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本当です

投稿者: tell_me_honto_gou_2004 投稿日時: 2004/08/07 23:00 投稿番号: [1481 / 7270]
日本2連覇、3―1で中国下す…アジア杯

アジアカップ決勝戦、福西が先制のゴール=森田昌孝撮影

  サッカーのアジアカップ決勝、日本―中国は7日夜、中国・北京で行われ、圧倒的な声援に後押しされた中国の激しいプレーに苦しみながらも、日本が3―1で中国を振り切り、連覇を果たした。

  各大陸王者が集まり来年6月にドイツで開催されるコンフェデレーションズカップへの出場権も手にした。

  連覇を目指す日本は、アウエーの洗礼を受けながらも準々決勝のPK戦など厳しい戦いを勝ち抜き、決勝へ。出場停止の遠藤に代わって中田浩が守備的MFに入り、地元の大声援を背に初優勝を狙う中国に挑んだ。

  落ち着いた立ち上がりながら、日本が中盤でボールを回し、ペースをつかむ。しかし、8分、中国は右からのクロスを李金羽がヘディングシュート。ゴール上へ外れたが、得意の形で日本DF陣をヒヤリとさせた。

  その後は中国が主導権を奪い返したが、日本は22分、左サイドからの中村のFKを鈴木が折り返し、福西が頭で押し込み、欲しかったリードを奪う。

  しかし、31分、中国は左サイドでチャンスをつくると、折り返しを李明が左足で決め、同点に。勢いづく中国は37分、強烈なミドルシュートを放つが、川口が好セーブ。中国は中盤でボールを支配し、左右両サイドに散らして攻勢を強めた。

  日本は44分、右サイドで加地がチャンスをつくるが、DFがクリア。逆にロスタイム、左サイドを破られてピンチとなったが、相手のクロスは川口が防いだ。

  日本は、鈴木、中田浩が警告を受けるなど、後半にやや不安材料を残して前半を終了した。

  日本はメンバー交代なしで後半へ。49分、玉田がドリブルで切れ込んで放ったシュートは上へ外れた。56分、左のFKから中村が遠いサイドへボールを送り、加地が飛び込んだが、一瞬早く相手GKに防がれた。日本は相手に試合を優位に進められながらも、何度か中国ゴールを脅かす。65分、左からのクロスを玉田がヘッドで合わせたが、GKがセーブ。しかし、これで得たCKから中田浩が体で押し込んで、2―1と勝ち越した。

  中国は76分、右CKからのこぼれ球をミドルシュート。しかし、川口がキャッチ。77分、中国は左からのクロスに中央で2人が飛び込んだが、中沢が体を張って防いだ。さらに78分のピンチには、ゴール前で中国選手と1対1になった川口が相手の足元に飛び込んで、セーブした。

  日本は後半ロスタイム、DFラインの裏を取った玉田が決定的な3点目を決めた。

  日本のスタメンは、GK川口(ノアシェラン)、DF田中(磐田)、宮本(G大阪)、中沢(横浜M)、MF福西(磐田)、中田浩(鹿島)、加地(F東京)、三都主(浦和)、中村(レッジーナ)、FW鈴木(鹿島)、玉田(柏)。

http://www.yomiuri.co.jp/main/news/20040807it13.htm

本当ですか、

投稿者: j_ururu_xxx 投稿日時: 2004/08/07 22:57 投稿番号: [1480 / 7270]
はらはらするのが嫌でテレビ見てなかったのですが、

ほっとしました。

よかった。よかった。^^

ゆすらさんのアバター初めて見ました。

日本勝利

投稿者: tell_me_honto_gou_2004 投稿日時: 2004/08/07 22:54 投稿番号: [1479 / 7270]
3−1で日本快勝。

見事な勝ちっぷりでした。

トドメダァァァァァ!!!!

投稿者: tell_me_honto_gou_2004 投稿日時: 2004/08/07 22:51 投稿番号: [1478 / 7270]
おぁぁぁぁ〜   3−1だぁぁぁ

もう一点追加!

投稿者: honkytonk_2002_x 投稿日時: 2004/08/07 22:25 投稿番号: [1477 / 7270]
頼むぜ。

二点目!!!

投稿者: tell_me_honto_gou_2004 投稿日時: 2004/08/07 22:24 投稿番号: [1476 / 7270]
タイトルのみ

ゴール!!!!!

投稿者: tell_me_honto_gou_2004 投稿日時: 2004/08/07 21:23 投稿番号: [1475 / 7270]
日本先制!!!!!

反核の訴えに政治を絡めるな

投稿者: tell_me_honto_gou_2004 投稿日時: 2004/08/07 14:16 投稿番号: [1474 / 7270]
[広島原爆忌]「反核の訴えに政治を絡めるな」

  核による惨禍を二度と起こさぬよう、国際社会に訴える日を市長個人の政治信条を主張する場にしてはならない。

  広島原爆忌の平和宣言で、秋葉忠利市長は「政府は、世界に誇るべき平和憲法を擁護し、国内外で顕著になりつつある戦争並びに核兵器容認の風潮をただすべきだ」と述べた。

  平和宣言で、憲法改正問題に踏み込むのは異例のことだ。護憲を反戦や反核と結びつける主張は、冷戦時代の左翼勢力の思考だ。これでは、世界に誤ったメッセージを伝えてしまう。

  自民党が来年、民主党が再来年、それぞれ憲法改正案を示すと表明し、憲法改正が最大の政治課題になりつつある。

  社民党衆院議員から転じた秋葉市長には憲法改正の流れに歯止めをかける狙いがあったのかもしれない。だが、自らの政治的な思惑に基づいた主張は、被爆地の心とかけ離れ、反核運動から国民を遠ざけるだけだ。

  読売新聞の三月の世論調査では、65%の人が「憲法を改正した方がいい」と答えた。秋葉市長の主張は、冷戦時代とは大きく変化した国民の憲法意識を直視しない発言と言わざるを得ない。

  秋葉市長は昨年も、北朝鮮の金正日総書記に平和記念式典への招待状を出すなど、パフォーマンスが目立った。

  今年の宣言では、来年の核拡散防止条約(NPT)再検討会議で、核廃絶の目標年次を二〇二〇年とする行動プログラムを採択するよう求めた。

  なぜ、二〇二〇年なのか。核廃絶への具体的な行程も示されていない。現実味の薄いスローガンの感が否めない。

  護憲を反核運動に絡めようという動きは、今年、際だっている。

  共産党系の原水爆禁止日本協議会(原水協)は原水禁世界大会のテーマの一つに「憲法を守ろう」と掲げた。海外の政府関係者も招いた大会で、日本の国内問題を討議すること自体、常識を疑う。

  長崎市では、有識者らでつくる平和宣言文の起草委員会で、一部委員が「憲法擁護」の文言を入れるよう求めたが、「世論を二分する問題を扱えない」として、退けられた。当然の判断だ。

  一九五四年、ビキニ環礁の水爆実験に遭遇した「第五福竜丸」の被曝(ひばく)を機に始まった反核運動は五十年を迎えた。被爆者の高齢化は進んでいる。

  反核の世界大会は今年も、原水協と旧社会党系の原水爆禁止日本国民会議(原水禁)との分裂開催となった。

  反核運動が政治にまみれることに終止符を打ち、核軍縮・不拡散の建設的な訴えを発信する原点に返る時である。

http://www.yomiuri.co.jp/editorial/news/20040806ig90.htm

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本来なら国民的運動になるべき反核運動・機運が国民全体からするればほんの一部のサヨク活動家の政治的パフォーマンスとして利用されているため、決してまっとうなものにはなり得ていないのがとても残念だと思います。

平和を希求し、その理念を広く理解してもらいたいのなら・・・思考停止した頭の中に固陋にこびりついてるイデオロギーと偏狭な反戦理念と決別すべきでしょう。

加えて、彼らの主張に乗せらて盲目的な支持を与えるほど我国の民度は低くないことを早く知るべきです。

まあ、それができるくらいならサヨクなんかになっていないだろうと言われれば・・・返す言葉もありませんが(苦笑

アジア杯中日決勝戦について

投稿者: tell_me_honto_gou_2004 投稿日時: 2004/08/06 18:59 投稿番号: [1473 / 7270]
人民日報海外版評論   アジア杯中日決勝戦について
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  2004年サッカー・アジアカップの決勝戦が7日に北京で開催され、中国チームが日本チームを迎えて対戦する。中日両チームとも、苦しい戦いをくぐり抜けて決勝までたどり着いた。準決勝では、中国はイランと、日本はバーレーンとそれぞれ対戦し、いずれも死闘の末にようやく勝利を決めた。

  試合に出るからには誰でも優勝したい。スポーツ競技の貴さは、参加、競争、奮闘、進取にある。中国人一人ひとりが、中国チームが7日に日本に勝つことを祈っている。筆者がもし会場で観戦するのなら、やはり叫びすぎて声がかれ、叩きすぎて手が腫れるのも構わず中国を応援する。もし勝てば、中国のサッカーファンは大いに意気が上がり、元気づけられるだろう。

  ホームでの試合という「地の利」や、中国の「サポーター」たちの声援はさておき、中国チームと日本チームの実力だけを比較した場合、中国チームがそれほど有利なわけではない。勝ちたいならば、実力を武器に、精神力を競い、持てる限りの力をふりしぼって、とっておきの本領を発揮しなくてはならない。しかし同時に、選手であれサッカーファンであれ、感情と理性のバランスは保たなくてはならない。試合敗退の現実を直視する準備も必要だろう。自国チームにとって敗退が非常につらい現実であっても、スポーツ競技ではこのような残酷な出来事も時にはあるのだ。

  スポーツ競技の貴さはやはり、平和な時代にあって友情やマナーを重視する「戦い」だということだろう。競技場では食うか食われるかの争いが繰り広げられ、ときには目も当てられない惨敗を喫することもあるが、会場の外では手を握り合い、友好的に談笑する。これがルールだ。だからわれわれは、7日の中日決勝戦は純粋なサッカーの試合として見る以外にない。サッカーはサッカーでしかなく、たとえサッカーと国際政治や国内情勢、国民感情の間にある程度のつながりがあったとしても、試合は結局のところ試合でしかなく、何十年も前の抗日戦争ではないのだ。日本チームはわれわれの対戦相手であり、われわれが招待した友人でもある。当時の日本からの侵略者ではない。日本の侵略者は殺人のために来た。日本の友人はサッカーをするために来た。この2つは別の問題だ。

  中国チームに対して、われわれはもちろん思い切り熱烈に応援しなければならない。また、日本チームに対しても、示すべき礼儀を示さなくてはならない。情熱も必要だが、理性も必要であり、これがマナーというものだ。偉大なサッカーチームは、勝つに値し、負けるにも値し、勝ってもおごらず、負けても悲観しない。偉大な民族、偉大な国民は、風格をもち、マナーを重んじなければならない。文明大国としての風格と礼儀が必要なのだ。 (08/05)

http://www.asahi.com/international/jinmin/TKY200408050214.html

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人民日報も読んでみると・・・

比較的まともなこと書いてあるように錯覚してしまいそうですが、

>何十年も前の抗日戦争ではないのだ。日本チームはわれわれの対戦相手であり、われわれが招待した友人でもある。当時の日本からの侵略者ではない。日本の侵略者は殺人のために来た。日本の友人はサッカーをするために来た。この2つは別の問題だ。

って、「殺人のために来た」と。まあ、歴史的なことはさて置いても、この露骨な表現だけでも、そのこだわり、反日が出てますね。これで、恐らく精一杯理性的に書いているつもりなんだろうけど、やはり根本的に我々と何かが違うことを感じさせてくれます。

過去ログリニューアル

投稿者: tell_me_honto_gou_2004 投稿日時: 2004/08/06 17:45 投稿番号: [1472 / 7270]
資料室の過去ログシステムをリニューアルしました。おおよそ1〜2日間隔で更新しています。

中華人民共和国のカテも新設しました。

YBBS 過去ログ
http://the.data-room.info/ybbs/serv.cgi

おぉ

投稿者: samurai_03_japan 投稿日時: 2004/08/05 11:49 投稿番号: [1471 / 7270]
久方ぶりに脱走されたのですかな?殿!

まだ治療中でしょうに...

世界の嫌われ者の百姓ジャップ。

投稿者: saekiyuuji2000 投稿日時: 2004/08/05 11:13 投稿番号: [1470 / 7270]
サッカーアジアカップ中国大会の日本チームへの大ブーイング。会場全体に大きく響きわたる反日本の声。

「日本鬼子」ではなく「糞百姓根性」と書き替えてほしいものだ。

だらしないのはジャップの百姓根性なのだから。

明治日本の対韓政策

投稿者: tell_me_honto_gou_2004 投稿日時: 2004/08/04 22:00 投稿番号: [1469 / 7270]
明治日本の対韓政策
http://devs.data-room.info/bunken/serv.cgi?CHOICE=D&ID=080052016301

関係年表以外は終了しました。

韓国併合に関してというより日本の歴史を知る上で伊藤博文は無視することは出来ません。

そして、調べだすとなるとその量も膨大でいささか手に余すのではないでしょうか。

そんな伊藤博文の研究で実績のある深谷教授の講演は、あまり細かいことに拘泥せず、大筋を理解するのにはなかなか適しているのではないかと思います。

個人的に特に興味のあったところは、併合反対論者であった伊藤が何故結局は併合に同意したのかですが、統監時代の40ヶ月がその鍵を握っていると思います。決定的なことは実証されていないようなので、色々と忖度できるので、そこがまた興味をそそられます。

少し難を言えば、教授が自分でも断っていますが、やや伊藤びいきなところがあり、その点は承知して割り引く必要があるのかもしれません。

講演を文章に起こしたものですから、やや文脈の精緻さは欠けるかもしれませんが、かなり突っ込んだ質疑応答もありますので、それはそれで行儀の良い文献とは一味違った趣もまた一興だと思います。

又、刊行されたのがかなり前なので(昭和43年、講演自体は34年)最新の研究で明らかになったこともあるかもしれませんので、何か補足情報があれば教えていただけると有り難いです。

>あばたー

投稿者: yusura_sdhk 投稿日時: 2004/08/03 07:16 投稿番号: [1468 / 7270]
> 日の丸を持ちたくて、NNをオークション用のIDに設定してしまいました。
>
> それにしても、日の丸一個五十円とは・・・

気にはなってたんですが,初めて見ました.手に小旗を持つのかと
思ってましたが,でかいですねえ.これはいい.

> それにしても、二十年くらい前なら結構似ているんだけど(苦笑

僕が最初に作ったアバターはあまりに実物そっくりで,引かれてし
まいました.

あばたー

投稿者: tell_me_honto_gou_2004 投稿日時: 2004/08/02 20:45 投稿番号: [1467 / 7270]
日の丸を持ちたくて、NNをオークション用のIDに設定してしまいました。

それにしても、日の丸一個五十円とは・・・

ヤフージャパンなら日の丸くらいは無料にすべきだと思います。もちろん、アメリカなら星条旗は無料とか。



それにしても、二十年くらい前なら結構似ているんだけど(苦笑

トピと全然関係無いですが,

投稿者: yusura_sdhk 投稿日時: 2004/08/02 19:50 投稿番号: [1466 / 7270]
アバターを設定しました.意外と面白いです.

そんな暇有れば打ち込めって?


面目無いです.

>>新聞記事検索

投稿者: usagigamemaimai 投稿日時: 2004/07/31 02:55 投稿番号: [1464 / 7270]

  >サイト主の名前はなんとなく知っていましたが

  私は全く知らなかったです。もしかして、有名人かな)
  サイト内の論文は「ちょっとなぁ・・」でした。


  >で、ついでに


  試しにかかわりのありそうな語でやってみました。

  「改姓」8件

『朝鮮出身者が/呉市で改姓初届/待望の氏制度設定に』 呉 1940/2/13 〔〕 ・広島 【融和】

『朝鮮出身者が/呉市で改姓初の届出』 中国日報 1940/2/14 〔〕 ・広島 【融和】

『また輝く改姓者/朝鮮出身者内地化』 呉 1940/2/17 〔〕 ・広島 【融和】

『まだ届出がない/朝鮮民事令による「氏名改姓」』 大阪朝日 1940/2/20 神版 〔7/10〕 神戸・兵庫 【社会】

『大威張りで半島同胞改姓/府特高課が大童(パンフレット配布)』 京都日出 1940/2/22 夕 〔〕 ・京都 【融和】

『半島民の改姓/期間は六ヶ月(創氏改名。府特高課内鮮係がパンフ作成)』 大阪朝日 1940/2/22 京版 〔7/6〕 ・京都 【融和】

『朝鮮出身者のために/改姓手続き取扱ひ/市役所の社会課においても』 呉 1940/5/12 〔〕 ・広島 【融和】

『朝鮮出身の内地名改姓/僅かに十三名/届出期日は来月十日』 呉 1940/7/16 〔〕 ・広島

  「改名」   2件

『半島民の改姓/期間は六ヶ月(創氏改名。府特高課内鮮係がパンフ作成)』 大阪朝日 1940/2/22 京版 〔7/6〕 ・京都

『半島人の改名懇談』 大阪朝日 1940/3/21 広島 〔〕 ・広島


  「女衒」   0件

  「遊郭」   13件
〜略〜
『『朝鮮遊郭』の営業禁止/無届の天六歓楽街』 大阪毎日 1932/12/22 夕 〔2/8〕 大阪・大阪 【社会】

『哀号!「朝鮮遊郭」に突如営業停止』 神戸又新日報 1932/12/24 〔8/11〕 大阪・大阪 【社会】

『朝鮮遊郭の屋根剥ぎ家屋明渡し事件』 大阪毎日 1933/1/31 夕 〔2/4〕 大阪・大阪 【社会】
〜略〜

  「女郎」   5件

  「売春」   9件
〜略〜
『母は日本人/父親は朝鮮人で/共に幼少の頃死んだ/此年まで戸籍が無いと/流転した売春婦の告白』 呉新聞 1926/6/23 〔〕 呉・広島 〜略〜

  「周旋」   39件

  「渡航」   430件(多すぎ・・・)

  「漫然渡航」65件

   ↑「漫然渡航」初めて聞く言葉でした。(役所の用語かな?少し調べて見よう・・)

  「挺身」   7件

  「従軍」   11件

 
  

  それにしても、日々充実の「資料室」頭が下がります。m(_   _)m


  ↓先日みつけたページです

  「英米からみた日本の朝鮮支配(1)」
  http://www.ritsumei.ac.jp/acd/cg/law/lex/99-3/Kajii.htm
 
  日本の朝鮮半島統治の変遷について書かれているかと読んでいますが、
  如何せん、基礎知識不足でなかなか読みこなせず、ショボーンの顔文字です(笑)
  (つまずいたときは「資料室」覗いて・・と)

  各章の末に文献資料が載っていますのでこちらも見る人が見れば「お役立ち」と思います。

>新聞記事検索

投稿者: tell_me_honto_gou 投稿日時: 2004/07/30 17:14 投稿番号: [1463 / 7270]
>↓新聞文庫の記事とのリンクはないようですが便利そうです。

http://www.zinbun.kyoto-u.ac.jp/~mizna/shinbun/shinbun.html

サイト主の名前はなんとなく知っていましたが、サイト自体は知りませんでした。

記事見出しだけでも、三万件くらいになると立派なデータベースになるもんですね。

http://www.zinbun.kyoto-u.ac.jp/~mizna/shinbun/

これで元記事を探す手段をなんとか考えれば相当協力な資料になるんじゃないでしょうか。

新聞記事文庫は分野が経済が主なので、きな臭い事件などは殆どありませんから、どっかこのあたりの方向に強いところを探したいですね。

ともかく、色々と使い道はありそうで、今後も何かよい出物がありましたら宜しくお願いします。




で、ついでに

「強制連行」    0件
「従軍慰安婦」   0件
「創氏改名」    1件

でした。

まあ、「強制連行」「従軍慰安婦」などという言葉は当時は使われていなかった(歴史的用語ではない)ことの一つの証左には、なりそうですね。また創氏改名なんてのは当時は揉めた痕跡は殆どないということなんでしょうね。

変換ミスがありました(自己レス)

投稿者: usagigamemaimai 投稿日時: 2004/07/29 02:51 投稿番号: [1462 / 7270]
>   ℃のような形であれ

    ↓

   どのような形であれ


「縁」にもいろいろありますが

投稿者: usagigamemaimai 投稿日時: 2004/07/29 02:48 投稿番号: [1461 / 7270]
>、「勤務態度を理由に解雇されて、それで帰国旅費要求」というのも「?」な感じがします。


  ℃のような形であれ、一度かかわったが最後「縁」を切るのは至難の技・・

  とでも形容するしかないでしょうか・・

  落語にあったと思うんですが、「ほめればつけ上がる、怒ればなく、その上殺せば化けて出る」
  扱い難い人の形容でしたが・・・少し通じる所が感じられます。

>自分の糊口は自分で

  大人の基本条件ですものね。

 
  

新聞ですか・・・

投稿者: honkytonk_2002_x 投稿日時: 2004/07/29 02:15 投稿番号: [1460 / 7270]
うーん、バッシング派のワタシとしても、言うのは憚られますが、「勤務態度を理由に解雇されて、それで帰国旅費要求」というのも「?」な感じがします。

これらの記事のエネルギーがあれば、なんでもっと早く、それらを結集して、国を充実させなかったのかと素朴に思います。

いろいろ事情はあるにしても、結果から言えば、「じゃあ自分の糊口は自分でしのげよ」と言いたくなる。

「出稼ぎ」

投稿者: usagigamemaimai 投稿日時: 2004/07/29 01:46 投稿番号: [1459 / 7270]
↓「出稼ぎ」は33件ヒット・・・
______________________________________
『出稼ぎ韓人(長崎港から神戸を経てハワイへ)』 神戸又新日報 1905/3/4 〔2/4〕 神戸・兵庫 【労働】

『黄金色の洪水と聞いて内地に出稼ぎする朝鮮人労働者の群』 京城日報 1917/7/18 夕 〔3/1〕 ・全国   【渡航】

『出稼ぎ鮮人募集の失敗/勧誘員其筋の説諭を受く』 京城日報 1917/9/3 〔3/4〕 清津・朝鮮 【渡航】

『内地出稼ぎの鮮人(大阪、兵庫は造船紡績業、北海道、福岡は鉱業)』 大阪朝日 1918/6/26 鮮満 〔〕 ・朝鮮 【労働】

『内地出稼ぎの鮮人に幸あれと/下関に職業紹介所と隣保館を建てる』 大阪朝日 1921/4/21 広島 〔〕 下関・山口 【渡航】

『出稼ぎの朝鮮婦人を日本家庭に入れて女中として働かせたい/組織された朝鮮職業婦人救済会』 大阪毎日 1922/4/26 夕 〔2/3〕 大阪・大阪 【融和】

『募集至難の朝鮮移民/却って内地に出稼ぎする鮮人/珍現象の表裏』 大阪朝日 1922/7/25 鮮満 〔〕 京城・朝鮮 【渡航】

『<浮世草紙>口車(西陣五番丁のそば屋出前持ち、朝鮮人客に勧められ朝鮮に出稼ぎし困窮、関釜連絡船で投身自殺を図る)』 大阪朝日 1922/9/3 京附 〔1/10〕 京都上京区・京都 【社会】

『朝鮮水力電気に大労働争議勃発か/内鮮人労働者が結束して支那労働者に対抗(釜山で内地に出稼ぎに行く労働者を狩集め)』 京城日報 1926/10/26 夕 〔1/7〕 咸鏡北道新興郡・朝鮮 【労働争議・渡航】

『わづかな船車賃だけでお先まっ暗な出稼ぎで/流れゆく筋道は九州と阪神<在神、朝鮮の人達(2)>』 大阪毎日 1926/11/18 兵毎 〔9/2〕 神戸・兵庫 【労働】

『内地出稼ぎの鮮人に幸あれと/下関に職業紹介所と/隣保館を建てる』 大阪朝日 1926/4/21 広島 〔〕 下関・山口 【渡航】

『内地に出稼ぎ中の母を尋ね/鮮童二人さすらひの旅/福井局の消印ある手紙が届いて/飛立つ思ひで来たものゝ姿なく/東西に袂を分ち捜し歩く(彦根署を訪れた朝鮮人少年の哀話) 』 京都日出 1926/8/26 〔〕 彦根・滋賀 【社会】

『女を中心に鮮人多数の乱闘/下鴨署で一味検挙(田中西河原町、女性紹介を巡るトラブル。出稼ぎ中に妾を別の男に周旋されたことから)』 大阪朝日 1927/11/15 京版 〔9/7〕 京都左京区・京都 【喧嘩】

『働く者に福音/船内就職旅行者/船も車も割引される(内地出稼ぎ者対象外)』 京城日報 1927/2/25 夕 〔7/6〕 ソウル(京城)・朝鮮 【社会】
〜略〜
______________________________________


戦前日本在住朝鮮人関係新聞記事検索

投稿者: usagigamemaimai 投稿日時: 2004/07/29 01:38 投稿番号: [1458 / 7270]
  既にご存知のところかもしれませんが

  ↓新聞文庫の記事とのリンクはないようですが便利そうです。

http://www.zinbun.kyoto-u.ac.jp/~mizna/shinbun/shinbun.html


  ↓「騒擾」で検索すると74件

______________________________________

1   『朝鮮工夫騒擾後聞/原因は朝鮮人の懶惰(宇治郡志津川村、宇治川水電工事第七号隧道。解雇の54名、帰国旅費要求)』 京都日出 1910/9/4 〔〕 宇治・京都 【労働争議】

2   『注目すべき騒擾色彩/多数鮮人の動いた事実(米騒動)』 神戸又新日報 1918/8/21 〔7/7〕 神戸・兵庫 【社会】

3   『因島騒擾鮮人の首謀者』 大阪毎日 1918/8/27 〔11/10〕 因島・広島 【社会】

4   『川辺郡米騒擾/二十八名有罪、全部強盗(徐李朴)』 大阪毎日 1919/1/12 兵付 〔2/1〕 川辺郡・兵庫 【社会】

5   『日鮮殺人騒擾事件/一昨日午後の続行公判(児島郡日比町)』 芸備日日 1919/1/28 〔〕 玉野・岡山 【犯罪】

6   『二十日から開廷の騒擾被告八十七名(イーセンコク)』 大阪毎日 1919/1/7 兵付 〔1/7〕 神戸・兵庫 【社会】

7   『朝鮮学生/約六百名騒擾』 門司新報 1919/2/10 〔1/2〕 ・東京 【学生】

8   『騒擾二日目の論告亦峻厳(イーセンコクは懲役一年)』 神戸又新日報 1919/2/23 〔7/8〕 神戸・兵庫 【社会】

9   『騒擾鮮人判決(大嶺村桃の木炭坑)』 大阪朝日 1919/2/28 広島 〔〕 美祢・山口 【社会】

10『鮮人騒擾の動機/就職難で困まつて居る不平学生を巧に煽動す/大橋松太郎氏の帰来談』 福岡日日 1919/3/11 〔1/7〕 下関・山口 【民族運動】

11『騒擾黒幕の一人/東京に於て拘引さる』 京城日報 1919/3/12(11夕) 〔2/4〕 東京・東京 【犯罪】

12『大阪で鮮人大陰謀/鮮地と応じて騒擾を起さんとする所を検挙さる』 九州日報 1919/3/21 〔5〕 大阪・大阪 【民族運動】

13『嗟や大阪にも鮮民の騒擾/十九日夜天王寺公園瓢箪池の樹陰に集合して檄文を前に密議中二十四名忽ち一網打尽さる』 大阪毎日 1919/3/21 夕 〔6/1〕 大阪・大阪 【民族運動】

14『朝鮮人夫の大格闘/江の川発電所の騒擾/重傷二名軽傷五名/三次署の非常警戒』 中国 1919/3/7 〔〕 作木・広島 【喧嘩】

15『騒擾鎮静す/江の川発電所騒擾事件/行方不明の鮮人』 中国 1919/3/8 〔〕 作木・広島 【喧嘩】

16『度し難き朝鮮学生/在東京の六百名、本国の騒擾に付和雷同』 大阪毎日 1919/3/9 〔11/7〕 東京・東京 【民族運動】

17『大阪で騒擾した鮮人/三名共禁錮』 京城日報 1919/4/22(21夕) 〔2/5〕 大阪・大阪 【民族運動】

18『鮮人坑夫又騒擾/仲間が喧嘩して引致されたとて/筑豊炭坑地鮮人の悪傾向(田川郡後藤寺町)』 福岡日日 1919/6/20 〔1/7〕 田川・福岡 【喧嘩】

19『騒擾学生予審決定書(一)/剔抉されたる彼等の罪状』 京城日報 1919/9/6(5夕) 〔2/6〕 京城・朝鮮 【犯罪】

20『北鮮の騒擾に憤慨して在留鮮人への警告状/来神した洪俊杓氏/日韓学院を設立した人』 神戸新聞 1920/10/30 〔6/3〕 神戸・兵庫 【社会】

21『八幡製鉄所騒擾事件/長官邸焼払ひ陰謀/怪鮮人職工三名逮捕/職を失い苦し紛れの暴挙』 神戸又新日報 1920/2/28 〔7/9〕 北九州・福岡 【労働争議】

22『騒擾一周年の日に日比谷で演説/朝鮮学生五十三名屋外集合の廉で引致』 大阪朝日 1920/3/2 〔7/1〕 東京・東京 【民族運動】

23『鮮人拘留/日比谷で騒擾せし男女医学生』 神戸又新日報 1920/3/4 〔6/8〕 東京・東京 【民族運動】

24『東京在留の鮮人学生と膝を交へて話して見た/朝鮮では騒擾当時と雲泥の差/朝鮮学務局長柴田氏の談』 大阪朝日 1920/5/23 〔11/3〕 東京・東京 【社会】
〜略〜
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トピずれですが・・・新聞

投稿者: usagigamemaimai 投稿日時: 2004/07/28 02:50 投稿番号: [1457 / 7270]
  新聞にかぎらず「複数読み比べるもんだ」ではありますが、全紙取るわけにはいかんしなぁ・・。

  インターネットのありがたさよ・・・(しみじみ)

  しかし、朝刊社会面トップ扱いのとこはほかにあったのかしらん?

  ↓毎度の〇新「旧日本軍、豪兵士に毒ガス実験〜」
http://www.hokkaido-np.co.jp/Php/kiji.php3?&d=20040727&j=0022&k=200407272756
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■社会 バックナンバー

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旧日本軍、豪兵士に毒ガス実験   太平洋戦争末期   最終兵器の効果確認    2004/07/27 07:31
  太平洋戦争中の一九四四年(昭和十九年)十一月、旧日本軍が捕虜のオーストラリア軍兵士らに対し、南太平洋のカイ諸島で猛毒の青酸を使った毒ガス兵器の人体実験を行っていたことが二十六日、オーストラリア国立公文書館(キャンベラ)で見つかった戦後のBC級裁判の記録文書から明らかになった。

  中央大の吉見義明教授(日本近現代史)が発見し、田中利幸・広島市立大教授の協力を得て入手した。

  関東軍防疫給水部(七三一部隊)が中国東北部で中国人らに生物・化学兵器の人体実験をしていたことは広く知られるが、吉見教授によると、オーストラリア軍兵士に対する人体実験の詳細が判明したのは初めて。旧日本軍が最終兵器と位置付けていた青酸ガスの効力検査が目的で、連合国軍の攻勢に対抗するため毒ガス兵器を重視していた実態が明らかになった。

  文書は、終戦から約三年後の四八年七月十五日に香港で行われたオーストラリア軍による戦犯裁判の記録で、英文の判決文や日本語の供述書など計約四百ページ。

  それによると、第五師団(広島)の毒ガス兵器担当の中尉は四四年十一月、上官の中佐の命令で、師団が保有していた青酸ガス兵器の効力が保たれているかを調べるため、オーストラリア軍兵士の捕虜ら二人に対戦車用の青酸入り手投げ瓶を投げ付けた。二人はその場で倒れ、憲兵が銃剣で刺殺した。

  実験目的について中尉は四七年四月十七日付の供述書で、青酸ガス兵器が製造から約四年を経過し変質が見られたためとし、実験後「効果はあります」と報告したと述べた。中尉と中佐は裁判で絞首刑の判決を受けた。

  粟屋憲太郎・立教大教授(日本近現代史)の話   旧日本軍がオーストラリア軍兵士に青酸ガスの人体実験をしていた事実を聞いたのは初めてで驚いた。日本の中国での毒ガス使用に対し、報復も辞さぬと警告を発したルーズベルト米大統領(当時)の声明発表(一九四二年六月)後であり、連合国軍兵士に対し実験を行ったリスクは高かったはずだ。当時、青酸入り手投げ瓶は敵の戦車正面の小窓を目指して至近距離から投げる自爆攻撃を想定していた。人体実験は、敗勢が高まる中、実際に青酸ガス兵器を使用する意思を担当将校が明確に持っていたことを示しており、最後の戦いで使うつもりだったのではないか。

        ◇

  旧日本軍の毒ガス兵器   1929年(昭和4年)、陸軍が広島県大久野島で製造開始、後に海軍も神奈川県寒川町に工場を建設した。米軍の調査報告書によると、旧日本軍は計約750万発の毒ガス兵器を製造。第五師団は太平洋戦争では南方総軍に参加。吉見教授の研究では、同軍には青酸ガス兵器約1万8000発などの毒ガス兵器が配備された。

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  ↓26日付の毎日にも載ってましたが・・・
http://www.mainichi-msn.co.jp/today/archive/news/2004/07/26/20040727k0000m040090000c.html

〜当時、カイ諸島東方の日本の占領地ニューギニア島に、オーストラリアやニューギニア西部から連合国軍の進攻が予想されるなど戦況が緊迫していた。今回の新事実が盛り込まれた著書「毒ガス戦と日本軍」(岩波書店)は28日刊行される。(共同)  

  上の部分を省略したのは紙面の都合かなぁ、
  著書の刊行が岩波って・・・ま、いいけど(好きな出版社なのに・・)

  (立教大教授への取材、本当にしたのかな・・なんか変だ)
  ↓粟谷憲太郎著作

  東京裁判と国際検察局   全5巻 189,000円(税込)
   日中戦争対中国情報戦資料5〜10巻別冊1   214,200円(税込)
   日中戦争対中国情報戦資料   第1巻〜第4巻   142,800円(税込) <

三・一運動論 30、31

投稿者: tell_me_honto_gou 投稿日時: 2004/07/24 09:43 投稿番号: [1456 / 7270]
したがって、いかに本当に政治を理解する文官系統の者が、いかに適切なる施設を考案しても、軍閥系統の気に入らなければ全然これが実施を要するの途は無い。これ朝鮮の官吏中相当見識ある者を網羅せざるに非ずして、しかも事実驚くべき非文明の政治が行われて居った所以である。而して今や、いわゆる憲兵制度の撤廃に因ってこの悪弊を取除かんとして居る。吾々は、少なくてもこの点に於て、朝鮮の為に、否、日本の為に、現内閣の勇断に感謝を表するを至当と認むる。

  総督を、天皇直隷の地位より貶(おと)して宰首の指揮監督の下に置いたことは、亦これと関聯して朝鮮統治上の一大改善である。天皇に直隷するを改めて、宰首を通して上奏するの関係にしたのは、総督の面目に関し、又朝鮮の不名誉であると云って、過般この改正の撤回を求めた者が朝鮮貴族中に有ったと云うことであるが、これはまことに噴飯の至りである。武官総督が天皇に直隷して内閣の指揮監督の外に在ったことが、従来憲兵政治を可能ならしめたものであった。植民政策を文明的に指導する点から観ても、又内閣の政治を内閣の手に統一するの必要から観ても、、総督は――独り朝鮮に限らず、台湾でもどこでも――必ずや内閣総理大臣の指揮の下に立つべきものである。日本では殊に軍事上に於て内閣を離れた天皇直隷の諸機関甚だ多く、これに因っていろいろ軍務を国民の容喙の外に置き、全然専門家の手に独占するの便宜はあらんも、国務統一を害するの弊これより甚だしきはなく、かかる悪制は、他の諸国に於てあまりその例を見ざるところである。いわんや植民政治の如き、純然たる民事事務に於てをや。従来の制度が、総督を以て必ず武官ならざるべからずとしたのは、驚くべき不当の規定であった。もっとも武官では悪いという理屈もない。植民地統治者として必要の才能があれば、文武いずれでも構わないが、要はただ一国全体の施政方針と歩調を合すべきことである。この点に於て今度の改革は、少くとも


制度上まさにしかあらねばならぬ当然の軌道に復帰したものと云わなければならない。

  しかし制度だけではまだ安心が出来ない。更にこれが適当に運用せらるるか否かが問題であるが、これは統治の局に当る者の人選と、統治方針決定の結局の根柢たるべき民心の趨嚮にかかる問題である。而して一般民心の趨嚮に就ては、近時だんだん開発せられて居るようであるが、しかしこの点は今吾々の直接問題とする所でないから略そう。局に当る者の人選に就ては、総督としては斉藤[実]海軍大将*、政務総監として水野[錬太郎]前内相**の任命に於て、予輩は、理想的とは云わないが、ほぼ統治の改革に関する前途の光明を期待せしむるに足るべき人選たる事は疑わない。たまたま武官なるの故を以て斉藤大将を忌避せんとするのは、同大将の人格、経歴並びにいわゆる軍閥との関係を思わざるの俗論である。もしそれ水野前内相が行政官として並びに学者として相当令名を博して居った経歴に顧る時、吾々はしばらく彼等をして自由にその手腕を振わしめて見たいという感を抱かざるを得ない。

  *斉藤は予備役であったものをとくに現役復帰の上、総督に任命された。一九二七年までおよび二九―三一年在任。その間いわゆる文化政治については、中塚明「日本帝国主義と朝鮮」(『日本史研究』八三号)参照。

  **政友会系の官僚。一九二二年六月再び内相となるまで在任。

  いずれにしても予輩は、朝鮮統治の開発に一新紀元を劃するものとして、新総督府と新政務総監とを歓迎する。細かい施設はゆるゆるこれを将来に観ることにして、ただ差当り彼等に希望したいのは、何を措いてもまず、内鮮両民間のあらゆる差別的待遇を撤廃せられんことである。言論の自由を尊重し、少くとも内地以上に無用の拘束を為す事を避け、殊に朝鮮人には出来るだけ発言の機会を与えられんこと


である。更に進んで形式上だけでなく、本当に朝鮮人の開明を図り、彼等に教育を受くるの十分の機会を提供せられんことである。一言にして云えば、朝鮮民族をして朝鮮民族として十分発達するを得しめ、この基礎の上に彼等が我々の真箇頼もしき友人たるように導かれんことである。

(『中央公論』大正八年九月号)

閔妃の写真はなかった

投稿者: tell_me_honto_gou 投稿日時: 2004/07/23 20:32 投稿番号: [1455 / 7270]
1、閔妃の写真を否定する新説

流布されている閔妃の写真

  閔妃について簡単に概説すると、彼女は1866 年李朝第二六代国王高宗の妃となり、宮中内外に閔氏一族を扶植して勢力を築き、舅である大院君と生死を賭けた熾烈な権力闘争を長年にわたって繰りひろげた。最後は日本公使三浦梧楼らにより日清戦争終結半年後の1895年10月に暗殺された。現在は明成皇后と称されている。

  朝鮮史関係の本の多くにはこの閔妃の写真が掲載されており、一般に流布されていると言ってよい。インターネット上のHPでもよく紹介されている。

http://www.bishu.jp/r-yagi/koria/saito/rekisi-sp9.htm

http://www1.ocn.ne.jp/~sinryaku/t.paneruten.htm

http://www.tabiken.com/history/doc/P/P208R100.HTM

それは閔妃の写真ではない

ところがこの写真、実は閔妃を写したものではないということが判明した。明らかにしたのは三谷憲正の「『閔妃』試論―図像をめぐる一考察」(註1)という論文である。私も閔妃の写真と思い込んでいたから、久しぶりに興奮を覚えたものであった。

当論考によると、日韓併合(1910)以前の欧文資料や日本語資料では、この写真の説明を「正装の韓国夫人」「宮中の侍女」「女官」などとしているのであり、「閔妃」とするものは全くない(註2)。ところが第二次大戦後の日本および韓国で出版された歴史および事典では、ほとんどがこれを「閔妃」としているのである(註3)。

つまり別人の写真であったものが数十年経った戦後に閔妃とされてしまい、それが定着したのである。(註4)

2、クンモリから新説を検討する

クンモリとは?

  この写真で目につく大きな特徴は頭部の左右に丸く張り出した大きなかつらで、全体的にハート形を呈する。これを「クンモリ」という。直訳すれば「大きな頭」となるが、『朝鮮語大辞典』(角川書店1986)では「昔、婦女が礼式のとき頭の上に結いつけたかつら」と説明されている。

本節ではこのクンモリに注目して、写真の女性が閔妃ではなく宮中の女官であるとする三谷説を検討したい。

略・・・

http://www.asahi-net.or.jp/~fv2t-tjmt/dairokujuuhachidai

「歴史と国家」雑考
http://www.asahi-net.or.jp/%7Efv2t-tjmt/index.html

三・一運動論 29

投稿者: tell_me_honto_gou 投稿日時: 2004/07/23 18:52 投稿番号: [1454 / 7270]
こったから改めたという姿になって、また将来暴動を挑発する虞(おそれ)があるという風な考があるかも知れませぬが、そんな慰みに暴動をやるものではない。今度暴動をやったために、朝鮮人が二千人も三千人も殺傷も殺傷されて居るのでありますから、容易に再び、暴動が起るなどということがあるものではない。
そんな事は度外に措いても宜い。それよりも暴動を為す源を取除くという方に、吾々の態度をきめる必要が有ると思う。そうして朝鮮の総督を更えるとか、政府内部をいろいろ変えるとか、やるだけの事は早くやって欲しいと思います。そう言っても人が無いとか何とか言いましょうけれども、人などはたくさんあります。我が黎明会に頼めば、朝鮮の政府位のものは、三つでも四つでも、いつでも引受ることが出来る。今日は日本に於ても、だんだんそういう方面に対して、志の有る者が出て来ましたから、この際特に改むべき点があるならば速かに革めて、そうして朝鮮人に安心を与え、吾々国民も共に、ここに大いに安心を得たいと思うのであります。或る意味から言うと、朝鮮問題は人道問題であります。或る意味に於ては、日本国民が大陸発展の能力有りや否やという事の、試験問題でもあると思う。吾々はこの問題にどうか落第したくない。いずれにしても私は、この大事な問題について、切に諸君の御考量を願いたいと思うのであります。

(一九一九年六月五日、黎明会第六回講演会*における講演。黎明講演集第六輯『朝鮮問題号』所収)
*   この講演会には、吉野のほか木村久一、福田徳三、阿部秀助、麻生久、内ガ崎三郎が登壇した。



    新総督及び新政務総監を迎う

  久しく我々の待ち望んで居った朝鮮騒擾の善後策は、いよいよこのほどに至り、ちらほらその輪郭の大体を外間に示したのであったが、先月央ば[八月一二日]新総督及び新政務総監の任命によって、よほどその姿が明かになった。改革官制の発表[八月二〇日]も、本誌の読者に見ゆる頃にはむろん発表になって居ることと信ずる。

  細目の条項は、改革官制の発表並びにこれに関するいろいろの手続きを詳細見た上でなければ判断の出来ぬことであるけれども、今日まで世上に伝唱せらるるところに拠って観るに、現内閣は、朝鮮統治の方針に殆ど根本的とも云うべき大改革を加うるの決心を固めたらしい。今日まで明かになって居る点は、朝鮮総督を文武併用とし、かつ従来の天皇に直隷するの地位を改めて内閣総理大臣の指揮監督を受くるの地位に置いたことが一つ[これは吉野の重大な誤認。この点は改革されず]。もう一つは、今度の騒擾に就いても大部分の責任を負うべき、而して従来朝鮮統治上の百幣の源として指弾せられて居った憲兵制度の撤廃である。無知頑冥の下級憲兵が、或は独断に或は上官の訓令を曲解して、いかに無辜の臣民を虐げたかは、今さら繰返すの必要は無い。けれども、憲兵制度の主たる弊害は、ここに在るのではない。憲兵が朝鮮全土に亘る警察権を掌握しねしかも自ら一種の軍閥的独立系統を作って、文官系統とは全然かけはなれ、謂わば朝鮮に於て、一個独立の治外法権の別天地を為して居ったことである。

>>「思想・信条」の説明

投稿者: usagigamemaimai 投稿日時: 2004/07/21 22:32 投稿番号: [1453 / 7270]
  >そういう判断力がつく前の子供相手に乗り込んでいくのが
   南京虫の悪い癖です.


  なんだか子供の「理科離れ」も南京虫の「陰謀」かも(ほんの冗談です)

>「思想・信条」の説明

投稿者: yusura_sdhk 投稿日時: 2004/07/21 21:32 投稿番号: [1452 / 7270]
そんな話題したかしらん,と思いましたが,南京虫の話ですね?
あの例え話には冷静を装って来ていたトピ主も切れてました.これで
少しは自分の愚劣さを認識してくれればいいんですが.

>>それを全部命令でやろうとしたら内臓は死んでしまう。

どんな組織でもそうですよね.元気な組織というのは,当事者意識を
持った主体的な個人の集合体です.個人主義を標榜している左翼思想が
実は個人を無視しており,人権の敵と喧伝されてる国家が実は個人の
当事者意識に支えられてるというのは皮肉ですよね.

>御呼びでない所に乗込んで行けば、迷惑なだけの「おじゃま虫」

でも,そういう判断力がつく前の子供相手に乗り込んでいくのが
南京虫の悪い癖です.

他カテの話題ですが・・・

投稿者: usagigamemaimai 投稿日時: 2004/07/21 21:16 投稿番号: [1451 / 7270]
  yusuraさんの「思想・信条」の説明、あまりの判りやすさ(的確さ)に、吹いちまいました。


  で、こんなのを思い出しました。(対談の一部です)

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〜略〜
  たまたまそのころ(八十年代前半)『中央公論』の巻頭に、原稿用紙2枚ほどの短い、
いい文章をこの人達と同時代の東洋学者・宮崎市定博士という人が書いていました。
  自分が若いころは左翼の時代で、ほとんどの人が左翼になった。良心的な人は左翼
になった。ただ自分がならなかったのは、大脳が身体の生理を支配することができないの
と同じことだと書かれていました。つまり、今胃袋を動かせといったって、胃袋は勝手
に動いているし、大腸も、膵臓も勝手に動いている。それを全部命令でやろうとしたら内
臓は死んでしまう。細胞は勝手に新陳代謝してリフレッシュしているのに、いま新陳代謝
せよとか、さあインシュリンを出せとか、そんなバカなことををしているはずがない。
だからあれは間違いに違いないと思ったから自分は免れた、とお書きになっていました。
〜略〜

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  >それを全部命令でやろうとしたら内臓は死んでしまう。

   かくて、ソビエトは崩壊した・・・

  日本は社会主義になったことはないですけど、貧富の差の小ささを考えると
社会主義国以上に「富の再分配(でしたっけ?)」に成功したんじゃないかなぁ・・
  これじゃ「革命」の御呼びはかからない。
  御呼びでない所に乗込んで行けば、迷惑なだけの「おじゃま虫」・・嫌がられる訳だ。


三・一運動論 28

投稿者: tell_me_honto_gou 投稿日時: 2004/07/21 19:00 投稿番号: [1450 / 7270]
うので、当時の相場に少し輪を掛けて申出たところが、それが地租を課する標準となってしまった。人民が非常に憤慨したけれども、言論の自由が与えられて居りませぬし、ぐずくず言うと退去命令に遭いますから、とうとう泣寝入になってしまいました。だんだん後で地価が下がりましたけれども、これらも言論の自由を与えられて居ないから、そういう事が公平にいかないのであります。
  言論の自由が与えられて居ないから、そう言った風な事がだんだん積り積って、朝鮮人は勿論の事、日本人といえども、今日の政治に対して多くの者が不平なのであります。もっとも多少毛色の変わった者があって、政府から頼まれて、提灯を持つ者はあります。日本内地でも、政治上の事に就て、演説をしたりいろいろな事を受け負う者がかなり少なくありませんからして、総督府の方から頼まれて、武人政治が宜いとか何とか、いろいろ弁護する者もありましょうが、とにかく吾々が朝鮮を旅行して見ても、或は朝鮮に居る人の話を聴いても、ことごとく不平なことだけは疑ありませぬです。その不平は固より全部の不平でないとしても、一つ二つでも、そういう不平が有るならば、そういう不平の有るという事を、朝鮮統治の責任の衝に当る者は、知って居なければならぬ。又吾々国民もそれを知りたい。ところがこういう事も、言論の自由が与えられて居らないから、全然真暗になって少しも事情が外に知られていないのであります。
  私は、朝鮮にも言論の自由を与えて貰いたいと要求するのでありますが、実は内地に於ても、言論の自由は相当の迫害を受けて居るのでありすまから、内地以上の言論の自由を、朝鮮に与えよとは言わない。内地でも相当の圧迫を蒙って居るのであるから、その程度の圧迫は朝鮮の諸君に甘んじて貰うとして、とにかく内地と同様の言論の自由を、朝鮮に与えてくれてもしかるべき事だと思うのであり


ます。もっと具体的に言えば、内地で以て、立派に発売頒布を許されて居るほどのものは、特に朝鮮に於て発売頒布を禁止することを、撤廃して貰いたいと、こう思うのであります。
  そうして私は冒頭に、朝鮮の統治はどうしたら宜いかという、将来の細かい点に就ては、或る研究調査の期間を設けて、攻究するが宜かろうという事を申したのでありますが、今後吾々の間にも諸君の間にも、いろいろな意見が出てくる。こういう意見がだんだんたくさん出て来たその上で、朝鮮統治の最良の策はどこに在るかという事が、ほぼ輿論が決まる。そういう風に輿論で決まるならば、内地の人も満足するし、朝鮮の人も満足する。両方で満足する相当の解決策というものが、言論の自由を許すことに依って出来ると思います。そういう案が妙案でなければいけない。多数の人の納得する案は、言論の自由を許さない以上は、吾々が発見することが出来ないのでありますからして、将来の点から言っても、言論の自由を与えて置けば、今後どうすれば宜いかという良案を、発見することが出来るだろうと思うのであります。そういう点から、私は朝鮮に於て、言論の自由を与えよという事を主張したいのであります。

       *

  要するに、以上の四つです。差当り(1)朝鮮の人に向って、差別的待遇を撤廃せよという事。(2)それから武人政治を廃めよという事。(3)それから統治の方針として、同化政策を抛棄して、(4)そうして言論の自由を与えよという事。この四つをまず差当り、吾々の最小限度の要求として要望したい。而して改

三・一運動論 27

投稿者: tell_me_honto_gou 投稿日時: 2004/07/21 18:31 投稿番号: [1449 / 7270]
憲兵や巡査に見られると、何だ可哀想な事をするじゃないか、こちらへ来いと言って、その日本人が屯署へ引張られて往って、相当の制裁を受ける。固より殴るのは宜くないけれども、そういう場合に吾々の希望するのは、朝鮮人だからといって、不当の要求をする者を特に援ける必要はない。道理に因って判断すれば宜い。日本人が朝鮮人を虐めたら、取締れという命令が、総督府から出て居りますけども、憲兵や巡査などは、そう言っては失敬だけれども、どうせ頭が良くありませぬからして、理屈はとにかく、朝鮮人を虐めた者は、引張って来れば宜いという考えで、朝鮮人を虐待したと言って引張って来る。
それに因って汽車の時間に遅れたり、船の時間に遅れたり、いろいろ迷惑をする者が多いのであります。
  そこで、憲兵政治などは廃めて貰いたいということを、日本人でも言うのでありますが、それが上方に判らない。何故かといえば新聞が無い−−−言論の自由が無いから判らないのです。いわば、朝鮮はまるっきり暗黒です。日本人の新聞は『京城日報』[一九〇六年創刊、徳富蘇峰が監督]という新聞が一つ、地方にはございませんけれども、これは皆半官報みたようなものですから、総督府の政治に関しては毫も論評することが出来ない。総督の政治上に関して、自由に批評をする雑誌の如きは、たいてい東京に本社を置いて、東京で刷って向こうへ持って往くのでありますが、向うに往ってウッカリすると発売禁止です。この頃でも知人の竹内君が『半島新聞』というものを拵えまして、これはよほど総督府に好意を持ったつもりである。そこで今度の事件に就ても、相当に公平な意見を以て書いて居るようでありましたが、これなとはも最近、朝鮮では非常な圧迫を官憲から受けて居るということを聞いて居ります。日本人にも言論の自由は与えられて居ない。いわんや、朝鮮人に対しては全然与えられて居ないのであります。朝鮮語の新聞は『毎日新聞』という政府の機関新聞が、京城にただ一つしかない。その他


には朝鮮人に言論の自由は与えられて居りませぬ。もっとも朝鮮人の作る所の、『青春』[一九一四年創刊]という雑誌が一つあります。これは文学的雑誌ではないのですけれども、政治上の事などは論ぜられないから自(おのずか)らそうなって来たのでありましょうけれども、これを印刷する前に、原稿のままで政府の検閲を受ける。検閲係は発行期日が何日だろうが、そんな事には構わない。まだまだと言って何時まで経っても検閲してくれない。そういうものが一つあるだけで、その他に言論の自由というものは殆ど与えられて居りませぬ。
  曾て、−−−これは今続いて居るのではありませぬけれども−−−或る朝鮮の人が、アメリカで朝鮮語のタイプライターを拵えて、これを朝鮮の或る青年会に持って来た。ところがこれは一つの印刷機械である。印刷機械を以ていろいろの事をやられては困るというので、官辺で没収したことがあります。その後返したかどうかは判りませぬが、没収したという事だけは事実であります。
  そう言った風な訳で、言論の自由を与えて居りませぬ。言論の自由を与えては厄介な事が多いかも知れませぬけれども、言論の自由を与えて居らないために、上も真暗だし吾々も真暗だ。それでは朝鮮がどうなって居るか何も判らない−−−真暗だ。そうして見れば、その間に極端な危険思想が起こって来るということは、これは言うをまたない。そうして言論の自由を与えないから、どんな事をやっても泣寝入だ。私が京城に往きました時に、これも随分乱暴な話だと思った事でありますが、京城で市区改正をやろうという話があったので、たぶんこの辺が買上になるだろうというので、地価が非常に暴騰したことがある。その時に政府の方から、これは全部の者に対してではありませぬが、或る一部の者に対して、お前の持って居る地面の地価を申出ろと言って来た。そこで申出たならば、たぶん買上になるだろうとい

三・一運動論 26

投稿者: tell_me_honto_gou 投稿日時: 2004/07/21 18:30 投稿番号: [1448 / 7270]
ばならない、今の同化政策のままではどうしても融和しないと、私は確信する者であります。そこで私は教育上その他いろいろな点に於て、今の同化政策は徹底して居ないと信じますから、この不徹底なる同化政策を棄てよという事を、第三の問題として、ここに提供しようと思うのであります。

       *

  第四に言論の自由*を与えよという事を、私は主張したい。今迄申上げたような事は、この頃はだんだん朝鮮の事を吾々が問題として研究して居りますから、もう諸君はたいてい御承知であろうと思いますけれど、最近までは多数の諸君は、恐らく御承知なかったろうと思います。何故知らないか。言論の自由が無いからである。朝鮮の事に就ては内地人にも批評の自由がない。この頃はよほど緩みましたけれども、朝鮮にかの騒動の起こった頃には、朝鮮の事は書いてはいけないと言う。朝鮮に於ては口に出すことすら相成らぬ。朝鮮に於てウッカリそんな事を言おうものなら大変だ。朝鮮に於ては、朝鮮人は勿論、日本人にも言論の自由を与えない。それだから朝鮮の事情が世間に判らないばかりでなく、たとい上官に誠意が有って、いろいろ改めたいと思っても、その上官にも下情が判らないという事になるのであります。

*   吉野は『中央公論』一九一九(大正八)年六月号の「時論」欄で、「朝鮮における言論の自由」と題してこの問題をとりあげている。

  これは私が先年旅行をした時の事でありますが、こういう事件があった。仁川の日本の或る大きな米屋が、朝鮮人から米を買う約束をした−−−米一石を例えば三十円で買おうという約束でした。朝鮮人が■(よろこ)


んで田舎に買出しに往った。彼等には金が無いから、高い利息を払って借金をして、儲かるだろうと思って、田舎に往って米を買集めて持って来た。すると、米屋の方では、彼等が借金で苦んで居る事を知ったから、三十円で約束をしながら、二十五円ででなければ買われないと言う。朝鮮人がそれでは約束に違うと言って憤慨するけれども、平然として居る。そこで打棄って置けば、利に利を喰って損害が大きくなるばかりだから、その朝鮮人は二三人でありましたが、遂に涙を呑んで二十五円で売って非常に損をした。これに反して日本人の米屋は、旨く大儲けをしたと言って祝杯を挙げた。その当時は、これには官憲の結託があるという風評もありましたが、官憲の結託はどうか知りませぬが、これも朝鮮人に言論の自由を与えてあれば、こんな不都合があったという事が、すぐに世間に判る。又総督府にも判る。判れば総督府は打棄てて置く筈がない。
  政府では考えて見ると極めて要領を得ない事をやったものです。一方に於ては、朝鮮人をばかに虐めて居りながら、一方に於ては不公平だと思われるほど日本人を圧え付ける。それだから日本人は、随分朝鮮人のために迷惑をして居ります。例えば停車場に往って赤帽を雇う。停車場の赤帽は朝鮮人でありますが、それを取締る者は日本人です。赤帽は、ここから向うまで荷物を運んで、十銭という定りがあるけれども、取締の目の届かない少し遠方の処へ往くとか、或いは車に乗って往くと言えば、十銭の定りの所を五十銭くれと言う−−−途中まで往って五十銭でなければもう往きませぬと言う。朝鮮の労働者の間には、随分悪いものがあります。そういう時には、五十銭やるからと言って彼等を宥めて向うへ往ってから、約束が十銭だから、十銭しかやらないと言う。赤帽は、十銭ではいけない、どうしても五十銭貰わねばならぬとうるさく言う。その時には面倒だから、赤帽を殴ったりする場合がある。そこを

全然関係有りませんが

投稿者: yusura_sdhk 投稿日時: 2004/07/21 17:33 投稿番号: [1447 / 7270]
アームストロング船長が月面に一歩を踏み出してから,
今日で丁度35年です.

http://www.nasa.gov/externalflash/apollo11/index.html

このロゴマークかっこいいなあ.
ほすぃ.

三・一運動論 25

投稿者: tell_me_honto_gou 投稿日時: 2004/07/18 16:36 投稿番号: [1446 / 7270]
っさいの伝統を忘れて、そうして日本人になれという事の無理なことはいうまでもありません。これは不可能の要求であると思う。吾々日本人が一般に朝鮮の歴史をどれだけ研究しているかは知れませぬが、又朝鮮の人が主張するが如く、朝鮮は四千六百年の長い歴史を有して居って、日本よりも古いという事は、どれだけ信用してしかるべきであるかは問題でありましょうが、そういう遠い所に溯らず、最近の事を申しても、朝鮮人はなかなか民族的独立の気象に富んで居ることは明らかである。もっとも最近は或る意味に於ては亡国の状態で、一方に於てだんだん崩れて居る方面が在りますけれども、しかしながら、又他の一面に於ては大いに勃興して居る、精神の燃えて居る朝鮮人の在るという事を、吾々は看逃してはなりません。
  それは今度の騒動を見ても分かります。或は溯って東学等[日清戦争のきつかけとなった農民戦争の指導グループ]の起こった時もそうであります。これらの事は歴史上の細かい話になりますから略しますが、要するに、朝鮮人に向っていっさいの伝統を忘れて、而して吾々は生まれながらの日本人同様だ、日本の歴史は己の歴史だと思えというのは、これはどうも無理な事と思います。よし又仮にそれが出来るとしても、せっかく日本人になりかけて来たのを、貴様は朝鮮人だからこの学校に容れないというような方法では、とうてい同化の目的を達することの出来ないことは亦言うを待ちません。
  私共の考えでは、朝鮮統治の根本方針としては、この日本民族と朝鮮民族との東洋の平和に対する共同の使命、或は日本と朝鮮とが充分に融合した上で、その上に一の大目的を定めて、その大なる目的の為に、日本民族は日本民族として、朝鮮民族は朝鮮民族として、おのおのその特徴に従って貢献するの途を講ずるに在ると思う。目は目の働をし手は手の働をする。おのおの異なった特質を以て異った動をし


てこそ、人間という一つの有機体の動を完成するのであります。手は手だからといって、勝手に自分勝手の方に行く、目は目だからといって、我儘をするということではなくして、一の高い目的の為に、おのおの異った者が、協同して動くという態度の上に、日本と朝鮮との関係を立てて行くという事に依って、そこで始めて朝鮮と日本とが、高い目的の為に、同化融合し又提携協同することが可能であると思います。しかるに今日迄の同化政策は、手に対して目の動をせよ、足に対して耳の動をせよ、己と同じ動をせよというの類でありますからして、これは無理な話で、そう出来る筈のものではない。出来ませぬと言うと、貴様は排日だ、怪しからぬと言うから、出来ないと知って居りながら表面は出来ます出来ますと言う。ここに人間は虚偽になる。これは実に寒心すべきことであります。
  私が先年朝鮮に往きました時に−−−排日でやかましいという某氏に面会を求め、朝鮮には排日思想が在るということだが、その頃はどうですかと聞いた。ところがこの人はムキになって、今頃朝鮮に排日などいう事が在るものかと言って非常に激昂して居ったのであります。しかし実はその奥には激烈なる排日思想が燃えて居る。今頃排日などが在るものかと逆襲して来るところに、彼等が虚偽の二重生活をして居るの事実は看取されるのであります。極端な偏狭なる同化政策の結果、非常な弊害を醸して居るから、その弊害が、朝鮮民族をして自ら虚偽の生活を為さしめるのである。この結果として来るところのものは、民族の堕落あるのみであります。
  こういう点からして、私は従来の同化政策を棄てるか棄てないか、これは同化という文字の取りようでありますが、とにかく従来の同化政策はこれを棄てなければいけないのであるまいか。もしも日本と朝鮮とが、将来に於て根本的に融和するの途が有りとすれば、そは今の同化政策を棄てた時でなけれ

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訂正:投稿   1444,1445 「三・一運動論   23」→「 三・一運動論   24」

三・一運動論 23 (183頁)

投稿者: tell_me_honto_gou 投稿日時: 2004/07/18 16:01 投稿番号: [1445 / 7270]
という人がありますが、この人が朝鮮の或る名家の一四五歳になる子供を引取って世話をして居るそうですが、最近川上君の誕生日のお祝に、赤飯を炊いて弁当に入れて持たせてやった。ところがその子供がお午(ひる)に弁当を開けて見ると、いつもの御飯と違って居るから、変に思ったせいか、一寸食って直ぐ腹が痛いと言って、学校から帰ってきた。後でだんだん説明をしてやると、腹の痛いのが忽ち治ってしまったという。それは何とも説明を与えないで、いきなり食わせるから腹が痛くなるのです。これと同じく、こちらでは歓待するつもりで、美味い物を食わせても、その初になんらの説明も与えずにやると、向うでは腹を壊す。こういう事が武人政治にはたくさんありますから、よほど親切にしてやってもその親切が通らない。文官ならまだ宜いと思う。
  そういうような点から、私はこのいわゆる武人政治は、速かに撤廃すべきものであると考える。何か騒動の起こった時には、文官の方から師団長に一片の移■が往けば、いつでも必要に応じて兵隊を動かすことの出来るようにして置けば、武人政治でなくても朝鮮の統治は安全に出来る。朝鮮では武人政治を維持する必要が無いのみならず、他の一面に於ては弊害が多いから、これは速かに撤廃すべきものではないかと思います。その点から言うと、総督を武人にするとか文官にするとかいうことは、そもそも末の事で、ただただ武官でなければ総督になれないということは、意味を成さぬ事であろうと思います。

       *

  第三に問題としたいのはいわゆる同化政策です。同化政策の批評は、この同化という文字の意味の取りようで一概には申されません。しかし朝鮮人に向って、その長い歴史を経て出来上がったところの、い



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■の文字を入力すると投稿を受け付けず。
http://devs.data-room.info/cgi-perl/bunken/serv.cgi?CHOICE=PAGE&ID=08007401310100100000000000018300

三・一運動論 23 (182頁)

投稿者: tell_me_honto_gou 投稿日時: 2004/07/18 15:51 投稿番号: [1444 / 7270]
弊害です。それだから随分向こうが迷惑をする。そうしてやはりこれも官僚政治の弊害でありましょうが、地方の人民を慰撫するには、地方の豪族、名望家を捉えて置かなければいかないというところから、金持ちは保護するそうだけれども、下の方はいっこう構わない。金持ちさえ手なずけて置けば、下の者はどうでも宜いという政治が行われて居る。
  こう数え挙げると、悪いことばかりのようですが、中には善い事もある。善い事もあるが、しかし官僚政治の幣としてそれがいっこう徹底しないものがあります。例えば日本で以て何とかいう蚕が良いというと、それをやれと言って、馴れないものを無茶苦茶にやらせる。成績がいっこうに挙らない。そういうことも随分とあるそうです。日本で以て何とかいう林檎が良いというと、その林檎を植えろと言う。それは何も強制するつもりじゃありますまいけれども、向こうに言論の自由を与えて居ないから、唯々諾々官吏の言う事に従う。植えた物は三箇月位経つと報告を求める。ところが今迄植えた物を廃めて、いっこう経験も何も無い物を植えるのだから失敗に了り、田畑が荒廃に帰したという事がある。もっとも失敗ばかりではない。中にはやった事で結果の良い物もある。けれどもとにかく向うの事を研究しないで、何でも彼でもこれが良いからやれやれと言うので、大体に於て朝鮮人は有難迷惑に思って居るようであります。
  寺内伯などは誠意を以て朝鮮人の為を図った人でありますから、親切な事はありましょうけれども、しかし朝鮮人から言わせると、いっこう腹の減って居ないのに、山海の珍味を並べて食え食えと言うようなものだという。食いたくはないのだけれど、食わないと、貴様毒でも入って居ると思うのかと責められそうだから、仕方なく無理に食って腹を壊すという。この頃も私の尊敬して居る友人に、川上君

三・一運動論5(右頁)

投稿者: yusura_sdhk 投稿日時: 2004/07/17 16:58 投稿番号: [1443 / 7270]


  自己反省を欠くの結果、いかに憂うべきかは、前に述べた通りである。がなかんずく、差当り今度の朝鮮問題に開■しては、特に次の二点に注意する事が必要と思う。
  第一は、日本の朝鮮統治が鮮民の心理に事実上いかなる影響を与えたかを究めずしては、問題の解決は出来ないと云う点である。日本の統治が善かったか悪かったか、又これに対して朝鮮人がいかなる考を有つべき筈であるかと云うような事は、暫く問題外に置いていい。ただこれを朝鮮人がどう観たかを検するのが必要である。鮮民がかく考える事に道理ありや否やを姑(しばら)く第二に置いて、事実鮮民が日本の統治をどう考えて居るかを、鮮民の立場から考えることが必要だと云うのである。不幸にして、形式政治家はこの観察を怠るを常とする。彼等は云う。これだけの世話をしてやれば鮮民に文句は無い筈だと。無い筈だとの妄断は、一転して彼等は日本の統治を謳歌して居ると云う迷信となる。戦前独逸は自国文化の至上を信じ、殊に世界各国の青年学生が自国に来り学ぶの事実に迷うて、世界は皆自分の国に味方するものと極めて居った。いずくんぞ知らん、全世界は殆んど挙って文化の名に於て我に抗敵して来る。この悲しむべき事実の前には、独逸国民もよほど眼が覚めたようだが、我国の為政家並びに国民の多数は、暴動の事実に遭遇してなお容易に覚めようとしない。いかに深切を尽ても、継母の深切は子供を懐かしめない。小糠三合あれば聟(むこ)に行かないと云うのが、人間の意地である。この有りふれた心理に通暁せずしては、容易に多数の人を操縦する事は出来ない。分った人、捌けた人として下男や女中

三・一運動論 23

投稿者: tell_me_honto_gou 投稿日時: 2004/07/17 16:22 投稿番号: [1442 / 7270]
いけれども、京城を外にしては、金を出して買った処は一箇処もない。皆寄附です。それは道長官の方で、今度己の方は寄附で以てこれだけ出来たということを、手柄顔に言う。又郡司が村長にそういう事を言う。それだから自然に寄附をしなければならぬことになる。これもこの間朝鮮の人から聞いた事でありますが、少しぐずぐずして居ると、憲兵屯所へ印形持参で出頭しろという。出て見ると、今度貴様の地面が道路になるから、ここに判を捺せと言って寄附願に判を捺させる。そうしてズンズン地面を取られる。地面をただ取るだけなら宜いけれども、それに人夫を附ける。人夫もただ使われる。私の友人で二月頃、田舎を旅行をした人がありますが、田舎を旅行して夕方或る処に往くと、土地を少し掘り下げて、そこに人間がウヨウヨ居るから、何だろうと思って往って見たところが、日本でいうと畳一枚位の穴を掘り下げた処に、五六人朝鮮人が居って、自炊をして飯を炊いて居ったそうです。何だと聞くと、道路普請の人夫として十四日間召集されて、自分の居村から三里ばかり離れて居るそこに来て仕事をして居るのだそうです。三里もある遠い処から引張り出されて来て居るのだから、今頃になって自分の家に帰っても、喰う物がないから、その辺の地主から米を借りて自炊をして、二週間穴の内に寝泊りをして、働いて居るのだそうです。更に聞くと、米を借りて一箇月か二箇月過ぎると、五割の利子を附けて返さねばならぬ。そういう事を聴いて、実に可哀相な者だと思って涙を流したという話を聞いて居ります。そうして二里も三里もある遠い処から、人夫を引張ってただ使っても、その道路は軍用にはなるかも知れませぬけれども、朝鮮人の実用には少しもならない。草ぼうぼうとして居る。そうして草が生えれば今度は又草取りに使う。それも喚ぶときには時を選ばぬという訳で、実に彼等は迷惑をして居るそうであります。



  私はこの事実に就ても、朝鮮総督府の責任有る官吏に質した。その答弁は、総督府を代表した答弁でないかも知れぬけれども、つまりこういう風に考えて居る官吏もあるという一の代表になります。
その外に、私が論文を書いたときに、それに答弁をしてくれた、総督府の或る高官の答弁書の中にも、そういう事があったかと記憶して居ります。それは、もしも朝鮮人から道路として地面を取って、そせに一々金を払う。それから道路普請に人夫を喚び集めて、それに人夫賃を払うとすれば、いったいその金はどこから出るか。人民の租税から取るのではないか。ところが人民が租税を出せない。租税を出さないからただ取り、ただ使うのだとこう言う。そういう理屈が立ちますか。それからもう一つは、極めて零細なる地面に対して、一々値段を協定して居ったならば、事が早急に運ぶかという。これも一つの理由。それからこれは実に乱暴だと思いますけれど、いったい朝鮮の地面というものは、これは己の地面だと所有権を主張するけれども、もともと何かというと、ただ山みたようなものを好い加減に自分の物だといって縄張をして取った。なんら正当の理由なく、いつの間にか自分の物にしてしまったのであって、日本のように確実な所有権が有る訳ではないから、政府でただ取っても宜いと言うのです。この外の理由も有るでしょうし、又後から反問したら間違ったと言うかも知れませぬが、とにかく土地をただ取るという事に就ての、私の質問に対して、総督府の責任有る役人からの答が、以上の三つであります。必要があれば名前を言っても宜いけれども、とにかく責任有る高い地位に在る人が、そういう答弁をしたのです。
  そういうような事があるからといって、何もこれは虐政を行うということではありますまいけれども、向うの都合は考えないで、ただただ自分の都合ばかり考えてやるのだから堪らない。これは官僚政治の

三・一運動論 22

投稿者: tell_me_honto_gou 投稿日時: 2004/07/17 15:40 投稿番号: [1441 / 7270]
ことになって、随分ととんでもない事がたくさんあるという事であります。
  これもこの間朝鮮人から聞いた事でありますが、戸籍を調べるというと無茶苦茶な事をやる。お母さんと子供と一緒に居る者を夫婦として届けた。親子が夫婦になっては困るというので、抗議を申し込んだところが、もう届けてしまったから直すのは面倒だ。改めて離婚届けをしろと言ったそうです。そういうような訳でありますから、いろいろ弊害が多い。それから又憲兵の補助員−−−これは朝鮮人でありますが−−−虎の威を藉(か)る狐で、随分弊害がある。朝鮮の婦人が未亡人になると、後で飯が食えないから、人の妾になるそうであります。そういう者を憲兵補助員が略奪する。そういう事に就ては、私はいろいろの例を知って居りますけども、皆[が皆]憲兵がそうだとは申されませぬから、今ここ一々例を列挙致しませぬが、要するに、この憲兵政治は非常な弊害があって、単に朝鮮人ばかりでなく、内地人も非常に困って居るようであります。
  そうしてこの武人が天下を支配して居るという点からして、マアいろいろの下らぬ弊害がありますが、どうも官吏が莫迦(ばか)に威張って仕方ない。総督が日本にお帰りになるとか、道長官がどこをお通りになるとかいう時に、学校を休むとか、子供が送迎に出るとか、非常な騒ぎをやるそうです。総督が日本に帰る時に、夜に京城を出ると朝五時頃に釜山に著くのでありますが、夏は宜いが、冬寒風の吹き晒す時に、小学校の生徒が全部見送をする。往復共に迎えたり送ったりするのであります。私の友人で釜山の銀行に勤めて居る人がありますが、七つ八つの子供を、冬寒風の吹き晒す朝の五時に、総督のお帰りだというので出迎をさせるのは、実に可哀想であると言ってこぼして居りましたが、そんな事は、西洋では一国の元首といえども無いことでありますが、こうして威厳を示そうとするのでありましょう。したがっ


て道長官なども随分威張るそうです。道長官が人民の集会に出ると、傲然として属官にオイ剣と言う。属官がうやうやしく剣を捧げて持って来て敬礼をする。少し心有る者は馬鹿気て見て居れぬと申します。
  それから又官吏の威厳を保つためというのでありましょう。これが為に朝鮮の会社員という者は、随分馬鹿にされて居るという事があります。この頃はどうか知りませぬが、いったい会社員という者はたくさん金を貰って、ボーナスを取って贅沢な生活をして居ります。それと比較すると、官吏の生活が見すぼらしいから、朝鮮人が馬鹿にする。それで会社員にはたくさん金を遣ってはいけない、やはり官吏と同じ位の月給を与えなければいけないというので、政府の保護監督の下に在る朝鮮の会社員には、ボーナスその他いろいろな名義で以て、たくさんの金は与えられないことになって居る筈であります。この頃はどうであるか存じませぬが、以前はそうでありました。前回の講演会で内ガ崎君が、朝鮮の官吏が対面を保つために小学校の先生まで剣をさげて居るから滑稽だ。官吏が以前を保つのは宜いけれども、いったい剣をさげたり、ばかに威張ったりしないと、人民が治まらぬというのは、これは昔の朝鮮の考です。朝鮮を同化しに往った役人が、かえって朝鮮に同化されてしまう。そうしてそういう先生方が、傲然として役所に座って居って、どうもやる事が形式に流れる。而して民情を無視して無茶なことをする。その例でいつでも引合に出されるのが、朝鮮の道路であります。
  朝鮮には立派な道路が到る処に出来て居ります。この朝鮮の道路は、誰も言うことでありますから、諸君も御承知でありましょうが、金を出して買った地面というものは、京城の内で一箇処か二箇処しか無いそうです。京城の内で道路を造った時には、京城は地面の高い処であるから、ただ取ることは出来な
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