南京大虐殺・従軍慰安婦強制連行の嘘

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大量餓死で「英霊」を増産した日本軍(8)

投稿者: wadatumi_voice21 投稿日時: 2013/01/05 16:03 投稿番号: [41034 / 41162]
惨めな   ガダルカナル敗退後の   ソロモン諸島方面の状況は、
その教訓を   生かせず、補給困難な離島に   兵力を送り込み、
「飢餓」   大量発生の悲劇を   繰り返すばかりだった。
ガ島撤退の際、ラバウルの第八方面軍は、新来の第六師団を
北部ソロモンの   ブーゲンビル島に送り、第十七軍の収容と
同島の警備に   当たらせた。

また   従来から少数の陸軍部隊を配備していた中部ソロモン
ニュージョージア島ムンダや   サンタイサベル島のレガタに、
海軍陸戦隊を増強した。   陸軍も新たに南東支隊を編成した。
しかし、1943年当時   すでにソロモン群島方面の制空権は
米軍の手中にあり、島々への   補給輸送は   困難をきわめ、
ガ島の   二の舞になることは、必至の状況   となっていた。

米軍の   中部ソロモンへの攻撃は、ガ島撤退から   4ヶ月後、
43年6月30日に   始まった。   7月上旬には飛行場を奪い、
8月中旬には   北部の島にまで   上陸した。
各戦線では   残存部隊が   敵中に取り残され、撤退もできず、
また   降伏することも   許されず、「置き去り」   となった。

北部ソロモンの主島   ブーゲンビルには、各方面から
撤退してきた   部隊が   集まっていたが、11月1日、
米軍は   日本軍の予想をうらぎって   ブーゲンビル島
西海岸の   タロキナ岬に   上陸した。

ブーゲンビル島は   ラバウル防衛のための   要点だった。
海軍は   航空兵力の主力をあげ、タロキナへの反撃を行なった。
この   ブーゲンビル島沖航空戦について、大本営は、戦艦4隻、
航空母艦5隻、巡洋艦10隻撃沈などの   大戦果をあげた――
と   発表したが、これは   例によって、まったくの虚報だった。

第十七軍は、ジャングルを踏破して   タロキナ岬を攻撃したが、
圧倒的な火力の差で   反撃に失敗した。
米軍は、タロキナの橋頭堡と   飛行場を確保した後は、
日本軍を深追いせず、すでに   次の作戦に移っていた。
北部ソロモン群島の戦いが続いている間に、米軍は中部太平洋
方面での攻撃を進展させ、43年11月にはギルバート諸島の
マキン、タラワ両島に   上陸し、海軍守備隊は   全滅した。

44年2月には、マーシャル群島のクェゼリン、ルオット両島で
上陸した米軍に   陸海軍の守備隊が敗北、全滅した。
大本営は、これを   例によって   「玉砕」   と発表した。
同月17日、海軍の根拠地   トラック島が空襲で大損害を被った。
その後、ニューブリテン島はるか北方のアドミラルティー諸島を
占領されたので、ラバウルは完全に敵中に孤立することになった。

この段階で、ブーゲンビル島はもちろん、ラバウルの戦略的価値は
完全に失われた。   にもかかわらず、日本兵は投降できなかった。
撤退も降伏も許されない戦場で、皇軍兵士たちは   敵兵ではなく
より苛酷な   飢餓という   強敵との戦いを   続けることになった。
タロキナ作戦失敗後の   第十七軍の状況については、後述したい。
どのようにして「英霊」が大量増産されたか、実態を知ることで
ヤスクニ神社が美化する   戦争の真実を、明らかにできるだろう。
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