南京大虐殺・従軍慰安婦強制連行の嘘

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意見と言いますか

投稿者: ja2047 投稿日時: 2005/08/25 19:05 投稿番号: [7172 / 41162]
>実際、どこまでできるか分かりませんが、また、分からないところがあれば、ご意見を伺いたいと思います。

私は意見は人それぞれでよいと思っています。
いつもやっているのは、資料事実という観点からは、こっちが正しいのじゃあないか
という話なのですね。
実態とか、当時の常識から帰納できることだけを書き込んでいるつもりなのですよ。

・・・と、書こうと思ったけど、コレちょっとクサイですね   (^^;


言いたいことは理解してもらえるものと思ってます   (^O^

>松井の大将冤罪を抗議する兵無し(哀)

投稿者: mmkki 投稿日時: 2005/08/25 18:48 投稿番号: [7171 / 41162]
>南京虐殺事件が無かったとするならば、、(笑)
どちらの立場にせよ、笑うべき問題ではないですぞ。
まあ、この程度の(非礼極まる)阿呆だから相手にするのも腹立たしいが・・・
貴方(亡霊)は、早く「よみのくに」に戻られてはいかがかな?
いや、「よみのくに」から来ている「亡霊」が貴方でしたね。

>南京へ侵攻した上海派遣軍を筆頭に第10軍など延べ人数にして約15〜17万人の兵士が参加、
>侵攻していることはご存知でしょう。
「日本軍の進軍」と「虐殺行為の真偽」とは、まったく関係が無い。

>そして敗戦後、南京事件が東京裁判で明らかになり、
>松井石根大将が有罪となりましたが、、
>この当時、この南京侵攻作戦に参加した兵士の生き残りは、
>どうしていたのでしょうかね?
不当な裁判を延滞無く進行させる為に、連合国側(検察側)は、裁判内容を公表せず、
不公平極まる不当裁判を進行させたのです。
また、当然ながら当時ABC各戦犯被疑者は投獄されていました(進行中の裁判内容は知らされていない)が、何か?
また、東京裁判の最中にも、「今、東京裁判で、どういう審理が行なわれているか?という情報」は、当時の日本人の殆どが知らされていません。
だからこそ不当な裁判であったという事です。

>無かった事件を存在したとして、
>その行為を咎められ、責任者は絞首刑となっておりますよ。
だからこそ、今こそ名誉回復を訴えているのです。
これは、当事者2名に限った闘いでは無いのです。
日本人の尊厳に係わるものであると、(見識ある)多くの日本人が重く受け止めています。

いやじゃ

投稿者: ja2047 投稿日時: 2005/08/25 12:39 投稿番号: [7170 / 41162]

よみさんへ

投稿者: yousunwai 投稿日時: 2005/08/25 08:31 投稿番号: [7168 / 41162]
>実行部隊の将校、士官、下士官などはダンマリを決め込むしかなかったのでしょうかね?

こういう推定は、どこの部分から出てきているのですか?直接の根拠となった資料を教えて下さい。

今日はこれに突っ込んでおこう d(^^

投稿者: ja2047 投稿日時: 2005/08/25 06:30 投稿番号: [7167 / 41162]
>もしも、南京で日本軍が迅速かつ徹底した便衣兵の掃蕩を行わなかったら、後日、便衣隊は武器を取って襲撃し、日本軍や一般住民に多大な犠牲者が出ただろう。

これは、「もしも」の話でしかない。
現実に「一般住民に多大な犠牲者」が出たのは、日本軍が市民を集めて、
兵士と認定したものは即決殺害したためなんだ。

でりちゃんの論理はアメリカが「もし、広島・長崎で原爆を使わなかったら、
日本国民にはさらに多くの犠牲が出ただろう」というのと、何も変わらない。
あるいはその通りなのかも知れないが、「もし」の話でしかない。
現実に核兵器を使用して多くの市民を殺害したのはアメリカなのだから、
被害国として受け入れられる論理ではない。
原爆の使用は戦争の早期終結についての選択肢の一つに過ぎないし、むしろ
原爆の使用で戦争を終わらせることがアメリカの選択したシナリオであり、終戦
時期もそれを前提にタイミングを見計らっていたと見るべきだろうね。
都市への核兵器使用以外の選択肢はあったのだし、アメリカはそれをしなかった。

南京城内の敗残兵掃討についても、市民を拘束して兵士と認定すれば殺した
わけであり、杜撰な選別で兵士と認定した市民を殺して良いわけはないのだし、
拘束されて抵抗力のない兵士なら捕虜として処置するのが国際法に沿った処置だ。

交戦法規に違反していれば裁くのは構わないだろう。
だが、でりちゃんは城内で拘束された兵士が、どういう戦争法規違反を犯した
のか全く説明できない、「当然だ」というだけで、法的根拠は説明できていない。

4000人に上る一般人の犠牲にしても、日本軍が拘束した市民を国際法のみか
国内法である軍の規則に違反して即決殺害するようなことがなければ、避ける
ことができたのかもしれない。


なお、捕虜の扱いについての、でりちゃんの奇妙な国際法解釈は、後日時間が
取れるときにゆっくりお相手してあげよう。

「捕虜」と「俘虜」

投稿者: ja2047 投稿日時: 2005/08/25 06:26 投稿番号: [7166 / 41162]
>「旅団(歩兵第一二七旅団)命令により捕虜は全部殺すべし。」
>この命令なのですが、何故、「捕虜」という言葉になったのでしょうか?


ご指摘の通り「俘虜」が当時の正式な呼称ですが、一般的な用語としては
「捕虜」の方が通りの良い時代になっていたわけです。

特にここは、文書の地の文ではなく、(おそらく)口頭による命令を書きとどめた
部分なので「捕虜」の表記になったかと思います。


一般的には「捕虜」が使われていた例として、たとえば、幕府山事件に関する
上級士官の日記についても、次のように表記の揺れを見せています。
飯沼少将は「捕虜」上村大佐は「俘虜」の表記ですね。

飯沼守日記   上海派遣軍参謀長・陸軍少将21期
◇十二月二十一日   大体晴
  荻洲部隊山田支隊の捕虜一万数千は逐次銃剣を以て処分しありし処何日かに相当多数を同時に同一場所に連行せる為彼等に騒かれ遂に機関銃の射撃を為し我将校以下若干も共に射殺し且つ相当数に逃けられたりとの噂あり。上海に送りて労役に就かしむる為榊原参謀連絡に行きしも(昨日)遂に要領を得すして帰りしは此不始末の為なるへし。
『南京戦史資料集1』P164

上村利道日記   上海派遣軍参謀副長・歩兵大佐22期
十二月二十一日   晴
(略)
  N大佐より聞くところによれは山田支隊俘虜の始末を誤り、大集団反抗し敵味方共々MGにて打ち払ひ散逸せしもの可なり有る模様。下手なことをやったものにて遺憾千万なり。
『南京戦史資料集2』P268-269


また、個人日記ではない文書としては、次の例があります。

第3師団   歩兵第68連隊   第3大隊 陣中日誌
十二月十六日   木曜日   晴天   於南京通済門内

(二)藤田部隊会報追加
     1   戦闘一段落し警備に移らんとするに方り各部隊は軍紀風紀を
       厳ならしめ兵をして過誤ならしむることに努ること
     2   警備を減にし特に敗残兵等に対する警戒を怠らさること
     3   爾後捕虜兵は一応調査の上各隊に於いて厳重に処分すること
     4   良民労力に対する取扱い就ては兵に至るまて注意すること
『南京戦史資料集1』偕行社   P542

「対支那軍戦闘法の研究」一九三三年、陸軍歩兵学校
「捕虜は他列国人に対する如く必ずしも之れを後送監禁して、戦局を待つを要せず、特別の場合の外、之を現地又は他の地方に移し、釈放して可なり。
支那人は戸籍法完全ならざるのみならず、特に兵員は浮浪者多く、其存在を確認せられあるもの少なきをもって、仮に之を殺害又は他の地方に放つも、世間的に問題となること無し。」

松井の大将冤罪を抗議する兵無し(哀)

投稿者: yominokuni56 投稿日時: 2005/08/25 06:25 投稿番号: [7165 / 41162]
南京虐殺事件が無かったとするならば、、(笑)

南京へ侵攻した上海派遣軍を筆頭に第10軍など延べ人数にして約15〜17万人の兵士が参加、侵攻していることはご存知でしょう。

そして敗戦後、南京事件が東京裁判で明らかになり、松井石根大将が有罪となりましたが、、この当時、この南京侵攻作戦に参加した兵士の生き残りは、どうしていたのでしょうかね?

恥の文化の日本人が、無かった事件を存在したとして、その行為を咎められ、責任者は絞首刑となっておりますよ。

日本は生き恥をさらしたこととなっております。

「生きて虜囚の辱めを受けず、、」と死よりも恥を重んじ、自決あるいは自爆、万歳突撃をして亡くなった兵士の数は民間人をも含めて、カナリの数に上っております。

兵士の犯した罪で松井大将はその防止策を取らなかった罪で絞首刑とされております。
実行犯とされる士官、下士官、兵士はダンマリを決め込んだのでしょうか?

卑怯者の軍隊だったのでしょうか?
天皇陛下に恥じをかかせて、無視したのでしょうか?



実行部隊の将校、下士官、兵士も事件の否定はしていないようですな。


それでも、ダンマリを決め込まなきゃならないとしたら、、それは事件に関与したと考えるのが当然ですよね。

いまだ、誰も答えてはいない(笑)

松井大将は刑死前に「天皇陛下にご迷惑をお掛けした。」と事件を認めておりますよ。
また、重光葵は「松井の罪は逃れられない」と口述しております。

いずれも事件の存在は認めておりやすよ

で、実行部隊の将校、士官、下士官などはダンマリを決め込むしかなかったのでしょうかね?

●便衣兵に関するまとめ

投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2005/08/24 23:24 投稿番号: [7164 / 41162]
便衣兵に関するマトメの投稿をしておきます。



●便衣兵に関するまとめ


日本軍は上海戦が始まった直後から便衣兵によって被害を受けており、南京入場後に軍服が大量に捨てられていた以上、便衣兵を徹底的に掃蕩しなければならなかった。

戦場においてゲリラ(便衣兵)から狙われるほど恐ろしいものはない。
制圧したと思って村や町に入ると、建物の陰から鉄砲の弾が飛んでくる。
敵兵を探しても、いるのは善良そうな顔をした人々だけ…。
あるいは、少年少女だと思って油断していると突然懐から拳銃が出てきて撃ち殺されたりする。
このようなことが繰り返されると、たちまち兵士は神経がおかしくなる。
周囲にいる人が全てゲリラに思えてくる。
ベトナム戦争の時、多くの米兵が戦場神経症になったのはそのせいだ。
祖国に帰還しても後遺症が続き、正常な市民生活が送れない身体になったという悲惨な例は数え切れない。
しかも、ゲリラ戦は民間人も不幸に巻き込む。
相手国の軍隊にしてみれば、誰が敵か区別が出来ないから、少しでも疑いがあれば殺すしかない。

日本軍は便衣兵摘出の際、坊主頭で鉄帽子の日焼け跡がある者や手に銃ダコがある者などを確認して摘出した。

便衣兵と判れば殺す以外にない。
便衣兵を殺さなければ、その後、支那軍は癖になってその後も便衣隊戦術をエスカレートさせ、便衣兵は増加し、日本軍や一般市民の被害は拡大する一方だ。

仮に、掃蕩された便衣兵の中に市民が交じっていても支那軍の責任であり、支那軍による虐殺となる。


南京戦の前にも、具体的な事例として次のような事態があった。

〆   〆   〆
下士哨に立ち寄ると3・4名休憩中の日本兵がいる。いずれも銃を抱いた体で城壁の下の穴倉みたいなところで仮眠している。そこに突然便衣隊が2名忍び寄り、日本兵がまどろんでいる隙をみて銃を奪い取った。
敵という声に目をさまし立ち上がり格闘となった。突然のことであり便衣隊の1名は逃げたが1名は頑強に抵抗してなかなか取り押さえられず、3・4人がかりで1名の便衣兵の手をとり、足をとり、捕虜にしようとするが、日本兵の方が危なそうである。発砲すれば友軍への危険もある。

…自分は下手をすると被害がこっちにもでかねないと思った。咄嗟になかに入り、便衣隊の顔を軍靴で踏みつけた。すると静かになった。騎兵隊がちょうど傍らにいた。殺させてくれという。騎兵は長い軍刀を引き抜くと首は飛んでいた。
第18師団歩124歩兵伍長、村田和志郎の日記
〆   〆   〆



南京において便衣隊が武器を取って襲撃してきた記録がないのは、日本軍が迅速かつ徹底した便衣兵の掃蕩を行ったからに他ならない。

もしも、南京で日本軍が迅速かつ徹底した便衣兵の掃蕩を行わなかったら、後日、便衣隊は武器を取って襲撃し、日本軍や一般住民に多大な犠牲者が出ただろう。

事実なき報道、許すのか:百人斬り訴訟

投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2005/08/24 22:58 投稿番号: [7163 / 41162]
「事実なき報道、許すのか」   「百人斬り」訴訟棄却
遺族、父の無念晴らしたい


  「いくら表現の自由があるといっても、あり得ない事実を報道することがジャーナリストとして許されるのか」。「百人斬り」の責任を問われて処刑された向井敏明少尉の二女、田所千恵子さん(64)=千葉県成田市=は二十三日、謝罪広告掲載などの請求が棄却された判決後の会見で、憤りを語った。

  田所さんは会見で「『百人斬り』はなかったと確信している。明確にされなかったことが残念」と苦渋の表情。ただ「多くの激励でここまできた。感謝です」と前向きな姿勢をみせた。

  田所さんは、父の遺言状を持参して判決に臨んだ。「私の事は世界も正しく見てくれる日も来ます。世間様にも正しく知らせて下さい」−。中国の獄中から家族にあてられたもので、B4判のわら半紙に十五枚、家族への思いがつづられている。「父の願いを果たすことができず残念です」と唇をかんだ。

  田所さんは中学時代に「戦犯の子」と呼ばれるなど、苦痛を受けてきた。ただ、「百人斬り」もいつかは忘れ去られるだろうという淡い期待があった。

  だが昭和四十六年、本多勝一氏が朝日新聞の連載で紹介すると、定期的にメディアなどで取り上げられるように。百人斬りを事実とする出版物も刊行され、「史実」として授業に取り上げる学校も出てきたという。

  消え去るどころか、ますますクローズアップされる父の汚名。「職場でも、みんな腫れ物に触るように私に接するようになった」。そんな中、無念を晴らすのが娘の使命だと思い、今回の訴訟に踏み切った。

  判決では主張が認められなかったが、「まだ先がある」と気を取り直す。「日本が戦時中に中国で行ったとされる"蛮行"がどれほど間違いなのか、明らかにしなくては」。訴訟でも控訴する方針で、父の汚名をはらすつもりだ。

≪同僚カメラマン「作り話」を証言   疑問残る事実認定≫

  南京攻略の際に二人の旧日本陸軍将校が「百人斬り」を競ったとする報道が争われた訴訟で、東京地裁の判決は、「当時の記述が明白に虚偽とはいえない」としたが、「百人斬り」が極めて疑わしいことは多くの識者が指摘してきた。

  南京攻略戦は銃撃戦が主で、日本刀による"殺人ゲーム"は起こり得なかったとされる。また、野田毅少尉は大隊副官、向井敏明少尉は歩兵砲小隊長で、白兵戦に参加することはあり得ず、日本刀で百人斬ることも不可能とされている。

  両少尉は戦後の南京軍事法廷にかけられ、一貫して無実を訴えた。両少尉の弁護を行った中国人弁護士は、東京日日新聞記者が「この記事は、記者が実際に目撃したものではない」と明言していることや、その他の目撃者、遺体などの証拠が皆無であることを主張したが、法廷は新聞記事を唯一の証拠に銃殺刑を言い渡した。

  これに疑問を持ったノンフィクション作家の鈴木明氏は「『南京大虐殺』のまぼろし」で克明な検証の結果、冤罪(えんざい)を指摘し、大宅壮一ノンフィクション賞を受賞した。

  記事を書いた東京日日新聞の記者は死去したが、同僚カメラマンは産経新聞の取材などに「あれは戦意高揚のための作り話だった」と明らかにし、今回の訴訟でも高齢をおして同様の証言を行っている。

http://www.sankei.co.jp/news/050823/evening/24nat002.htm

「百人斬り」判決 史実の誤り広げかねない

投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2005/08/24 22:55 投稿番号: [7162 / 41162]
■【主張】「百人斬り」判決   史実の誤り広げかねない

  南京で旧日本軍の将校二人が「百人斬(ぎ)り」を行ったとする報道の真偽が問われた訴訟で、東京地裁は「明白に虚偽であるとは認められない」として、「事実無根」とする元将校の遺族の訴えを全面的に退けた。史実の誤りを増幅させかねない判決といえる。

  問題とされた報道は、最初に「百人斬り」を報じた昭和十二年の東京日日新聞(現毎日新聞)の記事と、昭和四十六年にそれを再び報じた朝日新聞の連載記事(中国の旅)である。

  東京地裁は「記事に虚偽、誇張が含まれている可能性が全くないとはいえないが、新聞記者の創作とまで認めるのは困難」「現在までさまざまな見解があり、歴史的事実としての評価は定まっていない」とした。

  しかし、朝日の連載記事が書かれた後、ノンフィクション作家の鈴木明氏は元将校の遺族らを取材し、その結果をまとめた著書『「南京大虐殺」のまぼろし』(大宅賞受賞作)で、「百人斬り」報道に疑問を提起した。東京日日新聞の記事に載った将校二人の写真を撮った元毎日新聞カメラマンも「戦意高揚のための記事で、あり得ない話だ」と証言している。

  また、毎日新聞が平成元年に発行した昭和史年鑑『昭和史全記録』は「百人斬りは事実無根」と自社の戦前の報道を否定した。米国にも「百人斬りは捏造(ねつぞう)」とする学術論文がある。

  「百人斬り」報道の信憑(しんぴょう)性を否定する反証は、十分に示されてきた。東京地裁の判決は、こうした最近の実証的な調査研究や当事者の証言をほとんど考慮に入れていない。元将校の遺族は控訴する方針で、控訴審での新たな判断が待たれる。

  「百人斬り」の責任を問われた元将校二人は戦後、中国・南京の軍事法廷で無実を訴えたが、東京日日新聞の記事を根拠に死刑を宣告され、処刑された。現在も、「百人斬り」は中国が一方的に主張する「南京大虐殺(三十万人以上)」の象徴的な出来事として宣伝されている。日本の教育現場でも、しばしば蒸し返されている。

  判決結果にかかわらず、「百人斬り」が冤罪(えんざい)だったことは疑いの余地がない。朝日、毎日両紙は訴訟の法的な問題とは別に、報道機関として自らの報道を謙虚に反省すべきである。

平成17(2005)年8月24日[水]

http://www.sankei.co.jp/news/editoria.htm

yousunwaiさんへ  投降兵と捕虜

投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2005/08/24 22:40 投稿番号: [7161 / 41162]
>1.捕虜と投降兵との違い


「捕虜」というのは、投降して捕虜となることが認められた元兵士です。
捕虜と認められれば収容所に入れられて保護されます。

ただし、投降しても必ずしも捕虜とされない場合もあります。

(参考)
―――――――――――――――――――
ハーグ陸戦法規第二十三条は、「兵器を捨て又は自衛の手段尽きて降を乞える敵を殺傷すること」を禁止している。

しかしながら、戦闘の進行中で敵軍の一部が投降せんとする場合に、味方軍がこれを受諾し投降兵を収容して後方に送致する為には味方軍の進撃を中止する必要を生じその事が味方軍の勝利を危うくする惧れのある場合には、味方軍の安全と勝利を確保する為に敵軍の降伏信号を黙殺して攻撃を継続する事が軍事上必要となる。

故に、戦時法規は一定の条件下において投降の拒否を認めるのである。
この見解はオッペンハイムを始め多数の戦時国際法家に支持されている。

「投降兵の助命は、次の場合に拒否しても差し支えない。第一は、白旗を掲げた後なお射撃を継続する軍隊の将兵に対して、第二は、敵の戦争法規違反に対する報復として、第三は、緊急必要の場合において、すなわち捕虜を収容すれば、彼らのために軍の行動の自由が害せられて、軍自身の安全が危うくされる場合においてである。」   (オッペンハイム)
―――――――――――――――――――

また、投降(降伏)は指揮官の権限であり、指揮官の存在しない兵士は交戦資格が無いから降伏の表明によって捕虜となる権利は無いという解釈もあります。
この解釈を適用すると、支那軍の場合は殆ど捕虜になる資格がなかったことになります。


更に真実を述べると、支那軍は日本兵を全く捕虜にしませんでした。
日本兵は降伏しても支那の捕虜にされずに全員が惨殺されたので、1941年1月に日本の陸軍省は「戦陣訓」で「生きて虜囚の辱を受けず、〜」と訓示しました。

アメリカ軍も日本兵の投降(降伏)は殆ど認めず、捕虜にせず、大量の日本軍投降兵を惨殺しました。

ソ連軍に至っては、戦争が終わっても100万人以上の日本人捕虜を帰さず、シベリアで約50万人の日本人捕虜を大虐殺しました。

これら上記に関しては、資料もあります。

ですから、当時の日本軍は他国と比べ、投降兵や捕虜に対しては大変誠実な軍隊でした。
(収容所における捕虜の監視は、主に朝鮮人軍属がやったので一部に虐待あり)

★それと、これは肝心な事なのですが、当時の日本軍の記録や日記には、「投降兵」も「捕縛した敗残兵や便衣兵」までも、全て同じように「捕虜」「俘虜」などと記しているので要注意です。

「捕虜」と記されていても、厳密には現在の日本語の「捕虜」ではないので注意してください。




>2.「旅団(歩兵第一二七旅団)命令により捕虜は全部殺すべし。その方法は十数名を捕縛して逐次銃殺してはいかん。」この「いかん=どうであるか?」という言葉


よく分かりません。
よく見る資料ですが、それは間違いない資料ですか?
まあ、あってもそれ程おかしくありませんが。

いずれにせよ、この場合も厳密には「捕虜」ではありませんね。
捕虜にされなかった「投降兵」や「捕縛した敗残兵・便衣兵」です。



>3.一次資料が正しいものとして扱われる前に、出所について徹底的に調べた人


南京大虐殺の一次資料は何もありません。
皆無です。
日本人はお人好しですから、日本軍投降兵が支那軍によって全員惨殺されたにも拘わらず、支那軍投降兵を処断してしまったことを「虐殺」と思い込んだり、便衣兵の掃蕩で「もしかしたら一般市民が交じっていたかもしれない」と思い詰めて、虐殺があったようなことを言う人はいます。
しかし、それは虐殺ではありません。
これを虐殺と称せば、古今東西、年がら年中、虐殺だらけです。

【虐殺】というのは、無辜の人間を正当な理由もなく殺す事です。

支那、米国、ソ連などが行なった事こそ【虐殺】であり、日本軍による虐殺なんて、どこをどう見渡しても皆無に等しいのです。



>4.南京事件を実際どの範囲で規定してよいのやら


1937年〜1938年のいわゆる南京事件というのは、戦後に創られた嘘っぱちのでっち上げなのですから、範囲も何もありません。
日本軍がアッと言う間に南京を占領し、日本軍が迅速かつ徹底した敗残兵・便衣兵の掃蕩を遂行したお陰で南京市民に殆ど犠牲者が出なかったことを事件とは言いません。
日本軍占領後の南京には平和がよみがえり、1ヵ月後には人口が20万人から25万人に増加しました。

> yousunwaiさん  ご健闘を

投稿者: yousunwai 投稿日時: 2005/08/24 22:21 投稿番号: [7160 / 41162]
実際、どこまでできるか分かりませんが、また、分からないところがあれば、ご意見を伺いたいと思います。

よろしくお願いします。

すみません。もう一つ。

投稿者: yousunwai 投稿日時: 2005/08/24 22:19 投稿番号: [7159 / 41162]
「旅団(歩兵第一二七旅団)命令により捕虜は全部殺すべし。」

この命令なのですが、何故、「捕虜」という言葉になったのでしょうか?

「俘虜」というのが、日本軍の正式な使い方としては多くあったように思うのですが。。。ご存知の方いらっしゃいますか?

> yousunwaiさん  ご健闘を

投稿者: ja2047 投稿日時: 2005/08/24 21:12 投稿番号: [7158 / 41162]
>まず、一次資料に従って、この事件の全貌を自分なりに掴めたらと思っています。

立派な心意気です、感服いたしました。


えー、このトピの人には話題の戦闘詳報の中身が解らないかと思いますので、
一応下記に引用しておきます。
私は、この中身が事実かどうかと言うのもさることながら、これが軍の正式書類として
存在し得たということに大きな驚きを感じます。

第114師団   歩兵第127旅団   第66連隊   第1大隊戦闘詳報
(12月13日)
八、午後二時零分連隊長より左の命令を受く
       左記
イ、旅団命令により捕虜は全部殺すへし其の方法は十数名を捕縛し逐次銃殺しては如何
ロ、兵器は集積の上別に指示する迄監視を附し置くへし
ハ、連隊は旅団命令に依り主力を以て城内を掃蕩中なり
貴大隊の任務は前通り
九、右命令に基き兵器は第一第四中隊に命し整理集積せしめ監視兵を附す
午後三時三十分各中隊長を集め捕虜の処分に附意見の交換をなしたる結果各中隊(第一第三第四中隊)に等分に分配し監禁室より五十名宛連れ出し、第一中隊は露営地南方谷地第三中隊は露営地西南方凹地第四中隊は露営地東南谷地附近に於て刺殺せしむることとせり
但し監禁室の周囲は厳重に警戒兵を配置し連れ出す際絶対に感知させさる如く注意す
各隊共に午後五時準備終り刺殺を開始し概ね午後七時三十分刺殺を終り連隊長に報告す
第一中隊は当初の予定を変更して一気に監禁し焼かんとして失敗せり
捕虜は観念し恐れす軍刀の前に首を差し伸ふるもの銃剣の前に乗り出し従容とし居るものありたるも中には泣き喚き救助を嘆願せるものあり特に隊長巡視の際は各所に其の声起れり
『南京戦史資料集1』P567-568


なお、この戦闘詳報について、出版物で最も詳しい考察を行ったのは板倉由明氏の
「本当はこうだった南京事件   板倉由明   近代文芸社   1999」のP123-129であり、
これに応えて今日最先端の考察をしたのがKーK氏の下記ページでありますので、
一次史料を読み解くためのガイドとして活用していただければ幸いです。
http://members.at.infoseek.co.jp/NankingMassacre/aandv/66i.htm

>ja2047さんへ

投稿者: yousunwai 投稿日時: 2005/08/24 19:32 投稿番号: [7157 / 41162]
いつもありがとうございます。

お手数かけました。

いろんな説がありますが、まず、一次資料に従って、この事件の全貌を自分なりに掴めたらと思っています。

deliciousicecoffeeさんへ

投稿者: yousunwai 投稿日時: 2005/08/24 19:30 投稿番号: [7156 / 41162]
ありがとうございます。

1.まず、捕虜・敗残兵・投降兵なのですが、敗残兵は良いとして、捕虜と投降兵との違いが明確に説明できるようにするとすれば、どのように説明したら良いのでしょうか?できるだけ、一言でさっと、説明できるようにしたいのですが。

http://www31.ocn.ne.jp/~hinode_kogei/DATA.html#nanking1

2.で、ちょっと質問があります。このdorawasabi5001さんの出された上のURLなのですが、例えば、戦闘詳報にある有名な

「旅団(歩兵第一二七旅団)命令により捕虜は全部殺すべし。その方法は十数名を捕縛して逐次銃殺してはいかん。」この「いかん=どうであるか?」という言葉には、「その方法は十数名を捕縛して逐次銃殺してはどうですか?」などと言っているのですから、そんな提案のような命令は、軍隊としては、ちょっと、考えにくいので、この命令は命令自体が変!という考えから、戦闘詳報全体が資料としての全般的信用がおけない部分があるということの指摘はできますが、一方で、この資料を正しいものとして見た時に、「捕虜は全部殺すべし」というところは、敗残兵と解すのは、難しいのではないかと思うのですが、どうでしょうか?それとも、軍隊では、捕虜という概念に、敗残兵なども含めていたのでしょうか?

3.それから、現在、戦闘詳報は、防衛庁にあるということは教えていただいたのですが、その後、調べを進めたところ、その前の入手経緯は、「当初は虐殺を否定していた旧陸軍将校の親睦団体である偕行社でした。」という話もありました。そして、その前は、いったいどこから、どういう経路を辿ってきたのか、ご存知ありませんか?一次資料が正しいものとして扱われる前に、出所について徹底的に調べた人とかいないのでしょうか?

4.さて、南京事件は、中国側のイメージ操作では、主に、南京攻略戦が終了した後のことを言っているように思いましたが、攻略戦そのものが終了する前の捕虜の話は、私は、あまり考えていませんでした。たしかに、中国側の主張には、攻略戦が済んだ後のこととは規定していません。実際、日本側で良く語られるのは、南京攻略戦が一段落した後に、市民などが組織的に虐殺されたのかどうかです。南京事件を実際どの範囲で規定してよいのやら分からなくなってきました。もしも、攻略戦の全てをその事件の範囲に含めるのなら、その事件前にあった通州事件を含めた中国人による虐殺事件も含めないと南京事件の全貌は見えてこないと思うのですが、どうでしょうか?

最後にこれはdeliciousicecoffeeさんに宛てたものですが、どなたでも、思うとことろを答えていただいて、いろんな意見を聞ければうれしく思います。

南京事件総括論。

投稿者: mmkki 投稿日時: 2005/08/24 09:19 投稿番号: [7155 / 41162]
南京事件総括論。

①「百人斬り」は嘘
  戦意高揚の為、当時の新聞社と軍広報が持ち上げた「作り話」が戦後になり、逆に日帝糾弾の証拠?に採用された哀れな昔話し。
(根拠)戦意高揚の「作り話」であるが故、作り話(検察側の言う証言録)も存在しよう。
日本昔話の本を以ってして、東京裁判の証拠としたようなもの、誠滑稽である。
滑稽な裁判を真摯に受ける事を強要されるのだから、これが敗戦国の悲惨さでもある。

②南京事件(日本軍が虐殺行為に及んだと言われる)
  敗戦後、A級戦犯量産の為、連合国側が、古来中国人同士の殺戮の歴史にヒントを得てでっちあげた作り話。
  中国とアメリカが双方の利害を考え、脚本を書き、三流役者(証言者)が演じ、その脚本が東京裁判にて正式に証拠採用された哀れな昔話し。
(根拠)南京で中国軍兵士が軍服を脱ぎ市民に紛れ戦うという卑劣な戦法に対する掃討作戦は、正当な戦闘行為として存在した為、「作り話(南京虐殺)」という脚本は容易に作成出来た。
それ故、物理的に不可能な死者数を含めあらゆる矛盾が噴出している。
勿論、それら矛盾を隠匿する為の「捏造証拠」が最近?飛び交っているのも事実。
中華工作員が掲示する「虐殺証言」などの広報活動は数知れず。
これも裁判にて決着を着ける必要がある。
判決は当然、「南京にて日本軍による虐殺行為があったとする事は出来ない。(証拠不十分)」

そもそも、なぜ「南京事件」がこれほどまでに論じられるのか?
それは、「はっきりしないこと」であるが故、中華工作員らが主張し易い題材だからである。
(証拠が無い=中華工作員が論破される危険が無い)のだから、こうやって延々と議論が長持ち(宣伝)出来るのである。

>それはね

投稿者: tantakatata 投稿日時: 2005/08/24 07:59 投稿番号: [7154 / 41162]
>百人斬りには捕虜虐殺の疑いがあるからだよーん。

ぷっ(笑)
「疑い」で死刑ですか。
大した裁判ですな(大笑)。

納得

投稿者: nonpoli2005 投稿日時: 2005/08/24 07:45 投稿番号: [7153 / 41162]
freedom_america_2005氏曰く、「百人斬りには捕虜虐殺の疑いがあるからだよーん。
要するに自業自得なのよん。」

だそうで、お二人が死刑になったのは自業自得と言いたいのですね。すごい理屈です。このレベルで南京や慰安婦問題の恣意的なきめつけがなされているんだということがよくわかりました。 それにしてもすごい論理ですね。

タイトルにやたらに「!」を使うな!!

投稿者: ja2047 投稿日時: 2005/08/24 06:23 投稿番号: [7152 / 41162]
でりちゃんの相手は週末にさせて貰おう。

「根拠なんか関係あるか!   オレの結論は正しいのだ!」
という人の相手は、よほど気力充実してないと出来るものではない。

本日は   パス   (^_^)/~~

>ja2047さんへ

投稿者: ja2047 投稿日時: 2005/08/24 06:18 投稿番号: [7151 / 41162]
>当時の各隊の動きなんかが分かるホームページってありますか?

「南京攻略戦経過要図」を掲載したページがあればいいのですが、ないようです。
部隊別に分けた資料はこちらが一番充実しています。
http://members.at.infoseek.co.jp/NankingMassacre/

「南京事件   秦郁彦   中公新書」または「南京の日本軍   藤原彰   大月書店」が
コンパクトで資料豊富なので、購入をお勧めします。
特に前者が入手しやすく、誰が読んでも抵抗なく理解できる内容になっています。

本田勝一は悪の張本人>nonpoli2005

投稿者: devilguri 投稿日時: 2005/08/23 22:57 投稿番号: [7150 / 41162]
自分の売名行為の為に極悪共産党
の言いなりに南京の大嘘を書きま
くった、最低の国賊野郎です。

>百人斬報道=判決「どっちかわからん」、

投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2005/08/23 22:43 投稿番号: [7149 / 41162]
>まあ、この「土肥章大裁判長」は、福岡高裁在職時に、同じ職場の同僚判事の妻の「差押え情報」を外部に漏らしたという事で、戒告(懲戒処分)を最高裁から受けた人ですから・・・


それってテレビのニュースでもやっていました。
とんでもない話だと思ったことをよく憶えています。

地裁の裁判官ってオカシナ奴が多過ぎます。
原告側は控訴するようなので、高裁と最高裁を信じましょう。



―――――――――――――――――――
辞世   大日本帝国陸軍少尉   向井敏明

我は天地神明に誓い
捕虜住民を殺害せること全然なし
南京虐殺事件等の罪は
絶対に受けません
死は天命と思い日本男士として
立派に中国の土となります
然れども魂は大八州島に帰ります
我が死を以て中国抗戦八年の
苦杯の遺恨流れ去り
日華親善東洋平和の因とも
なれば捨石となり幸いです

中国の御奮闘を祈る
日本の敢奮を祈る
中国万歳   日本万歳
死して護国の鬼となります
天皇陛下万歳





土肥章大と本多勝一には、↑これを百万回読んで死んでほしい。

yousunwaiさん  >戦闘詳報・陣中日誌

投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2005/08/23 22:26 投稿番号: [7148 / 41162]
>別トピで陣中日誌や戦闘詳報の話が出てきました。


それってdorawasabi5001の投稿でしょ?

http://www31.ocn.ne.jp/~hinode_kogei/DATA.html#nanking1

これを見ると、日本軍による南京市民の殺害はゼロですね。
これは、日本軍による無辜の民間人虐殺人数が0人だった資料になりますね。

「敗残兵掃蕩」とか、「敗残兵殺戮」とか、「捕虜を連行 ――処刑の記述なし。」とか、「捕虜捕獲――処刑の記述なし。」、などを合計してdorawasabi5001は何を言いたいのかサッパリ分かりません。

敗残兵の掃蕩や捕虜の捕獲・連行の何が問題なのでしょうかね・・・
奴は、馬鹿丸出しですね。

いずれにせよ、日本軍による無辜の民間人虐殺のマトモな資料は何一つ存在しません。
南京虐殺なんてなかったのだから当然なんですけどね。

ethnic_blues君、気は確かかい?

投稿者: yominokuni56 投稿日時: 2005/08/23 22:11 投稿番号: [7147 / 41162]
>あなた、自分の都合の良いようにしか文章を読まないのですか?
私が
>南京大虐殺について、元第六師団攻撃部隊中隊長の方が実名で抗議されています。

せめて、この組織図に載っている方くらいは東京裁判中に抗議して頂きたかったですね、、卑怯者を掲載しますよ。

中支方面軍(松井石根大将)刑死
   |
第10軍   (柳川平助中将)?
   |
第6師団   (谷   寿夫中将)?
   |
歩兵第11旅団−歩兵13連帯   岡本大佐*歩兵第47連隊   長谷川大佐

歩兵36旅団   牛島満少将−歩兵第23連隊   岡本鎮臣大佐   歩兵第45連隊   竹下義晴大佐

騎兵第6、野砲第6、工兵第6


第6師団戦時旬報によると

第6師団   南京攻撃中   5500殺害
12月10〜13日   11000   上河鎮下関遺棄

12月12〜13日    1700
  城壁遺棄、掃蕩   とありますね。

第6師団戦闘記録によれば、敗残兵、捕虜殺害を記してはいないが、同師団が12月12日深夜から13日にかけて、上河鎮、水西門、漢中門、江東門(現在の侵華日軍南京虐殺偶難同胞記念館建設地)で行った残敵掃蕩戦では、下関から長江岸を上流に脱出しようとした敗残兵、難民が相当数殺害されている。
記されている遺棄死体計12700体である。

また、偕行社は次のように認めている。

中国国民に深く詫びる
  重ねて言う。一万三千人はもちろん、少なくとも三千人とは途方もなく大きな数である。
  日本軍が「シロ」ではないのだと覚悟しつつも、この戦史の修史作業を始めてきたわれわれだが、この膨大な数字を前にしては暗然たらざるを得ない。戦場の実相がいかようであれ、戦場心理がどうであろうが、この大量の不法処理には弁解の言葉はない。
  旧日本軍の縁につながる者として、中国人民に深く詫びるしかない。まことに相すまぬ、むごいことであった。
(「証言による南京戦史」(最終回)   <その総括的考察>   =   「偕行」1985年2月号   P17〜P18)


>日本語でまともな意思疎通が出来ないのであれば何処かの日本語学校でしっかり勉強してください。

小学校からやり直しかな?(笑)ゴミンね。

己の非を他人に擦り付けるな!

投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2005/08/23 22:07 投稿番号: [7146 / 41162]
>長いな、あいかわらず

俺の1頁の投稿に対して3頁とか4頁のレスを付けるのはオマエだろ!
自分の非を他人に擦り付けると支那人や朝鮮人になっちゃうぞ。


>「deliciousicecoffeeを殴ってはいけない」と書かれた法律は存在しなくとも
>誰であれ人を殴れば暴行罪だ。

オマエは本当に救いようの脳足りんだ。
deliciousicecoffeeの存在は許されるが、便衣兵の存在は許されないんだ。
これで便衣兵問題は決着だな。


>なら、そう言うところに話題を振るな。

話題を振ったのはオマエだ。
俺は#6858(8月3日)で「日本軍による無辜の民間人虐殺人数」に論点を絞る提案をした。
すると、オマエはスマイス調査を持ち出したがそれが全く通用しないとなると、次は#6950(8月12日)辺りから便衣兵の掃蕩に話題を振ったんだ。
自分の非を他人に擦り付けると支那人や朝鮮人になっちゃうぞ。


>>まず、最初に本題である#7091に対してレスしろよ。

>そこに絞って書いたらどうなの?

だから、俺は最初からそうしてるだろ。


>でりちゃんの振りまいたガセネタで私の突っ込んでいないことが、まだ
>山のように残っているのだが。

オマエ、いい加減にしろ!
オマエがこのトピで振りまいてきた数々のガセネタを一挙公開してもいいんだぞ!


>ここまでで既に、でりちゃんは
>「日本軍による無辜の民間人虐殺人数は、「0人」ではない」
>と、認めているのだ。

オマエ、いい加減にしろ!
日本軍による無辜の民間人虐殺人数は、判明しているものは「0人」だ。


>これは、「日本軍による民間人の殺害はあったかもしれないが、責任は中国側にある」
>ということを言ってるんだろ?

便衣兵の中に無辜の民間人が混じっていたかもしれないし、混じっていなかったもしれない。
仮に混じっていたとしても、それは「日本軍による虐殺」ではないし、もしも「虐殺」と言うなら「支那軍による虐殺」となる。


>私はスマイス調査を出した。
>でりちゃんはこれを信じたくないと言う。
>今その話をしているところだ。

もう議論は尽きた。
スマイス調査では、日本軍による虐殺人数は全く判らない。
とっとと日本軍による無辜の民間人虐殺人数を述べよ。
0人だろ?


>ガセネタを振りまく人には注意して上げなくちゃね   d(^^

オマエがこのトピで振りまいてきた数々のガセネタを一挙公開しようか?
自分の愚を他人の愚に転嫁すると支那人や朝鮮人になっちゃうぞ。

ja2047さんへ

投稿者: yousunwai 投稿日時: 2005/08/23 22:03 投稿番号: [7145 / 41162]
くわしくありがとうございます。助かりました。

その内容については、疑義のあるものもありますが、公式資料としてある程度、客観的証拠能力のあるものであることが分かりました。

研究者の人が、それなりに使うのがわかりました。

これから、一つ一つの内容の吟味とそれが客観性を持っているのかの検証に入らないと事件の全容はつかめそうもないのですが、何か資料を吟味するのは大変、そんな感じです。ちょっと、時間かかりそうで、すぐ答えが出せそうにありません。

しかし、思うに、この事件は、資料とされるものは、いっぱいあるのに、まずは、どれが正しいか選別をしなければならない。。。何か調べれば調べるほど迷宮に迷い込むようで、少し疲れてきました。正直言うと。。。

決定的証拠に欠ける分、論議が続くのでしょうが。。。

PS、あと、その電波おじさんの言ってたことで、電波だけに、普通と観点が違ったものがあったのですが、それを確認するのに、当時の各隊の動きなんかが分かるホームページってありますか?すぐに、出るようだったら、教えて下さい。あ、それから、お手数ですので、無理に探さなくていいです。

聞いてばかりですみません。

それから、kintakunte2002さんにも重ねて御礼申し上げます。

kintakunte2002さんへ

投稿者: yousunwai 投稿日時: 2005/08/23 21:42 投稿番号: [7144 / 41162]
はい。確認させてもらいました。お手数かけます。

ありがとうございました。

>もう一つ。  yousunwaiさん

投稿者: ja2047 投稿日時: 2005/08/23 21:34 投稿番号: [7143 / 41162]
>そうすると、戦闘詳報というのは、どこで誰が出してきた資料だか分かりますか?一応、電波でも確認はとっておきたいんです。

ある隊の戦闘詳報というのは、その隊の正式の業務日誌ですから、
責任者の認可で発行されるもので、役所や会社の書類とおんなじ
ようなものです。
ネットで公開されている画像は少ないのですが、たとえばコレ
http://www.ateneshobo.co.jp/sentoumihon.htm

現在戦闘詳報の多くが防衛庁の図書館に保管されています。
http://www.nids.go.jp/military_history/military_archives/

ただし、日本軍の場合、基本的に終戦時にすべての公式資料を焼却していますので、
これらはすべて、個人蔵とか米軍から返却された押収品です。

なお、この66連隊の戦闘詳報については、何かと疑問を挟む人が多く、議論が続いて
いることは事実です
http://members.at.infoseek.co.jp/NankingMassacre/aandv/66i_a.htm


>日本陸軍命令の中に「。。。如何」という感じで言葉が、使われることは度々あったのでしょうか?

あまりないと思うのです。
命令というのは「スヘシ」と書くものです。
これは、南京戦については、上層部の方針が一貫しておらず、場当たり的な指示
(とも言えないような指示)が出ていたことの現れでしょう。
他にも、たとえばこんなのがあります。

歩兵第七連隊戦闘詳報
12月15日
極秘   歩七作命甲第111号
歩兵第七連隊命令(12月15日午後8時30分、於   南京東部連隊本部
一(略)
二、連隊ハ明十六日全力ヲ難民地区ニ指向シ徹底的ニ敗残兵ヲ捕捉シ殲滅セムトス。
   憲兵隊ハ連隊ニ協力スル筈。

歩七作命甲第一○七号(十二月十四日)
掃蕩終了セハ城外ニ出テ然ル後入場式ヲ行ハルル筈

命令書に「筈」はないだろうが、と思うのですよ。
こんな調子なら、口頭での命令に「如何」という言葉が出るのは
不思議ではないのかもしれません。

>ありがとうございます

投稿者: kintakunte2002 投稿日時: 2005/08/23 21:31 投稿番号: [7142 / 41162]
参考になりましたら幸いです。

防衛庁防衛研究所となっております。

http://www.nids.go.jp/military_history/military_archives/

すみません。もう一つ。

投稿者: yousunwai 投稿日時: 2005/08/23 20:29 投稿番号: [7141 / 41162]
すみません。それから、日本陸軍命令の中に「。。。如何」という感じで言葉が、使われることは度々あったのでしょうか?

ありがとうございます。

投稿者: yousunwai 投稿日時: 2005/08/23 20:24 投稿番号: [7140 / 41162]
そうすると、戦闘詳報というのは、どこで誰が出してきた資料だか分かりますか?一応、電波でも確認はとっておきたいんです。

yosunwaiさん、 その人は   (^^;

投稿者: ja2047 投稿日時: 2005/08/23 20:20 投稿番号: [7139 / 41162]
隣のトピの投稿見たけど、そのサイトの人は「鳩さん」といって、
日本ネット論争史上にその名が残る偉大な「電波」ですがな。
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=GN&action=m&board=1835559&tid=a1za1a1a5ta5a1a5aba5a6a5ha1a1ofthea1 a1yeara1a1a1z&sid=1835559&mid=1375

まことに気宇壮大な妄想を難解な長文で書き込む人で、よく事情を心得てないと、
なんかものすごい精緻な主張をしているように見えるけど、
実は中国奥地にスピットファイアの工場があったとか、
南京城の城壁は実は日本が作ったものでコンクリート製であるとか
蒋介石はせっこう財閥の援助を受けていたと言うことについては
吉野石膏の役員に聞いているので本当だとか、
これは全部復員した小父さんから新小岩の居酒屋で聞いた話だから本当だとか、

・・・とにかく、根拠はゼロだから本気にしちゃあいけません。

http://members.tripod.com/~akita_ken/title.html
http://members.tripod.com/~akita_ken/hatodic.html
http://homepage2.nifty.com/hatopigeon/nankin381.htm
http://homepage2.nifty.com/hatopigeon/nankin382.htm

それはね

投稿者: freedom_america_2005 投稿日時: 2005/08/23 20:07 投稿番号: [7138 / 41162]
百人斬りには捕虜虐殺の疑いがあるからだよーん。

①本人が刀で大量殺害したと主張していた
②戦闘で刀で大量殺戮は無理
③日本軍は捕虜虐殺をよくやっていた

①②③より捕虜虐殺と見做されてのさー

要するに自業自得なのよん。

高裁への援護射撃(世論)必要

投稿者: mmkki 投稿日時: 2005/08/23 19:09 投稿番号: [7137 / 41162]
では、
次の高裁での審理について、
我々世論が援護射撃をしないといけませんね。
堂々と正論が通せる真の平等な社会にする為に・・・

責任逃れをした裁判長

投稿者: kamikaminarinari 投稿日時: 2005/08/23 17:56 投稿番号: [7136 / 41162]
>百人斬報道=判決「どっちかわからん」、

こんないい加減な判決を出したのは、結局裁判長が逃げたんだろうな。
明確な証拠がないわけだから、当然原告の主張が通るはずなのだが、通せば日中関係に影響がでるのは確実。
そんな政治的で大それた判決は私はだせましぇ〜ん、ってとこだろう。

百人斬報道=判決「どっちかわからん」、

投稿者: mmkki 投稿日時: 2005/08/23 17:44 投稿番号: [7135 / 41162]


>土肥章大裁判長は「真偽について見解が分かれ、
>歴史的事実としての評価は定まっておらず、
>明白な虚偽とは認められない」と述べ、請求を棄却した。

日本の法曹界もいろんな人がいますね。(^^)
まあ、この「土肥章大裁判長」は、福岡高裁在職時に、同じ職場の同僚判事の妻の「差押え情報」を外部に漏らしたという事で、戒告(懲戒処分)を最高裁から受けた人ですから・・・
普通、懲戒免職でしょう〜余りに非道です。
戒告は、給料に賞与にも昇格にも一切影響しない、いわば「形式だけの注意」です。

http://www.eda-jp.com/satsuki/2001/fukuoka/010316-2.html

今回の判決では、原告(遺族側)に立証責任を求めた形になっておりますが、
通常、被告側(朝日・毎日新聞側)に「百人斬り」の事実を立証すべく求めるのが正常な裁判と言えましょう。
何故ならば、「新聞報道」という形で広く世間に対し情報を垂れ流すのであれば、
その記事の信憑性については、熟考され、事実認定の作業を厳正に行なうべきだからです。
「たぶん、おそらく?という程度の根拠」でなんびとをも批判するべきでは無いからです。
これは関与者やその家族(我々も含め)の人権に係わる重大問題に他ならないからです。

今回の判決は、「百人斬りが事実であるという立証は出来ない」という判決です。
これはつまり(結論)「どっちかわからん」という判決です。

それでは、裁判長に聞きたいのですが、
「どっちかわからん」という判断がされた本件について、
「どっちかわからん」程度の根拠、証拠を以ってして、新聞報道を行なってもよいのでしょうか?

控訴審(高等裁判所)では、本件の立証責任について、朝日、毎日側に対する追求を是非期待したいと思います。

肝心なこと忘れてました。

投稿者: nonpoli2005 投稿日時: 2005/08/23 16:44 投稿番号: [7134 / 41162]
戦争で敵兵を殺すのが戦争犯罪なんでしたっけ?日本刀でやろうとしたのがいけなかった?原爆や空襲で一般市民を何万人殺そうとも犯罪にはならず、一方で作り話かもしれない、少なくとも実際に殺した数は百人ということはありえないお二人が死刑になったことを当然とする感覚についていけないのです。ということで30年購読していた朝日新聞をとるのをやめました。ささやかな抗議です。

南京虐殺も百人切りも

投稿者: nonpoli2005 投稿日時: 2005/08/23 16:35 投稿番号: [7133 / 41162]
事実だから当然の判決だとコメントした本多勝一とかいう朝日新聞記者に対して憤りを覚えます。とにかく事実なんだからと、ジャーナリストってこんなもんでしょうか。

百人斬り訴訟判決=遺族側実質勝訴

投稿者: mmkki 投稿日時: 2005/08/23 15:29 投稿番号: [7132 / 41162]
百人斬り訴訟判決=遺族側実質勝訴

>土肥章大裁判長は「真偽について見解が分かれ、
>歴史的事実としての評価は定まっておらず、
>明白な虚偽とは認められない」と述べ、請求を棄却した。

つまり、朝日・毎日新聞側の提出した準備書面及び証言からは、「百人斬りが事実であるという立証は出来ない」という判決です。

つまり、原告側(遺族側)の実質勝訴です。
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