夢の国「イラン」についていろいろ教えて

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カーシャーンにて

投稿者: fyojizzzz 投稿日時: 2011/04/02 22:54 投稿番号: [3800 / 3876]
カーシャーンでは、『歩き方』にもリストアップされているサイヤーフ・ホテルに泊まった。裏庭に面した2階の部屋の窓外には、半円球の形をした土色の小屋根が規則正しく並んでいる。どうやら隣は、バーザールのようだ。

夕飯をとるために外に出た。『歩き方』にはこの街には「レストランと呼べるようなものは少ない」と書かれている。さらに当日は、金曜日であったため、閉まっている店も多く、街の中心部にしてはうら寂しい雰囲気だ。

が、幸い、ホテルの近くにピザ屋さんが見つかった。実は、イラン滞在1週間ほどで、イランのレストラン料理には飽きてきたところだった。すでに数カ所のレストランに入ったが、メニューはほとんどケバブ類がすべてあった。アーブ・グーシュトも3度ほど食べたが、やはり飽きてきた。

ピザ屋は若い人や家族連れで賑やかだった。ここでも、若い男性から話しかけられた。外資系の工場に勤めており、会社の外国人とは英語で話す必要があるため、英語の勉強をしているとのこと。これ幸いに、カーシャーンのおすすめスポットを訪ねたら、3カ所を教えてくれた。翌朝は、彼の推薦した3つのスポットを回ることにした。

朝になり、まずバスに乗って、郊外のフィーン庭園を訪れた。ここは、沙漠間際の街、カーシャーンにしては背の高い杉の並木と水路が美しく、また離宮の天井装飾なども素晴らしいものであった。

フィーン庭園の次には、ボルージェルディーハータバータバーイーという2つの邸宅博物館に行った。

テヘランを経てカーシャーンへ

投稿者: fyojizzzz 投稿日時: 2011/04/01 11:53 投稿番号: [3799 / 3876]
キャンドヴァーンから帰宅後、午後は友人の家族たちと連れだって、近所の商店街をぶらぶらした。

友人の長姉宅も、日本の普通の住宅に比べると広々として、2階なのに同じく広いテラスと中庭をもった「豪邸」で、近所は高級住宅街然としていたが、散策した商店街も、しゃれた店構えのお店が並んでいた。行き交う女性も、テヘランで見たような「ドレスコード」を超越したような格好の女性が目に付いた。

夕食時には昨晩とは別の親類家族がやってきた。前回も会った、懐かしい人々だ。

翌朝、タブリーズから飛行機でテヘランに戻り、次姉宅で休んでいるときに、日本での震災発生を知った。TVでは津波の様子が繰り返し流されていた。想像を絶する惨事に家族全員、TVに釘付けになった。

家族に促されて、東京の家族に電話した。すごい揺れで食器類がめちゃくちゃになったが、それ以外のダメージはなかったとのことで、とりあえず旅行を続けることにした。

午後、友人の車でカーシャーンに向かう。高速道路のサービス・エリアにはしゃれた建物が立っており、駐車場も、店内も混み合っていた。

途中、塩湖やゴムの町を遠望し、3時間ほどで小規模なカーシャーンの街に到着した。

タブリーズにて(2)

投稿者: fyojizzzz 投稿日時: 2011/04/01 00:49 投稿番号: [3798 / 3876]
タブリーズ2日目はどうするかちょっと思案したが、キャンドヴァーン村に行ってみることにした。

市内の見どころは前回来たときにほとんど見ており、キャンドヴァーンも訪問していたが、後者は冬景色を見たいと思ったからである。

タクシーで市内を抜け、キャンドヴァーンに近づくにつれて、あたりはにわかに雪景色になった。さらにかなりの勢いで雪が降ってきた。現地に至る最後の道は長い上り坂である。前を走っていた自家用車が坂を登り切れず、スタックしてしまった。近くの住民に加えて、われわれもタクシーから降りて前の車を押すはめになった。われわれのタクシーは、さすがプロなのか、雪道も苦にせず、無事、キャンドヴァーンにたどり着いた。

雪のキャンドヴァーンは美しく、そして静かだった。
岩の間の狭い雪道を一歩一歩登ってゆくと、それぞれの岩穴家屋からはかすかに生活のにおいがただよってくる。ロバの鳴き声が聞こえたりする。

戸外に出ていた住人に、同行した友人の甥が家の中を見せてくれないかと頼んでくれた。中は、洞窟そのものだが、キッチンも居間も、ベッドルームもあった。居間には、自家製らしきジャムや蜂蜜らしきものがお土産用として売られていた。

奇岩群の集落から下に戻り、橋をわたって対岸のお茶やさんに入った。
しばらく休んでいると、数名の男たちが入ってきた。観光局かなにかの役人らしい。なぜか理由はわからなかったが、彼らにパスポートの提示を求められた。すぐに返却してくれて何事もなかったのだが。

その後、川沿いにある有名な湧水場で水を飲み、キャンドヴァーンを後にした。

タブリーズにて(1)

投稿者: fyojizzzz 投稿日時: 2011/03/30 17:19 投稿番号: [3797 / 3876]
ザンジャーンのバーザール内にあるチャイハネで、最後の昼食を取ったのち、姉の友人2人と別れ、タブリーズ行きの長距離バスに乗った。

雪でおおわれた山々を左右に見ながら、広大な高原景色の中を、新しく開通した高速道路が走っている。開通間もないためか、途中、近代的なサービス・エリアはほとんどなく、昔ながらの雑多な掘っ立て小屋風の店がときおり並んでいる。

4時間弱でタブリーズに到着。タブリーズでは友人の一番上の姉の家にやっかいになる。前回タブリーズに来たのは最初にイランを訪れた2002年だったので、9年ぶりの再訪だ。家族全員とも再会。長男は数年前に結婚していて若い奥さんにも紹介される。

夕食にはさらに親類の家族がやってきた。9年前の夏、イールゴリー公園近くでピクニックをした。そのとき会った親類の女子高生。自転車にも乗りたいし、へそ出しルックで街を歩きたいといっていた女の子だったが、現在、医学生になっていた。イランには未来がないので、フランスに移住したいと真顔で話していた。

友人の長女は2人の息子と1人の娘がおり、息子たちは2人とも熱心な空手家であった。すでに2人とも数人の弟子をとって教えている。

夕飯後の余興に、長男から空手着を着せられ、みんなの前で自己流組み手を披露することになった。まったく様にならないため、みんなから爆笑をかった。ついでながら、この家でも、ウォッカがテーブルに出された。「マフィア」から買った、と笑っていた。

ザンジャーンにて(3)

投稿者: fyojizzzz 投稿日時: 2011/03/30 02:02 投稿番号: [3796 / 3876]
ザンジャーンには3泊したが、市内観光は『歩き方』に出ている唯一の「見どころ」であるザンジャーン博物館と、名前は失念したが、もうひとつの博物館を訪れたのみであった。

ザンジャーン博物館は、100年ほど前に市によって建設された公衆洗濯場がそのまま博物館になっている。カナート(地下の水路)から水を取り入れて、ロ(ろ)の字型の溝に流れている。100人くらいが同時に洗濯できそうな広さで、このような公衆洗濯場は非常にめずらしいとのこと。

もう一つは、「ソルトマン」を見たいかと友人に聞かれて、急遽訪れることにした博物館だ。だが場所が分からない。車で近くを通りかかった中年男性に尋ねると、車に乗れ、ということでほんの1分ほどの時間だったが、博物館の前まで同乗させてくれた。

ソルトマンについては、以前、ネットで記事を読んだ記憶があった。2000年ほど前の人体がミイラ状になって、岩塩鉱から発見されたという記事だ。
そのソルトマン(塩人間?)がザンジャーン近郊で見つかったとは知らなかった。

館内には4体のソルトマンがケースに入れられて展示されてあった。干からびて燻製のようになっているが、確かに人間だ。1体は少年だという。
また、ネット上で写真が出回っている、金髪の髪をぼうぼうに生やし、いかにも苦しげな表情がわかるソルトマンは、テヘランの考古学博物館に展示してあるとのこと。こちらも、テヘランに戻ってから、拝見することができた。

ミラッド・タワーとフィーン庭園

投稿者: fyojizzzz 投稿日時: 2011/03/28 16:22 投稿番号: [3795 / 3876]
イランのPress TVのホーム頁で、偶然、ミラッド・タワーの紹介ビデオを見つけました。

http://www.presstv.ir/Program/166303.html


われわれが行ったときは、ツアーの形式でガイド嬢の後にくっついて動いたので、ビデオで紹介されている見もの(例えば、回転レストラン)のかなりの部分は見過ごしていることがわかりました。

またビデオの後半では、やはり今回訪れた、カーシャーンのフィーン庭園が紹介されていました。

ザンジャーンにて(2)

投稿者: fyojizzzz 投稿日時: 2011/03/28 00:27 投稿番号: [3794 / 3876]
ザンジャーンの1日目はホテルに宿をとったが、その後、2日間、友人の姉の友人宅にお世話になった。

姉の30年来の友人という女性は夫が医者。以前はテヘランの病院に勤務していたが、数年前に退職し、故郷のザンジャーンにある病院で週2日ほど働いている。テヘランの家にくわえ、ザンジャーンにも新規開発地の団地に2LDKの部屋をもっている。

われわれが友人宅に移ってから、しばらくして、テヘランからもう1人の友人である中年の主婦がやってきた。仲良し3人組のようだ。新年の準備など家事に疲れたので、骨休みに来たという。

夕飯後、TVから音楽が流れると、突然、この家の奥さんが踊り始めた。つられるように、他の女性も踊りに加わり、最後はわれわれを含め全員で踊ることになった。この家の奥さんは、おそらく50歳前後と思われるが、ひとたび踊り始めると、なかなか妖艶でプロのダンサー顔負けであった。おもわず、拍手喝采し、イランの紙幣を彼女のTシャツ姿の胸元に押し込んだら、周りから爆笑が起こった。

実は近所の知り合いを通じて、ウイスキーが用意されており、酒の勢いもあってか、愉快な夜を過ごすことになった。

それにしても、今回は2週間の滞在のうち、半分ほどを個人の家に泊めてもらったが、内側から見たイラン人の生活は、日本のそれとほとんど変わらないなーと感じさせられた。(やっかいになったお宅が皆、大都市の中産階級の家、ということもそう感じた理由かも知れないが。)

ソルターニーイェとタフテ・スレイマーン

投稿者: fyojizzzz 投稿日時: 2011/03/27 00:29 投稿番号: [3793 / 3876]
ザンジャーン滞在2日目は、ソルターニーイェ、3日目はタフテ・スレイマーンという2つの世界遺産を訪ねた。

遺跡そのものの説明は他の詳しい解説に委ねることにして、

  (例えば、Kimio’s   Diary   「がらくた日記」)
http://kmowotan.cocolog-nifty.com/garakuta/2007/05/post_8140.html

http://kmowotan.cocolog-nifty.com/garakuta/2007/05/post_3ea7.html

ここではちょっとした感想のみを。

ソルターニーイェは、その巨大さと、青いタイルのドームが印象的であった。ハイウエイから村道(?)のような小道に入ると、小さな集落の奥に、青いドームをもったモスクのような巨大建築物が遠目にも飛び込んでくる。
それがソルタニーイェの中心的建造物、オルジェイトウ廟であった。

煉瓦造りと言うが、中に入って天上を仰ぎ見ると、非常に高い。(50メートルあるそうだ。)タイル壁の破損がひどく、内部の空間をすべて占領するように修復用の足場が組まれていた。複雑な模様を表現するような煉瓦の組み方、天上の模様も派手さはないが緻密で美しいものであった。

翌日、タフテ・スレイマーンを訪れた時は雪が降っていた。近道だとタクシーで2時間ほどで到着できるそうだが、狭い山道を通るため、危険を避けて、遠回りのルートを通ったため、3時間はゆうにかかった。

それでも途中からかなり急な山道になった。しばらくして、クルディスタン州に入った。以前は、この先は(危険地帯ということか)進入禁止だったらしい。目にはいるのは、雪に覆われた、広大な山岳原野。北海道の原野もかすんでしまいそうだ。ときおり、小さな集落があり、年寄りの男たちは、膝当たりが幅広になったズボンをはいている。

タフテ・スレイマーンについてしばらくすると、雪がさらに勢いを増してきた。遺跡内にある、体育館のようなミュージアムで考古学の研究員から詳しい説明を聞くことが出来た。

印象的だったのは、このタフテ・スレイマーンの池は、カーバ神殿、ピラミッドと並んで、世界の三大「パワー・スポット」(地球のエネルギーの出口)だということ。研究者でもそう信じている人はすくなくないそうだ。その真偽はわからないが、非常に神秘的で、ただならぬ雰囲気を持った場所であることは体感できた。

現地の反体制運動について

投稿者: fyojizzzz 投稿日時: 2011/03/25 00:29 投稿番号: [3792 / 3876]
イランに入る前に覚悟を決めていた事の一つは(恥ずかしいですが)、もしデモなどに遭遇したら、なるべく素早くその場をはなれよう、ということでした。(日本の外務省、安全情報でもそのような指示があった。)

個人的には、反体制運動の動きには関心もあるし、イランには変わってほしいとの希望もあるが、ビザの件でも体制側のピリピリした受け止め方を感じていたため、今回は安全第1に徹しようと決めていました。

現地に入って、実は、余りにも静かで、すこしも騒然とした感じがしない。友人やその甥たちと話しても、ムサビ、カルビ両指導者が拘束されたようだと言う話は出ても、それ以外の反体制活動についての話はほとんど出てこない。すでに、若い彼らは、現体制に絶望するだけでなく、イランそのものの将来に何の希望も持ってないようでした。異口同音に、海外に行きたい、と話していた。

そんなわけで、反体制の動きについては、現地では見ることはおろか、ほとんど感じることさえできなかった。

さきほど、イラン在住の大村一朗氏のブログ「イラン〜つぶやき日記」をみたが、やはり、デモが勢いを失っていることがレポされていた。

http://www.asiapress.org/apn/archives/2011/03/11192010.php

ザンジャーンにて

投稿者: fyojizzzz 投稿日時: 2011/03/24 22:32 投稿番号: [3791 / 3876]
テヘランで2泊した後、3日目午後、われわれと友人姉妹の4人はタクシーでザンジャーンに向かった。

3時間前後のドライブだ。以前よりガソリン価格が上がったとはいえ、タクシー料金はまだまだ(日本と比べて)はるかに安いので、かなりの距離でも気楽に利用できるのがありがたい。(ちなみに、料金は友人の姉がはらってくれたのでわからない。)

街の中心広場にあるホテルに宿をとり、付近をぶらぶらしたが、ノールーズの準備のためか、小さな街のわりに人出が多かった。テヘランに比べると、さすがに若い女性でも「目を引く」ような格好をした人は希だった。

夕食は、友人の姉の友人から紹介された「キャラバン・サライ」を改修した伝統的イラン料理のレストランに行った。たまたまそこでは、ザンジャーン大学で開催された「科学大会」か何かの打ち上げ会が催されていて、若い学生たちで熱気むんむんであった。

打ち上げ会の余興として、3人構成の楽団2組が招待されており、期せずして伝統音楽をも楽しむことが出来た。途中、警察がやってきて、男女学生が混在して席についていたが、強制的に分離させられてしまった。イランの若い人は好奇心の多い人が多いのか、ここでも何人かの学生に話しかけられた。

夕飯を終えてホテルに戻ると、広場には軽機関銃を脇に抱えた軍人数名が当たりを警備していた。翌々日(世界婦人デー)に起こるかも知れない反体制デモを警戒してのことだという。友人が「ここは中国か!?」と兵隊に聞こえよがしに発したのには驚いた。

テヘランにて(2)

投稿者: fyojizzzz 投稿日時: 2011/03/23 15:21 投稿番号: [3790 / 3876]
アーブギーネ博物館を出て、街を歩いた。

金曜日だったので商店の多くはしまっていたが、元「クエート・モール」と呼ばれていたという古くて小さなモールには、若い男女がひっきりなしに出入りしていた。

スカーフが見えないくらいに前髪を丸出しにした若い女性たちが通り過ぎる。それも少数ではない。コートも細くて短め、まるでミニスカートかと見間違うほど。5年前には覚えがないほどの変化だ。

友人の姉宅に行ってさらに驚いた。
長男の婚約者は厚化粧にミニスカート姿。次男のガールフレンドは、髪を金髪に染め、化粧は(運動選手なの日焼けもあるかしれないが)かつて渋谷を闊歩したガングロ仕様の化粧に見えた。

イランでは、内と外の二重生活があるとは、よく聞く話だが、少なくとも内の世界では、若い女性は日本人以上に「派手」で「華やか」という印象だった。

テヘランにて(1)

投稿者: fyojizzzz 投稿日時: 2011/03/22 22:21 投稿番号: [3789 / 3876]
空港到着後、ビザ取得に1時間、ようやくイミグレを通過いたと思った直後、係員に呼び止められビクッとしたが、両手の指紋採取だった。

2時間ほどたってようやく待ち人でごったがえすロービーにでた。
われわれがイランに入国できるか、自宅で寝ずに待っていたであろう友人に一刻も早く連絡しなければと思い、近くにいた男性に携帯で連絡をお願いした。案の定、友人はすぐに電話に答えた。
携帯を借りたお礼をと小銭を差し出すが、固辞される。早速、イラン人のやさしさに遭遇。

外は雪がちらちら舞っていた。早朝のテヘランは車もまばらで、イマーム・ホメイニ空港から市内のホテルまで1時間足らずで到着。こうして5年ぶりのイラン旅行がはじまった。

テヘランでは、アーブギーネ博物館(ガラス博物館)、絨毯博物館、ミラッド・タワー、サアダーバード宮殿博物館などを見学した。今回、『歩き方』に紹介されている観光ポイントを何カ所も訪れたが、多くの場所で、観光客はほとんどいなかった。3月前半はどこもオフシーズンなのだろうが、理由はそれだけではないようだった。

国内航空券を買うために訪れた旅行会社の女性職員は、最近(この数年?)外国人旅行客の数がかなり減少していると話してくれた。(なぜか、フランス人とチェコ人の旅行者だけ増えているそうだが。)

サアダーバードとミラッド・タワーだけはイラン人観光客が多数目に付いた。ミラッド・タワーでは一定人数が集まると、ガイド役の女性がやってきて、ツアー形式で説明を受け、展望台に登り、降りる、という形になっていた。ペルシャ語につづいて英語の説明もあった。

タワーの全長は435メートル、展望台は300余メートルにある。上からの展望は絶景であった。雪化粧をほどこされたテヘランの街はキラキラと輝き、顔面に迫るアルボルズも雄大であった。

イランでの旅程

投稿者: fyojizzzz 投稿日時: 2011/03/21 00:26 投稿番号: [3788 / 3876]
今回のイラン旅行では、ビザに関わる不確実性があったため、初日のホテルを除いて、訪問先や宿泊先については未決定のまま入国した。

テヘランのホテルに迎へにきた友人と再会し、早速、日程作成を行った。

テヘランで2泊(友人宅と友人の姉宅に1泊ずつ)
ザンジャンで3泊
タブリーズで2泊
カシャーン   1泊
アブヤネ   1泊
ゴム   1泊
テヘラン   2泊

ザンジャン、カシャーン、アブヤネのホテルを『歩き方』やネットから探し、予約。タブリーズからテヘランのフライトも幸い予約できた。

Re: イランの入国ビザ

投稿者: sharghi82 投稿日時: 2011/03/20 03:42 投稿番号: [3787 / 3876]
Fyojizzzzさん

お帰りなさい。奥様も無事に入国できたとのことでよかったです。

私も日本を離れた翌日に震災のニュースに現地で出会い、仕事の合間にメールやネットで見る情報に圧倒されていました。昨日帰国したのですが、留守中の自宅はたいして片付けが必要な状況ではなく、すぐに休むことができてほっとしました。

復興にはかなり時間がかかる長期戦だろうと思います。震災のニュースに釘付けになるのは心理衛生的によくないですし、震災に目がいっていた間に中東事情も刻々と変化してこちらも実は気になっているところです。

こちらのトピではイラン関係ネタを引き続き見ていけるといいなと思いますので、ご旅行ネタ、楽しみにしています。

イランの入国ビザ

投稿者: fyojizzzz 投稿日時: 2011/03/20 02:43 投稿番号: [3786 / 3876]
今回の旅行では、とうとう妻のビザが間に合わず、最悪の場合、強制送還(?)も覚悟して出発しました。

早速、成田のアエロフロートでひっかかりました。妻のイラン入国ビザがないことに気づいたチェックインの係員(日本人)が、ビザなしではイラン行きの飛行機に搭乗できないと、いろいろ調べはじめたのです。

すでにe-visaを申請していること、イラン領事館でも到着ビザを取れると言っていた(これはウソです)ことなどを述べ、なんとか了解してもらえそうな雰囲気。と、突然、われわれのやりとりに加わっていた上司らしき人が、「スカーフがないとイランには入れませんよ」としたり顔で発言。すかさず、妻がバッグからスカーフを取り出し、一件落着。

ビザよりも、スカーフの方が重要とでも言いたげな様子におもわず笑ってしまいました。

モスクワでトランジット後、テヘランのイマーム・ホメイニ国際空港に到着。数人の外国人とともにビザ申請窓口へ。交渉し、待たされること、ほぼ1時間。イランの友人のアドバイスに従い、われわれは夫婦であることを強調。ホテルは予約してあるかとの問には、友人に予約してもらったテヘランのホテル名を挙げました。「なんならホテルに電話して確かめてください」と付け加えて。

結局、5人ほどいたビザ申請者は、時間はかかったものの、全員入国許可がおりました。もっとも、ビザの申請を告げると、まず始めに、隣の銀行窓口で50ユーロ(だったかな)を支払い、そのあと係官とやりとりという順序なので、拒絶されるケースは(少)ないのかも知れません。

まあ、しかし、できれば事前にビザを取得すべきだと思いました。

帰ってきました

投稿者: fyojizzzz 投稿日時: 2011/03/19 21:59 投稿番号: [3785 / 3876]
一昨日、無事帰国しました。
sharghiさん、いつもながら留守中ありがとうございました。

帰国ー週間ほど前、テヘランの友人の家族宅に滞在中、TVを見ていた友人の甥が「日本がすごいことになっている」との声で、大震災のことを知りました。地震とともに、大津波の映像が繰り返し流され、家族全員で画面に釘付けになりました。

イランの国営放送でも震災のニュースは流されていましたが、何10(何百?)とある衛星チャンネルの中から、日本の様子を求めて番組を探す回す日々が帰国まで続きました。

帰国して、わが家の無事は確認できたものの、被災地の厳しさを知るにつけ、イラン旅行の余韻もどこか夢の彼方に飛んでいってしまうほど、呆然としています。

というわけで、こんな時に、と躊躇がないわけではありませんが、トピを維持するため、また、多少でも皆様の参考になればとの気持ちもあり、今後、すこしずつ、旅行記みたいなものを記してゆこうと思います。   ご寛容を。

Re: 翻訳・通訳応募>直接先方へ

投稿者: sharghi82 投稿日時: 2011/03/16 05:31 投稿番号: [3784 / 3876]
こんにちは。名乗り出てくださってありがとうございます。

ただ、応募は直接、掲示された先にお願いします。(私は旅先におり、ネットにもアクセスしにくく、連絡をつなげません。)

また、この掲示板に個人情報を載せると削除されると思いますし、おのせになった方ご自身にとっても個人情報が不特定多数に広まってよくないと思います。ご注意ください。

翻訳・通訳ボランティア応募

投稿者: the_surgeons_mate 投稿日時: 2011/03/15 15:43 投稿番号: [3783 / 3876]
1.氏名:池田久美子

2.所属:

3.連絡先
   メールアドレス:ikedkumi@da2.so-net.ne.jp
   連絡可能な電話番号:090-9291-9602

4.言語:英語

5.言語に関する能力:TOEIC 990点、産業翻訳経験あり(外資IT企業、流通関係等)

6.翻訳または通訳の選択:翻訳

震災通訳ボランティア(メール通訳も可)

投稿者: sharghi82 投稿日時: 2011/03/15 13:18 投稿番号: [3782 / 3876]
アクセスできる時間が短いので手身近に

*「東北地方太平洋沖地震多言語支援センター」通訳ボランティア
要請

東北地方太平洋沖地震に際しまして、
「東北地方太平洋沖地震多言語支援センター」が立ち上がりました。
http://blog.canpan.info/shintsuna/archive/866

同センターでは、地震に関する情報を外国語で提供する
事業を行っています。
これに伴いまして、以下の言語の翻訳・通訳ボランティア
として登録してくださる方を募集しています。

【言語】
英語、韓国語(朝鮮語)、中国語、ポルトガル語、
スペイン語、フィリピノ語(タガログ語)、ロシア語、ベンガル語、
ベトナム語、ラオス語、フランス語、ミャンマー語、カンボジア語、
ペルシャ語、タイ語、インドネシア語

【翻訳ボランティア】
基本的に、メールを通じて翻訳をしていただくことをお願いします。

【通訳ボランティア】
滋賀県の全国市町村国際文化研修所の研究所内にある
「東北地方太平洋沖地震多言語支援センター」に来ていただき、
通訳をしていただくことをお願いします。
http://www.jiam.jp/

【待遇】
無給

【応募方法】
下記連絡先(石井)まで、以下の情報を電子メールにてお送りください。
必ず件名に「翻訳・通訳ボランティア応募」と明記ください。
申し訳ございませんが、応募者全員に作業をお願いするとは
限りませんので、予めご了承いただければ幸いです。

1.お名前(ふりがな)
2.ご所属
3.ご連絡先
   メールアドレス:
   連絡可能な電話番号:
4.言語
5.言語に関する能力
6.翻訳または通訳の選択

【応募連絡先】
石井正子
Email: masang@glocol.osaka-u.ac.jp
携帯:080-5344-0925
地域研究コンソーシアム社会連携部会
大阪大学グローバルコラボレーションセンター
〒565-0871 大阪府吹田市山田丘2-7
TEL:06-6879-4442   FAX:06-6879-4444

[アラブ大変動」を読む]開催報告

投稿者: sharghi82 投稿日時: 2011/03/08 02:41 投稿番号: [3781 / 3876]
中東カフェに、東京外大で開催された公開ワークショップ、『「アラブ大変動」を読む:チュニジア、エジプトの民衆パワーはどこへ行くのか』の開催報告が出ていたのでよかったらどうぞ。資料も一部ダウンロードできるようです。

http://www.japan-middleeast.jp/kako_chuto-cafe/workshop20110303_report.html

今日はイランでデモが予定されていますね。毎週火曜日ごとのデモ、今後どうなっていくのか引き続き注目していきたいなと思います。

Re: しばらく留守にします

投稿者: sharghi82 投稿日時: 2011/03/03 07:52 投稿番号: [3780 / 3876]
Fyojizzzzさん、お気をつけていらしてください。

ネットを見ているとテヘランもずいぶん動いている様子。ご滞在中どうぞお気をつけて。

しばらく留守にします

投稿者: fyojizzzz 投稿日時: 2011/03/02 23:35 投稿番号: [3779 / 3876]
明朝、家を出て、モスクワ経由でイランに行きます。

実は、e-visaについてこちらが誤解をしたり、送信したつもりが、できてなかったりとで、結局、妻のビザを取ることが出来ませんでした。

多少不安はありますが、テヘランに着いてから空港で入国ビザの申請をすることになりました。東京の領事館係官の話では、e-visaがないと、入国は無理だとのことですが、ネットで調べたら、e-visaなしで入国ビザをもらったという話もあるようなので、今回は、妻はビザなしでテヘランに向かいます。

ぼく自身はすでにビザを取得しています。

2週間ほどの期間ですが、不在中、トピの維持、よろしくお願いします。

あれずさん「朝まで生テレビ」に出演

投稿者: sharghi82 投稿日時: 2011/02/23 17:07 投稿番号: [3778 / 3876]
Fyojizzzzさんはブログもご覧いただいているようなのでご存じでしょうが、久しぶりにあれずさんが朝生に出るそうです。

今月25日金曜日の夜中に放送予定のテレビ朝日放送の「朝まで生テレビ」に出演。

日本の外交がテーマ

時間帯的に個人的には見られそうにないのですが、一人でも多くの方に見ていただければと思って告知しました。

今回のイランのデモの動画はイラン各地のものがさまざまな媒体に出ていますね。イラン以外の動画やニュースもたくさんあってめまぐるしく動いていてついていくのが大変です。

きっとあれずさんはネットにはりついているんじゃないかなーと想像します。日本にいると出来ることが限られますが、だからこそ様々な媒体を通じて情報の発信をしてほしいなと思っています。

それにしても今回の一連の抗議行動では胸のつぶれるような知らせが山のようにありますね。民衆の願いはかなってほしい、でも傷つく人は最小限であってほしい、そんなふうに思ってみています。

テヘランでの抗議風景

投稿者: fyojizzzz 投稿日時: 2011/02/22 23:36 投稿番号: [3777 / 3876]
アラブでの反政府抗議運動、とうとうリビアまでも。

イランでも、今度こそ、と淡い期待を抱かずにいられません。

http://www.youtube.com/watch?v=dq24RZbPV4Y&feature=player_embedded#at=519

Re: ジャーナリスト&研究者のあれずさん

投稿者: fyojizzzz 投稿日時: 2011/02/19 17:52 投稿番号: [3776 / 3876]
「あれず」さんのブログ紹介、ありがとうございます。

大手メディアのイラン情報とちがい、生に近い、最新情報が多く、とても興味深いです。

ところで、彼女のブログ内で、保守派と改革派の2分法はイランの実態を表していない、とあり、保守派に代わり、体制維持派とすべきとありましたが、「改革派」はどう呼ぶべきかと思案しました。市民派、一般国民、などかな、と。

ジャーナリスト&研究者のあれずさん

投稿者: sharghi82 投稿日時: 2011/02/13 07:32 投稿番号: [3775 / 3876]
中東カフェの事務局をつとめている「あれず」さんがブログを始めたのですが、彼女らしい切り口とコメントがおもしろいなと思ったのでご紹介しておきます。

http://touji-shabeyalda.blogspot.com/2011/02/blog-post_5767.html

イランと東京でデモの予定

投稿者: sharghi82 投稿日時: 2011/02/13 06:19 投稿番号: [3774 / 3876]
しばらく多忙で何もアップできずにいましたが、本日のイベントはお知らせしておこうと思って書き込みます。

以前こちらでもご紹介した green wave Japan に出ていたのでご覧になったかたもいるかもしれませんが転載しますね。

http://www.azadi.jp/search/label/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E8%AA%9E

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イベントのお知らせ

人権団体によれば、イランは処刑数では中国に次いで2位、人口当たりの処刑数では世界一とのことです。2011年が明けて死刑の執行は8時間に一人の割合とのことです。2009年6月の大統領選挙では、アフマディネジャドの再選が不正だとする数千人規模の抗議デモがイランで起きた。イラン当局は2011年1月29日、大統領選後の反政府デモに参加したとして拘束していたオランダ人女性への死刑を執行した。1月24日にも09年のデモに参加した男性2人の死刑を執行したと発表した。
野党グループは月曜日(2月14日)に政府に対する大規模なデモをしたいと願っています。我々はまた暴力沙汰が起こることを恐れます。
イランの人々と連帯してデモを行います。
自由と正義を支持する全ての人々の熱い参加をお待ちしております。
参加者には、暴力を非難する旗やポスターなどを持ってイラン政府へイラン国内の問題に対し必要な処置をとるよう主張をしていただきます。

ご参加してくださる方がおりましたら大歓迎です。
グリーンウェーブジャパン

「人類に愛を」

日曜日 2011年2月13日, 13:30〜

国連大学の前にて
(青山通り。表参道または渋谷駅から少し歩きます。 地図を参照してください。 )

エジプト:対イラン感情悪化

投稿者: fyojizzzz 投稿日時: 2011/02/08 21:27 投稿番号: [3773 / 3876]
エジプト情勢、膠着状態に入ったのでしょうか。

それにしても、年末のチュニジアから始まったアラブ社会の激動、予想もしなかっただけに、目を見張るような早さと震度の大きさに驚いています。

当初、アラブ政治におけるイスラム原理主義の顕在化か、という予測もあったようですが、どうやら、ハメネイ師らが期待するような「神聖国家」化にはならないようですね。
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エジプト:対イラン感情悪化   「イスラム称賛」に警戒感(毎日新聞)

  【カイロ鵜塚健】エジプトで対イラン感情が急速に悪化している。イランの最高指導者ハメネイ師がエジプトのデモを「イスラムの目覚め」と称賛したことに、エジプト政府が強く反発。また、エジプトで穏健派イスラム原理主義組織「ムスリム同胞団」の存在感が高まる中、市民も同胞団の背後に「イランの影」を警戒している。

  「2年前、反政府デモを弾圧したのを忘れたのだろうか」。AP通信によると、エジプトのアブルゲイト外相は5日、イラン政府が09年6月の大統領選後に自国の反政府デモを徹底弾圧したことを挙げて皮肉った。ハメネイ師が4日、エジプトのデモに触れ「イスラムの目覚めだ。(79年のイランの)イスラム革命を手本にしている」と評価したことへの反発だった。

  外相は「イラン国民の自由への要求に対し、エジプトに注意を向けてごまかすのではなく向き合うべきだ」といら立ちを見せた。

  イランは今月11日がイスラム革命記念日で、国内の引き締めに力を入れている。親米・世俗政策を取ったムバラク政権が弱体化する現状は、反米・イスラム主義のイランにとって自国の正当性を主張する格好の材料で、国営メディアはエジプト情勢に連日焦点を当てている。

  両国は80年に国交を断絶した。イスラム革命時に亡命したイランのパーレビ元国王をエジプトが受け入れ、さらにイスラエルと平和条約を結んだことにイランが反発したからだ。両国は国交正常化に向け「前進」と「後退」を繰り返しつつ、昨年10月には両国間の直行航空便の開設で合意したが、今回のデモを巡る応酬で再び後退する可能性が高まる。

  一方、イスラム主義の台頭を懸念するエジプト市民の間では、同胞団とイランの関係を疑う傾向が強まり、デモ会場のカイロ中心部タハリール広場では「イランは去れ」との掛け声も聞かれる。楽器店勤務のアフメド・ディアフさん(23)は「今後イランの力が強まり、ちょっとした犯罪をしただけですぐに手や首を切られるような宗教国家になるのはごめんだ」と話した。


http://mainichi.jp/select/world/news/20110208k0000e030024000c.html?inb=yt

イランの温泉風景

投稿者: fyojizzzz 投稿日時: 2011/02/03 08:12 投稿番号: [3772 / 3876]
テヘランの北西にあるサレイン温泉

http://payvand.com/blog/blog/2011/01/28/photos-sarein-hot-springs-a-tourists-cit y-in-northwestern-iran/

冷たい戦争でもイランの勝ち?

投稿者: fyojizzzz 投稿日時: 2011/01/28 15:49 投稿番号: [3771 / 3876]
田中宇氏の最近のエッセイ<「イランの勝ち」で終わるイラク戦争>
でも述べられているように、イラクにおける米国の後退と、イランの影響力拡大がますますあきらかになってきている。

そんな中で、CNNの「イラクにおける新たなコールドウォー?」(A New Cold War in Iraq? )と題する短い報告が目に付きました。

http://www.youtube.com/watch?v=128ZkfHDPLQ

バグダッドにある米国大使館のすぐ近くに、イランのアイスクリーム・チェーン店 Ice Packと言う店がオープンしたという。イラクには、テロなどをおそれ、米系のチェーン店はマックもピザハットもなにもほとんどない。

イラン系のアイス・パックはこれで3店目。米国は人命で44000人、金額で7000億ドルもの予算を費やしたのもかかわらず、イラクでも影はますます薄くなっている。とって変わるように、トルコやイランの影響がますます大きくなっている。それを象徴するかのようなアイス・パックの新開店。

ところで、米国のバスキン・ロビンズは31種類のアイス、イランのアイスパックは34種類、という報告。

雪のイスファハン

投稿者: fyojizzzz 投稿日時: 2011/01/20 00:39 投稿番号: [3770 / 3876]
雪に覆われた古都の景色です。

http://www.payvand.com/news/11/jan/1163.html

Re: パーレビ元国王の次男が自殺

投稿者: moukoshi27 投稿日時: 2011/01/14 21:43 投稿番号: [3769 / 3876]
20年前ですが、イタリアでなんだか不思議事象があったんですね。
テレビとかラジオが乗っ取られたような。
それで私の「ローマのお母さん」(元大家さん)にいったい何がこんなに世間を騒がしているのか聞いたら、パーレビ元国王の息子よ、と言ったんです。
だから、イランに帰るつもりなのか聞いたら、そうではない、とのことで、そのころ私の周辺でもやたらイラン脱出をしたイラン人やファラ元王妃の御用達の宝石商のかたと知り合って、妙に親切にされたりと、色々な偶然が重なり、「私が行ったのはイタリアで、なんでこんなにイランづいてるの!」と思ったりで、色々自分で調べたんですよ。もしかして息子に会っていたのでは?と思って。もし私がめぼしをつけた人がアリレザ・パーレビなら、納得のいく変な発言をしていたので、ウェブで公開されていた写真とは大きく異なり、結構男前でした。ジョニーデップとか、ショーンペンとか、ゴッドファーザーのときのロバートデニーロとかが、どこか風貌が似ているんですけど。20年前なのでずい分変わっているでしょうけれど。
誕生日は1962年10月26日と言っていました。つまりお父さんと同じ誕生日。
あまりたいしたこと無くてすみません。何も確証は無いんですよ。では。

Re: パーレビ元国王の次男が自殺

投稿者: fyojizzzz 投稿日時: 2011/01/14 12:00 投稿番号: [3768 / 3876]
moukoshi27さんは、ほんと、ここら辺の事情に詳しそうですね。

ぼくはさっぱりわかりません。
よかったら、もっとお話、してください。

話は全く変わりますが、昨晩のアジアワールドカップ、日本対シリア戦。
日本がPKをとられたとき、まさかー、と叫んでしまいました。

ご覧になった方はご存じだとおもいますが、審判を務めていたのは、イランのレフリー。期せずして、アフマディネジャド大統領の顔を浮かべてしまいました。

その後、日本もラッキーなPKをもらい、2対1で勝ったので、イランーシリア陰謀説は思い過ごしだったかも知れませんが。

Re: パーレビ元国王の次男が自殺

投稿者: moukoshi27 投稿日時: 2011/01/11 21:47 投稿番号: [3767 / 3876]
小さいときのりりしい顔立ちが長じて大人になり、ずい分と変わるものですね。
やっぱり私は影武者説を信じます。ソラヤ元妃の亡くなった日が10月26日というのもなんかうそでしょーという感じだし。あまりにも偶然が重なる。あ、10月26日はパーレビ元国王のお誕生日ですよ。ウェブには10月16日説もあるけれど。
落合信彦の石油戦争には、軍人だった息子をなくして喪に服しているアシュラフ王女にインタビューしたとか、書いてあったけれど。他に子供はいたのかしら?

Re: パーレビ元国王の次男が自殺

投稿者: fyojizzzz 投稿日時: 2011/01/06 07:51 投稿番号: [3766 / 3876]
故アリレザ氏を偲ぶ写真(家族の写真も)がPayvand Newsに掲載されていました。

http://payvand.com/blog/blog/2011/01/04/photos-ali-reza-pahlavi-1966-2011/

Re: パーレビ元国王の次男が自殺

投稿者: moukoshi27 投稿日時: 2011/01/05 23:36 投稿番号: [3765 / 3876]
つい2,3年前、近所のツタヤでBBCのDVDアーカイブ「イラン革命」というのを借りて見ました。「79年2月の国王亡命の数ヶ月前、レイラお姉さんと弟のアリを先に亡命させた。そのとき姉のレイラは不安そうな面持ちだったが、アリは大丈夫、としっかりしていた。」とありました。長男のことなど触れられていませんでしたね。
「国王は亡命時、自ら小型機を操縦して妻のファラ王妃とわずかな金目のものを持って行った。」「最初の亡命希望先のアメリカでは門前払いで結局エジプトに逃れた」と物々しいDVDでした。最近のウェブの情報を信じるべきか、否か、皆さんどう思われますか?

大統領のプジョーに100万ドルの入札

投稿者: sharghi82 投稿日時: 2011/01/05 15:08 投稿番号: [3764 / 3876]
CNNによると、アフマディネジャード大統領は、家族を養う低所得の女性や障害者向けの住宅を年間6万棟建設するプロジェクトの資金調達のために、テヘラン市長時代に乗っていた1977年式「プジョー504」をオークションに出品したそうです。で、100万ドルの入札があったとか。

http://www.cnn.co.jp/world/30001398.html

大統領といえば、最近、大統領補佐官14名を一斉に罷免にしたりしたこともあって、何か起こるのでは?とおっしゃっている識者もいますね。

http://blog.livedoor.jp/abu_mustafa/archives/3235654.html

いい動きならいいんですが・・・。

パーレビ元国王の次男が自殺

投稿者: sharghi82 投稿日時: 2011/01/05 13:57 投稿番号: [3763 / 3876]
アリレザ氏(44)が4日未明、米マサチューセッツ州ボストンの自宅で自殺しているのが発見されたとのこと。見出しにあるような「愛する祖国の悲運に深く悩まされていた」ことが自殺につながるものかは全く確証ある話ではないようです。見出しの付け方って適当ですね。

http://sankei.jp.msn.com/world/america/110105/amr1101051231006-n1.htm

Radio Farda の Facebookのページにもたくさんのコメントがついていました。
http://www.facebook.com/notes/radio-farda/lyrda-phlwy-khwdkshy-krd/478635372986

イランで日本語補習校が開設

投稿者: sharghi82 投稿日時: 2011/01/03 04:19 投稿番号: [3762 / 3876]
Fyojizzzzさん、e-ヴィザうまくいってよかったですね。それにお正月を広島で迎えられたとのこと。私も世界平和を祈念したいと思います。

さて、標題にあげたニュースですが、イランには日本人学校はありましたが補習校は初めてですね。当局にヘジャーブは教室内はなしで、男女共学OKで、と認めさせただけでもかなり頑張ったなーと思いましたが、どこの国でも補習校は運営が大変らしいので、(テヘラン補習校は文科省の補助金もなしらしいし)まだまだ親御さんたちのがんばりは続くというところでしょうか。

がんばれー。

http://mainichi.jp/select/world/news/20101210ddm007030131000c.html

Re: 夢の国「イラン」についていろいろ教え

投稿者: fyojizzzz 投稿日時: 2011/01/02 09:51 投稿番号: [3761 / 3876]
あけましておめでとうございます。

元旦の夜行バスで早朝の広島に到着しました。

原爆ドームを前にして、心新たに平和の祈りを捧げました。
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