夢の国「イラン」についていろいろ教えて
Yahoo! Japan 掲示板トピックビューアー
sharghiさんへ その1
投稿者: sefide2003jp 投稿日時: 2010/05/15 01:05 投稿番号: [3601 / 3876]
モクタリダヴィッドさん、あのペルシャのジョーク集を書かれた方でしたか!そして国営通信の記者さんだったとは・・・!
彼のジョーク集はbolbolに置いてあって(イラン関連の切り抜き、蔵書、写真アルバムが充実してるんですよ。ちなみにわが家族の写真も何枚か紛れています。ほほほ)
イランのジョークって下ネタや政治風刺が多いですよね。ニヤリとしながら読みましたよ。
夫とbolbolさん(オーナーの苗字)がおしゃべりに夢中になっている間に、1巻、2巻ともに一気に読破しました。面白かったです。
お子さんが描いた絵ものびのびしていて良かったし、ペルシャ語じゃないとなかなか伝わりにくい笑いをよく日本語にして書かれているものだと感心したんですよね。(もしかしてお友達ですか?)
夫はペルシアの風のHPのモクタリさんを見て「ハンサムだな」と関心を持ったようで(彼、なかなか他の男性を褒めないんです)、GREEN
WAVEの活動をしていることも知ったらまた違った意味で興味を持つでしょうね。
ご紹介いただいたHPはこれからゆっくり読んでいきたいと思います。
これは メッセージ 3600 (sharghi82 さん)への返信です.
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Re: 在日イラン人経営 レストランペンショ
投稿者: sharghi82 投稿日時: 2010/05/14 05:57 投稿番号: [3600 / 3876]
Sefideさん
お子さんのお顔の入っていた動画を削除かと思ったら掲示板への投稿そのものを削除されていたのですね。私が見た時には子供タレントさんたちも見られたからその後アクセスしにくくなってたのかしら。タイミングよく見られてラッキーでした。
BolBolにいくときには予約してからいくようにしますね。それとキッチンによーく注意します!
お子さんがおいでのときには店内にSefideさんもいらっしゃるってことですね?
それに本当に頻繁にいらしている風ですね。これならいつか近いうちに会えるかも。楽しみです。
とかいいつつ、中野も高円寺も吉祥寺も、ちょくちょく遊びに行ける距離に越してきて7年ぐらい経つのに知り合いの店にももう5年ぐらい顔出していません(^^;
ネットで見てまだオープンしてるのを時折みてほっと安堵していたりするのでした。だめですねぇ・・・。
May Jは確かにお母さんのせいでもあるんでしょうが、こうやって関心が出てきてからは彼女のように英語が使えるのならいくらでも情報入手できるのになぁ、特に去年のようにいろんなところでイランのニュースやってたらもう少し知ってても(イラン系だからではなく社会人の常識としても)いいのでは?などと思ったのでした。まぁ一般的な日本人の常識レベルがそのぐらいなのかなというのもありますが寂しく思いました。
ところでペルシャの風もなんとか営業続いているのですね。開店当初、このご時世にペンション経営大変だろうなぁと思ってお話を伺ったのですが、開店休業ではなくてよかったです。週末祝日だけってことは東京との往復をなさっているのかな。
お料理はあまり期待してはいけないかも。オーナーのモクタリ・ダビッドさんはイラン国営通信東京支局の元記者で、「世界の困った人ジョーク集」を出版されたりしているから、彼のホストぶりを楽しむペンションっていうことで訪れるのがいいんじゃないかなぁと思いました。(ちなみに写真を見て、年を重ねられたなーと思ってしまいました、そう思う自分も年を取ったってことですね
笑)
国営通信をやめたのは政治的なことかなと思うのは、Green Wave系のブログをお持ちだから。軽い話ばかりでなくいろいろと語り合うのもよいのかもしれませんね。
http://iraneazad.jugem.jp/
話がそれますが、日本にあるイラン料理のお店って3タイプあると思うのですよね。イラン人が自分の家庭料理を思い出して提供するお店、イランの普通レストラン並(つまり家庭料理のような深い味わいもバラエティもないキャバブ+α程度)、料理のセンスのあるコックさんが家庭料理も含めた「イラン料理」の美味しいところをちゃんと作って提供するところ。日本人のお客さんには全部3番目だと思われるのが辛いなといつも思います(^^;
まぁ海外でも2番目が多い気がしますから日本にいるイラン人は、というわけではありませんけど。
ということでBolBolへの期待が高まるのでした〜。
これは メッセージ 3599 (sefide2003jp さん)への返信です.
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MAY J
投稿者: sefide2003jp 投稿日時: 2010/05/11 19:59 投稿番号: [3598 / 3876]
SHARGHIさん、こんにちは!
私もつい最近MAY Jさんの存在を知ったばかりです。
お母さんがイラン人なのですね。
英語読解力には全く自信がない私ですが、このインタビューを見るとイラン人である事をお母さんが隠してきたことに問題があるのではないか、と。
ある意味、MAY Jさんは被害者のような気がしました。
日本での差別を恐れていたのでしょうけど…でも自分のルーツを知らされないことの方がもっと良くないのでは、と感じます。
イランでデビューしたいとのことですが、そんな日がくればいいんでしょうけどイランの現状を本当に知らないのかしら…
気になってYOU
TUBE見てみましたが歌唱力はありそうだし、嫌な印象は持ちませんでした。
ブログを読んでみたら普通のいまどきの子ですね。
それにしてもイランを知らない2世、3世がだんだん増えてくるのでしょうか。かえって、ここで話し合いを重ねている私たちの方が古き時代のイラン人と化しているのかもしれませんね(苦笑)
そうそうbolbolさん金・土は予約してから行かれたほうがいいですよ。当日せっかく来たのに断られている方が毎回かなりいるので・・・
それと息子の写真ご覧になられたのですね(笑)時々広報誌などに載ってるのですがネット上に流れているのはアレが第1回目だったのです
張っておいたイランの子どもタレントさんのHPが全てリンク切れで見られなくなっていることに気づいたので早めに削除をかけておいたので、あの投稿をご覧になった方はいないだろうな、と思ってました。
BOLBOLさんのキッチンでお皿を洗っている子がいたら声がけしてみてください(⇒ご迷惑だと思うのですが、手伝い好きで・・・オーナーさん夫妻の理解のもと社会勉強させてもらってます)
ぜひともお会いしたいです♪
これは メッセージ 3597 (sharghi82 さん)への返信です.
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Re: 在日イラン人の職業
投稿者: sharghi82 投稿日時: 2010/05/11 05:54 投稿番号: [3597 / 3876]
Sefideさん、お久しぶりです。
Fyojizzzzさんとのやりとり見ていたんですがなかなかレスできずにいました。
お仕事関係の話、興味深く拝読。90年代に来日した方々ももう50代、60代ですもんね。いろいろ変わるでしょうね。
イラン料理店はここならお勧め!って言えるところがなかなかなくて残念だなーといつも思っていたのですがBolBolは複数名からよいよと聞いていたのでそのうちいってみようと思っていました。よくいらっしゃるのならいつかお店で会えるかもですね。
息子さんのお顔を手がかりに?お声かけちゃおうかな(笑)
かわいいお子さんですね。健やかに成長なさることをお祈りしています♪
イラン系の芸能人ずいぶん増えてきたなーと思っていたのですが、May Jがイラン系ハーフだったのはつい最近まで知らず、へぇ・・・と思ったのでした。
でもイランの状況をあまりにも知らない発言にもへぇ・・・だったんですが。
http://metropolis.co.jp/arts/japan-beat/may-j/
これは メッセージ 3596 (sefide2003jp さん)への返信です.
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在日イラン人の職業
投稿者: sefide2003jp 投稿日時: 2010/05/09 01:40 投稿番号: [3591 / 3876]
私が知る限りでは…
①イラン料理店とキャバブ移動販売車(従業員の給料が以上に安く、人の入れ替わりが激しい職種ですね)
②ペルシャ絨毯やキリム販売(日本人の配偶者と二人で経営している方が多いかな)
③そして芸能関係(イラン人達が経営陣に名を連ねているプロダクション有り。夫もそこで一時期タレント活動をしてました。ギャラは良いのですが仕事が不定期。ちなみに研ナオコさんの付き人をかつてイラン人が務めていました。日本人配偶者との間に生まれたお子さんで芸能事務所に所属している子どもさんも時々いますね)
④リサイクルショップ経営(家電などの修理が出来るイラン人が経営者になっているようです。郊外や地方に多いかな)
⑤非合法な仕事(イランレストランに行くと必ずと言っていいほど、その手の人がコロンビアの女性などを連れ豪勢に食事をしています。イラン人が見れば、その手の人はすぐ見分けがつきます)
バブル期には建築業に就く人が圧倒的に多かったのですけれど、現在日本にいるイラン人も年齢が40代、50代になり3kの仕事に就く人は少なくなっている気がします。
ご質問の趣旨とはそれますが、イラン人は自営業の人が多い気がしますね。雇われるのは苦手な民族だからかな、と思います。
不動産業、ミュージシャン、イランで医師をしていた方で日本の国家試験に挑戦している人、eラーニングシステムの開発をしている方、日本の大手企業に勤める方、警察の通訳や拘置所に差し入れるペルシャ語関係の書類のチェックをしている方、日本に住んでいるイラン人の動きを監視している人(あくまでも民間人ですが給料の出所は…)
イラン政府から送られた国費留学生の方とも以前ボイスチャットで話しましたが、彼は神戸大震災の研究をしていてイランでの危機管理に生かすのだと言っていました。イランに活断層が発見されて久しいですが、母国のために自分がやらねばならない、と熱く語っていたのを思い出します。
国費留学生と言えば、かなり前に飛行機で隣あわせた方が日本でコンピューター技術を学び、そのまま日本人と結婚しイランに戻らず米国企業に就職し日本とアメリカを行ったり来たりしているというお話しも聞きました。
人それぞれ、色々な仕事についているものだなぁと感じます。
これは メッセージ 3589 (fyojizzzz さん)への返信です.
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Re: サヘル出演の新・東京見聞録
投稿者: sefide2003jp 投稿日時: 2010/05/08 19:39 投稿番号: [3590 / 3876]
ご紹介ありがとうございます。動画拝見しました。
サヘルさんって、とてもやわらかな話し方をされる方ですねぇ。なんだか古き良き、吉永小百合世代の日本人女性を見ているようでしたよ(笑)
逆に彼女がペルシャ語を話していたら、違和感を感じるかも〜と思うくらい、私には日本人に見えました。
成田編と浅草橋編の両方を見ましたが、番組のリポートもしっかりしてますね。「へぇーこんな所があったのかぁ」と息子とワクワクしながら、楽しませていただきました。
サヘルさんの質問の的確さを見ていて賢い方だな、という印象を持ちました。
シリンネザマフィさんといい、サヘルさんといい才色兼備なイラン人女性の活躍にとても嬉しくなります。
最近、息子が自分の国籍を言うと「あーイランの方ね!美男美女の国よねー」と、良い印象を持っている人に多く出会いますが、サヘルさんやダルビッシュ選手のお陰なのかな、と思います。
水曜日番組を見てみますね。ご紹介ありがとうございました。
これは メッセージ 3588 (fyojizzzz さん)への返信です.
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Re: ケバブ屋さん
投稿者: fyojizzzz 投稿日時: 2010/05/07 17:19 投稿番号: [3589 / 3876]
そうですか、ケバブ移動販売、イラン人が多い、とは言われてみれば、はまり役と納得しますが、まったく知りませんでした。
「食品衛生法」の件も初耳でした。(複雑な気持ちです。)
そうそう、おなかのほうは幸いにもまったく異常はありませんでした。
ところで、日本在住のイラン人で、特に従事者が多い仕事ってあるんでしょうか?
パキスタン人なら、中古車販売・輸出ってすぐ思い浮かびますが。
これは メッセージ 3585 (sefide2003jp さん)への返信です.
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Re: サヘル・ローズ氏講演
投稿者: sefide2003jp 投稿日時: 2010/05/06 09:50 投稿番号: [3587 / 3876]
サヘルさんのことは写真でしか見たことがなかったので、今回はじめて生い立ちを知りました。
女子大生だったイラン人女性が彼女を引き取ったなんて。
なかなか出来ることではないですよね。
日本で野宿しながらの生活は、どんなにか大変だったかと思います。
サヘルさん、夕方の番組に出ているのですね!
見てみたいなーと思うのですが、番組名を教えていただけませんか?
最近知り合った近所のお店のおばさんが息子の国籍を知り「サヘルちゃんと同じなのね!」と言ってきたものですから(へぇ、彼女有名なんだー)と関心を持っていたところなんです。
ダルビッシュ選手と較べられることには慣れていたんですけど、イラン人女性タレントの名前が挙がるとは思ってもみなかったもので…
それに、どうも我が家とは同郷のようですし。
お時間がありましたらまた教えてくださいね。
これは メッセージ 3583 (fyojizzzz さん)への返信です.
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イラン人女性が養母だったとは
投稿者: hafez0211 投稿日時: 2010/05/06 08:28 投稿番号: [3586 / 3876]
サヘルさんのことは写真でしか見たことがなかったので、今回はじめて生い立ちを知りました。
女子大生だったイラン人女性が彼女を引き取ったなんて。
なかなか出来ることではないですよね。
日本で野宿しながらの生活は、どんなにか大変だったかと思います。
サヘルさん、夕方の番組に出ているのですね!
見てみたいなーと思うのですが、番組名を教えていただけませんか?
最近知り合った近所のお店のおばさんが息子の国籍を知り「サヘルちゃんと同じなのね!」と言ってきたものですから(へぇ、彼女有名なんだー)と関心を持っていたところなんです。
ダルビッシュ選手と較べられることには慣れていたんですけど、イラン人女性タレントの名前が挙がるとは思ってもみなかったもので…
それに、どうも我が家とは同郷のようですし。
お時間がありましたらまた教えてくださいね。
これは メッセージ 3583 (fyojizzzz さん)への返信です.
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Re: ケバブ屋さん
投稿者: sefide2003jp 投稿日時: 2010/05/02 22:00 投稿番号: [3585 / 3876]
fyojizzzzさん、こんにちは!
夫もつい最近まで、その仕事を手伝っていました。
イラン人でドネルケバブの移動販売をしている方って多いんですよ。
インドレストランと称し、バングラデシュやパキスタン、ラオスの人などがシェフだったりするのと似てますよね。
ただ、売れ残ったらまた冷やして温めなおして販売、を繰り返していて移動販売車自体の衛生管理も悪いのが実態なんです。(夫はそれが嫌で会社を辞めました)
で、食品衛生法(だったかな?)が近い将来厳しくなるらしく、これからは移動販売で食べ物を売ることは難しくなるらしいですよ。
だから今日のことは、そのうち思い出になるかもしれませんね。
おなかは大丈夫でしたか?(ちょっと心配です)
これは メッセージ 3584 (fyojizzzz さん)への返信です.
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ケバブ屋さん
投稿者: fyojizzzz 投稿日時: 2010/05/02 18:09 投稿番号: [3584 / 3876]
どうでもいい話ですが。
今日、知り合いがフリマで店をだすというので、会場の明治公園まで自転車を駆って行ってきました。
会場の道路側にいくつか並んでいる(車)屋台のなかに、ドネル・ケバブ屋を見つけ、迷わず列に並びました。
順番がまわってきたので、出身はトルコのどこですか?と彫りの深い40前後に見える男性に尋ねました。その男性は一呼吸おいてから、「ぼくはトルコ人ではないです。イラン人です。」と。
イラン人との予想外の出会い(?)にちょっとうれしくなり、後ろに並ぶお客さんのことも忘れて、つかの間の会話を楽しみました。出身はラシュトとのこと。
帰り際に、ホダ・ハーフェズとあいさつしたら、とびきりの笑顔を返してくれました。
これは メッセージ 1 (jin114jp さん)への返信です.
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Re: サヘル・ローズ氏講演
投稿者: fyojizzzz 投稿日時: 2010/05/01 08:14 投稿番号: [3583 / 3876]
サヘルさんの姿は、テレビ朝日、夕方のニュースの時間内に週一ほどで放映される街歩きレポートで見かけることが多いのですが、ほんとに前向きで積極的な感じですが、それ以上に周りへの気配りがすごいなと感心しています。
>どうやって日本にいらしたのか、その経緯は知らないのですが
彼女の著書『戦場から女優へ』によれば、孤児となったサヘルを養女にしてくれた義母の婚約者だか恋人が当時日本に滞在していて、それで彼(イラン人)を頼って2人で来日したのではなかったかと、記憶しています。
恩返しというのは、亡くなってしまった実母のこともあるでしょうけど、より直接的には、彼女をひきとり育ててくれた義母さんを指しているものと思われます。(以前、NHKで2人の物語が放映されました。)
参考として
http://mphot.exblog.jp/11474726/
これは メッセージ 3582 (sefide2003jp さん)への返信です.
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Re: サヘル・ローズ氏講演 「戦場から女優
投稿者: sefide2003jp 投稿日時: 2010/04/26 21:19 投稿番号: [3582 / 3876]
こんにちは!
動画拝見しました。
瓦礫のところから救いだされたという下りでは、ジーンとしてしまいました。戦争のこと、他の人からも聞いてはいましたが状況説明が非常にわかりやすく、表現力のある人だなアと思いました。
どうやって日本にいらしたのか、その経緯は知らないのですが波乱万丈の人生を歩まれた女性なのですね。
恩を返したいというのは、亡くなられたお母様のことなのでしょうか。
それとも日本でお世話になったお義母さんのことなのでしょうか。
その両方なのかもしれませんけど。
彼女のますますの活躍を期待したいですね。
これは メッセージ 3581 (fyojizzzz さん)への返信です.
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Re: kurdsh heavy metal
投稿者: fyojizzzz 投稿日時: 2010/04/17 21:00 投稿番号: [3579 / 3876]
随分間の開いた(抜けた?)コメントになりますが。
ぼく自身もヘビメタはほとんど聞かないのですが、このバンドについては、ある種の感慨をもって聞きました。
この数年は、トルコの情報から遠ざかっていました。以前には、トルコでは、公の場所でクルド語を使うことはおろか、クルド人であると公言することもはばからねばならない状況だったと記憶しています。
それが、クルドのヘビメタバンドがトルコ語で、しかもトルコ国内でコンサートを開いていることを知り、(良い方向への)時代の変化に驚かされました。
もちろん、クルド人自身の壮絶な努力の成果でもあると思いますが、EU加盟を餌にした外圧もこうそうしているのでは、と思われます。
その点、今のイランを考えると、絶望的ですね、どんな外圧も、現政権のもとでは倍の力で反発されるといった印象さえ受けてしまいます。
クルドのヘビメタを聴きながら、そんなことを感じました。
これは メッセージ 3551 (hafez0211 さん)への返信です.
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Re: 夢の国「イラン」についていろいろ教え
投稿者: bahamacity123 投稿日時: 2010/04/15 12:51 投稿番号: [3578 / 3876]
ヤブアリ
クロシ
(ペルシャ語、ダリ語、ハザラ語の翻訳/通訳と教師)
地域:関西、大阪、奈良、京都、名古屋、神戸、兵庫県。
高品質な翻訳サービスを提供します。見積もり依頼や試訳依頼は無料です。
http://www.yavari.webs.comEmail: pershiago@gmail.com
これは メッセージ 1 (jin114jp さん)への返信です.
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第三話 イランでの結婚許可を得るまで③
投稿者: hafez0211 投稿日時: 2010/04/10 04:35 投稿番号: [3577 / 3876]
10ヵ月後、やっと結婚許可が下りるという知らせがあった
それに際し淋病、エイズなどに罹患していないかを調べるための健康診断があり、指定の保健所のようなところで血液検査を受けた。
結果を聞きに言ったとき、ちょっとした問題が発生した。
看護婦が夫の苗字を呼んだ。
ところがそれは「クルディスタンをつかむ男」という、滅茶苦茶な苗字だったのだ。
夫の顔色が蒼ざめ、「あの私は○○○○と申しますが」と名前の訂正をすると、看護婦はそれには応えずに
「もう一度血液検査を受けてください」と事務的に言ってきた。
「陽性反応がでたのですか?」と夫。
「いえ、そういうわけじゃありませんけど。お二人ともそちらに座って」と看護婦。
その瞬間、私の中で何かが弾け「陽性でもないのに、なんで血を2度も取られなきゃいけないの?納得できるように説明してください!」と怒鳴ってしまった。
私の剣幕に夫も看護婦も驚き、夫は(だからペルシャ語しゃべるなって言ったでしょ?)看護婦は「少々お待ちください」と言って、事務所に戻りどこかへ電話をかけた。
まもなくして「奥様はいいそうです」と看護婦は愛想笑いをして、私に伝えた。
(あなたも、やる必要はないわよ)と私は夫に言ったのだが、彼は(何か意味があってのことだ。私は
やるしかないよ)と言った。
結局再検査の結果も陰性で私たちは事なきをえたのだが、夫は「名前の件だけどね。アレ、わざと私たちを怖がらせるために、クルディスタンをつかむ男なんて言ったんだよ。君に届いた本がきっかけだったかもしれないし、私の家柄が問題だったのかもしれないし、風貌そのものが左翼のリーダーっぽあく見えるのもあるんだろうけど、内務省からの無言の圧力だと言ってまずまちがいないだろう。血液検査についてもね、一回目は血液検査をする日が分かっていただろ?麻薬中毒患者は、そういう時しばらく麻薬をひかえるものなんだ。だけど抜き打ちでやられたら、ひっかかるかもしれないだろう?奴らはそこを狙っていたんだ。もし麻薬検査にひっかかっていたら、私たちは結婚許可を取り消されたかもしれない。最後の最後まで、結婚させまいとしていたんだよ」と教えてくれた。
日本に戻る機内で、やはりイラン人と現地結婚をした女性と知り合った。
彼女は3日で結婚許可が下りた、と言う。
なんでもご主人のお父様が体制側の偉い立場にある方のようで、それでスピード許可が下りたようだ。
私はそのとき、イランでいい暮らしをするには僧侶になるか髭面でモスクに通う信者になるしかないと
イラン人が言っていたのを思い出した。
帰路、私は(次は夫を日本に呼び寄せる手続きだわ。まけられない)と思いながら、長かった1年少々のイラン生活を振り返った。
夫を残して、ひとりで帰国するのは寂しい気もしたが、まずは大きな山を越えたという安心感もあった。
ところが、その後私が乗り越えていかなければいけない山は一つや二つではなかったのである。
イランで夫がストレスを一手に引き受けてくれていたように、今度は私が孤独な戦いを強いられる身となったのである。
これは メッセージ 3576 (hafez0211 さん)への返信です.
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第三話 イランでの結婚許可を得るまで②
投稿者: hafez0211 投稿日時: 2010/04/10 04:32 投稿番号: [3576 / 3876]
何度目かのインタビューの帰り、廊下に座って待っていた20代の青年と50代のホームレスのような日本人女性と話す機会があり互いに情報交換をした。
彼らは申請してから1年以上かかっているという。
(年が離れすぎているのが問題なのかもね。偽装結婚ではないかと疑われているんでしょうね)
(悪いけど、どうみても日本行きが目的の結婚としか思えない。許可が下りるかどうかもあやしいところだよ)
そんな会話を私たちはコソコソかわしながら、もしや私たちもそうなるのではないか?と暗い気持ちになった。
インタビューの呼び出しがなかなか、来なくなり不安にかられた私たちはバイクで地元の警察署に行った。
すると、そこの担当者はニヤニヤしながら「テヘランから指示がないと動けないものでね。ところで我が家には小さな子ども達がいてねぇ。甘い物が好きなんだよね」と言ってきた。
夫は相手の言わんとしていることを察し、二言三言挨拶した後ちかくのケーキ屋に行き一番高いチョコレートを2Kg買って、もういちど署にもどった。
担当者は「そんな、わざわざ。いいのに、いいのに」と言いながらも満足げだった。
「妻は、母一人子一人なんです。しかもお母さんは病弱で、今も娘の帰りを待っているんです。早く結婚許可をいただけるよう、お力添えをお願いします」と言って、夫は胸に手を当て尊敬の念をこめ懇願した。
同僚がいる中、露骨に賄賂を要求してくる姿に呆気にとられた私だったが、夫は「公務員は賃金が安いから生活が大変なんだよ。だから仕方ない」とこともなげに言い、私は文化の違いを感じざるを得なかった。
インタビューを重ねるうち、私たちは自分たちがスパイだとか政治絡みで国外逃亡するための偽装結婚ではないかとか疑われていることを感じ始めた。
質問内容についても複雑になってきて、とても私の語学力ではわからなかったが、夫は「たぶん前届いた本が事態をややこしくしているんだと思う」と言っていた。そして「質問がすごく陰湿になってきていて、どうにかして私たちの尻尾をつかんでやろうといった感じになってきているんだ。結婚させないつもりなんだよ」とも説明した。
やがて夫は精神不安定になり、タバコの量が増え、お酒もひっきりなしに飲むようになっていった。不眠状態になり常にイライラしていて、家族も声をかけるのがためらわれるほどだった。
ある日彼は疑心暗鬼に刈られ、発禁扱いになっている愛読書やメモでぎっしり埋まった私のスケジュール帳を庭で燃やしてしまった。
「奴らがいつ踏み込んできてもいいように、こっちも備えているんだ」そう言う夫に私たちは「そこまでしなくても。大切な本だったのに。考えすぎよ」と声をかけたが、全く聞こえていないようだった。
これは メッセージ 3575 (hafez0211 さん)への返信です.
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第三話 イランでの結婚許可を得るまで ①
投稿者: hafez0211 投稿日時: 2010/04/10 04:31 投稿番号: [3575 / 3876]
日本から届いた書籍は船戸与一の「最新小説」ではなく25年ぶりに書かれた「ドキュメンタリー本」だった。
「国家と犯罪」というその本には、テロリストと称される各国の人々の写真がところどころにあり、字が読めないイラン人が見ても「不穏な内容の本」であることが一目瞭然だった。
ぐっと開いたページがある。広げてみるとPKK(クルディスタン労働者党)のオジャラン氏が写ったページだった。
夫と私は顔を見合わせた。
「まったく、なんでこんな本を送ってくるんだ!」と私たちは、イランの政治情勢を全く知らない友人の無知さ加減を呪った。
「内務省は郵便物をチェックしているはずだ。厄介なことになったな」
その時、私たちは結婚パーティをイランで開いてから3ヶ月あまりの頃で、現地での結婚手続きをテヘランや地元の警察で進めていた。(イランでの国際結婚を管轄しているのは警察署なので)
月に1度くらいの割で私たちは警察署でインタビューを受けていた。
「奥さんの亡くなられたお父様のご職業は?」
「奥様はダンスの先生の資格をお持ちで?」(私のどこを見て、そんな馬鹿な質問をするの?)
「なぜイラン人の女性ではなく、外国人と結婚するのですか?奥様にしても、著名人の娘さんならば日本人と結婚したほうがいいんではないですか?」
そんなことを尋ねられた。余計なお世話である。
不潔なまでに伸ばされた無精ひげの警察の担当官は、ねめつけるように私たちを見ながら質問してくる。
夫は改まった口調で、私にも理解できないような丁寧な言葉で返答していった。
(いいか、君はペルシャ語がわからないふりをするんだぞ。余計なことは言うな)そう言われてきた私は、ちょこんと椅子に座って二人のやりとりをみていた。
犯罪者をとりしまるようなインタビューだった。
夫は「紅茶をすすめられただろう?アレで手が震えているかどうかチェックしているのさ。私が反政府側の人間だっていうのは奴等はすぐわかる。私が無精ひげを2,3日生やしたからといったって見破るんだ。紅茶を持つ手が震えていたら、やましいことをしているという証拠になって、インタビューは長引くはずだ。うまくやり通したつもりだが、許可が下りるまでどの位かかるのか皆目検討がつかない」と不安そうだった。
これは メッセージ 3561 (hafez0211 さん)への返信です.
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ひまわり運動に絡んで(私信)
投稿者: hafez0211 投稿日時: 2010/04/10 02:32 投稿番号: [3574 / 3876]
そう、イランだけでなく世界中で深刻な問題が起きていますよね。
ご紹介いただいた、ひまわり運動のHP拝見しました。法務省に働きかけるには署名運動はとても有効だと同感し、署名いたしました(でも目標数には程遠いのが残念)
私は「オレンジリボン運動」
http://www.orangeribbon.jp/index.phpというのに参加してまして、年賀状を発注するときの売上金を募金にまわしています。こちらは厚生労働省に働きかけるものなので、ちょっと違いますが。
やはり子を持つ身として、日々の報道の中でどんな事件よりも子どもが巻き込まれた事件に注目してしまいます。
人の命の重さが、どんどん軽くなっていくのが恐ろしいです。
特に実母と義父による虐待が目立ちますよね。
10ヶ月もお腹に宿していた実の子どもに対して、どうしてそんなにひどいことができるの?と毎回思います。
Sharghiさんの、お気持ち共感します。
話はそれますが、我が家ではやりすぎなのかもしれませんが息子が小学校1年生のときは行きも帰りも、夫婦どちらかが学校まで送り迎えをしていました。仕事より子どもの身の安全が一番ということで・・・最近はだいぶ、すばしこくなり送り迎えを止めたのですが。
(イランの血が濃いせいかとても目立つ顔立ちなのです)
夫に言わせると、日本の学校には校門にガードマンがいないのが無用心だとのこと。
ところで先日、梁石日(ヤン.ソギル)さんの「闇の子供たち」を読みました。
これはタイを舞台にした、幼児性愛者に蹂躙される子供たちや、日本人の臓器移植希望者のために、売り買いされる子ども(脳死ではなく生きたまま、臓器移植手術をされる)の実態を描いたもので、生々しく読んでいて辛くなるような内容の本でしたが、日本の程近い国でこういった生き地獄を味わっている子供たちがいることから目を背けてはいけないと感じました。
これもまたひとつの「虐待」の形かと思うので、もし機会があったらご一読いただければ、と思います。
映画化もされていたようなので、いつか見てみたいです(我が家の近辺には全然ビデオ屋がないので困ってます。それと子どもがいる時には見れる内容ではなさそうなので、そういった意味で私は映画をなかなか見ることができません)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%97%87%E3%81%AE%E5%AD%90%E4%BE%9B%E3%81%9F%E3%81%A1
イランの町並みに色々張り紙がしてあるのはご覧になったことがあると思うのですが、そこで「腎臓を売ります」といったものを昔見たことがあります。
私の読み間違えかと重い、義姉に確認したら「貧困にあえぐ人が腎臓を売っているのよ。かわいそうに・・・」と言っていました。
臓器売買、イランでもあるのかとショックを受けました。
これは メッセージ 3572 (sharghi82 さん)への返信です.
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ビデオご紹介ありがとうございました
投稿者: hafez0211 投稿日時: 2010/04/10 01:42 投稿番号: [3573 / 3876]
ビデオ楽しませていただきました。
行ってみたくても、我が家は難しい状況にあるので今回のビデオは「擬似旅行気分」を味わえました。
明るい空はイランと似ているな、と感じましたしイラン関連のお店やお料理に目が釘付けでした。
ただ、テヘランジェルスのイランレストランは、日本にあるイランレストランに比べると飾りっけがあまりないようですね(日本人が洒落たレストランに馴染みすぎていて、日本にあるイランレストランも足並みを揃えているんでしょうか…)
ともあれイランにある食堂チックなレストランを思い出し、懐かしかったです。
こういった動画のご紹介は、本当にありがたいです。
それとシリン.ネザマフィさんの本、もう一度お読みになったのですね。
ご指摘のあった「ハルワ」の作り方、機会があったら私ももう一度図書館から借りて読んでみて作ってみたくなりました。
バングラデシュ人の友人宅でも以前ハルワをご馳走になったのですが、ハルワの柔らかさや甘味は同じなんですが、もっと香辛料を使っていたような印象がありました。チュニジアのは、硬いんですね。
いろいろ違いがありますね。
チャドルについては着慣れているかどうかで、その人の居住地域や思想や職業や、つまりある程度「人となり」が分かってくる気がします。
私も現地でお葬式の参列のときや、観光で行ったマシャドで着ましたが大変苦労しました。
口で軽くチャドルを銜え、片手に肉やら野菜やらを持ちつつ(足場の悪い)階段をひょいひょい上って行くイラン人主婦のたくましさを見たときは仰天しました。
シリンさんの小説でも、チャドルの着方で「都会に住む人」との違いを描いていたのだと思うのですが、fyojizzzzさんのように二回目に読んだりしないと、そのあたりサラっと読み流してしまいますよね。
ここのトピに参加しているような人であれば、「白い紙」も「サラム」もテーマとして描かれている、戦争だったり難民問題だったりはある程度想像できる範疇かと思うのですが、一般の読者には読み慣れない題材だと思われるため、そのへんでsharghiさんの投稿にあったような「背景にあるシリンさんの成長」というのは見過ごされてしまうのかもしれませんね。
日本社会の中で活躍するイラン人の動向にはやはり大変嬉しいものがあるので、今後も陰ながら応援していきたいです。
これは メッセージ 3570 (fyojizzzz さん)への返信です.
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Re: テヘランジェルス--ビデオ
投稿者: sharghi82 投稿日時: 2010/04/09 05:21 投稿番号: [3572 / 3876]
ビデオの投稿ありがとうございました。コメントを昨日投稿したつもりだったのですが、今見たら最後までボタンを押していなかったみたいです。(^^;
Hafezさんの投稿とこちらのFyojizzzzさんのテヘランジェルスのビデオの話との両方にレスしたんですが、内容を思い出しつつもう一度。
シリンさんの小説についてのやりとりをしていて文学賞を受賞なさったころが懐かしく思い出されました。彼女の小説はあのときに一度、そして単行本化されたときに一度読んだだけなんですがもう一度読んでみたくなりました。
イランにおける難民問題や戦争、政治(国内・外交ともに)や経済問題、Hafezさんが書かれた薬物中毒の問題・・・など考えると、私もイランのみんなが目を輝かせて過ごせる社会になっていってほしいと思います。
でも一方でHafezさんのおっしゃるように薬物中毒などイランの外でも大きな問題であり続けているものがいろいろとありますね。私は最近次々と報道される日本の児童虐待のニュースに口がふさがりません。また、その内容の凄惨さにも胸がつぶれる思いでいます。一見平和そうに見える社会に、どれだけ苦しんでいる人たちが隠されているのだろう・・・、イランだけでなく日本でも、そして世界のどこでもそういう人が一人でも少なくなっていってほしいです。
*児童虐待関係でひまわり署名活動というのがあるのをご存じですか。虐待致死傷罪制定及び虐待防止社会に向けて関係者がきちんと連携するよう請願しようという活動です。きっかけになった松本聖香ちゃんが実母と内縁の夫に受けた虐待、請願の内容などはこちらにあるので、よかったらご覧ください。私は松本聖香ちゃんの一周忌のニュースで初めて知ったのですが、忘れられない事件になりました。
http://www.shomei.tv/project-1084.html話はかわってテヘランジェルスを紹介した動画投稿ありがとうございました。懐かしい街角やお店が紹介されていてますます行きたくなりました。でもしばらくそんな機会ないな〜、あぁ〜あ、という感じです(笑)
Fyojizzzzさんがいらしたのは Music Boxだったのですね!
すぐ近くに(動画クリップでも店頭が映っていた)Sound Cityというお店もあるのでどっちかなぁと思っていたのでした。Music Boxは在庫の豊富さと店主のアッバースさんの音楽業界話が好きでよく行っていたお店です。後で知ったんですけど結構歴史のあるお店みたいです。
http://www.musicboxla.com/info.html
これは メッセージ 3570 (fyojizzzz さん)への返信です.
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Re: テヘランジェルス--ビデオ
投稿者: fyojizzzz 投稿日時: 2010/04/08 10:48 投稿番号: [3570 / 3876]
Youtubeにテヘランジェルスを紹介したクリップ'Iranians in Westwood'がありました。
すべてペルシャ語なので話の内容はわかりませんが、今回、歩いたときの様子とほとんど同じでした。
クリップの中程にCDショップの店主(頭髪がほとんどない)が登場していますが、ぼくがCDを買った店のご主人そのものでした。奥さんと一緒に店頭に立っていました。
http://www.youtube.com/watch?v=AjrfOJIKndM
これは メッセージ 3559 (fyojizzzz さん)への返信です.
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Re: シリンさんの心の成長 なるほど!
投稿者: fyojizzzz 投稿日時: 2010/04/08 10:31 投稿番号: [3569 / 3876]
お二人の会話に刺激されて、シリン・ネザマフィさんの「白い手紙」、再読してみました。
最初に読んだときは話の展開に気が取られていたような気がしますが、今回は細部にも目が向き、本筋とは関係ないところで楽しむことができました。
チャドルが体の一部となっているかのような、ハサンの母親と、チャドルにてこずるテヘラン育ちの母親との対比。
イランの「ハルワ」が、アラブ各国で売られている固形の「ハルヴァ」とは違うこと。これは、チュニジアのカルフールで缶入りのハルヴァを買ったとき、イランの友人が、イランのものはもっとおいしい、と言ったので、どんなものか気にとめていたのですが、「白い紙」に作り方まで書かれていることが判明。
ハサンを含め、さらに年端のいかない子供達が戦争に動員されていく様子を読みながら、以前、イスファハンの川向こうの墓地を訪れ、戦没者の中に沢山のこどもの写真を見つけ、驚愕したことをまざまざと思い出したり。
シリンさんの言葉を使えば、「白い紙」を自らうめる機会を奪われ、散っていった数多くの子供達・・・。
イランの人たちが、「自分の手で人生を描ける」日が早く訪れることを、願わずにはいられません。
これは メッセージ 3568 (hafez0211 さん)への返信です.
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シリンさんの心の成長 なるほど!
投稿者: hafez0211 投稿日時: 2010/04/05 17:03 投稿番号: [3568 / 3876]
確かにそうですね。
以前、幻冬舎の社長さんが何かのインタビューで応えていらっしゃいましたが、作家になる人は「書かざるをえない心境にかられて、書く。というか書かないでは生きていけない」といったことを言われていました。逆に言うと、テーマを探してやっと書き始めるような人では作家として大成しないということなのかもしれません。
(マルジャンサトラビさんの著書を読んだ時も感じたことですが・・・)
彼女の成長そのものなんでしょうね、テーマは変われども。
彼女が実際に見て感じて体験したことなのかな〜と思いますが、これからの作品楽しみですよね。
これは メッセージ 3567 (sharghi82 さん)への返信です.
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Re: sharghiさんへ
投稿者: sharghi82 投稿日時: 2010/04/05 07:22 投稿番号: [3567 / 3876]
そうでしたか。お子さんが生まれて心境の変化があったんですね。
子供に対する気持ち、他者の命に対する気持ちも変わりますが、自分がこの世界の未来とつながっている感じとか、自分が長生きしないとなーとかいろいろ変わるだろうなーと思うこのごろ。
そうそう、この間の投稿に書き忘れたのですが、シリンさんの作品って私はテーマは戦争や難民問題そのものではなく恋愛でもなく、やっぱり主人公(彼女自身かな)の心の成長なんだろうなと思っています。でも受賞時の評でもそうはとってもらっていないみたいですね。(本人自身も意識しているのかどうかわかりませんけど、構造としてはそうなんじゃないかなーと思う私。→文学畑出身者)
そういう意味で、彼女のこれからの作品が何を題材にして描かれていくのかに興味があります (^-^)
これは メッセージ 3566 (hafez0211 さん)への返信です.
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sharghiさんへ
投稿者: hafez0211 投稿日時: 2010/04/03 03:13 投稿番号: [3566 / 3876]
そうなんですよね。GREEN
WAVEのときは、亡くなられたネダさんの血まみれになった姿が頭によぎり、流れる血がありませんように、と願わずにはいられませんでした。
前回投稿した内容とは矛盾しているようですが、今の私の気持ちとしては政府側の人たちの血も流れて欲しくないんです。
夫や私を苦しめた人たちではありますが、彼らにも愛する子どもや家族がいることを思うと、平和的に解決してくれることを祈らずにはいられません。
こういう気持ちって、子どもが生まれる前には無かったんですよね。
政府=悪
みたいな構図がインプットされてまして。
若いときは、自分の力で何でも変えることができる、みたいな思い上がりがあったんでしょうね。
ところで、「ションベン小僧」ってありますよね?
あれ、もともとベルギーで内戦が起きた時に一人の男の子がオシッコを我慢できなくなっちゃって、塀の上からオシッコをしたら下で戦っていた兵士たちにかかっちゃって、みんなが大笑いしてしまい、戦っていることがばかばかしくなってやめちゃったことを記念して作られたんですって。
うちの息子がね、ブリュッセルに立つその銅像にそっくりでして。
(あ〜この子がイランでオシッコひっかけて、国の中を丸くおさめてくれないかしら)って、思ったりします。
自分の気持ちの整理もあり、重い内容の投稿がしばらく続きますがご容赦いただければ幸いです。
これは メッセージ 3563 (sharghi82 さん)への返信です.
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良いきざし ②
投稿者: hafez0211 投稿日時: 2010/04/03 02:41 投稿番号: [3565 / 3876]
今、イランにAAが生まれ私は大変嬉しく思っている。
ご主人と息子さんが重度の麻薬患者であるレイラさんは、当事者が行きたがらないので藁をもすがる思いでAAに行き始めた。私の義姉も、日本に住む弟の問題をより深く理解したいといって、レイラさんと共にかかさず通っている。最近はレイラさんの息子さんも自ら行き始めたそうだ。
イランでは薬物中毒の方がアルコール依存症者より圧倒的に多いので本来はグループ名を「ナラノン」とすべきなのかもしれない。
が、「AA」という名称で活動しており、依存症本人だけでなくその家族や友達も参加し「回復」を目指している。
依存問題については精神科での薬の処方もあったほうが良い。
しかし精神科に行くことは偏見が根強いという理由で、売薬で適当に済ましてしまう人がイランには多い。
日本の医者の中には「病院は依存症を治せない。AAに通いつづけることで回復する」と言う意見が根強く、アルコール治療プログラムの一環としてAAに行かせる病院が多くみられる。
そして「AA」に行ってみると、どこの会場でも断酒を20年も30年も続けている人が何人も来ていて、とても柔和な顔で新参者の悩みを「うん、うん」と無言でうなずいて見守ってくれる。互いに意見を言わないのがいいのだ。批判されたら本音で話せなくなってしまう。無言のうなずきは(自分の気持ちを受け入れてくれているんだ)という安心感を与える。
では、長く断酒なり薬物を絶ったりしている人は何を話すのか?
彼らは「今日は桜のつぼみがほころびそうでしたよ。春がくると穏やかな気持ちになります」などという、ちょっとした喜びを手短に話すだけだ。酒に溺れている人や薬物に侵されている人は、そんな些細な自然のうつろいなど目に入らないものだ。家族も同じだ。
先行く先輩の平安に満ちた話を聞いたニューカマーは肩透かしをくらいつつも「俺にも、いつかはああいう風に心穏やかな日がくるのか?何かに依存しないで生きていけるのか?じゃぁ、だまされたと思ってミーティングに通ってみるか」と希望を持つことができるようになる。
イランでの活動はまだ始まったばかりだが参加している人たちの談によると「ミーティングの後はとても清清しい気持ちになれる」という。
前述のレイラさんの息子さんも、半年近くシーシェを使用しないで、表情も生き生きとしてきたとのことで、とても嬉しく思っている。
もし、これを読んでくれた方の中に依存問題を抱えた身近な人がいたら、イランでも日本でもAAという活動があることを伝えて欲しい。
すぐに解決できる問題ではないので、周囲の人は「一歩下がって二歩進むくらいのペースでいこう」位のゆったりとした気持が持てたら良いと思う。
深刻な問題ではあるけれど、イランの人々が自分たちでより良い生き方を求めて立ち上がったというのは大変評価すべきことではないだろうか。
(アルコールホーリック
アノニマウスとは)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%AB%E3%82%B3%E3%83%9B%E3%83%BC%E3%83%AA%E3%82%AF%E3%82%B9%E3%83%BB%E3%82%A2%E3%83%8E%E3%83%8B%E3%83%9E%E3%82%B9
これは メッセージ 3564 (hafez0211 さん)への返信です.
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良いきざし ①
投稿者: hafez0211 投稿日時: 2010/04/03 02:27 投稿番号: [3564 / 3876]
薬物依存症やアルコール依存症の多い、退廃したイラン社会に一筋の光が差し込んできた。「AA(Alcoholics Anonymous)」という自助グループがイラン各地で誕生してきたのである。おそらく、ここ5年前くらいから始まったかと思われる。
この活動は1935年にアメリカで始まりアルコールをやめたくてもやめられない、という苦しみを抱えた人々が匿名で集まり、それぞれの抱えている心の問題や飲酒が原因で引き起こしてきたトラブルを「言いっぱなし、聞きっぱなし」を原則として告白していくというスタイルで行われ、世界各地で毎日ミーティングが開かれている。
AAは主にアルコール問題を抱えた人が本来集まるもので、薬物依存症の人たちには「ナラノン」、ギャンブル依存症の人たちには「ギャマノン」、そしてそれぞれの依存症者たちの家族が集まる「家族会」が日本では展開されている。
依存する物は違っても、根本的な原因は同じなので自助会のルールは「AA」の「12ステップ」に乗っ取って行われており、地元に「ナラノン」が無い人は「AA」に参加したりしている。
イランでは薬物の恐ろしさを訴えた政府広報CMがテレビで流されているほどで、薬物依存に苦しむ人々は大変多い。
始めて私がイランに行った頃は、「あへん」が主流だったが、今では「シーシェ」という覚せい剤が若者を中心に蔓延している。
アルコールはなかなか手に入らないので依存症になるほどの人は少ないが、地下ルートで手に入れることはできるし、薬局でエチルアルコールをこっそり分けてもらい飲酒している人もいる。
「この国にもAAがあれば、どんなにか救われる家族がいるだろうに」と私は夫と常々話していた。
夫がアルコール依存症者で無ければ、薬物中毒の人々を偏見の目で見ていたかもしれないが、私たちは何かに依存しなければ生きていけないほど追い詰められてしまった彼らをどうにかして励ましたかった。
アメリカから取り寄せたペルシャ語の「BIG
BOOK」という、依存症者たちにとってはバイブルのような本があるのだが、私たちはイランに行く度に知り合いにその本を読んでもらい、少しでも自分の問題に目を向け心の中を整理して良い方向に向かって欲しいと願ってきた。
これは メッセージ 3563 (sharghi82 さん)への返信です.
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Re: 独り言だと思ってください
投稿者: sharghi82 投稿日時: 2010/04/02 07:44 投稿番号: [3563 / 3876]
13
bedar
ですね。東京は残念ながら強風ですが楽しい団らんのひとときを過ごすおうちが多いとよいなと思いつつの朝です。
Hafezさん
読ませていただきました。独り言、大歓迎です。ROMの方にもこういう現状を知り、なにか心に響くとよいですね。(一方でこうして公開していただいてよかったのかしらとも思ったのですが・・・。)
ご主人のお気持ちわかるような気がします。ご自分がつらい経験があるからなおのことなのでしょう。
去年のGreen waveで似たような気持ちを私自身持ちました。海外で身の安全がかなり確保されている自分のようなものが安易にGreen waveを鼓舞した結果、その活動に身を投じた人が血を流すことになったらどうしよう・・・と。立ち上がって戦っている人を支援したい、でも、受ける傷や痛みは少なくあってほしい。そんなジレンマを持っています。国外にいるイラン人達の活動も彼らはその辺りどう考えているのだろうと複雑な気持ちで見ています。
話は変わって、学ぶことって楽しいですよね。私も今年はもう少し勉強したいなーと思っています。っていうか春になるといつもそういう抱負を抱くのですが実現させるのはなかなか・・・(^^;
でも今年こそ語学を!と思っています(笑)
p.s.絵本は何冊か入手できました。お気遣いありがとうございます。
これは メッセージ 3562 (hafez0211 さん)への返信です.
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独り言だと思ってください
投稿者: hafez0211 投稿日時: 2010/04/01 00:51 投稿番号: [3562 / 3876]
いきなり重いテーマから始まりまして、すみません。
シリンネザマフィさんの「サラム」を読み、日本における難民問題について語ろうと思っていたら、体験記のようになってしまいました。
彼女の作品にもありましたが、日本の難民受け入れは大変ひどいものでUNに加盟しているだけで、実際のところはほとんど機能していないに等しい状態です。
ただ、気になるのは彼女がテーマにしているのはアフガニスタン人の難民問題であったり、イランイラク戦争での悲恋であったりして、決してイランで起きている人権弾圧問題そのものには触れていないということ。
やはり身の安全を考えると書けぬテーマなのでしょうか…?
>fyojizzzzzさん
テヘランジェルスの続編ありがとうございました。
NORUZのお祝い、そんなに華々しくやっていなかったのですね。
やはり海外生活が長い人が多いからなんでしょうか?
ところで学生といっても、単なる職業訓練のための塾みたいなものですよ。私は美術畑出身でしたから、論文書いたことがないのですが学校ではそんなことをしてみたり、コミュニケーションの法則を学んだり、これからパソコンの講義が始まります。多岐に渡っていて面白いです。
私にとっては、今まで知らなかったことも多いので毎日がとても充実しています。学ぶというのは、いいですね。
>SHARGHIさん
本当に、FYOJIZZZZさんがトピを維持してくださっているからこそ、こうして私たちも長く交流できるのですよね。
お子様向けのイランの経本、日本の
ハラルフードのネット販売のお店でも、以前扱っていた気がします。
私はイランで買ってきたのですが、自分の語学力の無さのために挫折しました(泣)
良い本が手に入るといいですね。
これは メッセージ 3561 (hafez0211 さん)への返信です.
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第二話 自由
投稿者: hafez0211 投稿日時: 2010/04/01 00:30 投稿番号: [3561 / 3876]
地下にある古い喫茶店の約半分の席をイラン人男性が占領し、互いに早口のペルシャ語をまくし立てている姿は圧巻だった。
「遅れてすみません」と言って、私は席をひとつ空けてもらった。
初めて会う人ばかりで、知り合いはわずかだった。
「今ね、ドイツで暗殺されたイラン人ジャーナリストの件をめぐって、彼らは意見を戦わせているところらしいんです」と年配の日本人男性松崎氏が説明してくれる。
私は(なんだか喧嘩しているみたい。どうして冷静に話し合えないのかしら)と思いながら、その様子を眺めていた。
今回の暗殺事件をめぐり、海外では抗議活動が活発となってきており「在日イラン人も連帯するべき」という声が高まりこの会合は持たれたのであるが、「一人一党」状態で具体的にどのように支援活動をしていくか、などの方向性が定まらないでいた。
私はそれまで全く政治活動などに参加したことはなく、なんだか場違いなところに自分がいる気がしたが、友人のアリ氏に誘われ興味本位で顔を出したのだった。
3時間近く話し合いは持たれたが、イラン人というのは譲歩するということを知らないのであろうか?全く進展のないまま又、参加していた日本人も意見を挟めぬまま次週の日程だけを決め散会した。
翌週行ってみると、人数は3分の2位に減っていた。
けれども、その日の話し合いは日本語を流暢に話せるタバタバイー氏とアリ氏が中心となり、事件の発端からドイツで抗議活動の一環として篭城をしハンガーストライキをしているグループがいるという現状報告などが行われ、日本人にも十分状況が把握できた。
祖国をやむなく離れ、外国で差別を受けながら必死にイランの明るい未来を夢見る彼らに共感を覚え、日本人である私たちも共闘しようという結論が出た。
グループの名は「アザディ(自由)」
私たちは、多くの日本人にイランの状況を知ってもらうところから始めようということになり、ミニコミ誌を発行することに決めた。
途中から、ペルシャ語翻訳ができる学生が加わり会の活動は少しずつ軌道に乗り始めた。
強引に意見を貫こうとするイラン人は徐々に減り、最終的には大変こじんまりとした会になった。アザディは各地で行われている「外国人問題を考える集会」に参加し、
少しずつ活動を広げていった。
私もスピーカーとして講演をしたり、執筆をしたりして忙しい日々を送ることになった。
思想問題などを扱った書店などにもミニコミ誌を置いていただき、わずかではあったが
売り上げもあった。
どのくらいの人の心に響いたかは分からないけれども、イラン人の抱えている問題を扱った書籍は今ほどは無かったので、私たちのグループからの生の情報発信は決して無駄では無かっただろうと思う。
ところが、アザディはこともあろうか私の結婚を機に空中分解することとなった。
というのは、イランに住んでいた(現在の夫)との結婚手続きをするため私が2週間ほど
日本を離れることになったのだが、いざイランに行ってみたら結婚手続きは2週間どころか1年近くかかることになってしまったからだ。
そして、何よりもの原因は夫からの猛烈な反対だった。
「君は殺されたいのか?」
夫は私の活動に激昂した。
「無事に結婚をしたいのならば、今まで一切の思想を捨てて、目立たぬよう生活するしかないんだ。そんなグループ、やめてしまえ!」
夫とは知り合って1ヶ月少々で、彼が強制退去という形で別れざるをえなかったため、私たちはお互いのことをあまり知らなかった。
ただ、日本にいたときの彼のことを思うとき政府反対派であったはずだし、多くのイラン人の生活相談に乗るリーダー格の彼は、日本人の人権擁護グループと共に通訳のボランティアをしたりもしていた。
「弱者を守る正義感の強い男」だと思っていた夫が、私がやっていることに反対するなんて…。
「いいかい、日本の常識は捨てるんだ。ここはイランだ。イラン人と結婚するということは君もイランの国籍を有するイラン人になるということであり、ココの法律の中で生きていくことになるんだ。政府に反対する活動をするなんてもってのほかだ。君の身に何が起こったとしても日本政府は何の援助もできない。イラン人の女性をイラン政府が処罰をして何が悪い、という論理なんだよ。もっと、自分の行動に慎重になってくれ」
こうして私は、籠の中の鳥のような生活を始めることになるのである。
まさしく「アザディ(自由)の無い生活」だった。
私はかつての仲間との連絡を取ることも禁じられ、この15年を過ごしてきた。
これは メッセージ 3560 (hafez0211 さん)への返信です.
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