Re: 国ってややこしい?偕行社の証言2
投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2006/10/23 23:23 投稿番号: [13610 / 41162]
>ソ連のシベリア抑留者、、何万名が捕虜になりました?
100万人以上の日本人がポツダム宣言受諾後、ソ連によって拉致、強制連行・労働をさせられ、うち50万人以上が殺された。
詳細は#9648を参照。
>オーストラリアでは、ドイツ、イタリア、の捕虜とともに
日本兵の捕虜も約1500名ほどが収容されてましたよ、その中で、後から捕まった仕官らの捕虜が、終戦までここで治療に専念するつもりの日本兵達をそそのかし、脱走を企て、その中の約150名が逃走中に死亡してまんな。
1944年、オーストラリアカウラ市内にあった捕虜収容所から日本兵が脱走を企てたとき、オーストラリラ兵は無差別に砲火を浴びせ、234人を射殺、108人に重傷を負わせた事件があった。
>日本軍が中国軍兵士を捕虜に、、何千人?
捕虜にしましたか?その後彼らは生き残ってますか?
1万人以上。
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捕虜として収容されたのは原田兵次郎編『誉れの郷土部隊』(大和旭新聞社
P191〜194より)には生け捕りにされた捕虜総数1万2000と記す。
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「捕虜1万5百」
『朝日新聞』昭和12年12月29日
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なお、城内に収容された捕虜のその後については、『南京戦史』第六章第六節「南京付近に収容した捕虜の状況」に詳しいが、最初一万人程度の捕虜が収容され、翌昭和十三年一月六日に「三千六百七十人もいるそうだ」と第十六師団経理部の小原立一少尉の日記に記されている。約半数が昭和十二年末ころ上海に送られたものと見られ、残りが汪兆銘の南京政府軍に編入されたという事実はよく知られている。
『本当はこうだった南京事件』P387
板倉由明著
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>中国兵の捕虜となった日本兵は戦後日本に帰国してまんがな(笑)
ほう。
初めて聞く話だな。
詳しく教えてくれないか?
まさか、#12040や#12052で説明した、戦後、スターリンからプレゼントされ、撫順に収容された日本人たちのことを言ってるんじゃないよな?
これは メッセージ 13597 (yominokuni56 さん)への返信です.
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