三・一運動論 21
投稿者: tell_me_honto_gou 投稿日時: 2004/07/14 20:25 投稿番号: [1439 / 7270]
席上に於ては、彼の参戦軍は廃めるように相談してくれと、唐紹儀が坐談で頼まれた形になって居る。
そうして向うに往って見ると、日本の参謀本部の代表者たるべき地位に在る人が、彼の参戦軍というのは、支那が欧州戦に参加するという事から起ったので、南北戦争には関係が無いから、彼は妥協会議の問題にするなと言った。一方に於ては、彼を会議の問題にして廃めるように取計らってくれと言い、一方の参謀本部の方では、彼を南北妥協の問題にしてはいけないと言う。どちらを本当に信じて宜いか判らない。日本では軍閥と文閥とダブル・ガヴァーメントになって居るという事を、諒解して知って居れば宜いが、それを知らぬのだから、いったい日本政府は人を瞞着するという風に誤解するに至るのであります。
そこで軍閥は軍閥で何かやる。ボロが出ると外国は、我が外務省に喰ってかかる。外務省の方では、全く何も知らないというような事が随分あります。ぞそが朝鮮にもあり、日本の内地にもあるのでありますからして、吾々は軍閥にもう少し慎んで貰いたい。軍閥がもう少し引込んで貰いたい。法律上の事はともかく、事実上に於て、適当の範囲に引込んで貰いたいということを言いたいのであります。しかるに彼等は日本の内地では堂々と闊歩しない。チョイチョイやるが堂々とやらない。けれども朝鮮の方では堂々とやって居る。これに反していわゆる文閥の方はチョイチョイやる。チョイチョイやってもそのチョイチョイが、いっこう効き目が無い。そうして軍閥が何か事をやってその失策の結果いつも責を負う者は文官だから割に合わない。
こういう訳で、文官と武官との間に連絡が無い。又文官の方から掣肘されないで、総督の考が下々まで徹底する方が宜いと思って、そういう制度にした。つまり文官の掣肘を受けないためにことさらに拵
えた制度であるから、況んや国民の掣肘などは更に受けようとせぬは言う迄もない。吾々は、朝鮮の政治も亦日本政治の一部でありますから、而して、日本は立憲政治でありますから、そのお陰で吾々国民は政治を監視する。或る意味に於ては支配するといっても宜い。即ちこの政治を国民的支配の上に置くことを許されて居るのでありますから、朝鮮の問題に就ても黙って居る訳にはゆかない。国民の一人として文句を言いたい。文句を言っても多少の反撃のあるのは、文官の系統のみであり、その文官が実際の朝鮮の統治の上に、全然無勢力でありますから、朝鮮の政治は、つまり国民の輿論、国民の監視とは全然没交渉に行われて居るが、かく全然没交渉に行ってゆく制度がいったいよいか否かについて我々は文句をいいたい。かつ私は諸君の判断にこれが解決を求めたいと思うのであります。
そうして右の制度の結果として、実際に於て、朝鮮を統治する者が憲兵です。憲兵は上等兵位の人が一人で以て、千戸位を受持って居るそうでありますが、そこから又いろいろな突飛な事が出来ます。上の方では、憲兵にやらせれば何でも出来ると思って居るから可笑(おか)しい。これも、私は確にその局に当った人から聞いた事でありますが、先年朝鮮で、朝鮮固有の植物を研究しようというので、校長連が集って、総督府の事業として、朝鮮植物の採集をやろうとしていろいろな案を立てたことがある。ところがどこでそういう風に訂正されたか知りませぬが、私に話した人は、これは寺内総督の考だと言って居りましたが、植物採集のためにあまり金がかかり過ぎると。これは憲兵にやらせれば、もっと金が少くて済むというので、植物の採集を憲兵にやらせることに訂正した。そこで私の友人が−−−その人は今内地の師範学校の校長を勤めて居りますが、植物採集は草取ではありませぬと言ったそうです。そういった風な考から、上の方でもそういう頭でありますから、下の方の憲兵などが、自分の考で政治をやるという
そうして向うに往って見ると、日本の参謀本部の代表者たるべき地位に在る人が、彼の参戦軍というのは、支那が欧州戦に参加するという事から起ったので、南北戦争には関係が無いから、彼は妥協会議の問題にするなと言った。一方に於ては、彼を会議の問題にして廃めるように取計らってくれと言い、一方の参謀本部の方では、彼を南北妥協の問題にしてはいけないと言う。どちらを本当に信じて宜いか判らない。日本では軍閥と文閥とダブル・ガヴァーメントになって居るという事を、諒解して知って居れば宜いが、それを知らぬのだから、いったい日本政府は人を瞞着するという風に誤解するに至るのであります。
そこで軍閥は軍閥で何かやる。ボロが出ると外国は、我が外務省に喰ってかかる。外務省の方では、全く何も知らないというような事が随分あります。ぞそが朝鮮にもあり、日本の内地にもあるのでありますからして、吾々は軍閥にもう少し慎んで貰いたい。軍閥がもう少し引込んで貰いたい。法律上の事はともかく、事実上に於て、適当の範囲に引込んで貰いたいということを言いたいのであります。しかるに彼等は日本の内地では堂々と闊歩しない。チョイチョイやるが堂々とやらない。けれども朝鮮の方では堂々とやって居る。これに反していわゆる文閥の方はチョイチョイやる。チョイチョイやってもそのチョイチョイが、いっこう効き目が無い。そうして軍閥が何か事をやってその失策の結果いつも責を負う者は文官だから割に合わない。
こういう訳で、文官と武官との間に連絡が無い。又文官の方から掣肘されないで、総督の考が下々まで徹底する方が宜いと思って、そういう制度にした。つまり文官の掣肘を受けないためにことさらに拵
えた制度であるから、況んや国民の掣肘などは更に受けようとせぬは言う迄もない。吾々は、朝鮮の政治も亦日本政治の一部でありますから、而して、日本は立憲政治でありますから、そのお陰で吾々国民は政治を監視する。或る意味に於ては支配するといっても宜い。即ちこの政治を国民的支配の上に置くことを許されて居るのでありますから、朝鮮の問題に就ても黙って居る訳にはゆかない。国民の一人として文句を言いたい。文句を言っても多少の反撃のあるのは、文官の系統のみであり、その文官が実際の朝鮮の統治の上に、全然無勢力でありますから、朝鮮の政治は、つまり国民の輿論、国民の監視とは全然没交渉に行われて居るが、かく全然没交渉に行ってゆく制度がいったいよいか否かについて我々は文句をいいたい。かつ私は諸君の判断にこれが解決を求めたいと思うのであります。
そうして右の制度の結果として、実際に於て、朝鮮を統治する者が憲兵です。憲兵は上等兵位の人が一人で以て、千戸位を受持って居るそうでありますが、そこから又いろいろな突飛な事が出来ます。上の方では、憲兵にやらせれば何でも出来ると思って居るから可笑(おか)しい。これも、私は確にその局に当った人から聞いた事でありますが、先年朝鮮で、朝鮮固有の植物を研究しようというので、校長連が集って、総督府の事業として、朝鮮植物の採集をやろうとしていろいろな案を立てたことがある。ところがどこでそういう風に訂正されたか知りませぬが、私に話した人は、これは寺内総督の考だと言って居りましたが、植物採集のためにあまり金がかかり過ぎると。これは憲兵にやらせれば、もっと金が少くて済むというので、植物の採集を憲兵にやらせることに訂正した。そこで私の友人が−−−その人は今内地の師範学校の校長を勤めて居りますが、植物採集は草取ではありませぬと言ったそうです。そういった風な考から、上の方でもそういう頭でありますから、下の方の憲兵などが、自分の考で政治をやるという
これは メッセージ 1 (yusura_sdhk さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/bdibf4bcta4na4bfa4aa4nffc4z5doc0bel_1/1439.html