ナチスとシオニストの協力関係7
投稿者: jyonnconner 投稿日時: 2006/11/26 23:40 投稿番号: [1140 / 2525]
●戦後南米に逃亡した元ナチスの高官は、シオニスト・ユダヤ人について次のように語っている。参考までに。
「アイヒマンはシオニスト・ユダヤ人について知りすぎていた男だった。ヒトラーはユダヤ問題解決のため、アメリカやイギリスと極秘のうちに話し合いを進めていた。その時の連絡係を果たしたのがアイヒマンだった。役目上彼は国際ユダヤ組織のトップたちと何度となく話し合っている。そして彼らの考えを克明に記録に残したのだ。
アイヒマンは彼らに対して、もしアメリカもイギリスもユダヤ国家建設に協力しないなら、ドイツとしては彼らを隔離するために収容所に入れざるをえないだろうとまで言った。すると彼らは反対するどころか、大賛成の意を表明したのだ。さすがにアイヒマンもこれにはビックリしていた。彼らのうちの誰が何を言ったかまでアイヒマンは記録していた。」
「アイヒマンはシオニスト・ユダヤ人の実態について、いつかは記録に残しておくとたびたび語っていた。南米での逃亡生活中、サッスンというオランダ人の元SSとインタビューした時に、アイヒマンの言葉はテープに記録された。アイヒマンも馬鹿なことをしたものだ。あんなインタビューなど決してするべきではなかった。あの裏切り者サッスンの甘言に乗せられてしまったのだ。サッスンはそのテープをイスラエル側に1万ドルで売り渡した。たったの1万ドルとは彼の命も安く見られたものだ。あのテープを聞いてユダヤ人はビックリしたに違いない。シオニストの秘密が逐一語られていたのだから。」
■■■第7章:シオニスト組織の最高幹部たちの衝撃的な発言
■■国家の建設(シオニズム)はすべてに優先する
●シオニスト組織の最高幹部たち自身の口からも、衝撃的な発言が出ている。
イスラエル国家の最初の指導者、ベングリオンは、1938年12月7日に、シオニストの労働党指導者たちを前にして、つぎのように率直に公言している。
「もしも、ドイツにいる子供(ユダヤ同胞)をイギリスに連れて行けば全部救うことができるとしよう。一方、エレツ・イスラエル(パレスチナの地)に移住させたなら、その半分しか救えないと分かっているとしよう。この場合、どちらかを選べといわれるならば、私は後者の方法を選ぶ。なぜなら、われわれは、その子供たちの命だけでなく、それ以上にイスラエル民族の歴史をも勘定に入れなければならないからだ。」(『シオニストの政策とヨーロッパのユダヤ人の運命』)
「ヨーロッパのユダヤ人の救出では、指導的階級の優先権にもとづくリストを念頭に置くのではなくて、国家の建設を最大の目的として見定めなくてはならない。」(『第七番目の百万人』)
「……各自の特色を見分けもせずに、希望する者は誰でも助けるべきなのか? われわれは、この活動にシオニストの国家主義の特色を与え、『イスラエルの領土』またはユダヤ主義に役立つ者の優先的な救出を試みるべきではないのか? このような形の設問が残酷に見えることは分かっている。だが、われわれは不幸なことに、明確な基準を確立しなければならない。
国家建設と民族の再生に貢献し得る5万人の内の1万人か、それとも、われわれにとって負担となる100万人以上のユダヤ人を救うことができるとした場合、われわれは前者の1万人に限って救うべきだ。勘定外として残される100万人が、いかに非難をし、訴えようとも、われわれは、そうしなければならない。」(『ユダヤ機関の「救出委員会」覚書き』1943年度)
●このベングリオンの発言から、シオニストの基本的な目的は、ユダヤ人の命を可能な限り大量に救うことではなくて、多くの犠牲を強いながらパレスチナにユダヤ人国家を創設することにあったことがわかる。
●「世界シオニスト機構」議長と「ユダヤ人評議会」議長を務めたナフム・ゴールドマンは、著書『自伝』の中で、チェコの外務大臣、エドゥアルト・ベネスと1935年に会った際に、ベネスから非難を受けた経過を、ドラマチックに語っている。
その際、ベネスが非難したのは、シオニストが移送協定(ハーヴァラ協定)でヒトラーヘのボイコットを破ったことと、「世界シオニスト機構」がナチズムに対する抵抗運動の組織化を断ったことに関してである。
「私の人生には、辛い会談に参加した経験も数多いが、あの2時間ほどに不幸で不名誉に感じたことはない。私は全身のすべての神経で、ベネスが正しいと感じていた。」(ナフム・ゴールドマン著『自伝』)
「アイヒマンはシオニスト・ユダヤ人について知りすぎていた男だった。ヒトラーはユダヤ問題解決のため、アメリカやイギリスと極秘のうちに話し合いを進めていた。その時の連絡係を果たしたのがアイヒマンだった。役目上彼は国際ユダヤ組織のトップたちと何度となく話し合っている。そして彼らの考えを克明に記録に残したのだ。
アイヒマンは彼らに対して、もしアメリカもイギリスもユダヤ国家建設に協力しないなら、ドイツとしては彼らを隔離するために収容所に入れざるをえないだろうとまで言った。すると彼らは反対するどころか、大賛成の意を表明したのだ。さすがにアイヒマンもこれにはビックリしていた。彼らのうちの誰が何を言ったかまでアイヒマンは記録していた。」
「アイヒマンはシオニスト・ユダヤ人の実態について、いつかは記録に残しておくとたびたび語っていた。南米での逃亡生活中、サッスンというオランダ人の元SSとインタビューした時に、アイヒマンの言葉はテープに記録された。アイヒマンも馬鹿なことをしたものだ。あんなインタビューなど決してするべきではなかった。あの裏切り者サッスンの甘言に乗せられてしまったのだ。サッスンはそのテープをイスラエル側に1万ドルで売り渡した。たったの1万ドルとは彼の命も安く見られたものだ。あのテープを聞いてユダヤ人はビックリしたに違いない。シオニストの秘密が逐一語られていたのだから。」
■■■第7章:シオニスト組織の最高幹部たちの衝撃的な発言
■■国家の建設(シオニズム)はすべてに優先する
●シオニスト組織の最高幹部たち自身の口からも、衝撃的な発言が出ている。
イスラエル国家の最初の指導者、ベングリオンは、1938年12月7日に、シオニストの労働党指導者たちを前にして、つぎのように率直に公言している。
「もしも、ドイツにいる子供(ユダヤ同胞)をイギリスに連れて行けば全部救うことができるとしよう。一方、エレツ・イスラエル(パレスチナの地)に移住させたなら、その半分しか救えないと分かっているとしよう。この場合、どちらかを選べといわれるならば、私は後者の方法を選ぶ。なぜなら、われわれは、その子供たちの命だけでなく、それ以上にイスラエル民族の歴史をも勘定に入れなければならないからだ。」(『シオニストの政策とヨーロッパのユダヤ人の運命』)
「ヨーロッパのユダヤ人の救出では、指導的階級の優先権にもとづくリストを念頭に置くのではなくて、国家の建設を最大の目的として見定めなくてはならない。」(『第七番目の百万人』)
「……各自の特色を見分けもせずに、希望する者は誰でも助けるべきなのか? われわれは、この活動にシオニストの国家主義の特色を与え、『イスラエルの領土』またはユダヤ主義に役立つ者の優先的な救出を試みるべきではないのか? このような形の設問が残酷に見えることは分かっている。だが、われわれは不幸なことに、明確な基準を確立しなければならない。
国家建設と民族の再生に貢献し得る5万人の内の1万人か、それとも、われわれにとって負担となる100万人以上のユダヤ人を救うことができるとした場合、われわれは前者の1万人に限って救うべきだ。勘定外として残される100万人が、いかに非難をし、訴えようとも、われわれは、そうしなければならない。」(『ユダヤ機関の「救出委員会」覚書き』1943年度)
●このベングリオンの発言から、シオニストの基本的な目的は、ユダヤ人の命を可能な限り大量に救うことではなくて、多くの犠牲を強いながらパレスチナにユダヤ人国家を創設することにあったことがわかる。
●「世界シオニスト機構」議長と「ユダヤ人評議会」議長を務めたナフム・ゴールドマンは、著書『自伝』の中で、チェコの外務大臣、エドゥアルト・ベネスと1935年に会った際に、ベネスから非難を受けた経過を、ドラマチックに語っている。
その際、ベネスが非難したのは、シオニストが移送協定(ハーヴァラ協定)でヒトラーヘのボイコットを破ったことと、「世界シオニスト機構」がナチズムに対する抵抗運動の組織化を断ったことに関してである。
「私の人生には、辛い会談に参加した経験も数多いが、あの2時間ほどに不幸で不名誉に感じたことはない。私は全身のすべての神経で、ベネスが正しいと感じていた。」(ナフム・ゴールドマン著『自伝』)
これは メッセージ 1139 (jyonnconner さん)への返信です.
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