南京大虐殺・従軍慰安婦強制連行の嘘
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蘘國神社には祖国の歴史が秘められている
投稿者: newdendenmaru2 投稿日時: 2013/01/05 18:03 投稿番号: [41040 / 41162]
開戦劈頭の真珠湾攻撃で散った英霊、マレー作戦で散華した将兵等、緒戦の華々しい作戦で国に殉じた御祭神は、往時の戦況篤と御存じである。更に戦争末期、南の島で玉砕した英霊、特攻隊として命捧げた御祭神は、言い残すこと多くお持ちであろう。遡れば日露戦争の橘中佐や広瀬中佐と、多くの御祭神にも後世に伝える事があろう。
遠く遡り安政の大獄で刑死した志士達。このように一世紀に亘り国に殉じた神々を祀る社。額突けば、そこに祖国の歴史がある。
祖国の歴史を忘れた民族は滅びる。国史学の泰斗平泉澄先生は言われる。
「歴史は、歴史を尊敬する人に属し、その門を開き、その手を執る。之に反して、無視し軽視する者に対しては、当然その面を蓋い、袂を分つ。先人の情感、意志、努力を尊敬し、その教訓を親愛し、その志業を継承せんとする者に対して、歴史は無限の喜と力を与える。若し一定の公式にあてはめ、物の支配する所として把握しようとすれば、先人に声無く、歴史は影をうつさぬであろう。」父祖の足跡という著書の序文にある言葉であり、一汎論として共鳴するが、前述の蘘國御祭神の秘めたる歴史は、祖国存亡に係わるもので、もっと深刻な史実である。
撒き餌をもって民衆を釣り政権の座についた民主党は、蘘國神社に参拝せず、「どなたもわだかまりなく戦没者を追悼できる国立の施設を作る」という。わだかまりなくとは、中国に文句言われないことであろう。歴代政府は何故内政干渉をはねつけなかったのか。
国内にもわだかまりが無い訳ではない。東京裁判でA級戦犯として処刑された東條元首相以下が祀られているからだとする。しかしこれは神社が勝手にやったことではない。国の議会が決めたことである。それにも増して、怪しからんのは、戦死したら蘘國神社に祀り祭祀は国が行うと約束しておきながら、それが行われないことである。確かに合祀は行われた。しかし春秋の大祭に天皇陛下は勅使を御差し遣わしになるが、政府は知らん顔、鳩山首相は参拝しない。閣僚にも自粛するよう求めている。
政府の態度がどうあろうと、蘘國神社に対する国民の尊崇は変わらない。年間の参拝者は六百万人に及ぶという。しかしマスコミはこのことを取り上げない。情ないことだ。
蘘國神社に替わる追悼施設を創るというがどんな物を創るのか。蘘國神社の尊厳は、そこに戦死者の魂が祀られているからである。代替え施設に魂がある筈がない。戦死者はそんな施設は知らなかったからだ。
もう一つ、蘘國神社(初めは東京招魂社と称した)は明治天皇の思召しで創られ、安政の大獄以来国事に殉じた人を祀ってあるが、今度創ろうとする施設はどうするのか。政府当事者の考えを聞きたいものだ。
そんな愚かな考えは下から盛り上がる力で打ち砕き、総理大臣の蘘國参拝を定着化し、やがては天皇陛下の御親拝が出来るようにしなければならない。
藤田束湖はいう「天地正大の気粋然として神州に鍾る」と。春秋の筆法を借りれば、憂国の至情粋然として蘘國に鍾ると言うべきか。
今次大戦の御祭神悉く吾人と志を共にせし者なれば、社頭に額突けば亡き戦友数多脳裏をよぎる。
拝殿に合掌する若き人々、霊感に結ばれるか、御祭神のみ霊とうつし世の心、帰一する処ぞ蘘國の宮
遠つ御祖の御祭神、吉田松陰あり橋本左内あり、藤田東湖をして言わしむれば、「人亡ぶと雖も英霊未だ嘗て泯びず。長へに天地の間に在りて、隠然彝倫を叙ずるを」と。神社創設せられし明治天皇の宸襟知るべし。
『英霊にこたえる会だより』第45号掲載
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蘘國百人一首 遺詠に日本人の心を偲ぶ
投稿者: newdendenmaru2 投稿日時: 2013/01/05 18:01 投稿番号: [41039 / 41162]
来る年も
咲いて匂へよ
桜花
われなきあとも
大和島根に
陸軍少尉
長沢
徳治
百人一首と言えば、歌留多になっている百人一首を思うが、あれは藤原定家が小倉山荘に在って襖に書いた歌をもとに作ったもので、小倉百人一首とも呼ばれている。
定家の歌に関する考えは、人の心を詠うことにあり、妖艶さの中に美を見出すという態度であり、道徳とか国家観などということは全く窺えない。
次に現れたのは愛国百人一首である。この歌集は、昭和十七年、東京日日新聞社と大阪毎日新聞社が主催し、全国民が愛唱する古歌を公募し、一流の歌人や歴史学者等の選考委員によって選定されたものである。飛鳥時代から幕末までの間で詠者が分かっており、愛国の精神が表現されている、というような基準で選定された。
三番目に挙げるのは、平成十四年に、国語問題協議会が編集した平成百人一首である。この歌集は、我が国の伝統精神を伝えるものとして、記紀万葉時代から終戦後までの秀歌を、時代順に配列したものである。
嬉しいことに、この歌集には、私も編集に参画した特攻隊員遺詠集から一首載っている。それは、第六十七振武隊隊員で、昭和二十年四月二十八日に出撃した長澤徳治少尉の遺詠で冒頭の歌である。
両歌集の中から蘘國の英霊に直結するような歌を拾ってみる。
愛国百人一首より
丈夫の
弓振り起し
射つる矢を
後見む人は
語り継ぐがね
千万の
軍なりとも
言挙げせず
とりて来ぬべき
をのことぞ念ふ
大君の
命かしこみ
磯に触り
海原わたる
父母おきて
今日よりは
顧みなくて
大君の
しこの御楯と
出で立つ吾は
かへらじと
かねて思へば
梓弓
なき数に入る
名をぞとどむる
平成百人一首より
山鳥の
ほろほろと鳴く
声聞けば
父かと思う
母かと思う
あられ降り
鹿島の神を
祈りつつ
皇御軍に
吾は来にしを
敷島の
大和心を
人問はば
朝日ににほふ
山ざくら花
親思う
心にまさる
親ごころ
けふの音づれ
何ときくらん
学徒みな
兵となりたり
歩み入る
広き校舎に
立つ音あらず
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芸無しコピペで死者を貶める屑
投稿者: thirteen_satan 投稿日時: 2013/01/05 16:17 投稿番号: [41037 / 41162]
まあ能無し左巻きにはこれしか出来ないわな(大笑)
これは メッセージ 1 (ザ・スーパー・愛国者 さん)への返信です.
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大量餓死で「英霊」を増産した日本軍(10)
投稿者: wadatumi_voice21 投稿日時: 2013/01/05 16:05 投稿番号: [41036 / 41162]
第十七軍と同じく、タロキナ作戦失敗後の
第六師団が
現地自活に移ってからの状況の例として、「戦史叢書」は
第六歩兵団司令部木下西舟少佐の
次の回想を掲げている。
タロキナ作戦終了後の歩兵大隊の兵力は二〇〇〜三〇〇名
であったと思うが、マラリアと栄養失調で
悲惨な状況で
あった。
糧食の補給は
間もなく
全く
なくなった。
現地自活に着手し、一人一畝を
耕作して、これによって
一日
約一キログラムの芋を
収穫することにしたが、
収穫までは
約三カ月かかるので、この間
毎日
ジャングルの中の
野草を捜した。
ひどい時には
飯盒の蓋一杯の
野草が食糧で、
これに
時に澱粉椰子の団子が
加わる程度であった。
塩は海岸で作った。
ようやく
芋が出来始めると、今度は畑を荒す者が出た。
畑を荒す者は
銃殺であった。
人肉を食べた者がある
などという話も
あった。
(引用史料:『戦史叢書・南太平洋陸軍作戦〈5〉』)
タロキナ作戦終了後
4万余の兵力は、方面軍の報告によれば
45年の
敗戦後には
23,053名にまで
減少しており、
「大部分このような事情に基づく戦病死者であると推定される」
と書かれている。
以前、NHK教育で
「封印――脱走者たちの終戦」
という
ドキュメント番組が
放送されたことが
ある。
その内容は、
ブーゲンビル島の第六師団のすさまじい飢餓の状況にかんする
旧日本兵たちの生々しい証言だったが、その中で
食糧を求め
離隊し、終戦後に戻った兵を
逃亡兵として、裁判にもかけず、
銃殺したというもので、終戦後60日もたってから30人もが
「処刑」
された
という証言もあった。
極限の飢餓状態の中で、食糧を求めて
隊を離れた
兵士を
「敵前逃亡」の罪名を被せて、軍法会議にかけずに殺害した
ということが事実であれば、当時の日本軍が
いかに
非人道的な強制を
行なっていたかが
示されている。
食糧は、わずかながら
自給できたとしても、栄養の偏りは
避けられず、将兵の体力は
低下していった。
さらに
補給の途絶によって、医薬品も
底をついた。
44年9月ごろには、マラリアの薬が
なくなり、全部隊の
人員の
じつに95%が
マラリア経験者だった
という。
なんらの戦果も期待できず、戦略的価値を
完全に失った島で
敵からさえも無視されまま、ただ餓死者を増やし続けた皇軍に
残された
唯一の道は、一人でも多くの生命を
救うために、
いさぎよく
敗北を認めて、ただちに
降伏を
すべきだった。
しかし、皇軍には
人権感覚や
近代軍としての
判断力が、
まったく
備わっていなかった。
その無謀な体質の背景には、「死」を
美しく
粉飾し続ける
靖国思想の侵淫が
少なからず存在していたと言えるだろう。
これは メッセージ 41035 (wad**umi_vo**e21 さん)への返信です.
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大量餓死で「英霊」を増産した日本軍(9)
投稿者: wadatumi_voice21 投稿日時: 2013/01/05 16:04 投稿番号: [41035 / 41162]
1944年1月、日本軍の軍事拠点ラバウルは
完全に孤立した。
ニューギニアとニューブリテン島の間の
ダンピール海峡が
米軍に突破され、さらに
北方の諸島を
占領されたからだ。
44年3月、日本軍は
タロキナの敵陣地への反撃を試みたが、
圧倒的な米軍の火力に阻まれ、戦力をまったく喪失してしまう。
以後、ブーゲンビルの
第十七軍約3万2千、第八艦隊約2万、
計5万の陸海軍将兵は飢餓と戦いつつ敗戦を迎えることになる。
タロキナ作戦失敗後の状況は、第十七軍残務整理部が作成した
「ブーゲンビル島の作戦」
という史料に、記録されている。
タロキナ攻略作戦は全力を傾けて行はれた。
残余の軍需品も戦力を培養する為
無制限に使用されたのは当然である。
そこでこの作戦が失敗に帰したときには
食ふべき何物も
残って居らなかった。
そして銃を捨てると鍬をとった。
作戦間に荒れ果てた耕地はもとより
密林を伐開して開墾につとめた。
(中略)
土民の所有しているものが多くあらう筈がないのに
之も半ば強制的に徴発するものも出て来た。
木の芽、草の根、食べられるものはすべて食した。
海の魚はとりたくても
敵機が絶えず哨戒するし
爆薬は将来の作戦を考へればこんなことに供用は
出来なかった。
小川の魚は
すぐとり尽された。
蛋白質の給源は「トカゲ」であり
蛇であり鼠、
「バッタ」の類に
及ばざるを得なかった。
(中略)
以上のような給養状態であるから負傷したものの傷は
なかなか
癒らないし
病後の恢復は
むつかしく、
マラリアの蔓延は
之を助長した。
かくの如くして「タロキナ」
作戦にもまさる
兵力の損耗を来した。
率直に云ふならば死ぬ前に
一度、たった一度だけで良いから
腹一杯食べたい
と思ったのは
強ち死んでいった戦友だけでは
なかった。
戦線が
すでに
北太平洋に移行したので、連合軍側は
この無力化した日本軍を無視し、あえて強攻を加えることなく、
第十七軍は、もっぱら「飢餓」という強敵とのみ
戦いながら、
おびただしい数の
「戦死者」ならぬ「餓死者」を出しながら
惨めな敗戦を
迎えることになった。
「英霊」が
大量に増産された背景には、こうした惨状があった
これは メッセージ 41034 (wad**umi_vo**e21 さん)への返信です.
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大量餓死で「英霊」を増産した日本軍(8)
投稿者: wadatumi_voice21 投稿日時: 2013/01/05 16:03 投稿番号: [41034 / 41162]
惨めな
ガダルカナル敗退後の
ソロモン諸島方面の状況は、
その教訓を
生かせず、補給困難な離島に
兵力を送り込み、
「飢餓」
大量発生の悲劇を
繰り返すばかりだった。
ガ島撤退の際、ラバウルの第八方面軍は、新来の第六師団を
北部ソロモンの
ブーゲンビル島に送り、第十七軍の収容と
同島の警備に
当たらせた。
また
従来から少数の陸軍部隊を配備していた中部ソロモン
ニュージョージア島ムンダや
サンタイサベル島のレガタに、
海軍陸戦隊を増強した。
陸軍も新たに南東支隊を編成した。
しかし、1943年当時
すでにソロモン群島方面の制空権は
米軍の手中にあり、島々への
補給輸送は
困難をきわめ、
ガ島の
二の舞になることは、必至の状況
となっていた。
米軍の
中部ソロモンへの攻撃は、ガ島撤退から
4ヶ月後、
43年6月30日に
始まった。
7月上旬には飛行場を奪い、
8月中旬には
北部の島にまで
上陸した。
各戦線では
残存部隊が
敵中に取り残され、撤退もできず、
また
降伏することも
許されず、「置き去り」
となった。
北部ソロモンの主島
ブーゲンビルには、各方面から
撤退してきた
部隊が
集まっていたが、11月1日、
米軍は
日本軍の予想をうらぎって
ブーゲンビル島
西海岸の
タロキナ岬に
上陸した。
ブーゲンビル島は
ラバウル防衛のための
要点だった。
海軍は
航空兵力の主力をあげ、タロキナへの反撃を行なった。
この
ブーゲンビル島沖航空戦について、大本営は、戦艦4隻、
航空母艦5隻、巡洋艦10隻撃沈などの
大戦果をあげた――
と
発表したが、これは
例によって、まったくの虚報だった。
第十七軍は、ジャングルを踏破して
タロキナ岬を攻撃したが、
圧倒的な火力の差で
反撃に失敗した。
米軍は、タロキナの橋頭堡と
飛行場を確保した後は、
日本軍を深追いせず、すでに
次の作戦に移っていた。
北部ソロモン群島の戦いが続いている間に、米軍は中部太平洋
方面での攻撃を進展させ、43年11月にはギルバート諸島の
マキン、タラワ両島に
上陸し、海軍守備隊は
全滅した。
44年2月には、マーシャル群島のクェゼリン、ルオット両島で
上陸した米軍に
陸海軍の守備隊が敗北、全滅した。
大本営は、これを
例によって
「玉砕」
と発表した。
同月17日、海軍の根拠地
トラック島が空襲で大損害を被った。
その後、ニューブリテン島はるか北方のアドミラルティー諸島を
占領されたので、ラバウルは完全に敵中に孤立することになった。
この段階で、ブーゲンビル島はもちろん、ラバウルの戦略的価値は
完全に失われた。
にもかかわらず、日本兵は投降できなかった。
撤退も降伏も許されない戦場で、皇軍兵士たちは
敵兵ではなく
より苛酷な
飢餓という
強敵との戦いを
続けることになった。
タロキナ作戦失敗後の
第十七軍の状況については、後述したい。
どのようにして「英霊」が大量増産されたか、実態を知ることで
ヤスクニ神社が美化する
戦争の真実を、明らかにできるだろう。
これは メッセージ 41033 (wad**umi_vo**e21 さん)への返信です.
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大量餓死で「英霊」を増産した日本軍(7)
投稿者: wadatumi_voice21 投稿日時: 2013/01/05 16:02 投稿番号: [41033 / 41162]
ガ島奪回作戦は、補給をまったく無視して
部隊を送り込み、
戦死者の3倍もの餓死者を出すという
悲惨な結果を迎えた。
大量の餓死者を出すというこの戦局で、何よりも問題なのは
補給が困難なのがわかっているのに
上陸作戦の強行を命じ、
長期間
撤退させず、持久戦を命じた
大本営の責任だろう。
その伏線は、すでに
ミッドウェー作戦にあった。
連合艦隊が
ミッドウェー作戦を
計画したとき、当初
大本営海軍部は
強行に反対した。
その反対理由のひとつは、
たとえ
ミッドウェーを攻略できたとしても、占領後の防備や
補給輸送が難しい
ということだった。
(参考文献:防衛研究所『戦史叢書・ミッドウェー海戦』)
じつは、陸軍部も当初は反対で、補給が難しかろうというのが
その理由だった。
しかし、海軍主体の
作戦なので、陸軍は
わずか歩兵一大隊主体の
一木支隊を派遣することにしたのだ。
一木支隊の兵力は
歩兵第二十八聯隊長一木清直大佐指揮下の
歩兵一大隊を基幹とする
約3,000名だった。
この
一木支隊が、ガ島の
奪回作戦に
振り向けられた。
制海権が失われていたために
輸送船は使えず、一木支隊は
駆逐艦で
ガ島に送り込まれた。
このため、重火砲などは
運ぶことができず、火砲や戦車をそろえて待ちかまえていた
米軍に
敵うはずはなく、わずか
半日の戦闘で
先遣隊は
全滅し、聯隊長は
自決した。
圧倒的な兵力の差があるなかで、武士道精神と
銃剣突撃で
米軍の弾幕に
対抗できるはずは
なかった。
一木支隊惨敗の後も
大本営は、同じように
川口支隊、
第二師団、第十七軍と、兵力の逐次投入を
繰り返した。
補給は
輸送船が使えず、「鼠輸送」や「蟻輸送」に頼った。
「鼠輸送」とは、本来戦闘用の艦艇である高速の駆逐艦を使い、
「蟻輸送」とは、小型の発動艇を使って昼間は島の陰に隠れて
夜間に
少しずつ行なう
輸送のことだ。
どちらも
兵員や小火器を運ぶのがやっとで、重火砲や戦車を
運ぶことはできず、少人数の補充兵を
送るのがやっとだから、
大軍を支える
補給品、弾薬や食糧を運ぶことは
無理だった。
そんなところに
陸軍兵力を
次々と送りこんだということは、
圧倒的に優勢な米軍の火力装備に
銃剣で勝てるという妄想を
軍上層部が
抱いていたからでは
ないだろうか。
さらには、
送り込んだ兵力への補給を無視し、持久戦を命じていたことは
精神力で飢餓を克服できると大本営は、本気で考えていたのだ。
歩兵の白兵突撃は、米軍の自動小銃と機関銃の圧倒的な弾幕に
なぎ倒され、ことごとく
全滅した。
ところが
日本軍は、
同じ失敗を、敗戦まで、他の島々でも
繰り返したのだ。
こうして、「玉砕」と称する
悲惨な全滅戦が全域で続けられ、
大量の
「英霊」が
生み出されていくことになった。
これは メッセージ 41032 (wad**umi_vo**e21 さん)への返信です.
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大量餓死で「英霊」を増産した日本軍(6)
投稿者: wadatumi_voice21 投稿日時: 2013/01/05 16:01 投稿番号: [41032 / 41162]
補給もなく、飢餓と
栄養欠乏による疾病で、兵士が次々と
倒れていく
惨状にもかかわらず、大本営は
ガ島奪還作戦を
中断せず、11月16日、持久戦をせよ
と命令した。
第十七軍参謀長小沼治夫少将は、次のように
書いている。
輸送、補給が続く状況に於ては
持久戦が成立するが、
輸送補給が
途絶し
第一線将兵が飢え
杖をついて
辛うじて歩行して居る「ガダルカナル」の第十七軍が
持久任務を受けて
何時迄持久し得るやの回答は単に
「敵の大攻勢を受ける迄持久し得」
といふに止まる。
予が
大本営から持久任務を受領して
感じたことは
「敵をして
大攻勢をとらしめないように
陣地特に
アウステン山方面の陣地を
強化しつつ
進んで欺瞞、
陽動及局部的積極行動を採り絶えず敵に危惧、圧迫感を
抱かせる」
ことの必要であった。
つまり、補給が途絶えている状況で
持久戦を命じられたが、
見通しは立たず、結局のところ
敵に攻撃されるまで耐える
だけであり、できることとして
考えられるのは、局地的な
ゲリラ戦法等で
敵軍に
不安感、精神的圧迫感を
抱かせ、
攻撃を遅れさせるしかない――
ということだ。
さらに
小沼参謀長の手記は
以下のように続く。
第一線陣地の守兵中歩行に堪えない傷病者は
陣地の守備に
任じ(壕内に寝て居り敵が近づいて来ると起き上って射撃し
又は手榴弾を投ずる)。
杖に倚って歩行し得る者は後方の
糧秣運搬及炊事を担任し
比較的元気の者は或は挺進斥候と
なり(出発数日前から飯の配給量を増加し元気を回復させて
出した)敵陣深く潜入して
後方撹乱を行なわせ
或は夜間
敵陣地又は哨所を奇襲して
偉功を樹てる等上下一致、戦友
相励まし終始積極的(局部的なるも)に行動し敵の大攻勢を
遅らせるに役立った。
このように
寝たきり状態や
杖を頼りに歩く兵士を抱えて、
ガダルカナル島の
持久戦が
戦われていたのだ。
防衛省の公判戦史が、各種資料から推計した数によると、
陸軍のガダルカナル島に上陸した人員は31,400名、
そのうち、途中病気などで
離島した者
740名、
撤収作戦で収容されたのは
約9,800名
であるから、
じつに
20,860名もの命が
失われたことになる。
このうち、純戦死が5,000名から
6,000名であり、
残りの約15,000名が
栄養失調症、マラリア、下痢、
脚気などの悪化による
餓死や病死である
とされている。
(参考:防衛研究所『戦史叢書・南太平洋陸軍作戦〈2〉』)
つまり、純然たる戦闘死の3倍以上が
広義の餓死者なのだ。
このような悲惨な状況を自ら招いた「皇軍」には、本質的に
近代軍としては
致命的な欠陥があった
と言えるだろう。
これは メッセージ 40993 (wad**umi_vo**e21 さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/fn5febg5tbba6a1a6bdbe730v0bix6afc0a9oa29ta4n13_1/41032.html
Re: 嘘と真実
投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2013/01/04 04:24 投稿番号: [41031 / 41162]
>35年前、私が高校生だったときの書道教師が自慢げに「中国での試し切り」の経験を
自慢げに語っていた。虫唾が走る糞教師でした。
このような一部のクズが存在したことは事実です。
↑これは多分嘘ですよ、日本軍はそんなに甘チョロい軍隊じゃありませんから当時は。
単なる自慢話ですよ、嘘の。
刀で簡単に人の首は切れません。
これは メッセージ 41030 (blt さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/fn5febg5tbba6a1a6bdbe730v0bix6afc0a9oa29ta4n13_1/41031.html
嘘と真実
投稿者: bruce_laing_trower 投稿日時: 2013/01/04 00:23 投稿番号: [41030 / 41162]
35年前、私が高校生だったときの書道教師が自慢げに「中国での試し切り」の経験を
自慢げに語っていた。虫唾が走る糞教師でした。
このような一部のクズが存在したことは事実です。
しかしながら・・・戦争中の人間の中でこのような狂気に取り付かれる輩は
少なくない。むしろ、狂気は皆にあったと思う。
世界中の戦時下での狂気を謝罪する必要はないし
人間の哀しき性として扱うべき。
いつまでも、韓、中の言いがかりを相手するだけ馬鹿馬鹿しい。
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◆デマ・捏造・嘘まみれの「慰安婦」問題
投稿者: madabakayatuterunokaomae 投稿日時: 2013/01/03 17:46 投稿番号: [41029 / 41162]
従軍慰安婦の正体は自分の意思で売春婦になったか、ブローカーなどの朝鮮人に騙されて 売られた人達です、慰安婦の斡旋は朝鮮人業者の、商売でもあったからです。
多くの元朝鮮人慰安婦達が、日本軍によって強制連行でないと証言してる。
1.中国に連行された、洪江林は「近所のおばさんに誘われて、奉天の売春宿に入った」
2.洪愛珍は「見習いを経て14歳の時に朝鮮人に騙されて、上海の売春宿に入った」
3.河君子は「1944年、17歳の時に朝鮮人の2人に慰問団と騙されて漢口の売春宿に入った」
文玉珠の証言「顔見知りの朝鮮..人に騙された」
結局、韓国側調査で信憑性があるとされた証言のうち、従軍慰安婦として強制連行されたと認められたものは、ひとつもない、
というのが実態である。
金学順とはこんな人です。
平成3年8月11日付け朝日新聞は、社会面トップで「思い出すと今も涙」「元朝鮮人従軍慰安婦
戦後半世紀重い口開く」とのタイトルで、「日中戦争や第二次大戦の際、女子挺身隊の戦場に連行され、日本軍人相手に売春行為を強いられた朝鮮人従軍慰安婦の
うち、一人が」名乗り出たと報じた。
しかし、この女性、金学順は、「女子挺身隊」として連行などされていない事を、8月14日の記者会見で自ら語っている。
ある韓国紙はそれを次のように報じた。
>生活が苦しくなった母親によって14歳の時に平壌のあるキーセン検番に売られていった。
三年間の検番生活を終えた金さんが初めての就職だと思って、検番の義父に連れていかれた所が、華北の日本軍300名余りがいる部隊の前だった
>「ハンギョレ新聞」'91年8月15日付
当時、内地でもよくあった気の毒な「身売り」の話なのである。
国家による組織的な強制連行とは関係ない。
続いて、4〜5千万円相当の貯金をしたという文玉珠さんの証言。
米軍がレポートした慰安婦の実態も合わせてお読み下さい。
一年後の証言、
「日本と朝鮮の憲兵、刑事に強制連行された」
「しかし、一年後に脱走して帰郷した」
「その後、食堂で働けば金になると騙されて再び慰安婦になった」
また、文玉珠は、自分の不注意で失効した郵便貯金の返還要求し裁判を起こし、その中で1943年 から1945年までの3年足らずで売春業で26,145円を貯金した、現在の貨幣価値で8千万円くらいです。陸軍大将の年収が6,600円の時代に、日本軍の性奴隷が陸軍大将より稼いでいる、どこが性奴隷 なのでしょうか。
「ナヌムの家」の元慰安婦は、生活の糧を得るために「慰安婦芸」を披露して日本を呪うです。
また、「水曜集会」に積極的に参加して、可哀想なお婆さんへの寄付を各地で求め、被害者を 自称し多額の寄付金を得て利権にしている。
「水曜集会」などで騒いでいる元慰安婦は偽者であると、軍事評論家の池萬元に指摘されている。
嘘で塗り重ねて、個人の理由で売春婦になったのに、日本の責任して日本人の心を傷つけても おかまいなしです。
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◆どんなバカにもわかる日韓併合の真実④
投稿者: madabakayatuterunokaomae 投稿日時: 2013/01/03 17:45 投稿番号: [41028 / 41162]
■1906年ロンドン・ディリーメール紙
カナダ人ジャーナリスト
フレデリック・アーサー・マッケンジー
伊藤博文公は世界周知の如く日本の最も偉大かつ、有名な政治家である。彼の韓国赴任は、たいへんな自己犠牲であった。伊藤公が、その韓国改善のプランを打ち明けたとき、私の心は躍った。そこには改革、公正、斡旋があった。(李朝朝鮮)が犯したあらゆる誤りがそこでは救済されるはずであった。
「私は、自分が韓国国民と日本国民との間に立って、両者の間に正義がおこなわれるようにすべき立場に立っていると思う」と公はそう言明したのである。
■韓国発行
「邦字新聞」より
韓国人の安寧と幸福、その生活の向上を図るため、母国日本の財政負担は三年間に三千万円に達している。日本及び日本人を益することを少しもやらないで、
韓国及び韓国人のために図りてあまりにも忠実である。飽くまで韓国の主権を
尊重するため、中央の各部大臣や地方長官はすべて韓国人を任用し、日本人は
その下働きになっているに過ぎない。利権は韓国人のみに与えて、日本人には
荒蕪地開発の第一号を与えただけではないか。なおその上、韓国通の大陸浪人を
追放するなど、日本及び日本人から孤立した政策を採ってきた伊藤総監の心事那辺
にあるやを疑わしめるものがある。
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◆どんなバカにもわかる日韓併合の真実③
投稿者: madabakayatuterunokaomae 投稿日時: 2013/01/03 17:44 投稿番号: [41027 / 41162]
■『アメリカの鏡・日本』
ヘレン・ミアーズ著
より抜粋
○韓国は古くから中国の属国だった。国を統治する王家はあったが、彼らは
中国朝廷に朝貢し、外交政策は中国に指導を仰いでいた。
○日本は韓国の「独立」という実にもっともな動機から、中国、そしてロシアと戦った。第二次世界大戦後の日本は、自分達は何のために戦ったか忘れてしまったかもしれないが、日本はとにかく当時の国際慣行を律儀に守り、それに促されて行動したのだ。日本外務省が韓国の「対外関係と対外問題」を「管理統括」し、日本人の総督が韓国の首都で行政権限を与えられていたのはすべて、韓国政府と締結した条約にもとずくものである。
○日清戦争は日本からみれば、完全な成功だった。西洋列強は喝采し、
日本における彼らの「特権」を相次いで放棄した。そして、日本を対等の主権国家として承認した。日本は韓国に自由を贈り、韓国国王
は中国皇帝、日本天皇と肩を並べる皇帝の地位を得た。
○1910年、日本が韓国を併合したのは韓国の新皇帝が「請願」したからだった。パールハーバー(真珠湾攻撃)以前は、日韓関係について語る歴史家は、日本は欧米列強から教わった国際関係の規則を実に細かいころまでも几帳面に守っていた、と言ってほめるのだ。トリート教授によれば日本は「ひとつひとつの手続きを外交的に正しく積み上げてきた。そして宣言ではなく、条約で、最終的な併合を達成したのである」事実、列強の帝国建設はほとんどの場合、日本の韓国併合ほど「合法的」手続きを踏んでいなかった。
○日露戦争後、アメリカは「事実の論理」を認め、韓国から代表を引き上げた。韓国皇帝はセオドア・ルーズベルト大統領に訴えたが、大統領は「韓国は自主統治にも自衛にもまったく無能力であることがはっきりした」として、介入を拒否した。日本によって「その後三年の間に、現地情勢に詳しい外国人たちの賞賛を勝ち得るような改善が多く実現された」と書いたアメリカの歴史家もいるのだ。
■崔慶禄
(戦後、大韓民国陸軍師団長、士官学校長、参謀総長、メキシコ大使、英大使、在日韓国大使を歴任)
日本は、統治時代に韓国に大きな投資を行ったために、韓国が惨めだった状況から一足飛びに近代化したことは、どうしても否定できない事実である。日韓併合後、日本人は鉄道、道路、架橋、用水路、植林、河川整備、堤防、港湾、学校施設の建設をはじめとする、大規模な公共事業を始めた。このために、それまで韓国には、食うや食わずの失業者がひしめいていたが、一般の 民衆に仕事が与えられて大いに潤った。日本は乱脈だった李氏末期の韓国社会を正した。韓国に法治社会をもたらした。日本が韓国を統治した間に、一方的な収奪を行ったというのは、大きく事実に反する。今日、日本統治時代を体験した韓国の知識人は、それが事実であることを知っていながら、客観的事実を認めることを拒んでいる。韓国は日本の力によって短期間のうちに、日本人が咀嚼した西洋の実用主義を定着させ、近代世界に入ることができたのだ。日本統治時代になって、はじめてまじめに働く 多くの者が報いられるようになった。また、韓国人の福祉が大きく増大したのだ。
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◆どんなバカにもわかる日韓併合の真実②
投稿者: madabakayatuterunokaomae 投稿日時: 2013/01/03 17:43 投稿番号: [41026 / 41162]
日本は、統治時代に韓国に大きな投資を行ったために、韓国が惨めだった状況から一足飛びに近代化したことは、どうしても否定できない事実である。日韓併合後、日本人は鉄道、道路、架橋、用水路、植林、河川整備、堤防、港湾、学校施設の建設をはじめとする、大規模な公共事業を始めた。このために、それまで韓国には、食うや食わずの失業者がひしめいていたが、一般の 民衆に仕事が与えられて大いに潤った。日本は乱脈だった李氏末期の韓国社会を正した。韓国に法治社会をもたらした。日本が韓国を統治した間に、一方的な収奪を行ったというのは、大きく事実に反する。今日、日本統治時代を体験した韓国の知識人は、それが事実であることを知っていながら、客観的事実を認めることを拒んでいる。韓国は日本の力によって短期間のうちに、日本人が咀嚼した西洋の実用主義を定着させ、近代世界に入ることができたのだ。日本統治時代になって、はじめてまじめに働く 多くの者が報いられるようになった。また、韓国人の福祉が大きく増大したのだ。
■韓国発行
「邦字新聞」より
韓国人の安寧と幸福、その生活の向上を図るため、母国日本の財政負担は三年間に三千万円に達している。日本及び日本人を益することを少しもやらないで、
韓国及び韓国人のために図りてあまりにも忠実である。飽くまで韓国の主権を
尊重するため、中央の各部大臣や地方長官はすべて韓国人を任用し、日本人は
その下働きになっているに過ぎない。利権は韓国人のみに与えて、日本人には
荒蕪地開発の第一号を与えただけではないか。なおその上、韓国通の大陸浪人を
追放するなど、日本及び日本人から孤立した政策を採ってきた伊藤総監の心事那辺
にあるやを疑わしめるものがある。
■宣教師
ラッド博士
韓国は日本の保護によって新生命、新光明に浴している。高い政治道徳を重んずる進歩的であり、円満である伊藤総監によって、韓国人は暗黒時代から光明世界に導かれ、未開時代から文明時代に進むべく手をとられて進みつつあり、旧来の久しい悪政から免れ、彼らの生命財産は確実に保護されつつあって、あらゆる面において、三年間に二倍の進歩を遂げた。
■宣教師
ハリス博士
私の見るところをもってすれば、伊藤侯の統治は最大なる賞賛に値するべきものであり、大変満足しております。韓国国民は今やようやく、彼をもって自分達の友人であると知って、これを事実の上に現し始めました。過去三年の間における韓国の進歩の大きいことは、実に私をして統監政治の最も熱心な支持者であることを告白せしめます。私は伊藤侯の必ず成功すべきことを信じて疑わないものであり、また、すべての宣教師及びその他の韓国における文明開発の義務を知る者は、等しく伊藤侯の統治を支持しなければならないと思います。
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◆どんなバカにもわかる日韓併合の真実①
投稿者: madabakayatuterunokaomae 投稿日時: 2013/01/03 17:43 投稿番号: [41025 / 41162]
日本の過保護で世界一幸福だった二十世紀の朝鮮民族
「韓国併合」と言われるもの本質は、日本の朝鮮植民地化ではなく、日韓の合併だった。戦後の朝鮮人はよく、日帝の植民地略奪」を強調し、日本人も朝鮮では台湾以上に過酷な統治が行われていたと考えがちだが、事実はまったくその逆である。朝鮮では台湾よりも地租が安く、産米も逆ざや制度が取られ、地下資源の経営も中央政府からの補助で支えられ歳出も中央による年平均15〜20パーセントの補填で支えられていた。資本投資も台湾より朝鮮の方が大きかった。
そのため二十世紀初頭まで糞尿だらけで世界一不潔な都市といわれていた現ソウルなど、美しい近代的な街に変貌し、半島の人口も倍増した。普通の近代国家なら、国民が国防費を賄うのが義務であり常識だが、朝鮮人からは一銭たりとも徴収しないという特別待遇だった。
二十世紀の人類史において、当時の朝鮮人ほど、過保護を受けて幸福に暮らしていた民族はない。
飢饉・疫病や戦乱・革命の被害も、自国民同士の朝鮮戦争を除いては、この国の人々の損害は実に小さい。このように韓国は、日本に依存しながら成長した国家なのである。戦後の国作りの成功、OECDの加盟の達成にしても、日米の資本と技術の移転に頼ったからこそだ。「第二の国辱」と言われる97年末以来の金融危機も、IMFの管理下に入ることで国際的地位を守っている。他力本願、ことに対日依存というのが、近代以降のこの国の体質になっている。
しかし韓国人は民族の誇りから、このことを絶対に認めたくない。だから日本時代に行われた徴兵や徴用にしても、みな自分たちの意に反した「強制連行」だったと主張したがるのである。
19世紀から20世紀初頭にかけての韓国は農村から都市ソウルまで、あらゆる地域においてきわめて不衛生な生活環境であった。
今のハングル世代は常に韓国の山紫水明を誇りにし、韓国人はどこへ行っても生水が飲める世界でも珍しく水のきれいな国だと自慢している。しかし、日帝時代以前の韓国を見た外国人は、赤裸々に当時の実情を記録している。例えば、ダレ神父の「朝鮮事情」には、韓国の「水はまずく」、水が原因でかかる早老病をはじめ様々な、「水土病」について書いている。そんな朝鮮に、慈恵医院の管制が発布されたのは1909年のことであった。本格的に近代医学医療制度が導入されたのは、朝鮮総督府時代からである。総督府が設立した大韓医院は、やがて京城帝大(現在のソウル大学)付属病院となり、朝鮮半島の近代医学、医療発展の中心的存在となった。各開港都市と国境都市は1910年から厳しい防疫、検疫を実旋しており、疫病の浸入防止に取り組んでいた。
コレラ、天然痘、ペストなどの大流行は1918年〜20年が最後となり、その後は乳児の死亡率が撃滅した。その後、地方の医療制度は清州、金州など順次各地で確立され、医師の養成と疫病の防止に全力が注がれた。さらに、150万円の下賜金から済生会がつくられ、李朝以来存続していた階級制度の廃止とともに、各道から市町村に至るまで医療設備が整備されていった。賎民も国民として、近代医療の恩恵を受けられるようになったのである。30年代に入ると、近代医療制度の確立と普及によって、中国大陸から来襲してくる疫病を完全に食い止められるようになっていた。飢饉による餓死と、疫病に
よる大量の死亡者を出していた中国大陸とは、天国と地獄ほどの隔世の感を抱くほどであった。ことにインド、中国から朝鮮にわたって猛威を振っていたハンセン病には徹底して対処し、6000人以上収容できる小鹿島更正園は世界的に有名になった。「日帝36年」はほかならぬ近代医学による衛生、環境の改善と疫病の撲滅によって
朝鮮半島の生命保全、韓民族の繁栄に大きく貢献したのである。
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Re: 日本軍は自国民まで虐待した
投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2013/01/03 16:59 投稿番号: [41024 / 41162]
防空法案 目次 第一章 総則 第二章 防空監視 第三章 防空警報 第四章 燈火管制 第五章 防空通信 第六章 防護 第七章 防空委員会 第八章 補則 第九章 罰則(内容欠) 附則 防空法案 第一章 総則 第一條 本法ニ於テ防空トハ来襲スル航空機ニ対シ帝国ノ都市村落其ノ他重要施設資源ヲ保全シ且其ノ襲撃ヨリ生ズル被害ヲ軽減スル行為ヲ謂フ 本法ニ於テ防空監視トハ来襲スル航空機ノ動静ヲ視察又ハ聴知シ之ヲ必要ナル機関ニ報告スルヲ謂フ 本法ニ於テ防空警報トハ航空機ノ来襲ヲ公知セシメ必要ナル諸準備ヲ備ヘシムル為
↑君が日本人なら御勉強しましょうね、自国のことを。
これは メッセージ 41017 (sho*j*uj* さん)への返信です.
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Re: 日本軍は自国民まで虐待した
投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2013/01/03 16:48 投稿番号: [41023 / 41162]
これは メッセージ 41017 (sho*j*uj* さん)への返信です.
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中国軍は自国民から略奪し飢え死にさせた
投稿者: bnqdbofmde 投稿日時: 2013/01/03 16:41 投稿番号: [41022 / 41162]
兵士が飢え死にすれば中国は日本のもの、中国国民が飢え死にしても中国は共産党のもの・・・・毛沢東語録より
事実毛沢東の文化大革命で5000万人の中国人民が飢えに苦しみあがき、お互いに殺し合わせ共食までやらせた。歴史上で一番悲惨な事実である。
これは毛沢東の失政の結果起きた世紀の大惨劇、大虐殺である。
中国軍は大規模なダムを決壊させ自国民を一挙に数百万虐殺し、その罪を日本軍に擦り付けようとしたが、その事実を目撃していた欧米のジャーナリストによって否定された。
中国軍と中国指導者たちは自国の国民を家畜か虫けらのように思っている。
これは メッセージ 41017 (sho*j*uj* さん)への返信です.
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似非日本人だから恥知らず(大笑)
投稿者: thirteen_satan 投稿日時: 2013/01/03 16:40 投稿番号: [41021 / 41162]
真似HN共産支那人君。
億単位で自国民を死なせた毛沢東を非難しないのかね(嘲笑)
これは メッセージ 41017 (sho*j*uj* さん)への返信です.
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Re: 日本軍は自国民まで虐待した
投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2013/01/03 16:22 投稿番号: [41020 / 41162]
>空襲があっても工場労働者は工場死守という名目で退避すらできなかった
B29に対し丸腰で工場を死守するってアホですか?
↑これは嘘だね、工場には待避壕及び防空壕が人数分以上にあったし、工場を守る高射砲高射機関銃があったんだよ、嘘吐く脳死君。
君達のような阿呆な考えはなかったんだね、嘘吐く脳死君。
都市防衛は準備されていたんだよ、嘘吐く脳死君。
一、将来戦ニ於ケル必要ヲ顧慮シ高射砲隊四箇ヲ新設ス 但シ現在ノ野戦砲兵学校高射砲練習隊ハ教導隊(一中隊ニ減ス)トス 二、新設高射砲隊ハ二中隊編制(中隊ノ兵卒定員ヲ約一三五名トス)ノ独立大隊トシ都市防衛ノ必要ト平時飛行隊トノ連合演習ヲ行フノ必要ヲ顧慮シテ要地ニ分散配置ス 三、所要経費ノ概算左ノ如シ
これは メッセージ 41017 (sho*j*uj* さん)への返信です.
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Re: 日本軍は自国民まで虐待した
投稿者: konoyo_anoyo 投稿日時: 2013/01/03 15:57 投稿番号: [41019 / 41162]
>僕たち日本人はこんなアホ軍隊の末裔なんですから潔く中国の属国になりましょうよ。
↑お前糞チョンだろ〜。お前一人でシナ畜に移り住め!この馬鹿チョン。
これは メッセージ 41017 (sho*j*uj* さん)への返信です.
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Re: 日本軍は自国民まで虐待した
投稿者: rugaruga12 投稿日時: 2013/01/03 15:56 投稿番号: [41018 / 41162]
>潔く中国の属国になりましょうよ。
なるほど。大躍進や文化大革命で億単位での犠牲者を出していまだ反省すらしていない賢しい中国人になりたいと。
ご安心ください、その発想の時点で十二分に精神や思想的には「アホ軍隊の末裔」から脱していると思いますよ。
これは メッセージ 41017 (sho*j*uj* さん)への返信です.
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日本軍は自国民まで虐待した
投稿者: shoojouji 投稿日時: 2013/01/03 15:47 投稿番号: [41017 / 41162]
空襲があっても工場労働者は工場死守という名目で退避すらできなかった
B29に対し丸腰で工場を死守するってアホですか?
僕たち日本人はこんなアホ軍隊の末裔なんですから潔く中国の属国になりましょうよ。
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Re: 戦場の軍法会議〜処刑された日本兵
投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2013/01/03 15:26 投稿番号: [41016 / 41162]
第九章
掠奪及強姦ノ罪
第八十六条
戦地又ハ帝国軍ノ占領地ニ於テ住民ノ財物ヲ掠奪シタル者ハ一年以上ノ有期懲役ニ処ス
2
前項ノ罪ヲ犯スニ当リ婦女ヲ強姦シタルトキハ無期又ハ七年以上ノ懲役ニ処ス
第八十七条
戦場ニ於テ戦死者又ハ戦傷病者ノ衣服其ノ他ノ財物ヲ褫奪シタル者ハ一年以上ノ有期懲役ニ処ス
第八十八条
前二条ノ罪ヲ犯ス者人ヲ傷シタルトキハ無期又ハ七年以上ノ懲役ニ処シ死ニ致シタルトキハ死刑又ハ無期懲役ニ処ス
第八十八条ノ二
戦地又ハ帝国軍ノ占領地ニ於テ婦女ヲ強姦シタル者ハ無期又ハ一年以上ノ懲役ニ処ス
2
前項ノ罪ヲ犯ス者人ヲ傷シタルトキハ無期又ハ三年以上ノ懲役ニ処シ死ニ致シタルトキハ死刑又ハ無期若ハ七年以上ノ懲役ニ処ス
これは メッセージ 41011 (sho*jou** さん)への返信です.
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Re: 戦場の軍法会議〜処刑された日本兵
投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2013/01/03 14:15 投稿番号: [41015 / 41162]
第七十五条
故ナク職役ヲ離レ又ハ職役ニ就カサル者ハ左ノ区別ニ従テ処断ス
一
敵前ナルトキハ死刑、無期若ハ五年以上ノ懲役又ハ禁錮ニ処ス
これは メッセージ 41011 (sho*jou** さん)への返信です.
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Re: 戦場の軍法会議〜処刑された日本兵
投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2013/01/03 14:12 投稿番号: [41014 / 41162]
そこで語られていた元法務官の証言は、衝撃的だ。
軍紀を守るために厳罰を科し“見せしめ”を求めた軍上層部の意向で、本来なら死刑にならない罪でも兵士を処刑した、というのである。
↑本来ならばどんな罪なんだろうね、君知っているなら教えて頂戴、嘘吐く脳死君。
これは メッセージ 41011 (sho*jou** さん)への返信です.
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赤が喜ぶネタ話か(笑)
投稿者: thirteen_satan 投稿日時: 2013/01/03 14:03 投稿番号: [41013 / 41162]
電報に「特攻に使用」とか嘘吐いてたやつだな。
だいたいその時に外地で使える特攻兵器なんぞ無かったが(笑)
でNHKが見つけた資料とやらの検証は第三者的な立場で完了しているのかね。
都城でアカヒがやったのと全く同じ経緯なんだが。
これは メッセージ 41011 (sho*jou** さん)への返信です.
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Re: 俘虜帰還兵の取扱2
投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2013/01/03 13:38 投稿番号: [41012 / 41162]
兵力と俘虜の数()内は開戦時の兵力。
ドイツ(兵力3,180,000人)【戦死者2,850,000人】
9,451,000人
フランス(兵力
900,000人)【戦死者211,000人】
5,893,000人
イタリア(兵力1,899,600人)【戦死者280,000人】
4,906,000人
イギリス(681,000人)【戦死者271,000人】
1,811,000人
アメリカ合衆国(兵力5,413,000人)【戦死者292,000人】
477,000人
ソビエト連邦(兵力9,000,000人)【戦死者14,500,000人】
215,000人
日本(兵力1,700,000人)【戦死者2,300,000人】
208,000人
これは メッセージ 41010 (sho*jou** さん)への返信です.
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戦場の軍法会議〜処刑された日本兵
投稿者: shoujouji 投稿日時: 2013/01/03 13:15 投稿番号: [41011 / 41162]
67年前の太平洋戦争末期、フィリピンやニューギニアなどの南方戦線で補給が
断たれた日本軍に“異常事態”が起きていた。飢えに苦しみ、食糧を求めてジャングルを
さまよった日本兵たちが、部隊を勝手に離れたとして「逃亡罪」で次々に拘束され、
処刑されたのだ。しかし、当時の記録は、ほとんどが軍によって焼却されたため、
その詳細は今まで明らかになってこなかった。
今回NHKでは、その内実に迫る貴重な資料を入手した。戦場で開かれた特設の
「軍法会議」で兵士たちを実際に裁いた軍の元法務官が、密かに残した内部文書と
14時間に及ぶインタビュー・テープである。兵士たちは、なぜ処刑されたのか。
そこで語られていた元法務官の証言は、衝撃的だ。
軍紀を守るために厳罰を科し“見せしめ”を求めた軍上層部の意向で、本来なら
死刑にならない罪でも兵士を処刑した、というのである。「法の番人」であるはず
だった法務官たちは、なぜ、軍の上層部に抵抗し続けることができなかったのか。
戦場で行われた軍法会議の実態を、ひとりの法務官の軌跡を追うことで明らかにし、
戦争の罪を見つめる。
http://www.nhk.or.jp/special/detail/2012/0814_2/
これは メッセージ 41010 (sho*jou** さん)への返信です.
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Re: 俘虜帰還兵の取扱2
投稿者: shoujouji 投稿日時: 2013/01/03 12:59 投稿番号: [41010 / 41162]
>↑「優勢なる敵に包囲され且攻撃を受けたる場合敵の戦闘行動に依り所属部隊より
遮断せられたる場合戦場に於いて人事不省に陥り捕虜となりたる場合」と書いて
あるのが読めなかったようだね、脳死君。
それなら、太平洋戦争の後期の戦いなんぞはほとんどすべてがそのケースに
当てはまるな。それで日本軍はどれくらい降伏したんだね?どれくらい
降伏が許されたかと言ってもよい。その通りに各地で日本軍が降伏して
いれば、もっと早く戦争が終わって日本人の死者はもっと少なくて済んで
いただろう。要するに、お題目だけ唱えたところで、現実には降伏なんぞ
許されなかったということだ。
>第七章
逃亡ノ罪
「所属部隊より遮断せられたる場合」に当てはまるはずの兵士の多くが
理不尽に敵前逃亡の汚名を着せられて処刑された。敵前逃亡という名目
により部隊内で多くの私的制裁が行なわれ、上官から殺された兵士が
闇から闇に葬られた。
おまえが兵士だったら、米軍の捕虜になった後に逃げ出して日本軍に
戻りたいか?私ならごめんだね。
これは メッセージ 41007 (nya**otyan*dam*n さん)への返信です.
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Re: 日本人は恩知らず
投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2013/01/03 09:30 投稿番号: [41009 / 41162]
中国は満州人のものだね、満州建国で恩返しは終わっている、嘘吐く脳死君。
漢人のルーツ。
元朝支配下の人間集団の分類の一種。蒙古人、色目人、漢人、南人に分けられ、金の遺民を指した。漢民族の他、女真族、契丹族も含まれた。
これは メッセージ 41002 (sho*j*uj* さん)への返信です.
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Re: 日本軍はフィリピンで米軍の捕虜は木が
投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2013/01/03 09:26 投稿番号: [41008 / 41162]
>食事が木の根だったらしい。
これは裁判にも残ってる事実だ。
これを木の実だったとかウソいうひとがいるのも日本人らしい
逆に日本人はアメリカの捕虜になると体重が増える
↑君はとうとう嘘吐き君になったようだね、脳死君。
牛蒡のことだったよね、木の根とは、脳死君。
嘘吐いては駄目だよ、嘘吐き脳死君。
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Re: 俘虜帰還兵の取扱2
投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2013/01/03 09:24 投稿番号: [41007 / 41162]
>ばーか。捕虜になって帰ってきた者は軍法会議にかけ、有罪になれば厳正処分(死刑)
にするとしっかり書いてあるだろうが。欧米では捕虜になることは当然の権利なのに
対して、日本軍では捕虜になるのは犯罪だったということだ。
↑「優勢なる敵に包囲され且攻撃を受けたる場合敵の戦闘行動に依り所属部隊より遮断せられたる場合戦場に於いて人事不省に陥り捕虜となりたる場合」と書いてあるのが読めなかったようだね、脳死君。
第七章
逃亡ノ罪
第七十五条
故ナク職役ヲ離レ又ハ職役ニ就カサル者ハ左ノ区別ニ従テ処断ス
一
敵前ナルトキハ死刑、無期若ハ五年以上ノ懲役又ハ禁錮ニ処ス
二
戦時、軍中又ハ戒厳地境ニ在リテ三日ヲ過キタルトキハ六月以上七年以下ノ懲役又ハ禁錮ニ処ス
三
其ノ他ノ場合ニ於テ六日ヲ過キタルトキハ五年以下ノ懲役又ハ禁錮ニ処ス
第七十六条
党与シテ前条ノ罪ヲ犯シタル者ハ左ノ区別ニ従テ処断ス
一
敵前ナルトキハ首魁ハ死刑又ハ無期ノ懲役若ハ禁錮ニ処シ其ノ他ノ者ハ死刑、無期若ハ七年以上ノ懲役又ハ禁錮ニ処ス
二
戦時、軍中又ハ戒厳地境ニ在リテ三日ヲ過キタルトキハ首魁ハ無期若ハ五年以上ノ懲役又ハ禁錮ニ処シ其ノ他ノ者ハ一年以上十年以下ノ懲役又ハ禁錮ニ処ス
三
其ノ他ノ場合ニ於テ六日ヲ過キタルトキハ首魁ハ二年以上ノ有期ノ懲役又ハ禁錮ニ処シ其ノ他ノ者ハ六月以上七年以下ノ懲役又ハ禁錮ニ処ス
第七十七条
敵ニ奔リタル者ハ死刑又ハ無期ノ懲役若ハ禁錮ニ処ス
第七十八条
第七十五条第一号、第七十六条第一号及前条ノ未遂罪ハ之ヲ罰ス
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Re: 日本人は恩知らず
投稿者: rugaruga12 投稿日時: 2013/01/03 08:22 投稿番号: [41006 / 41162]
>中国人が漢字を教え農業を教え仏教を教えてやったのに
現在ではその中国人に漢字(和製漢語や漢字)を教え農業他様々な技術を教えているのが日本なんだが。
つまりとっくの昔に立場が逆転していると。
>目上の国家に足蹴にする
つまりあなたは中国は早々に日本に対して土下座するべき、と言いたいわけだ。極右様の意見は違う
>むかしは世界の先進国だった
ギリシャやイタリア同様、”むかしは”ね。
ちなみにその両国はお前さんだか中韓みたいに「昔は偉大だったから崇め奉れ」とか寝言入っておりませんがね。
>今は烏合の衆
むかしは世界の先進国だったところですかな
確かにギリシャもイタリアも中国も地域エゴが強すぎて国家として全然全くさっぱりまとまっておりませんなぁ。
これは メッセージ 41002 (sho*j*uj* さん)への返信です.
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Re: 日本軍はフィリピンで米軍の捕虜は木が
投稿者: rugaruga12 投稿日時: 2013/01/03 08:13 投稿番号: [41005 / 41162]
>食事が木の根だったらしい。
世間様ではその木の根の名前は牛蒡とかいい日本では一般でも食べられるものうらしいがな。
>これは裁判にも残ってる事実だ。
後火あぶりにした=お灸=医療行為とか言うのも残っているらしいですね。
ちなみに収容所の環境が悪くなった最大の原因は連合軍による収容所こみでの無差別爆撃や攻撃ですけどね
そしてそのような状況でも日本兵は便宜を図ってくれたおかげで
「一般庶民よりはいい生活ができた」
「わざわざ計って食料や水を平等に分配してくれた」
という証言がたす残っておりますけど
>
これは メッセージ 41001 (sho*j*uj* さん)への返信です.
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能無し共産支那人だったか(大笑)
投稿者: thirteen_satan 投稿日時: 2013/01/03 00:59 投稿番号: [41004 / 41162]
漢字は共産支那のものでないが。
稲作もそうだし、仏教はインド発祥。
お前まともな教育受けてないだろ(嘲笑)
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なんだ真似HNの阿呆か
投稿者: thirteen_satan 投稿日時: 2013/01/03 00:53 投稿番号: [41003 / 41162]
嘘しか吐けない屑らしいな(嘲笑)
もしかしてチョンか?
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日本人は恩知らず
投稿者: shoojouji 投稿日時: 2013/01/03 00:51 投稿番号: [41002 / 41162]
土人でなんの文化ももたなかったのに中国人が漢字を教え農業を教え仏教を教えてやったのに目上の国家に足蹴にする
むかしは世界の先進国だった中国に命がけで渡航した真面目な日本人もいたそうだが今は烏合の衆
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日本軍はフィリピンで米軍の捕虜は木が主食
投稿者: shoojouji 投稿日時: 2013/01/03 00:47 投稿番号: [41001 / 41162]
食事が木の根だったらしい。
これは裁判にも残ってる事実だ。
これを木の実だったとかウソいうひとがいるのも日本人らしい
逆に日本人はアメリカの捕虜になると体重が増える
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Re: 俘虜帰還兵の取扱2
投稿者: shoujouji 投稿日時: 2013/01/02 20:41 投稿番号: [41000 / 41162]
ばーか。捕虜になって帰ってきた者は軍法会議にかけ、有罪になれば厳正処分(死刑)
にするとしっかり書いてあるだろうが。欧米では捕虜になることは当然の権利なのに
対して、日本軍では捕虜になるのは犯罪だったということだ。
米軍の捕虜になった者は日本軍と比べれば天国とも言える待遇に感激し、軍事機密でも
何でもしゃべってしまった。そりゃ、日本軍側では軍法会議にかけたくもなるわな。
現実には、馬鹿な上層部の理不尽な命令で飢え死にさせられ、くそ野郎の古参兵に
殴られて半殺しにされるような日本軍なんぞに、のこのこと死刑になるために帰って
来る者がいるはずがなかろう。
日本兵捕虜は何をしゃべったか
http://www.j-cave.com/bunko/bk71.html
これは メッセージ 40998 (nya**otyan*dam*n さん)への返信です.
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