日中関係

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Re: 埒外の身分

投稿者: riseidekanngaeru 投稿日時: 2011/02/07 02:11 投稿番号: [186495 / 196466]
>もちろん、時代が違うと言うなら、その通りなんだが。

もちろん、これも言えるが、相撲取りが賤しい身分という話からずれているな。相撲が芸能ではなく、また賤しくもなく、相撲取りが賤民でもないことは確認したのかね。

で、暇だからちょっとつきあってやろう。

子供がタレントにあこがれると反対する親は今も多いよ。あたしも同じ立場なら反対するだろうな。だが、それはタレントが賤しいからではなく、日の目を見るタレントは100人に一人も居なくて、しかも実力で必ずのし上がれるわけではないからだ。

それに、芸能界すべてがそうとは言えないだろうが、ろくに実力も経験もないのに売れる社会が正常とは言い難い。確かに子供を入れたいような環境の社会ではないからな。ちんぴらでもズベ公でも売れればなんぼという世界に入れたいとは思わないだろう。とにかく、その手のスキャンダルが多すぎる。

とはいえ、いちいちそんな目でタレントを見ているわけではないがね。本当にそれだけの理由や才能で輝いているタレントも確かにいるし、他の社会でも実力だけで完全にのし上がれるわけではないだろうからね。ま、子供のタレント志望を許すか許さないかは、人それぞれだな。

だが、そんな芸能界と、能、歌舞伎などの伝統芸能と一緒くたにしても意味はないぞ。君の屁理屈も意味がない。

伊豆の踊子の話がどうであれ、たとえば昔から各地に農民芸能が盛んにあり、農民歌舞伎などは文化遺産になっている。別に芸能や芸能をするものが差別されていたわけではない。

伊豆の踊子の例はあくまでよそ者排除であり、実際に彼らが旅をしながら農村を回って生活ができたのは多くの農村で受け入れらていた証だろう。結局、川端君の描写は、本人をモデルにした「私」と踊り子の距離を表現したにすぎない。この身分の違いをこんな形で描写する川端君もあるいみ鼻持ちならないがね。

>伝統とはそう云うところから発祥しているのだ。

あほぬかせ。そんなことを言い出したら、日本の芸能の祖はアメノウズメノミコトだ。巫女やそれから発生したと言われる白拍子も芸能の祖かもしれないが、農民達が自然に集まって舞い踊った田楽、猿楽が能に発展した。つまり、何が芸能の祖だと絞れるものではない。大名お抱えの御伽衆が落語や講談のはじめだとも言われている。

したがって、偉そうに

>芸能史を学ぶなら、これらのこと、基礎の基礎、基本の基本だぞ。
古代、神社で神に仕える「巫女(みこ)」などは当然処女であり、その美しさも、その若さも神にささげられた「生贄(いけにえ)であり、すでにしてこの世の人ではなかったのだ。
伝統とはそう云うところから発祥しているのだ。

と言っても説得力は全くない。

芸能など世界中で自然発生的なものだ。神と関係もその一つにすぎない。

だが、今の芸能人(一般に言うタレント)と力士を同一だとこじつける理由は全くない。今の相撲取りがタレント化しているから連想したのか?
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