閔妃の写真はなかった
投稿者: tell_me_honto_gou 投稿日時: 2004/07/23 20:32 投稿番号: [1455 / 7270]
1、閔妃の写真を否定する新説
流布されている閔妃の写真
閔妃について簡単に概説すると、彼女は1866 年李朝第二六代国王高宗の妃となり、宮中内外に閔氏一族を扶植して勢力を築き、舅である大院君と生死を賭けた熾烈な権力闘争を長年にわたって繰りひろげた。最後は日本公使三浦梧楼らにより日清戦争終結半年後の1895年10月に暗殺された。現在は明成皇后と称されている。
朝鮮史関係の本の多くにはこの閔妃の写真が掲載されており、一般に流布されていると言ってよい。インターネット上のHPでもよく紹介されている。
http://www.bishu.jp/r-yagi/koria/saito/rekisi-sp9.htm
http://www1.ocn.ne.jp/~sinryaku/t.paneruten.htm
http://www.tabiken.com/history/doc/P/P208R100.HTM
それは閔妃の写真ではない
ところがこの写真、実は閔妃を写したものではないということが判明した。明らかにしたのは三谷憲正の「『閔妃』試論―図像をめぐる一考察」(註1)という論文である。私も閔妃の写真と思い込んでいたから、久しぶりに興奮を覚えたものであった。
当論考によると、日韓併合(1910)以前の欧文資料や日本語資料では、この写真の説明を「正装の韓国夫人」「宮中の侍女」「女官」などとしているのであり、「閔妃」とするものは全くない(註2)。ところが第二次大戦後の日本および韓国で出版された歴史および事典では、ほとんどがこれを「閔妃」としているのである(註3)。
つまり別人の写真であったものが数十年経った戦後に閔妃とされてしまい、それが定着したのである。(註4)
2、クンモリから新説を検討する
クンモリとは?
この写真で目につく大きな特徴は頭部の左右に丸く張り出した大きなかつらで、全体的にハート形を呈する。これを「クンモリ」という。直訳すれば「大きな頭」となるが、『朝鮮語大辞典』(角川書店1986)では「昔、婦女が礼式のとき頭の上に結いつけたかつら」と説明されている。
本節ではこのクンモリに注目して、写真の女性が閔妃ではなく宮中の女官であるとする三谷説を検討したい。
略・・・
http://www.asahi-net.or.jp/~fv2t-tjmt/dairokujuuhachidai
「歴史と国家」雑考
http://www.asahi-net.or.jp/%7Efv2t-tjmt/index.html
流布されている閔妃の写真
閔妃について簡単に概説すると、彼女は1866 年李朝第二六代国王高宗の妃となり、宮中内外に閔氏一族を扶植して勢力を築き、舅である大院君と生死を賭けた熾烈な権力闘争を長年にわたって繰りひろげた。最後は日本公使三浦梧楼らにより日清戦争終結半年後の1895年10月に暗殺された。現在は明成皇后と称されている。
朝鮮史関係の本の多くにはこの閔妃の写真が掲載されており、一般に流布されていると言ってよい。インターネット上のHPでもよく紹介されている。
http://www.bishu.jp/r-yagi/koria/saito/rekisi-sp9.htm
http://www1.ocn.ne.jp/~sinryaku/t.paneruten.htm
http://www.tabiken.com/history/doc/P/P208R100.HTM
それは閔妃の写真ではない
ところがこの写真、実は閔妃を写したものではないということが判明した。明らかにしたのは三谷憲正の「『閔妃』試論―図像をめぐる一考察」(註1)という論文である。私も閔妃の写真と思い込んでいたから、久しぶりに興奮を覚えたものであった。
当論考によると、日韓併合(1910)以前の欧文資料や日本語資料では、この写真の説明を「正装の韓国夫人」「宮中の侍女」「女官」などとしているのであり、「閔妃」とするものは全くない(註2)。ところが第二次大戦後の日本および韓国で出版された歴史および事典では、ほとんどがこれを「閔妃」としているのである(註3)。
つまり別人の写真であったものが数十年経った戦後に閔妃とされてしまい、それが定着したのである。(註4)
2、クンモリから新説を検討する
クンモリとは?
この写真で目につく大きな特徴は頭部の左右に丸く張り出した大きなかつらで、全体的にハート形を呈する。これを「クンモリ」という。直訳すれば「大きな頭」となるが、『朝鮮語大辞典』(角川書店1986)では「昔、婦女が礼式のとき頭の上に結いつけたかつら」と説明されている。
本節ではこのクンモリに注目して、写真の女性が閔妃ではなく宮中の女官であるとする三谷説を検討したい。
略・・・
http://www.asahi-net.or.jp/~fv2t-tjmt/dairokujuuhachidai
「歴史と国家」雑考
http://www.asahi-net.or.jp/%7Efv2t-tjmt/index.html
これは メッセージ 1 (yusura_sdhk さん)への返信です.
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