Re: atsui4444さんへ
投稿者: ahirutousagi2 投稿日時: 2006/10/15 01:06 投稿番号: [14992 / 18519]
下條氏がどう思おうと、『フォトしまね』にどう記されようと、この件についてはあまり関係がないと思いますよ。ただ、私がこの掲示板で問題にしているのは、その地理的な理解が伴っていなかったと言うこと。
いくつかの点を申し上げておきます。
1.太政官は確かに竹島・松島を版図外としたこと。ただし、この時期の政府関係の地図はすべて竹島=アルゴノート、松島=ダジュレーとしていること。
2.1881年の内務省地理局「大日本全國略圖」も、竹島=アルゴノート、松島=ダジュレーの位置で、島の位置を把握していたこと。
これについて敷衍しておきます。
>結局、1877年、太政官は内務省の伺書を承認したことにより、内務省の松島・竹島に関する認識をそのまま承認して版図外と布告したのでした。(14791)
1881年の内務省地理局「大日本府県分轄図」に竹島・松島の位置がアルゴノート・ダジュレーでうかがわれるわけですから「内務省の松島・竹島」は地理的には、アルゴノート・ダジュレーの位置で考えて差し支えないかと思いますよ。
外務省などは、いち早く鬱陵島=松島と規定しています(1878年)。あるいは、仮に島根県提出の資料のみを対象にして、外一島の版図外を規定したとしても、地理的な理解が伴っていなかったという点については、同様。
当時の政府の領有意識は、位置的には、鬱陵島から向こう側までを朝鮮領と考えたと見てよろしいことでしょう。想定された島名は、竹島・松島でしたが。
申し上げておきますが、私はどの学者がどう主張しているとか、どの雑誌にどうでているとか、あまり関心はないのです。それは、自分の理解のための参考にすべきものではあっても、その名前によって、相手の説得をしようとは考えません。
仮に、引用すべき文章があれば、出所を明らかにして、引用する。それまでのことです。
下條氏に問題点があるのかどうかは知りませんが、私から見ますと、堀和生氏の論文もずいぶんと恣意的で良心的とはいいがたいものですよ。
そうやって、いろいろな資料にあたり、自分の考えを構築すればよいのであって、いちいち誰かの権威に頼ったり、またそれを貶めたりすることはないと思いますよ。
>この事実を認めるまでには相当な苦衷があったことと思われますが、ここでは多くの人が未だにそれを認められず苦悶しているのでしょうか。
苦悶など、かけらほどもありませんよ。私は納得さえできればいくらでも自分の考えを変えますし、そうでなければ、自分の考えをさらに機会があるたびに深めるだけのことです。当たり前ではないですか。
私は、竹島問題に対する関心の出発点が、半月城さんとは違って、歴史的な事実を知りたい、ということにあるのです。
いくつかの点を申し上げておきます。
1.太政官は確かに竹島・松島を版図外としたこと。ただし、この時期の政府関係の地図はすべて竹島=アルゴノート、松島=ダジュレーとしていること。
2.1881年の内務省地理局「大日本全國略圖」も、竹島=アルゴノート、松島=ダジュレーの位置で、島の位置を把握していたこと。
これについて敷衍しておきます。
>結局、1877年、太政官は内務省の伺書を承認したことにより、内務省の松島・竹島に関する認識をそのまま承認して版図外と布告したのでした。(14791)
1881年の内務省地理局「大日本府県分轄図」に竹島・松島の位置がアルゴノート・ダジュレーでうかがわれるわけですから「内務省の松島・竹島」は地理的には、アルゴノート・ダジュレーの位置で考えて差し支えないかと思いますよ。
外務省などは、いち早く鬱陵島=松島と規定しています(1878年)。あるいは、仮に島根県提出の資料のみを対象にして、外一島の版図外を規定したとしても、地理的な理解が伴っていなかったという点については、同様。
当時の政府の領有意識は、位置的には、鬱陵島から向こう側までを朝鮮領と考えたと見てよろしいことでしょう。想定された島名は、竹島・松島でしたが。
申し上げておきますが、私はどの学者がどう主張しているとか、どの雑誌にどうでているとか、あまり関心はないのです。それは、自分の理解のための参考にすべきものではあっても、その名前によって、相手の説得をしようとは考えません。
仮に、引用すべき文章があれば、出所を明らかにして、引用する。それまでのことです。
下條氏に問題点があるのかどうかは知りませんが、私から見ますと、堀和生氏の論文もずいぶんと恣意的で良心的とはいいがたいものですよ。
そうやって、いろいろな資料にあたり、自分の考えを構築すればよいのであって、いちいち誰かの権威に頼ったり、またそれを貶めたりすることはないと思いますよ。
>この事実を認めるまでには相当な苦衷があったことと思われますが、ここでは多くの人が未だにそれを認められず苦悶しているのでしょうか。
苦悶など、かけらほどもありませんよ。私は納得さえできればいくらでも自分の考えを変えますし、そうでなければ、自分の考えをさらに機会があるたびに深めるだけのことです。当たり前ではないですか。
私は、竹島問題に対する関心の出発点が、半月城さんとは違って、歴史的な事実を知りたい、ということにあるのです。
これは メッセージ 14989 (ban_wol_seong さん)への返信です.
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