イラク難民問題
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「大国心」<笑
投稿者: battamama 投稿日時: 2005/04/03 19:39 投稿番号: [679 / 1657]
>あなたが愛するものに順番をつけよと言われたら、自分、家族、伴侶あるいは恋人、所属する組織、ご近所、郷土、そして国の順番になる。
これは決めつけです。
皆が皆そうだとは限りません。
人にはそれぞれに多様性があります。
こんなことを真顔で言っていたら、笑われますよ。
「愛する」ということは自然発露的なもの。義務づけたり、強要したり、わざわざ推奨する類のものではありません。
それぞれの家庭に、「愛家族心」を強要するものが存在しますか?
敢えて、そのような家庭があるとしたら、よくよく信頼関係のない家庭なのでしょう。
親には子を養う義務があります。だからといって、親は子にその見返りとしての愛を求める権利がありますか?
まさか、国が国民を守るなら、その見返りに国民の愛を強要する権利があるとでも?
>「国を大切に思う心」だから「大国心」なのか?バカ言っちゃいけないよ!
屁理屈!
お話にならないので、以降レスしません。
これは メッセージ 676 (venture_2016 さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/552019567/a5a4a5ia5affql1ldbj_1/679.html
「大国心」<笑
投稿者: battamama 投稿日時: 2005/04/03 19:39 投稿番号: [679 / 1657]
>あなたが愛するものに順番をつけよと言われたら、自分、家族、伴侶あるいは恋人、所属する組織、ご近所、郷土、そして国の順番になる。
これは決めつけです。
皆が皆そうだとは限りません。
人にはそれぞれに多様性があります。
こんなことを真顔で言っていたら、笑われますよ。
「愛する」ということは自然発露的なもの。義務づけたり、強要したり、わざわざ推奨する類のものではありません。
それぞれの家庭に、「愛家族心」を強要するものが存在しますか?
敢えて、そのような家庭があるとしたら、よくよく信頼関係のない家庭なのでしょう。
親には子を養う義務があります。だからといって、親は子にその見返りとしての愛を求める権利がありますか?
まさか、国が国民を守るなら、その見返りに国民の愛を強要する権利があるとでも?
>「国を大切に思う心」だから「大国心」なのか?バカ言っちゃいけないよ!
屁理屈!
お話にならないので、以降レスしません。
これは メッセージ 676 (venture_2016 さん)への返信です.
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今の日本が主権在民の状態か
投稿者: stone_cold_sober2005 投稿日時: 2005/04/03 19:33 投稿番号: [678 / 1657]
再度ありがとうございます。
本筋から外れますが、ひとつだけ。
>現実に今の日本が主権在民の状態であると言い切れるでしょうか?
誰が政権を執って、どのようなシステムをつくろうとも、国政に民意を「100%」反映させることは不可能です。
それを踏まえた上で、「今の日本は主権在民の状態にある」と言い切れます。
なぜなら、政府・与党の政策に反対する人も選挙に立候補することができるし、有権者がそのような人に投票することも自由にできるからです。
また、選挙の運営においても組織的な不正が行なわれるようなことはないですよね、日本では。
政府・与党の政策に反対する人が「今の政治は民意を反映していない」と言う場面をよく見かけますが、それは「自分の意見が反映されていない」と言いたいだけの負け惜しみなのではないかと感じています。
もちろん、「選挙で勝った人々が、その後に公約とは大きくかけ離れた方向に走り出した」場合は、私たちはあらゆる手を講じてその流れを変えさせるべきだと思います。
でも、原則的には「次の選挙までは、政府・与党に意見しながらもそれに従い、さらなる議論を進める」のが民主主義なのではないでしょうか。
これは メッセージ 674 (battamama さん)への返信です.
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憲法という経文に愛国心を入れて何が悪い
投稿者: venture_2016 投稿日時: 2005/04/03 19:11 投稿番号: [677 / 1657]
stone_cold_sober2005さんの考え方には賛成です。ほぼそのとおり。
補足になるかどうか、わかりませんがコメントすると
愛国心は確かにトップダウンに上から強制するものではない。個人の心の中に醸成され、育成され、次の世代に引き継がれるべきものである。しかし今の日本人は次世代に「国を愛する心」を引き継ぐことはできるのか?できないね。
ほとんどの宗教がなぜ偶像崇拝に陥るのか?神を信じる宗教心を何か形に表さない限り、人間はそれを常に思い起こせないわけだ。誰も仏像に向かって手を合わせ、仏に祈っる敬虔な気持ちになるが、その心の裏で「単なる木造の造形物が仏であるはずはない」と思ってるわけだ。人の心とはそんなものじゃないの?
心の中では形式に過ぎないという醒めた目のほかに、仏像に祈ることで敬虔な気持ちを獲得し、心のよりどころを得る、それが宗教。
それでは、憲法は宗教かというと、「そうだ」としか言いようがないね。
違憲であると思っていながら、憲法第9条をお経のように唱えるアホ政党がいるし、それを日本人は許してきた。結局、日本人は憲法は、折に触れて唱える経文であったわけだ。
そんな経文の中に「愛国心」と言う言葉を入れることによって経文が形をなし、代々引き継がれてゆけばいいわけで、その解釈は信心する国民の心に任せればいい。
これは メッセージ 672 (stone_cold_sober2005 さん)への返信です.
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>>『愛国心』議論の問題点
投稿者: venture_2016 投稿日時: 2005/04/03 18:44 投稿番号: [676 / 1657]
あなたが愛するものに順番をつけよと言われたら、自分、家族、伴侶あるいは恋人、所属する組織、ご近所、郷土、そして国の順番になる。
個人の人権は法律で保護されている、婚姻関係も法律で保護される、その上に所属する組織、地方自治体はあなたを保護する。そこには微に入り細に入りあなたの権利と義務が記載されている。
企業では、社訓があり愛社精神を養うために、朝礼や功労賞を表彰する。そして最後に日本国に所属する人間として保護され、権利と義務が課せられている。
そこに「愛国心」という言葉を盛むことがなぜ問題なのか?国民の行動規範である憲法になぜ「愛国心」を盛り込むことが問題なのか?
年寄は「愛国心」が誤解を生みやすい言葉と言う。しかし、これからの百年を生きる人間に「愛国心」以外の言葉を強いて使う理由はどこにもない。
「国を大切に思う心」だから「大国心」なのか?バカ言っちゃいけないよ!
これは メッセージ 674 (battamama さん)への返信です.
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>『愛国心』議論の問題点
投稿者: namahamu3mai 投稿日時: 2005/04/03 18:24 投稿番号: [675 / 1657]
ふむ。
愛は捧げるものであって、
強要するものではない。
愛を強要する者をストーカーと言う。
法律が施行された今、
その行為は犯罪である。
これは メッセージ 672 (stone_cold_sober2005 さん)への返信です.
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>『愛国心』議論の問題点
投稿者: battamama 投稿日時: 2005/04/03 17:41 投稿番号: [674 / 1657]
>民主主義の国では基本的に、「国」と「国民」はイコールです。
貴方の仰ることはよく理解できますし、概念上ではその通りでしょう。
しかし、現実に今の日本が主権在民の状態であると言い切れるでしょうか?
今回、憲法前文に「愛国心」のみならず、「天皇制」も盛り込むことも検討されているわけですよね。
果たして、ここで言う「愛国心」は、本当に貴方が仰る意味での「愛国心」でしょうか?
もっとも、先にも述べたように、いずれの言葉も、憲法前文でどのように表現されるかの結果を待たない限り決定的な判断はできませんが。
>「愛国心」ではない別の言葉を使うのではなく、「愛国心」の本来の意味を取り戻すよう努めるべきだと信じます。
私も最初先の投稿で、そのように提案するつもりでした。
しかし、それはあまりにも遠回りのような気がしたので、より分かりやすい的確な表現法を使用する方が良いと結論づけました。
でないと、「愛国心」の概念の相違から、またあらゆる対立や反感が生じると思ったからです。
要は「愛国心」という、誤解を生みやすい言葉そのものに拘泥しないで、その主旨を明確にするということの方が大事だと思ったわけです。
それをあえて「愛国心」という言葉を使うことに拘泥するならば、仏作って魂入れずか、あるいはやはり別の意図があると思えます。
これは メッセージ 672 (stone_cold_sober2005 さん)への返信です.
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>『愛国心』議論の問題点
投稿者: battamama 投稿日時: 2005/04/03 17:41 投稿番号: [674 / 1657]
>民主主義の国では基本的に、「国」と「国民」はイコールです。
貴方の仰ることはよく理解できますし、概念上ではその通りでしょう。
しかし、現実に今の日本が主権在民の状態であると言い切れるでしょうか?
今回、憲法前文に「愛国心」のみならず、「天皇制」も盛り込むことも検討されているわけですよね。
果たして、ここで言う「愛国心」は、本当に貴方が仰る意味での「愛国心」でしょうか?
もっとも、先にも述べたように、いずれの言葉も、憲法前文でどのように表現されるかの結果を待たない限り決定的な判断はできませんが。
>「愛国心」ではない別の言葉を使うのではなく、「愛国心」の本来の意味を取り戻すよう努めるべきだと信じます。
私も最初先の投稿で、そのように提案するつもりでした。
しかし、それはあまりにも遠回りのような気がしたので、より分かりやすい的確な表現法を使用する方が良いと結論づけました。
でないと、「愛国心」の概念の相違から、またあらゆる対立や反感が生じると思ったからです。
要は「愛国心」という、誤解を生みやすい言葉そのものに拘泥しないで、その主旨を明確にするということの方が大事だと思ったわけです。
それをあえて「愛国心」という言葉を使うことに拘泥するならば、仏作って魂入れずか、あるいはやはり別の意図があると思えます。
これは メッセージ 672 (stone_cold_sober2005 さん)への返信です.
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表口から一言:青葉さん アサさん
投稿者: kamakura2ss 投稿日時: 2005/04/03 17:31 投稿番号: [673 / 1657]
経過について精査していないので、簡単な感想を書きます。
青葉さんの横レス(msg633)については、アサさんの相手に対して、「止め」にかかったと小生も解釈していますが、ただ、アサさんも書いてますが、「最後の段落」については「いぶかしく」思っていました。アレ、これは? てな感じ。
アサさんへ:小生の思いのほか、ご心労のご様子、今関係部分読んでいると、これではアサさんの琴線に触れるのは、ごもっとも。「実生活へも影響」されたかと思います。このトピで話しを大きくするのは、避けられるほうがよろしいかと、小生は思いますが、「名誉回復」の為に、ご存分になされるのもアサさん次第であるかと考えます。
これは メッセージ 663 (assaraamaaleicomnjp さん)への返信です.
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『愛国心』議論の問題点
投稿者: stone_cold_sober2005 投稿日時: 2005/04/03 17:09 投稿番号: [672 / 1657]
さきほどはありがとうございました。
池澤夏樹さんもそうですが、「愛国心」に否定的な皆さんは「国」と「国民」を別のものと考え、対立する概念としてとらえていますね。
でも、民主主義の国では基本的に、「国」と「国民」はイコールです。
野党支持票を無効とする、などの不正が行なわれないかぎり。
だから、愛国心は「わたしたちの社会を愛する心」なのです。
立法・行政などの「統治機構」をあえて国民と分離させ、その上で、一般国民が「統治機構」を愛することを否定するのは、健全な民主主義の発展を阻害するものです。
私たちがすべきことは、「国」と「国民」を乖離させて対立させることではなく、健全な民主主義を守って「国」と「国民」が乖離しないように監視し、まともな「愛国心」が育つようにすることなのではないでしょうか。
「愛国心」ではない別の言葉を使うのではなく、「愛国心」の本来の意味を取り戻すよう努めるべきだと信じます。
これは メッセージ 671 (battamama さん)への返信です.
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パンドラの時代
投稿者: battamama 投稿日時: 2005/04/03 16:36 投稿番号: [671 / 1657]
これは メッセージ 1 (topics_editor さん)への返信です.
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>愛国心は公共心
投稿者: battamama 投稿日時: 2005/04/03 16:06 投稿番号: [670 / 1657]
>愛国心というのは「わたしたちの町と人のつながりを大切にしましょう」という
>『公共心』を最大限にしたものだと思っています。
「愛国心」というというと、国粋主義やナショナリズム的な匂いを感受する人も少なくないかも知れません。
つまり、その概念が非常に多岐に渡って誤解を招きやすい言葉だと思うのです。
もし、貴方の仰るような意味での「愛国心」であるならば、よりそれに近い分かりやすい言葉を使用する方が良いように思います。
しかし、ここで意味が多岐に解釈されかねない「愛国心」という言葉を、敢えて使用し憲法に盛り込むということは、やはりそこに別の意図があるような印象を受けてしまうのです。
ま、最終的には「愛国心」を、どのような表現で憲法に盛り込むのかを待ってからの判断となりますが。
これは メッセージ 669 (stone_cold_sober2005 さん)への返信です.
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愛国心は公共心
投稿者: stone_cold_sober2005 投稿日時: 2005/04/03 15:52 投稿番号: [669 / 1657]
横から失礼します。
私は、愛国心というのは「わたしたちの町と人のつながりを大切にしましょう」という『公共心』を最大限にしたものだと思っています。
同じ言葉を使い、同じ文化(テレビとか音楽とか)を共有するグループが、『公共心』を共有できる最大の集合です。
それを超えると、さまざまな価値観の違いが大きくなりすぎてしまい、『公共心』を共有することができません。
教育現場で『愛国心』が否定されると、小さい規模の『公共心』も失われてしまいます。
それが今の日本の現状なのではないでしょうか。
これは メッセージ 668 (battamama さん)への返信です.
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愛国心推奨の無意味さ
投稿者: battamama 投稿日時: 2005/04/03 15:41 投稿番号: [668 / 1657]
>こんな先コウが戦後を教育してきたのだから、日本が堕落するのもわかるわ。
一方的な責任転嫁に思えるコメントですね。
教育は、学校の教師のみがするわけではありません。
基本的には家庭です。そこに学校の教師や、同級生達や先輩との交流や、出会う書籍やメディア等々の総合が人間形成に影響を与えます。
国を愛する気持ちになるような国にすべきというのは、政治家や官僚はもとより、学校制度や日本のカルチャー、我々国民ひとりひとりの手にも依るものだと思います。
それを視野にいれずに、いきなり「愛国心」を推奨されても躊躇うばかりじゃないでしょうか?
例えば、どうしても好きになれない人がいて、それを「人を嫌ってはいけません。人は愛するべきです」と言われて、「はい、そうですか」と即刻好きになれるでしょうか?
これは「内心の自由」というもの以前の、人間の心(感情)の本質の問題です。
よって「愛国心」をいかなる表現方法で憲法に取り入れるのかは知りませんが、内容によっては非常にナンセンスだと言っているわけです。
これは メッセージ 666 (venture_2016 さん)への返信です.
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>懐かしき『大地賛頌』
投稿者: stone_cold_sober2005 投稿日時: 2005/04/03 15:08 投稿番号: [667 / 1657]
横から失礼します。
>>作詞者大木惇夫はキリスト教詩人として著名です。
大木惇夫さんは戦時中、オランダ領東インド(現インドネシア)の人々に「植民地から脱して独立しよう」と呼びかける宣伝班の一員としてジャワ島に渡りました。
渡航中に、同じくジャワへ向かう柳川宗成陸軍中尉と知り合い、柳川中尉の「アジアを欧米植民地から解放する」ことへの熱意に打たれて、有名な『戦友別盃の歌』を書き、中尉に贈りました。
戦友別盃の歌
http://www.ss.iij4u.or.jp/~nihnbuna/poem/p-senyu.htm柳川中尉は蘭印上陸後、バンドンにあったオランダ軍司令部に単身(通訳と2人)で潜入して降伏を勧告。対オランダ戦をわずか9日間で終了させるのに大きく貢献しました。
また、ジャカルタ郊外にインドネシア青年を集めて「青年道場」を開き、その後もインドネシア人による「郷土防衛義勇軍」を組織するなどして、「インドネシア人が自力で独立/自立できるようにする」ために尽くしました。
「青年道場」と「郷土防衛義勇軍(PETA)」は、現在のインドネシア国軍の元となったものです。
これは メッセージ 660 (oxnardnokakashi さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/552019567/a5a4a5ia5affql1ldbj_1/667.html
戦後の学校教育が狂ってたわけよ
投稿者: venture_2016 投稿日時: 2005/04/03 14:25 投稿番号: [666 / 1657]
「愛国心を謳うより国を愛する気持ちになるような国にする方が先なんじゃないの?」
一見妥当な意見のように見えるが、次のように置き換えたらどうなるか?
教室で他の生徒の学習を平気で邪魔する悪餓鬼に対して注意すると
「みんなで一緒に勉強するのはおかしい。静粛にと言うなら、授業に興味を持たせるようにすることが先だ」。するとアホ教師は、黙して「う〜ん、そうかも」なんて思ってしまう。
静かに勉強する者を邪魔しているにもかかわらず、先生が静かにせよというのは「内心の自由」を侵すものだと悪餓鬼が抜かすことに何の反論もできない。
静かに勉強をしたい生徒は、「なんで先生は注意しないんだ!」と不満をいだいているのが聞こえない。こんな先コウが戦後を教育してきたのだから、日本が堕落するのもわかるわ。
しかし、国旗はともかく君が代は古いね。憲法を改正したとき、もっと明るい国歌にして欲しいわ。
これは メッセージ 627 (battamama さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/552019567/a5a4a5ia5affql1ldbj_1/666.html
happy_end1997さん
投稿者: assaraamaaleicomnjp 投稿日時: 2005/04/03 13:31 投稿番号: [665 / 1657]
昔のギャラリーの方の中のお一人だと思いますが、わざわざありがとうございました。
一見理路整然と書くアーバンネットについて、その本当の意味の醜悪さを理解していただくのは、非常に困難なことだと思います。
こういうときに貴方のような、過去をご存知の方の介入は非常に私にとっては有り難いことだと思っています。
できましたら、これからもどうぞよろしくお願いいたします。
これは メッセージ 653 (happy_end1997 さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/552019567/a5a4a5ia5affql1ldbj_1/665.html
宗教教育強制とは
投稿者: oxnardnokakashi 投稿日時: 2005/04/03 13:01 投稿番号: [664 / 1657]
イラクのブログを読んでいたら、クエートで起きた事件の話が載っていた。それがいまここで話題になっている公立学校における政教分離の話を重なるので紹介したい。
クエートは言わずと知れたイスラムを国教とする国で、政教分離どころか、学校で強制的にコーランが教えらている。最近になって政府は学校において音楽の授業を割いてイスラム教の時間を増やす計画をたてた。
それに反対した学者が新聞に講義の投書をしたところ、一年の禁固、約7000ドルの罰金を課せられたという。
公立学校で君が代を歌ったり、クリスマスパーティをするようなことでいちいち文句をいってる輩には本当の政教政権の意味など解らん。
これは メッセージ 661 (urbannet2 さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/552019567/a5a4a5ia5affql1ldbj_1/664.html
だから勝手なことを言うなよ。
投稿者: assaraamaaleicomnjp 投稿日時: 2005/04/03 12:12 投稿番号: [663 / 1657]
>良く読んで下さい。
一番最後の段落は何?
あれと同じように、私の書き込みを読んだ君の客観的な感想を書く義務があるんじゃない?
そもそも君のようなでしゃばりは今までたくさんいたんだよ。
好奇心でいかにも仲介者ぶって、君の思い通りの解釈を皆がするとでも本気で思っているの?
そもそもアーバンネットと私が同罪だという前提での話からして間違えているんだよ。君の視点にはそういう可能性がぜんぜんはいっていないんだよ。
過去において、何か私が悪いことをした可能性でもあるような事を匂わせることさえ迷惑なんだよ。
>暗にもう「止めなよ」って言ってるの。
私から仕掛けたことなど過去を手繰っても、一度もないんだよ。
この意味わかる?
これは メッセージ 647 (aobashiratori さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/552019567/a5a4a5ia5affql1ldbj_1/663.html
新しいイラク国旗>430さん♪
投稿者: unizo325 投稿日時: 2005/04/03 11:43 投稿番号: [662 / 1657]
これは メッセージ 638 (silverlining430 さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/552019567/a5a4a5ia5affql1ldbj_1/662.html
lighter氏へ>政教分離2
投稿者: urbannet2 投稿日時: 2005/04/03 09:37 投稿番号: [661 / 1657]
昨日の投稿のつづきです。
まず私個人の意見として、以下のことを確認します。
1・私は、公立学校において、国旗国歌を、日本国籍の児童生徒に強制することには、原則的に賛成する。
2・ただし、強制という部分において、各地域、各学校、各教員の裁量の幅をゆるし、ソフトランディングを許容するべきだと考える。
3・国旗国歌を外国籍の児童生徒に強制することはひかえるべきだと考える。
国際的な礼儀作法において、他国の国旗国歌を尊重するべきだということはみとめられているので、外国籍の児童生徒
に礼儀作法を教えることはかまわないが、強制はするべきではない。
4・何度も書くが、問題は、国旗国歌ではなく、君が代に存在すると私は考える。
5・4の問題とは、軍国主義や愛国心や国体護持云々ではなく、児童生徒の信仰の自由、思想信条の自由を、君が代の強制が侵犯するおそれがあるからだ。
6・5の「おそれ」とは、何度も既述のとおり、君が代に特定宗教すなわち神道賛美のいろがついているおそれのことである。
特定宗教のいろのついている歌を国歌として、公立学校で児童生徒にうたわせることは、憲法違反の疑念がある。
この場合の憲法違反とは、憲法第十九条【思想および良心の自由】、第二十条【信教の自由、国の宗教活動の禁止】、および第九十九条【憲法尊重擁護義務】への違反。
7・私学は上記の項目にいっさい無関係。憲法第九十九条があてはまるのは、天皇または摂政、国務大臣、国会議員、裁判官そのほかの公務員のみ。
8・以上のように、日の丸君が代問題の本質は政教分離への違反にある、と私は見ているので、愛国心の強制が問題だとする左翼教員の運動には与しない。
その運動は日本限定でしか言えないことだからだ。むろん日本ローカルでならあてはまるかもしれないが、インターナショナルには通用しないだろう。
インターナショナルに通用するのは、政教分離の原則のほうである。
◇
◇
君が代の君が何を意味するかにかんしてはbattamama様が詳細に書いてくださっていますが、それも読んでから明日につづきを書きます。
きょうは以後投稿する暇がありませんので。
これは メッセージ 567 (lighter101rethgil さん)への返信です.
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lighter氏へ>政教分離2
投稿者: urbannet2 投稿日時: 2005/04/03 09:37 投稿番号: [661 / 1657]
昨日の投稿のつづきです。
まず私個人の意見として、以下のことを確認します。
1・私は、公立学校において、国旗国歌を、日本国籍の児童生徒に強制することには、原則的に賛成する。
2・ただし、強制という部分において、各地域、各学校、各教員の裁量の幅をゆるし、ソフトランディングを許容するべきだと考える。
3・国旗国歌を外国籍の児童生徒に強制することはひかえるべきだと考える。
国際的な礼儀作法において、他国の国旗国歌を尊重するべきだということはみとめられているので、外国籍の児童生徒
に礼儀作法を教えることはかまわないが、強制はするべきではない。
4・何度も書くが、問題は、国旗国歌ではなく、君が代に存在すると私は考える。
5・4の問題とは、軍国主義や愛国心や国体護持云々ではなく、児童生徒の信仰の自由、思想信条の自由を、君が代の強制が侵犯するおそれがあるからだ。
6・5の「おそれ」とは、何度も既述のとおり、君が代に特定宗教すなわち神道賛美のいろがついているおそれのことである。
特定宗教のいろのついている歌を国歌として、公立学校で児童生徒にうたわせることは、憲法違反の疑念がある。
この場合の憲法違反とは、憲法第十九条【思想および良心の自由】、第二十条【信教の自由、国の宗教活動の禁止】、および第九十九条【憲法尊重擁護義務】への違反。
7・私学は上記の項目にいっさい無関係。憲法第九十九条があてはまるのは、天皇または摂政、国務大臣、国会議員、裁判官そのほかの公務員のみ。
8・以上のように、日の丸君が代問題の本質は政教分離への違反にある、と私は見ているので、愛国心の強制が問題だとする左翼教員の運動には与しない。
その運動は日本限定でしか言えないことだからだ。むろん日本ローカルでならあてはまるかもしれないが、インターナショナルには通用しないだろう。
インターナショナルに通用するのは、政教分離の原則のほうである。
◇
◇
君が代の君が何を意味するかにかんしてはbattamama様が詳細に書いてくださっていますが、それも読んでから明日につづきを書きます。
きょうは以後投稿する暇がありませんので。
これは メッセージ 567 (lighter101rethgil さん)への返信です.
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懐かしき『大地賛頌』
投稿者: oxnardnokakashi 投稿日時: 2005/04/03 09:26 投稿番号: [660 / 1657]
アーバネットさん、カカシは子供の頃は少年少女合唱隊の一員で、中学高校も合唱部。それで『大地賛頌』を合唱コンクールで歌ったことがあります(県大会で優勝したのよ、、ふふふ)たしか課題曲だったような。
>作詞者大木惇夫はキリスト教詩人として著名です。
そうなんですか。知りませんでした。私は当時ハレルヤがキリスト教と関係あるうただともしらなかった。というかピアノではバッハとか普通に習うし、ヨーロッパの作曲家が宗教と関わっていたとしてもそれは文化のひとつだし。私はあまりキリスト教とむすびつけず、クラッシックミュージックのひとつなんだと解釈してますけどね。
これは メッセージ 654 (urbannet2 さん)への返信です.
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君が代の意味
投稿者: battamama 投稿日時: 2005/04/03 09:08 投稿番号: [659 / 1657]
>君がだれかは明確ではないが、親しい相手(天皇もふくまれるかもしれない)
>をさす、ということはほぼ認められているようですね。
そうですね。
万葉の時代など、相手がやんごとなき人でなくても「君」という言葉を使ってはいます。
でも、基本的には身分の高い人に対して使うことが主のようです。
古語辞典によると、「君・公」とは。
①国家を統治する人。天皇。
②主人として使える人。主君。
③身分の高い人をさしていう語。他諸々割愛。
とあります。
そこで私なりに「君が代」を解釈してみました。
君(天皇)の代(代々の意味)
代=世(世とは、国家、政治、朝廷、天皇の意味にも使用される)
「君が代」とは、然るべき天皇の代の栄えを称えたもの。
ついでに、「日の丸」の由来についても一言。(私の勝手な解釈なので、軽く流して下さい)
日の丸はもともと太陽をかたどったもの。(ここまでは辞書による)
そこからイメージを脹らませたのですが、古事記に出てくる「天照らす大御神」が原典ではないかしら?
古代、天皇は現人神と呼ばれ、天と地を結ぶ者でした。
呪術や、天啓を得て政をなしていたのです。当時の人達には、それが天を照らす神そのものに思えていたのではないでしょうか。
いずれにしても、『日の丸』『君が代』は、神にも通じる「天皇」に関わる言葉であることに違いないと思います。
これは メッセージ 649 (urbannet2 さん)への返信です.
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フランス公立学校の〜訂正+君が代日の丸
投稿者: urbannet2 投稿日時: 2005/04/03 08:56 投稿番号: [658 / 1657]
元投稿のリンク先の事件はどれも昨年の事件ですね。
だとすると私が既述の学内解放区の事件とは別です。
スカーフ着用および学内解放区事件は、数年前のことですので。
なお当時、イスラム教徒に改宗した公立学校の女性教員がスカーフ着用で勤務していたところ、学校からスカーフ着用を禁止された、という事件も報道されていました。
公立学校の教員が特定宗教の支持者であることを公然としめすのはまずい、といえますが
=むろん教員が特定宗教を信仰するのは完全に自由です=
生徒の場合は微妙です。
◇
◇
日本の国旗国歌問題でも、東京都で公立学校教員が日の丸君が代に反対したために処分を受けています。
処分自体は、地方公務員法に明記された職務専念義務違反ですので、妥当です。
私が問題とするのは、既述のとおり、
1・公立学校で
2・児童生徒に
3・宗教色をもつ可能性があるとされる君が代を強制的に歌わせる
4・……ことは、憲法違反の疑念があるのではないか
ということです。
教員の処分は妥当だということを強調しておきます。
反対運動の教員は、まず処分を受けてから、きちんと君が代日の丸反対の意思を表明するべき。
ましてや反対運動に児童生徒をまきこむなんか、教員として下の下。
日の丸は問題なし。これも既述通り、過去に軍国主義に使われたことなんか、日の丸自体には無関係。
罪は人間のほうにあるのであり、日の丸にはない。
◇
◇
どうでもよいけれど、私個人は日の丸君が代ともに大嫌いであることを強調しておきます。
これは メッセージ 655 (urbannet2 さん)への返信です.
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青葉ちゃん
投稿者: battamama 投稿日時: 2005/04/03 08:38 投稿番号: [657 / 1657]
あまり、私達第三者がここでまた話を広げるのもどうかとは思うので簡単に。
>事あるごとにここで当事者間の話を蒸し返されるリスクがあるならば当事者以外の第三者が意思表示をすべきだと思ったのです。
アーバンネットさんさんは、ライターさんに向けてお話しされていましたね。
だから、この問題に対して何らかの介入ができるのはライターさんが妥当だと私は思っていました。
恐らく、彼なら双方に然るべき気遣いのあるコメントをされたかと思います。
結局、私が言いたいことは、感情的な問題は理屈や理論だけで測れるものではないということです。
そんな訳で、私も青葉ちゃんに一言申すことを躊躇ったのですが、ここは当事者同士を立てたいという私なりの思いもありましたので。
それもどうやら杞憂のようですね。笑
青葉ちゃん、お付き合いどうもありがとう。
てなわけで、この話題はこれにてお終い。
これは メッセージ 652 (aobashiratori さん)への返信です.
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サイトトップページリンク
投稿者: urbannet2 投稿日時: 2005/04/03 08:38 投稿番号: [656 / 1657]
これは メッセージ 654 (urbannet2 さん)への返信です.
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フランス公立学校の少数派宗教問題
投稿者: urbannet2 投稿日時: 2005/04/03 08:34 投稿番号: [655 / 1657]
これの元投稿で書いた、フランスで問題になったイスラム教徒の生徒の退学事件にかんするサイト。
http://www.edu.waseda.ac.jp/eduhp/okamura/pre-seminar04/guide04.html
学内解放区を作った件は、ここに書かれている数校のなかのひとつで、女生徒複数です。
上記サイトには学内解放区のことは書かれていませんが、この事件のことをフランスのサイトで以前調べたところ、たんにスカーフ着用だけではなく、イスラム教の生徒のみの学内解放区を作る行動に出たため、退学させられ、以後そのような活動が学内で禁止された、としるされていました。
上記サイトをちょっと見ただけでは、フランスはイスラム教弾圧の国、少数派宗教弾圧の国のように誤解されるかもしれません。
しかし周知のように、フランスは世界でももっとも政教分離が徹底している国です。
政教分離の徹底的な実施のゆえに、少数派宗教弾圧のようにみえる事態がひきおこされたわけです。
むろん多数派宗教=フランスの場合はカトリック=の生徒がこれみよがしに宗教的示威行動をしたり、学内解放区をつくったりすれば、これまた同様に禁止されるでしょう。
これは メッセージ 649 (urbannet2 さん)への返信です.
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フランス公立学校の少数派宗教問題
投稿者: urbannet2 投稿日時: 2005/04/03 08:34 投稿番号: [655 / 1657]
これの元投稿で書いた、フランスで問題になったイスラム教徒の生徒の退学事件にかんするサイト。
http://www.edu.waseda.ac.jp/eduhp/okamura/pre-seminar04/guide04.html
学内解放区を作った件は、ここに書かれている数校のなかのひとつで、女生徒複数です。
上記サイトには学内解放区のことは書かれていませんが、この事件のことをフランスのサイトで以前調べたところ、たんにスカーフ着用だけではなく、イスラム教の生徒のみの学内解放区を作る行動に出たため、退学させられ、以後そのような活動が学内で禁止された、としるされていました。
上記サイトをちょっと見ただけでは、フランスはイスラム教弾圧の国、少数派宗教弾圧の国のように誤解されるかもしれません。
しかし周知のように、フランスは世界でももっとも政教分離が徹底している国です。
政教分離の徹底的な実施のゆえに、少数派宗教弾圧のようにみえる事態がひきおこされたわけです。
むろん多数派宗教=フランスの場合はカトリック=の生徒がこれみよがしに宗教的示威行動をしたり、学内解放区をつくったりすれば、これまた同様に禁止されるでしょう。
これは メッセージ 649 (urbannet2 さん)への返信です.
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カンタータ『土の歌』全歌詞
投稿者: urbannet2 投稿日時: 2005/04/03 08:26 投稿番号: [654 / 1657]
『大地賛頌』のはいっているカンタータ『土の歌』のすべての歌詞がでているサイトがありましたので、リンクしておきます
=サイト著者の方はおそらく著作権の問題はクリアしていると判断されますので=
http://www.geocities.co.jp/MusicHall/6654/daitisansyou.htm
作詞者大木惇夫はキリスト教詩人として著名です。
上記の歌詞には反戦思想は明確にでているがキリスト教思想はでてないとおもわれるかもしれませんが、天変地異を歌った曲の歌詞がそれです。
詩人がキリスト教徒であることを知らなければ、ここは単に災害の描写としてだけとらえられるかもしれません。
しかし作詞者がキリスト教徒であることを知れば、テクストの見方はまったく変わってきます。
テクストは作者から独立している、という文芸批評の考え方も存在はしますが、少数派です。
◇
◇
aobashiratori様
ひとことだけ書きますが、昨日の件は、もとはといえばso_what氏がよこあいからよけいな口をはさんだからですよ。
=それにのせられた私にも非があることは率直にみとめます=
私の同氏への評価はすでに書いたとおりですので、以後同氏は黙殺に付しますが。
私はlighter氏宛にかいた「カルトと反カルトは類似している」ということ以上は書くつもりはそもそもありませんでした。
この件に深入りすると、現実世界の関係者=この意味するところはおわかりですね=が書きこむおそれがありますので。実際にそういうことが前にあったらしいですから。
では。
これは メッセージ 649 (urbannet2 さん)への返信です.
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カンタータ『土の歌』全歌詞
投稿者: urbannet2 投稿日時: 2005/04/03 08:26 投稿番号: [654 / 1657]
『大地賛頌』のはいっているカンタータ『土の歌』のすべての歌詞がでているサイトがありましたので、リンクしておきます
=サイト著者の方はおそらく著作権の問題はクリアしていると判断されますので=
http://www.geocities.co.jp/MusicHall/6654/daitisansyou.htm
作詞者大木惇夫はキリスト教詩人として著名です。
上記の歌詞には反戦思想は明確にでているがキリスト教思想はでてないとおもわれるかもしれませんが、天変地異を歌った曲の歌詞がそれです。
詩人がキリスト教徒であることを知らなければ、ここは単に災害の描写としてだけとらえられるかもしれません。
しかし作詞者がキリスト教徒であることを知れば、テクストの見方はまったく変わってきます。
テクストは作者から独立している、という文芸批評の考え方も存在はしますが、少数派です。
◇
◇
aobashiratori様
ひとことだけ書きますが、昨日の件は、もとはといえばso_what氏がよこあいからよけいな口をはさんだからですよ。
=それにのせられた私にも非があることは率直にみとめます=
私の同氏への評価はすでに書いたとおりですので、以後同氏は黙殺に付しますが。
私はlighter氏宛にかいた「カルトと反カルトは類似している」ということ以上は書くつもりはそもそもありませんでした。
この件に深入りすると、現実世界の関係者=この意味するところはおわかりですね=が書きこむおそれがありますので。実際にそういうことが前にあったらしいですから。
では。
これは メッセージ 649 (urbannet2 さん)への返信です.
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あなたの姿勢はよくわかりました。
投稿者: happy_end1997 投稿日時: 2005/04/03 08:19 投稿番号: [653 / 1657]
Yahoo!掲示板
ホーム>家庭と住まい>育児>父親 > ピーマンと語ろう
馬鹿は基本的に放置プレイで
投稿者: urbannet2 2002/12/ 4 22:43
メッセージ: 2 / 9
いこうとおもってんだ、あたしは。
馬鹿に餌を放るってえと、すぐに喜んでくいつきやがるが、見当違いの食い付き方なのであとが面倒。
馬鹿は徹底的に放置するのが原則。
育児カテはことに馬鹿がむれをなしている。
馬鹿と田舎もんは放置プレイにかぎる。
これは urbannet2 さんの 1 に対する返信です
これは メッセージ 651 (happy_end1997 さん)への返信です.
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あなたの姿勢はよくわかりました。
投稿者: happy_end1997 投稿日時: 2005/04/03 08:19 投稿番号: [653 / 1657]
Yahoo!掲示板
ホーム>家庭と住まい>育児>父親 > ピーマンと語ろう
馬鹿は基本的に放置プレイで
投稿者: urbannet2 2002/12/ 4 22:43
メッセージ: 2 / 9
いこうとおもってんだ、あたしは。
馬鹿に餌を放るってえと、すぐに喜んでくいつきやがるが、見当違いの食い付き方なのであとが面倒。
馬鹿は徹底的に放置するのが原則。
育児カテはことに馬鹿がむれをなしている。
馬鹿と田舎もんは放置プレイにかぎる。
これは urbannet2 さんの 1 に対する返信です
これは メッセージ 651 (happy_end1997 さん)への返信です.
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ママ
投稿者: aobashiratori 投稿日時: 2005/04/03 08:14 投稿番号: [652 / 1657]
>中途半端に第三者が関わることによって、いずれかの当事者の方が投稿しにくい環境になることを危惧します。
私は関わらない事によって、当事者以外の第三者が投稿しにくくなる環境の方を危惧します。
何故ならば当事者よりも第三者の方が圧倒的に数で勝っているから。
ママが仰るように不用意な介入行為は問題の拡大に繋がる危険性があるので私は争点には一切言及していないつもりです。
>いつも冷静に思えるアーバンネットさんが、あのような投稿を連続してされたということは、或意味彼女の中では解決していない問題かも知れないのです。
争点に関してどちらか一方を擁護するつもりは全くありませんが本トピで蒸し返したのはアーバンネットさんが先に思えます。
先手を打った方が悪いのか?という話になりますが冷静に見て本トピでどちらが、より大人な対応をしていたかと言えば朝さんの方だと感じました。
事あるごとにここで当事者間の話を蒸し返されるリスクがあるならば当事者以外の第三者が意思表示をすべきだと思ったのです。
>お互い野暮なことはしない方が宜しいかと・・・。
そうですね。野暮だったのは否定しません。あとは両者の大人の対応を期待しましょう。
これは メッセージ 648 (battamama さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/552019567/a5a4a5ia5affql1ldbj_1/652.html
ママ
投稿者: aobashiratori 投稿日時: 2005/04/03 08:14 投稿番号: [652 / 1657]
>中途半端に第三者が関わることによって、いずれかの当事者の方が投稿しにくい環境になることを危惧します。
私は関わらない事によって、当事者以外の第三者が投稿しにくくなる環境の方を危惧します。
何故ならば当事者よりも第三者の方が圧倒的に数で勝っているから。
ママが仰るように不用意な介入行為は問題の拡大に繋がる危険性があるので私は争点には一切言及していないつもりです。
>いつも冷静に思えるアーバンネットさんが、あのような投稿を連続してされたということは、或意味彼女の中では解決していない問題かも知れないのです。
争点に関してどちらか一方を擁護するつもりは全くありませんが本トピで蒸し返したのはアーバンネットさんが先に思えます。
先手を打った方が悪いのか?という話になりますが冷静に見て本トピでどちらが、より大人な対応をしていたかと言えば朝さんの方だと感じました。
事あるごとにここで当事者間の話を蒸し返されるリスクがあるならば当事者以外の第三者が意思表示をすべきだと思ったのです。
>お互い野暮なことはしない方が宜しいかと・・・。
そうですね。野暮だったのは否定しません。あとは両者の大人の対応を期待しましょう。
これは メッセージ 648 (battamama さん)への返信です.
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いつものことですね
投稿者: happy_end1997 投稿日時: 2005/04/03 08:13 投稿番号: [651 / 1657]
最初から真面目に話す気なんかなし。
自分の言いたいことを言って、
あとは知らんふりか、同意しない
相手を罵倒するだけ。
下記は、その宣言かな?
ホーム>科学>社会科学>全般 > ハレとケについて
オフトピ:otokoharomanさんへ
投稿者: urbannet2 2001/12/15 22:24
メッセージ: 1116 / 1369
私の喧嘩のやり方は、
自分の言い分をとことん言ったら、
あとは相手が何を言おうが放置するという主義です。
私は貴方に、私の言い分は申し上げました。
私は神に誓ってやましいことはありません(大袈裟だと思われるでしょうが、私は髪を信じていますので、自分の言動は全部神に対してやましくないかを吟味しています)。
ですので、あとは貴方が私のことをどう思われようが、一切お任せします。
従って返答は必要ありません。
これは otokoharoman さんの 1110 に対する返信です
これは メッセージ 628 (urbannet2 さん)への返信です.
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いつものことですね
投稿者: happy_end1997 投稿日時: 2005/04/03 08:13 投稿番号: [651 / 1657]
最初から真面目に話す気なんかなし。
自分の言いたいことを言って、
あとは知らんふりか、同意しない
相手を罵倒するだけ。
下記は、その宣言かな?
ホーム>科学>社会科学>全般 > ハレとケについて
オフトピ:otokoharomanさんへ
投稿者: urbannet2 2001/12/15 22:24
メッセージ: 1116 / 1369
私の喧嘩のやり方は、
自分の言い分をとことん言ったら、
あとは相手が何を言おうが放置するという主義です。
私は貴方に、私の言い分は申し上げました。
私は神に誓ってやましいことはありません(大袈裟だと思われるでしょうが、私は髪を信じていますので、自分の言動は全部神に対してやましくないかを吟味しています)。
ですので、あとは貴方が私のことをどう思われようが、一切お任せします。
従って返答は必要ありません。
これは otokoharoman さんの 1110 に対する返信です
これは メッセージ 628 (urbannet2 さん)への返信です.
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ドラゴン八さま!!!!
投稿者: battamama 投稿日時: 2005/04/03 08:10 投稿番号: [650 / 1657]
>いきなりの登場。僕は誰?
深夜にあちこちのトピで暴れ回ってるな。笑
おっさん、待ってました!!!
これは メッセージ 643 (dragon8888888888888888888888888 さん)への返信です.
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battamama様&oxnardnokakashi様へ
投稿者: urbannet2 投稿日時: 2005/04/03 08:09 投稿番号: [649 / 1657]
battamama様
君が代の由来について、リンクありがとうございます。
後半のヘブライ語関係のことはたぶんまだ学界では未解決の問題だろうとおもいますが、前半の出典にかんしては妥当だとおもわれます。
私もいくつかのサイトをあたってみましたが、祝歌であること、作者未詳であること、君がだれかは明確ではないが、親しい相手(天皇もふくまれるかもしれない)をさす、ということはほぼ認められているようですね。
◇
◇
oxnardnokakashi様
米国での思想信条の自由について、ありがとうございます。
思想信条の自由がみとめられている社会では、おっしゃるとおり、公立学校内での宗教的な活動は、生徒による自主的なものであれば、原則としてみとめられるべきだとおもいます。
過度の宗教活動、たとえば他の生徒への布教などを、公立学校内で生徒がおこなっている場合には、学校は禁止するべきだとおもいます。しかしどの程度までをみとめるかについては個々の事例によって判断されるべきです。
有名な事件ですが、政教分離がもっとも厳格な国のひとつ、フランスの公立高校で以前あった、イスラム教徒の女生徒による学内解放区創設の事件。
周知のようにあの学内解放区は、結局、学校側によって禁止されました。
学内解放区を禁止したことは、生徒の信教の自由より学校の秩序の優先という意味でやむをえないだろう、と、私はおもいます。
しかしこの事件の学校側の措置にかんして、少数派宗教への弾圧であり、生徒の信教の自由の弾圧だ、という批判は根づよく存在するそうです。
たしかに見方を変えればそうとも言える、ともおもいます。
こういう事件では、ひとつの見方だけで社会が団結するのもまた全体主義的といえるでしょう。
現実的にひとつの措置がおこなわれることは当然ではありますが。
お書きになっているヘンデルのハレルヤコーラス禁止の件は、やりすぎだと私もおもいます。
公立学校の音楽については、そういう意味では日本のほうが米国より寛容ではないかな……米国は日本とことなり多民族/多文化/他宗教社会ですので、逆に言えば非寛容な部分がでてくることもありえましょうね。
つまりたとえばイスラム教徒の生徒などが、たとえ生徒の自主的な活動であっても、ハレルヤコーラスの学内演奏に反対したら、学校側は少数派の尊重という意味からいって反対しづらい場合があるのでは。
上記フランスのイスラム教徒学内解放区禁止とは、結果はおなじにみえますが、少数派宗教の生徒に公立学校がどう対応するかの点では、逆ですね
=つまりこれらの事例では、フランスは少数派弾圧、米国は少数派尊重とはいえる=
日本の公立学校の音楽教科書には、ヘンデル、バッハはじめキリスト教音楽の鑑賞も載っています。
ただ公立学校生徒に授業や学校行事であきらかにキリスト教音楽を演奏することは、多少ひかえられているのではないかな。=生徒の自主的な活動として学内でおこなう、つまりクリスマスソングを学内で生徒が自主的にうたう程度はゆるされていますが=
たとえば、合唱コンクールの定番の『大地賛頌』という著名な曲がありますが、たぶん公立学校の合唱コンクールでは、宗教色のあまりないあの曲しか教えません。
周知のようにあの曲の作詞はキリスト教徒の詩人の手になり、カンタータの一部です。
カンタータを全部通して聞くと、明確にキリスト教の思想および反戦思想の歌詞であることがわかります。
あの曲だけきいている分には、キリスト教思想も反戦思想もわかりませんけれどね。
これは メッセージ 1 (topics_editor さん)への返信です.
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battamama様&oxnardnokakashi様へ
投稿者: urbannet2 投稿日時: 2005/04/03 08:09 投稿番号: [649 / 1657]
battamama様
君が代の由来について、リンクありがとうございます。
後半のヘブライ語関係のことはたぶんまだ学界では未解決の問題だろうとおもいますが、前半の出典にかんしては妥当だとおもわれます。
私もいくつかのサイトをあたってみましたが、祝歌であること、作者未詳であること、君がだれかは明確ではないが、親しい相手(天皇もふくまれるかもしれない)をさす、ということはほぼ認められているようですね。
◇
◇
oxnardnokakashi様
米国での思想信条の自由について、ありがとうございます。
思想信条の自由がみとめられている社会では、おっしゃるとおり、公立学校内での宗教的な活動は、生徒による自主的なものであれば、原則としてみとめられるべきだとおもいます。
過度の宗教活動、たとえば他の生徒への布教などを、公立学校内で生徒がおこなっている場合には、学校は禁止するべきだとおもいます。しかしどの程度までをみとめるかについては個々の事例によって判断されるべきです。
有名な事件ですが、政教分離がもっとも厳格な国のひとつ、フランスの公立高校で以前あった、イスラム教徒の女生徒による学内解放区創設の事件。
周知のようにあの学内解放区は、結局、学校側によって禁止されました。
学内解放区を禁止したことは、生徒の信教の自由より学校の秩序の優先という意味でやむをえないだろう、と、私はおもいます。
しかしこの事件の学校側の措置にかんして、少数派宗教への弾圧であり、生徒の信教の自由の弾圧だ、という批判は根づよく存在するそうです。
たしかに見方を変えればそうとも言える、ともおもいます。
こういう事件では、ひとつの見方だけで社会が団結するのもまた全体主義的といえるでしょう。
現実的にひとつの措置がおこなわれることは当然ではありますが。
お書きになっているヘンデルのハレルヤコーラス禁止の件は、やりすぎだと私もおもいます。
公立学校の音楽については、そういう意味では日本のほうが米国より寛容ではないかな……米国は日本とことなり多民族/多文化/他宗教社会ですので、逆に言えば非寛容な部分がでてくることもありえましょうね。
つまりたとえばイスラム教徒の生徒などが、たとえ生徒の自主的な活動であっても、ハレルヤコーラスの学内演奏に反対したら、学校側は少数派の尊重という意味からいって反対しづらい場合があるのでは。
上記フランスのイスラム教徒学内解放区禁止とは、結果はおなじにみえますが、少数派宗教の生徒に公立学校がどう対応するかの点では、逆ですね
=つまりこれらの事例では、フランスは少数派弾圧、米国は少数派尊重とはいえる=
日本の公立学校の音楽教科書には、ヘンデル、バッハはじめキリスト教音楽の鑑賞も載っています。
ただ公立学校生徒に授業や学校行事であきらかにキリスト教音楽を演奏することは、多少ひかえられているのではないかな。=生徒の自主的な活動として学内でおこなう、つまりクリスマスソングを学内で生徒が自主的にうたう程度はゆるされていますが=
たとえば、合唱コンクールの定番の『大地賛頌』という著名な曲がありますが、たぶん公立学校の合唱コンクールでは、宗教色のあまりないあの曲しか教えません。
周知のようにあの曲の作詞はキリスト教徒の詩人の手になり、カンタータの一部です。
カンタータを全部通して聞くと、明確にキリスト教の思想および反戦思想の歌詞であることがわかります。
あの曲だけきいている分には、キリスト教思想も反戦思想もわかりませんけれどね。
これは メッセージ 1 (topics_editor さん)への返信です.
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