竹島

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Re: 三毛猫君に宿題

投稿者: Am_I_AHO_1st 投稿日時: 2006/10/19 12:47 投稿番号: [15031 / 18519]
  さて、愚生の論に対して三毛猫君が反駁して提示した資料が、そもそも誤った書誌情報によるものであり、愚生の発言には全く影響する反論と云えないことが明らかとなったので、有効な反論ではなかったと解釈して差し支えないだろう。右下の序文に関しては指摘のとおり、よく調べましたね。

  三毛猫君はオリジナルの『改正 日本輿地路程全圖』を何故高く評価する必要があるのかを理解していないようだが、日本ではこの地図を原典として数多くの地図が刊行された、いわば大本の地図なのだから高く評価するのは当然のことと云って良い。また、このことは議論済なので詳述はしないが、オリジナルの記述から長久保赤水自身が『隠州視聴合記』を参照したものと判定されており、その意味で弘化三年版の改変は重要な意味を持つことになる。

  さて、『改正 日本輿地路程全圖』弘化三年版以降、日本で発刊された地図には、鬱陵諸島(竹島と松島)を一括して隠岐の一部として扱うものが数多く現れるようになる。
  (このことは現在では幾多のサイトでも確認できるので、特に資料の提示は割愛する。)
  違った言い方をすれば、鬱陵諸島を隠岐の一部として扱う地図が数多く現れる原因となるのが、弘化三年版で行われたオリジナルの改変、つまり情報の劣化コピーにあったと見ることが出来る。

  実はこのことが日本の領有意識に混乱を引き起こすことになる。それは全く根拠のない「島名の混乱説」などとは違い、事実として当時の日本にはあったものだ。
  その混乱は明治維新によってピークを迎えるようになる。旧政府(幕府)の領有意識は朝鮮政府と同一のもの、つまり鬱陵諸島は一括して朝鮮のものであると認識していたが、新政府は当時一般に流布していた鬱陵諸島を一括して隠岐の一部とする俗信にも対処する必要があった。
  文部省が行う地理教育の教科書にも、鬱陵諸島を一括して隠岐の一部とするものがあるなど、その混乱は政府部内にも及びはじめ、内務省からは鬱陵諸島の地籍編纂を行うことに関しての伺いが出たのもこの時期である。
  しかしその当時には、旧政府の幕閣に所属していた実務者を招聘するなど、新政府内部でも一時的な混乱が収まりつつあった。
  その様な状況下で太政官は、旧政府の認識を引き継ぎ、鬱陵諸島を一括して版図外とする結論を下すことになる。

  ただし、この日本政府の決定は必ずしも徹底されなかった。
  徹底された部署として代表的なものは、指令を直接受けた内務省地理寮であり、後に内務省地理局を経て陸軍陸地測量部に統合され、戦後は現在の国土地理院に継承されている。
  ちなみに、国土地理院はつい最近まで竹島を日本の範囲に含めずに表示していた事実は、かつて愚生が指摘したところでもある。
  海軍などは必ずしも徹底されなかった可能性があるが、これについては、今後考えていきたい。
  一つ云えることは、かつて多くの日本人が不法に鬱陵島に侵入したことが知られているが、彼らの多くは、鬱陵諸島を一括して隠岐の一部とする俗信に惑わされていたことに、ほぼ間違いないだろうと考えられることだ。
  つまり、国の決定に無知ではあったが、悪意はなかったと推定される。

Re: 三毛猫君に宿題

投稿者: mikenekonomanma 投稿日時: 2006/10/19 12:19 投稿番号: [15030 / 18519]
どの判にも最後に

安永乙未三月 阿波國儒者讃岐柴邦彦

と書かれているんですね.安永乙未は安永4年(1775)のことだから,安永4年三月,阿波の国
の儒者,柴邦彦の知見を基に作製されたということでしょう.

神戸大学のものは師匠の精査通り,「発行されたのは弘化3年」かもしれませんね.

そうすると,赤水の判にも同様の記述があることから,赤水をオリジナルとして評価するのは
尚早のような気がしてきましたね.

赤水の地図について柴邦彦の知見を基に緯度,経度を加えた際にミスしたともとれませんから,
柴邦彦なる儒者について調べる必要が出てきました.

ちなみに京都大学の図書館にも同様の地図が所蔵されており,同じく安永4年のものとされてます.
これも発行はおそらく赤水の後でしょう.

赤水図も竹島,松島以外に日本に含まれるはずの島で着色されていない例があるという説もあるようです.

赤水については「改正する必要があった」地図ということは十分に考えられます.

公開討論

投稿者: atsui4444 投稿日時: 2006/10/19 00:11 投稿番号: [15029 / 18519]
竹島は国際裁判所で決着を付けるのが良いと思うのですが、
残念ながら韓国がそれを承知してくれません。

ならば公開討論という形で
やれないのでしょうか?
一方的な講演ではなく。

まさかそれも韓国側が拒否するとか。。。

国立公文書館所蔵 『天保雑記』 2

投稿者: Tanaka_Kunitaka 投稿日時: 2006/10/18 08:46 投稿番号: [15028 / 18519]
選挙絡みの話でもう一つ。安倍総裁は造反組みを復党させたいようですが、中川幹事長が言うように、復党はさせない方が国民にはわかり易いと思われます。復党させるようなことがあれば、来年の参院選は負ける可能性があります。
http://backnumber.dailynews.yahoo.co.jp/?m=m20061014-039&e=election

それにしても、去年の参院で郵政民営化法案を棄権した大仁田議員とハマコーは面白いですね。
http://www.tanaka-kunitaka.net/post/onita.wmv


さて、掲題の件ですが、リンクを張るのは26個が最大なようです。残りを下記に掲載します。
http://www.tanaka-kunitaka.net/takeshima/tenpozakki/27.jpg
http://www.tanaka-kunitaka.net/takeshima/tenpozakki/28.jpg
http://www.tanaka-kunitaka.net/takeshima/tenpozakki/29.jpg
http://www.tanaka-kunitaka.net/takeshima/tenpozakki/30.jpg

次回は、『磯竹島覚書 地理局』を掲載します。

国立公文書館所蔵 『天保雑記』

投稿者: Tanaka_Kunitaka 投稿日時: 2006/10/18 08:28 投稿番号: [15027 / 18519]
大阪と神奈川の補選は自民党が優性だそうですが、我が地元北九州も来年早々市長選挙があります。
http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/fukuoka/kikaku/078/
民主党は自民党との相乗りをやめ、都道府県知事選挙と政令指定都市選挙は独自候補を擁立する方針を打ち出しておりますが、改革政党・自民党は北九州市でも完全に勝利することを皆様にお約束致します。

さて、掲題の件ですが、下記に掲載致します。
http://www.tanaka-kunitaka.net/takeshima/tenpozakki/01.jpg
http://www.tanaka-kunitaka.net/takeshima/tenpozakki/02.jpg
http://www.tanaka-kunitaka.net/takeshima/tenpozakki/03.jpg
http://www.tanaka-kunitaka.net/takeshima/tenpozakki/04.jpg
http://www.tanaka-kunitaka.net/takeshima/tenpozakki/05.jpg
http://www.tanaka-kunitaka.net/takeshima/tenpozakki/06.jpg
http://www.tanaka-kunitaka.net/takeshima/tenpozakki/07.jpg
http://www.tanaka-kunitaka.net/takeshima/tenpozakki/08.jpg
http://www.tanaka-kunitaka.net/takeshima/tenpozakki/09.jpg
http://www.tanaka-kunitaka.net/takeshima/tenpozakki/10.jpg
http://www.tanaka-kunitaka.net/takeshima/tenpozakki/11.jpg
http://www.tanaka-kunitaka.net/takeshima/tenpozakki/12.jpg
http://www.tanaka-kunitaka.net/takeshima/tenpozakki/13.jpg
http://www.tanaka-kunitaka.net/takeshima/tenpozakki/14.jpg
http://www.tanaka-kunitaka.net/takeshima/tenpozakki/15.jpg
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http://www.tanaka-kunitaka.net/takeshima/tenpozakki/18.jpg
http://www.tanaka-kunitaka.net/takeshima/tenpozakki/19.jpg
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http://www.tanaka-kunitaka.net/takeshima/tenpozakki/26.jpg
http://www.tanaka-kunitaka.net/takeshima/tenpozakki/

国立公文書館所蔵 『竹島考證 下』 2

投稿者: Tanaka_Kunitaka 投稿日時: 2006/10/18 07:57 投稿番号: [15026 / 18519]
国立公文書館所蔵 『竹島考證 下』   2

文字制限のせいでリンクが切れてしまいました。

http://www.tanaka-kunitaka.net/takeshima/2a343tan1649-1881/26.jpg
http://www.tanaka-kunitaka.net/takeshima/2a343tan1649-1881/27.jpg
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http://www.tanaka-kunitaka.net/takeshima/2a343tan1649-1881/29.jpg
http://www.tanaka-kunitaka.net/takeshima/2a343tan1649-1881/30.jpg
http://www.tanaka-kunitaka.net/takeshima/2a343tan1649-1881/31.jpg
http://www.tanaka-kunitaka.net/takeshima/2a343tan1649-1881/32.jpg
http://www.tanaka-kunitaka.net/takeshima/2a343tan1649-1881/33.jpg
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http://www.tanaka-kunitaka.net/takeshima/2a343tan1649-1881/35.jpg
http://www.tanaka-kunitaka.net/takeshima/2a343tan1649-1881/36.jpg
http://www.tanaka-kunitaka.net/takeshima/2a343tan1649-1881/37.jpg
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http://www.tanaka-kunitaka.net/takeshima/2a343tan1649-1881/41.jpg
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http://www.tanaka-kunitaka.net/takeshima/2a343tan1649-1881/44.jpg
http://www.tanaka-kunitaka.net/takeshima/2a343tan1649-1881/45.jpg
http://www.tanaka-kunitaka.net/takeshima/2a343tan1649-1881/46.jpg
http://www.tanaka-kunitaka.net/takeshima/2a343tan1649-1881/47.jpg
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http://www.tanaka-kunitaka.net/takeshima/2a343tan1649-1881/49.jpg
http://www.tanaka-kunitaka.net/takeshima/2a343tan1649-1881/50.jpg
http://www.tanaka-kunitaka.net/takeshima/2a343tan1649-1881/51.jpg
http://www.tanaka-kunitaka.net/takeshima/2a343ta

Re: 「外一島」は「竹嶼」ですよね

投稿者: Tanaka_Kunitaka 投稿日時: 2006/10/17 23:48 投稿番号: [15025 / 18519]
敬称が抜けておりました。正しくは「take_8591さんへ」です。

いっぺんに沢山のリンクを張りたいのですが、掲示板が重たいです。

Re: 「外一島」は「竹嶼」ですよね

投稿者: Tanaka_Kunitaka 投稿日時: 2006/10/17 23:37 投稿番号: [15024 / 18519]
take_8591へ

私が公開している画像は、貴殿が下記のサイトで掲載されておりますが、
http://www.geocities.jp/take_8591/take010/010.html
必ず「国立公文書館所蔵」と明記して下さい。

国立公文書館所蔵 『竹島考證 下』 

投稿者: Tanaka_Kunitaka 投稿日時: 2006/10/17 21:08 投稿番号: [15023 / 18519]
明日は会社が休みなので今日はバンバン掲載します。と言ってもヤフーは一日の投稿数が決まっていますので、その範囲でしか連続投稿出来ませんが、手元にある各種資料は残さず掲載します。

http://www.tanaka-kunitaka.net/takeshima/2a343tan1649-1881/01.jpg
http://www.tanaka-kunitaka.net/takeshima/2a343tan1649-1881/02.jpg
http://www.tanaka-kunitaka.net/takeshima/2a343tan1649-1881/03.jpg
http://www.tanaka-kunitaka.net/takeshima/2a343tan1649-1881/04.jpg
http://www.tanaka-kunitaka.net/takeshima/2a343tan1649-1881/05.jpg
http://www.tanaka-kunitaka.net/takeshima/2a343tan1649-1881/06.jpg
http://www.tanaka-kunitaka.net/takeshima/2a343tan1649-1881/07.jpg
http://www.tanaka-kunitaka.net/takeshima/2a343tan1649-1881/08.jpg
http://www.tanaka-kunitaka.net/takeshima/2a343tan1649-1881/09.jpg
http://www.tanaka-kunitaka.net/takeshima/2a343tan1649-1881/10.jpg
http://www.tanaka-kunitaka.net/takeshima/2a343tan1649-1881/11.jpg
http://www.tanaka-kunitaka.net/takeshima/2a343tan1649-1881/12.jpg
http://www.tanaka-kunitaka.net/takeshima/2a343tan1649-1881/13.jpg
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http://www.tanaka-kunitaka.net/takeshima/2a343tan1649-1881/24.jpg
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http://www.tanaka-kunitaka.net/takeshima/2a343tan1649-1881/26.jpg

Re: 三毛猫君に宿題

投稿者: Am_I_AHO_1st 投稿日時: 2006/10/17 20:38 投稿番号: [15022 / 18519]
  三毛猫君が#14986で提示した資料を精査した。

>http://www.lib.kobe-u.ac.jp/directory/sumita/00025412/

  結論を云うと、弘化三年版と同じ記述があり、1775年に刊行されたものとは認められない。
  一番分かりやすいのは、地図の右下の記述が弘化三年版と全く同じだから確認すると良いだろう。

  神戸大学のミスと云うことだ。

『週刊新潮』 竹島レーダーは日本製

投稿者: Tanaka_Kunitaka 投稿日時: 2006/10/17 20:06 投稿番号: [15021 / 18519]
中川政調会長が言及した「日本核保有論」が注目を浴びていますが、こういう議論が出てきているのも、かの国が原因になっているのは言うまでもありません。日本には核よりも強力な日米同盟という保障がありますので、核を持たなくても抑止力は存在するということです。


さて、掲題の件ですが、下記に資料を掲載します。

竹島WARS! 韓国人ショック 竹島レーダーは日本製(05年3月31日)
http://www.tanaka-kunitaka.net/takeshima/magazine/shincho/050331a.jpg
http://www.tanaka-kunitaka.net/takeshima/magazine/shincho/050331b.jpg
http://www.tanaka-kunitaka.net/takeshima/magazine/shincho/050331c.jpg
http://www.tanaka-kunitaka.net/takeshima/magazine/shincho/050331d.jpg
http://www.tanaka-kunitaka.net/takeshima/magazine/shincho/050331e.jpg

竹島領有権を検証する   櫻井よしこ(05年4月7日)
http://www.tanaka-kunitaka.net/takeshima/magazine/shincho/050407a.jpg
http://www.tanaka-kunitaka.net/takeshima/magazine/shincho/050407b.jpg
http://www.tanaka-kunitaka.net/takeshima/magazine/shincho/050407c.jpg
http://www.tanaka-kunitaka.net/takeshima/magazine/shincho/050407d.jpg

「竹島は韓国へ譲ってしまったら」と書いた論説主幹(05年4月14日)
http://www.tanaka-kunitaka.net/takeshima/magazine/shincho/050414.jpg

Re: 日本統治時代の地図が根拠?

投稿者: quo_vadis256 投稿日時: 2006/10/17 19:02 投稿番号: [15020 / 18519]
>統治者が韓國皇帝から天皇になったわけですので・・・・・

韓国王が何時皇帝になったのかなどいうは野暮、ここは歴史を捏造する会議室だからね。


kikousidayo氏さん江
>決定的に重要なのはかかる独善から、誤謬と曲解を垂れ流すことだろうな。

結論は出ているじゃないか。長居するのはアホかジョーカーぐらいだろうよ。


それにしても、この前の半月城氏の講演会は面白かったな。やっぱり、Live でないとダメ
なモノかねぇ。

Re: こちらも忘れないでね?

投稿者: Am_I_AHO_1st 投稿日時: 2006/10/17 14:19 投稿番号: [15019 / 18519]
  靖国神社か。

  韓国の大統領がお参りできる日が来ればいいね。
  あそこには5万人の韓国人・中国人も祀られている。国民の統合の象徴である大統領は、自らが参拝できるように、日本政府に積極的に意見して、環境を整えるべきだろう。

こちらも忘れないでね?

投稿者: junksai 投稿日時: 2006/10/17 14:02 投稿番号: [15018 / 18519]
http://jpbbs.cri.cn/viewtopic.php?t=1121&postdays=0&postorder=asc&start=0&sid=cc3dc16e068a66ff5152cbff9b79dcb7

Re: 日本統治時代の地図が根拠?

投稿者: Am_I_AHO_1st 投稿日時: 2006/10/17 13:45 投稿番号: [15017 / 18519]
>すると、韓国の人が「併合により国を失った悲しみ」
などと言ったりしているようですが、そうなると、併合に対しての韓国人の認識はチョッとずれているような感じですね

  イングランドと日本の違いは、イングランド人はスコットランド人を略奪したり虐待したりはしませんでしたが、日本は朝鮮を略奪しましたからね。
  論ずるまでもないことですが、國どうしの関係は似ているけれども、内容は随分違っているようです。
  まあ、だからどうこうという話ではありませんが。

Re: 陸軍陸地測量部が線引した理由?

投稿者: Am_I_AHO_1st 投稿日時: 2006/10/17 13:23 投稿番号: [15016 / 18519]
>うん、継承しているけど、測量地図の製作主体は軍部ですからね。

  軍の機関に継承されたことには訳がありますね。
  その最たるものは、軍国主義化を進める中で、詳細な地図を軍事機密として統制することにあったわけですね。
  勿論、今でも公的な地図が国土地理院の地図を基本として製作されるように、当時の日本も陸地測量部の地図を基本としていました。陸地測量部の地図イコール國の地図なんですね。
  地方が國の地図を基本としてその管轄図を作成するのは当然のことですし、國の地図に書いていないものを地方が勝手に付け加えるわけにもいかないでしょう。
  従って、島根県の地図に獨島(竹島)が描かれていないことも、朝鮮半島で総督府が獨島(竹島)を朝鮮の範囲に含めて考えていたことも、その原因となる國の地図がそうなのですから、当然そうなるべきものと云えるでしょう。

Re: 陸軍陸地測量部が線引した理由?

投稿者: kwsk_my 投稿日時: 2006/10/17 12:36 投稿番号: [15015 / 18519]
これも、返信ありがとうございます。

>直接的にも間接的にも裏付ける資料は皆無ですので、
まあ、云ってみただけ以上の意味はないだろうと考えています。

仰るとおり、思いつきで書きました^^

>陸軍陸地測量部は内務省地理局の機能も継承している事実を見過ごすわけには参りません。

うん、継承しているけど、測量地図の製作主体は軍部ですからね。
どちらが優先するかは、考え方次第ですかね?

ああ、それと、Am_I_AHO_1stさんならば詳しいのでしょうけど
竹島の望楼は、鬱陵島と連携していたと言うのは
半月城さんの論文から勉強させてもらいました。
http://www.han.org/a/half-moon/shiryou/ronbun/half-moon2005.html

「鬱陵島の望楼は二か所で九月に完成しました。
海底電信線の方はウラジオ艦隊に脅かされながらも敷設が進められ、
これも九月に完成しました。これによって鬱陵島の望楼は朝鮮本土を経由して、佐世保の海軍鎮守府と直接交信できることになりました。
さらに、リアンクール島(竹島=独島)にも望楼の建設が計画され、軍艦対馬によって予備調査がおこなわれました。」


とりあえず、Am_I_AHO_1stさんの意見は
「うん、そんな意見もあるね。でも、私はこんな考え方のほうが妥当だと思うよ」
という感じの返信だったようで、チョッと助かりますね。
勉強不足な私ですから、もう少し勉強してみますね。

とりあえず、返信ありがとうです

Re: 日本統治時代の地図が根拠?

投稿者: kwsk_my 投稿日時: 2006/10/17 12:18 投稿番号: [15014 / 18519]
早速の返事、ありがとうございます。
大雑把に過去ログを走り読みしただけなので、抜かしているようですね。
もう一度読み直してみます。

>統治者が韓國皇帝から天皇になったわけですので、
例えば、スコットランドをイングランドの王が統治する連合王国のような形態に類似しています。

何かの本で読みましたが、
イギリスとスコットランドの併合(annexationでしたっけ?)
それを手本にして、日本は併合したとかと書いてあったような。。。

すると、韓国の人が「併合により国を失った悲しみ」
などと言ったりしているようですが、そうなると、併合に対しての韓国人の認識はチョッとずれているような感じですね

改めて、過去ログや法律を探って見ます。

Re: 陸軍陸地測量部が線引した理由?

投稿者: Am_I_AHO_1st 投稿日時: 2006/10/17 11:46 投稿番号: [15013 / 18519]
  その様な想像をなさりたい気持ちは察しますが、陸軍陸地測量部は内務省地理局の機能も継承している事実を見過ごすわけには参りません。

  また、軍事的な都合による線引きが為されたのではないかとする仮説を唱えた人も居ないわけではありませんが、そのことを直接的にも間接的にも裏付ける資料は皆無ですので、まあ、云ってみただけ以上の意味はないだろうと考えています。

Re: 日本統治時代の地図が根拠?

投稿者: Am_I_AHO_1st 投稿日時: 2006/10/17 11:38 投稿番号: [15012 / 18519]
  まず、誤解の無いようにしていただきたいのですが、このことを以て獨島が韓国領である根拠とするとか、その類のことは云っていないので、そのことを予め承知置き下さい。
  ただ事実として、戦前は朝鮮人も日本人もその殆どが獨島を朝鮮の範囲に入るものと理解していたことを指摘しているだけですので。

>日本の陸軍陸地測量部は、
朝鮮半島も日本国だったと思って作っていたのでしょうか?
あるいは、朝鮮半島は、日本とは別の国家だと思って作っていたのでしょうか?

  以前指摘したことがありますが、国際法主体としては朝鮮半島は大日本帝國に併合されておりましたが、それは朝鮮国が日本国になったことを意味しません。(このことに対する根本的な反対説はありません)
  統治者が韓國皇帝から天皇になったわけですので、例えば、スコットランドをイングランドの王が統治する連合王国のような形態に類似しています。
  従って、朝鮮が日本に併合されたからと云っても、そのことが原因で朝鮮の範囲が変わることは基本的にはないと考えて下さい。

  上記のような基本事項を踏まえた上で、読み返して頂けると幸いです。

陸軍陸地測量部が線引した理由?

投稿者: kwsk_my 投稿日時: 2006/10/17 11:38 投稿番号: [15011 / 18519]
その海域で、島根県と竹島(独島)の間に線が引かれたのは、
軍事作戦上の都合で、鬱陵島と竹島(独島)がセットされたからではないでしょうか?

日露戦争で、
日本海軍とロシアのバルチック艦隊の海戦が
鬱陵島-竹島(独島)の周辺でありましたよね。

年表形式にしてみました
1905年04月08日 バルチック艦隊、シンガポール沖を通過
1905年05月27日 日本海(対馬沖)海戦   海戦終了後、日本海軍、鬱陵島に終結
1905年05月28日 ネボガトフ提督、竹島沖にて降伏   ロジェストベンスキー提督、鬱陵島沖にて降伏
1905年07月 海軍人夫38名竹島に上陸し、仮設望標を建てる
1905年08月16日 竹島東島望楼完成
1905年09月05日 ポーツマス条約 調印
1905年11月17日 第2次日韓協約 調印

海上防衛の必要性から
竹島(独島)に望楼を設置したわけで、鬱陵島と連携をしていたのだと思います。
だから、竹島と鬱陵島は軍事上の都合でセットになった?

陸軍陸地測量部が地図を書く権限があったのなら、
軍事上の都合も考えて、線引きをするでしょうね。

ですから、竹島(独島)が朝鮮国領度という認識で地図を作るよりも、
軍事上の作戦の遂行を優先した考えで、区切りの線を書き入れると思いますが、
どんなものなのでしょうね。

日本統治時代の地図が根拠?

投稿者: kwsk_my 投稿日時: 2006/10/17 10:36 投稿番号: [15010 / 18519]
初めての書き込みで申し訳ない。

朝鮮半島が日本国だった頃、日本の陸軍陸地測量部は
「竹島(独島)を韓国側に線引きした地図を作っていた」
とのことですが、

日本の陸軍陸地測量部は、
朝鮮半島も日本国だったと思って作っていたのでしょうか?
あるいは、朝鮮半島は、日本とは別の国家だと思って作っていたのでしょうか?

ま、内地と外地の区分はあったかもしれませんけど、
大韓帝国を日本国として併合していたわけで、日本の陸軍陸地測量部は
朝鮮半島も日本国だと思って地図を作っていたのではないのですか?

>島根県に領有意識がなかったからではなく、國全体がそうだったのです

半島が日本国の時代に作られた地図が、
たとえ竹島(独島)と島根県隠岐島との間に線引きがしてあったとしても、
国境の線引きではないと思いますけど。。。。。

日本の統治時代の地図に、
竹島(独島)と隠岐島の間に線を引いて、
島根県の管轄以外だという認識になっていれば、それは韓国の領土を示す
、、、、という仕組みがよく解らないので、誰か説明していただけると助かります。

Re: 『改正日本輿地路程全図』

投稿者: kikousidayo 投稿日時: 2006/10/16 23:42 投稿番号: [15009 / 18519]
>当時の日本社会に鬱陵諸島(竹島と松島)全体を日本領土ではないかとする俗信が蔓延していたことが決定的に重要です。


・鬱陵諸島という地理学上の分類があるというソースを希望したいね。勝手な造語はいけないからな。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
・日本領土ではないかとする俗信が蔓延だと?これも独断と思い込み。さもなければ論証すること。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
・太政官の島名の混乱からきた決定は、我が国の内政問題で朝鮮との外交問題ではないことをごっちゃにすべきではない。


決定的に重要なのはかかる独善から、誤謬と曲解を垂れ流すことだろうな。(www
~~~~~~~~~~~~~~~

Re: 『改正日本輿地路程全図』

投稿者: Am_I_AHO_1st 投稿日時: 2006/10/16 17:36 投稿番号: [15008 / 18519]
  いずれお考えをお聞かせ下さい。

  川上健三氏が唱えた所謂島名混乱説が、実は当時もアルゴノートは「烏有の島」と明確に認識されており外の認識は無かったことが明らかとなり、完全に否定されたわけですし、むしろ当時の日本社会に鬱陵諸島(竹島と松島)全体を日本領土ではないかとする俗信が蔓延していたことが決定的に重要です。
  その様な情勢下で下された太政官の決定は、島名の混乱を解決することが目的ではなく、鬱陵諸島全体が朝鮮領であることの再確認だったわけです。
  ましてや、諸島の一部を切り離してどうこうしようなどと云う話ではありませんから。

Re: その調子

投稿者: Am_I_AHO_1st 投稿日時: 2006/10/16 17:19 投稿番号: [15007 / 18519]
>こっちもよろしく。

>Mr. Han stated that these were two small islands lying in the Sea of Japan, he believed in the general vicinity of Ullungdo.

>バランは結局チェジュの近くの暗礁じゃなかったけ?

  なにがよろしくなのか、良く分かりませんが。
  分かるように書いて貰わないとねえ(笑)

  何かを聞きたい?何かを主張したい?

Re: 三毛猫君に宿題

投稿者: Am_I_AHO_1st 投稿日時: 2006/10/16 17:06 投稿番号: [15006 / 18519]
>赤水の四年前(1775)の地図で、「改正日本輿地路程全圖」という地図なんだが、
>http://www.lib.kobe-u.ac.jp/directory/sumita/00025412/

  ざっと見た感じだが、その書誌情報は怪しいな。
  日本で最初に経度緯度が記入された地図が大阪で初めて刊行されたのが1779年長久保赤水の地図といわれており、書誌情報のとおりならば大発見と云うことになるのだが、どうもそういう風にも見えない。
  どちらかというと弘化三年版に影響を受けているようにも見え、手彩色の具合なども実際手に取ってみないと何とも云えないが、どの様な根拠で1775年の刊行と判定したのか分からない。
  確言は出来ないが、書誌情報の入力ミスか何かで、もっと後の年代に発刊されたものを誤って1775年と入力したものである可能性が高い。

  よって、現時点では、その地図の書誌情報を根拠にすることは無理だろう。

Re: 戦前の島根県地図と竹島=独島

投稿者: Am_I_AHO_1st 投稿日時: 2006/10/16 16:41 投稿番号: [15005 / 18519]
  Am_I_AHO_1stです。

  半月城氏 wrote:
>   戦前の島根県の地図に竹島=独島を見つけるのがむずかしいので、ましてや全国規模の日本全図や島根県分県地図に竹島=独島を見いだすのは困難です。その結果が、日本の陸軍陸地測量部が1936年刊行した「地図区域一覧図」に反映され、竹島=独島が島根区域でなく朝鮮区域に分類されました。

  日本の陸軍陸地測量部は、内務省地理局を統合したものですから、当時は日本で唯一の公的地図の発行機関でした。現在の国土地理院の全身でもあります。
  ネット上では、この陸軍陸地測量部を指して単なる軍管区などという悪い冗談も蔓延っているようですが、それは全く根拠のない出鱈目ですね。

  さて、その陸軍陸地測量部が獨島(竹島)を朝鮮の領域に含めていたのですから、「地図区域一覧図」に区分されていたことが原因で、島根県の地図には獨島は記載されない結果になるでしょう。
  これは、島根県に領有意識がなかったからではなく、國全体がそうだったのです。1905年の告示(ただし回覧)が秘密裏に行われた結果と云えるでしょう。
  更にこのことは、戦前の総督府が獨島(竹島)を朝鮮の範囲として学校教育を行ったことにも繋がります。つまり戦前は、日本人も朝鮮人も殆ど全ての人が獨島(竹島)を朝鮮の範囲として理解していたと考えて差し支えないでしょう。

Re: 島根県の見解について(訂正)

投稿者: ahirutousagi2 投稿日時: 2006/10/16 00:35 投稿番号: [15004 / 18519]
誤解があってはいけないので、ちょっと訂正。

1.太政官が単に古来からの理解による松島を版図外とした。(地理的理解は関係なし)
2.古来からの理解に加え、地理的に太政官が松島=ダジュレーと理解した。
3.古来からの理解に加え、地理的に太政官が松島=リアンクール岩と理解した。

こうしたほうが妥当かな…。

Re: 島根県の見解について

投稿者: ahirutousagi2 投稿日時: 2006/10/16 00:08 投稿番号: [15003 / 18519]
相変わらず、太政官の判断における地理的な不認識についての私の指摘については、前回の「偶然の一致」以外は、何のご返答もいただけず残念ですが、ご質問について、私の考えはお答えしておくことにします。

>ahirutousagi2さんは明瞭に書きづらいのかも知れませんが、島根県が「外一島とは、現在の竹島とみられる」と考えている事実自体は認めるのでしょうか?

認めていませんよ。太政官が考えた竹島・松島の位置は、繰り返しますが、アルゴノートとダジュレーであったと考えるのが前後の資料から判断して妥当です。ですから、太政官の判断を下した「版図外」は、結果として、鬱陵島のみです。

ただし、以前にも記しましたが、太政官が版図外とした島名が「竹島・松島」にほかならないではないか、ということは、問題にはなりえます。

つまり「竹島・松島」を版図外としたのであれば、地理的な認識は伴わなかったとしても、江戸時代からの政府の立場の整合性から考えれば、竹島=独島を版図外と一旦は規定した、と見なすことは、やむをえない部分があるのではないかと。

その点で、島根県の理解そのものは、私はさほど違和感はありません。それはそうでしょう。太政官が松島=ダジュレーと判断したというのは、あくまで前後の資料からの整合的な判断であって、それについての直接的な根拠はありません。

さしあたり、こうした理解は充分にありうることです。

しかし、翌年には外務省が松島=鬱陵島とし、その後、正式に松島=鬱陵島で規定しているわけですから、結果としては、明治政府は鬱陵島の向こうまでを版図外としたと考えたと見てよい、と私は考えています。

そのあたりの混乱を国際法での領土紛争においてどう処理されるのかは私は知りませんが、あくまで資料的な整合性から判断できるのは、そういうことです。

一方、太政官が松島を正しくリアンクール岩と判断して版図外としたと半月城さんが考えるとすれば、私は、それは何ら根拠もない話に過ぎないと思いますよ。研究者がそう考えたとしても、同様。

この問題に対する理解の可能性は以下の通りです。(竹島・松島を版図外としたことを前提とする)

1.太政官が単に古来からの理解による松島を版図外とした。(地理的理解は関係なし)
2.太政官が松島=ダジュレーと理解した。
3.太政官が松島=リアンクール岩と理解した。

このうち3はありえません。ありうるのは1.2だけです。私は前後の流れから2を取りますし、諸研究者は2の具体的な資料を明らかにできない以上は一旦は1を取らざるをえないでしょう。半月城さんは、どうやら3のようですが。

要約すると、おそらくは太政官は現在の鬱陵島の位置までを版図外とした。ただ、古来からの「竹島・松島」を版図外としたことをどう考えるかは問題となりうるが。というのが私の理解です。

何だか半月城さんが「ahirutousagi2さんもとうとう認めました」と言い始めるのではないかと危惧していますが、私はあくまで、以前から「竹島・松島を版図外としたことをどう考えるかは問題となりうる」と書いていますので、うそだと思うなら、昔の書き込みをご確認ください。

私の立場は一貫していますよ。そして、上記の2が真実に近いと判断しているわけですよ。

>私は、この問題についてはもはやこれで十分満足です。

歴史の理解に満足だの何だの、あるのでしょうか。やはり、私とは出発点が違っていらっしゃるようです。

Re: 竹島

投稿者: quo_vadis256 投稿日時: 2006/10/15 21:37 投稿番号: [15002 / 18519]
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

堀氏、林氏が記した片言隻句からどのようにして、日本固有領土説が覆り、朝
鮮固有領土説が導かれるか論証してみればよい。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
写経の如く劣化複写を続けることにより、どのような虚構の城が構築されるか、
興味がもたれるところである。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
劣化写経にことさららしく容喙する気はない。「それでも地球は回っている」、ボロ
ニアに24人の碩学、大学教授をあつめたガリレオ・ガリレイの呟きが思い浮かぶ。

誤記訂正。
ついでに変わったHPがありました。

http://chi.iii.u-tokyo.ac.jp/old/html2004/baba/study3.html

Re: 竹島

投稿者: quo_vadis256 投稿日時: 2006/10/15 21:21 投稿番号: [15001 / 18519]
虚構の論理の積み重ねで、詭弁をふるったところで真実に成るわけではない。
半月城氏の虚構の城は積み木くづしのように虚構の重みで軋んでいる。

歴史は事実の考証にあるのだが、”自説に都合のよいところのみ切り張りしたと
ころで真実に成るわけでない”ことは無視できるものでない。

堀氏、林氏が記した言片隻句からどのようにして、日本固有領土説が覆り、朝
鮮固有領土説が導かれるか論証してみればよい。

堀氏、林氏がどのような論理構築をし、それがどのように反駁されようと半月城
氏の妄言が真実に錬金されるものでもない。

写経の如く劣化複写を続けることにより、どのような虚構の城が構築されるか、
興味がもたれるところである。

日本の多くの古書や地図を井戸を掘るかに、穿っても朝鮮固有領土説が導かれ
ることはない。朝鮮に穿つに足るだけの文書も地図もないことを証しているに過ぎ
ないからだ。

劣化写経にことさららしく容喙する気はない。「それでも地球は回っている」、ボロ
ニアに24人の碩学、大学教授をあつめてガリレオ・ガリレイの呟きが思い浮かぶ。

Re: 『改正日本輿地路程全図』

投稿者: ban_wol_seong 投稿日時: 2006/10/15 20:23 投稿番号: [15000 / 18519]
   Am_I_AHO_1stさん、狩野文庫の紹介をありがとうございました。
いずれ、考えをまとめたいと思います。

島根県の見解について

投稿者: ban_wol_seong 投稿日時: 2006/10/15 20:19 投稿番号: [14999 / 18519]
   半月城です。

   ahirutousagi2さん、Re:14992
>下條氏がどう思おうと、『フォトしまね』にどう記されようと、この件についてはあまり関係がないと思いますよ。

   ahirutousagi2さんは明瞭に書きづらいのかも知れませんが、島根県が「外一島とは、現在の竹島とみられる」と考えている事実自体は認めるのでしょうか?

   今や「外一島とは、現在の竹島とみられる」という考えは「竹島日本領派」の研究者である塚本孝氏を初めとして下条氏までもがやっと認めるようになり、これに異議を唱える研究者はまったく見当たりません。ただし、自称「竹島問題研究家」の田中邦貴さんがどう考えるのかは論外ですが。
   結局、この「外一島とは、現在の竹島とみられる」という考えは、もはや定説になったといっても過言ではありません。もちろん、私もその考えに賛成です。したがって、私は、この問題についてはもはやこれで十分満足です。

「松島渡海免許」と林志弦氏の主張2

投稿者: ban_wol_seong 投稿日時: 2006/10/15 19:50 投稿番号: [14998 / 18519]
   このように、林氏は日本の固有領土論の柱に「松島渡海免許」があると信じているようですが、それが存在しないとなれば、同氏の主張は根底からくずれかねません。
   下条氏は、明治政府の太政官が竹島=独島を版図外にしたことなどから「竹島=独島を日本の固有領土とするのは適切でない」といみじくも語りましたが(注4)、もし「松島渡海免許」が存在していたのなら違う主張をしていたことでしょう。
   これを受けてか、島根県発行の『フォトしまね』でも竹島=独島を日本の「固有領土」とする主張はみられません。『フォトしまね』は下条氏の主張を基調にしているだけに当然と思われます。

   このように、最近は日本で「固有領土」の主張が消えつつあります。実際、島根県のホームページにも「固有領土」を主張する文字はなく、代わりに下記のように書くのみでした。
  「江戸幕府は朝鮮との争いのため、元禄9年(1696年)鬱陵島への渡航を禁じこの島を放棄しましたが、竹島については日本の領土と考え渡航を禁じていませんでした」

   この一節も「竹島問題研究会」の意向次第では書きかえられる可能性が大です。前回書いたように、同研究会は「竹島一件」後の竹島=独島を「日本の領土」と断定するのではなく、「日本領との認識がなかったとは言えず」と控えめな表現にとどめました。

   一方、外務省のホームページは、下条氏によれば50年前の認識のままで(注4)、竹島=独島を「日本の固有領土」としていますが、その根拠は50年前の水準にとどまり、現在ではほとんど通用しません(注5)。
   こうして見ると、林志弦氏の見解<紛争当事国は、それぞれ皆、この紛争地域が遠い昔から「我が国の国有の領土」と主張>という前提は、竹島=独島問題に関するかぎり、日本側の事情で崩れつつあります。

(注1)堀和生「一九〇五年 日本の竹島領土編入」『朝鮮史研究会論文集』第24号,1987
http://www.han.org/a/half-moon/shiryou/ronbun/hori1987.pdf
(注2)半月城通信<竹島=独島と「松島渡海免許」>
http://www.han.org/a/half-moon/hm115.html#No.861
(注3)林志弦「国民国家の内と外」『現代思想』Vol33-6,2005.5月号、P100
(注4)CSスカパー256ch「ニュースの深層」5月15日放送の番組「竹島問題 現状
と今後の課題」
http://www.han.org/a/half-moon/hm120.html#No.901
(注5)<竹島=独島「日本の固有領土」説の検証>
http://www.han.org/a/half-moon/hm105.html#No.770

(半月城通信)http://www.han.org/a/half-moon/

「松島渡海免許」と林志弦氏の主張1

投稿者: ban_wol_seong 投稿日時: 2006/10/15 19:49 投稿番号: [14997 / 18519]
   半月城です。

   ahirutousagi2さん、Re:14992
>下條氏に問題点があるのかどうかは知りませんが、私から見ますと、堀和生氏の論文もずいぶんと恣意的で良心的とはいいがたいものですよ。

   ahirutousagi2さんは「歴史的な事実を知りたい」といいながら、下条氏が書く「歴史的事実」について何らの考察もしないのでしょうか?
   一方、堀和生氏ですが、明治政府が竹島外一島、すなわち竹島(欝陵島)と松島(竹島=独島)を日本の版図外にした『公文録』などの史料を発掘した同氏の20年前の功績は不滅ですが、それだけに同氏が書いた「松島渡海免許」の一節は、誇張していえば罪作りな記述です。堀氏はこう記しました。
        −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
  (大谷、村川)両家は竹島=欝陵島に渡る途中にある松島=独島でも若干漁業をすることもあったとみえ、1661年頃 新たに松島への「渡海免許」も下された。ただし、両家の目的はあくまで竹島=欝陵島であり、松島=独島はその往復途中の手間仕事にすぎなかった。
   また、二つの島の大きさは桁が違うので、当時の史料中でも「竹嶋之内松嶋」「竹嶋近辺松嶋」「竹嶋近所之小嶋」等のように、松島は竹島の属島として扱われていた(注1)。
        −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

  「松島渡海免許」は「竹島日本領派」の塚本孝氏によって否定されて以来、最近の池内敏氏の論文に至り「松島渡海免許」は存在しなかったというのが、ほぼ日本の定説になりました(注2)。
   しかし、韓国ではいまだに「松島渡海免許」の存在を信じる人がいるようです。たとえば、歴史学者の林志弦氏は「松島渡海免許」の存在を前提にして国境紛争についてこう記しました。
        −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
  紛争当事国は、それぞれ皆、この紛争地域が遠い昔から「我が国の国有の領土」と主張する。特に独島/竹島や釣魚島/尖閻諸島のように無人島の場合、現地住民と本土住民との文化的紐帯を主張する何らの根拠がないため、歴史資料に依存するしかない。
  それで、各々それが「我が国の固有の領土」であることを立証するに値する歴史資料を探し出そうと血眼だ。「神聖な我が国土」に対する愛国的歴史家の助けで、幸いにもこれらの国々は、皆それが「我が国有の領土」であることを立証する諸資料を提示できるようになった。
  しかし問題は、紛争地域に対するこれら歴史資料が、相手を納得させるほど、誰の目にも公平無私で客観的な証拠を提示できないという点だ。自分の目にだけそれなりに客観的な証拠であるにすぎない。そこで国境紛争はたちまち歴史論争に飛び火する。
  それは、もはや客観的事実の領域というより、主観的解釈の領域だ。歴史資料を通じて紛争が終決されるのではなく、互いに異なる主張が、これからは歴史まで背負って伯仲した平行線を走るだけだ。
  一七世紀徳川幕府の「渡海免許」が、独島(竹島)に対する日本の実効的支配を意味するという日本の学界の主張と、むしろ外国であることを立証するという韓国の学界の反駁は、一つの例にすぎない(注3)。
        −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
(つづく)

日本の地図に記載が無い。

投稿者: husenoyaji 投稿日時: 2006/10/15 15:42 投稿番号: [14996 / 18519]
小さいから、あるいは離れているので書きにくいから、書かなかったのでしょう。何の不思議もありません。

これが韓国論法。

日本の地図に記載がない理由は、日本側も韓国併合とともに韓国側と理解した可能性もありますね。どうせ両方日本なんだから、近い方に付けちゃえって感覚は、むしろ普通人の感覚でしょうね。

しかし、それも想像。

はっきりしているのは、于山島が書かれている地図はすべて、鬱陵島直近に書かれているという事実。

この差は大きいな。
想像と事実の差は大きい。

ははあ

投稿者: honkytonk_2002_x 投稿日時: 2006/10/15 02:41 投稿番号: [14995 / 18519]
>私は、竹島問題に対する関心の出発点が、半月城さんとは違って、歴史的な事実を知りたい、ということにあるのです。

↑以上に、もう全てが集約されていますな。

『隠州視聴合記』のURLが変更しました

投稿者: Tanaka_Kunitaka 投稿日時: 2006/10/15 02:21 投稿番号: [14994 / 18519]
正確に言うとURLは変更しておりませんが、下記サイトに掲載している画像は、先ほどの『竹島考證 上』と同じドメインになります。
http://www.tanaka-kunitaka.net/takeshima/wa29091-1667/

以後、大きな画像ファイルについてはフリーディスクにアップロードし、文章はtanaka-kunitaka.netに書き込みます。

Re: 『竹島考證 上』 URLを変更しました

投稿者: Tanaka_Kunitaka 投稿日時: 2006/10/15 02:00 投稿番号: [14993 / 18519]
ついに自身のHP容量が1GBに達してしまいました。従いまして、『竹島考證 上』を下記のサイトに移転させました。

http://www.geocities.jp/tanaka_kunitakajp/takeshima/2a343tan1647-1881/01.jpg
http://www.geocities.jp/tanaka_kunitakajp/takeshima/2a343tan1647-1881/02.jpg
http://www.geocities.jp/tanaka_kunitakajp/takeshima/2a343tan1647-1881/03.jpg
http://www.geocities.jp/tanaka_kunitakajp/takeshima/2a343tan1647-1881/04.jpg
http://www.geocities.jp/tanaka_kunitakajp/takeshima/2a343tan1647-1881/05.jpg
http://www.geocities.jp/tanaka_kunitakajp/takeshima/2a343tan1647-1881/06.jpg
http://www.geocities.jp/tanaka_kunitakajp/takeshima/2a343tan1647-1881/07.jpg
http://www.geocities.jp/tanaka_kunitakajp/takeshima/2a343tan1647-1881/08.jpg
http://www.geocities.jp/tanaka_kunitakajp/takeshima/2a343tan1647-1881/09.jpg
http://www.geocities.jp/tanaka_kunitakajp/takeshima/2a343tan1647-1881/10.jpg
http://www.geocities.jp/tanaka_kunitakajp/takeshima/2a343tan1647-1881/11.jpg
http://www.geocities.jp/tanaka_kunitakajp/takeshima/2a343tan1647-1881/12.jpg
http://www.geocities.jp/tanaka_kunitakajp/takeshima/2a343tan1647-1881/13.jpg
http://www.geocities.jp/tanaka_kunitakajp/takeshima/2a343tan1647-1881/14.jpg

Re: atsui4444さんへ

投稿者: ahirutousagi2 投稿日時: 2006/10/15 01:06 投稿番号: [14992 / 18519]
下條氏がどう思おうと、『フォトしまね』にどう記されようと、この件についてはあまり関係がないと思いますよ。ただ、私がこの掲示板で問題にしているのは、その地理的な理解が伴っていなかったと言うこと。

いくつかの点を申し上げておきます。

1.太政官は確かに竹島・松島を版図外としたこと。ただし、この時期の政府関係の地図はすべて竹島=アルゴノート、松島=ダジュレーとしていること。

2.1881年の内務省地理局「大日本全國略圖」も、竹島=アルゴノート、松島=ダジュレーの位置で、島の位置を把握していたこと。

これについて敷衍しておきます。

>結局、1877年、太政官は内務省の伺書を承認したことにより、内務省の松島・竹島に関する認識をそのまま承認して版図外と布告したのでした。(14791)

1881年の内務省地理局「大日本府県分轄図」に竹島・松島の位置がアルゴノート・ダジュレーでうかがわれるわけですから「内務省の松島・竹島」は地理的には、アルゴノート・ダジュレーの位置で考えて差し支えないかと思いますよ。

外務省などは、いち早く鬱陵島=松島と規定しています(1878年)。あるいは、仮に島根県提出の資料のみを対象にして、外一島の版図外を規定したとしても、地理的な理解が伴っていなかったという点については、同様。

当時の政府の領有意識は、位置的には、鬱陵島から向こう側までを朝鮮領と考えたと見てよろしいことでしょう。想定された島名は、竹島・松島でしたが。

申し上げておきますが、私はどの学者がどう主張しているとか、どの雑誌にどうでているとか、あまり関心はないのです。それは、自分の理解のための参考にすべきものではあっても、その名前によって、相手の説得をしようとは考えません。

仮に、引用すべき文章があれば、出所を明らかにして、引用する。それまでのことです。

下條氏に問題点があるのかどうかは知りませんが、私から見ますと、堀和生氏の論文もずいぶんと恣意的で良心的とはいいがたいものですよ。

そうやって、いろいろな資料にあたり、自分の考えを構築すればよいのであって、いちいち誰かの権威に頼ったり、またそれを貶めたりすることはないと思いますよ。

>この事実を認めるまでには相当な苦衷があったことと思われますが、ここでは多くの人が未だにそれを認められず苦悶しているのでしょうか。

苦悶など、かけらほどもありませんよ。私は納得さえできればいくらでも自分の考えを変えますし、そうでなければ、自分の考えをさらに機会があるたびに深めるだけのことです。当たり前ではないですか。

私は、竹島問題に対する関心の出発点が、半月城さんとは違って、歴史的な事実を知りたい、ということにあるのです。
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