軍紀
投稿者: sugotyon 投稿日時: 2006/10/24 00:41 投稿番号: [13613 / 41162]
第033回国会
予算委員会
辻政信
「作戦(仏印処理)によって与えた損害はこれはほとんど原住民にはないのです。私は知っております。なぜならばフランス軍の正規軍だけをやった。兵営と官術はやられている。ベトナムにはほとんどない。それから先ほど、これは私は軍人として軍の名誉のために弁解しておきますが、あのときおった軍は絶対に軍紀は厳正であったということです。そのために一つの例を申し上げましょう。ただ一つあった、略奪したことが。それは武力行使のときに北部国境の要塞を攻撃した三十七師団の大隊の大隊長であった沢野源六少佐、最も有能な将校であったのですが少数の兵力で要塞に入っている多数の仏印軍の武装を解除する一つの手段として、攻撃をやる前の晩に仏印側を宴会に呼んだ。そしてだまして将校を殺したとき、その際に一部の民衆に同時に数名の死傷者を出した。それによりまして三十七師団長の土橋司令官は懲役六カ月にして少佐を降等して一等兵にしている。しかも終戦後戦犯として死刑になっておる。大事な大隊長を少佐をやめさせ、六カ月の懲役にして死刑にしておる。これでいかに軍紀が厳正だったかということがわかる。いかがでありますか。」
一部の民衆に死傷者を出した謀略で、処罰。
土橋中将は、一夕会、桜会。
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