南京大虐殺・従軍慰安婦強制連行の嘘

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>失礼します

投稿者: syubinohito 投稿日時: 2005/07/15 18:45 投稿番号: [6555 / 41162]
30万人虐殺というのは捏造といえるでしょう。
虐殺肯定派といわれるひとも、冷静な人なら等しくこう答えるでしょう。

南京事件で相当数の犠牲者があったことは事実なのですが、
虐殺であるのか、戦闘行為であるのかは意見の分かれるところです。

事実の検証を故意に捻じ曲げようとする人があれば、
それは左派系、右派系と呼んでいいでしょうが
資料の解釈の違いで右左というのは正確ではありませんね。

私の見たところでは、正当な議論をしている人はおおむね中道と見ていいのではないでしょうか。

ですから、中国を非難すれば右派
擁護すれば左派   と分けるのは危険な
考え方と思います。

>失礼します

投稿者: greencurrytasty 投稿日時: 2005/07/15 18:41 投稿番号: [6554 / 41162]
わたしも失礼します、

>「南京大虐殺がでっちあげ」という考え方は、
左よりなのでしょうか?
右よりなのでしょうか?

当時の中国軍は軍服を着ていませんでした、一般市民と武装した中国人の区別がつきませんでした、
ちょうど今のイラクと同じです、
一般市民が車で来て   いきなり自爆する、だれも自爆するまで疑いもしない、

同様に中国軍も平服で戦っていました、
だから   日本軍に射殺されたら   市民を虐殺したといいます、

これが南京で行われた戦争で負けた中国側の言い分です、市民が殺されたというが実は中国軍が日本に負けただけの話です、

左翼の人は今でもアメリカがイラクで一般市民を虐殺していると言っているでしょう、

これが真実だとお年寄りの人から聞きました、当時の中国軍は農業作業をしている横を日本軍が行軍していて行き過ぎるや否や農機具を銃に持ち替え、後方から至近距離で襲撃されるということで多くの日本兵が死亡しました、
それに悩んだ日本軍は中国人を信用できなくなった、中国人を見たら身体検査をするようになった、
白い長い服の内側に銃を持っていることが多く、誰がどこから銃撃してくるかわからないというゲリラ戦法の中国軍におびえた、とも話していました。

失礼します

投稿者: sieben77seven 投稿日時: 2005/07/15 18:14 投稿番号: [6553 / 41162]
すごく初歩的な質問です。
「南京大虐殺がでっちあげ」という考え方は、
左よりなのでしょうか?
右よりなのでしょうか?

左より・右よりでは、日中関係または中国に対する考え方では、
どう違うのでしょうか?

>世の中にはルールというものがある

投稿者: syubinohito 投稿日時: 2005/07/15 17:45 投稿番号: [6552 / 41162]
日本語を理解できていないのが残念ですね。
正確に理解できたら、また返事をください。

まってます。

xiaozhou8811さん

投稿者: greencurrytasty 投稿日時: 2005/07/15 17:16 投稿番号: [6551 / 41162]
中国を侵略していたのは日本だけなんですか?
イギリスはつい最近まで香港を植民地にしていたのではないのですか?

100年前の中国は弱い国だったから他国に侵略されたのではないかと私は思っています、
当時の世界情勢は強い国が弱い国を植民地にすることは良くあることでしたからね、

中国は弱かったことを反省し、いまでは核兵器まで持ち大陸間弾道弾もあり軍事大国になったじゃありませんか、

一方、日本は戦争は二度としないと決められ攻撃用の武器は保有していません、

いずれも歴史から学び、今日の姿があるのではないか、

中国は軍事力に物を言わせ日本を恫喝し、チベットを侵略しています、
日本の地下資源も盗もうとしています、
尖閣諸島も中国のものといい、沖縄の近くまで中国のものと主張しています、

あなたはこんな中国を誇りに思いますか?

>日本人どうぞ入って

投稿者: monpa60 投稿日時: 2005/07/15 16:18 投稿番号: [6550 / 41162]
>やる勇気があるならなぜ認める勇気がないの?ドイツができることはなぜ日本ができないですか?

謝罪も賠償もしていないドイツを見習うべきだと言うのですね。中にはまともな中国人もいるものですね。日本は中国や韓国に謝罪や金銭的支援をやりすぎましたから、中国人や韓国人がこれ以上の行為は必要ないと気持ちも分かるような気がします。東南アジア諸国は日本に謝罪などしないで欲しいと言っていますからね。

>世の中にはルールというものがある

投稿者: monpa60 投稿日時: 2005/07/15 16:14 投稿番号: [6549 / 41162]
>どこの国の人でも自分の国を愛するのが悪くないと思う、中国人でも日本人でも、しかし世の中にはルールと言うものがあるのが忘れちゃいけない

中国の民間人を殺したのは中国軍ですから、中国軍は糾弾されるべきでしょう。日本軍は規律正しい軍隊ですから、戦争目的以外の行動はしていませんね。中国軍は略奪のための虐殺行為を行なっていたから非難されているのです。特に女性と幼い子供を平気で殺すようなことを平気で行なう中国軍は決して許してはいけないのです。
http://www.asahi-net.or.jp/~ku3n-kym/doyoyon/doyoyo11.html

chukangetoutは入って

投稿者: xiaozhou8811 投稿日時: 2005/07/15 15:57 投稿番号: [6548 / 41162]
言い訳続いてください、恥という言葉が日本に辞書に無くなる日まで、ここで言い争う必要がない、お前はそういうレベルじゃないから、まだシナと言う言葉を言う前によく考えてほしい。殺されちゃうよ、

>asdll58さん宛 (陣中日誌の件)

投稿者: asdll58 投稿日時: 2005/07/15 15:51 投稿番号: [6547 / 41162]
>主要貿易相手国である米英との摩擦を避けるためにも、日本軍は南京で日本兵が不法行為を起こさないよう細心の注意を払い、たとえ靴一足でも軍法会議にかけたのである。

そういうこともあったかもしれません。しかし、そういうこともことの一面ですべてではなかったかもしれません。

当時安全区の面倒を見ていた西洋人の日記や手紙をみる(引用で)と、ほとんど正反対のことが書かれていますね。彼らがしめしあわせてそのようなことを書いたとも思われませんが。

シナ蓄が他国に侵略するな!か?

投稿者: chukangetout 投稿日時: 2005/07/15 15:20 投稿番号: [6546 / 41162]
チベットや内モンゴルを侵略し、残虐行為をしているのは何処の国ですか?

チベットをしかも開放だとかいって侵略を美化しているのは何処ですか?

あと、南京占領時の写真を見ると、日本軍
と証している連中に餃子を食ってる事実が
ありますが、餃子は作るのに手間隙かかり
冷凍庫が普及して無い時代に日本の兵士がわさわざ作る筈ない。
当時の日本兵の軍隊食ってどんなか知ってますか?
これらの兵士は一体何処の国の人なんでしょう?

答えなさい!シナ蓄人!

世の中にはルールというものがある

投稿者: xiaozhou8811 投稿日時: 2005/07/15 15:12 投稿番号: [6545 / 41162]
どこの国の人でも自分の国を愛するのが悪くないと思う、中国人でも日本人でも、しかし世の中にはルールと言うものがあるのが忘れちゃいけない、女と幼いこともを殺したのは正当だと思ってるkintakunte2002さんがおかしいと思う。それは嘘だと日本人に言われるかもしれないが、でもそういう写真はネットで調べたらいっぱいあると思う。なぜ認めないのか、なぜ隠そうとしってるのか、本当に理解し苦しいんだ、大和民族はいつか恥知らずになってしまったの?ちょっと言い過ぎかな、、、、、、、、、、、

yousunwaiさんへ

投稿者: wkwdb654 投稿日時: 2005/07/15 12:21 投稿番号: [6544 / 41162]
つまり、戦闘行為以外の「殺戮」の否定ってことかな?

その「組織的に」という言葉の所有格は?

「虐殺」と「大虐殺」という語感のギャップもあろう。何時の間にやら「大虐殺」が一般的となってしまったが。

では戦闘行為に絡む「虐殺」なら存在したのか?

「虐殺」に関する罪状を問われた松井石根戦犯の言葉「せっかくの皇威が、兵の暴行によって落ちた」は、罪に対する悔恨とされているが・・・・。

>ドイツができること?

投稿者: wkwdb654 投稿日時: 2005/07/15 12:11 投稿番号: [6543 / 41162]
現在もナチ戦犯に対する時効停止で戦犯裁判が成されている。

対して日本は東京裁判一回きりである。

>ドイツができること?

投稿者: asdll58 投稿日時: 2005/07/15 09:29 投稿番号: [6542 / 41162]
>ナチがしたことに対する批難とそれに対する賠償をしただけと思いますが。

そうそう。それに、チャイナ側の南京についての本などを見ると、よく、侵略されたアジアの人民だけでなく、一般の日本人も日本軍国主義の犠牲者だったと書いてありますが。おなじ論理ですね。

よくはしらないが、大多数の日本国民が、無知でありながら、あるいは無知ゆえに、あるときには、指導者以上に「好戦的」であり、明治以来の日本の国策、国際関係には日本国民の大方が関心をもち、関与し、責任があったと思います。

たとえば、林房雄「大東亜戦争肯定論」参照。

>>ありがとう、ja2047さんへ2

投稿者: asdll58 投稿日時: 2005/07/15 09:07 投稿番号: [6541 / 41162]
さらにまた、徐志耕「南京大屠殺」(英語版:Xu Zhigeng, Lest We Forget: Nanjing Massacre, 1937 [Chinese Literature Press, 1995])では、

谷寿夫の雨花台での処刑について、

首謀者[谷寿夫]の血は、ファシストどもが南京大虐殺で犠牲になった30万人の罪もない[イノセントな]人民[ピープル]の命を贖うのには少なすぎるものである。(Lest We Forget, 230)

などと書いています。著者の徐志耕は、人民解放軍軍人のようで、1940年代には、南京大学で例のベイツからも教えを受けたといいます。「南京大屠殺」のチャイニーズ版(原文?)は、北京で出版(ということは、チャイニーズ政府の「検閲」「認可」をうけている?)。

「南京大屠殺」英語版の裏表紙キャッチフレーズには、「30万人以上の無辜の人々の犠牲の血で揚子江は紅く染まった」とか、「ここに初めて残虐なホロコーストが語られる」とかあります。

また、チャンは、「レイプオブ南京」で、バーガミニの天皇の南京侵略、世界征服陰謀論やいわゆる「田中(義一)上奏文」(「田中メモランダム」)にふれ、前者については、不幸にも(Unfortunately)学界では杜撰として批判されているといい、後者については、学界では一般に偽書とされているが、シナでは現在でも本物とされ、英字新聞などでも歴史的事実として言及され続けていると指摘しています。(177ー178頁)

チャンは、同書の他の二個所で、バーガミニを自説の根拠として引用していますから、上の、「不幸にも」というのは、バーガミニが残念にも信憑性がないというのと同時に、学界で批判されているのは「けしからん」という意味合いさえあるように思います。「田中(義一)上奏文」についても、一応学界での評価に触れて、自分はそいうことにも無知ではないと予防線をはっておいて、しかし、現実はこうだと、うっかりすると、「田中上奏文」は史実であると錯覚させられるような書き振りです。

ということで、厳密には、「市民30万を組織的に殺した」という公式主張はないかもしれないが、それに近い、あるいは、それとみまごう主張(たとえば、南京虐殺記念館の30万の人民虐殺の表示やチャン本の副題「第二次大戦の忘れられたホロコースト」やチャンのバーガミニや「田中上奏文」への「思い入れ」や徐の本のカバー、「30万人以上の無辜の人々の」「残虐なホロコースト」)はチャイナ側には公私においてあり、だれかが「市民30万を組織的に殺した」と言ったとしても、黙認(あるいは、煽り)こそすれいちゃもんつけたり否定したりする雰囲気ではないように思いますがいかがでしょうか。

>>ありがとう、ja2047さんへ1

投稿者: asdll58 投稿日時: 2005/07/15 09:05 投稿番号: [6540 / 41162]
>もうひとついえば、「市民30万を組織的に殺した」などとは、
中国でさえ公式に主張してはいないのですね。(6448)

ちょっと異論があります。

南京の虐殺記念館では、30万人のチャイニーズピープルが日本軍によって虐殺されたとあるようですね。当時南京防衛のチャイニーズ軍は総数何万人だったのでしょうか。その数を30万から差し引くと、チャイナ側が公式に主張する虐殺された市民の数がでてくるのじゃないでしょうか。「組織的に」はでてこないかもしれませんが。

しかし、私は、チャイナ側は、軍民の区別をほとんどせず、犠牲者全員ひっくるめてピープル(人民、人々)ととらえていると思います。しかも、その犠牲者は、軍人市民の区別なく全員無実(イノセント=罪汚れのまったくない赤ん坊のような無垢無邪気な状態)であると。無実という意味で、南京事件の文脈では、「市民」と「ピープル」はほぼ同義だと思います。

以下敷衍します。

虐殺記念館のあげる数字は、城内と城外の区別があいまいのようですが、はっきり区別しているのでしょうか。それにこの30万という数字は軍民の区別が(故意に?)あいまいのようです。

推測するに、チャイナ側にしてみれば、城外、城内、軍民の区別などより、日本鬼子がいきなり侵略してきて、抵抗するもの(チャイナ軍、市民をも含むゲリラ)、無抵抗のもの(捕虜、市民)無差別に、そして残虐に、殺しまくり、姦りまくり、略奪しまくり、破壊しまくったという認識であり主張なんでしょう。

チャイナ側の本などでは、たとえば、チャンの「レイプオブ南京」では、

おそらく34万人の人民[ピープル]が―そのうち19万人が集団で、15万人が個別に―殺害された。(Iris Chang, The Rape of Nanking: The Forgotten Holocaust of World War II, 102-103)

などとありますが、この「集団で」というのは「組織的に」というのとほぼ同義のように思いますが、そうだとすると、19万人を組織的に殺害したというのは、無視できない数字だと思います。

ここでも、軍民ひっくるめて、人民[ピープル]と言っているようですが、ようするに、暴虐な侵略者によって軍民ともに無実のチャイニーズピープル[人民]が何十万人も大虐殺されたという基本的認識なんでしょう。

同書、同頁で、チャンは、Yin とYoungの数字を引いて、南京虐殺の数は40万人にのぼるだろうとも言っています。チャンの主張は、チャイナ政府の公式な主張ではないかもしれませんが、それにまさるとも劣らない強烈な衝撃印象を多くの一般の読者のこころに与え刻み込むもので、公式な主張に準ずるものと思います。

>日本人どうぞ入って。

投稿者: yousunwai 投稿日時: 2005/07/15 00:01 投稿番号: [6539 / 41162]
>本当の歴史を隠すことより平和を守る事が大事だと思う。

俺もそう思う。チベットのこと。東トルキスタンのこと。

隠さないで、平和を守ろう。

ja2047さんへ

投稿者: yousunwai 投稿日時: 2005/07/14 23:59 投稿番号: [6538 / 41162]
お返事が遅れました。

ありがとうございました。

実は、あといくつか、教えていただければと思うことがあります。

その時また、よろしくお願いします。

ドイツができること?

投稿者: kintakunte2002 投稿日時: 2005/07/14 23:57 投稿番号: [6537 / 41162]
たしか、国家としての反省も賠償もしていないはずですよ。

ナチがしたことに対する批難とそれに対する賠償をしただけと思いますが。

戦争なんてどちらにも正義があるからおきるのであって、(独りよがりの正義であることは否定しませんが)
きれい汚いの問題ではないと思いますよ。

その当時おかれていた状況を打破するための行動が、
結果的に甚大な被害を双方にもたらしたと見るのが正当でしょう。

deliciousicecoffeeさんへ

投稿者: yousunwai 投稿日時: 2005/07/14 23:55 投稿番号: [6536 / 41162]
ちゃんと読んでから、お返事したいと思います。

とにかく、ありがとうございました。

ひとまず、お礼まで。

日本人どうぞ入って。

投稿者: xiaozhou8811 投稿日時: 2005/07/14 23:21 投稿番号: [6535 / 41162]
やる勇気があるならなぜ認める勇気がないの?ドイツができることはなぜ日本ができないですか?自分の歴史をいくら美しく飾っても汚いものは汚いんだ。認める勇気がなければ他国に侵略するなよ。今のわれわれの世代は本当の歴史を隠すことより平和を守る事が大事だと思う。

>>日本兵の捕虜の扱いは?

投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2005/07/14 22:55 投稿番号: [6534 / 41162]
>2.日本兵の捕虜はほとんど殺戮されたと思われます。
>   かなり、悲惨な方法で殺されたと推定される例が、
>   いくつかあります。


もっと詳しく教えて頂けませんでしょうか?




>とりあえず、通州事件は中国軍が起こしたわけではないので、
>これは別に考えた方がよいかと思います。


国民政府の御用放送局が、冀東防共自治政府の保安隊を国民党軍に寝返させることを狙ってデマ放送を流し、その結果、狙いどおりに支那保安隊が日本人居留民約260人を大虐殺したのだから、支那軍の仕業と考えても良いと思います。

惨!通州事件
保安隊、デマ放送に踊り反乱す
http://www.geocities.jp/nanking1937_matsuo/showa/tushu.html

>ja2047さんに質問です

投稿者: nattoudame1985 投稿日時: 2005/07/14 22:44 投稿番号: [6533 / 41162]
ja2047さんは、
よくデリさんとの議論(?)の中で
”中国、中国”とよく使用されますが、
その”中国”とは「中華民国」と
解釈してもよろしいでしょうか?

yousunwaiさんへ(虐殺否定論の定義)

投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2005/07/14 22:40 投稿番号: [6532 / 41162]
>南京では、戦闘があった。したがって、多くの死傷が出た。日本人はそれを否定しないし、それは大陸侵略として認め、謝罪してきた。虐殺否定論は、その戦闘行動とは別に、組織的に市民が虐殺されたという中国側の主張とイメージ作りを否定するものである。


日本は大陸を侵略していません。
無知な政治家が認めて謝罪したからと言って、真実を見失ってはいけません。
イメージだけで、大陸を侵略したと考えるのはやめて下さい。
支那事変の真相については、以下に示す投稿で述べているので上から順番に読んでみて下さい。

#6391(7月7日〜8月9日)
#5787(8月12日頃)
#5799(8月9日〜11月6日)
#5867(11月2日〜12月1日)

したがって、虐殺否定論の定義は、
―――――――――――――――――――
南京では、戦闘があった。したがって、多くの死傷が出た。日本人はそれを否定しないし、それは戦争の結果だからやむを得ない。虐殺否定論は、その戦闘行動とは別に、組織的に市民が虐殺されたという支那側の主張とイメージ作りを否定するものである。
―――――――――――――――――――
に訂正するほうが良いと思いますが、いかがでしょうか?




ちなみに、私が#6522で提案した虐殺否定論の定義は、日本語がおかしいので、訂正します。

>「南京虐殺」というのは、9年経った戦後になって突如でっち上げられた事件で、日本軍が無辜の市民を殺害したという事件で普通の裁判で有罪にできるような事件は1件もありませんでした。
↓   ↓   ↓   ↓   ↓
「南京虐殺」というのは、9年経った戦後になって突如でっち上げられた事件で、普通の裁判で有罪にできるような日本軍による無辜の市民殺害事件は1件もありませんでした。


これを踏まえて、4文でまとめてみました。
―――――――――――――――――――
「南京虐殺」というのは、9年経った戦後になって突如でっち上げられた事件で、普通の裁判で有罪にできるような日本軍による無辜の市民殺害事件は1件もありませんでした。
当時あった他の虐殺事件と比較してみても物証(犠牲者名簿、命令書、その他公文書など)が存在せず、南京軍事法廷において罪状を否認したまま死刑にされた4人は全員が無実だったことが明らかになっています。
当時は、蒋介石や毛沢東などの支那側も日本側も国際社会も「南京虐殺」を認識しておらず、戦後、GHQは東京裁判のために南京の虐殺目撃証言者を長期間かけて必死に探しましたが、なかなか見つかりませんでした。
それもその筈で、日本軍占領後の南京の人口は減らずにむしろ増えたくらいだったのです。
―――――――――――――――――――
こんなのは、いかがでしょうか?
南京大虐殺の否定論としては、こちらのほうがハッキリしていると思います。

まあ、あとは、お任せします。
ただ、何百人・何千人の虐殺を認めたり、「侵略」を認めることは、決して正しい認識ではありません。
イメージはだめです。

なお、私の過去の投稿は、いつでもどこでも、必要に応じてどんどんコピペして使用して下さい。

支那人を殺したのは支那軍だ!

投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2005/07/14 22:01 投稿番号: [6531 / 41162]
>それはスマイスの調査の対象になっていないが?


へ?
関係ない。
単に、「紅卍字会の埋葬記録では女の死体は83名、子供の死体は46名であった」ことから、引き取り手のなかった女子供の死体が極端に少なかったことを述べた。
この事から、「…青壮年以外の敵意の無い支那人民、とくに老幼婦女子に対しては寛容の心をもって接し、…」という『掃蕩実施に関する注意』が実践されたことが窺える。




>でも、やっぱり、そういうのは世間では   根   拠   が   な   い    と
>言うのだと思うよ    (^^


支那人犠牲者の大半が、支那軍や支那人盗賊による殺害だったことを示す資料あり


●支那軍による苛酷な徴発・略奪、そして徴兵

【支那軍と支那住民の殺し合い】


私はうけ合ってもいい、抗戦八年のあいだにこうしてふみにじられた同胞、いわゆる壮丁から弱丁になり、弱丁から病丁になり、病丁から死丁になって行った同胞の数は、戦死したもの、日本軍に殺されたものにくらべて、最低百倍は超えているに違いない。

『抗日戦回想録』郭沫若自伝



  一般住民に対して、徴発と略奪があまりしばしば行われたので、農民は日本軍(1)よりも彼等自身の軍隊(2)をさらに一層憎んだ。穀物を略奪されまいとして抵抗する農民を飢えた中国兵が殺したり、日本軍の進撃を免れるために逃亡兵が村民を殺し、その衣類を自分が着こんで変装するということも起こった(3)。日本軍の進撃を鈍らせて鄭州の町を守るために、政府は1938年に黄河の堰を開いた。すると、黄河は1世紀近く前から打ち捨てられたままになっていた古い河道を再び流れた。「思い切った」決定であったが、このために、河南省東部の数十万の農民が命を失った。彼等は水に溺れ、或は飢えて死んだのである。

(1)日本軍は食べ物が良かったので、中国兵ほどには盗みをする必要がなかった。

(2)この表現が不適当であることはいうまでもない。彼等はこの軍隊を決して自分たちの軍隊とは考えなかった。日本軍の兵士も国民党の兵士も、外からやってきた同じ禍であるのに変わりはなかった。

(3)例えば、1941年の春に、河南省と山西省の省境の山岳地帯で起こった。

  Ω   Ω   Ω

  軍隊の行動や戦争のやり方からだけでも、農民がどのような反応を示したかは想像に難くない。彼等は自らを守って生き延びようと努力したのである。彼等は国府軍の徴発する米に砂を混ぜ、白痴や片輪者を徴募兵として送り出し(1)、敵軍がその必要とする軍用道路の工事に働く苦力に高い賃金を払うとなると、たちまち大挙して日本占領地帯に移住した。時には、彼等は隊を組んで国府軍の敗残兵を襲撃し、団結して徴募係の役人どもを虐殺した。河南省では、当局の無関心、無能力、穀物のトン積、さらには投機のために、1942年から43年にかけて起こった飢饉(2)が大いに悪化したので、日本人が1944年にこの省に再び(3)侵入した時、彼らにとっては事はことのほかに容易だった。彼らが前進してくるにつれて、農民は国民党の軍隊を襲撃し、武装解除し、時にはこれにリンチを加えたのである。

(1)長々と述べるよりは、農民層の徴兵に対する態度を一層よく説明するような挿話をもう1つ紹介しよう。これは外敵の侵略による農民ナショナリズムの誕生を分析しようとする場合に、無視できないような生の事実の1つである。河南省の鞏県に住む或る貧農の夫婦は炭鉱の坑夫をしている1人息子の賃銀のおかげで漸く暮らしていた。年の頃は40歳前後のこの夫婦に突然2人目の息子ができたときに、徴募係の役人どもがやって来て、長男は軍隊に入らなければならないと夫婦に告げた。法規によれば、1軒の家で息子1人だけが徴兵を免除されることになっているからというのである。妻はもしその息子がいなくなれば、自分たちは飢え死にすると説明して、嘆願した。だが土地の役人たちは耳を傾けようとしなかった。すると、彼女は家に帰って、赤ん坊を地べたに続けざまに打ちつけて死なせてしまった。

(2)未確認の数字であるが、この飢饉のために凡そ200万の死者を出したといわれる。

(3)戦争の初期に、彼等は1度ここを占領したことがある。

『中国革命の起源1915-1945』ルシアン・ビアンコ著



上海一九三七年十二月八日発「東京日日新開」は次のように報じている。「南京衛戌司令唐生智はどさくさに乗ずる市民の暴動を恐れて七日朝来市内警備を一層厳重にして少しでも怪しいものは手当たり次第に銃殺し、すでにその数、百名に及んでいると支那紙は報じている」

『南京戦史』二七三頁

人口調査と被害者調査の違い

投稿者: nmwgip 投稿日時: 2005/07/14 19:23 投稿番号: [6530 / 41162]
○人口調査
「南京の市部調査においては、家族調査員は入居中の家屋50戸に一戸の全家族を家族調査表に記入するように指示をうけた。」

  これだけでは外出中の家族をどう処理したかが分かりませんが、「全家族を家族調査表に記入するように指示」されているのであって、「家族構成を聴取し記入する」とは指示されていないので、少なくとも在宅だった家族の頭数は、実際に調査員が確認していると見るべきではないでしょうか。
  誰かが代表して家族構成を調査員に申告し、それを照合もせずそのまま調査票に転記した、ということであれば、人口調査の信頼性は一から崩れてしまいます。スマイスは社会統計の専門家ということですので、そこまで杜撰な真似はさせなかったと思われますが。
(私が調査の指揮を取ったとしても、そんな杜撰な真似はさせません)

○被害者調査
  負傷者については、調査員が実在を確認することもできたでしょう。
  しかし、その場にいない死者を数えることはできません。
  死者数とその内訳については、家族の申告を鵜呑みにして、それを集計しただけとしか考えられません。
  特にその死因については、マス調査の限界から、鵜呑みにする以外無かったのでしょう。
  スマイス報告の死因別死者数に関して、良く指摘されるエスピー報告との矛盾点を検討してみます。

○スマイス報告より抜粋

12/11以前の死者
  軍事行動    600名
  兵士の暴行    無し
  不明       無し

12/12、12/13の死者
  軍事行動     50名
  兵士の暴行   250名
  不明       無し

  ここで言う「兵士の暴行」が、一般に「日本兵による暴行」と解釈されているのはご存知の通りです。

○エスピー報告より抜粋
>>
しかしながら、ここで触れておかなければならないのは、中国兵自身も略奪とは無縁でなかったことである。彼らは少なくともある程度まで、略奪に責任を負っている。日本軍入城前の最後の数日間には、疑いもなく彼ら自身の手によって、市民と財産に対する侵犯がおこなわれたのであった。気も狂わんばかりになった中国兵が軍服を脱ぎ棄て市民の着物に着替えようとした際には、事件もたくさん起こし、市民の服欲しさに、殺人まで行った。この時期、退却中の兵士や市民までもが散発的な略奪を働いたのは確かなようである。
<<

  スマイスがエスピー報告を知っていたかどうかは不明です。
  しかし、アメリカ大使館が南京の治安に特別な役割を果たしていたという記録はありませんから、エスピーの認識は当時の外国人の間で一般的なものであったはずです。
  日本軍入城前数日間は中国兵の暴行によって死者が出ている、と明らかに親中反日であったアメリカの、大使館員が報告書に書かざるを得なかったくらい、中国兵の暴行による死者は無視できないものでした。それなのに、スマイス報告には中国兵の暴行による死者がカウントされていません。
  この事実は、死者に関するスマイスの調査が、調査した家族の申告を鵜呑みにして、その真偽を検証しなかった有力な状況証拠になると考えます。

> ま、詳細は週末ということでカンベンして下さい。

  まっ、私もスマイス報告の英語原文を当たり直してみることにしますよ。
  洞富雄の訳文は信用できませんから。
  暫くご無沙汰になると思いますが、悪しからず。

>日本兵の捕虜の扱いは?

投稿者: ja2047 投稿日時: 2005/07/14 19:19 投稿番号: [6529 / 41162]
>中国のことだから   皆殺してしまったのでしょうか?

1.捕虜になった日本兵はきわめて少数と思います。
  負け戦でも捕虜になることが少なかったのと、
  大陸では負け戦がほとんどなかったことによります。

2.日本兵の捕虜はほとんど殺戮されたと思われます。
  かなり、悲惨な方法で殺されたと推定される例が、
  いくつかあります。

3.仮に捕虜になって無事に帰ってきた人間がいたら、
  日本軍から自決を強要されたのではないかと思います。
  日中戦争では具体例を知りませんが、ノモンハン事変では
  多数例があります。


>通洲事件でも   判るようにすごい拷問を受けているんでしょうね。

とりあえず、通州事件は中国軍が起こしたわけではないので、
これは別に考えた方がよいかと思います。

deliciousicecoffeeさんへ

投稿者: yousunwai 投稿日時: 2005/07/14 12:25 投稿番号: [6528 / 41162]
南京では、戦闘があった。したがって、多くの死傷が出た。日本人はそれを否定しないし、それは大陸侵略として認め、謝罪してきた。虐殺否定論は、その戦闘行動とは別に、組織的に市民が虐殺されたという中国側の主張とイメージ作りを否定するものである。

虐殺否定論の定義をこんな風に作ってみましたが、どう思いますか?

↓ 2ちゃんでやれや

投稿者: ja2047 投稿日時: 2005/07/14 12:20 投稿番号: [6527 / 41162]

ここでネット右翼の特徴を見てみよう

投稿者: net_uyo_issyou_doutei 投稿日時: 2005/07/14 11:44 投稿番号: [6526 / 41162]
ヒキコモリ
高卒    
中国人、韓国人に対して差別的
もともとノンポリのただの馬鹿だったが、右翼コピペを見て感涙。左翼偏向教育、マスコミ偏向報道から覚醒した自分だけが正しいと酔っている。
実社会では1%の支持者もいないカルト思想を書き散らす。
しかし、孤立が怖く支持政党は自民党にとどまるヘタレなので自分は多数派だと勘違い。
実際は国会に1議席もないカルト右翼思想。
ネット右翼仲間の書いた捏造を無条件で信じ込みコピペし続けて大恥をかく傾向
南京大虐殺の犠牲者数に対する自分の考えをかけない。(逆に1000万とか1億とか書いて幼児的に喜ぶ)
朝日新聞を意味もなく批判しつづけるのが何よりの幸せ
戦争論(小林のマンガ)並みの寒い侵略戦争の美化、正当化を飽きもせず書き続ける
論争に負けそうになると行き当たりばったりで、まわりのネットウヨでもフォロー不可能なトンデモ理論が登場
論争で追い詰められるとウイグルとチベットが登場。
朝鮮植民地化では学校建設と治水工事などがお気に入り。
民主党や朝日新聞の左翼性を過大評価。強敵を倒すことが俺の使命とばかりに外出もせず大張り切り。
戦争は国際法上合法だの、外交手段だの、明後日を向いた作文を突然披露
貧乏w無知w

スマイス調査の読み方  2)

投稿者: ja2047 投稿日時: 2005/07/14 06:08 投稿番号: [6525 / 41162]
>特に解説は必要ないと思いますが、調査方法に関する要点を整理します。

幾分不正確な点もありますが、よく調べられたことには感心しました。
よく調べられたものを詳細に討議したいのはやまやまですが、
本日の私は、その時間的余裕を持ちません。
詳細は週末に譲り、簡単に触れます。


>しかし、人的被害の推定値については主観的データ及び判定が困難なサンプルに基づくものであり、人口の推定値と同レベルの信頼性を置くことはできません。

調査方法は人口、人的被害とも同手法です。
「実際に数えた」、とは、実地調査した家庭の誰かが答えた家族数を記入したのであり、
人的被害の調査方法と全く変わりません。
回答者側に実態を歪める意図があれば、どちらも不正確な答が可能です。
でも、それは想像でしかありません。

スマイス自身も、その心配はしていることが、次の一文からも明かです。
「占領軍の報復を恐れて日本軍による死傷の報告が実際より少ないと考えられる理由がある。実際に、報告された数が少ないことは、暴行による幼児の死亡の例が少なからずあったことが知られているのに、それが一例も記録されていないことによっても強調される。」
(同   P222−223)

ま、詳細は週末ということでカンベンして下さい。


スマイス調査の読み方

投稿者: ja2047 投稿日時: 2005/07/14 06:07 投稿番号: [6524 / 41162]
>1万人前後の人口減があれば当然言及してしかるべきだと思うのですが。

被害者数の推定と人口の推定は、同じ報告書の別の章でなされているわけですから、
「言及していない」とは言えません。
また、報告書の中で、あなたの引用した表1.の注釈ではなく、本文の「1.人口」の部分
を見てみることにしましょう。
「われわれが三月におこなった抽出調査で報告された人員を五〇倍すれば、すぐさま市部調査で表示されている二二万一一五〇人という人口数がえられる。
この数は当時の住民総数のおそらく八〇ないし九〇パーセントを表わしたものであろうし、住民のなかには調査員の手の届かぬところに暮らしていたものもあった。(「南京大残虐事件資料集   第2巻」   P219)
と、あります。
二二万一一五〇人と書かれると、50人まで正確に数えたように見えますが、あくまで
3月時点でのサンプリング調査を50倍したものであり、しかも人口の10〜20%分は
未調査のままでの報告ですので、1万人前後の犠牲が数字として大きな意味を持って
いないと判断されても不思議ではありません。
というか、ここは、人口調査によって得られたデータと、被害調査によって得られた
データをごちゃごちゃに記述するようなことはしなかったという、スマイスの学者としての
データ処理の手法の手堅さを示しているということでしかないと思いますけどね。

では、人口調査の部分では念のため、スマイス報告の一.市部調査の1.人口の中で、
明らかに戦争被害について言及している箇所を拾ってみましょう。
「もっとも重大なことは十五歳ないし四十九歳の年齢層中の男子比率の激減であるが、これは大まかにいって、人口中生殖をおこないうる人びとを代表している。この層では124人が111人に、すなわち11パーセント減少している。この変化によって多数の婦女子が家庭を支える男子を失ったという事実がわかる。」
(同   P221)

「南京に残留している家族の構成員のうち14.3パーセントが他所へ移っているのに、妻のうちわずか2.2パーセントがこの移動によって夫を失ったにすぎないことを考えれば、破壊された家族の増加をいっそうよく知ることができる。
  これに加えて四四〇〇人の妻、つまり妻全体の8.9パーセントは、夫が殺されたか、負傷を負ったか、あるいは拉致されたものである。これらの夫のうち三分の二、すなわち6.5パーセント(*)が殺されたか拉致されたものである。
  またさらに痛ましいことに、三二五〇人の子供(子供全体の5パーセント)は、彼らの父が殺されたり、負傷をうけたり、拉致されたりしたものである。
  これらの破壊された家族のうちごくわずかのものが市内に住むものとして分類されている。そのような報告は3パーセントしかなかったのである。
移動、殺害あるいは拉致されたもの、別かれ別かれになった家族といった三つの要因によって、五五〇〇家族、つまり南京に残留している家族の11.7パーセントが破壊された。」
(同   P222)


ごらんの通りです、「1.人口」の章にも、戦争被害については詳しく言及されているのですが、
「犠牲者総数   1万前後」という、別個のデータによる独立した結論によって人口のデータを
論ずるというようなことはしていません、学者の書いた報告書ですから、そこらがごちゃごちゃに
なってはいない。
これだけの話です。


もちろん、私は学者ではないので、ここいらをぐちゃぐちゃにした議論もしますが   (^O^




>まあ、これはこれとして、私は常々思っているんですが、資料を探し解説することには熱心な人も、資料それ自体の信頼性を検証することには何故か無関心な人が多いようですね。

信頼性の検証も大事ですし、まずは資料を正確に読むことが大事です。
どちらも欠かせません。

あはは、そりゃそうだ

投稿者: ja2047 投稿日時: 2005/07/14 06:07 投稿番号: [6523 / 41162]
>>>その死因も病死だったり事故死だったり支那軍や支那人盗賊による殺害の可能性が高いので、
>>また根拠もなく確信する

>根拠はある。
20万人居れば、単純に計算すると1年間で約5千人が寿命や病気や事故で死亡することになる。

それはスマイスの調査の対象になっていないが?
「南京地区における戦争被害」の調査だから、自然死は項目にはないのだよ。



>殺害された支那人犠牲者の殆ど全てが、日本軍ではなく支那軍や支那人盗賊によるものだったことは、今さら説明を要しないことと思う。

まあ、単なる「確信」は、本人にとっては明確な事実であるにもかかわらず、
説明しても、なかなか他人が納得しないからね。
「説明しても無駄だ」とか「説明の必要はない」にしておいた方が
無難かもしれない。

でも、やっぱり、そういうのは世間では   根   拠   が   な   い    と
言うのだと思うよ    (^^


yousunwaiさんへ

投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2005/07/14 01:34 投稿番号: [6522 / 41162]
>ところで、虐殺否定論について一文で説明する場合、どんな言い方が適当でしょうか?


一文というのは難しいですね。

無理に一文にする必要もないと思いますが、私なら、
―――――――――――――――――――
「南京虐殺」というのは、9年経った戦後になって突如でっち上げられた事件で、日本軍が無辜の市民を殺害したという事件で普通の裁判で有罪にできるような事件は1件もありませんでした。
―――――――――――――――――――
としたいです。

人口が増えたことや目撃者がいないことや当時は誰も認識していなかったことで、大体の説明はつくと思います。

さらに、当時あった他の虐殺事件と比較して、犠牲者名簿や命令書(公文書)が存在しないことで裏付けられると思います。

これらのことを2つか3つの文に分けるほうが良いと思います。

なお、過去の私の投稿は、いつでも遠慮なくコピペして使用して下さい。

deliciousicecoffeeさんへ

投稿者: yousunwai 投稿日時: 2005/07/14 00:36 投稿番号: [6521 / 41162]
ところで、虐殺否定論について一文で説明する場合、どんな言い方が適当でしょうか?

何か良い説明文があれば、今後、それを使いたいと思います。

了解しました

投稿者: yousunwai 投稿日時: 2005/07/14 00:33 投稿番号: [6520 / 41162]
はい

>日本兵の捕虜の扱いは?

投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2005/07/13 23:47 投稿番号: [6519 / 41162]
>戦時中に   中国でも少数でしょうが   日本兵が捕虜になることも有ったと思いますが   どうなのでしょうかね?


支那軍に投降した日本兵が極端に少なかったためなのか、私はあまり多くの資料を知りません。
ただ、通洲事件(7月29日)や大山中尉惨殺事件(8月9日)などの惨殺ぶりは有名です。
私が資料で確認できた範囲においては、人数などの面で日本軍投降兵・捕虜への虐待・虐殺が酷かったのはソ連軍とアメリカ軍です。


・ソ連軍

言わずと知れた【終戦後】の「拉致・シベリア強制連行・殺害事件」。

これは、日本の政府やマスコミも隠匿している事実なのですが、1945年、満州、樺太、択捉、国後、その他から、ソ連に拉致された人数は100万人以上で、シベリアで殺害された日本人の人数は約50万人と考えられます。
http://ryutukenkyukai.hp.infoseek.co.jp/marxsyugi1.html#前野   徹   「第四の国難」   扶桑社



・アメリカ軍(イギリス軍)

#2886、#2887、#2902をご参照ください。



・支那軍

「南京にて」

12月13日、光華門城壁を占領   城壁付近で彼我不明の焼死体を発見、まだかすかに息をしていた。
これを見た大隊長芳賀少佐は激怒し犯人捜しを命じた。私の部下に犯人はいなかった。
検死の結果、焼死体は日本兵と判明。捕虜となった日本兵が、生きたまま焼かれたようだ。
第九師団・山砲第九連隊・第七中隊長   大内義秀氏(要約)


12月13日、南京の南方の城門から入ると、彼我の戦死体が転々と散在していた。
その中に、一人の日本兵が手足を立ち木に縛られたまま、身に数弾を受けて死んでいた。
一見して、捕虜となった日本兵が支那軍によって虐殺されたと感じ、縄を切って降ろした。
第三師団・野砲兵第五連隊・第一大隊観測班長   大杉浩氏



【終戦後】の支那共産党による日本軍捕虜への虐待

「認罪運動」

「私はこんな酷いことをした」と戦犯全員の前で自白する発表会がもたれた。
この「坦白大会」には、中共党幹部も同席し、管理所の洗脳工作経過を視察するものであったが、戦犯達も自分が何を要求されているのかが判り、いよいよ追いつめられていった。

認罪学習は、徹底して行われた。みんなでしつこく何回も何回も犯罪行為を確認し、自己批判・相互批判が繰り返された。
「学習」とは言うものの、罪の自白とつるしあげ合戦である。「なんだ、それぐらい、俺なんかもっと凄いもんね」「お前、それぐらいじゃ足りんだろう」などとエスカレートしていったのだった。

こういう経過で、日本語にはない罪行や、中共側のでっち上げや過剰な言い分まで認めざるを得なかった。

また、中共側は余計な自白を歓迎した。
本人の罪状だけでなく、伝聞した日本軍の罪状まで採集していった。

戦犯たちは総括書という形で、文章にして提出した。当然、文章の巧拙や想像力の大小によって、罪業に迫力の差がでてくる。
文章の上手い戦犯はほめられ、他の戦犯の文章指導や代筆までやり、悪鬼そのものの日本軍が作成されていった。

理由もなく6年も監禁されたのに、自ら戦争犯罪人を認める自白をし、そのうえ不起訴になったら中共の温情に感謝する、看守達と抱きあって泣いたりしたのだ。

http://www.asahi-net.or.jp/~ku3n-kym/doyoyon/doyoyo7.html
撫順2(戦犯管理所と戦犯裁判)より抜粋

yousunwaiさんへ(2)

投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2005/07/13 23:22 投稿番号: [6518 / 41162]
>私には、ずっと、分からないことがあります。
>南京事件は、多くの場合否定派というのは、「南京で日本軍兵士の犯罪が一件もなかったとか、中国兵の処刑が一件もなかったという主張ではなく、中国側主張の"軍事行動とは無関係に○○万市民を殺害した"という事件の存在を否定しているのです。」
>なんだと思うんですね。


yousunwaiさんのこの書き方だと、万単位の市民虐殺はなかったが、千単位の市民虐殺はあったようなイメージを与えてしまいますよ。
イメージだけで、何十件〜何百件の市民虐殺があったように考えるのはやめて下さい。
南京では、日本軍兵士による掠奪や強姦のような犯罪はありました。
ただし、7件の強姦犯人は厳しく処罰されました。
当時の日本軍は、道端に落ちていた支那の婦人靴片足を持ち帰っただけでも軍法会議にかけられたのです。
虐殺が0件だった可能性は十分にありますよ。

また、日本軍による支那兵の処刑は、違法行為とは言えません。


15人の安全区国際委員会のメンバーは、南京に長期間居ましたが、1件も虐殺を目撃しませんでした。
通報によって安全区国際委員会が日本大使館に訴えた日本軍による殺害犠牲者は約50人でしたが、デマが多くてマトモな訴えによる殺害犠牲者は0人でした。
普通の裁判において、有罪にできるほどの証拠が揃っていた日本軍による無辜の市民の殺害事件は、0件だったのです。
したがって、日本軍が、南京で虐殺した無辜の市民の人数は0人〜(あったとしてもせいぜい)10人くらいだと考えるべきなのです。
イメージだけで、何十件もの市民虐殺があったように考えるのはやめて下さい。

南京事件の支那人犠牲者の名簿は、日本も蒋介石政府も汪兆銘政府も南京安全区国際委員会も南京市民も誰も作成しませんでした。
当時、日本人が虐殺された済南事件(犠牲者十数人)や通州事件(犠牲者200人超)では、日本人が犠牲者の名簿を作成しました。
また、ソ連による「日本人拉致・シベリア強制連行・殺害事件」でも、数十万人に及ぶ犠牲者全員の名簿や死亡年月日、死因、埋葬地などをソ連が作成していました。
その名簿の一部(数万人分)は、ゴルバチョフ来日の際に日本に渡されました。
誰ひとりとして南京虐殺の犠牲者が分からない以上、南京虐殺で犠牲になった人数は0人〜数人だったと考えるべきです。

当時は、蒋介石も何応欽も毛沢東も日本も国際社会も、日本軍兵士が南京市民を虐殺していたという認識がありませんでした。
戦後の南京軍事法廷や東京裁判までの9年間、日本軍が南京で無辜の市民を虐殺したという話はなかったのです。
「南京大虐殺」というのは、戦後の作り話なのです。
戦後の南京軍事法廷において虐殺の罪で4人の日本人が処刑されましたが、実は4人全員が無実でした。
4人のうち、1人が300人斬り、2人が100人斬りの罪でしたが、全部出鱈目でした。
南京軍事法廷の後に行われた東京裁判では、この無実の4人を含む「膨大な出鱈目有罪判決」を証拠に、司令官だった松井大将を死刑にしました。

今日に至っても、虐殺があったことを証明するマトモな証拠がありません。
マトモな証拠がなかったので、東史郎や朝日新聞は、「東日記」や「宇和田日記」に作り話を書いて、南京虐殺の証拠にしたかったのですが、彼らの嘘はバレてしまいました。

誰にも見られず、誰にも知られず、女子供の死体を残さず、人口を減らさずに、南京市民を虐殺することは不可能です。
日本軍が、南京で虐殺した無辜の市民の人数は0人〜数人だったでしょう。
イメージだけで、何件かの虐殺があったように考えるのはやめて下さい。
イメージはだめです。

もっと詳しいことは、#5701と#5702の目次にある44の投稿を参考にして下さい。

>資料を検証するということ

投稿者: kintakunte2002 投稿日時: 2005/07/13 23:05 投稿番号: [6517 / 41162]
>私は常々思っているんですが、資料を探し解説することには熱心な人も、資料それ自体の信頼性を検証することには何故か無関心な人が多いようですね。

ほんとにそうですね。
資料の信憑性、検証の限界   それについて熱心になる必要があると常々感じていました。

資料を検証するということ(2)

投稿者: nmwgip 投稿日時: 2005/07/13 22:48 投稿番号: [6516 / 41162]
  特に解説は必要ないと思いますが、調査方法に関する要点を整理します。

(1)人口は抽出調査の実測(居住者の人数を実際に数える)から推定。
(2)物的被害については調査員の鑑定により判断。但し、誰が被害を与えたかについては不明。
(3)人的被害については家族からの聞き取り調査により推定。
  (ここには明記されていませんが、調査票に基づく聞き取り調査であったことは広く認められています)

  つまり、人口と物的被害の規模は調査員が客観的に確認したものであるのに対して、人的被害、特にその内訳については、被害者の家族の主張に依存する主観的なデータなのです。
  都市部調査における日本兵の暴行による死亡者2,400人、この人数が実際より少なく申告されたものであるとは考え難い(少なく申告したということは、南京市民が日本軍を庇っているということ)ですから、推定最大2,400人と考えられるでしょう。
  但し、その死因が正しく申告されているという保証もありません。攻略戦によって家族が犠牲になった南京市民が日本兵に対して当然持っていた悪感情を勘案すれば、実際には戦闘による死亡でも暴行による死亡と申告されたケースもあるでしょうし、中国兵によって殺された事例が日本兵の暴行によるものと申告されたケースも当然考えられます。
  南京都市部における日本兵の暴行による死亡者推定値は、
「0人以上2,400人以下」
と解釈するのがスマイス報告都市部調査の正しい見方だと考えます。
  また、農業調査においては、人的被害を埋葬者数で推定するという方法を併用しています。この場合問題となるのは、遺体から戦闘員と非戦闘員を本当に区別できたのかということです。スマイスの調査が行われた3月時点では既に遺体の腐敗が進行していました。従って、民間人かどうかを見分ける手段は、第一に服装だったと考えられます。
  ここで大きな疑問点が浮かび上がります。遺体により死亡者数を推定した農業調査は、民間人と便衣兵を区別できたのでしょうか?
  入念な調査の結果中国兵は含まれていないと結論付けられていますが、腐敗が進行している数千体の遺体の傷痕を検証してそれが戦闘によるものか暴行によるものかを判定することが果たして可能であったのかどうかさえ疑問であるのに、民間人の死体とされた物の中に便衣兵の死体が相当数混入していた可能性が無いとは残念ながら考えられません。
  結局、農業調査の結果を勘案しても、日本兵の暴行により死亡した民間人の数は
「0人以上12,000人以下」
と解釈すべきです。
  実際に何人が戦争犯罪の犠牲になったかを判断する為には、上限12,000人を念頭に置いた上で、別の証拠を探す必要があります。スマイス自身の意図に反して、スマイス報告から日本軍の戦争犯罪によって死亡した民間人が12,000人と推定される、という結論は出てきません。数千人規模どころか、数百人規模の殺害があった、と結論付けることすらできません。

  スマイス報告の人口の推定値は客観的な統計調査に基づくものであり、信頼性が高いと見ていいでしょう。
  しかし、人的被害の推定値については主観的データ及び判定が困難なサンプルに基づくものであり、人口の推定値と同レベルの信頼性を置くことはできません。
  スマイス報告は、南京の人口推定値と、民間人の戦争犯罪被害者の上限推定値を示した物であると考えるべきです。
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