺めた記録かと思います。
http://photoimg.enjoyjapan.naver.com/view/enjoybbs/viewphoto/phistory/44000/43943.jpg

なお、「次巌石列立」が不明なのですが、観音島の東に小さな岩らしきものが描かれている地図があります。インターネットにはこの岩に関する写真がないようです。できればこの写真もお願いできないでしょうか。
http://homepage2.nifty.com/oppekepe/Work/1918_soutokufu_map.jpg

『地学雑誌』 201号 202号

投稿者: senkaku_islands 投稿日時: 2007/11/09 22:34 投稿番号: [15986 / 18519]
笑点の大喜利ではありませんが、面白いなぞかけを思いついたので一つ。ビートたけしの監督処女作と掛けて大連立ととく。その心は、

「その男(小沢一郎)、凶暴につき」

我ながら上手いですね。

さて、掲題の件ですが、下記に『地学雑誌 201号』と『地学雑誌 202号』を掲載します。
http://www.tanaka-kunitaka.net/takeshima/chigaku-1905-201/
http://www.tanaka-kunitaka.net/takeshima/chigaku-1905-202/

http://www.tanaka-kunitaka.net/takeshima/
(後日転載予定)

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『地学雑誌 201号』(本日アップロード完了)
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『日本外交文書』 18巻 534-5、573-6
『日本外交文書』 23巻 531、532、574-5
『日本水路誌 第2巻』
『淡水庁誌』
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『台湾府志』
『日本水路史』海上保安庁S46   160-161
『続修台湾庁志』
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Re: 隠州視聴合紀:竹島松島を隠州に含むか

投稿者: puracyaka2007 投稿日時: 2007/11/08 23:46 投稿番号: [15985 / 18519]
te22200様こんにちわ。書き込みを遠慮しますなどと言ったそばからの書き込みで申し訳ありません。
実はこの記事↓
http://www.pref.shimane.lg.jp/soumu/web-takeshima/takeshima_photo/#a05
につい先程気づいた次第。
地図自体は前から知られていたものですが、↓
「国立国会図書館所蔵の初版本にも同様の色で塗りわけてある。」
ということが確認されたことが重要。これで赤水図の議論は事実上終了でしょう。
同時に隠州視聴合紀についても、著者である齋藤豊仙の意図は別として、隠州視聴合紀を読んで赤水が鬱陵島までを日本領と考えたのはほぼ間違いありません。

鮮干英俊博士"于山島は竹嶼"

投稿者: yabutarou01 投稿日時: 2007/11/08 20:58 投稿番号: [15984 / 18519]
<"われらの領土 独島 元々 名前は `武陵'引き継いだ">

連合ニュース|記事入力2007-11-0810:02
われらの領土独島が新羅時代以後高麗と朝鮮を経る長い間`武陵島'という名前で殖やして表記して来たという文献解釈が申し立てられて学界の関心をひいている.

`独島'研究で最近成均館大博士学位を受けた鮮干英俊(55・前首都圏大気環境庁長)さんは8仕事`高麗と朝鮮国時代の独島'著書を発刊しながら独島の名称及び領有権研究あぶ大韓結果を公開した.
著書によれば鬱陵島と独島が皆韓国の地という最初の文献的根拠は高麗史太祖王健13年(930年)記録に現われた`芋陵島'載せる.`
芋陵島'増えた`于山武陵二島'を縮約したので于山国(于山国・鬱陵島)科武陵も(武陵島)義二島を一つの名称(二島一名)で減らしたのだ.高麗史930年組には`芋陵島が白吉土とトドを送って物産をボネゴヌル白吉土を正位で,トドを情調でした(芋陵島遣白吉土豆貢方物拜白吉為正位土豆為正朝)'と記録されてある.新羅時代には正式名称である`于山武陵二島'は略称である`芋陵島'二つが一緒に使われたが`于山武陵二島'増えた正式名称で文献を通じて伝授されたし日常生活では芋陵島という縮約名称が使われたので確認されたと鮮干博士は主張した.西紀512年以前に鬱陵島に国を立てた人々は独島を認知して必須な領土で利用してあったし当時`二島相距不遠風日清明即可望見(二島が遠からず晴れた日には見ることある)'イラン概念自体が形成されてあった.

西紀512年于山国が新羅に服属されながら`武陵島'という名称が形成されたし彼直後`于山武陵二島在県正東海中'という表現が文字化されたと鮮干博士は紹介した.新羅と于山国で鬱陵島と独島を指称する芋陵島という名称が使われる間江原東海岸地域では芋陵島の方言として`鬱陵島(蔚陵島)'街使われること始めたし西紀1018年于山国が滅亡しながら次第に江原道地域方言名称が高麗時代にも通用するようにいい.鮮干博士は結局鬱陵島と独島の名称が`武陵島'→于山武陵二島在県正東海中→于陵島→蔚陵島→鬱陵島でつながって来たので把握されると結論付けた.

`鬱陵島'増えた鬱陵島と独島を指称する名称では仮装(家長)遅く登場したので金富軾が三国史記を編纂する過程で`蔚陵島'を`鬱陵島'路手違いして使ったので推定される.

朝鮮後期地図では于山島が鬱陵島のデッソム(竹嶼)で表記したが当時情調と高宗は松竹島という名称が独島にあたると報告独島の管理意思を表明したりした.

鮮干博士は"独島の名称移り変わり過程に映して見る時于山国当時にもう完成された独島領有権は新羅と高麗,朝鮮国まで一度も喪失されたことはなく持続的に維持されて来た"であり"独島は国際法的に一度も日本領土がなったことがなくて日本は汚職自国の領土でマンドルリョだ失敗しただけ"と言った.鮮干博士は"独島の元々名前である`武陵'に根拠して独島を生態技術を利用した`武陵桃源'で造成して大対廬`夢と浪漫の章'で活用する方案を推進するとする"故主唱した.

http://j2k.naver.com/j2k_frame.php/japanese/news.naver.com/main/read.nhn?mode=LSD&mid=sec&sid1=103&sid2=&oid=001&aid=0001812651&iid=


鮮干博士の独島領有権確立を主張する根拠は、

1・于山国当時に鬱陵島から独島が見えるので領土として認識したに違いないという「認識」
2・于山国当時に独島を領土として認識したに違いないのでたとえ`芋陵島'`鬱陵島(蔚陵島)'などと一島で表現される場合でも鬱陵島と独島の二島を一島として表現したものに違いないという「解釈」
3・1882年の鬱陵島検察時国王高宗が独島を松竹島という名称で認識していたという事実「認識」(当時李奎遠は松竹島には竹が生えていると語っています。。。)

の三点のようです。武陵島を竹島=独島に当てはめて于山島を鬱陵島または竹嶼と見なすのは最近出版された内藤正中・金柄烈共著「史的検証竹島独島」の見解と同じです。ただし「史的検証竹島独島」は1600年代に入って独島は于山島と呼ばれるようになったと主張しているのに対し、鮮干博士の立場はよくわかりません。

Re: 半月城さんへお願い 韓国側資料

投稿者: yabutarou01 投稿日時: 2007/11/07 23:17 投稿番号: [15983 / 18519]
>三陟市立博物館   鬱陵島圖形
慶照大学   江源道図   鬱陵島
(yabutarou01さん、これだけで良いですか?)


一番重要なのは「三陟市立博物館   鬱陵島圖形」、次が「国立中央図書館   輿地圖」。残りの地図、
「ソウル大学奎章閣   鬱陵島圖形」(カラーでなければ不要)
「国立中央図書館   逭邱圖」
「国立中央博物館   東輿」
「慶照大学   江源道図   鬱陵島」
は余力があったらでかまいませんよ。


半月城さんへ

私からもよろしくお願いします。
それから私のサイトに載っている地図以外に鬱陵島の古地図が存在するのか調べていただけないでしょうか。画像を提供していただけると幸いです。

http://outdoor.geocities.jp/yabutarou01/4.html

ネット上からはこれ以上見つからないんですよ。。

鬱陵島渡航準備

投稿者: senkaku_islands 投稿日時: 2007/11/07 22:55 投稿番号: [15982 / 18519]
鬱陵島への渡航年度はまだ決まっておりませんが、同島へは春から秋の間に行く予定です。皆さんもご存知の通り、あそこは冬は天候が悪いのでNGです。なぜなら半島から鬱陵島への便は欠航しがちで、鬱陵島へ行けたとしても、頂上から竹島は見える可能性はかなり低いと思われるからです。

また、同一年度に沖縄〜石垣〜台湾の尖閣諸島資料と、ソウル〜江原道〜鬱陵島の竹島資料GETの旅は、さすがに海外2回も長期で行くというのは無理ですので、来年どちらかに行きます。最初に準備が整った方から先行して行きます。

鬱陵島へ行ったらレンタカーで島内をぐるっと見て回ります。そして観音島とチュクドへ渡ります。韓国の何処に住んでいるのか分かりませんが、Beversさんにも会おうかなと思っております。

■鬱陵島でやること
1.松島北望楼、松島東望楼、松島西望楼を撮影
2.独島博物館へ捏造見学
3.聖人峰から竹島方面を肉眼、及び望遠レンズで見る
4.于山中学校と于山コーヒーショップ(カフェ)を撮影
  (理由:本土の韓国人に于山島は鬱陵島であると認識させるため)
5.観音島とチュクドへ上陸し、現地調査&撮影
6.アシカや長竹など、資料でよく出てくる生態系の確認
7.鬱陵島はイカ漁が盛んなので、本場のイカそうめんを食べる(爆)

■鬱陵島渡航準備
1.国際免許書の取得(鬱陵島でレンタカーを借ります)
2.ノートPCの購入(私はデスクトップしか所有してません)
3.半月城さんから連絡があるであろう資料番号をメモする
4.日本に本渡航の司令部を設置
(司令部といってもネットでの情報共有なので、この掲示板をご覧の方、ご協力下さい
5.帰国後、島根県へ報告(重大資料発見の場合)

他に何か鬱陵島でやるべき事がありましたらお知らせ下さい。

半月城さんへお願い 韓国側資料

投稿者: senkaku_islands 投稿日時: 2007/11/07 22:31 投稿番号: [15981 / 18519]
>そこで私から提案なんですけども、半月城さんにお願いしては
>いかがでしょうか。半月城さんは内藤正中氏を私淑していらっ
>しゃいますし、その内藤氏は「日本側も韓国側もすべての竹島
>関連の資料の出し合って議論すべき」>という素晴らしい信念の
>持ち主ですし、半月城さんもこれに異存のあるはずがありません。

なるほど、アドバイスありがとう御座います。

半月城さん、ソウル大学奎章閣と国立中央図書館以外の機関に所蔵してある鬱陵島と竹島資料の請求記号番号をお教え下さい。

三陟市立博物館   鬱陵島圖形
慶照大学   江源道図   鬱陵島
(yabutarou01さん、これだけで良いですか?)

半月城さん、あと資料を閲覧した後デジカメで撮影したいのですが、事前に何か行わなければならない事がありましたらご教授下さい。個人での撮影は禁止で、専門業者に頼まなければならないのであれば、それに従います。私は今まで日本側の資料だけ掲載してきましたが、当然韓国側資料も掲載しなければフェアではありません。ですので韓国保有資料も掲載します。

Re: 隠州視聴合紀:竹島松島を隠州に含むか

投稿者: puracyaka2007 投稿日時: 2007/11/07 04:56 投稿番号: [15979 / 18519]
te22200様

>「隠岐古記集においては竹島松島を隠岐国内としている。従って、竹島を日本領と考えている」

こちらですね。

>この文章を読む限り、『「竹島松島が隠州に属するという考えが当時の出雲藩
>の中では一般的だった」という史料を示すことはできない』という意味にしか
>取れませんので、私としては「(A)を排して(B)を選ぶという選択は考え
>られません」。

「(A)を排して(B)を選ぶという選択は考えられません。」と言っても、(A)か(B)か決定できないということでしょう。
島根県が示したように、隠州視聴合紀以前に竹島が隠岐国に含まれると推測しうる資料があるようですし、1720年代には隠岐国松島という記述が見られますから、特段の事情が無い限り隠州視聴合紀当時でも竹島松島が隠岐国に含まれると考えるほうが無理がないと思うのですよ。(竹島松島が隠岐国でないから日本領でないとすると、海外渡航禁止令とどう整合を付けるのかさっぱりわかりません。尤も、隠岐国でなくても日本領という考えは成立の余地はありますが。)
一般的な考えはどうだっかと言われても、資料的に明確なものはありませんから、どこまでいっても推測の域を出ません。ただ、後年に隠岐国松島とか隠岐国竹島という資料がある以上、隠州視聴合紀の書きぶりだけで竹島松島を隠岐国外とするのはかなり無理があると思うのですよ。
そろそろ別のアプローチが必要だと思いますので、別視点から研究しています。すこしの間、書き込みは遠慮しますので宜しくお願いします。

Re: 隠州視聴合紀:竹島松島を隠州に含むか

投稿者: te22200 投稿日時: 2007/11/07 00:25 投稿番号: [15978 / 18519]
puracyaka2007さん

(puracyaka2007さん:15961)>>>
隠岐古記集はやっぱり竹島松島は隠岐国内としか読めません。
基本的に、日本領でないならそのように書くか、全く言及しないかだと思うのですよ。隠岐古記集は公には竹島渡海が禁止されていた時代の文献ですが、それでも日本領でないとは書かれていない。
<<<

すみません、ここの文章のつながりが良く分かりません。

「隠岐古記集においては竹島松島を隠岐国内としている。従って、竹島を日本領と考えている」

でしょうか。それとも

「隠岐古記集においては竹島松島を隠岐国内としている。なぜなら、竹島を日本領と考えているからだ」

でしょうか。あるいは、これら以外でしょうか。



(puracyaka2007さん:15961)>>>
>ただし、隠州視聴合紀とは別の史料から「竹島松島が隠州に属するという考え
>が当時の出雲藩の中では一般的だった」というようなことが証明されるなら
>ば、この限りではありません。その場合は(B)で良いと思います。しかし、
>そのような他の史料からの裏付けが無い状態で隠州視聴合紀の解釈をするなら
>ば、(A)を排して(B)を選ぶという選択は考えられません。

もうご覧になったと思いますが、島根県の最終報告書でいくつか資料を挙げています。
まあこれに関しては、同時代にはっきりとした文献は今のところ確認されていないわけですが、竹島一件の際には日本側ははっきりと竹島は日本領という主張をしていますし、18世紀前半には隠岐国松島という文献が現れます。
<<<

この文章を読む限り、『「竹島松島が隠州に属するという考えが当時の出雲藩の中では一般的だった」という史料を示すことはできない』という意味にしか取れませんので、私としては「(A)を排して(B)を選ぶという選択は考えられません」。

Re: 『地学雑誌 210号』

投稿者: yabutarou01 投稿日時: 2007/11/06 23:04 投稿番号: [15977 / 18519]
>>そこでyabutarou01さんにお願いですが、各資料の請求記号番号も掲示して頂ければ幸いです。理由は韓国に行って各機関を訪ね図をデジカメで撮影するからです。

おおっ!すばらしいですね。大きな画像を入手している地図はデジカメで撮影する必要はないですから、必要なのは以下の地図です。


ソウル大学奎章閣   鬱陵島圖形(この地図のカラー画像・ゲリー氏が白黒画像しか入手できなかったことを考えるとおそらく個人では入手困難)

国立中央図書館   逭邱圖(重要ではない)   輿地圖(非常に重要)

国立中央博物館   東輿(重要ではない)

三陟市立博物館   鬱陵島圖形(非常に重要)

慶照大学   江源道図   鬱陵島(重要ではない)

ただ、各資料の請求記号番号なんですが、ソウル大学奎章閣と国立中央図書館以外は見つけることができませんでした。私は韓国語ができないのでいつも機械翻訳に頼っているんてすが、韓国のサイトは単純なhtlmではないので攻略するのが大変なんですよ。。
それに個人で韓国の各機関に行ったところで門前払いをくらってしまうかもしれませんし、日本人が無断で資料をデジカメ撮影しようものなら係員に殴り殺されてしまうかもしれません。。。
そこで私から提案なんですけども、半月城さんにお願いしてはいかがでしょうか。半月城さんは内藤正中氏を私淑していらっしゃいますし、その内藤氏は「日本側も韓国側もすべての竹島関連の資料の出し合って議論すべき」という素晴らしい信念の持ち主ですし、半月城さんもこれに異存のあるはずがありません。
それに内藤氏は韓国の政府機関である北東アジア歴史財団と非常に仲良しなので、入手出来ない資料はないと思います。加えてとても幸運なことに、半月城さんと内藤氏は11月16日にお会いになることがわかっています。
http://www.asnet.dir.u-tokyo.ac.jp/ja/node/647

senkaku_islandsさんが半月城さんにお願いして半月城さんが内藤氏にお願いすれば、senkaku_islands さんが韓国に行かなくても画像を入手出来ると思います。たとえ入手出来なかったとしても、senkaku_islands さんが韓国の各機関に行ったときにスムーズに画像を入手出来るように便宜をはかっていただけると思いますよ。

Re: 不戦親父さんへ

投稿者: husenoyaji 投稿日時: 2007/11/06 22:32 投稿番号: [15976 / 18519]
書き忘れましたが、1905年の編入をもって日本領の根拠として十分だと私は思いません。国際法上はともかく。

韓国側の確実な証拠が皆無だという比較論で、相当の差があると思うだけです。

結論的には、サンフランシスコ条約で十分だと思います。

Re: 不戦親父さんへ

投稿者: husenoyaji 投稿日時: 2007/11/06 22:29 投稿番号: [15975 / 18519]
>これ以上議論を重ねる必要もないでしょう。

一定の責任があることはまちがいないので、そこから先は、感覚の相違でしょうね。韓国政府が確認したかどうかも確実でないのに、知っていて当然だということで重い責任があるのでは、かなわんと私は思います。

>そう、同様に島根県も事前に問い合わせればわかることでしたね

実態として、獨島には日本人のほうが入り込んでるわけでして、
それに対して特に退去要請もないのです。
鬱陵島に対してはあるのです。
そのうえ、韓国領だという主張や明白な記録が過去になければ、問い合わせる
必要性を感じないのはそれなりの理由がありますね。
当時の力関係によらず、一応の礼儀として韓国政府に通告するほうがよかったとは言えますね。

一方で、正式な通告ではなくても、日本領に編入されたと日本の軍人から
聞いたのですから、念をいれて確認するなり、領有宣言するなり、する必要
がありますね。

つまり、同様といっても程度の差が相当ありますよ。

ここからは想像ですが、日本との摩擦をおそれて確認しなかったか、
単に韓国政府には通告がなかったので、事実無根と言ったのではないかと思います。
あの時点では、獨島にこだわって日本と摩擦を起こすメリットがないですからね。

『日韓議定書』 in 1904

投稿者: senkaku_islands 投稿日時: 2007/11/05 22:14 投稿番号: [15973 / 18519]
平和の島、独島「トクト」
http://www.youtube.com/watch?v=FDtR2l0eSfA
http://www.youtube.com/watch?v=eByDRz0cIFY

私は内藤教授を親しみを込めて"内藤のじっちゃん"と心の中で呼んでいるのですが、日露戦争を遂行するために竹島を日本に編入したという意見には同意出来ません。

それは竹島を編入せずとも、日韓議定書で合法的に軍事施設を建設出来ると定められているからである。
http://www.tanaka-kunitaka.net/takeshima/jpnkrprotocol-1904/

先ほども申しましたように、鬱陵島に建てられた旧日本海軍の望楼を撮影してきます。
http://www.tanaka-kunitaka.net/takeshima/mosd-chiyoda496/

また、まだ掲載していない防衛省研究図書館所蔵『9 千代田 486』のP30も後日掲載します。

私は政府与党の党員として、この問題を解決する責務があります。これからもドンドン資料を出していきます。

『地学雑誌 210号』

投稿者: senkaku_islands 投稿日時: 2007/11/05 21:11 投稿番号: [15972 / 18519]
yabutarou01さん、ファンタスティックです。

私は沖縄公文書館で資料をGETした後、石垣へ行って、更に台湾に渡って國家圖書館と立法院國會圖書館に行く計画を立案済みですが、竹島に関しても計画を練らなければなりません。

そこでyabutarou01さんにお願いですが、各資料の請求記号番号も掲示して頂ければ幸いです。理由は韓国に行って各機関を訪ね図をデジカメで撮影するからです。その後鬱陵島に渡って日本が建てた望楼跡(松島北望楼、松島東望楼、松島西望楼)を撮影後、漁船をチャーターしてチュクドと観音島へ上陸します。もし一緒に行きたい方がいましたらご連絡下さい。

ソウル大学奎章閣、
国立中央図書館、
高麗大学図書館、
国立中央博物館、
三陟市立博物館、
慶照大学
※他の機関で鬱陵島(及び竹島)に関する図、文献がありましたら、これらも掲示して下さい。



さて、掲題の件ですが、下記に『地学雑誌 210号』を掲載します。
http://www.tanaka-kunitaka.net/takeshima/chigaku-1906/

http://www.tanaka-kunitaka.net/takeshima/
(後日転載予定)

next, coming up
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『地学雑誌 201号』
『地学雑誌 202号』
『地学雑誌 210号』(本日アップロード完了)
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?action=m&board=1835396&tid=cddeg&sid=1835396&mid=15820


11月第一週の尖閣/竹島掲示板エンディングテーマ
「堀江の拳」
http://www.youtube.com/watch?v=_tDcW4cTf10&mode=related&search=

Re: 不戦親父さんへ

投稿者: Am_I_AHO_1st 投稿日時: 2007/11/05 17:11 投稿番号: [15971 / 18519]
>なるほど、それなら、確かに何らかの責任はありますね。
>ただし、それが重いとはとうてい思えません。
>そうなら、韓国で繰り広げられている妄言すべてに反論しなければ責任を生ずることになりますよ。古代朝鮮は世界帝国だったなんてのは広汎に教育されているのですから、監督権限がなかろうと知った時点で否定する責任が生じちゃいますね。日本は関係ないとかね。

  「監督権限がなかろうと」とは、どういう意味でしょうか。
  今まで、旧韓末に設置された統監府が韓国を実質的な保護国として、管理監督下に置いていたとの前提で議論を積み重ねてきたわけですが、それがあろうとなかろうとと仰るのであれば、これ以上議論を重ねる必要もないでしょう。

>日本に通告する義務がなくても、問い合わせればわかるでしょう。

  そう、同様に島根県も事前に問い合わせればわかることでしたね。たとえ当時の国際法に通告する明文で定められた義務がなくとも、それによって通告しなかったことによる不利益を甘受する責務から逃れられるものではないことは云うまでもありません。

Re: 竹島領有権の韓国側根拠

投稿者: puracyaka2007 投稿日時: 2007/11/05 05:06 投稿番号: [15970 / 18519]
> -- -領有権根拠
>・512年の新羅による于山国併合
>・1545年の「世宗実録地理誌」
>・1809年の「萬機要覽」
>・1900年の大韓帝国勅令第41号(以上は韓国政府文書)
>・現在の竹島占拠(韓国側見解では[実効支配])

> -- -以下状況証拠
>・1696年の江戸幕府の渡海禁止令公文
>・1870年の明治政府の「朝鮮国交際始末内探書」
>・1877年の太政官決定文(以上は日本政府文書)
>・1946年のSCAPIN第677号,第1033号(連合国総司令部公式文書)等

>といった所でしょうか。
>(現状のwikipediaの記載と同等ですね。。)

>韓国(朝鮮)側は、「いつ」「どのような形で」
>独島に主権を行使した(実効的支配の確立)と考えているのか、
>調べれば調べるほど、分からなくなります‥。

韓国が竹島に実効支配を及ぼしたことなど、有史以来一度もありません。
いや、実効支配どころか竹島に行ったという記録すら無いのが実情です。
だから、竹島は韓国の地図には載っておらず、竹の生えた島を竹島だと強弁する
始末なのです。
・・・・というのがこのトピの結論で宜しいのではないでしょうか。

Re: 竹島領有権の韓国側根拠

投稿者: shou1_bbs 投稿日時: 2007/11/04 23:36 投稿番号: [15969 / 18519]
リンクの提示ありがとうございます。

リンク先の記載をまとめると、
韓国の領有権根拠は、http://www.korea.or.jp/hot_View_a.aspより

-- -領有権根拠
・512年の新羅による于山国併合
・1545年の「世宗実録地理誌」
・1809年の「萬機要覽」
・1900年の大韓帝国勅令第41号(以上は韓国政府文書)
・現在の竹島占拠(韓国側見解では[実効支配])

-- -以下状況証拠
・1696年の江戸幕府の渡海禁止令公文
・1870年の明治政府の「朝鮮国交際始末内探書」
・1877年の太政官決定文(以上は日本政府文書)
・1946年のSCAPIN第677号,第1033号(連合国総司令部公式文書)等

といった所でしょうか。
(現状のwikipediaの記載と同等ですね。。)

韓国(朝鮮)側は、「いつ」「どのような形で」
独島に主権を行使した(実効的支配の確率)と考えているのか、
調べれば調べるほど、分からなくなります‥。

ホームページを作成中です

投稿者: yabutarou01 投稿日時: 2007/11/04 22:55 投稿番号: [15968 / 18519]
韓国の古地図に関するホームページを作成中です。まだほんのすこししか出来ていませんが、ゲリー・ビーバー氏のブログ

http://dokdo-or-takeshima.blogspot.com/

で紹介したところ、なかなか好評だったようです。

私の初コメント
http://dokdo-or-takeshima.blogspot.com/2007/11/1750-1768-joseon-jido-ulleungdo.html

興味のあるかたはよかったら参考にしてください。


http://outdoor.geocities.jp/yabutarou01/

Re: 竹島領有権の韓国側根拠

投稿者: yabutarou01 投稿日時: 2007/11/04 22:16 投稿番号: [15967 / 18519]
韓国の公的機関である北東アジア歴史財団のサイトも短くまとめる時には参考になります。
http://japanese.historyfoundation.or.kr/his/dok.asp?pgcode=040404

『日本地誌提要』

投稿者: senkaku_islands 投稿日時: 2007/11/04 22:13 投稿番号: [15966 / 18519]
小沢氏辞意   有馬晴海氏「“壊し屋”の面出た」
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20071104-00000925-san-pol
民主党は寄せ集めの政党ですから、元に戻るというが正解だと思います。社会党、社民党、自民党(新生党、さきがけ)に分離することがベストです。そして自民党だった議員は、再度自民党に復党するというのも一つのオプションですね。

さて、掲題の件ですが、下記に『日本地誌提要』を掲載します。
http://www.tanaka-kunitaka.net/takeshima/chishiteiyo-1874/

http://www.tanaka-kunitaka.net/takeshima/
(後日転載予定)

next, coming up
『中華民国年鑑』台湾でGET
『官報』918フォルダ
『日本地誌提要』(本日アップロード完了)
『Atlas of Japan』91folder
『地学雑誌 201号』
『地学雑誌 202号』
『地学雑誌 210号』
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?action=m&board=1835396&tid=cddeg&sid=1835396&mid=15820


11月第一週の尖閣/竹島掲示板エンディングテーマ
「堀江の拳」
http://www.youtube.com/watch?v=_tDcW4cTf10&mode=related&search=

Re: 竹島領有権の韓国側根拠

投稿者: yabutarou01 投稿日時: 2007/11/04 21:39 投稿番号: [15965 / 18519]
韓国政府の公式サイトがよいでしょう。
まずこちらをクリックして
http://www.korea.or.jp/hot_list_a.asp
次に上の方にある『独島』をクリックして次に『独島に対する日本の領有権主張が誤りである理由 2006-11-21』をクリックします。

『竹島之図』 は誰が作成?

投稿者: senkaku_islands 投稿日時: 2007/11/04 21:07 投稿番号: [15964 / 18519]
福田首相は掴み所が無いですね。小沢"前"民主党代表は、仲間と供に党を離党(衆参合わせて30名程度?)して自民党と連立政権を組んでもよいと思います。

さて、掲題の件ですが、下記に『竹島之図』を掲載します。
http://www.tanaka-kunitaka.net/takeshima/takeshimamap-1877/
ちょっと質問ですが、これは誰が作成したものでしょうか?

http://www.tanaka-kunitaka.net/takeshima/
(後日転載予定)

next, coming up
『中華民国年鑑』台湾でGET
『官報』918フォルダ
『日本地誌提要』
『Atlas of Japan』91folder
『竹島之図』(本日アップロード完了)
『地学雑誌 201号』
『地学雑誌 202号』
『地学雑誌 210号』
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?action=m&board=1835396&tid=cddeg&sid=1835396&mid=15820


11月第一週の尖閣/竹島掲示板エンディングテーマ
「堀江の拳」
http://www.youtube.com/watch?v=_tDcW4cTf10&mode=related&search=

竹島領有権の韓国側根拠

投稿者: shou1_bbs 投稿日時: 2007/11/04 20:47 投稿番号: [15963 / 18519]
今、Wikipediaの竹島を編集しています。韓国側が領有権を主張する根拠を拡充したいのですが、韓国側は「国際法上」領有権を「いつ」「どのような行為で」確立したと主張しているのでしょうか。

ポインタだけでも結構ですので、ご教示をお願いします。

よく分かる 『竹島雑誌』 in 1871

投稿者: senkaku_islands 投稿日時: 2007/11/04 20:20 投稿番号: [15962 / 18519]
最近、ホリエモンは何をしているのでしょうか?その後のニュースはあまり聞きません。そこで今週の領土問題掲示板エンディングテーマが決まりました。

さて、掲題の件ですが、下記に『竹島雑誌』を掲載します。
http://www.tanaka-kunitaka.net/takeshima/takeshimazasshi-1871/
松浦武四郎は、もともと日本領であるとの見地から『竹島雑誌』を編述。吉田松陰も、安政の大獄で牢屋にぶち込まれた時に、弟子の桂小五郎に国防上竹島は重要拠点と言っていました。
http://www.city.matsusaka.mie.jp/kankou/mikumo/takesirou/takesirou.html
http://www.mpec.tsu.mie.jp/kyoiku/kyouzai/MDBHTML97/MANU/MANU17/17.HTM

http://www.tanaka-kunitaka.net/senkaku/
(後日転載予定)

next, coming up
『中華民国年鑑』台湾でGET
『官報』918フォルダ
『日本地誌提要』
『Atlas of Japan』91folder
『竹島雑誌』(本日アップロード完了)
『竹島之図』
『地学雑誌 201号』
『地学雑誌 202号』
『地学雑誌 210号』
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?action=m&board=1835396&tid=cddeg&sid=1835396&mid=15820


11月第一週の尖閣/竹島掲示板エンディングテーマ
「堀江の拳」
http://www.youtube.com/watch?v=_tDcW4cTf10&mode=related&search=
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