憲法という経文に愛国心を入れて何が悪い
投稿者: venture_2016 投稿日時: 2005/04/03 19:11 投稿番号: [677 / 1657]
stone_cold_sober2005さんの考え方には賛成です。ほぼそのとおり。
補足になるかどうか、わかりませんがコメントすると
愛国心は確かにトップダウンに上から強制するものではない。個人の心の中に醸成され、育成され、次の世代に引き継がれるべきものである。しかし今の日本人は次世代に「国を愛する心」を引き継ぐことはできるのか?できないね。
ほとんどの宗教がなぜ偶像崇拝に陥るのか?神を信じる宗教心を何か形に表さない限り、人間はそれを常に思い起こせないわけだ。誰も仏像に向かって手を合わせ、仏に祈っる敬虔な気持ちになるが、その心の裏で「単なる木造の造形物が仏であるはずはない」と思ってるわけだ。人の心とはそんなものじゃないの?
心の中では形式に過ぎないという醒めた目のほかに、仏像に祈ることで敬虔な気持ちを獲得し、心のよりどころを得る、それが宗教。
それでは、憲法は宗教かというと、「そうだ」としか言いようがないね。
違憲であると思っていながら、憲法第9条をお経のように唱えるアホ政党がいるし、それを日本人は許してきた。結局、日本人は憲法は、折に触れて唱える経文であったわけだ。
そんな経文の中に「愛国心」と言う言葉を入れることによって経文が形をなし、代々引き継がれてゆけばいいわけで、その解釈は信心する国民の心に任せればいい。
これは メッセージ 672 (stone_cold_sober2005 さん)への返信です.
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