頑張れパレスチナ!(第2版)

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ナチスとシオニストの協力関係11

投稿者: jyonnconner 投稿日時: 2006/11/27 00:29 投稿番号: [1146 / 2525]
●また、彼女は、次のように述べている。

「……1981年10月13日、1000人を超える出席者と、100人ものジャーナリストが集まる会場で、私はアラファト議長と握手し、その後このシーンはテレビや新聞で流れた。この日の出来事は私の生涯で感動的な瞬間だった。

しかし私の踏み越えた世界は、単にドイッチャーの言う『非ユダヤ的ユダヤ人』とか『ユダヤ人村の境界を越えた者』以上にタブーの世界であることは、私は心得ておかねばならなかった。イスラエルにとっては、私は『魂を売り渡した裏切り者』ということになるのだから。

しかし私は誰にも魂は売っていない。私は一人の人間として自立を求め、私を束縛してきた全てのものから解放されたいと思った。そしてその過程で、それまで見えなかったものが見えてきた。そして私は自分一人の責任で自分の行動を決定し、YESとかNOとか言ったまでだ。

そしてまた、私は600万人の犠牲者を裏切ったという非難も受け付けることはできない。その反対なのだ。ホロコーストに消えた人々を汚して裏切ったのは、現在のイスラエルの指導者の方ではないか、と私は思うのだ。」
(中略)
●このユダヤ人のサイトをご覧になれば分かるように、シオニズムとユダヤ思想は別物であり、「反シオニズム=反ユダヤ主義」ではないのだ。このユダヤ・グループ以外にも、シオニズムを批判しているユダヤ人は多く存在している。

●このサイトの内容を見ると、「シオニストはナチスと協力して、ユダヤ人に損害を与えた」と書かれてある。当時、ドイツとイギリスの外交交渉で、ユダヤ人はパレスチナ以外の「イギリス植民地」に追放することで話がまとまっていたという。

しかし、シオニスト指導者が、あくまで「パレスチナ」にこだわったために、ドイツから「イギリス植民地」への移動ができず、ホロコーストが始まってしまったのだという。つまり、シオニストの政策のために、救えたはずの命が奪われたというわけだ。
(中略)
●イスラエル政府が「建国の功労者」を迫害した事件があったという。

迫害されたのはユダヤ人ハビブ・シーバー。

この事件を詳しく知る人は、次のように述べている。

「ハビブ・シーバーはベギン、シャミルなどとともにイスラエル建国のために献身的に働いたシオニストであった。彼はイスラエル建国を自分の命のように大切に思っていたのである。初代ベエルシェバ市長になった人物でもある。

しかしハビブ・シーバーはイスラエル建国とともにシオニストの犯罪に気がついた。イスラエル建国の結果、どれほど多くのパレスチナ人たちが犠牲となったか。彼らだけではなく、ユダヤ人自身も多く犠牲になった。彼はシオニスト幹部であるがゆえに、イスラエル建国の裏側を全部知っていた。

彼はイスラエルを去って、アメリカに渡った。そしてシオニズム反対を叫び運動した。すると、イスラエル政府はアメリカ政府に要請して、最後までハビブ・シーバーにアメリカ国籍を与えないようにした。アメリカ在住20年にして、彼は国籍を持たぬままアメリカの土となったのである。」

●生前、ハビブ・シーバーは次のように語ったという。

「反ユダヤなどというものは、この世界のどこにもない。反ユダヤはシオニストたちが自分たちの都合のためにつくり出す騒ぎなのである。」

さらにハビブ・シーバーは次のようにも言ったという。

「私たち民族の弱点は調子に乗ってやりすぎることである。自分の力を過信する。そして振り返ったとき、すでに味方する者はなく敵ばかりとなる。やりすぎることが滅びの前兆なのである。いつも私はこのことを心配している。」

■■イツハック・シャミル

長期にわたってイスラエルの首相を務めたイツハック・シャミル。このシャミルこそ、ナチス・ドイツと裏取引をしていた人物だということは、イスラエルの歴史家には既知の事実であるという。

1989年3月7日付の『エルサレム・ポスト』が、このタブーを真っ正面から取り上げたそうだ。シャミルがイスラエル建国のためにナチス・ドイツを利用していたという事実である。
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