南京大虐殺・従軍慰安婦強制連行の嘘

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軍紀

投稿者: sugotyon 投稿日時: 2006/10/24 00:41 投稿番号: [13613 / 41162]
第033回国会   予算委員会   辻政信

「作戦(仏印処理)によって与えた損害はこれはほとんど原住民にはないのです。私は知っております。なぜならばフランス軍の正規軍だけをやった。兵営と官術はやられている。ベトナムにはほとんどない。それから先ほど、これは私は軍人として軍の名誉のために弁解しておきますが、あのときおった軍は絶対に軍紀は厳正であったということです。そのために一つの例を申し上げましょう。ただ一つあった、略奪したことが。それは武力行使のときに北部国境の要塞を攻撃した三十七師団の大隊の大隊長であった沢野源六少佐、最も有能な将校であったのですが少数の兵力で要塞に入っている多数の仏印軍の武装を解除する一つの手段として、攻撃をやる前の晩に仏印側を宴会に呼んだ。そしてだまして将校を殺したとき、その際に一部の民衆に同時に数名の死傷者を出した。それによりまして三十七師団長の土橋司令官は懲役六カ月にして少佐を降等して一等兵にしている。しかも終戦後戦犯として死刑になっておる。大事な大隊長を少佐をやめさせ、六カ月の懲役にして死刑にしておる。これでいかに軍紀が厳正だったかということがわかる。いかがでありますか。」


一部の民衆に死傷者を出した謀略で、処罰。

土橋中将は、一夕会、桜会。

訃報 藤尾正行さん89歳=元文相

投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2006/10/23 23:49 投稿番号: [13612 / 41162]
文相として、南京虐殺はなかったと発言した藤尾正行さんがお亡くなりになりました。
心よりご冥福をお祈り申し上げます。



訃報   藤尾正行さん89歳=元文相

  藤尾正行さん89歳(ふじお・まさゆき=元文相、元自民党衆院議員)22日、肺炎のため死去。葬儀は「お別れ会」として25日午前10時、東京都品川区西五反田5の32の20の桐ケ谷斎場。自宅は世田谷区奥沢3の33の13の801。喪主は長女真子(まこ)さん。
  読売新聞記者を経て63年、衆院旧栃木2区から初当選。衆院議員を11期務め、労相や自民党政調会長などを歴任した。第3次中曽根内閣で文相だった86年9月、月刊誌への寄稿で「日本の韓国併合は韓国にも責任がある」と主張し、罷免された。96年総選挙に出馬せず、政界を引退した。
(毎日新聞) - 10月23日17時17分更新
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20061023-00000018-maip-peo



■冨田メモの徹底検証
第3章   昭和天皇のお言葉か
(4)4枚目の上半分
http://homepage2.nifty.com/khosokawa/opinion08k.htm#_第3章_昭和天皇のお言葉か

(抜粋)

「藤尾(文相)の発言」とは、昭和61年7月から秋にかけての藤尾正行文部大臣の発言を指すものだろう。藤尾発言のきっかけは、「日本を守る国民会議」(現・日本会議)が編集した高校日本史教科書『新編日本史』の内容を、韓国政府が批判したことにある。この時、藤尾文相は、南京虐殺はなかったとし、日本の韓国併合は韓国の合意のもとに行われたものであり「韓国側にもやはり幾らかの責任なり、考えるべき点がある」等と発言した。これに対して周辺諸国の再批判が高まるなかで、中曽根首相は藤尾を罷免した。

  『新編日本史』は一旦、文部省の検定に合格していたにもかかわらず、追加修正をさせられた。これは、昭和57年の教科書誤報事件以後、「近隣諸国条項」によって、はじめてわが国の教科書に外国の内政干渉を許した事件である。この事件は、近隣諸国に関する近現代史の記述について、外国からの圧力によって教科書が変更されるという前例を作った。

  中曽根氏は、周辺諸国の抗議に屈し、首相の靖国公式参拝を中止しただけでなく、わが国の歴史教科書の内容に外国の内政干渉を許し、以後、これが定着するという屈辱的な失政をした。

Re: n_o_i_s_e_m_a_nさん

投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2006/10/23 23:33 投稿番号: [13611 / 41162]
>(deliciousicecoffee 様の貴重な資料をときおり無断で使わせてもらっています。この場を借りてお詫びいたします)


いや、全然かまいませんよ。
私も、n_o_i_s_e_m_a_nさんや他の人たちの資料を使わせて貰っていますから。

#12570などでも述べているように、どんどん使ってほしいと考えています。

Re: 国ってややこしい?偕行社の証言2

投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2006/10/23 23:23 投稿番号: [13610 / 41162]
>ソ連のシベリア抑留者、、何万名が捕虜になりました?


100万人以上の日本人がポツダム宣言受諾後、ソ連によって拉致、強制連行・労働をさせられ、うち50万人以上が殺された。
詳細は#9648を参照。



>オーストラリアでは、ドイツ、イタリア、の捕虜とともに   日本兵の捕虜も約1500名ほどが収容されてましたよ、その中で、後から捕まった仕官らの捕虜が、終戦までここで治療に専念するつもりの日本兵達をそそのかし、脱走を企て、その中の約150名が逃走中に死亡してまんな。


1944年、オーストラリアカウラ市内にあった捕虜収容所から日本兵が脱走を企てたとき、オーストラリラ兵は無差別に砲火を浴びせ、234人を射殺、108人に重傷を負わせた事件があった。



>日本軍が中国軍兵士を捕虜に、、何千人?   捕虜にしましたか?その後彼らは生き残ってますか?


1万人以上。

――――――
捕虜として収容されたのは原田兵次郎編『誉れの郷土部隊』(大和旭新聞社   P191〜194より)には生け捕りにされた捕虜総数1万2000と記す。
――――――
「捕虜1万5百」
『朝日新聞』昭和12年12月29日
――――――
  なお、城内に収容された捕虜のその後については、『南京戦史』第六章第六節「南京付近に収容した捕虜の状況」に詳しいが、最初一万人程度の捕虜が収容され、翌昭和十三年一月六日に「三千六百七十人もいるそうだ」と第十六師団経理部の小原立一少尉の日記に記されている。約半数が昭和十二年末ころ上海に送られたものと見られ、残りが汪兆銘の南京政府軍に編入されたという事実はよく知られている。
『本当はこうだった南京事件』P387   板倉由明著
――――――



>中国兵の捕虜となった日本兵は戦後日本に帰国してまんがな(笑)


ほう。
初めて聞く話だな。
詳しく教えてくれないか?

まさか、#12040や#12052で説明した、戦後、スターリンからプレゼントされ、撫順に収容された日本人たちのことを言ってるんじゃないよな?

Re: 日本軍人の態度は昔も今も変わらない

投稿者: n_o_i_s_e_m_a_n 投稿日時: 2006/10/23 15:04 投稿番号: [13609 / 41162]
>身内の話で恐縮ですが、私の叔父は中国で中国兵と戦い負傷しました。叔父は中国で地元の子供達が戦争によって、あまりにも悲惨な状況に置かれている事に衝撃を受け、戦後日本に戻って来てから、何百人という戦災孤児を引き取り、私財をなげうって、立派に育てました。彼は、亡くなる数年前まで、子供達の食費を工面する為に、野菜をトラックに積んで行商にでていました。

fukagawatohei様の叔父様の考えや行動は、まさに当時「日本軍として戦ったほとんどの人の思い」を表していると思います。

ほとんどの日本人は、「目には目をで、やられたらやり返す」とも「この恨みは奴らの同族を女子供も残酷に殺して晴らす」とも「奴らはモンキーだから殺してもいいんだ」とも考えません。

戦場では「敵」として戦っても「本質的に同じ人間」として扱うのが「日本人の心」です。
(反対に戦場では「たとえ相手が親友でも正々堂々戦う」のが「侍の倣い」です。)


>かえって、中国人に偏見を持つ日本人は戦時中より現在のほうが多いかもしれません。

日本人は、孔子や三国志や西遊記などで古くからの中国文化に親しみ憧れさえ持っていたと思います。
しかし実際に行ってみると、中国には大人(たいじん)などほとんどおらず、「汚らしくて残酷な嘘つき」だらけだと日本人には西洋人以上に見えたと思います。
そして支那はチャイナと同様で差別用語ではありませんが、現実を知れば知るほど「支那人」と呼ぶ声に「侮蔑的な響きが加わる」のは有る意味自然な成り行きだったと思います。
(中国兵が「敵を残虐に殺す」のは理解できますが「自国民を雑草のように扱い虫けらのように殺す」のは到底理解できるものではありません。)


>南京虐殺も、日本軍部指導者の過ちで起きた事であり、命令に従った一兵士には罪はないでしょう。命令にさからえば、自分が殺されてしまうのですから。

盧溝橋事件時点で、中国軍は「日本と戦争する準備」が完了していましたが、日本軍は「中国侵略の準備」などまるでしていませんでした。
その中で「なし崩し」的にあわただしく南京攻略した当時の混乱した状況からすれば、いわゆる「虐殺」の発生も完全には避けられたと思いませんが、同様の状況ではどの国の軍も「大なり小なり同じこと」で、「日本軍固有の残虐性」の証明にはならないのは間違いありません。


>もっとも、中には、小学校で百人斬りの武勇伝を話す根っからの殺人鬼もいたようですが、これは極めてまれな人間でしょう。

いわゆる「百人斬り」の当該者には、状況的に百人斬りができたとは思えません。
ただ、数万人の兵士の中にはまれに「殺人鬼の要素の強いもの」はいたでしょうし、戦場では「敵を効率よく殺せる人間」は肯定されます。
(人間の歴史の中ではむしろ「戦争せずに済んだ期間」の方が短く、三国志などの武勇伝者も「殺人スキルの熟達者」ですし「スリルと興奮の中でスキルを発揮し大勢の人間を殺し生き延びる快感」の要素は当然あったはずです)

しかし、それを「日本軍全体のサンプル」とするのは恐ろしく偏っています。


>いづれにせよ、旧日本軍と現在の自衛隊とは、おかれている状況が全く違うと思います。

状況は違いますが、当時でさえ「日本人の現地人の接し方や気持ちに変わりはない」と思います。

Re: 国ってややこしい?偕行社の証言2

投稿者: n_o_i_s_e_m_a_n 投稿日時: 2006/10/23 13:56 投稿番号: [13608 / 41162]
>(途中からは部隊から部隊に「この者の出身地は○○でなのでよろしく頼む」といった申し送りがされ、後に「無事ついた」との手紙を送ってきたとのことです。)

「中国の一般市民の手紙が軍内で届くはずが無い」と言われそうなのでいちおう言っておくと、「出身地の近くに日本軍の兵士が来たとき身振り手振りで手渡したもの」だということです。
(部隊名と部隊長の名さえ書かれてあれば本人に届いたでしょう。)

「礼状は通訳が訳して部隊内で読まれた」ということです。

Re: n_o_i_s_e_m_a_nさん

投稿者: n_o_i_s_e_m_a_n 投稿日時: 2006/10/23 12:31 投稿番号: [13607 / 41162]
お久しぶりです。
ここは本当に久しぶりにのぞきました。

(deliciousicecoffee 様の貴重な資料をときおり無断で使わせてもらっています。この場を借りてお詫びいたします)

Re: 国ってややこしい?偕行社の証言2

投稿者: n_o_i_s_e_m_a_n 投稿日時: 2006/10/23 12:28 投稿番号: [13606 / 41162]
>連合国軍と日本軍では随分とチャウと思いまっせソ連のシベリア抑留者、、何万名が捕虜になりました?

それは「連合国軍と日本軍の違い」とは言えません。

ソ連はシベリアで日本兵捕虜を労働力として使い捨てにしました。
日本軍も南方で米英捕虜を飛行場建設等の労働力として酷使しました。

ただ、日本軍は捕虜だけでなく「日本軍兵士も医療品の補給も無く栄養失調状態で働いて」いましたが、シベリアでは「捕虜だけが貧相な食事極寒の環境で過酷な労働に何万人も倒れていった」ということです。


>日本軍が中国軍兵士を捕虜に、、何千人?   捕虜にしましたか?その後彼らは生き残ってますか?ついぞ、日本軍の捕虜になった中国人の証言など、聞いたことありませんけど、、、ね(笑)

南京戦従軍兵士たちの日記によると、士官の捕虜は上海に送られその他の捕虜は南京周辺の各収容所に送られましたが、単に兵士として駆り出された中国人の多くは武装解除の後開放され、中にはそのままなついて日本軍の荷物運びをしながら出身地に帰っていった人もいます。
(途中からは部隊から部隊に「この者の出身地は○○でなのでよろしく頼む」といった申し送りがされ、後に「無事ついた」との手紙を送ってきたとのことです。)

また、東京裁判で南京虐殺がクローズアップされたとき、証言を求められた南京市民からは「日本軍はそんなことをしていない」と声が上がりましたが、次々見せしめに逮捕処刑されるようになると誰も口を開かなくなり、証言者に報奨金が出るようになると採用されようと積極的に「過激な虐殺発言」が相次ぐようになりました。

さらに、民家を放火したり殺害したと証言した日本兵は「天皇や司令官直々の命令でやった」と発言しましたがもちろんそれは有り得ず「戦後の作り話」でしょうし、もし事実なら、それらの放火や虐殺は「日本軍の命令」ではなく「日本軍の命令系統にスパイがいてかく乱工作をした結果」であることを意味します。
(天皇やA級戦犯として処刑された松井石根司令官をターゲットにしていることからそれは「日本軍内の共産スパイ」と見られます。)


>彼らの多くは、日本の初年兵の試し斬りに使われたのではありませんでしたかね(笑)

つまり想像ですね。

ただ、当時の刻々と事態が変わる状況下で、大勢の疑わしい者を時間をかけて取り調べる暇があるはずも無く、特に工作員容疑者は完璧なアリバイでもない限り開放できるはずはなくどこの軍でも現実的には処分するほかありません。

また、「癌の摘出手術」でさえ転移の可能性を考えて「健康な部位を大きく抉り取らざるを得ない」のが現実で、便衣兵掃討のみならず、古今東西どこの戦場だろうと人間の有限の能力では「無実で処刑された人がいる」ことは避けられないだろうと思います。(しかし、日本軍が虐殺した証拠にはなりません)

もっとも中国軍は、同国人の町でも平気で押し入り強奪・放火・虐殺・レイプを繰り返していました。
この「中国人のモラルの欠如」こそを何とかしなくてはなりません。

宿題?

投稿者: T_Ohtaguro 投稿日時: 2006/10/23 10:20 投稿番号: [13605 / 41162]
  たまっているのはチミ♪

  結局、罪刑法定主義の根拠は世界人権宣言しか示せなかった。

  あとは、

  成立要件補満たす者を全て訴追しなければ、
  既に訴追され有罪とされた者も犯罪者にはならない。

  などという犯罪者の言い訳的論理に終始している。

脳が腐っているな♪

投稿者: T_Ohtaguro 投稿日時: 2006/10/23 10:13 投稿番号: [13604 / 41162]
>事実と法に基づく公正な裁判が、法の遡及適用を許すものか、ボケ。

  根拠になっていないねぇ〜♪

  そもそも、違法性とは、

1   定義
  行為が、法益を侵害するなど、客観的に見て全体としての法秩序に反すること(行為無価値論)

2   本質
  「法規に違反すること=違法」(形式的違法論)は相当ではない。
  違法性は、具体的、非類型的な判断であり、
  形式的、画一的に決められるものではないからである。
  →法規を越えて実質的観点から違法性の有無を判断する(実質的違法論)

  http://www1.plala.or.jp/kunibou/houritu/k007.html

  ウエストファリア条約の時代には、既に、
  第百二十一条〔条約に反することの禁止〕(遵守義務)、
  第百二十二条〔平和の攪乱者の処罰〕(条約の秩序破壊に対する処罰)
  第百二十三条〔紛争の平和的解決〕

  が既にある。

  また、法秩序に反し、他を害せば、『応報』として処罰対象となる事は、
  罪刑法定主義よりも古くから確立している。

>国際軍事裁判所規約はニュルンベルク裁判のための手続規定だ。

  ぷっ♪

  自己矛盾を晒してますな♪

  当然ですな♪

  どちらも、法廷の管轄を定義したにすぎませんからねぇ〜♪

  やっと理解できたんですかぁ〜♪

  チミ自身の元からの主張であるかの如く、すり替えようと必死だねぇ〜♪

>「平和に対する罪」と「戦争犯罪」が別物であることは明白だ。

  ぷっ♪

  何だ、やはり理解できていないじゃないか♪

  別物ですよぉ〜♪

  a項とb項で分かれているから当然ですねぇ〜♪

  ただし、チミが馬鹿なのは、
  戦争の法規叉は慣例の違反を『戦争犯罪』と名付けたか、
  『通例ノ戦争犯罪』と名付けたかの違いにすぎず、

  X=(1+2)   とするか、Y=(1+2)とするかの違いにすぎない。

  そもそも、1945/08/08の国際軍事裁判所規約は、ポツダム宣言受諾より前であり、知り得、
  日本も、a項、b項、c項で訴追されるのは明らかである。

>要するに、
>侵略行為に対して制裁を決議されたソ連とイタリアの指導者は、訴追されていないんだろ。

  犯罪者の言い訳ですかぁ〜♪

  他にも違反者がいるじゃないか♪

  あいつらを取り締まらないなら、俺も無罪だ。ってか♪(大爆笑)

Re: 日本軍人の態度は昔も今も変わらない

投稿者: fukagawatohei 投稿日時: 2006/10/23 09:20 投稿番号: [13603 / 41162]
>自分でまだ「証明されてない」と言いながら
あったと言う前提で話すのは止めておけ。>

夏淑琴さんの裁判で証明されますよ。
ペテン学者が遁走しているのでは、結果はもう明らかでしょう。

いずれにせよ、来年にはアメリカの映画制作会社によって中国で南京事件の映画が作られるようですから、かなりの状況が明るみに出ると思います。
まあ、南京事件を否定するのは貴殿の勝手ですが、少なくとも日本軍が(南京で人道援助活動をした)という映画にはならないと思います。

>百人斬りは事実でないから>

本人は潔く銃殺刑になってますね。
言い訳をするだけ恥の上塗りであり、本人の望むところではないと思いますが。

Re: 結局反論できていない

投稿者: pikkarin02 投稿日時: 2006/10/23 07:13 投稿番号: [13602 / 41162]
竹島トピにいたろう?最初、これ、思いっきりチョンだぞ

Re: 日本自衛隊は滅茶苦茶の軍隊へ変わるか

投稿者: pikkarin02 投稿日時: 2006/10/23 07:10 投稿番号: [13601 / 41162]
朝鮮人は死んじゃっていいよ

結局反論できていない 恥ずかしい日本人

投稿者: yominokuni56 投稿日時: 2006/10/23 07:07 投稿番号: [13600 / 41162]
おまえな〜〜少しは言葉を書き加えろよ、、

朝鮮人しか、、漢字しらんのかい?

日本人だなんて海外で言うなよ、、日本人の恥さらすようなもんだぜ、、

どっか、、いきな、、   お前の様な屑の日本人と同じ日本人として括られるのは、堪らんな、、あほ〜(笑)

Re: ◆↓ かなり大目に見ても滅茶苦茶でん

投稿者: yominokuni56 投稿日時: 2006/10/23 07:04 投稿番号: [13599 / 41162]
>特に「子供がなかよく日本軍兵士といっしょにいる写真」など、まるで自衛隊のイラク写真とほとんど同じような感じです。

敗戦後日本の孤児や子供達が勝者である連合国軍にキャンディーやチョコレート、チューインガム   ほしさに群がった、情景でんな(笑)

子供は無邪気でいいね、、これがホント天使だわな。

中国大陸でもそうだぜ、、日本軍兵士と子供達、実に良い兵隊だと思わせる絵だな(笑)   大人じゃ顔が引きつっちゃって、、ばれちゃうからね(笑)

日本の自衛隊がイラクで、何発爆弾を放り込まれたか?知って書いてるのだろうか?
被害こそなかったが、、?実際には軽傷者くらいは出ているようだがね、、

数十発の爆弾を宿営地に放り込まれた事実は、、どう見るのだろうかね?

いつまでもの〜天気じゃ、、役にたたんぞ、、(笑)

日本軍人の態度は立派、やることは昔も今

投稿者: yominokuni56 投稿日時: 2006/10/23 06:58 投稿番号: [13598 / 41162]
中国人が映ってないな(笑)

中国人と日本兵が一緒に映ってる写真は、ほとんど大人の顔は、引きつってるよ(笑)

だから、中国人の子供との写真が多いね、、

南京入城時の写真には中国人の映ってる写真は、日本の報道は使ってはいない、陸軍の検閲で破棄されたのだろう、、

実に楽しい写真ばかりだよ(笑)   当時の中国人ってのは引きつった顔が笑顔だったんだな、、、、いや、、勉強になりまんな(笑)

>日本軍人の態度は昔も今も変わらない

幾ら態度が立派でも、やることが姑息で、残虐じゃ〜誰も信用しないぜ(笑)

Re: 国ってややこしい?偕行社の証言2

投稿者: yominokuni56 投稿日時: 2006/10/23 06:53 投稿番号: [13597 / 41162]
>>日本軍は捕虜を獲らない軍隊だったってこと、、世界の常識だっせ(笑)

>それはアメリカ軍もソ連(ロシア)軍も同じことです。
(中国軍は「見せしめになぶり殺すための捕虜」は取ります。)

連合国軍と日本軍では随分とチャウと思いまっせ、
ソ連のシベリア抑留者、、何万名が捕虜になりました?
ソ連の捕虜の証言集   沢山出てますけどね。

オーストラリアでは、ドイツ、イタリア、の捕虜とともに   日本兵の捕虜も約1500名ほどが収容されてましたよ、その中で、後から捕まった仕官らの捕虜が、終戦までここで治療に専念するつもりの日本兵達をそそのかし、脱走を企て、その中の約150名が逃走中に死亡してまんな。

詳しく知りたかったら過去ログを探してね、、ここに書いてると思うぜ。


日本軍が中国軍兵士を捕虜に、、何千人?   捕虜にしましたか?その後彼らは生き残ってますか?
ついぞ、日本軍の捕虜になった中国人の証言など、聞いたことありませんけど、、、ね(笑)

彼らの多くは、日本の初年兵の試し斬りに使われたのではありませんでしたかね(笑)

中国兵の捕虜となった日本兵は戦後日本に帰国してまんがな(笑)

日本国内で強制労働させられていた連合国軍捕虜は数十名ほどや、、運良く帰国できたようだが、今でも反日感情が強いって聞いてるぞ(笑)

日本自衛隊は滅茶苦茶の軍隊へ変わるか

投稿者: kurobiyouxi 投稿日時: 2006/10/23 02:50 投稿番号: [13596 / 41162]
  南京大虐殺トビへ、飛び込み自殺みたいな手合いで、申し訳ありません

  が、1937年ころ、南京占領したのは、日本国軍隊だったから、相手国

  =敵国→中国人一般庶民大衆をも巻き添えに、戦闘状態=お互いが殺し合

  いを目的であるんでしょうから、無差別大量虐殺事実が存在したのは「当

  たり前だ」のクラッカ−どころか、歴史的云々よりも、公知の事実ではあ

  りますまいか←ここらまでは、小生ゴトキでも、1年位前、当トビへ「書

  き込んだ」記憶もありでして、今更、何の因果か知らんしウザイからトッ

  トと、勝手に消えろと言われそうだが、歴史は繰り返すのが「一般世間の

  ならわし」でもあるんで、また日本国一般庶民大衆が「聖人君子」で出来

  上がってるわけじゃありませんから、自衛隊(戦争状態のイラクで以って

  戦闘地域じゃないところへ、日本国自衛隊は赴いたんだ=日本国自衛隊の

  行く場所は非戦闘地域だ・・)は君子豹変するんではありますまいか、1

  930年代、いわゆる2.26事案=軍隊の若い青年らが、時の大蔵大臣

  とか日本国政府側の日本人要人らを殺害→反乱一派は単純に一丁上がりで

  発生出来るため、現、日本国自衛隊員、しかも「若い者」は   ソノ気?

  になれば、「歴史は繰り返されるのが、世間一般庶民大衆からのナラワシ

  」通り、即ち、日本国自衛隊=軍隊がアメリカ侵略はないんでしょうが、

  それこそ悪名高い「北朝鮮国」への侵略なんか、足慣らし程度で   やっち

  ゃいそうな雰囲気じゃありますまいか。


   要するに、日本国軍隊が、6、70年前、南京大虐殺といった中国庶民

  一般人に対しても、無差別殺人が簡単に殺れた(戦闘地域では人間を殺す

  ことが、日本国軍隊の目的であるのは当たり前だのクラッカ−?)わけで

  人を殺すのが戦闘地域で以って、最大の職務=国家の目的及び兵隊自身が

  自分が殺されないためには、相手=敵を殺すしかないでしょうから。


n_o_i_s_e_m_a_nさん

投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2006/10/23 01:29 投稿番号: [13595 / 41162]
凄くお久しぶりです。
「靖国神社参拝問題」トピでは見かけましたが…

お元気そうで何よりです。

Re: 国ってややこしい?偕行社の証言2

投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2006/10/23 01:15 投稿番号: [13594 / 41162]
>結論は   日本軍が敵兵と認めた者はすべて、民衆であろうが、敵兵であったというこっちゃな(笑)
>丸腰であれ、抵抗を示さずとも、女子供であれ、日本兵が敵兵と見下せば、総ては敵兵であり、口撃であったとしてもそれは戦闘であると、日本兵が認識すれば、、射殺することが可能であったということを明らかにしたというこっちゃね(笑)


それは全然違うな。

#12372と#12389で説明しているから、学習しろ。


(#12372と#12389から一部抜粋)

――――――
便衣隊」考
http://www.interq.or.jp/sheep/clarex/jusinbello/jusinbello01.html
(一部抜粋)
上海における便衣戦術については、以下のような証言も参考になるでしょう。便衣兵「女兵(ニュイーピン)」謝冰瑩が1937年に国民党の司令部を慰問した時の、陳副師長の言葉である。

「我々の一番気がかりなのは、軍隊に協力する民衆のないことで、これはたしかに危険なことです。全民抗戦とは全国の民衆を動員することで、男女老若を問はず、すべて抗戦に対する深い認識をもち、一切を犠牲にして最後まで奮闘する決心をもつてこそはじめて勝利を得ることができ、そうでなくて単に武力だけでは絶対にダメです。前の上海事変の時の抗戦に、もし民衆がすべて立ち上がつて協力しなかったら、あんなに長く持ちこたへた筈はない。ところが今度前線に来てみると、五年前とはすつかり様子が違ふ」
『新従軍日記(女兵)』謝冰瑩

日本軍は、便衣隊について中国側に常々警告を発していたのであるが、「全民抗戦」を決意している者たちは、これを聞く耳を全く持っていなかった、というよりは、便衣隊は中国側の基本戦術の一つなのであり、この戦法を放棄するわけにはいかなかったのである。
――――――


――――――
わが便衣隊が彼ら(日本人)に手榴弾をおみまいしたら、一度に10人か20人死んだ。P223

  日本の獣兵は南京市を占領していたが、周辺のデマで日夜不安であり、まるで針の筵に座っているかのようだった。あるとき、中央(国民政府)の便衣隊約五、六人が入場し、中華路付近の地下室内に潜んでいた。ちょうど五人の獣兵が三、四人の人夫をともなって北から南へやって来ていて、わが便衣隊の近くに来た。彼らはすぐさま発砲して獣兵を皆殺しにし、四人の人夫に「中央軍はすでに入場した」と言って、人夫たちを安心させた。P227

『南京事件資料集   中国関係資料編』郭岐「南京陥落後の悲劇」
――――――


―――――――
便衣兵摘発の状況
http://www.geocities.co.jp/Bookend-Ryunosuke/8312/page034.html

(一部抜粋)

  上の写真は5000−6000人ということですから、規模的に見て12月16日に歩兵第七連隊が行った便衣兵摘出の光景と考えられます。安全区で外見的特長から摘発された容疑者は、安全区の外側に集められ憲兵による取調べを受けています。
  毎日新聞のキャプションでもこの集団は「正規兵」となっていますから、摘出されたほとんどの者が客観的に兵士に見えたということでしょう。写真手前側の男が上着の胸をはだけて取調べを受けているのが分かります。軍隊から支給された下着かどうかのチェックだと思われます。

  兵士の多くは坊主頭だったそうです。実際にこの写真で判別できる範囲の人間も、ほとんどが坊主頭であることが確認できます。これにヘルメット焼けや、銃ダコの有無、その他の身体的特徴が重なった場合は「兵士」と考えたようです。
  南京に避難した住民の多くは貧困層で、首都防衛にあたって大規模な徴兵が行われた事などを考えると、上記写真に写っている男性が「一般市民」である確立はかなり低いと考えてよいでしょう。(南京市民で徴兵された者も、徴兵された以上は兵士であり、安全区に家族がいて無実を訴えたとしても市民としては扱われない)

  実際に現場にいた毎日新聞の記者も「多数の一般市民」とは記しておらず、逃亡を企てた正規兵とキャプションをつけています。

(略)

  また、兵民分離査問に立会した内田義直氏(陸軍省通訳官・第十六師団警備司令部配属)は、その実態を次のように述べている。

  「中国人の言葉には地方訛りがある。南京を守備した中国軍は、広東、広西、湖南の兵隊で南方訛りであって、言葉で兵隊と市民の区別は難しかった。しかし、体つきを見れば兵隊と一般市民とは、直ぐ区別がつく。自治委員会の中国人と一緒に相談しながら分離作業をやったので、一般市民を狩り立てることはなかった。上着だ

Re: 和を持って尊しと、、無責任な解決方法

投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2006/10/23 00:59 投稿番号: [13593 / 41162]
>>聖徳太子と福沢諭吉は、その点において偉大なる功績を残した。

>な〜〜んなんだ〜〜??説明がいるぜ(笑)
>聖徳太子、、和を持って尊しとなす、、?
>福沢諭吉、、人の上に人を乗せて人を創る?、、だったかな


オマエは、「脱亜論」とか知らないのか?

――――――
屋山太郎
常識のためのサプリ
タチの悪い中国市場から離脱せよ

(一部抜粋)

中国が首相の靖国参拝に文句をつけ出したのは1986年からで、それ以前、何の異議申し立ても行なわれていなかった。中国が文句をつければ日本が謝る。謝れば金を出すというカラクリに気付いて、中国は日本を金銭登録機のように扱ってきた。日本はこれまで天皇訪中も含めて公式に17回謝罪したが、まだ許さないという。こういう異常な状態に終止符を打ったのは小泉純一郎氏の功績だ。

  金が欲しい、あるいは投資をして欲しいなら世の中には頼み方の礼儀というものがある。「謝れ」と脅しておいて金をとる。投資を貪る。中国のGDPの4割は外資によって創出されており、外資の投入が途絶えれば中国経済は間違いなく破綻するといわれる。だから外資を呼び込むために9%、10%という見せかけの経済成長で外国を欺いているのだ。

  2桁の経済成長といいながら失業率は10%もあり、農村部では20%を越えている。不動産投資を中心にしたバブル経済はあと数年で破綻するだろう。中国に投資している日本の企業の7割が損を出している。経済同友会の北城恪太郎代表幹事などは「政冷」が原因だといいくるめられ、首相に「靖国参拝をやめよ」と見当違いの意見をいっているが、首脳会談が行なわれたら外資の投資環境が良くなるとでも思っているのか。

  05年もその前年も汚職によって立件された公務員は各4万3千人もいる。このうち閣僚級が10人、知事級が2百人、司法・警察関係が約1万人だ。汚職が常態化し、統治機構が滅茶苦茶だということだ。現在、海外に逃亡している公金横領犯人は8百人。持ち逃げした総額は5兆5千億円を超えるという。

  損を出しつつ日本の企業が現地で経営を続けるのは、「巨大な市場」の将来性に幻惑されているからだが、損をして市場にしがみつくバカがどこにいるのか。「台湾の声」編集長の林建良氏によると台湾企業も広東州に限定して調査すると7割が赤字だという。それでも撤退しないのは、撤退しようとすると地方政府や従業員によって損害賠償の訴訟を起こされ、刑事責任まで追及され、応じないと刑務所に放り込まれるからだ。こういう公機関、企業、人民ぐるみのタチの悪い市場は中国をおいて他にない。将来性など全くない。

  中国の泥棒国家的体質は2千年この方続いており、彼等と絶縁しなければ将来性はないと聖徳太子は7世紀に日本を中華圏から離脱させたのである。当時、日本列島には大和民族、漢民族、朝鮮民族らが混在し、大陸や半島と自在に交流していたが、大陸や半島の事情を知る漢民族や朝鮮民族もこぞって「中華圏からの離脱」を決定したという。

  江戸時代まで続いた日本の鎖国はまさに聖徳太子以来の国是で、1871年日清修好条規を結ぶまで1千2百年の間に日本の文明は独自の発展を遂げた。福沢諭吉は1885年時事新報に「脱亜論」を書いて、中国や朝鮮と「付き合うのは止めろ」と厳しく説いている。道徳や民度の違いを指摘して「こういう人たちとは付き合いきれないからだ」という。

結局反論できていない

投稿者: tamosu444 投稿日時: 2006/10/23 00:55 投稿番号: [13592 / 41162]
お前は、くっさい朝鮮人
入ってくるな、親が朝鮮人とセックス〜♪

きたない、きたない、朝鮮人♪   脳みそ腐った朝鮮人♪

Re: 日本軍人の態度は昔も今も変わらない

投稿者: thirteen_satan 投稿日時: 2006/10/23 00:26 投稿番号: [13591 / 41162]
じいさんよ

>南京虐殺も、日本軍部指導者の過ちで起きた事であり、命令に従った一兵士には罪はないでしょう。
命令にさからえば、自分が殺されてしまうのですから。

自分でまだ「証明されてない」と言いながら
あったと言う前提で話すのは止めておけ。


>小学校で百人斬りの武勇伝を話す根っからの殺人鬼もいたようですが、

百人斬りは事実でないから、話した人物は殺人鬼などではないな。
このトピで何度も教えてもらっておきながら
相変わらず印象操作をくり返すとは、流石嘘吐きじいさん。

Re: 日本軍人の態度は昔も今も変わらない

投稿者: fukagawatohei 投稿日時: 2006/10/22 23:37 投稿番号: [13590 / 41162]
>この写真を見ていると、「自衛隊がイラクで現地市民や子供たちに接した態度」もこの頃と「ほとんど変わっていない」事がよく分かります。>

身内の話で恐縮ですが、私の叔父は中国で中国兵と戦い負傷しました。
叔父は中国で地元の子供達が戦争によって、あまりにも悲惨な状況に置かれている事に衝撃を受け、戦後日本に戻って来てから、何百人という戦災孤児を引き取り、私財をなげうって、立派に育てました。

彼は、亡くなる数年前まで、子供達の食費を工面する為に、野菜をトラックに積んで行商にでていました。

大部分の日本兵が善良な市民であり、父親であったと思います。
かえって、中国人に偏見を持つ日本人は戦時中より現在のほうが多いかもしれません。

南京虐殺も、日本軍部指導者の過ちで起きた事であり、命令に従った一兵士には罪はないでしょう。
命令にさからえば、自分が殺されてしまうのですから。

もっとも、中には、小学校で百人斬りの武勇伝を話す根っからの殺人鬼もいたようですが、これは極めてまれな人間でしょう。

いづれにせよ、旧日本軍と現在の自衛隊とは、おかれている状況が全く違うと思います。

Re: ◆↓ かなり大目に見ても滅茶苦茶でん

投稿者: nikkyousokyuusai 投稿日時: 2006/10/22 22:33 投稿番号: [13589 / 41162]
  おぉ、かっこいい!

Re: ◆↓ かなり大目に見ても滅茶苦茶でん

投稿者: totoro_ootoro3 投稿日時: 2006/10/22 22:24 投稿番号: [13588 / 41162]
何か勘違いしてない?
しっかり内容読んでくださいね。

Re: ◆↓ かなり大目に見ても滅茶苦茶でん

投稿者: n_o_i_s_e_m_a_n 投稿日時: 2006/10/22 22:09 投稿番号: [13587 / 41162]
>昔の写真からそのコメントは無茶だろう。在日としてはこれくらいしか日本に文句をつける手段がないのだろうが。

う〜ん。このレスはなぜだろう?

私は日本軍人(および自衛官)の「現地人や現地文化に接する態度」を誉めて言ってるんですし、私は日本人ですが。

ひょっとして自衛隊のイラクでのあの素晴らしい写真の数々を見たことがないんでしょうか?
http://www.jda.go.jp/jgsdf/

特に「子供がなかよく日本軍兵士といっしょにいる写真」など、まるで自衛隊のイラク写真とほとんど同じような感じです。


ところで、航空自衛隊の皆様は今もまだイラクで危険な輸送任務についておられると思います。なにとぞ無事ご帰還ください。

Re: ◆↓ かなり大目に見ても滅茶苦茶でん

投稿者: nikkyousokyuusai 投稿日時: 2006/10/22 21:52 投稿番号: [13586 / 41162]
うんこ

◆↓ かなり大目に見ても滅茶苦茶でんな

投稿者: Omotesima_Taro 投稿日時: 2006/10/22 21:50 投稿番号: [13585 / 41162]
昔の写真からそのコメントは無茶だろう。
在日としてはこれくらいしか日本に文句をつける手段がないのだろうが。

日本軍人の態度は昔も今も変わらない

投稿者: n_o_i_s_e_m_a_n 投稿日時: 2006/10/22 21:41 投稿番号: [13584 / 41162]
http://koreaphoto.hp.infoseek.co.jp/china.html

この写真を見ていると、「自衛隊がイラクで現地市民や子供たちに接した態度」もこの頃と「ほとんど変わっていない」事がよく分かります。

Re: 国ってややこしい?偕行社の証言2

投稿者: n_o_i_s_e_m_a_n 投稿日時: 2006/10/22 21:09 投稿番号: [13583 / 41162]
>結論は   日本軍が敵兵と認めた者はすべて、民衆であろうが、敵兵であったというこっちゃな(笑)

問題は、国民党軍のように一般市民にまぎれて攻撃したり共産軍のように少年少女を優先的に兵士に仕立てることにあります。

これは日本軍の問題ではなく、この状況ではアメリカ軍だろうがイギリス軍だろうが「怪しい挙動を発見したらまず自己の安全確保してから調べる」ほかありませんし、撃ち殺した少年少女が実際共産ゲリラでも「敵軍がいたいけな児童を虐殺した」と喧伝してまわるでしょう。

結論としては「中国人のモラルの欠如」が主要因ということです。


>日本軍は捕虜を獲らない軍隊だったってこと、、世界の常識だっせ(笑)

それはアメリカ軍もソ連(ロシア)軍も同じことです。
(中国軍は「見せしめになぶり殺すための捕虜」は取ります。)

↓Re: 日教組

投稿者: fukagawatohei 投稿日時: 2006/10/22 19:48 投稿番号: [13582 / 41162]
誤字訂正:

感心   →   関心

Re: 日教組

投稿者: fukagawatohei 投稿日時: 2006/10/22 19:19 投稿番号: [13581 / 41162]
>何処に71年以降輸出していたのかね。

この会社はまだ存続し営業していますので、詳しい事は申し上げられません。

>おや、自ら枯葉剤や化学兵器の原料らしい物を輸出したと言いながら人事かね。
少なくとも人殺しの一翼を担った自覚はあるのだろう。>

それが、正直なところ、全く自覚できないんです。
当時は、一般の会社より2-3倍の給料をもらい、仕事も面白く、自分が輸出していた商品が戦争に使われるなど、全く考えていなかったのです。
社内では、うすうすベトナム戦争や後のイラン・イラク戦争と関係があるのではないかと感じていた人もいたようですが、私はまだ若くそんな事はどうでもよく、私の家は莫大な借金もあり、とにかく生活できればよかったのです。
現実に、戦争のおかげで、潤った日本の企業も多かったと思います。

自分がもうかれば、人がどうなろうとかまわない。
これが、人間の最も恐ろしい部分だと思います。
当時の私もそういう人間だった事は認めざるをえません。
とても、偉そうな事を言える立場で無い事は自覚しています。

いづれにせよ、私のつたない話に感心を持って頂いている事には恐縮しております。

Re: 和を持って尊しと、、無責任な解決方法

投稿者: nikkyousokyuusai 投稿日時: 2006/10/22 15:06 投稿番号: [13580 / 41162]
  私も見ましたよ。
  ところで何でタマちゃんはホタテ食べないんですか?

お前の脳みそがソースだと

投稿者: mannen_no_sippo 投稿日時: 2006/10/22 10:21 投稿番号: [13579 / 41162]
いうことがよくわかった。

こぼれないように鼻栓でもしとけ。

◆チベット虐殺の映像、中国は相変ず残虐だ

投稿者: Omotesima_Taro 投稿日時: 2006/10/22 10:06 投稿番号: [13578 / 41162]
中国による非武装の青少年僧の虐殺映像が各国のニュース番組で公開された。
偶然?ルーマニア人の登山家によって撮影されたらしいが、
青少年僧が集団で雪深いチベットの山を歩いて亡命をしなければいけないほど
中国によるチベットでの虐殺や虐待は酷いのであろう。
社民党、共産党、エセ人権屋、朝日新聞、TBS、筑紫哲也はどう報道しどう論評するのかな?

Re: 国ってややこしい二毛作?二期作?

投稿者: yominokuni56 投稿日時: 2006/10/22 08:51 投稿番号: [13577 / 41162]
仲間を募集する所ではないんではないかい?

己の主張くらい、出せ、、この   ウスラトンカチ(笑)

ナリスマシ一座の卑怯者か?(笑)

独り立ちせよ、、馬鹿者、、いや   若者よ!!

Re: 国ってややこしい二毛作?二期作?

投稿者: yominokuni56 投稿日時: 2006/10/22 08:46 投稿番号: [13576 / 41162]
>何様のつもりだ?

お前の救世主だよ、有り難く思え、、(笑)

>。俺が誰にレスしようが、俺の勝手だ!ドアホ!

少しは根性もあるようだね、、根性だけでは、大根でもあるようだぜ。
頭がなくちゃ〜〜立派な日本人とはいえんぜ(笑)

Re: 国ってややこしい?偕行社の証言2

投稿者: yominokuni56 投稿日時: 2006/10/22 08:44 投稿番号: [13575 / 41162]
>結論
日本軍が撃滅・処断した支那兵は推定約1万6千人、うち不法殺害の可能性があるのは歩66第1大隊の捕虜処断最大約8百人の一例のみというのが階行の最終結論である。
一方、日本軍による南京市民虐殺は0人だったというのが畝本正己の一貫した認識である。

結論は   日本軍が敵兵と認めた者はすべて、民衆であろうが、敵兵であったというこっちゃな(笑)
丸腰であれ、抵抗を示さずとも、女子供であれ、日本兵が敵兵と見下せば、総ては敵兵であり、口撃であったとしてもそれは戦闘であると、日本兵が認識すれば、、射殺することが可能であったということを明らかにしたというこっちゃね(笑)

随分と勝手な日本兵でしたんでんな、、どうも、これが事実に即した観測でんな。。(納得)

中国には中国国民はおろか、民衆という無抵抗の人間は存在しなかったってことをいいたいだけのことか(笑)

これで国際社会を相手にどれほどの論戦を張れるのだろうかね、、気が遠くなりゃ〜せんか?(笑)

日本軍は捕虜を獲らない軍隊だったってこと、、世界の常識だっせ(笑)

Re: 赤ちゃんを食べる中国人、支那の食品

投稿者: yominokuni56 投稿日時: 2006/10/22 08:36 投稿番号: [13574 / 41162]
>情報ソースは?

そんなソース   買ったことも見たこともない、

家で使ってるのはイカリソースかブルドックソースだな。

ソースはトマトが原料だから、、輸入国はスペインか。メキシコ   ペルーじゃないか?
中国産   のトマト、は知らんがね(笑)
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