ナチスとシオニストの協力関係4
投稿者: jyonnconner 投稿日時: 2006/11/26 23:11 投稿番号: [1137 / 2525]
●この計画を実行するに際してカストナーは、SS中佐のクルト・ベッヒャーを相棒にした。1944年6月30日、カストナーによって選ばれたユダヤ人たちは、「VIP列車」に乗ってハンガリーを脱出し無事にスイスに到着した。
このSS中佐ベッヒャーとカストナーは、その後も親密な関係を続け、ドイツが降伏した後、ベッヒャーが戦犯として逮捕されると、カストナーは「ニュルンベルク裁判」でこのナチの友人の弁護に駆けつけ、彼が人格者であることを訴えたのだった。この結果、ベッヒャーは釈放され、その後西ドイツで実業家として名を馳せることになる。
●1952年8月、エルサレムで個人新聞を発行していたハンガリー系ユダヤ人のマルキエール・グリーンワルドは、回報第52号のなかで、戦後イスラエル政府の高官となったカストナーは、大戦中にSS中佐ベッヒャーと共謀してハンガリーのユダヤ人の財産を奪った、と非難した。
更にグリーンワルドは、カストナーが所属したハンガリーのシオニスト指導部は、ナチスと取り引きを行ない、少数のユダヤ人を国外に不法出国させることと引き換えに、ハンガリーに住む数十万人のユダヤ人を強制収容所に送る手助けを行なった、と告発した。
●この告発に怒ったカストナーは、グリーンワルドを名誉毀損で訴えた。
しかし裁判の焦点はすぐに、大戦中のカストナーとアイヒマンおよびSS中佐ベッヒャーとの関係に移った。ベンヤミン・ハリーヴァイ判事は証拠説明の中で、カストナーがナチスと交渉を行なったことを、「悪魔に魂を売り渡す」行為として非難した。
イスラエルの一部のメディアによって、カストナーは「悪魔」として戯画化された。
そして次のようにカストナーを批判する人も出た。
「自分の一番身近な人々をも含めてわずかの人々を救うために、カストナーはユダヤ人を金で買い取る交渉をアイヒマンと行なうことで、ユダヤ人が何の抵抗もせずに生け贄として死に駆り立てられることに寄与をした。彼はハンガリーでナチス側と協力をして、アイヒマンと獲物を分け合って、儲けたのだ!」
●長い裁判が続いたあと、この件はイスラエルの最高裁判所に持ち込まれ、1957年1月、審理が開始された。
しかし、思わぬ展開が待ち受けていた。
1957年3月、真夜中直前、カストナーは自宅を出たところを射殺されてしまったのである。
カストナーを射殺した犯人は逮捕され投獄された。しかし、そこにもっとどす黒いものの臭いを嗅ぎ取り、カストナーの暗殺をイスラエル諜報機関が仕組んだ罠だと主張する人は少なくなかった。(後にイスラエル最高裁判所は、ナチスが罪を逃れるのに手を貸した点を除いては、カストナーを無罪とする決定を下した)。
結局、ハンガリーのシオニスト組織とアイヒマンとの間にどんな密約があったのか、当事者カストナーの口が封じられてしまった以上、その真相は歴史の闇に葬られたことになる。
●ちなみに、この事件の3年後に、南米アルゼンチンにいた
アイヒマンは拉致され、イスラエルで処刑されたのである。
■■■第5章:正統派ユダヤ教徒たちによる告発
■■同胞を裏切ったシオニスト・ユダヤ人
●ユダヤ人のベン・ヘクトが、1961年に書いた『裏切り』は、第二次世界大戦中にシオニストたちが、同胞ユダヤ人の抹殺にどれほど協力したかをあからさまに暴いたものである。
彼の証言によるとシオニストはヨーロッパの正統派ユダヤ教徒(同化主義ユダヤ人含む)を犠牲の生け贄にしたという。狂信的な「異化」論者のユダヤ人たちは、同胞である正統派ユダヤ教徒を裏切ってイスラエル共和国を建国したと告発しているのだ。
彼の主張によれば、これらシオニスト指導者たちは、前もって同胞の虐殺が行なわれる時期、方法、場所を知っていたが、犠牲者たちに警告することを拒んだ。なぜなら彼らの関心事は、ユダヤ人を1人でも多く救うことよりも、パレスチナにイスラエル国家を建設することの方に向けられていたからだという。
ベン・ヘクトは語る。
「エルサレムやロンドンやアメリカの臆病なユダヤ・ロッジのメンバーたち……これらのシオニスト指導者たちは、抗議もせず、ただ無関心に、彼らの何百万人の同胞が焼かれ、首を絞められ、吊り下げられるのをそのままにしていた。」
このSS中佐ベッヒャーとカストナーは、その後も親密な関係を続け、ドイツが降伏した後、ベッヒャーが戦犯として逮捕されると、カストナーは「ニュルンベルク裁判」でこのナチの友人の弁護に駆けつけ、彼が人格者であることを訴えたのだった。この結果、ベッヒャーは釈放され、その後西ドイツで実業家として名を馳せることになる。
●1952年8月、エルサレムで個人新聞を発行していたハンガリー系ユダヤ人のマルキエール・グリーンワルドは、回報第52号のなかで、戦後イスラエル政府の高官となったカストナーは、大戦中にSS中佐ベッヒャーと共謀してハンガリーのユダヤ人の財産を奪った、と非難した。
更にグリーンワルドは、カストナーが所属したハンガリーのシオニスト指導部は、ナチスと取り引きを行ない、少数のユダヤ人を国外に不法出国させることと引き換えに、ハンガリーに住む数十万人のユダヤ人を強制収容所に送る手助けを行なった、と告発した。
●この告発に怒ったカストナーは、グリーンワルドを名誉毀損で訴えた。
しかし裁判の焦点はすぐに、大戦中のカストナーとアイヒマンおよびSS中佐ベッヒャーとの関係に移った。ベンヤミン・ハリーヴァイ判事は証拠説明の中で、カストナーがナチスと交渉を行なったことを、「悪魔に魂を売り渡す」行為として非難した。
イスラエルの一部のメディアによって、カストナーは「悪魔」として戯画化された。
そして次のようにカストナーを批判する人も出た。
「自分の一番身近な人々をも含めてわずかの人々を救うために、カストナーはユダヤ人を金で買い取る交渉をアイヒマンと行なうことで、ユダヤ人が何の抵抗もせずに生け贄として死に駆り立てられることに寄与をした。彼はハンガリーでナチス側と協力をして、アイヒマンと獲物を分け合って、儲けたのだ!」
●長い裁判が続いたあと、この件はイスラエルの最高裁判所に持ち込まれ、1957年1月、審理が開始された。
しかし、思わぬ展開が待ち受けていた。
1957年3月、真夜中直前、カストナーは自宅を出たところを射殺されてしまったのである。
カストナーを射殺した犯人は逮捕され投獄された。しかし、そこにもっとどす黒いものの臭いを嗅ぎ取り、カストナーの暗殺をイスラエル諜報機関が仕組んだ罠だと主張する人は少なくなかった。(後にイスラエル最高裁判所は、ナチスが罪を逃れるのに手を貸した点を除いては、カストナーを無罪とする決定を下した)。
結局、ハンガリーのシオニスト組織とアイヒマンとの間にどんな密約があったのか、当事者カストナーの口が封じられてしまった以上、その真相は歴史の闇に葬られたことになる。
●ちなみに、この事件の3年後に、南米アルゼンチンにいた
アイヒマンは拉致され、イスラエルで処刑されたのである。
■■■第5章:正統派ユダヤ教徒たちによる告発
■■同胞を裏切ったシオニスト・ユダヤ人
●ユダヤ人のベン・ヘクトが、1961年に書いた『裏切り』は、第二次世界大戦中にシオニストたちが、同胞ユダヤ人の抹殺にどれほど協力したかをあからさまに暴いたものである。
彼の証言によるとシオニストはヨーロッパの正統派ユダヤ教徒(同化主義ユダヤ人含む)を犠牲の生け贄にしたという。狂信的な「異化」論者のユダヤ人たちは、同胞である正統派ユダヤ教徒を裏切ってイスラエル共和国を建国したと告発しているのだ。
彼の主張によれば、これらシオニスト指導者たちは、前もって同胞の虐殺が行なわれる時期、方法、場所を知っていたが、犠牲者たちに警告することを拒んだ。なぜなら彼らの関心事は、ユダヤ人を1人でも多く救うことよりも、パレスチナにイスラエル国家を建設することの方に向けられていたからだという。
ベン・ヘクトは語る。
「エルサレムやロンドンやアメリカの臆病なユダヤ・ロッジのメンバーたち……これらのシオニスト指導者たちは、抗議もせず、ただ無関心に、彼らの何百万人の同胞が焼かれ、首を絞められ、吊り下げられるのをそのままにしていた。」
これは メッセージ 1136 (jyonnconner さん)への返信です.
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