頑張れパレスチナ!(第2版)

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Re: いやはや誤魔化しばかりだな

投稿者: evangelical_knight 投稿日時: 2006/11/27 10:44 投稿番号: [1154 / 2525]
現実から逃げては駄目だ。バカ民ちゃん。

カッサムは有害とパレスチナ人

投稿者: oxnardnokakashi 投稿日時: 2006/11/27 06:36 投稿番号: [1153 / 2525]
常に中東のニュースを掲載している妹之山商店街さんのサイトで面白い記事をみつけた。下記抜粋:

複眼で見る中東報道
http://cigvi.exblog.jp/3876907/
An-Najah大学(ナブルス)が19日に発表した世論調査(対象1360人)によると、
イスラエルに対するロケット弾攻撃に反対と答えたパレスチナ人は42.4%だった
が、そうした攻撃がパレスチナにとって損害をもたらすと答えた人は61.4%いた
。また、イスラエルに対する武装闘争を西岸の範囲内に限定することを支持する
人は65.7%、イスラエル国ないにまで闘争を広げることを支持したのは29.5%
だった(11/19イェデオト・アハロノト)

パレスチナ庶民もイスラエルへの無益な攻撃は控えるべきだと悟ってきているようだね。

Re: ナチスとシオニストの協力関係3

投稿者: oxnardnokakashi 投稿日時: 2006/11/27 05:49 投稿番号: [1152 / 2525]
全部読むのはだるいから今ちょっと斜め読みしたんだけど、これだけ読んだだけでもいかにナチスと協力したシオニストがごく一部の人間の行為で、しかも他のユダヤ教とやシオニストから裏切り者と思われていたことが明らかだ。

jy君とか、馬鹿の壁君とかの理論が破たんするのは、組織的にナチスドイツと同盟を結んでいたアラブおよびヨーロッパにいたイスラム教徒の存在より、個人的に民族を裏切ってナチスに協力していた人間たちの存在のほうに焦点を与えていることだ。

くりかえすが、個人的にはけしからんやつは何処の世界にもいる。   問題なのはその行為が組織全体を代表するものなのか、それとも異端の行為なのかということだ。

反イスラエルの人間は「それみろ、シオニストにもナチスと協力した奴がいるぞ」ということで、シオニストはナチスの友達だったなんて単純な考えを持つ。正しくは「シオニストのなかにも自己の営利を優先させて民族を裏切ってナチスと手を結んだ奴らがいた。」というだけだ。

しかしイスラム教徒はユダヤ人が嫌いだというナチスと思想をともにして、組織としてナチスドイツ軍の加わった。

この二つの違いの区別をわざとごまかしているのが、jy君や馬鹿の壁君のような卑怯者だ。

Re: ナチスとシオニストの協力関係

投稿者: oxnardnokakashi 投稿日時: 2006/11/27 05:35 投稿番号: [1151 / 2525]
一部のシオニストが自分らの利益のために民族を裏切ってナチスドイツと協力関係にあったというなら、ドイツ内部のユダヤ人が自分の身を守るために他のユダヤ人の身元を暴露した事実がいくらでもある。我が身がかわいいだけの臆病者や卑怯者はどこにでもいるからね。

たとえばアルカエダの戦いでもアメリカ生まれのアメリカそだち、親もキリスト教徒でイスラムとは無関係にそだった若者が後にアルカエダに参加した例は少なくとも二つある。だからといってアメリカがアルカエダの味方だとか、協力関係にあったといういいかたは理不尽だ。

組織としてシオニストはナチスドイツの同盟組織として英米と戦ったわけではない。だがアラブのイスラム教徒は、ナチスドイツの軍隊の一部として連合軍と戦争をやっているわけだ。

ナチスドイツが利用できる奴らを利用したのは当たり前だが、これをもってしてシオニストがナチスドイツの友人だったなんて理屈は馬鹿げてる。ナチスドイツは結局ユダヤ人を六百万虐殺してるんだからね。

また話を摩りかえるjy君

投稿者: oxnardnokakashi 投稿日時: 2006/11/27 05:27 投稿番号: [1150 / 2525]
jy君は私の掲げた論点で議論できないから常に関係ないことを持ち出してきては話をすりかえているね。

何度もいうが、私はパレスチナのイスラエルへの「抵抗」が正当なものかとか、勇気ある行為かとか、善悪の問題も全く論じていない。そんなことは無意味だからだ。

私の論点は

『パレスチナのイスラエルへの攻撃は愚かな行為だ』

ということだ。

パレスチナの目的がもしもイスラエルの暴力に脅かされずに独立国として平和で豊かな生活を送ることにあるのだとしたら、パレスチナのやっていることはまったくその逆の効果しか生んでいない。

昨日私は過去に100回繰り返して効果のないことをまた100回繰り返してみても効果などあるはずがないと書いたが、それと同じで君に同じことを何度いってみても君には絶対に理解できないか、理解する意志がないかのどちらかなので、私の質問に答えることを君がかたくなに無視したという記録を残してこの質問はあきらめよう。

Re: 相変わらず馬鹿だな。

投稿者: shibh_jazirat_sina 投稿日時: 2006/11/27 02:39 投稿番号: [1149 / 2525]
>相変わらず馬鹿だな。

やっぱり、例えは通じないか。下手糞な例えではあったが…。蒸し返しはよくないが、以前、論点摩り替えまくった挙句、論争拒否をしたあなたってさ、異論を受け入れることがきないタイプなんですよ。しかも、その傾向は現在も全く変わっていないようだしね。絶対壊したくないからなんでしょう。「かわいそうなパレスチナちゃん」「残虐な鬼畜イスラエル(もしくは鬼畜アメリカ)」のイメージを。あなたはさ、このイメージを元に世界観を構成して、それを絶対視する。そして、それに反する事実は無視するか、受け入れようとしない。しかも、ユダヤ人が「神から見捨てられている」と、ユダヤ人のアイデンティティまで否定する。よく、そんなことがはっきりと口から出ますね。ですから、スケールは全く違うが、異論は絶対許さず、国民全員に自らの世界観への賛成を求めるスターリンと同じだと言ったまでさ。独裁者ってさ、限りなく臆病なのさ。自分の世界が壊れないか常にびくびくしている。だから、異論が出た途端、ふぁびょる、ぶっ潰す。あなたの行動とどこが違うのかね。

まあ、あなたも御自分の仕事に関してはかなりのプロなんでしょうから、国際情勢に安っぽいロマンやら理想やらを持ち込んで、安っぽいイメージで固定化するのはおやめになったらいかがですか?   自分ではかっこいいかもしれませんけど、第三者的にはアホにしか見えないことぐらい、分かりきったことでしょうに。

理不尽な暴力には屈しない

投稿者: jyonnconner 投稿日時: 2006/11/27 01:32 投稿番号: [1148 / 2525]
「テロに屈しない」つーことの本質的な意味を理解してないなぁ。やっぱオバカサンだ。

なーんでパレスチナ人だけ理不尽な暴力に屈しなければならないんだ?

圧倒的な戦力差があるのにパレスチナ人が戦うというのであればその勇気に敬意を表するし止める言葉もない。

これだけ痛めつけられても戦わず怒りを飲み込んで講和しようというのであっても、それも又勇気と言える。

どちらにせよ全てパレスチナ人自身が決めるのことでありそれをとやかく言うつもりも権利もパレスチナ人以外の誰にもない。

特に腐ったシオニストどもにはないな。

ついでに言えば強大な軍事力による国家テロで虐殺やりまくりのイスラエルが「テロに屈しない」なんぞと言えばこれほど欺瞞に満ちた言葉もないがな。

ナチスとシオニストの協力関係12

投稿者: jyonnconner 投稿日時: 2006/11/27 00:31 投稿番号: [1147 / 2525]
■■追加情報 5:   フォン・ボルシュビングと「ゲーレン機関」

■■フォン・ボルシュビング

●戦後CIAは、アイヒマンの部下を工作員として採用していたことが知られている。採用されたのは、フォン・ボルシュビングである。

1932年、23歳でナチ党に入党したボルシュビングは、直ちにナチスの保安部(SD)の情報提供者となる。そして1939年までには、エルサレムで貿易商を営むかたわら、中東における代表的な工作員となった。

●ボルシュビングが最初に携わったスパイ活動の1つは、好戦的なシオニズム・テロ組織「ハガナ」の指導者ポルケスとの間で秘密協定を結ぶことであった。ボルシュビングは、中東での仕事仲間を通して、シオニスト・ユダヤ人ポルケスと面識があったのだ。

協定によれば、「ハガナ」は、ドイツ国内にいるユダヤ人青年男女を訓練キャンプに採用することを許された。これらユダヤ人青年男女は、ドイツから追放された他のユダヤ人と同じく、パレスチナヘの移民を奨励されていた。その代わりに「ハガナ」は、パレスチナにおけるイギリスの情報をSS(ナチス親衛隊)に提供することに同意したのである。

●シオニスト・ユダヤ人ポルケスは、ナチスのユダヤ人迫害がますます激しくなっても、パレスチナヘの強制移住によって、シオニズムには有利であると信じていた。

更に、ポルケスの唯一の収入源はSSの秘密資金であった。この交渉の過程で、若きボルシュビングはまだ無名だったアイヒマンの信頼を勝ち取ったのである。

●当時アイヒマンは、ユダヤ人問題の専門家であった。ウィーンとカイロで、アイヒマンとポルケスの会談を設定したことがもとで、ボルシュビングとアイヒマンの関係は、単なる知り合い以上のものとなった。

アイヒマンは、ボルシュビングとつながりを持つことでSSにおける「ユダヤ人問題の専門家」という地位を確立したのである。

●アイヒマンは後にこう語っている。

「私が初めてユダヤ人問題に取り組んだのは、私の上司フォン・ミルデンシュタインがボルシュビングとともに私の事務所を訪れてからだった。決してその前ではなかった。」

「ボルシュビングはよく私の事務所に立ち寄り、パレスチナの話をしてくれた。パレスチナをはじめとする各地のシオニズムの目的や情勢について、彼は詳しく話してくれた。おかげで私も、次第にシオニズムに精通していった。……私はボルシュビングと連絡を取り続けた。というのも、私が仕事上最も興味を持っていた国の一次情報を提供してくれるのは、彼以外にいなかったからである。」

●第二次世界大戦終結間際になると、ボルシュビングは、そうすることが有利だと見るやSSの同志たちを見捨て、彼らの運命を天にまかせた。アメリカ軍部隊がオーストリア西部に侵攻した1945年の春までに、ボルシュビングは連合国に協力し始めた。

ボルシュビングは「ゲーレン機関」に採用され、後にCIAはボルシュビングに、資金や最高度のセキュリティ・クリアランス(保全許可=秘密区分の高い情報に対する接近許容度)、それにヨーロッパ中を移動できる特権を与えていた。

彼は、戦後、ヨーロッパでCIAに雇われていた契約工作員の中でも高い地位にのぼった。工作員に目をつけ採用するほか、ルーマニアに工作員を潜入させる越境工作を専門にしていた。

●ボルシュビングは、1949年の終わりには「ゲーレン機関」を離れた。そしてアメリカからの支援のもと、「ゲーレン機関」と並行して活動するもう1つの小規模のドイツ情報機関を設立するための工作活動に参加した。新しい情報機関は、アメリカのためにゲーレンの行動を注意深く監視すると同時に、東欧への浸透を続けたのである。
(後略)

------------------------

ま、基礎知識レベルの話し。

ナチスとシオニストの協力関係11

投稿者: jyonnconner 投稿日時: 2006/11/27 00:29 投稿番号: [1146 / 2525]
●また、彼女は、次のように述べている。

「……1981年10月13日、1000人を超える出席者と、100人ものジャーナリストが集まる会場で、私はアラファト議長と握手し、その後このシーンはテレビや新聞で流れた。この日の出来事は私の生涯で感動的な瞬間だった。

しかし私の踏み越えた世界は、単にドイッチャーの言う『非ユダヤ的ユダヤ人』とか『ユダヤ人村の境界を越えた者』以上にタブーの世界であることは、私は心得ておかねばならなかった。イスラエルにとっては、私は『魂を売り渡した裏切り者』ということになるのだから。

しかし私は誰にも魂は売っていない。私は一人の人間として自立を求め、私を束縛してきた全てのものから解放されたいと思った。そしてその過程で、それまで見えなかったものが見えてきた。そして私は自分一人の責任で自分の行動を決定し、YESとかNOとか言ったまでだ。

そしてまた、私は600万人の犠牲者を裏切ったという非難も受け付けることはできない。その反対なのだ。ホロコーストに消えた人々を汚して裏切ったのは、現在のイスラエルの指導者の方ではないか、と私は思うのだ。」
(中略)
●このユダヤ人のサイトをご覧になれば分かるように、シオニズムとユダヤ思想は別物であり、「反シオニズム=反ユダヤ主義」ではないのだ。このユダヤ・グループ以外にも、シオニズムを批判しているユダヤ人は多く存在している。

●このサイトの内容を見ると、「シオニストはナチスと協力して、ユダヤ人に損害を与えた」と書かれてある。当時、ドイツとイギリスの外交交渉で、ユダヤ人はパレスチナ以外の「イギリス植民地」に追放することで話がまとまっていたという。

しかし、シオニスト指導者が、あくまで「パレスチナ」にこだわったために、ドイツから「イギリス植民地」への移動ができず、ホロコーストが始まってしまったのだという。つまり、シオニストの政策のために、救えたはずの命が奪われたというわけだ。
(中略)
●イスラエル政府が「建国の功労者」を迫害した事件があったという。

迫害されたのはユダヤ人ハビブ・シーバー。

この事件を詳しく知る人は、次のように述べている。

「ハビブ・シーバーはベギン、シャミルなどとともにイスラエル建国のために献身的に働いたシオニストであった。彼はイスラエル建国を自分の命のように大切に思っていたのである。初代ベエルシェバ市長になった人物でもある。

しかしハビブ・シーバーはイスラエル建国とともにシオニストの犯罪に気がついた。イスラエル建国の結果、どれほど多くのパレスチナ人たちが犠牲となったか。彼らだけではなく、ユダヤ人自身も多く犠牲になった。彼はシオニスト幹部であるがゆえに、イスラエル建国の裏側を全部知っていた。

彼はイスラエルを去って、アメリカに渡った。そしてシオニズム反対を叫び運動した。すると、イスラエル政府はアメリカ政府に要請して、最後までハビブ・シーバーにアメリカ国籍を与えないようにした。アメリカ在住20年にして、彼は国籍を持たぬままアメリカの土となったのである。」

●生前、ハビブ・シーバーは次のように語ったという。

「反ユダヤなどというものは、この世界のどこにもない。反ユダヤはシオニストたちが自分たちの都合のためにつくり出す騒ぎなのである。」

さらにハビブ・シーバーは次のようにも言ったという。

「私たち民族の弱点は調子に乗ってやりすぎることである。自分の力を過信する。そして振り返ったとき、すでに味方する者はなく敵ばかりとなる。やりすぎることが滅びの前兆なのである。いつも私はこのことを心配している。」

■■イツハック・シャミル

長期にわたってイスラエルの首相を務めたイツハック・シャミル。このシャミルこそ、ナチス・ドイツと裏取引をしていた人物だということは、イスラエルの歴史家には既知の事実であるという。

1989年3月7日付の『エルサレム・ポスト』が、このタブーを真っ正面から取り上げたそうだ。シャミルがイスラエル建国のためにナチス・ドイツを利用していたという事実である。

ナチスとシオニストの協力関係11

投稿者: jyonnconner 投稿日時: 2006/11/27 00:29 投稿番号: [1146 / 2525]
●また、彼女は、次のように述べている。

「……1981年10月13日、1000人を超える出席者と、100人ものジャーナリストが集まる会場で、私はアラファト議長と握手し、その後このシーンはテレビや新聞で流れた。この日の出来事は私の生涯で感動的な瞬間だった。

しかし私の踏み越えた世界は、単にドイッチャーの言う『非ユダヤ的ユダヤ人』とか『ユダヤ人村の境界を越えた者』以上にタブーの世界であることは、私は心得ておかねばならなかった。イスラエルにとっては、私は『魂を売り渡した裏切り者』ということになるのだから。

しかし私は誰にも魂は売っていない。私は一人の人間として自立を求め、私を束縛してきた全てのものから解放されたいと思った。そしてその過程で、それまで見えなかったものが見えてきた。そして私は自分一人の責任で自分の行動を決定し、YESとかNOとか言ったまでだ。

そしてまた、私は600万人の犠牲者を裏切ったという非難も受け付けることはできない。その反対なのだ。ホロコーストに消えた人々を汚して裏切ったのは、現在のイスラエルの指導者の方ではないか、と私は思うのだ。」
(中略)
●このユダヤ人のサイトをご覧になれば分かるように、シオニズムとユダヤ思想は別物であり、「反シオニズム=反ユダヤ主義」ではないのだ。このユダヤ・グループ以外にも、シオニズムを批判しているユダヤ人は多く存在している。

●このサイトの内容を見ると、「シオニストはナチスと協力して、ユダヤ人に損害を与えた」と書かれてある。当時、ドイツとイギリスの外交交渉で、ユダヤ人はパレスチナ以外の「イギリス植民地」に追放することで話がまとまっていたという。

しかし、シオニスト指導者が、あくまで「パレスチナ」にこだわったために、ドイツから「イギリス植民地」への移動ができず、ホロコーストが始まってしまったのだという。つまり、シオニストの政策のために、救えたはずの命が奪われたというわけだ。
(中略)
●イスラエル政府が「建国の功労者」を迫害した事件があったという。

迫害されたのはユダヤ人ハビブ・シーバー。

この事件を詳しく知る人は、次のように述べている。

「ハビブ・シーバーはベギン、シャミルなどとともにイスラエル建国のために献身的に働いたシオニストであった。彼はイスラエル建国を自分の命のように大切に思っていたのである。初代ベエルシェバ市長になった人物でもある。

しかしハビブ・シーバーはイスラエル建国とともにシオニストの犯罪に気がついた。イスラエル建国の結果、どれほど多くのパレスチナ人たちが犠牲となったか。彼らだけではなく、ユダヤ人自身も多く犠牲になった。彼はシオニスト幹部であるがゆえに、イスラエル建国の裏側を全部知っていた。

彼はイスラエルを去って、アメリカに渡った。そしてシオニズム反対を叫び運動した。すると、イスラエル政府はアメリカ政府に要請して、最後までハビブ・シーバーにアメリカ国籍を与えないようにした。アメリカ在住20年にして、彼は国籍を持たぬままアメリカの土となったのである。」

●生前、ハビブ・シーバーは次のように語ったという。

「反ユダヤなどというものは、この世界のどこにもない。反ユダヤはシオニストたちが自分たちの都合のためにつくり出す騒ぎなのである。」

さらにハビブ・シーバーは次のようにも言ったという。

「私たち民族の弱点は調子に乗ってやりすぎることである。自分の力を過信する。そして振り返ったとき、すでに味方する者はなく敵ばかりとなる。やりすぎることが滅びの前兆なのである。いつも私はこのことを心配している。」

■■イツハック・シャミル

長期にわたってイスラエルの首相を務めたイツハック・シャミル。このシャミルこそ、ナチス・ドイツと裏取引をしていた人物だということは、イスラエルの歴史家には既知の事実であるという。

1989年3月7日付の『エルサレム・ポスト』が、このタブーを真っ正面から取り上げたそうだ。シャミルがイスラエル建国のためにナチス・ドイツを利用していたという事実である。

相変わらず馬鹿だな。

投稿者: htdwt505 投稿日時: 2006/11/27 00:19 投稿番号: [1145 / 2525]
「まあ、そういったら、「馬鹿の壁」は逆切れするだろうな。こいつ、異論が出てきただけで脳回線がショートするから。なぜなら、自分の思い描く秩序を壊されたくないから。要するに臆病だから。「馬鹿の壁」、劣化コピペマンのようなスターリンタイプは実は卑屈なほど臆病者である。臆病だから、異論者に異常なほどの恐怖をおぼえる。だから、自分の秩序を守るため、何をしでかすか分からないのである。行き着く先は国民総監視と収容所国家、大量虐殺が相場だが。」

名前を変えても、相変わらず馬鹿だな。精神科に行って診てもらった方が良いんじゃないか?

相変わらず馬鹿だな。

投稿者: htdwt505 投稿日時: 2006/11/27 00:19 投稿番号: [1145 / 2525]
「まあ、そういったら、「馬鹿の壁」は逆切れするだろうな。こいつ、異論が出てきただけで脳回線がショートするから。なぜなら、自分の思い描く秩序を壊されたくないから。要するに臆病だから。「馬鹿の壁」、劣化コピペマンのようなスターリンタイプは実は卑屈なほど臆病者である。臆病だから、異論者に異常なほどの恐怖をおぼえる。だから、自分の秩序を守るため、何をしでかすか分からないのである。行き着く先は国民総監視と収容所国家、大量虐殺が相場だが。」

名前を変えても、相変わらず馬鹿だな。精神科に行って診てもらった方が良いんじゃないか?

ナチスとシオニストの協力関係10

投稿者: jyonnconner 投稿日時: 2006/11/27 00:16 投稿番号: [1144 / 2525]
●反シオニズムのユダヤ人ジャーナリストであるアルフレッド・リリアンソールも、次のような指摘をしている。(ちなみに、彼の父方の祖父はアシュケナジー系ユダヤ人で、祖母はスファラディ系ユダヤ人である)。

「ユダヤ的遺産は明白であり、間違えられようがない。それは変わらずに続いてきた。一方、シオニズムは特定主義であり人種差別主義であるのに対し、ユダヤ教=ユダヤ主義は普遍主義であり人種統合主義である。

ユダヤ教はキリスト教やイスラム教と同じく一神教であり、つねに道徳的選択と人間と創造主の間の精神的結びつきを代表してきた。そこには狭量な排他主義の入る余地はほとんどなかった。それに対しシオニズムは、土地へ執着し、しかもその土地は2000年もの間ユダヤ人には属していなかったのである。

ユダヤ教は特定のどんな地理的境界とも無関係であることによって、今日まで生き延びてきた。ユダヤ人は主なる神に選ばれたが、それは特定の地を所有したり、自分たちの子どもを他人よりもえこひいきするためではなかった。彼らが選ばれたのは、ただ唯一の神しか存在しないというメッセージを広める任務のためであった。」

●また、イスラエルの現実に失望してイスラエルを去ったユダヤ人女性ルティ・ジョスコビッツも、著書『私のなかの「ユダヤ人」』(三一書房)の中で、次のように述べている。

「イスラエルの状況を知るにつれ、私は猜疑心の固まりになり、何故ユダヤ人が、という思いが絶望感とともに広がったが、たった一つ確信をもって言えることがあるように感じた。それは『選ばれた民』とか『ユダヤ人の純血性』を信じる時代は終わったのだ、ということだった。そしてそのうち、これらの言葉こそファシズムの常套語だったのだと知るようになった。

ユダヤ人は人種的民族的存在であると考えた人々が、この歴史上に2種類いた。1つはヒトラーを頂点とする反ユダヤ主義者、もう1つはシオニストである。」

「ヒトラーのニュールンベルグ法は人種差別法として有名だが、そこには『父母または祖父母の一人がユダヤ教徒であれば、その人間はユダヤ人である』と規定してある。

イスラエルの現在採用しているユダヤ人定義は『母親がユダヤ人か、あるいはユダヤ教徒』というものである。そしてイスラエルは宗教法の支配のもとに、いよいよ非ユダヤ人差別を進めた。

これに対してユネスコは、イスラエルを人種差別国家であると非難した。もちろんイスラエルの側はそんなことを気にもかけていない。

ナチスは、同化を求めた人にさえ、『ユダヤ民族』というアイデンティティを与えた。その人々の死と引き換えに。そしてイスラエルも私たちに『ユダヤ民族』というアイデンティティを与えようとしている。そして今度はパレスチナ人の犠牲の上に、である。私はこのような身分証明はいらない。」

●更に彼女は、次のように述べている。

「ヒトラーが権力を握った当時、ドイツのユダヤ人社会に最大の影響力を持っていたのは『CV』(ユダヤ教徒ドイツ市民の中央協会)だった。ドイツに同化することによって問題解決をはかろうという党である。   〈中略〉

一切の妥協を拒絶するファシズムの姿が明確になるにつれ、同化派の影響力は決定的に弱まり、シオニズムの諸党派の力が増していった。ユダヤ人問題の解決をパレスチナへの移民と国家建設という形ではかろうという勢力である。ユダヤ人をドイツの外へ、という点ではシオニストとナチスの目的は一致していたので、シオニストはナチスと交渉し、自分たちをユダヤ側の正統な代表と認知するようにと働きかけていた。」

「当時私の両親だけでなく、世界中のユダヤ人をシオニストの側に押しやる強力な状況が存在していた。

ユダヤ難民の引き受けを渋り、ユダヤ人問題を自国内で解決せずにアラブの国に押し付けたヨーロッパ諸国。そして石油産出地帯に打ち込んだ楔(くさび)としてイスラエル国家を位置付けようとした帝国主義的野心を持つ大国。最後に解放の具体的プロセスを提出することに失敗し、ホロコーストを経たあとのユダヤ人の状況の変化を把握しきれなかった社会主義者たちとスターリンのソ連。これら全てがユダヤ人をシオニズムの方向に向けようとした。」

ナチスとシオニストの協力関係9

投稿者: jyonnconner 投稿日時: 2006/11/27 00:04 投稿番号: [1143 / 2525]
●なお、ナチスが敗北した後に、ユダヤ国家建設の地として再びマダガスカル島を候補にあげたイギリスの植民地担当大臣モイン卿は、シオニスト・ユダヤ人によって暗殺された。シオニストの目的は、あくまで「シオンの地」パレスチナでの国家建設にあり、結果として彼らは、1878年以来、ロスチャイルド家が土地買収を続けてきたパレスチナに、ユダヤ国家を建設することに成功したのである。
(中略)
●ある同化主義者で反シオニズムのユダヤ人はいう。

「……一般に、普通に外国に溶け込んで暮らすユダヤ人と、シオニスト・ユダヤ人とを同一視する人が少なくない。しかし、歴史的に、社会との同化を望むユダヤ人が多くいたこと、そして現在も沢山いることを知ってほしい。

ユダヤ人が中世を通じて受けてきた悲劇を再び受けることなく、かつ社会に対しても悲劇を与えることなく平安に暮らすには、『同化主義』しか道は残されていないのである。シオニストの『異化主義』は明らかに間違っている。一歩間違えれば、再び、世界の反ユダヤ感情を高めることになり、多くの無実のユダヤ人(同化主義のユダヤ人)を危険にさらすことになる。私はそれを非常に危惧している。

シオニストたちは自分たちの理想ばかりを優先し、世界に平和をもたらさない。シオニストのやっていることは、世界に不幸を与え続けている。彼らは現実を見ようとはしない。どこか遠くの未来(楽園)を夢見ているのだ。彼らのやっていることは、結果的に多くのユダヤ市民を危険にさらし、再びユダヤに暗黒時代を招きよせることになりかねないのに……。

同化か異化か──。この種の議論はイスラエルが建国される以前から──第二次世界大戦が起こる遥か前から──何度も何度も繰り返されてきたものである。当時は圧倒的に同化主義のユダヤ人が多かった。異化主義のシオニストは非常に少数派であった。

それが何故、シオニストたちは、たった短期間で先住民の住むパレスチナにユダヤ国家を建設することができたのか?   彼らの恐るべき野心、そして理想実現のために同胞を切り捨て、踏み台にする人間の存在……。歴史というものは実に残酷である。これを的確に把握して研究している歴史学者は少ない。

シオニストたちは、世界の人々に対し、自分たちの建てた『ホロコースト博物館』で歴史を学べという。これ以上、ユダヤ人の悲劇を増やさないように、と。しかし、その博物館では真の教訓は得られないであろう。実際、中東で起きている悲劇は、彼らが歴史から何も教訓を学んでいない証拠である。異化主義こそが間違っているというのに、だ。シオニストの異化主義こそが、世界に不幸を与え続けているのだ。」

●また別の反シオニズムのユダヤ人は次のように言う。

「今日のシオニスト・ユダヤ人は、ユダヤの長い歴史から見れば新興勢力のようなものだ。本質的にシオニズムとユダヤ思想とは別物である。そしてこのシオニスト・ユダヤ人は、ユダヤを内部から破壊しているという点で、ある意味“反ユダヤ”の勢力といえる。ユダヤの仮面をつけているがゆえに、非常にタチの悪い“反ユダヤ”勢力だ。連中のやっていることは、長い目でみた場合、ユダヤにとっては負の遺産しか残さないだろう。   〈中略〉

遅かれ早かれ、イスラエルは非常に厳しい局面に立たされるはずだ。その時に連中が道を誤れば、ユダヤは再び散らされる。第2のホロコーストといっていい悲劇が起きるかもしれない。その時はまた、先の大戦のときのように、非シオニスト・反シオニストのユダヤ人、貧しい下層階級のユダヤ人ばかりが虐殺されるかもしれない。具体的にどうなるかはわからない。しかしこれだけは言える。シオニストの連中が世界にのさばり続けるかぎり、何度でも歴史は繰り返す。悲劇は繰り返される。シオニストが考えを改めなければ、第2のホロコーストばかりか、第3、第4のホロコーストだって、起きるだろう。もちろんユダヤ人だけが被害にあうわけではない。多くの非ユダヤ人も巻き込まれる。シオニストは自分たちだけの平和を考えてはいけない。真の意味での“世界平和”について考えるべきだ。」

●世界的に有名な天才バイオリニスト、ユーディー・メニューインの父親にあたり、反シオニズムの優れた学者であるユダヤ人モシュ・メニューインも、著書『現代におけるユダヤ教の堕落』の中で次のように述べている。

「預言者のユダヤ教が私の宗教であって、ナパーム弾のユダヤ教──戦闘的ユダヤ人の新しい実例──は、私に関する限りユダヤ人ではなく、ユダヤ人の道徳や人間性の一切の感覚を喪失した『ユダヤ人』のナチである。反シオニズムは、反ユダヤ主義ではない。」

パレスチナの武装勢力

投稿者: impromptus77 投稿日時: 2006/11/26 23:59 投稿番号: [1142 / 2525]
ハマス    ファタハ    イスラム聖戦    PFLP

パレスチナの武装勢力はこれだけですか   ?

他にもありましたら    教えてください

パレスチナの武装勢力

投稿者: impromptus77 投稿日時: 2006/11/26 23:59 投稿番号: [1142 / 2525]
ハマス    ファタハ    イスラム聖戦    PFLP

パレスチナの武装勢力はこれだけですか   ?

他にもありましたら    教えてください

ナチスとシオニストの協力関係8

投稿者: jyonnconner 投稿日時: 2006/11/26 23:57 投稿番号: [1141 / 2525]
●「ユダヤ機関」の議長で、「シオニズムはすべてに優先する」と宣言していたシオニスト指導者イツァク・グリーンバウムは、次のような見解を表明していた。

「私は反ユダヤ主義者だと言われるかもしれない。私が『亡命者』を救おうとしなかったとか、私がイディッシュ(東欧系ユダヤ人)の暖かい心を持っていないとか、……言いたい人には言わせて置くが良い。私は、ユダヤ機関に対して、ヨーロッパのユダヤ主義を助けるために30万もしくは10万ポンドもの金額を割り当てろ、などと要求したことはない。私の考えでは、いったい誰が、これだけの仕事を、シオニストに反対する方の運動に対して、やり遂げろと要求したかということだ。」(『破壊の日々』)

「シオニストの事業は、ヨーロッパにいるイスラエルの“余計者”を救うことではなくて、ユダヤ民族のためにイスラエルの土地を救うことにある。ユダヤ機関の指導者は、救出が可能な少数者の選別に関して、パレスチナにおけるシオニストの計画の必要性に応じて行なうべきだという方針に同意した。」(『ベングリオンとシェルトック』)

●ちなみに、このイツァク・グリーンバウムの息子はエリエゼルといった。彼は「アウシュヴィッツ収容所」で非常に有名なナチス協力者だった。

エリエゼル・グリーンバウムは密告活動およびゲシュタポも驚くほどの残虐行為を行なうことで、そのブロックの指導者に選ばれ昇進していったのである。
(中略)
正統派のユダヤ教団体は、ヨーロッパのユダヤ人を脱出させるため、パスポートやビザなどを偽造したが、アメリカのユダヤ人社会の指導者たちはこうした不正な方法に反対し、自国の移民政策に反してまで気の毒な難民に支援の手を差し伸べる気はなかった。

とりわけ、ポーランドで救援を待ち望む聖なるユダヤ教学者を救うことこそ、何ものにも優先すべきとする正統派ユダヤ教団体と、アメリカ国内世論の動向に神経質なスティーブン・ワイズら米国ユダヤ人社会の指導者たちの対立は深刻であった。

例えば、1940年8月初めにアメリカの主要ユダヤ人団体が参加した会議で、正統派のラビ(ユダヤ教指導者)たちは、リトアニアから3500人のラビ、学生たちを入国させるための特別ビザを発給できるよう国務省に圧力をかけて欲しいと要請したが、スティーブン・ワイズらは、これほど多数のユダヤ人を定住させることは容易ではないとして、アメリカ政府に圧力をかけることに反対したのである。

アメリカのシオニスト運動指導者たちは、ホロコーストの間もパレスチナに将来のユダヤ人国家を建設する計画に精力を傾けており、ヨーロッパのユダヤ人の救済は二の次であった。」

■■■第8章:同胞ユダヤ人を“神に捧げる犠牲”にして建国されたイスラエル共和国

●すでに繰り返し述べたように、ヒトラーの犠牲になった膨大な数のユダヤ人のほとんどはシオニストではなかった。特にポーランドのユダヤ人の場合、ホロコースト前夜には大多数がシオニズムと縁を切っていたし、ポーランドのシオニスト指導者のひとりであったメナヘム・ベギンの政治はポーランドのユダヤ人にはひどく嫌悪されていたのである。

●ヒトラーの犠牲になったユダヤ人の多くは、正統派ユダヤ教徒だった。ヒトラーがユダヤ人を追放しようとし、どの国も引き取り手の無かった時に、シオニスト・ユダヤ人の力はこの正統派ユダヤ教徒たちをドイツから逃れさせ、抗議するには十分であったはずだ。しかし、あろうことかシオニストたちは、第二次世界大戦前には、各国に対して正統派ユダヤ教徒が安全に移民することを禁止するように働いていたのである。

狂信的な異化主義に染まっていたシオニストたちにとって、非シオニストの同化主義者は煙たい存在だったので、彼らを助けるどころか、逆に、邪魔したのである。

●ロスチャイルド家を始めとするシオニストたちは、ドイツからまんまと逃れ、残された貧しい正統派ユダヤ教徒は捨てられた。そしてシオニストたちによって見捨てられた正統派ユダヤ教徒はホロコーストの犠牲者(生け贄)になったのである。

シオニストたちは、何よりも「ユダヤ国家建設」を全てに優先させた。そして、多くのユダヤ人が殺されれば殺されるほど、全世界の同情はユダヤ人に集まり、シオニストによるユダヤ国家建設が正当化されたのであった。自分たちの目的達成のためには同胞さえも見捨てる。それがシオニスト・ユダヤ人たちの本性だった。

そして、人工国家イスラエルの建国という途方もない巨大計画は、一時的にナチス・ドイツの協力をえながら具体化され、ある段階から逆に「ナチ批判」、「ホロコースト批判」を跳躍台にして、第二次世界大戦の廃墟の上に展開されたのであった。

ナチスとシオニストの協力関係7

投稿者: jyonnconner 投稿日時: 2006/11/26 23:40 投稿番号: [1140 / 2525]
●戦後南米に逃亡した元ナチスの高官は、シオニスト・ユダヤ人について次のように語っている。参考までに。

「アイヒマンはシオニスト・ユダヤ人について知りすぎていた男だった。ヒトラーはユダヤ問題解決のため、アメリカやイギリスと極秘のうちに話し合いを進めていた。その時の連絡係を果たしたのがアイヒマンだった。役目上彼は国際ユダヤ組織のトップたちと何度となく話し合っている。そして彼らの考えを克明に記録に残したのだ。

アイヒマンは彼らに対して、もしアメリカもイギリスもユダヤ国家建設に協力しないなら、ドイツとしては彼らを隔離するために収容所に入れざるをえないだろうとまで言った。すると彼らは反対するどころか、大賛成の意を表明したのだ。さすがにアイヒマンもこれにはビックリしていた。彼らのうちの誰が何を言ったかまでアイヒマンは記録していた。」

「アイヒマンはシオニスト・ユダヤ人の実態について、いつかは記録に残しておくとたびたび語っていた。南米での逃亡生活中、サッスンというオランダ人の元SSとインタビューした時に、アイヒマンの言葉はテープに記録された。アイヒマンも馬鹿なことをしたものだ。あんなインタビューなど決してするべきではなかった。あの裏切り者サッスンの甘言に乗せられてしまったのだ。サッスンはそのテープをイスラエル側に1万ドルで売り渡した。たったの1万ドルとは彼の命も安く見られたものだ。あのテープを聞いてユダヤ人はビックリしたに違いない。シオニストの秘密が逐一語られていたのだから。」

■■■第7章:シオニスト組織の最高幹部たちの衝撃的な発言

■■国家の建設(シオニズム)はすべてに優先する

●シオニスト組織の最高幹部たち自身の口からも、衝撃的な発言が出ている。

イスラエル国家の最初の指導者、ベングリオンは、1938年12月7日に、シオニストの労働党指導者たちを前にして、つぎのように率直に公言している。

「もしも、ドイツにいる子供(ユダヤ同胞)をイギリスに連れて行けば全部救うことができるとしよう。一方、エレツ・イスラエル(パレスチナの地)に移住させたなら、その半分しか救えないと分かっているとしよう。この場合、どちらかを選べといわれるならば、私は後者の方法を選ぶ。なぜなら、われわれは、その子供たちの命だけでなく、それ以上にイスラエル民族の歴史をも勘定に入れなければならないからだ。」(『シオニストの政策とヨーロッパのユダヤ人の運命』)

「ヨーロッパのユダヤ人の救出では、指導的階級の優先権にもとづくリストを念頭に置くのではなくて、国家の建設を最大の目的として見定めなくてはならない。」(『第七番目の百万人』)

「……各自の特色を見分けもせずに、希望する者は誰でも助けるべきなのか?   われわれは、この活動にシオニストの国家主義の特色を与え、『イスラエルの領土』またはユダヤ主義に役立つ者の優先的な救出を試みるべきではないのか?   このような形の設問が残酷に見えることは分かっている。だが、われわれは不幸なことに、明確な基準を確立しなければならない。

国家建設と民族の再生に貢献し得る5万人の内の1万人か、それとも、われわれにとって負担となる100万人以上のユダヤ人を救うことができるとした場合、われわれは前者の1万人に限って救うべきだ。勘定外として残される100万人が、いかに非難をし、訴えようとも、われわれは、そうしなければならない。」(『ユダヤ機関の「救出委員会」覚書き』1943年度)

●このベングリオンの発言から、シオニストの基本的な目的は、ユダヤ人の命を可能な限り大量に救うことではなくて、多くの犠牲を強いながらパレスチナにユダヤ人国家を創設することにあったことがわかる。

●「世界シオニスト機構」議長と「ユダヤ人評議会」議長を務めたナフム・ゴールドマンは、著書『自伝』の中で、チェコの外務大臣、エドゥアルト・ベネスと1935年に会った際に、ベネスから非難を受けた経過を、ドラマチックに語っている。

その際、ベネスが非難したのは、シオニストが移送協定(ハーヴァラ協定)でヒトラーヘのボイコットを破ったことと、「世界シオニスト機構」がナチズムに対する抵抗運動の組織化を断ったことに関してである。

「私の人生には、辛い会談に参加した経験も数多いが、あの2時間ほどに不幸で不名誉に感じたことはない。私は全身のすべての神経で、ベネスが正しいと感じていた。」(ナフム・ゴールドマン著『自伝』)

ナチスとシオニストの協力関係6

投稿者: jyonnconner 投稿日時: 2006/11/26 23:31 投稿番号: [1139 / 2525]
●イザイヤ・トランクの著書『ユーデンラート』によると、「フロイディガーが計算したところでは、『ユダヤ人評議会』の指示に従わなければ、ユダヤ人の100分の50の救出が可能だった」という。

また、バチカンがホロコーストに無関心であったとされる問題を討議する中で、米国正統アガダサ・イスラエルの機関紙『ジューイッシュ・オブザーバー』は、ユダヤ人たちの2つの相入れない路線を指摘した。

「……文書は明らかに、ユダヤ人を実際に救出する機会は何回かあったが、それは無視されるか、ときには意図的に邪魔されたということを証明している。なぜなら彼らを救出することは、形成中のイスラエル建国に最終決着をつけたいとするシオニスト指導者たちの計画にそぐわなかったからである。」

●反シオニズムのユダヤ人マーク・レインは、次のように語っている。

「ヒトラーはユダヤ人絶滅命令を一回として出してはいない。彼が部下に命じたのは追放することのみであった。そのユダヤ人追放が大量に達したとき、ヒトラーは当時のシオニズムの指導者であったハイム・ワイツマン(後の初代イスラエル大統領)にある取り引きを申し出た。ユダヤ人たちをそちらに渡す代わりにドイツへの経済援助を求めたのである。これは歴史的事実である。

しかし、ワイツマンはそれを断った。ユダヤ人たちが迫害され、あるいは殺されることによってそれがイスラエル建国のバネとなり、また戦争後のユダヤ人たちが世界にアピールしていくときのバネになると、彼ははっきり答えたのだ。」

マーク・レインによれば、このようなことは多くのユダヤ人たちの知っていることであるという。

●このシオニズムの指導者ワイツマンに対しては、ピンチャス・エリヤフというユダヤ人も著書『聖地の戦い』という本の中で批判している。

「ユダヤ・コミュニティにおいてシオニストたちは社会制度の支配権を握ろうとして多くのキャンペーンを張った。例えば第二次世界大戦中、エルサレムでは食料がなく、多くのユダヤ人たちが飢餓状態に置かれていた。そこへワイツマンが海外からの大量の食料援助を船に積んでやってきたのである。だからといってワイツマンは、飢餓状態にあるユダヤ人たちにそれを無条件に与えたのではない。彼らが宗教学校のカリキュラムから宗教色を除いてシオニズム化するならば、それを与えようという条件を出したのであった。当然、現地のユダヤ人たちは断固としてそれを拒んだ。そして、その結果、多くのユダヤ人たちが餓死したのである。多くの施設は非宗教化され、今日でもシオニストの支配下に置かれている。」

●かつてイスラエルで活躍したジャーナリストのナイム・ギラディ。彼は典型的なスファラディム(スファラディ系ユダヤ人)で、建国と同時にアラブ世界からイスラエルに移住した。しかし彼が目にしたものは、思いもつかない想像を絶するイスラエルの現状であったという。彼は見たこともないユダヤ人と称する人々(東欧系白人/アシュケナジーム)を見て大変とまどったという。

イスラエル国内ではスファラディムは二級市民に落とされているが、彼はその二級市民の代表として、イスラエルであらゆる運動を展開した。幾度も刑務所につながれたこともあったという。しかし一貫して彼は本当のユダヤ人とは何かを主張し続けた。本当のユダヤ人に対する住宅、社会生活、就職などの改善を訴え続けたのであった。

●このナイム・ギラディは『ベングリオンの犯罪』という本を書いているが、この本では、シオニスト・ユダヤ人とナチスのつながりがあらゆる証拠をもって述べられている。彼によれば、ユダヤ人がナチスによって犠牲になったことは明らかである。しかし、その犠牲になった人々は決してユダヤ人指導者たちではなかった。哀れな一般庶民としてのユダヤ人たちだったという。

彼は語る。

「いつでも歴史において犠牲になるのは特権階級ではない、金持ちでもない、指導者たちでもない、一般庶民たちなのである。」

「ナチス・ドイツの犠牲となったのは、そのような哀れむべきユダヤ人たちだった。しかしシオニスト指導者たちは、その犠牲となったユダヤ人たちの上に立って自分たちの主義主張を今に至るまで展開しているのである。言葉を換えれば、一般のユダヤ人の犠牲を利用しているといっても過言ではないだろう。」

ナチスとシオニストの協力関係6

投稿者: jyonnconner 投稿日時: 2006/11/26 23:31 投稿番号: [1139 / 2525]
●イザイヤ・トランクの著書『ユーデンラート』によると、「フロイディガーが計算したところでは、『ユダヤ人評議会』の指示に従わなければ、ユダヤ人の100分の50の救出が可能だった」という。

また、バチカンがホロコーストに無関心であったとされる問題を討議する中で、米国正統アガダサ・イスラエルの機関紙『ジューイッシュ・オブザーバー』は、ユダヤ人たちの2つの相入れない路線を指摘した。

「……文書は明らかに、ユダヤ人を実際に救出する機会は何回かあったが、それは無視されるか、ときには意図的に邪魔されたということを証明している。なぜなら彼らを救出することは、形成中のイスラエル建国に最終決着をつけたいとするシオニスト指導者たちの計画にそぐわなかったからである。」

●反シオニズムのユダヤ人マーク・レインは、次のように語っている。

「ヒトラーはユダヤ人絶滅命令を一回として出してはいない。彼が部下に命じたのは追放することのみであった。そのユダヤ人追放が大量に達したとき、ヒトラーは当時のシオニズムの指導者であったハイム・ワイツマン(後の初代イスラエル大統領)にある取り引きを申し出た。ユダヤ人たちをそちらに渡す代わりにドイツへの経済援助を求めたのである。これは歴史的事実である。

しかし、ワイツマンはそれを断った。ユダヤ人たちが迫害され、あるいは殺されることによってそれがイスラエル建国のバネとなり、また戦争後のユダヤ人たちが世界にアピールしていくときのバネになると、彼ははっきり答えたのだ。」

マーク・レインによれば、このようなことは多くのユダヤ人たちの知っていることであるという。

●このシオニズムの指導者ワイツマンに対しては、ピンチャス・エリヤフというユダヤ人も著書『聖地の戦い』という本の中で批判している。

「ユダヤ・コミュニティにおいてシオニストたちは社会制度の支配権を握ろうとして多くのキャンペーンを張った。例えば第二次世界大戦中、エルサレムでは食料がなく、多くのユダヤ人たちが飢餓状態に置かれていた。そこへワイツマンが海外からの大量の食料援助を船に積んでやってきたのである。だからといってワイツマンは、飢餓状態にあるユダヤ人たちにそれを無条件に与えたのではない。彼らが宗教学校のカリキュラムから宗教色を除いてシオニズム化するならば、それを与えようという条件を出したのであった。当然、現地のユダヤ人たちは断固としてそれを拒んだ。そして、その結果、多くのユダヤ人たちが餓死したのである。多くの施設は非宗教化され、今日でもシオニストの支配下に置かれている。」

●かつてイスラエルで活躍したジャーナリストのナイム・ギラディ。彼は典型的なスファラディム(スファラディ系ユダヤ人)で、建国と同時にアラブ世界からイスラエルに移住した。しかし彼が目にしたものは、思いもつかない想像を絶するイスラエルの現状であったという。彼は見たこともないユダヤ人と称する人々(東欧系白人/アシュケナジーム)を見て大変とまどったという。

イスラエル国内ではスファラディムは二級市民に落とされているが、彼はその二級市民の代表として、イスラエルであらゆる運動を展開した。幾度も刑務所につながれたこともあったという。しかし一貫して彼は本当のユダヤ人とは何かを主張し続けた。本当のユダヤ人に対する住宅、社会生活、就職などの改善を訴え続けたのであった。

●このナイム・ギラディは『ベングリオンの犯罪』という本を書いているが、この本では、シオニスト・ユダヤ人とナチスのつながりがあらゆる証拠をもって述べられている。彼によれば、ユダヤ人がナチスによって犠牲になったことは明らかである。しかし、その犠牲になった人々は決してユダヤ人指導者たちではなかった。哀れな一般庶民としてのユダヤ人たちだったという。

彼は語る。

「いつでも歴史において犠牲になるのは特権階級ではない、金持ちでもない、指導者たちでもない、一般庶民たちなのである。」

「ナチス・ドイツの犠牲となったのは、そのような哀れむべきユダヤ人たちだった。しかしシオニスト指導者たちは、その犠牲となったユダヤ人たちの上に立って自分たちの主義主張を今に至るまで展開しているのである。言葉を換えれば、一般のユダヤ人の犠牲を利用しているといっても過言ではないだろう。」

ナチスとシオニストの協力関係5

投稿者: jyonnconner 投稿日時: 2006/11/26 23:17 投稿番号: [1138 / 2525]
●ラビ(ユダヤ教指導者)であるモシェ・ションフェルドが、1977年に書いた『ホロコーストの犠牲者たち』も、ベン・ヘクトと同じくシオニスト指導者たちの残忍な素顔を告発するものであった。

同書によれば、当時の「ユダヤ機関」の議長だったシオニスト指導者イツァク・グリーンバウムは、東欧のユダヤ人たちを救うために金が必要になったとき、繰り返し「だめだ!」と返事したという。そして次のような言葉を口にしたという。

「我々はシオニスト活動、すなわちイスラエル国家の建設を二義的な問題に押しやるこうした風潮に抵抗すべきである。」

更に彼はこうも言ったという。
「パレスチナの1頭の乳牛は、ポーランドの全てのユダヤ人よりも価値がある。」

このイツァク・グリーンバウムの言葉は、仮にポーランドなどの東欧においてどれほど多くのユダヤ人が殺されようとも、イスラエル国家の建設の方が大切であると公言しているのである。

●ユダヤ人デイヴィッド・ウェインが、1985年に書いた『ユダヤ人の放棄』という本があるが、この本も、シオニスト・ユダヤ人たちがヨーロッパの正統派ユダヤ教徒を救う代わりに、イスラエル国家の建設に集中する決断を下したと書かれている。

彼はこの本の中で、ナチスに殺されたユダヤ人の大半は正統的な信仰を保持していた正統派ユダヤ教徒であり、ホロコーストを口実にイスラエル共和国建設を世界に認めさせたのだから、正統派ユダヤ教徒はその犠牲にされたのだと告発している。

また、ユダヤ国際金融機関が何故ヒトラーを後援したかについても書いている。シオニスト・ユダヤ人はライバルである正統派ユダヤ教徒を壊滅させ、シオニスト勢力のパレスチナ保有の熱望を世界に認めさせる機運を醸成させるように図ったというのだ。

●ユダヤ人ラビ・ウェイスマンデルのことも触れておきたい。

彼はドイツにいたラビ(ユダヤ教指導者)であった。シオニストではない。ナチス・ドイツ下にいた200万人にものぼるユダヤ人を何とか救おうとして、シオニスト機関に金を要求したのであった。

シオニスト指導者の答えは、「彼らが流す血によってこそ私たちは土地を得ることができるのである」というものであった。200万人以上のユダヤ人の血があればこそ世界から同情を得て、シオニスト国家をつくることができるという意味であった。

●しかしなおラビ・ウェイスマンデルは同胞を救うための金を要求した。そのときシオニスト機関は次のように言ったという。

「チェコスロバキアから出てくる20人のあなたの親しい友と、あなた自身の命を救うための金だ。そしてその他の残れる者たち、すなわち老若男女、乳児などの血によって、その土地は私たちのものになるのだ。」

●ラビ・ウェイスマンデルはなお多くの同胞を救いたいと心から願っていた。だが、彼はシオニストに助けを求めることは無駄であるとわかった。彼らにとってはパレスチナの土地こそが人間の命より重要だったからである。

■■■第6章:同胞を裏切ったシオニスト・ユダヤ人

■■更なる告発

●最も著名なユダヤ人の立場の擁護者としての研究と著作を発表しているユダヤ人ハンナ・アレント女史も、この問題の論争に参加している。

彼女は著書『イェルサレムのアイヒマン』の中で、ナチス当局者とシオニスト指導者たちの間に親密な結びつきがあったことに触れ、「同胞の移送に協力したユダヤ人自治組織もあれば、『同胞を売る』ことで生きながらえたユダヤ人もいた」ことを指摘した。

そして、当時その3分の2がシオニストの指導下にあった「ユダヤ人評議会」の受動性と、さらには加担の有様を示し、「ユダヤ人評議会」とナチスとの協力関係について大変厳しい判断をした。

彼女によれば、シオニスト指導者たちは、反シオニズムのユダヤ人たちやシオニズムに無関心なユダヤ人たちの信用を傷つけ、ユダヤ人の同化を防ぐためにナチスがユダヤ人をパレスチナに送り出すのを助長するため、「誇りをもって黄色いバッジをつけよう」というスローガンの採用を迫ったという。(この本の出版後、彼女はユダヤ人社会から袋叩きの目に遭わされている)。

ナチスとシオニストの協力関係4

投稿者: jyonnconner 投稿日時: 2006/11/26 23:11 投稿番号: [1137 / 2525]
●この計画を実行するに際してカストナーは、SS中佐のクルト・ベッヒャーを相棒にした。1944年6月30日、カストナーによって選ばれたユダヤ人たちは、「VIP列車」に乗ってハンガリーを脱出し無事にスイスに到着した。

このSS中佐ベッヒャーとカストナーは、その後も親密な関係を続け、ドイツが降伏した後、ベッヒャーが戦犯として逮捕されると、カストナーは「ニュルンベルク裁判」でこのナチの友人の弁護に駆けつけ、彼が人格者であることを訴えたのだった。この結果、ベッヒャーは釈放され、その後西ドイツで実業家として名を馳せることになる。

●1952年8月、エルサレムで個人新聞を発行していたハンガリー系ユダヤ人のマルキエール・グリーンワルドは、回報第52号のなかで、戦後イスラエル政府の高官となったカストナーは、大戦中にSS中佐ベッヒャーと共謀してハンガリーのユダヤ人の財産を奪った、と非難した。

更にグリーンワルドは、カストナーが所属したハンガリーのシオニスト指導部は、ナチスと取り引きを行ない、少数のユダヤ人を国外に不法出国させることと引き換えに、ハンガリーに住む数十万人のユダヤ人を強制収容所に送る手助けを行なった、と告発した。

●この告発に怒ったカストナーは、グリーンワルドを名誉毀損で訴えた。

しかし裁判の焦点はすぐに、大戦中のカストナーとアイヒマンおよびSS中佐ベッヒャーとの関係に移った。ベンヤミン・ハリーヴァイ判事は証拠説明の中で、カストナーがナチスと交渉を行なったことを、「悪魔に魂を売り渡す」行為として非難した。

イスラエルの一部のメディアによって、カストナーは「悪魔」として戯画化された。
そして次のようにカストナーを批判する人も出た。

「自分の一番身近な人々をも含めてわずかの人々を救うために、カストナーはユダヤ人を金で買い取る交渉をアイヒマンと行なうことで、ユダヤ人が何の抵抗もせずに生け贄として死に駆り立てられることに寄与をした。彼はハンガリーでナチス側と協力をして、アイヒマンと獲物を分け合って、儲けたのだ!」

●長い裁判が続いたあと、この件はイスラエルの最高裁判所に持ち込まれ、1957年1月、審理が開始された。

しかし、思わぬ展開が待ち受けていた。

1957年3月、真夜中直前、カストナーは自宅を出たところを射殺されてしまったのである。

カストナーを射殺した犯人は逮捕され投獄された。しかし、そこにもっとどす黒いものの臭いを嗅ぎ取り、カストナーの暗殺をイスラエル諜報機関が仕組んだ罠だと主張する人は少なくなかった。(後にイスラエル最高裁判所は、ナチスが罪を逃れるのに手を貸した点を除いては、カストナーを無罪とする決定を下した)。

結局、ハンガリーのシオニスト組織とアイヒマンとの間にどんな密約があったのか、当事者カストナーの口が封じられてしまった以上、その真相は歴史の闇に葬られたことになる。

●ちなみに、この事件の3年後に、南米アルゼンチンにいた
アイヒマンは拉致され、イスラエルで処刑されたのである。

■■■第5章:正統派ユダヤ教徒たちによる告発

■■同胞を裏切ったシオニスト・ユダヤ人

●ユダヤ人のベン・ヘクトが、1961年に書いた『裏切り』は、第二次世界大戦中にシオニストたちが、同胞ユダヤ人の抹殺にどれほど協力したかをあからさまに暴いたものである。

彼の証言によるとシオニストはヨーロッパの正統派ユダヤ教徒(同化主義ユダヤ人含む)を犠牲の生け贄にしたという。狂信的な「異化」論者のユダヤ人たちは、同胞である正統派ユダヤ教徒を裏切ってイスラエル共和国を建国したと告発しているのだ。

彼の主張によれば、これらシオニスト指導者たちは、前もって同胞の虐殺が行なわれる時期、方法、場所を知っていたが、犠牲者たちに警告することを拒んだ。なぜなら彼らの関心事は、ユダヤ人を1人でも多く救うことよりも、パレスチナにイスラエル国家を建設することの方に向けられていたからだという。

ベン・ヘクトは語る。
「エルサレムやロンドンやアメリカの臆病なユダヤ・ロッジのメンバーたち……これらのシオニスト指導者たちは、抗議もせず、ただ無関心に、彼らの何百万人の同胞が焼かれ、首を絞められ、吊り下げられるのをそのままにしていた。」

ナチスとシオニストの協力関係3

投稿者: jyonnconner 投稿日時: 2006/11/26 23:04 投稿番号: [1136 / 2525]
●アメリカでは「ハーヴァラ協定」に対する反対は、数十万人のユダヤ人労働者を擁する婦人服産業の労働組合で特に強かった。ユダヤ労働委員会議長バルーフ・チャーニイ・ヴラデックは、「ハーヴァラ協定」を推進する組織指導者ベルル・ロッカーと、ニューヨークで公開討論を行なった。ヴラデックはベルル・ロッカーの明らかな言い逃れによってごまかされず、攻撃をやめなかった。

ヴラデックは言った。

「諸君は今から最後の審判の日までしゃべり続ければよい。しかしそれはきわめて破廉恥な二重帳簿をつけ続けるようなものだ。誰もボイコット破りをすべきでない、しかしパレスチナのユダヤ人は別!   誰もドイツと取り引きしてはならない。しかしシオニスト機構は別!

……『ハーヴァラ協定』の主目的はドイツのユダヤ人を救うことではなく、パレスチナの様々な組織を強化することにある。パレスチナは近東のボイコット破りを公然と行なうエージェントになっている。『ハーヴァラ協定』のニュースが最初に明らかになった時、ベルル・ロッカーは『シオニスト機関はひとつとしてハーヴァラとは通じていない』と言った。

……ここから私が出せる結論はただ1つ。『ハーヴァラ協定』はユダヤ人の汚点であり世界の汚点である。」

●反シオニズムのユダヤ人で、著名な歴史研究家のレニ・ブレンナーは次のように述べている。

「『ハーヴァラ協定』がユダヤ人のたくさんの命を救ったというような言い訳は全て、事柄を真剣に検討する埒の外としておく必要がある。……1930年代に『ハーヴァラ協定』が機能していた時期には、できる限り多くのユダヤ人を助けるという観点からこの協定を弁護する者はまるでいなかった。その当時の言い訳も、富を救えるというものであって、ユダヤ人の命を救うなどというものではなかった。」

■■■第3章:ナチスはユダヤ人内部の違いを見分けていた

■■ハイドリヒのユダヤ人論

●興味深いことに、ナチスの幹部ラインハルト・ハイドリヒは、SS保安部長時代の1935年に、親衛隊の機関紙『黒服将校団』に寄せた「見えざる敵」と題する論文で、ユダヤ人内部の違いを見分ける理論を展開し、次のように書いていた。

「ユダヤ人を、シオニストと同化主義者の集団の2つのカテゴリーに分けるべきである。シオニストは率直に人種主義の信念を表明し、パレスチナへの移民による独自のユダヤ人国家建設計画を推進している。……われわれの正しい願望と、優れた公式命令には、彼らと共通するものがある。」

●また、ナチス・ドイツ内部のシオニスト組織の特権的地位については、ババリアのゲシュタポが1935年1月28日に、警察に対して出した回状がある。

「シオニスト組織のメンバーは、パレスチナへの移住を方針とする活動を行なっているので、ドイツの同化主義者のメンバーに対するのと同様な厳密さで対処してはならない。」(『1930年代のナチ法の下におけるシオニストと非シオニスト』)

■■ローゼンベルクのユダヤ人論

●ナチ党の理論的指導者として活躍したアルフレート・ローゼンベルクは、1937年に発表した論文『転換期におけるユダヤ人の足跡』の中で、「シオニズムを積極的に支援すべきである」とし、「相当数のドイツのユダヤ人を毎年パレスチナに向けて送り出すべきだ」と論じていた。

●そしてこの言葉通り、ナチスのユダヤ人「東方移送計画」の最初の目標地は、シオニスト指導者との会見の中で、すでにユダヤ人の入植が進んでいたパレスチナに定められた。

しかし、パレスチナの信託統治権を握っていたイギリスとの間で費用の問題などの話がつかなかったため、以後、フランス領だったマダガスカル島が候補に挙がったり、占領下のロシアという話になったり、まさに二転三転したのである。が、その間にも、さまざまなルートを使ったパレスチナへの移住は続いていたのであった。
(中略)
●1944年、ナチス帝国の敗色が濃厚になる中、SS長官ハインリッヒ・ヒムラーなどのナチス指導者は、ハンガリーに残るユダヤ人は、殺すよりもスイスを仲介とした西側との交渉のためのカードとして温存したほうが得策かもしれない、と考えていた。

ハンガリーの首都ブダペストでは、シオニスト組織の最高幹部であるルドルフ・カストナーとアドルフ・アイヒマンの2人が、ヒムラーと連絡をとりつつ様々な可能性を模索し、ある秘密の合意に達した。それは、カストナーが選び出したユダヤ人1685人を列車で秘密裏にスイスへ脱出させるというものだった。カストナー自身も加わって作成した乗客リストには、彼の家族、友人、シオニズム運動の長老指導者たちの名前が並んでいた。

ナチスとシオニストの協力関係3

投稿者: jyonnconner 投稿日時: 2006/11/26 23:04 投稿番号: [1136 / 2525]
●アメリカでは「ハーヴァラ協定」に対する反対は、数十万人のユダヤ人労働者を擁する婦人服産業の労働組合で特に強かった。ユダヤ労働委員会議長バルーフ・チャーニイ・ヴラデックは、「ハーヴァラ協定」を推進する組織指導者ベルル・ロッカーと、ニューヨークで公開討論を行なった。ヴラデックはベルル・ロッカーの明らかな言い逃れによってごまかされず、攻撃をやめなかった。

ヴラデックは言った。

「諸君は今から最後の審判の日までしゃべり続ければよい。しかしそれはきわめて破廉恥な二重帳簿をつけ続けるようなものだ。誰もボイコット破りをすべきでない、しかしパレスチナのユダヤ人は別!   誰もドイツと取り引きしてはならない。しかしシオニスト機構は別!

……『ハーヴァラ協定』の主目的はドイツのユダヤ人を救うことではなく、パレスチナの様々な組織を強化することにある。パレスチナは近東のボイコット破りを公然と行なうエージェントになっている。『ハーヴァラ協定』のニュースが最初に明らかになった時、ベルル・ロッカーは『シオニスト機関はひとつとしてハーヴァラとは通じていない』と言った。

……ここから私が出せる結論はただ1つ。『ハーヴァラ協定』はユダヤ人の汚点であり世界の汚点である。」

●反シオニズムのユダヤ人で、著名な歴史研究家のレニ・ブレンナーは次のように述べている。

「『ハーヴァラ協定』がユダヤ人のたくさんの命を救ったというような言い訳は全て、事柄を真剣に検討する埒の外としておく必要がある。……1930年代に『ハーヴァラ協定』が機能していた時期には、できる限り多くのユダヤ人を助けるという観点からこの協定を弁護する者はまるでいなかった。その当時の言い訳も、富を救えるというものであって、ユダヤ人の命を救うなどというものではなかった。」

■■■第3章:ナチスはユダヤ人内部の違いを見分けていた

■■ハイドリヒのユダヤ人論

●興味深いことに、ナチスの幹部ラインハルト・ハイドリヒは、SS保安部長時代の1935年に、親衛隊の機関紙『黒服将校団』に寄せた「見えざる敵」と題する論文で、ユダヤ人内部の違いを見分ける理論を展開し、次のように書いていた。

「ユダヤ人を、シオニストと同化主義者の集団の2つのカテゴリーに分けるべきである。シオニストは率直に人種主義の信念を表明し、パレスチナへの移民による独自のユダヤ人国家建設計画を推進している。……われわれの正しい願望と、優れた公式命令には、彼らと共通するものがある。」

●また、ナチス・ドイツ内部のシオニスト組織の特権的地位については、ババリアのゲシュタポが1935年1月28日に、警察に対して出した回状がある。

「シオニスト組織のメンバーは、パレスチナへの移住を方針とする活動を行なっているので、ドイツの同化主義者のメンバーに対するのと同様な厳密さで対処してはならない。」(『1930年代のナチ法の下におけるシオニストと非シオニスト』)

■■ローゼンベルクのユダヤ人論

●ナチ党の理論的指導者として活躍したアルフレート・ローゼンベルクは、1937年に発表した論文『転換期におけるユダヤ人の足跡』の中で、「シオニズムを積極的に支援すべきである」とし、「相当数のドイツのユダヤ人を毎年パレスチナに向けて送り出すべきだ」と論じていた。

●そしてこの言葉通り、ナチスのユダヤ人「東方移送計画」の最初の目標地は、シオニスト指導者との会見の中で、すでにユダヤ人の入植が進んでいたパレスチナに定められた。

しかし、パレスチナの信託統治権を握っていたイギリスとの間で費用の問題などの話がつかなかったため、以後、フランス領だったマダガスカル島が候補に挙がったり、占領下のロシアという話になったり、まさに二転三転したのである。が、その間にも、さまざまなルートを使ったパレスチナへの移住は続いていたのであった。
(中略)
●1944年、ナチス帝国の敗色が濃厚になる中、SS長官ハインリッヒ・ヒムラーなどのナチス指導者は、ハンガリーに残るユダヤ人は、殺すよりもスイスを仲介とした西側との交渉のためのカードとして温存したほうが得策かもしれない、と考えていた。

ハンガリーの首都ブダペストでは、シオニスト組織の最高幹部であるルドルフ・カストナーとアドルフ・アイヒマンの2人が、ヒムラーと連絡をとりつつ様々な可能性を模索し、ある秘密の合意に達した。それは、カストナーが選び出したユダヤ人1685人を列車で秘密裏にスイスへ脱出させるというものだった。カストナー自身も加わって作成した乗客リストには、彼の家族、友人、シオニズム運動の長老指導者たちの名前が並んでいた。

Re: いやはや誤魔化しばかりだな

投稿者: vakamin_cc100 投稿日時: 2006/11/26 22:42 投稿番号: [1135 / 2525]
まだ妄想してるよ、この糞バカは。

ナチスとシオニストの協力関係2

投稿者: jyonnconner 投稿日時: 2006/11/26 22:38 投稿番号: [1134 / 2525]
反ボイコット派の中でも最も重要な役割を果たしたのは「世界シオニスト機構(WZO)」であった。このユダヤ人組織は、ドイツ商品を購入したばかりか、それをさらに販売し、ヒトラーとその産業界の支援者のために新しい顧客まで捜しだしてやったのである。

●ヒトラーに抵抗せず、むしろヒトラーと共働しようとした「世界シオニスト機構」は、独自にドイツ政府と交渉をはじめ、1933年8月に「ハーヴァラ協定」(シオニスト=ナチ通商協定)を締結することに成功した。これはパレスチナへ移住するドイツ・ユダヤ人の資産の移転に関する協定で、双方にとって都合が良かった。ナチスは、これによってボイコット破りに成功した。

●この「ハーヴァラ協定」の締結で、ドイツ・ユダヤ人のパレスチナへの移送が始められたのであるが、移住に際して高額の呈示金を必要としたために、貧困層のユダヤ人移住は進まなかった。「ハーヴァラ協定」そのものは1939年9月の大戦勃発まで維持され、ドイツからパレスチナへのユダヤ人の国外移送は1941年まで続けられた。

●「ハーヴァラ協定」によって「世界シオニスト機構」はおいしい蜜を吸った。「世界シオニスト機構」のドイツ支部は、ナチスの支配下で唯一のユダヤ人組織として機関紙発行を許され、当局との交渉権を握り、急速に成長した。第二次世界大戦が勃発する2ヵ月前の1939年7月はじめには、シオニスト組織を含む全てのドイツ・ユダヤ人組織が、ナチスの御用機関「帝国ユダヤ人同盟」にまとめられたのであった。

この間、シオニスト=ナチ交易関係は他の領域でも発展し続けた。「世界シオニスト機構」は、1936年にはイギリスで、ナチス・ドイツの商品を売り始めた。1937年にはカギ十字の旗の下、20万個の梱包されたオレンジがドイツに運ばれ、更に150万個が北海沿岸の低地諸国に送られた。

エジプト・レバノン・シリア・イラクにおいてはドイツのための新規顧客の袖を引くようになった。ベルギー・オランダ向けオレンジ輸出は、最後にはナチスの船を使用するまでになった。

●東京大学名誉教授で中東現代史専攻の板垣雄三教授は次のように述べている。

「シオニスト・ユダヤ人により設立された『パレスチナ船舶会社』は、ドイツ客船を購入して『テル・アヴィヴ号』と改称し、船長はナチ党員、船尾には船名のヘブライ文字、マストにはナチスの鉤十字を掲げて、1935年ブレーマーハーフェン・ハイファ間に就航し、移民の輸送にあたった。   〈中略〉   1919年パレスチナのユダヤ教徒の人口は住民の9%だったが、1939年には、パレスチナの『ユダヤ人』の人口は全体の30%を占め、イシューヴ(パレスチナ・ユダヤ人社会)の自立的経済が成立するに至った。1933年を転換点として、中・東欧からの『ユダヤ人』入植者が激増したからである。ナチズムなしにはイスラエル国家の誕生はありえなかった、ともいえるであろう。」

●また、『アウシュヴィッツ/判事の証拠調べ』では、次のような驚くべき事実が紹介されている。

「1944年という遅い時期に至ってさえ、ドイツ海軍の援護の下に数隻の船がルーマニアから黒海をぬけて、ユダヤ人移住者を運んでいた。」
(中略)
●当時シオニスト執行部の1人で、その後1939年にイギリス・ユダヤ人議員委員会総裁となったセリグ・プロデツキーは、「ハーヴァラ協定」のせいで世界の人々がシオニストたちを蔑んだと非難した。

また、1933年8月、ユダヤ教指導者のアッバ・ヒレル・シルヴァーは「ハーヴァラ協定」に関して次のような不満を述べた。

「迫害されているドイツ・ユダヤ人のために正義を要求せず、ヒトラーとビジネスの交渉をするというパレスチナ・ユダヤ人(WZO関係者)の発想そのものが何故でてくるのか、まるで分からない。全ては破産セールの問題であり、またパレスチナ・ユダヤ人がつとめて努力しているのも、自分たちにとっての掘り出し物を少しでも拾い出そう、そういう考えなのであろう。」


●同じくユダヤ教指導者のワイズも、「ハーヴァラ協定」について不満を述べていた。「理由が何であれナチ政府と商協定を結ぶ企てを持つユダヤ人」に対して嫌悪感を表明していた。また、パレスチナの土地が他のユダヤ人の要求よりも遥かに重要になっているとして、「世界シオニスト機構」の腐敗を嘆いていた。

パレスチナとナチ

投稿者: shibh_jazirat_sina 投稿日時: 2006/11/26 22:34 投稿番号: [1133 / 2525]
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=GN&action=m&board=1834682&tid=4hda5a4la5qa5la59a5aa5ja1aaa1jbh a32hga1k&sid=1834682&mid=215

Amin Al Husseini with one of his Nazi Muslim Troops - 1943 Hanzar SS Division.

Amin Al Husseini meets Heinrich Himmler, Head of Nazi SS.

Amin Al Husseini spends WWII by Hitler's side.
http://www.tellthechildrenthetruth.com/gallery/

▲単細胞「馬鹿の壁」が1年以上も前に使ったネタを再び使ったので、こちらもアドベンさんが投稿したネタを穿り返そう。こいつは有名だろう。「ユダヤ人をぶっ殺してやるニダ」と息巻いて、絶滅収容所建設の夢も描いていたキチガイである。シオニストにもナチの友人がいたのだろうが、パレスチナ人にもナチの友人がいたのである。

まあ、そういったら、「馬鹿の壁」は逆切れするだろうな。こいつ、異論が出てきただけで脳回線がショートするから。なぜなら、自分の思い描く秩序を壊されたくないから。要するに臆病だから。「馬鹿の壁」、劣化コピペマンのようなスターリンタイプは実は卑屈なほど臆病者である。臆病だから、異論者に異常なほどの恐怖をおぼえる。だから、自分の秩序を守るため、何をしでかすか分からないのである。行き着く先は国民総監視と収容所国家、大量虐殺が相場だが。まあ、掲示板ならば害はないけどね。

パレスチナとナチ

投稿者: shibh_jazirat_sina 投稿日時: 2006/11/26 22:34 投稿番号: [1133 / 2525]
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=GN&action=m&board=1834682&tid=4hda5a4la5qa5la59a5aa5ja1aaa1jbh a32hga1k&sid=1834682&mid=215

Amin Al Husseini with one of his Nazi Muslim Troops - 1943 Hanzar SS Division.

Amin Al Husseini meets Heinrich Himmler, Head of Nazi SS.

Amin Al Husseini spends WWII by Hitler's side.
http://www.tellthechildrenthetruth.com/gallery/

▲単細胞「馬鹿の壁」が1年以上も前に使ったネタを再び使ったので、こちらもアドベンさんが投稿したネタを穿り返そう。こいつは有名だろう。「ユダヤ人をぶっ殺してやるニダ」と息巻いて、絶滅収容所建設の夢も描いていたキチガイである。シオニストにもナチの友人がいたのだろうが、パレスチナ人にもナチの友人がいたのである。

まあ、そういったら、「馬鹿の壁」は逆切れするだろうな。こいつ、異論が出てきただけで脳回線がショートするから。なぜなら、自分の思い描く秩序を壊されたくないから。要するに臆病だから。「馬鹿の壁」、劣化コピペマンのようなスターリンタイプは実は卑屈なほど臆病者である。臆病だから、異論者に異常なほどの恐怖をおぼえる。だから、自分の秩序を守るため、何をしでかすか分からないのである。行き着く先は国民総監視と収容所国家、大量虐殺が相場だが。まあ、掲示板ならば害はないけどね。

ナチスとシオニストの協力関係1

投稿者: jyonnconner 投稿日時: 2006/11/26 22:27 投稿番号: [1132 / 2525]
http://inri.client.jp/hexagon/floorA6F_hd/a6fhd300.html#01

(前略)
もともと、シオニストとナチスは「ウルトラ民族主義」と「暴力的手段の行使」の2つの主要な柱で一致している。一連のホロコースト疑惑騒動の中で、シオニスト勢力が最も触れられたくない部分は、ナチス高官とシオニスト組織の上層部が水面下で手を結んでいた、あるいは「共生関係」にあったという奇妙な構造があったという事実である。

例えば、次のような事柄はあまり公にされない。

●今や世界中からユダヤ人虐殺の頭目のように見なされているアドルフ・アイヒマン。彼は1935年頃、SSの公安部(SD)のユダヤ人問題担当官に就任したばかりの頃、上司の勧めでシオニズムの父テオドール・ヘルツルが書いた『ユダヤ人国家』を読み、シオニズムに心酔していた。

そして、1937年2月に彼は、パレスチナのシオニスト組織「ハガナ」の司令官ベングリオンとベルリンで会談。この時に2人は合意に達し、アイヒマンは書面で「ドイツのユダヤ人を代表する組織は、ドイツを去るユダヤ人がパレスチナにのみ移住するように圧力をかけるものとする」と約束していたのである。

また同年、アイヒマンはパレスチナに招待されており、彼の帰途の報告によると、「シオニスト・ユダヤ人たちは、ドイツのユダヤ政策に非常に喜んでいる。その理由は、それによってパレスチナのユダヤ人口を数倍に増大させたから」であった。ゲシュタポとパレスチナのユダヤ人(シオニスト)の協力関係は、アイヒマンの努力によって緊密になったのである。

●このアイヒマンは敗戦とともに南米へ逃亡したが、イスラエルによって不法に拉致され、口封じのため、名目上「死刑判決」によって殺害された。

アイヒマンは裁判中、次のように反論したことで知られている。

「自分はナチスという巨大な組織の中の一員にすぎず、すべて上司の命令を忠実に守っただけである」

「我々(ナチス)が欧州からあなたたち(ユダヤ人)を追い出さなかったら、あなたたちの国(イスラエル)はここには作られなかった」
(中略)
●ドイツ・シオニズム運動の指導者のひとり、ヴェルナー・ゼナートアは、かつて次のように述べていた。「シオニズム運動は活動している国の政治に溶け込むものだ」と。ヒトラー政権誕生当時、このドイツ・シオニスト連合の目標は、若い世代のユダヤ人がパレスチナへ出国できるようナチスに支援させるというものであった。

●ドイツ・シオニスト連合の執行部のひとりクルト・トゥーフラーは、ナチス親衛隊のフォン・ミルデンシュタインに接触して、ナチスの機関紙に親シオニズム的な論稿を書いてもらうよう説得した。ミルデンシュタインは、パレスチナへ旅する条件に同意し、ヒトラー政権誕生から2ヶ月後に2人はそれぞれ夫人を同伴してパレスチナへ向かった。帰国して論稿を書くまでの6ヶ月間、ミルデンシュタインはパレスチナに滞在した。

●ミルデンシュタインが6ヶ月間のパレスチナ訪問を終えてドイツに帰ってきたときには熱烈なシオニスト・シンパになっていた。SSの公安部のユダヤ人問題課の課長として、このミルデンシュタインは今やヘブライ語を学び始め、ヘブライ語のレコードを収集しはじめた。

ミルデンシュタインは約束を守る男であった。パレスチナの入植地で見聞したことすべてを好意的に書いて紹介しただけでなく、ゲッベルスを説得してナチスの機関紙『アングリフ』にも堂々12回にわたる報告シリーズを掲載させた。このミルデンシュタインの旅を記念して、ゲッベルスは表がカギ十字、裏がシオニストの星というメダルを作らせた。
(中略)
●世界中のユダヤ人グループや反ファシズム団体は、ナチスに対抗するためにドイツ製品の「ボイコット運動」を計画していた。しかし、シオニスト・ユダヤ人の中にはボイコット運動に反対する者も多くいたため、ほとんど成功しなかった。

反ボイコット派の中でも最も重要な役割を果たしたのは「世界シオニスト機構(WZO)」であった。このユダヤ人組織は、ドイツ商品を購入したばかりか、それをさらに販売し、ヒトラーとその産業界の支援者のために新しい顧客まで捜しだしてやったのである。
●世界中のユダヤ人グループや反ファシズム団体は、ナチスに対抗するためにドイツ製品の「ボイコット運動」を計画していた。しかし、シオニスト・ユダヤ人の中にはボイコット運動に反対する者も多くいたため、ほとんど成功しなかった。

Re: いやはや誤魔化しばかりだな

投稿者: evangelical_knight 投稿日時: 2006/11/26 22:19 投稿番号: [1131 / 2525]
うろたえた結果が無意味な自爆テロであり、民間人を盾にとっての逃避。

Re: いやはや誤魔化しばかりだな

投稿者: vakamin_cc100 投稿日時: 2006/11/26 22:00 投稿番号: [1130 / 2525]
小心者なんだな。その程度でうろたえるな。

Re: いやはや誤魔化しばかりだな

投稿者: evangelical_knight 投稿日時: 2006/11/26 21:46 投稿番号: [1129 / 2525]
妄想だけならいいだんが、イスラエルの脅威は現実なんだがね。

Re: いやはや誤魔化しばかりだな

投稿者: vakamin_cc100 投稿日時: 2006/11/26 21:31 投稿番号: [1128 / 2525]
だから、思考停止して妄想ばかりしているんだね。

Re: ナチスの友人

投稿者: evangelical_knight 投稿日時: 2006/11/26 21:11 投稿番号: [1127 / 2525]
シオニストに頼まれて、ハイ、やります、というほどナチは甘くはないが。

Re: いやはや誤魔化しばかりだな

投稿者: evangelical_knight 投稿日時: 2006/11/26 21:09 投稿番号: [1126 / 2525]
だから、思考停止して自爆ばかりしているんだね。

Re: 限りなき愚かなjy君

投稿者: adventureoftheultraworld 投稿日時: 2006/11/26 21:01 投稿番号: [1125 / 2525]
>ただただひたすら害あって益なしの攻撃を続けて自らの不幸を招いているだけだ。


上の好例。
ガザ停戦:イスラエルとパレスチナが合意
  イスラエル首相府は26日未明、イスラエル軍とパレスチナ武装勢力がガザ地区での戦闘を同日朝に停止することで、オルメルト首相とパレスチナ自治政府のアッバス議長が合意したと発表した。
  イスラエル軍は6月にイスラム原理主義組織ハマスなどによる兵士拉致事件が起きてから、ガザ地区で空爆や部分侵攻などの作戦を続けており、戦闘が停止すれば約5カ月ぶりとなる。停戦が持続すれば、拉致兵士の解放や両者の首脳会談実現に向けた協議に好影響を与えそうだ。
http://www.mainichi-msn.co.jp/kokusai/mideast/news/20061126k0000e030005000c.html

で、その停戦開始2時間後にもうカッサム(笑)。

イスラム聖戦は「ガザだけの停戦という今回の停戦合意は認めない」んだってさ。だったら停戦「合意」するなよ。あわててアッバスが停戦遵守の指示をした模様。
オルマートは「しばらく我慢する」とか言ってるけど、時間の問題じゃないか?
http://www.haaretz.com/hasen/spages/792512.html
PM: We'll show 'patience and restraint' after truce violations

Re: ナチスの友人

投稿者: htdwt505 投稿日時: 2006/11/26 20:53 投稿番号: [1124 / 2525]
>一部の過激派シオニストが自分ら利益のためにナチスドイツに近寄って交渉を計った事実はあったが、シオニストとナチスが協力関係にあったという事実はない。

一部の過激派シオニストの親分?アブラハム・シュテルンは、イスラエルによって建国運動の英雄として称えられ記念切手も発行されている。
http://ameblo.jp/yosuke-naito/theme-10000542514.html

Re: ナチスの友人

投稿者: htdwt505 投稿日時: 2006/11/26 20:27 投稿番号: [1123 / 2525]
>ナチスの目的はヨーロッパからユダヤ人を一掃することだから、シオニストと利害が一致しても不思議ではない。

普通の人間は当然そう思うよね。シオニストがナチスにパレスチナへ移住しないユダヤ人の処分を頼んだ、なんて事は考えられないかい?
そんな事があってもおかしくはないよね。

Re: いやはや誤魔化しばかりだな

投稿者: vakamin_cc100 投稿日時: 2006/11/26 20:25 投稿番号: [1122 / 2525]
小心者なんだな。
その程度でうろたえるな。

Re: ナチスの友人

投稿者: oxnardnokakashi 投稿日時: 2006/11/26 20:01 投稿番号: [1121 / 2525]
スターンギャングのメンバーは100人にもみたらず、シオニストの過激派で、シオニスト代表といえるような団体ではなかった。何にしろスターンギャングはナチスドイツに協力することでイギリスをマンデートから追い出してもらうという交渉をしていたが、結局その話はまとまらなかった。だからこれだけを持ってしてシオニストがナチスの友人とするのはあまりにも根拠が希薄だね。

それにひきかえ、エジプトで生まれたモスレムブラザーフッドとナチスの関係はもっと密着したものだ。なにしろ彼等はエジプトにおいて英米を相手に戦うと約束している。このなかでパレスチナを代表していたアラビアのナチ、グランドマフティはかなり有名。なにせ彼の指揮する部隊はナチスドイツ軍の一部だったんだからね。その彼はドイツへわたりイスラム教徒の兵士を勧誘したりしている。またSS軍のイスラム教徒部隊はクロエチアを本拠にしていた。

つまり、一部の過激派シオニストが自分ら利益のためにナチスドイツに近寄って交渉を計った事実はあったが、シオニストとナチスが協力関係にあったという事実はない。

それにくらべナチスドイツ軍にはイスラム教徒を主体とした部隊がヨーロッパやエジプトに存在していた。アラブ軍はナチス軍の一部だったということだ。

こういえばどちらのグループがナチスと同盟を結んでいたか明らかなはずだ。これは歴史的事実だからあえてリンクなどつけない。私のいってることが嘘だと思うひとはご自分でお調べるになることだ。
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