蘘國百人一首 遺詠に日本人の心を偲ぶ
投稿者: newdendenmaru2 投稿日時: 2013/01/05 18:01 投稿番号: [41039 / 41162]
来る年も
咲いて匂へよ
桜花
われなきあとも
大和島根に
陸軍少尉
長沢
徳治
百人一首と言えば、歌留多になっている百人一首を思うが、あれは藤原定家が小倉山荘に在って襖に書いた歌をもとに作ったもので、小倉百人一首とも呼ばれている。
定家の歌に関する考えは、人の心を詠うことにあり、妖艶さの中に美を見出すという態度であり、道徳とか国家観などということは全く窺えない。
次に現れたのは愛国百人一首である。この歌集は、昭和十七年、東京日日新聞社と大阪毎日新聞社が主催し、全国民が愛唱する古歌を公募し、一流の歌人や歴史学者等の選考委員によって選定されたものである。飛鳥時代から幕末までの間で詠者が分かっており、愛国の精神が表現されている、というような基準で選定された。
三番目に挙げるのは、平成十四年に、国語問題協議会が編集した平成百人一首である。この歌集は、我が国の伝統精神を伝えるものとして、記紀万葉時代から終戦後までの秀歌を、時代順に配列したものである。
嬉しいことに、この歌集には、私も編集に参画した特攻隊員遺詠集から一首載っている。それは、第六十七振武隊隊員で、昭和二十年四月二十八日に出撃した長澤徳治少尉の遺詠で冒頭の歌である。
両歌集の中から蘘國の英霊に直結するような歌を拾ってみる。
愛国百人一首より
丈夫の
弓振り起し
射つる矢を
後見む人は
語り継ぐがね
千万の
軍なりとも
言挙げせず
とりて来ぬべき
をのことぞ念ふ
大君の
命かしこみ
磯に触り
海原わたる
父母おきて
今日よりは
顧みなくて
大君の
しこの御楯と
出で立つ吾は
かへらじと
かねて思へば
梓弓
なき数に入る
名をぞとどむる
平成百人一首より
山鳥の
ほろほろと鳴く
声聞けば
父かと思う
母かと思う
あられ降り
鹿島の神を
祈りつつ
皇御軍に
吾は来にしを
敷島の
大和心を
人問はば
朝日ににほふ
山ざくら花
親思う
心にまさる
親ごころ
けふの音づれ
何ときくらん
学徒みな
兵となりたり
歩み入る
広き校舎に
立つ音あらず
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