RE:イラク国旗
投稿者: silverlining430 投稿日時: 2005/04/03 00:26 投稿番号: [638 / 1657]
ウニゾさん、何気にオントピ話題にチャレンジしてますね(笑)。
ご紹介のイラク国旗なんですけど、それはフセイン政権時代につくられた国旗ですね。
今は、フセイン政権が崩壊したため、過去の圧政と占領を乗り越え、新生イラクとしての出発を象徴する国旗をつくろうとする動きも見られるようになっています。
とりあえず新国旗案として登場しているのが、イラクに主権委譲が行われる前に存在していた(現在は解散)イラク暫定統治評議会が発表したもので、以下のBBCの記事に図柄も紹介されております。
http://news.bbc.co.uk/2/hi/middle_east/3660663.stm
上の国旗は、イラクの建築・芸術家として有名なリファト・アル・チャデルチ氏のデザインによるもの。ちなみに彼の兄が、イラク統治評議会のメンバーであったスンニ派のナセル・アル・チャデルチ氏であったわけで、新国旗案のデザイン競技会における身内びいき批判も飛び出しました。
そういえばウニゾさんって、芸術関係ですよね。お仕事。イラクの新国旗案のデザインって、どう思われます?単純な色彩のセンスとして…。
複雑な事情を申し上げますと、この新国旗案、結構批判も多いんです。
まず一つ目として、色づかいがイスラエルの国旗に似ているという点。
前はもっと青が薄い色だったらしいのですが、それですと本当にイスラエルの国旗に似すぎてしまうので、青の色を濃くしたそうです。
二つ目として、アラブ諸国の国旗で伝統的に使われている色(イスラム教をあらわす緑と黒、アラブ人の愛国心をあらわす赤)が使われていないことですね。
また、「神は偉大なり」の常套句が入っていないことも問題視され、後に挿入されることになったそうです。
そんなわけで、批判が噴出したこの新国旗案は、サンプルがファルージャで燃やされるなどもしたそうです。
新国旗案のデザインの意味についてなのですが、中央部にある三日月はイスラム教の象徴ですね。
で下の青黄青と並んでいる3本の線なのですが、まず、2本の青色の線はチグリス川とユーフラテス川をあらわしているそうです。
そして黄色の線がイラクの少数部族としてこれまで扱われていたクルド人をあらわしているらしいです。クルド人の旗には黄色い星が使われているという特徴がありますので。
イスラム教の色彩の問題などは別にして、この新国旗案をあえて好意的に評価するとしたら、チグリス・ユーフラテス川を表現している2本の青色の線に見られるように、フセイン政権に破壊されるまで、広大に広がっていた湿原を有し、肥沃な大地であったイラクをもう一度蘇えらせたいということが読み取れるかもしれません。
今でこそイラクは、砂漠というのか、水気を含む土壌もあるので土漠地帯という感じですが、特にイラク南部は、かつては下の写真のような姿だったんです。
http://www.toreigeland.com/iraq_marsh-arabs/pages/W5783-Iraq-Idyllic-Marsh.htm
フセイン政権時代において、上の湿原に住む人たちが反フセインで武装蜂起し、特に湿原は反体制派の絶好の隠れ家になりますので(ベトナム戦争のときのゲリラのメコンデルタを利用した戦い方のように)、フセイン政権が湿原を枯らす政策を進めたわけです。現在ではイラクの湿原は失われ、イラクとイランの国境付近にわずかに見られる程度になりました。
当然湿原で暮らしていたイラク人は難民となり、4〜10万人が難民化したといわれています。人数に幅がありますが、国連環境計画やヒューマンライツウォッチなどの報告で示されている湿原で暮らしていたイラク人難民の数が一致してませんので。
ただ、フセイン政権の崩壊により、湿原で暮らしていたイラク人難民がイラクに帰還し始めています。そして湿原の再生はイラク各派共通の重要課題としても位置付けられ、イラクの水資源庁に湿原再生センターも設置されたという動きが見られています。
新国旗案のデザインで、もう一つ評価したい点は、フセイン政権時代では抑圧の対象にあった少数部族であるクルド人や、上の湿原で暮らしていたイラク人難民が、新生イラクの国造りの担い手であるということも解釈のしようによっては読み取れる点です。
特にクルド人にとっては、今回のフセイン政権崩壊という事態は千載一遇のチャンスですので、イラクの政治プロセスにおいて、かなり強気なごり押しの主張を展開しています。この辺り、クルド人と他の各派の妥協を難しくしているところでもあり、また、クルド人を擁護しすぎた米国\xA4
ご紹介のイラク国旗なんですけど、それはフセイン政権時代につくられた国旗ですね。
今は、フセイン政権が崩壊したため、過去の圧政と占領を乗り越え、新生イラクとしての出発を象徴する国旗をつくろうとする動きも見られるようになっています。
とりあえず新国旗案として登場しているのが、イラクに主権委譲が行われる前に存在していた(現在は解散)イラク暫定統治評議会が発表したもので、以下のBBCの記事に図柄も紹介されております。
http://news.bbc.co.uk/2/hi/middle_east/3660663.stm
上の国旗は、イラクの建築・芸術家として有名なリファト・アル・チャデルチ氏のデザインによるもの。ちなみに彼の兄が、イラク統治評議会のメンバーであったスンニ派のナセル・アル・チャデルチ氏であったわけで、新国旗案のデザイン競技会における身内びいき批判も飛び出しました。
そういえばウニゾさんって、芸術関係ですよね。お仕事。イラクの新国旗案のデザインって、どう思われます?単純な色彩のセンスとして…。
複雑な事情を申し上げますと、この新国旗案、結構批判も多いんです。
まず一つ目として、色づかいがイスラエルの国旗に似ているという点。
前はもっと青が薄い色だったらしいのですが、それですと本当にイスラエルの国旗に似すぎてしまうので、青の色を濃くしたそうです。
二つ目として、アラブ諸国の国旗で伝統的に使われている色(イスラム教をあらわす緑と黒、アラブ人の愛国心をあらわす赤)が使われていないことですね。
また、「神は偉大なり」の常套句が入っていないことも問題視され、後に挿入されることになったそうです。
そんなわけで、批判が噴出したこの新国旗案は、サンプルがファルージャで燃やされるなどもしたそうです。
新国旗案のデザインの意味についてなのですが、中央部にある三日月はイスラム教の象徴ですね。
で下の青黄青と並んでいる3本の線なのですが、まず、2本の青色の線はチグリス川とユーフラテス川をあらわしているそうです。
そして黄色の線がイラクの少数部族としてこれまで扱われていたクルド人をあらわしているらしいです。クルド人の旗には黄色い星が使われているという特徴がありますので。
イスラム教の色彩の問題などは別にして、この新国旗案をあえて好意的に評価するとしたら、チグリス・ユーフラテス川を表現している2本の青色の線に見られるように、フセイン政権に破壊されるまで、広大に広がっていた湿原を有し、肥沃な大地であったイラクをもう一度蘇えらせたいということが読み取れるかもしれません。
今でこそイラクは、砂漠というのか、水気を含む土壌もあるので土漠地帯という感じですが、特にイラク南部は、かつては下の写真のような姿だったんです。
http://www.toreigeland.com/iraq_marsh-arabs/pages/W5783-Iraq-Idyllic-Marsh.htm
フセイン政権時代において、上の湿原に住む人たちが反フセインで武装蜂起し、特に湿原は反体制派の絶好の隠れ家になりますので(ベトナム戦争のときのゲリラのメコンデルタを利用した戦い方のように)、フセイン政権が湿原を枯らす政策を進めたわけです。現在ではイラクの湿原は失われ、イラクとイランの国境付近にわずかに見られる程度になりました。
当然湿原で暮らしていたイラク人は難民となり、4〜10万人が難民化したといわれています。人数に幅がありますが、国連環境計画やヒューマンライツウォッチなどの報告で示されている湿原で暮らしていたイラク人難民の数が一致してませんので。
ただ、フセイン政権の崩壊により、湿原で暮らしていたイラク人難民がイラクに帰還し始めています。そして湿原の再生はイラク各派共通の重要課題としても位置付けられ、イラクの水資源庁に湿原再生センターも設置されたという動きが見られています。
新国旗案のデザインで、もう一つ評価したい点は、フセイン政権時代では抑圧の対象にあった少数部族であるクルド人や、上の湿原で暮らしていたイラク人難民が、新生イラクの国造りの担い手であるということも解釈のしようによっては読み取れる点です。
特にクルド人にとっては、今回のフセイン政権崩壊という事態は千載一遇のチャンスですので、イラクの政治プロセスにおいて、かなり強気なごり押しの主張を展開しています。この辺り、クルド人と他の各派の妥協を難しくしているところでもあり、また、クルド人を擁護しすぎた米国\xA4
これは メッセージ 597 (unizo325 さん)への返信です.
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