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アジア杯中日決勝戦について

投稿者: tell_me_honto_gou_2004 投稿日時: 2004/08/06 18:59 投稿番号: [1473 / 7270]
人民日報海外版評論   アジア杯中日決勝戦について
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  2004年サッカー・アジアカップの決勝戦が7日に北京で開催され、中国チームが日本チームを迎えて対戦する。中日両チームとも、苦しい戦いをくぐり抜けて決勝までたどり着いた。準決勝では、中国はイランと、日本はバーレーンとそれぞれ対戦し、いずれも死闘の末にようやく勝利を決めた。

  試合に出るからには誰でも優勝したい。スポーツ競技の貴さは、参加、競争、奮闘、進取にある。中国人一人ひとりが、中国チームが7日に日本に勝つことを祈っている。筆者がもし会場で観戦するのなら、やはり叫びすぎて声がかれ、叩きすぎて手が腫れるのも構わず中国を応援する。もし勝てば、中国のサッカーファンは大いに意気が上がり、元気づけられるだろう。

  ホームでの試合という「地の利」や、中国の「サポーター」たちの声援はさておき、中国チームと日本チームの実力だけを比較した場合、中国チームがそれほど有利なわけではない。勝ちたいならば、実力を武器に、精神力を競い、持てる限りの力をふりしぼって、とっておきの本領を発揮しなくてはならない。しかし同時に、選手であれサッカーファンであれ、感情と理性のバランスは保たなくてはならない。試合敗退の現実を直視する準備も必要だろう。自国チームにとって敗退が非常につらい現実であっても、スポーツ競技ではこのような残酷な出来事も時にはあるのだ。

  スポーツ競技の貴さはやはり、平和な時代にあって友情やマナーを重視する「戦い」だということだろう。競技場では食うか食われるかの争いが繰り広げられ、ときには目も当てられない惨敗を喫することもあるが、会場の外では手を握り合い、友好的に談笑する。これがルールだ。だからわれわれは、7日の中日決勝戦は純粋なサッカーの試合として見る以外にない。サッカーはサッカーでしかなく、たとえサッカーと国際政治や国内情勢、国民感情の間にある程度のつながりがあったとしても、試合は結局のところ試合でしかなく、何十年も前の抗日戦争ではないのだ。日本チームはわれわれの対戦相手であり、われわれが招待した友人でもある。当時の日本からの侵略者ではない。日本の侵略者は殺人のために来た。日本の友人はサッカーをするために来た。この2つは別の問題だ。

  中国チームに対して、われわれはもちろん思い切り熱烈に応援しなければならない。また、日本チームに対しても、示すべき礼儀を示さなくてはならない。情熱も必要だが、理性も必要であり、これがマナーというものだ。偉大なサッカーチームは、勝つに値し、負けるにも値し、勝ってもおごらず、負けても悲観しない。偉大な民族、偉大な国民は、風格をもち、マナーを重んじなければならない。文明大国としての風格と礼儀が必要なのだ。 (08/05)

http://www.asahi.com/international/jinmin/TKY200408050214.html

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人民日報も読んでみると・・・

比較的まともなこと書いてあるように錯覚してしまいそうですが、

>何十年も前の抗日戦争ではないのだ。日本チームはわれわれの対戦相手であり、われわれが招待した友人でもある。当時の日本からの侵略者ではない。日本の侵略者は殺人のために来た。日本の友人はサッカーをするために来た。この2つは別の問題だ。

って、「殺人のために来た」と。まあ、歴史的なことはさて置いても、この露骨な表現だけでも、そのこだわり、反日が出てますね。これで、恐らく精一杯理性的に書いているつもりなんだろうけど、やはり根本的に我々と何かが違うことを感じさせてくれます。
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