> 攪乱工作説は東中野氏の妄想
投稿者: nmwgip 投稿日時: 2005/06/15 21:23 投稿番号: [6036 / 41162]
#6062
> 使用に備えて隠匿するのと、遺棄された兵器があるのは違います。
> 南京市内は遺棄兵器だらけです。
#5998引用文書
>ウイルソンの手紙
>十二月三十日 木曜日
>(途中省略)きょう哀れな愚か者が、大学の養蚕施設にある難民キャンプに避難している男性のことを怒って、こともあろうに日本兵を数人連れてきて、六挺のライフル銃が埋めてある場所を教えてしまった。激しいののしり合いがあって、四人の男性が連行された。うち一人は中国陸軍の大佐だったという忌まわしい罪をきせられた。彼がまだ生きているとは考えられない。
「六挺のライフル銃が埋めてある場所を教えてしまった」が遺棄ですか?
どう考えても隠匿だと思うんですが。
#6062
> 両軍ともまともに捕虜を取らない戦争をやってることは皆知ってましたから、逃げ通すことを考えていたんです。
つまり安全区に逃げ込んだ中国兵は交戦状態を継続していた訳ですね。
#6062
> 流入を拒否することができなかったので、ひとまず武装を放棄させて入れたのですね、
> で、引き渡しの交渉に日本側司令部へ出かけた間に安全区掃討が始まったのです。
> 安全区委員会は出来る範囲のことはやったと評価していいでしょう。
中国兵は交戦状態を継続していたのですから、流入を拒否できなかった時点で中立地帯としてはアウトなんですけどね。
それに、引渡し交渉と言われますが、国際委員会は逃亡兵の身柄を確保していたんですか? そんな形跡は見られませんが。
国際委員会に逃亡兵の身柄について日本軍と交渉する資格があったとは思えません。
が、要点はここではありません。
「ひとまず武装を放棄させて」と言いますが、その武装は何処へ行ったのですか?
国際委員会が武装を放棄させたのなら、何故国際委員会から日本軍へ武器の引渡しが行われなかったんですか?
#5998引用文書
> 南京日本大使館宛書簡
> ――十二月三十日
> 南京、金陵大学
> 一九三七年十二月三十日
> 南京日本大使館諸賢
> 拝啓
> 午後二時頃、金銀街六号の金陵大学蚕桑系の建物に憲兵隊将校および兵士が来ました。彼らはWC(便所)の後ろに小銃六、拳銃三―五およびそばで見た人たちによれば機関銃の部分と思われるものを発見しました。人々によれば、これらの銃は敗残兵によって投げ捨てられたもので、面倒を避けるために埋められたものだと言います。
何故こんなことが起こるんですか?
国際安全委員会が自らの責任において武装解除を実施できなかったからでしょう?
一体何を根拠に「ひとまず武装を放棄させて入れた」と主張するんですか?
#6062
> 軍発表はこの点で少し情報に手が加えられているように思います。
この主張の根拠は何ですか?
「使用に備えて隠匿するのと、遺棄された兵器があるのは違います」と言われますが、両者の違いを第三者が一体どうやって見分けられるのですか?
路上に遺棄されていた物ばかりではあるまいし、隠されていた武器が使用を前提としない物だと言い切る根拠は何処にも無いと思いますが。
#6062
> あなたのこのコメント自体がかなり”風聞”によるもののようです。
> 大使館はそのような確認はしていません。
いきなり「風聞」ですか。
失礼な人ですね、貴方は。
「少なくとも日本大使館員によって確認された範囲では」と言っているでしょう?
当時南京大使館書記官だった福田篤泰氏の証言が捏造であるという証拠を貴方は何かお持ちなんですか?
後年の回顧であるという弱点はありますが、伝聞ではなく、その場にいたことが確実な人であり、大使館に持込まれた訴えについては当事者だった人の言っていることですよ。
> ちょっと粗雑な議論になってますので、ひとまずはここまで、
粗雑な議論を展開しているのは誰でしょう。
そろそろ礼儀を考慮するのがバカバカしくなってきましたよ。
> 事実確認については論点を絞らないと、「結論ありき」になります。
「攪乱工作説は東中野氏の妄想」という決め付けこそが「結論ありき」だと思いますが。
> 時間がないので詳細説明は後に譲ります、資料的な裏付けまで紹介している時間がありません。
どんな裏付け資料が出てくるか、楽しみにしています。
特に「ひとまず武装を放棄させて入れた」の根拠は外さないで下さい。
> 使用に備えて隠匿するのと、遺棄された兵器があるのは違います。
> 南京市内は遺棄兵器だらけです。
#5998引用文書
>ウイルソンの手紙
>十二月三十日 木曜日
>(途中省略)きょう哀れな愚か者が、大学の養蚕施設にある難民キャンプに避難している男性のことを怒って、こともあろうに日本兵を数人連れてきて、六挺のライフル銃が埋めてある場所を教えてしまった。激しいののしり合いがあって、四人の男性が連行された。うち一人は中国陸軍の大佐だったという忌まわしい罪をきせられた。彼がまだ生きているとは考えられない。
「六挺のライフル銃が埋めてある場所を教えてしまった」が遺棄ですか?
どう考えても隠匿だと思うんですが。
#6062
> 両軍ともまともに捕虜を取らない戦争をやってることは皆知ってましたから、逃げ通すことを考えていたんです。
つまり安全区に逃げ込んだ中国兵は交戦状態を継続していた訳ですね。
#6062
> 流入を拒否することができなかったので、ひとまず武装を放棄させて入れたのですね、
> で、引き渡しの交渉に日本側司令部へ出かけた間に安全区掃討が始まったのです。
> 安全区委員会は出来る範囲のことはやったと評価していいでしょう。
中国兵は交戦状態を継続していたのですから、流入を拒否できなかった時点で中立地帯としてはアウトなんですけどね。
それに、引渡し交渉と言われますが、国際委員会は逃亡兵の身柄を確保していたんですか? そんな形跡は見られませんが。
国際委員会に逃亡兵の身柄について日本軍と交渉する資格があったとは思えません。
が、要点はここではありません。
「ひとまず武装を放棄させて」と言いますが、その武装は何処へ行ったのですか?
国際委員会が武装を放棄させたのなら、何故国際委員会から日本軍へ武器の引渡しが行われなかったんですか?
#5998引用文書
> 南京日本大使館宛書簡
> ――十二月三十日
> 南京、金陵大学
> 一九三七年十二月三十日
> 南京日本大使館諸賢
> 拝啓
> 午後二時頃、金銀街六号の金陵大学蚕桑系の建物に憲兵隊将校および兵士が来ました。彼らはWC(便所)の後ろに小銃六、拳銃三―五およびそばで見た人たちによれば機関銃の部分と思われるものを発見しました。人々によれば、これらの銃は敗残兵によって投げ捨てられたもので、面倒を避けるために埋められたものだと言います。
何故こんなことが起こるんですか?
国際安全委員会が自らの責任において武装解除を実施できなかったからでしょう?
一体何を根拠に「ひとまず武装を放棄させて入れた」と主張するんですか?
#6062
> 軍発表はこの点で少し情報に手が加えられているように思います。
この主張の根拠は何ですか?
「使用に備えて隠匿するのと、遺棄された兵器があるのは違います」と言われますが、両者の違いを第三者が一体どうやって見分けられるのですか?
路上に遺棄されていた物ばかりではあるまいし、隠されていた武器が使用を前提としない物だと言い切る根拠は何処にも無いと思いますが。
#6062
> あなたのこのコメント自体がかなり”風聞”によるもののようです。
> 大使館はそのような確認はしていません。
いきなり「風聞」ですか。
失礼な人ですね、貴方は。
「少なくとも日本大使館員によって確認された範囲では」と言っているでしょう?
当時南京大使館書記官だった福田篤泰氏の証言が捏造であるという証拠を貴方は何かお持ちなんですか?
後年の回顧であるという弱点はありますが、伝聞ではなく、その場にいたことが確実な人であり、大使館に持込まれた訴えについては当事者だった人の言っていることですよ。
> ちょっと粗雑な議論になってますので、ひとまずはここまで、
粗雑な議論を展開しているのは誰でしょう。
そろそろ礼儀を考慮するのがバカバカしくなってきましたよ。
> 事実確認については論点を絞らないと、「結論ありき」になります。
「攪乱工作説は東中野氏の妄想」という決め付けこそが「結論ありき」だと思いますが。
> 時間がないので詳細説明は後に譲ります、資料的な裏付けまで紹介している時間がありません。
どんな裏付け資料が出てくるか、楽しみにしています。
特に「ひとまず武装を放棄させて入れた」の根拠は外さないで下さい。
これは メッセージ 6026 (ja2047 さん)への返信です.