南京大虐殺・従軍慰安婦強制連行の嘘

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矛盾していますか?してるよ。

投稿者: yominokuni56 投稿日時: 2005/06/15 23:15 投稿番号: [6040 / 41162]
わからんの?(笑)

げげげ   (^^;

投稿者: ja2047 投稿日時: 2005/06/15 22:23 投稿番号: [6039 / 41162]
>これだけ無視を続ける貴方の執念と粘着性には驚かされます・・

あのね、私は4ヶ月に亘る乱闘の末に
「嘘つきの相手はしません」と宣言したんです。

あっさり相手した日にゃあ、私がウソついたことになるでしょ?


>貴方の執念と粘着性には驚かされます・・

よく言うわい   (^◇^

>> 攪乱工作説は東中野氏の妄想

投稿者: ja2047 投稿日時: 2005/06/15 22:19 投稿番号: [6038 / 41162]
長いレスをいただきましたが、

>> 事実確認については論点を絞らないと、「結論ありき」になります。
>   「攪乱工作説は東中野氏の妄想」という決め付けこそが「結論ありき」だと思いますが。

論点を絞ることに同意いただいたと思いますので、順番に行きましょう。

どうもね、話が自分の思い通りに行かなくなると、
「ならこれはどうだ」   というように話題を拡散する人が多くて困るぬんですよね。
たぶん、あなた自身もそういう経験がおありだと思います。
だから、ひとつづつ結論を出していくことに同意いただけると考えています。

というわけで、まずは、ご要望に従って、「武器の扱い」についての議論から始めたいと思います。
次のレスは明日になるかもしれません。
裏付けを再確認しながら書くのは、意外に骨が折れるのですよ。





なお、でりちゃんについては、この件では、同じことを繰り返し
主張しているだけで、ここから一歩も進歩していないので、
後回しにさせてもらいます。
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=GN&action=m&board=1835559&tid=ffccfc0oaha4obfafnaca4ja4na4aba1a9&sid=1835559&mid=6598
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=GN&action=m&board=1835559&tid=ffccfc0oaha4obfafnaca4ja4na4aba1a9&sid=1835559&mid=6655
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=GN&action=m&board=1835559&tid=fn5febg5tbba6a1a6bdbe730v0bix6afc0a9 oa29ta4obbvbcb&sid=1835559&mid=5360&thr=5318&cur=5318&dir=d
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=GN&action=m&board=1835559&tid=fn5febg5tbba6a1a6bdbe730v0bix6afc0a9 oa29ta4obbvbcb&sid=1835559&mid=5368&thr=5318&cur=5318&dir=d


ja様:Fさんを無視するのは止めてください

投稿者: snjitutoseiginohitofsann 投稿日時: 2005/06/15 22:03 投稿番号: [6037 / 41162]
これだけ無視を続ける貴方の執念と粘着性には驚かされます・・

> 攪乱工作説は東中野氏の妄想

投稿者: nmwgip 投稿日時: 2005/06/15 21:23 投稿番号: [6036 / 41162]
#6062
> 使用に備えて隠匿するのと、遺棄された兵器があるのは違います。
> 南京市内は遺棄兵器だらけです。

#5998引用文書
>ウイルソンの手紙
>十二月三十日   木曜日
>(途中省略)きょう哀れな愚か者が、大学の養蚕施設にある難民キャンプに避難している男性のことを怒って、こともあろうに日本兵を数人連れてきて、六挺のライフル銃が埋めてある場所を教えてしまった。激しいののしり合いがあって、四人の男性が連行された。うち一人は中国陸軍の大佐だったという忌まわしい罪をきせられた。彼がまだ生きているとは考えられない。

  「六挺のライフル銃が埋めてある場所を教えてしまった」が遺棄ですか?
  どう考えても隠匿だと思うんですが。

#6062
> 両軍ともまともに捕虜を取らない戦争をやってることは皆知ってましたから、逃げ通すことを考えていたんです。

  つまり安全区に逃げ込んだ中国兵は交戦状態を継続していた訳ですね。

#6062
> 流入を拒否することができなかったので、ひとまず武装を放棄させて入れたのですね、
> で、引き渡しの交渉に日本側司令部へ出かけた間に安全区掃討が始まったのです。
> 安全区委員会は出来る範囲のことはやったと評価していいでしょう。

  中国兵は交戦状態を継続していたのですから、流入を拒否できなかった時点で中立地帯としてはアウトなんですけどね。
  それに、引渡し交渉と言われますが、国際委員会は逃亡兵の身柄を確保していたんですか?   そんな形跡は見られませんが。
  国際委員会に逃亡兵の身柄について日本軍と交渉する資格があったとは思えません。
  が、要点はここではありません。
  「ひとまず武装を放棄させて」と言いますが、その武装は何処へ行ったのですか?
  国際委員会が武装を放棄させたのなら、何故国際委員会から日本軍へ武器の引渡しが行われなかったんですか?

#5998引用文書
> 南京日本大使館宛書簡
> ――十二月三十日
> 南京、金陵大学
> 一九三七年十二月三十日
> 南京日本大使館諸賢
> 拝啓
> 午後二時頃、金銀街六号の金陵大学蚕桑系の建物に憲兵隊将校および兵士が来ました。彼らはWC(便所)の後ろに小銃六、拳銃三―五およびそばで見た人たちによれば機関銃の部分と思われるものを発見しました。人々によれば、これらの銃は敗残兵によって投げ捨てられたもので、面倒を避けるために埋められたものだと言います。

  何故こんなことが起こるんですか?
  国際安全委員会が自らの責任において武装解除を実施できなかったからでしょう?
  一体何を根拠に「ひとまず武装を放棄させて入れた」と主張するんですか?

#6062
> 軍発表はこの点で少し情報に手が加えられているように思います。

  この主張の根拠は何ですか?
  「使用に備えて隠匿するのと、遺棄された兵器があるのは違います」と言われますが、両者の違いを第三者が一体どうやって見分けられるのですか?
  路上に遺棄されていた物ばかりではあるまいし、隠されていた武器が使用を前提としない物だと言い切る根拠は何処にも無いと思いますが。

#6062
> あなたのこのコメント自体がかなり”風聞”によるもののようです。
> 大使館はそのような確認はしていません。

  いきなり「風聞」ですか。
  失礼な人ですね、貴方は。
  「少なくとも日本大使館員によって確認された範囲では」と言っているでしょう?
  当時南京大使館書記官だった福田篤泰氏の証言が捏造であるという証拠を貴方は何かお持ちなんですか?
  後年の回顧であるという弱点はありますが、伝聞ではなく、その場にいたことが確実な人であり、大使館に持込まれた訴えについては当事者だった人の言っていることですよ。

> ちょっと粗雑な議論になってますので、ひとまずはここまで、

  粗雑な議論を展開しているのは誰でしょう。
  そろそろ礼儀を考慮するのがバカバカしくなってきましたよ。

> 事実確認については論点を絞らないと、「結論ありき」になります。

  「攪乱工作説は東中野氏の妄想」という決め付けこそが「結論ありき」だと思いますが。

> 時間がないので詳細説明は後に譲ります、資料的な裏付けまで紹介している時間がありません。

  どんな裏付け資料が出てくるか、楽しみにしています。
  特に「ひとまず武装を放棄させて入れた」の根拠は外さないで下さい。

朝日はバカ

投稿者: hjjsgxc 投稿日時: 2005/06/15 18:48 投稿番号: [6035 / 41162]
藤岡信勝氏(東大教授)は産経新聞八月八日付の「正論」欄でこう述べている。
http://www.sankei.co.jp/pr/seiron/koukoku/1998/9810/oshima.html
そもそも、慰安婦問題の発端から今日に至るまで、
その主役は一貫して朝日新聞であった。
慰安婦問題のすべての出発点は、被害者の訴えでもなければ韓国政府の要求でもなく、
吉田清治という詐話師の書いた
『私の戦争犯罪――朝鮮人強制連行』(一九八三年、三一書房刊)という偽書である。
昭和十八年に韓国の済州島で慰安婦の奴隷狩りをしたという著者の「証言」を、
朝日は何の検証もせず論説委員が手放しでほめそやした。
それがまったくのつくり話であったことが暴露されてからも朝日は、
この大誤報についてただの一行の訂正記事も読者への謝罪も行っていない。
朝日はいつまで、こうした醜悪・卑劣な 「朝日新聞の正義」を貫くつもりなのか。

http://www.tamanegiya.com/jyuugunniannfu.html
↑より抜粋

韓国軍にも慰安婦制度
http://www.tamanegiya.com/kannkokugunniannfu-.html

大嘘大国 中国

投稿者: chankoro_kirai 投稿日時: 2005/06/15 18:19 投稿番号: [6034 / 41162]
中国の歴史教科書は嘘つき捏造教科書でその殆ど全部が
中国共産党の誤魔化しである。

中国の子供は繰り返し嘘を教えられ日本をスケ-プゴ-トに
することをたたき込まれる。

日本が日中国交正常化後、中国政府に過去の大戦で迷惑を
掛けたことを再三、公式に謝罪したことなどは一切教えない。

しかも条約締結時、毛沢東を始め中国の指導層は日本に対し
戦争への賠償を放棄すると宣言したにも関わらず日本は
謝罪も賠償もしていないと教えている。

尚かつ、日中平和条約締結後からの30数年間でODAその他
何兆円に上る日本からの援助を国民にも子供にも教えず
中国共産党の失政から国民の目を逸らすため反日を煽ることで
誤魔化し続けている。

間違った教育を受けた何も知らない中国の若者は政府の
政策を信じて反日デモなどを正しいこととしてやるが、
常識を逸脱した行為は世界から非難され
中国人自身の値打ちを貶めている。

外国へ出た中国人は自国政府の欺瞞を知るだろうが洗脳されて
客観的に判断出来る人は少ない。

自国内だけで物事が完結する時代ではない今や何か起きると
すぐに世界中に知れ渡る。
国際常識を弁えないと中国自身が国際社会からはみ出される。

>南京捏造問題・・longlivezhongguo

投稿者: chankoro_kirai 投稿日時: 2005/06/15 16:52 投稿番号: [6033 / 41162]
>わが国及び朝鮮ニ国は、捏造していない。
>われわれを嘘つき呼ばわりするのは
止めてもらいたい。 <

冗談はあんたの顔だけにしてください。

中国と朝鮮が嘘を吐かなければ
世界に嘘と言う単語は不必要です。

>南京捏造問題と捏造娼婦問題

投稿者: longlivezhongguo 投稿日時: 2005/06/15 14:11 投稿番号: [6032 / 41162]
>嘘の歴史を勝手に捏造する中国人と朝鮮人

わが国及び朝鮮ニ国は、捏造していない。
捏造が事実とすれば、
日本の新聞がしたことだ。

われわれを嘘つき呼ばわりするのは
止めてもらいたい。

南京捏造問題と捏造娼婦問題

投稿者: chankoro_nante 投稿日時: 2005/06/15 07:16 投稿番号: [6031 / 41162]
がどうしたというのでしょうか。

中国と朝鮮の嘘にすぎないでしょう。

嘘の歴史を勝手に捏造する中国人と朝鮮人

南京捏造問題と捏造娼婦問題

投稿者: chankoro_nante 投稿日時: 2005/06/15 07:07 投稿番号: [6030 / 41162]
がどうしたというのでしょうか。

中国と朝鮮の嘘にすぎないでしょう。

> 原爆投下、、避難勧告ビラの投下。

投稿者: yominokuni56 投稿日時: 2005/06/15 06:44 投稿番号: [6029 / 41162]
>投下地点の選定については、「軍事施設のみという科学者の主張に米軍側が強く反対し、結局、民間人を大量に殺りくすることが決定された」としている。


昭和20年6月にアメリカ軍は広島、小倉、新潟の選定を行い、原爆投下目標として決定している。

市民の殺戮が目的ならば、原爆投下前日あるいは当日、空中より、新型爆弾投下につき避難勧告ビラを投下、ばらまいているのは何故なんでしょうかね?

早くこの地から逃げて下さい、新型の爆弾を落としますよ。、、と、日本政府は脅しだと、市民をなだめていますが、、?(すでに新型爆弾であることを知りながらですよ)

投下後もひた隠しに隠したのは日本政府でしたね(笑)

東京大空襲時、大阪、名古屋、神戸にも避難勧告ビラは投下されていますよ。

>>日本は何故原子爆弾で被爆された

投稿者: yominokuni56 投稿日時: 2005/06/15 06:36 投稿番号: [6028 / 41162]
もっと、現実の話をしましょうね(笑)
相手するのもあほらしくなりまんな

詐欺師の中に入れば、ウソも常識となる

投稿者: yominokuni56 投稿日時: 2005/06/15 06:34 投稿番号: [6027 / 41162]
>歴史を正しく見直しましょう。

これは賛成だな(笑)

>すべてを日本の性だとする、気代のペテン師、それはお前だよ

ペテンが日本人の性だと書いた覚えはないがな(笑)

ペテンだと思うなら、気にするなよ、放っておけば良いことだよ。

オレオレ詐欺も、放っておくに限るぞ(笑)

しかし、こまめに、イチャモンを付けてくることは気になってショウがないということだろう(笑)

日本軍の行動をまじめに考えれば解ることだよ。

こういう言葉がある。
「身に染まりては、悪事も、また、見えざるものなり」

詐欺師のグループの中に入っていれば、ウソも常識としてホントに思えてくるということだよ。

時にはまともな考えを持った人と話すのも良いと思いますよ(笑)

攪乱工作説は東中野氏の妄想

投稿者: ja2047 投稿日時: 2005/06/15 06:30 投稿番号: [6026 / 41162]
時間がないので詳細説明は後に譲ります、資料的な裏付けまで紹介している時間がありません。

>安全区に逃亡兵が潜伏したのは事実ですよね?
安全区で武器が見つかったことも事実ですね?
これでどうして、安全区内に逃亡兵による抗日武装勢力が潜伏しているという発表が「擦り付けの工作」になるんでしょう?

それが、「南京市内の混乱は中国兵によるものだ」という発表として行われたことを
擦り付けと言っているのです。
で、それはlonglivezhongguo の指摘通り、この時点では失敗したのですが、
後世、東中野センセを巻き込むことには成功したようです。

>抵抗の意思がないなら、投降するんじゃないんですか、普通は。

両軍ともまともに捕虜を取らない戦争をやってることは皆知ってましたから、
逃げ通すことを考えていたんです。

>それに安全区を設定した以上、国際委員会は敗残兵の流入を阻止すべき義務があったことも認めますよね?
そして侵入した逃亡兵を日本軍に引き渡す義務があったことも。

流入を拒否することができなかったので、ひとまず武装を放棄させて入れたのですね、
で、引き渡しの交渉に日本側司令部へ出かけた間に安全区掃討が始まったのです。
安全区委員会は出来る範囲のことはやったと評価していいでしょう。

>それからこれが最も重要な点ですが、挙げて頂いた事例は、日本軍が自軍の犯罪行為を中国軍に擦り付けた例になるんですか?
  どういう動機であれ、占領下において武器を隠匿するのは歴とした犯罪行為でしょうに。

使用に備えて隠匿するのと、遺棄された兵器があるのは違います。
南京市内は遺棄兵器だらけです。
軍発表はこの点で少し情報に手が加えられているように思います。

>あと、挙げられた資料の中にはいかにも日本兵が中国人婦人を強姦したような記述が含まれていますが、これに信憑性はあるんですか?

南京での強姦の多発は日本軍部内でも大問題になってますので、多発したのは間違いないでしょう。

>南京大使館に提出された被害届のほとんどは、少なくとも日本大使館員によって確認された範囲では無責任な風聞か虚偽だったと判明しているはずですが。

あなたのこのコメント自体がかなり”風聞”によるもののようです。
大使館はそのような確認はしていません。

ちょっと粗雑な議論になってますので、ひとまずはここまで、
事実確認については論点を絞らないと、「結論ありき」になります。

うわあ、 でりちゃん

投稿者: ja2047 投稿日時: 2005/06/15 06:11 投稿番号: [6025 / 41162]
>卑怯な支那の撹乱工作隊

資料で裏付けられた部分と、東中野センセの妄想は分けて考えなくちゃ行けないわけで、
この件何度もでりちゃんとは話してるのだが、あっさり振り出しに戻してくれるなあ。


人をうんざりさせる力も能力のうちだと思えば、でりちゃんは間違いなく有能だ。

従軍慰安婦に関する国会討議(6)

投稿者: nmwgip 投稿日時: 2005/06/15 00:51 投稿番号: [6024 / 41162]
○小山孝雄君   これはもう一度検定に当たって精査をしていただきたい、こう思うわけであります。
  時間がなくなりました。政府の調査資料をここに持ってきておりますが、約二メートルに及びます。二百八十点、二千ぺ−ジ、全部目を通してみました。そのことも一つ一つ精査したかったのでありますが、時間がなくなりましたので、資料をお配りしておりますが、思われているようなことだけじゃないということがその資料の中からきっちりと読み取れて、たくさんの資料が出てきております。その審議はまた後日に譲りたいと思います。
  最後に、総理にお尋ねいたします。大変口幅ったいことを申すようでございますけれども、一国の総理の決断というものは本当に重いものだと思います。そして、その時代その時代、今生きている人たちだけじゃなく、過去の日本国国民そしてこれから日本国国民になる未来の人たちすべてに、そのときの最高トップの決断というのは影響を及ぼすものだと思います。
  そういう意味で、総理の就任一周年に当たっての、一日たりとも一瞬たりとも心の休まる日はなかった、ときはなかったとお話しになられましたけれども、本当に重く受けとめております。そうしたことも踏まえて、この問題に対する御所感を伺って、終わりにいたします。

○国務大臣(橋本龍太郎君)   確認を申し上げるというのは大変失礼な言い方かもしれませんが、私は慰安婦問題というものが女性の名誉と尊厳を傷つけるこの上ないものであるということについてはどなたも認識は同じだと思います。
  その上で、私なりに申し上げさせていただきますならば、私どもは歴史の重みというものは常に背負っていかなければなりません。そして、その中でまた次の世代に伝えていくべき責任というものもあると思います。
  問題は、例えば幾つのころにどの程度まで知ってもらえばよいのか、またその国の歴史として知っておいてもらわなければならないことはどうなのか、今そのような思いを、議員の御質問をまた政府側の答弁を聞きながら感じておりました。

……最後の橋本総理(当時)の発言は一体どう理解すればいいのやら。
間違った歴史を子供たちに教えるべきだ、と言っているとしか思えない暴論だ。

従軍慰安婦に関する国会討議(5)

投稿者: nmwgip 投稿日時: 2005/06/15 00:50 投稿番号: [6023 / 41162]
○小山孝雄君   そうしますと、公開されていない資料、そして個々の裏づけ調査をしていない資料で政府は平成五年八月四日の決定を行った、こういうことになりますか。

○政府委員(平林博君)   結論としてそのとおりでございますが、全体を子細に検討して、総合的に判断した結果ということでございます。

○小山孝雄君   そういうことですから、当時この調査に当たった、政府の方針に携わった方々が今いろんなところで疑問を呈しておられる、こういうことだと思います。既に公表されているものでも研究者が、例えば秦郁彦千葉大教授だとか西岡力東京基督教大学助教授の詳細な調査、検証が行われていて、既に公にされている証言集等についてはほとんど信憲性がないということが立証されているわけであります。
  例えば、今発売されている文芸春秋誌上には先ほど申し上げました櫻井よしこさんのレポート、あるいは産経新聞の先週の日曜日だったでしょうかインタビュー記事、例えば当時の石原信雄官房副長官が、韓国における政府の聞き取り調査が決め手になったことを認めた上で、「最後まで迷いました。第三者でなく本人の話ですから不利な事は言わない、自分に有利なように言う可能性もあるわけです。それを判断材料として採用するしかないというのは……」と述べているわけであります。
  また、当時の外政審議室長も、今どこかの大使に行っていますが、「そのまま信ずるか否かと言われれば疑問はあります」と証言しております。さらにまた、聞き取り調査に行った当時の外政審議室の審議官田中耕太郎さんは、調査が終わった日にソウルでの記者会見で、証言をした慰安婦の方々の「記憶があいまいな部分もあり、証言の内容をいちいち詳細には詰めない。自然体でまるごと受けとめる」という記者会見をしたのも日本のマスコミにきっちり出ているわけであります。
  こうした経緯があるわけでございますけれども、やはりここで大きな疑問が残るわけでございまして、そうした資料をもとにああいう決定をしたんですかという疑問はまだまだ残るわけであります。
  官房長官、お尋ねいたしますけれども、そうした経緯があって河野長官のときにあの決定がなされたわけでありますけれども、そうすると、あの時代、軍や警察に身を置いて国のために身命を賭した方々の名誉というのは一体どうなるのかという問題も残るわけでございます。官房長官、御所感をお聞かせいただきたいと思います。

○国務大臣(梶山静六君)   いわゆる従軍慰安婦問題に関する官房長官談話につきましては、当時政府として全力を挙げて誠実に調査した結果を全体的に取りまとめたものと認識をいたしておりますし、その判断をもととし、それを踏襲して現在に至っているわけであります。
  委員の御指摘を伺いながら、またさまざまな報道や資料を改めて拝見いたしますと、この問題の難しさを改めて感ずるわけであります。

○小山孝雄君   そういう経過があって、そしてことしの中学校の教科書に従軍慰安婦のことが記述されている。お配りのとおりであります。
  文部大臣にお尋ねいたしますが、従軍慰安婦、政府の調査では「いわゆる」という言葉をつけているわけですけれども、何もつけないで従軍慰安婦という言葉が載っております。これはどういう意味でしょうか。

○国務大臣(小杉隆君)   厳密に言いますと、七冊の教科書のうち単に慰安婦と表現しているのが三冊、従軍慰安婦と言っているのが三冊、そういう言葉を使わずに慰安施設と使っているのが一冊、こういう内訳でございます。
  私どもは、今政府の調査の報告の話がありましたが、そこでも使われておりますし、また各事典におきましても使われておりますし、マスコミ等でも流布されていると、そういうことを考えましてこういう記述になったと理解しております。

従軍慰安婦に関する国会討議(4)

投稿者: nmwgip 投稿日時: 2005/06/15 00:32 投稿番号: [6022 / 41162]
平成09年03月12日   参議院予算委員会

○小山孝雄君   全体としてというのでは本当によろしくない。例えば、午前中、本委員会に入る前に科技庁長官から東海村の動燃の事業所での爆発事故の経緯説明がありましたけれども、こうしたことは一つ一つ真相を常に明らかにして進んでいくということが大事だと思います。
  再び外政審議室長にお尋ねしますが、政府の報告書の中で、調査資料の中で強制連行があったと判断したもとの資料は何でしょうか。

○政府委員(平林博君)   政府の発見しました資料の中からは軍ないし官憲による強制連行の記述、そういうものはございませんでした。
  今申し上げておりますのは、ほかの証言、資料等も含めまして総合的に強制的な要素があったということを申し上げている次第でございます。

○小山孝雄君   ここに報告書の写しを持っております。私がここに持っておりますので、どれがどれで、どれが公開されて、どれが非公開なのか、明らかにしてください。

○政府委員(平林博君)   今、先生のお持ちの資料の中には、日本の関係省庁、それから国立国会図書館、アメリカの国立公文書館等のほかに、関係者からの聞き取り先、あるいは参考としたその他の国の内外の文書及び出版物が並べられておると思うんですが、このうち公開していないものは関係者からの聞き取りだけでございまして、その他はすべて公開をしている次第でございます。

○小山孝雄君   参考とした国内外の文書は全部公開でしょうか。

○政府委員(平林博君)   原則として今おっしゃったとおりでございますが、韓国の太平洋戦争犠牲者遺族会というのがございますが、ここの資料だけは内部資料だということで渡されておりますので、これは例外的に非公開ということになっております。

○小山孝雄君   そうしますと、我が日本国の各行政機関、それから国立国会図書館、国立公文書館、そして米国国立公文書館から出たものは全部公開されている。そこには強制連行を直接示す資料はなかったということが確認された。
  そうすると、残りは関係者からの聞き取り調査です。すなわち、元従軍慰安婦を中心とした関係者からの聞き取り調査は明らかにされていない。それから、参考文献の中に太平洋戦争犠牲者遺族会等韓国の遺族会がまとめた元慰安婦の証言集、これが非公開ということですね。

○政府委員(平林博君)   そのとおりでございます。

○小山孝雄君   その証言集の裏づけはとっておりますか。

○政府委員(平林博君)   お答え申し上げます。
  個々の証言を裏づける調査を行ったかという御趣旨でございましたら、それは行っておりません。個々の方々、これは元従軍慰安婦もおりますし、元慰安婦もおりますし、それから軍人さんたちのあれもございますが、それの証言を得た上で個々の裏づけ調査をしたということはございません。

従軍慰安婦に関する国会討議(3)

投稿者: nmwgip 投稿日時: 2005/06/15 00:30 投稿番号: [6021 / 41162]
○片山虎之助君   いやいや、それじゃその資料だけであの調査結果ということは、なかなか私はすぐは結びつかないような気がしてしようがないんですよ。
  いずれにせよ、しかしそれはきちっと資料として出していただきたいと、こういうふうに思います。もう一度。

○政府委員(平林博君)   御要求がございますれば資料をいつでもお持ちして参上いたします。これはどなたにも、研究者、一般の方を問わず見ていただいておりますが、御要求がございましたらいつでもお持ちして御高覧に供したいと思います。

○片山虎之助君   特定の個人の方の名前を出すのは本当はちょっと恐縮なんですが、当時の官房長官は河野さんで、河野さんが暮れのある新聞に、残された資料によれば、その当時の談話で彼が言ったことを裏づける資料はある、しかもそういう事実もあるということを言われているんですよ。それは恐らく個人の資料じゃなくて外政審議室か何かの資料だと思うんですが、そういうものはありますか

○政府委員(平林博君)   残された資料はございます。当時の河野官房長官がおっしゃっていた資料も、どのことをおっしゃっているのか今つまびらかにしませんが、すべてそろっておりますので、いつでも御高覧に供することができると思います。

○片山虎之助君   それじゃ、すべてのそういう資料を当予算委員会に出すことを改めて要求します。理事会で御協議いただきたいと思います、委員長。

○委員長(大河原太一郎君)   資料要求については、後刻理事会において協議して処置します。

従軍慰安婦に関する国会討議(2)

投稿者: nmwgip 投稿日時: 2005/06/15 00:30 投稿番号: [6020 / 41162]
○片山虎之助君   従軍というのは軍属ですよ、軍籍を持つということなんですね。したがって、従軍記者だとか従軍看護婦さんはおるんです。従軍慰安婦なんというのはないんですよ。勝手につくった言葉でひとり歩きをしている。しかも、この言葉は一定のイメージを与えるんですよ。不正確でありかつ一定のイメージを与える。特に私は大変な影響があると思う。
  そこで、文部大臣が今言われた平成五年八月四日の外政審議室の調査、それに基づく官房長官の談話がこれまた不正確なんですよ、不正確。軍が関与していると。関与はしていますよ。関与にもいい関与、悪い関与、積極的な関与、消極的な関与があるんだから。それは兵士を守るために消極的にはいい関与をしたんですよ。だから、それは私は否定しません、否定しない。それじゃ、強制連行や強制募集、そういうことの事実が確認できたかどうかなんです。ところが、あの調査報告も官房長官談話もかなりあいまいなんです。
  そこで、外政審議室長、どういう調査をしましたか。

○政府委員(平林博君)   お答えを申し上げます。
  政府といたしましては、二度にわたりまして調査をいたしました。一部資料、一部証言ということでございますが、先生の今御指摘の強制性の問題でございますが、政府が調査した限りの文書の中には軍や官憲による慰安婦の強制募集を直接示すような記述は見出せませんでした。
  ただ、総合的に判断した結果、一定の強制性があるということで先ほど御指摘のような官房長官の談話の表現になったと、そういうことでございます。

○片山虎之助君   今の審議室長の話は、資料と証言を集めた、資料には強制性を示すようなものはなかったと。ということは、(「そんなことはない」と呼ぶ者あり)いや、今答弁したんだから。
  そこで、それじゃ証言ということになる。その証言はどういう人から集めましたか。

○政府委員(平林博君)   その前に、強制性の問題でございますが、今御答弁申し上げましたのは、強制募集を直接示すような記述は見出せなかったと。ただ、もう少し敷桁して申し上げれば、いわゆる従軍慰安婦の方々の日常の生活等におきましては強制性が見られるということで先はどのような官房長官の談話になったということでございます。
  証言につきましては、元従軍慰安婦とされる方々本人、それからいろいろな研究者、学者等でございます。

○片山虎之助君   いや、日常生活の強制性なんというのは、これはある意味ではわけがわからないんですよ。そういう資料があるなら、また出していただきたいと思いますが。
  そこで、結局は証言を中心にどうもあの調査報告や何かができたんじゃないかというふうに私は思っている。証言というのは、当事者の両方なり第三者が入る証言でないと、片っ方だけの証言者を集めてということは、ちょっと私は客観性を欠くんじゃなかろうかと。
  そこで、この調査報告なり当時の官房長官談話のバックデータ、資料があればディスクロージャーしていただきたい。

○政府委員(平林博君)   調べた限りの資料につきましては、それぞれの省庁、さらにはまとめまして外政審議室にございまして、一般の閲覧に供してございます。

従軍慰安婦に関する国会討議(1)

投稿者: nmwgip 投稿日時: 2005/06/15 00:29 投稿番号: [6019 / 41162]
従軍慰安婦にまともな根拠はないということは国会で明らかにされている。
少し長いが、該当議事を全文引用してみよう。

平成09年01月30日   参議院予算委員会

○片山虎之助君   いや、それは簡易にすぐ言えて、そこできちっと、公式非公式じゃなくて、議論をしてよりよい教科書をつくるというような場を設けるんですよ。
  時間が余りありませんからあれですが、実は教科書の偏向記述の問題やいわゆる従軍慰安婦の問題で今国内のいろんなところで大変論議が起こっている。私の地元の岡山県議会も十二月十九日に、中学校の歴史の教科書の従軍慰安婦の記述を落とせという陳情の趣旨採択をしたんです。全国で今十ある。それから、県でも四県用意しているところがある。ほかにもいっぱい広がっていますよ。やっぱりそれだけ国民の関心が教科書問題に向かってきたんです。私なんかは門外漢だった。だから、こういうところでこういう質問をするということは、これはこれでいいのかなと、普通の国民が私はそう思っていると思うんですよ。
  そこで、いわゆる従軍慰安婦の問題は私はやや感情過多になり過ぎていると思う、ともに。もっと事実だけを冷静に検証して、それに基づいた議論をすべきなんです。聞く耳を相手は持たない、こういうのは私は困ると思います。しかし、実際はいろんな動きが出ている。私はどうやってこれを直すかということは大きな国民的課題だと思いますけれども、まず従軍慰安婦という言葉はやめてくださいよ、教科書でも、政府のものでも。政府の場合には「いわゆる」が上についているけれども。これは誤解を招くに決まっている。文部大臣は二種類あると言った、従軍という言葉に。そんなこと国民はわかりますか、いかがですか。

○国務大臣(小杉隆君)   そもそもこの慰安婦という記述が教科書に載るようになった経緯については先生も十分御承知だと思うんです。
  戦後処理問題が非常に議論されたのがたしか平成三年の三月ごろだったと思いますが、その後政府としてもいろいろな調査、内外のいろいろな調査機関に当たったりあるいはいろんな資料を検証したりして、客観的な調査研究の結果として平成五年八月に政府の慰安婦関係調査結果というものが出されました。そして、この問題が社会的に大きく取り上げられまして、歴史的事象の一つとして中学生にも理解が可能である、こういうことから執筆者並びに教科書発行会社の方で記述に踏み切ったものと考えております。
  私どもは、そうした経緯を尊重しながら、よりよい検定制度というものをつくっていくためにさらに努力したいと思っております。

>>上海爆撃と南京大虐殺

投稿者: nmwgip 投稿日時: 2005/06/15 00:27 投稿番号: [6018 / 41162]
  何が言いたいのか分からないんですが。

  安全区に逃亡兵が潜伏したのは事実ですよね?
  まさかこの事実を否定しませんよね?
  安全区で武器が見つかったことも事実ですね?
  これでどうして、安全区内に逃亡兵による抗日武装勢力が潜伏しているという発表が「擦り付けの工作」になるんでしょう?
  抵抗の意思がないなら、投降するんじゃないんですか、普通は。
  少なくとも戦争の常識を弁えていた日本軍士官たちはそう考えたと思いますよ。
  投降したら虐殺されると中国兵が考えていたかどうかなんて、この際無関係です。
  抵抗の意思がなければ投降する、投降しなければ抵抗継続の意思があると見なす。
  これは戦場における常識でしょう。
  抗日武装勢力の存在が事実か誤認かは今となっては解明しようのないことですが、十分合理的な推定だと思いますが。

  それに安全区を設定した以上、国際委員会は敗残兵の流入を阻止すべき義務があったことも認めますよね?
  そして侵入した逃亡兵を日本軍に引き渡す義務があったことも。
  中立国の権利を主張し安全地帯を設定したなら、逃亡兵を積極的にであれ消極的にであれ匿うが如き中国軍に加担する行為は許されないのが戦時の国際慣習のはずですよね?
  安全区の国際委員会が軍人ではない人間を識別できたのなら、軍人であった人間も識別できるはずです。
  それなのに何故不法に侵入した逃亡兵の検挙に協力しなかったんですか?
  もし故意に中国軍に利する行為を働いたのなら、国際委員会は中立の第三者ではなく、その証言も中国当局関係者のものとして評価しなければなりませんよ。
  逃亡兵の検挙に協力する能力がなかったのなら、国際委員会には逃亡兵による抗日武装勢力の存在を否定する証言能力もないということです。

  それからこれが最も重要な点ですが、挙げて頂いた事例は、日本軍が自軍の犯罪行為を中国軍に擦り付けた例になるんですか?
  どういう動機であれ、占領下において武器を隠匿するのは歴とした犯罪行為でしょうに。
  武器を発見したら日本軍か国際委員会に届けるよう徹底しなかったラーべやベイツたち委員会の責任ですよ、この事件は。

  一体何が擦り付け工作なのか、意味不明です。
  話を逸らし中国政府の悪辣さの印象を軽減することが目的でなければ、改めて合理的な説明をお願いします。

  あと、挙げられた資料の中にはいかにも日本兵が中国人婦人を強姦したような記述が含まれていますが、これに信憑性はあるんですか?
  南京大使館に提出された被害届のほとんどは、少なくとも日本大使館員によって確認された範囲では無責任な風聞か虚偽だったと判明しているはずですが。
  何故この文脈で、日本軍が犯罪行為を働いたが如き印象付けをしようとするのか、その理由も説明してください。

「裁判に付し得ない」

投稿者: heinz_bar 投稿日時: 2005/06/15 00:22 投稿番号: [6017 / 41162]
ここには、自衛戦争か否かに関する各国の「自己解釈権]
(right   of   auto-interpretation)(自主的解釈権ともいう)が明白に承認されている。
ケロッグはまた上院外交委員会で証言し「アメリカ政府は自衛の問題の決定をいかなる裁判所であれ、
それに委ねることを決して承認しないであろう。
また(他国政府も)この点については同様に承認しないであろう。」
と述べている。
ここでは、交戦国の双方が共に自衛戦争の主張を行うような場合に
自衛か侵攻かの認定の問題は「裁判に付し得ない」(not   justiciable)
という法的状況にあることが明示されている。


はい、yominokuni56くん、ここ注目(笑)



自衛戦争か否かに関する各国の「自己解釈権]が明白に承認されている。


交戦国の双方が共に自衛戦争の主張を行うような場合に
自衛か侵攻かの認定の問題は「裁判に付し得ない」

課題山積 yominokuni56

投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2005/06/14 23:01 投稿番号: [6016 / 41162]
いい加減、「全部嘘でした。ゴメンナサイ。」と言って謝れば楽になれるぞ。


#5756や#5775や#5783や#5787や#5799や#5802や#5814や#5879や#5882や#5902で俺が述べた質問や反論に対して、まったく応答がないのだが、

1.「夜間空襲のもう一つの恐怖は 日本軍爆撃機が「毒ガス」を散布することである。(ウイルソン文書)」は、嘘っぱちのでっち上げだったことを認めるんだな?#5756

2.支那軍がわざと上海の市街地を狙って爆撃し、日本軍の仕業に転嫁して逆宣伝したことを認めるんだな?#4553、#5397、#5775

3.11月にブリュッセルで開かれた9カ国会議で、「日本の支那侵略に対して警告を発した」は、嘘っぱちのでっち上げだったことを認めるんだな?#5783

4.日本の不拡大方針は終始継続されたことを認めるんだな?#5787

5.第2次上海事変は軍令部並びに第3艦隊が周到に作戦準備をして開始したものではないことを認めるんだな?#5799

6.支那側は停戦協定を何度も繰り返し破り、8月9日に予定されていた和平会談も支那が海軍陸戦隊の大山中尉を上海の虹橋飛行場近くで惨殺してぶち壊し、さらに上海戦の後11月6日に蒋介石に伝えられた和平条件も蹴って南京戦を強行したことを認めるんだな?#5799

7.石射猪太郎の陸軍に対する憎しみが常道を逸していたことを認めるんだな?#5802

8.上海戦は、蒋介石が攻撃を始めて日本が防衛した戦争だったと認めるんだな?#5814

9.上海戦における日本軍の損害が予想を超えた理由は、日本の不拡大方針による小出しの兵力投入と、支那軍の細菌戦のせいだったことを認めるんだな?#5814

10.日本軍の食糧は、日本本土からの補給を原則としたが、補給が不如意になって現地調達する際にも、支那軍のように強奪するのではなく、カネを払って調達したことを認めるんだな?#5851、#5868、#5879

11.南京戦の前に多くの南京市民は南京を脱出し、残った20万人も全員が国際安全区に避難して無事だったことを認めるんだな?#5882、(#4674、#5696)

12.上海から南京への道路沿いの村々や周辺の村落を破壊、略奪、放火したのは支那軍であり、支那はそのような焦土作戦(清野作戦、焦土戦術)をしておいて、「三光作戦」と称して日本軍の仕業に転嫁したことを認めるんだな?#5882

13.「句容県誌」(日本軍侵占句容期間暴行録)という記録は、いつ、誰が、書いたのか?
どうして、南京軍事法廷や東京裁判(1946年〜1948年)に、証拠として提出されなかったのか?#5902


(以下はtatetayonさんからの引継ぎ)

1.英国が「アヘン戦争の反省をした」とする根拠・事実を示しなさい。#5514

2.「首相、官房長官、外務大臣は靖国神社参拝は自粛する」との覚え書を示しなさい。#5514

>句容県誌、高淳県誌、江浦県誌

投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2005/06/14 22:56 投稿番号: [6015 / 41162]
>約80発の爆弾が落とされ、住民約100余人が死亡した。破壊され焼失した家屋は700余間(200余戸)(高淳県誌)
>12月6日日本軍(国崎支隊)が水陽鎮から県境の水碧橋村に進入し、村民36名を惨殺した。翌7日   高淳県城を占領した日本軍は、住民に対して発砲し、30余名を死傷させた。(高淳県誌)
>江浦県城占領までに30余名の農民や難民が殺害されている。さらに、県城から浦口に至る沿道の農民や漁民44名が死傷、水上部隊(約100名)が西江口(小港)を襲撃し、農民、商人、子供ら30余名を殺害、商船100余隻を砲撃、破壊、焼却した。
>民船を捜索中に発見した婦女子10数名は船中で輪姦され殺害された。(江浦県誌)


#5902でも、
―――――――――――――――――――
「句容県誌」(日本軍侵占句容期間暴行録)という記録は、いつ、誰が、書いたんだ?
どうして、南京軍事法廷や東京裁判(1946年〜1948年)に、証拠として提出されなかったんだ?
つーか、その句容県の睨塘村虐殺事件というのを俺は初めて聞くのだが、いつから話題になってるんだ?
―――――――――――――――――――
と質問したのだが、完全無視だった。


「高淳県誌」と「江浦県誌」についても同じ質問をしたい。

よろしく!

矛盾していますか?

投稿者: n_o_i_s_e_m_a_n 投稿日時: 2005/06/14 22:47 投稿番号: [6014 / 41162]
>>日本政府首脳が当事者能力を喪失しており、立憲君主制の君主としての立場を守り続けてきた「天皇」がそれを破ってまで「終戦の決断を下した」わけです。

>『昭和天皇独白録』   開戦の際東条内閣の決定を私が裁可したのは、立憲政治下における立憲君主としては己を得ざる所である。若し己が好む所は裁可し、好まざる所は裁可しないとすれば、之は専制君主と何ら異なる所はない。   終戦の際は、しかし乍ら、之と事情は異にし、廟議がまとまらず、鈴木総理が議論分裂のままその裁断を私に求めたのである。そこで私は、国家、国民の為に私が是なりと信ずる所に依て、事を裁いたのである。

政策を決定するのは天皇ではなく政府です。
その政府が「日本の進退を決められずに天皇に裁可を仰ぐ」ことは本来あってはならないことです。

「それを行わざるを得なかった」というのは、すなわち「当事者能力を喪失した」ということです。

しかし「誰かが日本の進退を決定」しなければなりません。
そして、立憲君主制の君主としての立場を守り続けてきた「天皇」がそれを破ってまで「終戦の決断を下した」わけです。

何か私の言ったことと矛盾していますか?

連合国はそれを承認しました

投稿者: n_o_i_s_e_m_a_n 投稿日時: 2005/06/14 22:37 投稿番号: [6013 / 41162]
立憲君主制の君主としての天皇の立場として

>戦争を行うには、天皇の許可が必要であった。

これは正しい。

>もしかれが戦争を望まなかったならば、その許可を差し控えるべきであった。

これは正しくない。
「政府が決定したなら許可を与える」というのが天皇の立場。


>かれが暗殺されたかもしれないということは、問題の答えにはならない。

それとは関係なく、政府が決めたことには反対であっても許可は与えています。


>かれが進言に基づいて行動したとしても、それはかれがそうすることを適当と認めたからである。

それでは「天皇が自らの意志で政治を行う」ことになってしまいます。
「天皇がどう思うか」ではなく「政府がどう決めたか」が問題です。


>しかし、何れにしても、大臣の進言に従がって国際法上の犯罪を犯したことに対しては、立憲君主でも赦されるものではない。

天皇は「自らの身の上を法廷の俎上に乗せるか乗せないか」をGHQにゆだね、「GHQは乗せなかった」ということです。

「連合国はそれを承認した」のですから、なんら問題はありません。

卑怯な支那の撹乱工作隊

投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2005/06/14 22:17 投稿番号: [6012 / 41162]
『南京虐殺の徹底検証』P277   展転社   東中野修道著

■馬中将は安全地帯で反日撹乱行為を扇動

  また上海でアメリカ人が発行する『チャイナプレス』(1938年1月25日号)も同じ事を報じている。それによれば、12月28日現在で、外国大使館から、支那軍の将校23名と、下士官兵54名、兵卒1498名が摘発された。これは、12月24日からの住民登録の結果でもあった。つづけて「チャイナプレス」1月25日号は、その前日公表された南京日本軍憲兵隊の報告書を引用する。

≪   その報告書の主張するところによれば、彼らの中には南京平和防衛軍司令官王信労(ワンシンロウ音訳)がいた。かれは陳弥(チェンミー音訳)と名乗って、国際避難民地域の第四部門のグループを指揮していた。また、前第八八師の副師長馬?香(マーポーシャン音訳)中将や、南京警察の高官密信喜(ミシンキ音訳)もいるといわれている。馬中将は安全地帯内で反日撹乱工作の扇動を続けていた、と言われる。また、安全地帯には黄安(フワンアン音訳)大尉のほか17人が、機関銃1丁ライフル17丁をもってかくまわれ、王信労と3人の元部下は掠奪、扇動、強姦に携わったという   ≫

  安全地帯内に潜伏中の支那軍将兵が悪事を働いたのである。




ちなみに事件を裏付ける日本側史料


『南京戦史資料集』P232

  飯沼守(少将、上海派遣軍参謀課長)日記

1月4日(快晴)

憲兵は南京難民区区域或いは外国大使館に潜伏しある不逞徒を捕らえつつあり。八八師副師長など主なる者なり。



  88師の副師長ということで情報が一致していますから、事件があったのは間違いないと思います。


http://www.geocities.jp/nankin1937jp/page004.html

<<日本は何故原子爆弾

投稿者: grazzuie 投稿日時: 2005/06/14 22:14 投稿番号: [6011 / 41162]
君がもし日本人ならば、国語を勉強してください。中国か朝鮮人ならば、変な日本語もどきを話さず、我が国から出て行け。

上海派遣軍参謀長飯沼昭守少将の日記)

投稿者: yominokuni56 投稿日時: 2005/06/14 22:14 投稿番号: [6010 / 41162]
12月4日
南京攻略下命にともなって、海軍の航空作戦も南京攻略の協力に転じ、南京、蕪湖方面の攻撃に主力をそそがれた。

前日 南京東方約140kmの地点の常州に海軍航空隊基地が開かれ、同基地を拠点に陸戦協力の為の南京、蕪湖の攻撃が加速される。この日、海軍航空隊の偵察機、戦闘機、爆撃機計19機が出撃した。(中国方面海軍作戦)

南京特別市の最南端にある高淳県は、水運で蕪湖へ、陸路で南京城へ通じる交通の要所にある。この日国民党軍の蕪湖への撤退を阻止するために、橋と運河を破壊する目的で、県城、および街も爆撃された。

なかでも、蕪湖〜上海間に位置する運河の港街となっている東項の街が激しい空襲を受け、街の中心地に集中的に爆撃が行われ、爆風で吹き飛ばされた死体が沿道に散乱し、街の家屋は火の海となり、廃墟と化した。約80発の爆弾が落とされ、住民約100余人が死亡した。破壊され焼失した家屋は700余間(200余戸)(高淳県誌)

第五師団国崎支隊(支隊長国崎登少将、歩兵第9旅団)は12月2日広徳を出発、3日朗渓に達し、同地で水上機動の準備を行い、6日同地を出発、主として水路を利用して水陽鎮、高淳県城を通過、9日太平を占領した。(支那事変陸軍作戦)

12月6日日本軍(国崎支隊)が水陽鎮から県境の水碧橋村に進入し、村民36名を惨殺した。翌7日   高淳県城を占領した日本軍は、住民に対して発砲し、30余名を死傷させた。(高淳県誌)

江浦県は六合県とともに長江の北側にある、中支那方面軍司令部は南京攻略において中国軍を包囲殲滅する作戦を徹底しようとした、そのため、長江北岸の両県にたいしてもあらかじめ、日本軍を進撃させて南京防衛軍の退路を絶とうとしたのである。
完全包囲網である。


12月11日
「国崎支隊、長江左岸に移りたる報に、殿下(朝香宮上海派遣軍司令官)も[何とかして、13D(師団)を早く長江を渡し、津浦線を遮断し得ざるやと多少、焦慮せらる」(上海派遣軍参謀長飯沼昭守少将の日記)

国崎支隊は慈湖鎮付近で長江を渡河し、北岸を南京城の方向に進撃、12日午後1時には江浦県城に侵攻した。

12月11日に鳥江鎮を占領した日本軍(国崎支隊)2000余名は同地から南京戦区に突入し、国民党軍と銃火を交え、浦口を目指して侵攻する、住民も巻き込まれて殺害され、民家には火が放たれた。

江浦県城占領までに30余名の農民や難民が殺害されている。さらに、県城から浦口に至る沿道の農民や漁民44名が死傷、水上部隊(約100名)が西江口(小港)を襲撃し、農民、商人、子供ら30余名を殺害、商船100余隻を砲撃、破壊、焼却した。

民船を捜索中に発見した婦女子10数名は船中で輪姦され殺害された。(江浦県誌)

広大な南京戦区の県城と村には、まだ、膨大な住民が居住していた。
南京近郊の6県を合わせれば150万人以上と思われた住民のうち、南京攻略戦が開始されて、一帯が戦場と化しても汽車や自動車で遠くへ避難していくことは殆ど不可能であった。

県城や村は孤立して、散在しており、近郊にはラジオや新聞などの通信手段はなく、日本軍の正確な情報は伝わらなかった。
また、何よりも農民には守るべき田畑や大切な家畜があり、それらを置いて避難することが出来なかった。
そして、日本軍の大群が次々と波状的に長期に渡り、10数万の兵隊が進撃してくるなど、予想もしていなかったのである。

第16師団状況報告
12月24日

「今次作戦間、兵馬の給養は現地物資をもって、これに充つるの主義をとり、もって、迅速なる機動に応ぜんと企図せしが、幸いに富裕なる資源により、大旨良好なる給養を実施しえたり」と総括している。(南京戦史資料集)

進軍途中の物資豊富な都市、農村で十分に食料徴発、略奪が出来たことの証である。

農民が遠くへ避難せず、生産し、生活を営んでいた農村地帯に進入したからこそ、家畜や作物を略奪して食し、日本軍兵士は飢餓に苦しまずに進軍できたのである。そして、食料を供給してくれた農民を殺戮し、家を焼きはらったのである。

南京に向かう日本軍の諸部隊が軍規の弛緩による破壊欲や悪戯、気晴らしから沿道の村々を放火して進軍したため、住む家を無くした農民たちは難民のような生活を余儀なくされ生活しているところへ、部落掃討に来た日本軍に捕縛され、集団虐殺されるという悲劇も頻繁に発生している。

原爆投下、市民殺りくが目的

投稿者: heinz_bar 投稿日時: 2005/06/14 22:14 投稿番号: [6009 / 41162]
1983年8月6日(朝日新聞)

米学者、極秘文書で確認

原子爆弾が広島に投下されてから6日で38年。これについて米最高首脳はこれまで「軍事目的に限定して使った」(トルーマン大統領回顧録)としてきたが、実は「日本への原爆投下の目的は一般市民を大量殺りくすることにあった」とスタンフォード大の米歴史学者が極秘文書で確認、近く出版する本で発表する。また広島、長崎に「米人捕虜がいる」と英国情報部などが警告したのにもかかわらず、米政府はこれを無視したという。(パロアルト<米カリフォルニア州>菊地特派員)

スタンフォード大歴史学部のバートン・バーンスタイン教授は、原子爆弾が日本に投下されたとき、まだ小学生で、辺りの人々が「これで戦争が終わった」と喜んでいるのを記憶している。しかし、スタンフォード大で歴史学を専攻するうち、なぜ人々が原爆投下を単純に受け取っているか、について疑問を持ったという。あのころドイツが降伏し、日本だけが世界を相手に戦っていたのになぜ原爆を使わなければいけなかったか、についてである。この疑問を解明するため米軍事外交文書を研究するうち、“歴史の偽り”を発見したという。
同教授が入手した極秘文書によると、1945年7月31日、原爆投下についてスチムソン米陸軍長官を囲んで最高会議が開かれた。その際ノーベル賞学者のE・ロレンス博士(サイクロトロンの発明者)は「科学者としては原爆を直接日本に投下したくない。まず米国の砂漠などで世界の代表者を呼び、公開の場でその威力を見せるべきだ」と主張した。しかし、他のメンバーたちは「もし原爆が不発だったら世界の笑いものになる。ともかく日本へ投下しよう」と主張して決定を見たという。
投下地点の選定については、「軍事施設のみという科学者の主張に米軍側が強く反対し、結局、民間人を大量に殺りくすることが決定された」としている。
人類初の原爆は“効果半径”約1.8キロ。同教授の入手した米空軍史(部外秘)によれば、「その火の玉を広島の住宅密集地、商業地区に投下せよ」との命令が出ている。投下時間は午前8時15分。「これは工場労働者が仕事を始め、市民の子どもたちが戸外に遊びに出る時間帯。米軍はまさにそこを狙ったのだ」と同教授。
しかしトルーマン大統領はその回顧録で「原爆は非戦闘員の婦人、子どもを避けて、軍事基地だけに限定して使った」と書いている。
この広島原爆で護送中だった米人捕虜23人が死亡した。この事実は1945年10月9日、国際赤十字が確認したが、米当局は公表を避けているという。同教授によれば、それは、原爆投下の直前、米国は英情報部から「広島に米人捕虜がいる」と通告を受けていたがこれを無視したからだという。
米戦略空軍司令部の極秘電報(45年7月30日付)によると同司令部は長崎には米人捕虜収容所があることを確認、ワシントンに打電した。しかし投下は強行された。結局、長崎の原爆は目標を少しずれたため、約1400人の米人捕虜は助かった。
同教授はトルーマン大統領の内政、外交政策について研究を続けるうちに、あるときふと、「広島で米兵捕虜も爆死しているのではないか?」という疑問を抱き、政府や軍に当たったが答えは得られなかったという。
しかしその後、ワシントンの国立公文書館で「極秘」扱いを解かれた兵士らの「軍歴書」の中に、「ヒロシマで戦死」との記述を見つけ、米兵捕虜被爆死の事実を確認した。
とはいえ、軍歴書は、乗機を撃墜され捕虜になって広島で死んだ、としているだけで、それが原爆によるものであることにはまったく触れていない。その遺族らも、被爆死どころか広島で死んだことすらも知らされておらず、日本上空で撃墜され戦死、あるいは戦傷死したものと信じていた。
政府が秘密にしていた理由について同教授は「米国民の大半が支持した原爆投下で米兵が殺されていたとなれば、世論は批判にかわり、第2次大戦直後の冷戦激化の中での核戦略に重要な影響をもたらす、と懸念したからではないか」と語り、「一般市民はもちろん、味方の軍人まで犠牲にしても平気な“戦争の狂気”を告発したい」といっている。
バーンスタイン教授はこれらの新発見を基に近く「核軍縮への道」(仮題)という著書を出版するが、「米外交文書の公開は軍事機密に関しては特に厳しい。1978年に資料要求したものが最近やっと数点入手できたほどだ」と語っている。


(注)原爆の投下目標として検討された都市は東京など16都市があり、最後に広島、小倉、長崎の3目標に絞られた。8月9日の第1目標は小倉だったが、天候その他の条件が悪いときは長崎に投下すると決まっていた。

原爆の効果を視るため、出来るだけ被害を受けていない都市を選んだと聞いたことがあります。
被害の少ない都市といえば、京都も原爆投下の目標に入っ

>>日本は何故原子爆弾で被爆された

投稿者: kisikaisei2004 投稿日時: 2005/06/14 22:12 投稿番号: [6008 / 41162]
地形と人口密度が目標の選定条件。
偏に実験したかっただけのこと。
条件に最も合致していたのは、京都と奈良。文化財の消失を惜しむ勢力が反対したとか。有色人種の無差別攻撃は気にならなかった。

そんな、当時のアメリカが華僑のことなど考慮するはずがない。

マッカサーは朝鮮戦争で、中共向けに50発程の原爆を本国に要求したとか。
「もし」、これが許可されていたら、北朝鮮も中共さえも、今は存在しなかったかも知れない。

みんなペテン師はお前だよ。

投稿者: konoyo_anoyo 投稿日時: 2005/06/14 22:06 投稿番号: [6007 / 41162]
歴史を正しく見直しましょう。

すべてを日本の性だとする、気代のペテン師、それはお前だよ。

天皇の戦争責任『昭和天皇独白録』。

投稿者: yominokuni56 投稿日時: 2005/06/14 22:05 投稿番号: [6006 / 41162]
>日本政府首脳が当事者能力を喪失しており、立憲君主制の君主としての立場を守り続けてきた「天皇」がそれを破ってまで「終戦の決断を下した」わけです。

馬鹿を書いちゃいけないよ(笑)

『昭和天皇独白録』

  開戦の際東条内閣の決定を私が裁可したのは、立憲政治下における立憲君主としては己を得ざる所である。
若し己が好む所は裁可し、好まざる所は裁可しないとすれば、之は専制君主と何ら異なる所はない。

  終戦の際は、しかし乍ら、之と事情は異にし、廟議がまとまらず、鈴木総理が議論分裂のままその裁断を私に求めたのである。

  そこで私は、国家、国民の為に私が是なりと信ずる所に依て、事を裁いたのである。
(寺崎英成   マリコ・テラサキ・ミラー共著『昭和天皇独白録』1995文芸春秋社)

  ウェッブ裁判長(オーストラリア)の別個意見より

戦争を行うには、天皇の許可が必要であった。
もしかれが戦争を望まなかったならば、その許可を差し控えるべきであった。

かれが暗殺されたかもしれないということは、問題の答えにはならない。

この危険は、自己の義務を危険があっても遂行しなければならない統治者のすべてが冒しているのである。

いかなる統治者でも、侵略戦争の開始という犯罪を犯しておいて、そうしなければ命が危うかったのであるからといって、それを犯したことについて、赦されるものと正当に主張することはできない。

  天皇は進言に基づいて行動するほかはなかったということは証拠と矛盾している。

かれが進言に基づいて行動したとしても、それはかれがそうすることを適当と認めたからである。

それはかれの責任を制限するものではなかった。

しかし、何れにしても、大臣の進言に従がって国際法上の犯罪を犯したことに対しては、立憲君主でも赦されるものではない。

至極当たり前のことですね。

yominokuni57、、人の名を語るペテン師

投稿者: yominokuni56 投稿日時: 2005/06/14 22:00 投稿番号: [6005 / 41162]
>追伸:私は、明日から海外出張で3ヶ月程日本を離れます。その間にあなたが自虐史観から脱出していることを祈っています。

馬鹿は帰ってくるな(笑)

どうせ、オマエの事だ、名前を変えて、出てくるさ(笑)

海外へ出稼ぎか、、(笑)

11名の裁判官の中の一人の判決だけを取り上げるアホだな。
裁判の決定は裁判官の過半数以上の投票によって決定することが定められていた。これも日本国政府は承認している。

東京裁判をやり直したいのなら、天皇の戦争責任をも追及しなきゃならんだろうよ。(笑)

>日本は何故原子爆弾で被爆されたか

投稿者: yominokuni56 投稿日時: 2005/06/14 21:46 投稿番号: [6004 / 41162]
アメリカ軍は原爆投下目標を広島、小倉、新潟と決定していた。

広島と小倉の部隊はマニラ、シンガポール、インドネシアなどで、華僑の虐殺を行った部隊とされていた、と聞いている。その報復の為に家族に危害を加えたのだろうか?
新潟については知らない。

小倉のバスセンターを目標に原爆搭載機は飛来したが、雲が多く、目印であるバスセンターを発見できず、引き返す途中、長崎に原爆を投下したということを聞いています。

歴史共同研究 実証重視を貫け

投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2005/06/14 21:21 投稿番号: [6003 / 41162]
■【主張】歴史共同研究   中国にも実証重視を貫け

  日韓歴史共同研究の報告書が公表され、日韓双方の学者の歴史に対する見方や考え方の違いが明確になった。

  最大の相違点は、日本の学者が実証的な研究を重んじているのに対し、韓国の学者の研究が政治的な主張から脱却できていない点だ。韓国併合や日本の朝鮮統治、戦後の日韓国交正常化などをめぐり、両国の学者の見解はことごとく対立し、その両論が報告書に併記されたことは興味深い。

  日本側の学者が韓国側の主張に引きずられず、日韓併合条約が合法的に成立したことや、日本統治が朝鮮半島に「豊かな大衆消費社会」をもたらしたことなどを堂々と主張したことは、評価されてよいだろう。

  真の歴史共同研究というものは、双方の社会が成熟し、言論や学問の自由が十分に認められた状態でなければ意味がない。韓国は民主国家であり、日本の統治を客観的に評価しようという動きも芽生えているが、それを許容する雰囲気は醸成されていない。

  金完燮(キムワンソプ)氏の『親日派のための弁明』は、韓国で青少年有害図書に指定されたままだ。戦前の日本統治が戦後の韓国の経済成長に影響を与えたとする米国の学者、C・J・エッカート氏の『日本帝国の申し子』は、日本で反響を呼んでいるが、韓国語訳はない。

  近く、第二期の日韓歴史共同研究が始まるが、日本側は今後も、こうした韓国の学問状況を把握し、安易な歴史認識の共有は避けるべきだ。

  先の日中外相会談で、日中歴史共同研究についても、日中両国が前向きに検討することで合意した。中国は日本や韓国と異なり、共産党独裁国家である。中国共産党の意に反した歴史観は一切、認められていない。政治的宣伝のためには、歴史的事実までねじ曲げようという国である。

  日中共同研究が実現すれば、日韓共同研究のとき以上に激しい対立が予想される。日本側は日韓共同研究の時のように、「南京大虐殺三十万人」など中国側主張の問題点を学問的に指摘していくことが重要である。そのための適切な人選が求められる。

  中国は学問の独立に敬意を払う国とは到底言いがたい。日本側はそのことを十分承知したうえで、あくまで実証研究重視の姿勢を貫くべきだ。


平成17(2005)年6月14日[火]
産経新聞

あー、いかん

投稿者: ja2047 投稿日時: 2005/06/14 20:13 投稿番号: [6002 / 41162]
ここは一旦引き揚げたはずでした   _(^^;)ゞ

>>>上海爆撃と南京大虐殺

投稿者: ja2047 投稿日時: 2005/06/14 19:23 投稿番号: [6001 / 41162]
>>南京事件について言えば、擦り付けの工作を開始したのは日本側が先ですね。

>その通りである。しかし、失敗した。

違いない、少なくとも対外的にはいまだに成功していない。
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