イラク戦争

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「イラク 戦争と占領」酒井啓子③

投稿者: imonoyamashotengai 投稿日時: 2004/05/04 07:16 投稿番号: [108 / 5091]
イラク人世論調査
・8割が「アメリカ主導の占領統治に不信感を露にしている」
・7割が「イラクの宗教指導者を信頼する」
・9割が「イラクで今必要なことは民主主義」
「すべてのイスラーム的なるものの台頭に対して、過度に敏感な反応をして
「イラク国民の政治参加」を遠ざけてしまったアメリカは、フセイン政権と
  同じようにイラク国民とは遠い存在となってしまった」(p.209)


<終章>イラクはどこへ
「「テロに対する戦い」が「テロを拡大する戦い」に転じる」
「米企業が地元企業に入札を行う際、最初は百企業以上が殺到していたのに、
  その後その数は急速に減少している。事業を欧米企業や湾岸産油国のアラブ
  企業に取られてしまうことに、フラストレーションを強める」(p.221)
「アメリカに露骨に排除されたヨーロッパ諸国にとっては、イラク人政権が復興
  事業の主体となることが、現時点で復興に堂々と参加できる唯一の機会」
  (p.226)
「欧米型民主主義を望む者とイスラーム的な政権を望む者とが拮抗し、政体は
  政治性よりテクノクラートなどの非政治的存在によって担われるべき、
  という意見が強かった」(p.226)
「「食料のための石油」輸出計画という名の下で、国連がイラクの石油収入を
  国連活動に利用してきたことは明らかであり、その意味では国連すらも
  「イラクの富を掠め取るもの」と見なされていた側面は否めない」(p.227)
「生活インフラの回復すらままならない現状で、アメリカが唯一熱心に行って
  いるのは、イラク国営企業の解体と民営化である。200件にのぼる国営企業を
  独立採算性に移行する」「2004年春までの民営化計画の大綱を完成すべしと
  するCPAの予定通りに国営企業の民営化が進められれば、職員50万人が職を
  失う」(p.227)
「日本企業に最も多く建設事業を発注した国、イラクは77年と78年、81年には
  第二位、79年と80年にはトップ。イラクとの貿易相手国も仏独と並んで常に
  トップ」(p.229)
「イラクは今、国家解体ではなく、国家建設の長い道のりの入り口に立っている
  」(p.238)

「イラク 戦争と占領」酒井啓子②

投稿者: imonoyamashotengai 投稿日時: 2004/05/04 07:15 投稿番号: [107 / 5091]
  <第三章>「アメリカの占領」の失敗
「米軍の圧倒的勝利のおかげで、イラク人各勢力の間での勝敗の「決着」が
  つく余地が生まれなかった」(p.117)
「ブッシュ政権のなかに、「民主化」と「伝統社会温存」と「軍事政権」という
、三つの相容れないポスト・フセイン政権構想が、並存していた」(p.130)
「アメリカが地方ごとの「草の根民主主義」の萌芽に対して、逆にこれを排除
  する方策をとった」(p.137)
「ある石油関連の国営会社では、他の組織同様、職員による自発的な選挙で新た
  な役員が選出されたが、そこで選ばれた者は確かに人望の厚い人物であった。
  だが、彼が仕事の面で優秀かどうかはまた別の問題である」(p.140)
「バグダードでの世論調査では、67.2%が「悪いバアス党員のみ」を追放すべき
  だ」とし、「すべてのバアス党員の追放」を主張する27.4%」(p.141)
「200万人にものぼるバアス党員」(p.142)
「追放された40万人の職員が一挙に生活難に陥る」(p.142)
「数十万人の軍人が職を解かれるのは深刻な社会的問題を生む」(p.143)
「結局、武装し困窮した「不平士族」が市中に徘徊することになった」
「旧軍人20〜25万人に恩給を支払うと発表」(p.143)
「フセイン時代の諜報要員が再雇用された。だがイラク国民がフセイン政権下で
最も恐れていたのは、こうした治安・諜報関係者の監視統制である」(p.146)
「統治評議会には、「閣僚の任免権、憲法制定準備委員会の設置、予算の執行」
といった権限が(最終的にはブレマーに拒否権があるとはいえ)与えられた」
(p.154)
シーア派法学権威は「憲法の制定が外国の占領者に任命された人々によって進め
られてはいけない」統治評議会は「宗派分断的でイラクを分割しようとの(米英
の)企み」(p.159)
イラク共産党機関紙は「アラブ諸国の左翼活動家達のフセイン「英雄」視」を
批判(p.160)
「親アラブとされるアル=ジャズィーラ放送の記者が、イラク国内で住民から
  露骨な嫌がらせを受けることも発生している」(p.161)
「多くのイラクは出稼ぎ、難民となってヨルダンに流入、そこで受けた冷遇の
  記憶が反ヨルダン感情となってくすぶっている」(p.161)
アラブ連盟は統治評議会に対してなかなか「認知」しなかった。(p.162)


  <第四章>宗教勢力の台頭
「崩壊した「国家」の代役を果たしたのは、もっぱら宗教的ネットワークや部族
  的紐帯などに支えられた地域共同体であった。」
「国家に徹底的に侵食されたと思われていた「社会」が、存外に自主性を維持し
  ていたのはなぜなのだろうか。アメリカは「イラクの民主化」という高邁な
  理想を掲げたが、その「民」が帰属する「イラク社会」をどこまで理解して
  いたのだろう。そもそもポスト・フセイン体制下の新しい政権がよって立つ
  べき「社会」とは、一体何なのか」(p.170)
「実際に政権が倒れてみれば、「社会」は不在ではなかった。そこではっきりと
  表出した「社会」とは、アメリカが最も見たくなかったはずの「イスラーム」
  であった」(p.170)
「シーア派の宗教的行事:聖地カルバラへの行進に、100万人もの信者が参加」
「シーア派の宗教行事は、常に地域共同体と一体となって運営されていた」
「バグダードのサウラ地区ではサドル派が制し、民兵6千人が配備され、地域の
  秩序回復が急速に進められた」(p.176)
「バグダードの33の公共病院の三分の一から半分が、イスラーム主義勢力の管理
  下に置かれた」(p.176)
・ハウザ:宗教的知識人サークル・学界
・ウラマー:イスラーム知識人
・ムジュタヒド:イスラーム学者
・ファトワー:イスラームの法学判断
「特に地方社会においてはアメリカの主導で地方議会が設置される以前に、宗教
  勢力が行政サービスのみならず、政治的指導性を確立しつつあった。アメリカ
  は、このようにすでに自律的な行政、政治システムを担いつつあったイスラー
  ム勢力を、あえていったん排除して新たに別の「親米」知事や評議会を植え付
  けていった」(p.182)
「すべての権力をハウザに」というスローガン
「シーアもスンナ派もない、統一イラク」というスローガン
「イラク建国前夜の1920年。シーア派とスンナ派が合同で宗教行事を執り行い、
  この行き来のなかで、宗派を超えた反英運動を拡大していき、最終的に全国的
  な反植民地抵抗運動に発展していった。こうした建国時の「祖国愛」を人々の
  心に喚起しようという意図が見え隠れしている」(p.185)
「サドル派の既存の宗教的権威に対する挑戦はとどまるところを知らない」<

「イラク 戦争と占領」酒井啓子①

投稿者: imonoyamashotengai 投稿日時: 2004/05/04 07:14 投稿番号: [106 / 5091]
  「イラク   戦争と占領」(酒井啓子:岩波新書)

  <まえがき>
「イラク国内に住む人々を抵抗運動に駆り立てる社会的経済的不満の構造が、
現実の世界において変わらない限り、占領に対する反抗がやむことはない
だろう」「国民不在の、力任せの強圧的政策だとしか見えていない」(p.ii)

  <第一章>帰還
「イラク人という「国民」意識と社会はサダム・フセインという独裁者の支配の
もとで、息の根を止められて、死に絶えていたと思っていた。死に絶えているか
らこそ、そこに新しい社会、新しい「市民社会」を簡単に築くことができる、
と考えたのである。だが、大いなる目算違いは、人々も社会も死んでいなかった
ことだ。それどころか、国際社会が気がつきもしなかったような社会的ネットワ
ークが、独裁が外れた途端に活き活きとイラク国民の生活の表面に浮き上がって
きた。占領軍となった米英は、廃墟に新しい家を建てるのではなく、均したはず
の大地にしぶとく張りめぐらされた根株に足を取られて、身動きがとれなくなっ
ている」(p.6)
「国民の不満のトップ(80%)に電力問題をあげている」
電線に使用される銅が高く売れるため略奪も起きている。
「不満項目の飲料水不足は49%」
通信網の回復もはかばかしくない。
「首都の目抜き通りに一日数回、交通整理が行われている」(p.12)
夜の11時ともなれば夜間外出禁止令。
イラクに銃社会が定着してしまっている。麻薬・売春の蔓延。
  フセイン政権に土地や家屋を接収された者達が、権利を主張し、武装した部族
集団が大挙して住民を追い出す。
  フセインの政治的目的から優遇措置が取られてきたパレスチナ人の追い出しも
多発。
  射殺された略奪者の部族が、部族的慣習である同害報復を利用して、相手部族
に「血の代償金」を求める。

  イラク人へのアンケート:「米英が戦争に踏み切った理由」
・石油利権の確保のため     :47%
・イスラエルの安全保障のため:41%
・大量破壊兵器を破棄するため: 6%

  イラク人へのアンケート:「望ましい政体はなにか」
・連合国の監視の下にないイラク・テクノクラートによる政体:62.8%
・アメリカの監視の下でイラク人顧問が運営するもの      :23.6%
・イラクの政党による政体                  : 5.6%
・CPA任命の政治評議会                  : 5.2%
  回答者の85%が「イラク政党はイラク人の意見を代表していない」

  一概に「これが大勢の意見が」といえるような意見が、存在していない。


  <第二章>フセイン、最後の戦い
「9.11事件は中東問題をアメリカの国内問題に変えてしまった」
「アメリカの国民がテロの不安に再び駆られることなく、安心して生活できるた
  めに、政府がそのために常に努力しているのだということを示すために、中東
  で「テロに対する戦い」を継続していかなければならなくなった」(p.63)
「アフガニスタン戦争での、予想外の早い軍事的成功によってであろう。ソ連を
  長年てこずらせたアフガニスタンで、わずか一ヶ月で政権の交替を実現した、
  という自信が、イラクでの政権交替も容易に可能だ、という認識を生んだ」
(p.64)
「フランスとロシアにとって最も大きな懸念材料は、(略)自国がフセイン政権
  と取り交わした利権契約はどうなるのか、(略)膨大な借金を返してもらえる
  のか、ということだった」(p.71)
国連は「イラクがこれまで輸入した819基のミサイルのうち817基を廃棄したこと
に満足している」(p.88)
「イラク兵死者数は1万人以上、民間人の被害は最低でも5千人」(p.102)

「イラク 戦争と占領」酒井啓子

投稿者: imonoyamashotengai 投稿日時: 2004/05/04 07:14 投稿番号: [106 / 5091]
  「イラク   戦争と占領」(酒井啓子:岩波新書)

  <まえがき>
「イラク国内に住む人々を抵抗運動に駆り立てる社会的経済的不満の構造が、
現実の世界において変わらない限り、占領に対する反抗がやむことはない
だろう」「国民不在の、力任せの強圧的政策だとしか見えていない」(p.ii)

  <第一章>帰還
「イラク人という「国民」意識と社会はサダム・フセインという独裁者の支配の
もとで、息の根を止められて、死に絶えていたと思っていた。死に絶えているか
らこそ、そこに新しい社会、新しい「市民社会」を簡単に築くことができる、
と考えたのである。だが、大いなる目算違いは、人々も社会も死んでいなかった
ことだ。それどころか、国際社会が気がつきもしなかったような社会的ネットワ
ークが、独裁が外れた途端に活き活きとイラク国民の生活の表面に浮き上がって
きた。占領軍となった米英は、廃墟に新しい家を建てるのではなく、均したはず
の大地にしぶとく張りめぐらされた根株に足を取られて、身動きがとれなくなっ
ている」(p.6)
「国民の不満のトップ(80%)に電力問題をあげている」
電線に使用される銅が高く売れるため略奪も起きている。
「不満項目の飲料水不足は49%」
通信網の回復もはかばかしくない。
「首都の目抜き通りに一日数回、交通整理が行われている」(p.12)
夜の11時ともなれば夜間外出禁止令。
イラクに銃社会が定着してしまっている。麻薬・売春の蔓延。
  フセイン政権に土地や家屋を接収された者達が、権利を主張し、武装した部族
集団が大挙して住民を追い出す。
  フセインの政治的目的から優遇措置が取られてきたパレスチナ人の追い出しも
多発。
  射殺された略奪者の部族が、部族的慣習である同害報復を利用して、相手部族
に「血の代償金」を求める。

  イラク人へのアンケート:「米英が戦争に踏み切った理由」
・石油利権の確保のため     :47%
・イスラエルの安全保障のため:41%
・大量破壊兵器を破棄するため: 6%

  イラク人へのアンケート:「望ましい政体はなにか」
・連合国の監視の下にないイラク・テクノクラートによる政体:62.8%
・アメリカの監視の下でイラク人顧問が運営するもの      :23.6%
・イラクの政党による政体                  : 5.6%
・CPA任命の政治評議会                  : 5.2%
  回答者の85%が「イラク政党はイラク人の意見を代表していない」

  一概に「これが大勢の意見が」といえるような意見が、存在していない。


  <第二章>フセイン、最後の戦い
「9.11事件は中東問題をアメリカの国内問題に変えてしまった」
「アメリカの国民がテロの不安に再び駆られることなく、安心して生活できるた
  めに、政府がそのために常に努力しているのだということを示すために、中東
  で「テロに対する戦い」を継続していかなければならなくなった」(p.63)
「アフガニスタン戦争での、予想外の早い軍事的成功によってであろう。ソ連を
  長年てこずらせたアフガニスタンで、わずか一ヶ月で政権の交替を実現した、
  という自信が、イラクでの政権交替も容易に可能だ、という認識を生んだ」
(p.64)
「フランスとロシアにとって最も大きな懸念材料は、(略)自国がフセイン政権
  と取り交わした利権契約はどうなるのか、(略)膨大な借金を返してもらえる
  のか、ということだった」(p.71)
国連は「イラクがこれまで輸入した819基のミサイルのうち817基を廃棄したこと
に満足している」(p.88)
「イラク兵死者数は1万人以上、民間人の被害は最低でも5千人」(p.102)

「フセイン政権の支配構造」酒井啓子③

投稿者: imonoyamashotengai 投稿日時: 2004/05/04 07:12 投稿番号: [105 / 5091]
  <第二部>
「イラクの南北差は、スンナ・シーアという宗教的原因よりも、社会経済上の
  構造的な差異、特に近代化の過程で発生した南北の経済格差によって生まれた
  要素のほうが強い」(p.195)
「南部の農業的特長は、灌漑のための大規模な設備投資を必要とする点にあり、
そのため大土地所有者による搾取が激しく、貧富格差の拡大が深刻」(p.196)
  したがって、イラク共産党の最大の支持基盤であった。
  バアス党としては、南部及び南部出身の低所得者層の社会的経済的不満に対し
て対処せざるを得ない


  <第四章>地方の貧困、都市の貧困
「87年の人口調査では、総人口の70%以上が都市部に集中」
  92年の最後の統計では人口1895万人。バグダードの人口は400万人
  (現在は約500万人と言われている)
  地方(特に南部農民=シーア派)からの人口流入によるもの
  (南部地域全県が人口流出県)
  バグダードへの都市流入者の81%が農民、66%が小作農

「地域的経済的格差をめぐる対立が宗派的対立軸に転化されがち」(p.202)
潤沢な石油収入を分配し、慰撫政策を取る。

・オスマントルコ行政下で部族長は地主化していた。
・共和制革命後の58年の農地改革の失敗による流出民の発生
・フセインによるサダム・シティ建設による低所得者用住宅は大家族に限定され
  たため、故郷から家族を呼び寄せるという都市流入を一層誘発。

バグダード流入者の離村「理由の第二位の「部族長の不正」は、南部地域のみ
ならず地方社会全般的に部族的、封建的慣習による社会的制約が強く、それを
嫌った住民が多い」「部族的社会的紐帯が、農村における地主・小作関係と
重なることで、部族民=小作農が二重に従属下に置かれる」(p.215)
 
  南部からのバグダード流入者は、イラク共産党の支持基盤であり、
その後は、ダアワ党の支持基盤となる。
  フセインは、対策として、
・都市での住宅提供
・地域開発・地方での雇用創出
・地方での国有農場プロジェクトによる帰農政策:完全な失敗に終わる
・公務員として採用(77年には都市流入民が公務員の46%を占める)
          (国防、治安、公共行政部門への労働力吸収)
 
・聖地で発生した74年暴動は、「70年代半ばにナジャフ、カルバラ地域を
  襲った旱魃に対する経済的な不満が起因している」「シーア派的特質よりも
  灌漑農業地帯としての南部の特質を、暴動背景として強調している」(p.248
・80年ダアワ党創設者サドル氏を処刑
・82年SCIRI発足

  <第五章>怒れる若者たち
「フセイン政権は、既存の政治的社会的エリート集団とそこから逸脱しそれに
  対して挑戦する可能性をもつ集団の、両方を巧妙に利用し、対抗させつつ相互
  に行動を抑制させ、大統領個人の権力の最大化を図った」(p.260)

「バアス党イラク支部は1955年時点で構成員の三分の一強が学生、63年に
  は半分以上にまで増加するほど若年層中心の政党であった。
  基本的にバアス党は青年の党として支持基盤を確立してきた」(p.262)
「67年時点ですら大学での大学生連盟選挙において共産党が多数派を獲得」
(p.271)
・イランとの戦時下において徴兵を回避するためにわざと留年するケースが多発
  「ただ出兵しなくてすむためだけの」私立大学の設立が相次ぐ
・イランとの戦時下で、男性労働力を補うため女性が職場に進出
・停戦後、エジプト人労働者との小競り合い

  そうした若年層の不満のはけ口がウダイの登場:
  スポーツ省と民兵組織とマスコミ
「職業軍人の国軍に対するカウンターバランスを起用してきたフセインの対軍
  政策と合致している。軍や党組織、または地域の部族社会でのヒエラルキーに
  おいて低い地位にいるがゆえに逸脱しかねない、と同時に昇進への近道が与え
  られれば容易にそれに引きつけられがちな青年層を、民兵組織の形で側近に
  起用していった」(p286)
「大統領を核としたネットワークが最も効果的に機能するのは、党や国家におい
  てすでに一定の特権を獲得している層に対してではなく、党や国家による支配
  体制のマージナルな部分におかれた存在、すなわち昇進を保証する位階集団に
  も属さず有力な部族・地縁的背景も持たない、ある意味で「寄る辺のない者た
  ち」に対してであった」(p.298)


  <終章>イラクであること、アラブであること
  91年蜂起に対して、バアス党は「シーア派=劣等宗派」と初めて掲載
「蜂起自体がむしろ超宗派的に拡大してイラク全土に波及する恐れが\xA4

「フセイン政権の支配構造」酒井啓子③

投稿者: imonoyamashotengai 投稿日時: 2004/05/04 07:12 投稿番号: [105 / 5091]
  <第二部>
「イラクの南北差は、スンナ・シーアという宗教的原因よりも、社会経済上の
  構造的な差異、特に近代化の過程で発生した南北の経済格差によって生まれた
  要素のほうが強い」(p.195)
「南部の農業的特長は、灌漑のための大規模な設備投資を必要とする点にあり、
そのため大土地所有者による搾取が激しく、貧富格差の拡大が深刻」(p.196)
  したがって、イラク共産党の最大の支持基盤であった。
  バアス党としては、南部及び南部出身の低所得者層の社会的経済的不満に対し
て対処せざるを得ない


  <第四章>地方の貧困、都市の貧困
「87年の人口調査では、総人口の70%以上が都市部に集中」
  92年の最後の統計では人口1895万人。バグダードの人口は400万人
  (現在は約500万人と言われている)
  地方(特に南部農民=シーア派)からの人口流入によるもの
  (南部地域全県が人口流出県)
  バグダードへの都市流入者の81%が農民、66%が小作農

「地域的経済的格差をめぐる対立が宗派的対立軸に転化されがち」(p.202)
潤沢な石油収入を分配し、慰撫政策を取る。

・オスマントルコ行政下で部族長は地主化していた。
・共和制革命後の58年の農地改革の失敗による流出民の発生
・フセインによるサダム・シティ建設による低所得者用住宅は大家族に限定され
  たため、故郷から家族を呼び寄せるという都市流入を一層誘発。

バグダード流入者の離村「理由の第二位の「部族長の不正」は、南部地域のみ
ならず地方社会全般的に部族的、封建的慣習による社会的制約が強く、それを
嫌った住民が多い」「部族的社会的紐帯が、農村における地主・小作関係と
重なることで、部族民=小作農が二重に従属下に置かれる」(p.215)

  南部からのバグダード流入者は、イラク共産党の支持基盤であり、
その後は、ダアワ党の支持基盤となる。
  フセインは、対策として、
・都市での住宅提供
・地域開発・地方での雇用創出
・地方での国有農場プロジェクトによる帰農政策:完全な失敗に終わる
・公務員として採用(77年には都市流入民が公務員の46%を占める)
          (国防、治安、公共行政部門への労働力吸収)
 
・聖地で発生した74年暴動は、「70年代半ばにナジャフ、カルバラ地域を
  襲った旱魃に対する経済的な不満が起因している」「シーア派的特質よりも
  灌漑農業地帯としての南部の特質を、暴動背景として強調している」(p.248
・80年ダアワ党創設者サドル氏を処刑
・82年SCIRI発足

  <第五章>怒れる若者たち
「フセイン政権は、既存の政治的社会的エリート集団とそこから逸脱しそれに
  対して挑戦する可能性をもつ集団の、両方を巧妙に利用し、対抗させつつ相互
  に行動を抑制させ、大統領個人の権力の最大化を図った」(p.260)

「バアス党イラク支部は1955年時点で構成員の三分の一強が学生、63年に
  は半分以上にまで増加するほど若年層中心の政党であった。
  基本的にバアス党は青年の党として支持基盤を確立してきた」(p.262)
「67年時点ですら大学での大学生連盟選挙において共産党が多数派を獲得」
(p.271)
・イランとの戦時下において徴兵を回避するためにわざと留年するケースが多発
  「ただ出兵しなくてすむためだけの」私立大学の設立が相次ぐ
・イランとの戦時下で、男性労働力を補うため女性が職場に進出
・停戦後、エジプト人労働者との小競り合い

  そうした若年層の不満のはけ口がウダイの登場:
  スポーツ省と民兵組織とマスコミ
「職業軍人の国軍に対するカウンターバランスを起用してきたフセインの対軍
  政策と合致している。軍や党組織、または地域の部族社会でのヒエラルキーに
  おいて低い地位にいるがゆえに逸脱しかねない、と同時に昇進への近道が与え
  られれば容易にそれに引きつけられがちな青年層を、民兵組織の形で側近に
  起用していった」(p286)
「大統領を核としたネットワークが最も効果的に機能するのは、党や国家におい
  てすでに一定の特権を獲得している層に対してではなく、党や国家による支配
  体制のマージナルな部分におかれた存在、すなわち昇進を保証する位階集団に
  も属さず有力な部族・地縁的背景も持たない、ある意味で「寄る辺のない者た
  ち」に対してであった」(p.298)


  <終章>イラクであること、アラブであること
  91年蜂起に対して、バアス党は「シーア派=劣等宗派」と初めて掲載
「蜂起自体がむしろ超宗派的に拡大してイラク全土に波及する恐れが

「フセイン政権の支配構造」酒井啓子②

投稿者: imonoyamashotengai 投稿日時: 2004/05/04 06:45 投稿番号: [104 / 5091]
  <第三章>「政治参加」の第一歩
「親政府・北部地縁集団間の連合体」
・国会:選挙権は18歳以上の男女・直接・無記名
     被選挙権は25歳以上の男女
  選挙準備高等委員会による資格審査あり
・80年第一回選挙:立候補者の40%、当選議員の80%がバアス党員
・84年第二回選挙:立候補者の27%、当選議員の40%がバアス党員
  ・イラクとの戦争の帰還兵100万人への雇用が不足
  ・東欧での民主化に対して事前に対策の必要
  ・不満を軽減すべく「上からの民主化」
  ・経済自由化政策により民間企業の活動が活発化したという背景
  ・党エリート、行政エリートから、有識集団へ
・89年選挙
  ・立候補者の「ラカブ(一族の姓)使用の普及」

「党に変わるものとしてアシーラ=部族」を置き換えたのではなく、党自体を
  アシーラ的意識のなかに組み込むことで、党ネットワークを利用すると同時に
  ラカブによって結び付けられたネットワークをも利用する」(p.147)  
  バアス党政権は従来は、ラカブ・アシーラを「封建性、前近代姓の名残」とし
  て公的使用を禁止してきたことを転換。

  ひとたび「党エリート幻想」がその機能を失ったと同時に、それに代わって
「地縁・部族エリート幻想」が表出

「アシーラ=部族」意識は、湾岸戦争後ますます大きくなる
「湾岸戦争をはさんで一斉に部族的ルーツ探しのブームが訪れたかのような様相
  を呈する」(p.148)

  91年「蜂起の最中に地方有力部族は蜂起に参加せず、むしろ政府を支持する
  姿勢を取った」、そのため、
「91年蜂起以降政府は党による制度的支配に消極的となり、親政府部族に地方
  統治を任せるようになった」(p.157)
・部族局という治安組織を設置
・地方社会の治安維持を部族の自衛に任せる
・部族青年への徴兵の免除
・部族長への免税措置
・部族法を復活し、部族長による長老会議を設置
  湾岸戦争後の経済制裁により部族の支配する闇交易に依存する必要性があった

・96年選挙:220議席に対して立候補689人。党員は160名全員が当選
・2000年選挙:立候補512人。党員は165人全員が当選
「アシーラを基盤にした社会支配がフセイン政権の重要な基盤を支えるように
  なっていたことを立候補者が十分自覚していた」
「アシーラにフセイン政権が何を期待しているのかを表明した「プロフィール」
  もしばしば見られる」(p.172)
「フセイン政権の下部政治エリートに参入するためには党のヒエラルキーに加わ
  っている必要がない、ということを明らかにした。その意味で、党の絶対的
  支配体制を相対化するものであったが、同時に、そうした党外から政権に参入
  するものに対しても党が「公認」という形で権威を与える存在である、という
  ことを強調して、党の政治的優位性を護持している」(p.174)

・スンナ派都市部で宗教者の立候補の増加=下部政治エリートへの参入
  南部シーア派では一切見られない

「党ヒエラルキーから外れている層や、既存のヒエラルキーでは中枢に到達する
  のが迂遠なため政権に対して政治的社会的不満を抱く層が、政権から離反しな
  いように、彼らを国会を通じて支配ネットワークのなかに組み込んでおくとい
  う目的もあった」(p.180)
  ただし、「党支配構造を代替すべきネットワークは党のように位階的なもので
  あってはならず」「フセイン自身が「忠誠」関係の解き結びを自由に行うこと
  ができるという意味で、フセインの絶対的権力の大きさをより浮き彫りにする
  もの」(p.180)
「アラブナショナリズムが、アラブ純血主義へと転換を見せながら、再活性化
  される「部族意識」と相互に支えあっていくものとなった」(p.181)

「フセイン政権の支配構造」酒井啓子②

投稿者: imonoyamashotengai 投稿日時: 2004/05/04 06:45 投稿番号: [104 / 5091]
  <第三章>「政治参加」の第一歩
「親政府・北部地縁集団間の連合体」
・国会:選挙権は18歳以上の男女・直接・無記名
     被選挙権は25歳以上の男女
  選挙準備高等委員会による資格審査あり
・80年第一回選挙:立候補者の40%、当選議員の80%がバアス党員
・84年第二回選挙:立候補者の27%、当選議員の40%がバアス党員
  ・イラクとの戦争の帰還兵100万人への雇用が不足
  ・東欧での民主化に対して事前に対策の必要
  ・不満を軽減すべく「上からの民主化」
  ・経済自由化政策により民間企業の活動が活発化したという背景
  ・党エリート、行政エリートから、有識集団へ
・89年選挙
  ・立候補者の「ラカブ(一族の姓)使用の普及」

「党に変わるものとしてアシーラ=部族」を置き換えたのではなく、党自体を
  アシーラ的意識のなかに組み込むことで、党ネットワークを利用すると同時に
  ラカブによって結び付けられたネットワークをも利用する」(p.147)
  バアス党政権は従来は、ラカブ・アシーラを「封建性、前近代姓の名残」とし
  て公的使用を禁止してきたことを転換。

  ひとたび「党エリート幻想」がその機能を失ったと同時に、それに代わって
「地縁・部族エリート幻想」が表出

「アシーラ=部族」意識は、湾岸戦争後ますます大きくなる
「湾岸戦争をはさんで一斉に部族的ルーツ探しのブームが訪れたかのような様相
  を呈する」(p.148)

  91年「蜂起の最中に地方有力部族は蜂起に参加せず、むしろ政府を支持する
  姿勢を取った」、そのため、
「91年蜂起以降政府は党による制度的支配に消極的となり、親政府部族に地方
  統治を任せるようになった」(p.157)
・部族局という治安組織を設置
・地方社会の治安維持を部族の自衛に任せる
・部族青年への徴兵の免除
・部族長への免税措置
・部族法を復活し、部族長による長老会議を設置
  湾岸戦争後の経済制裁により部族の支配する闇交易に依存する必要性があった

・96年選挙:220議席に対して立候補689人。党員は160名全員が当選
・2000年選挙:立候補512人。党員は165人全員が当選
「アシーラを基盤にした社会支配がフセイン政権の重要な基盤を支えるように
  なっていたことを立候補者が十分自覚していた」
「アシーラにフセイン政権が何を期待しているのかを表明した「プロフィール」
  もしばしば見られる」(p.172)
「フセイン政権の下部政治エリートに参入するためには党のヒエラルキーに加わ
  っている必要がない、ということを明らかにした。その意味で、党の絶対的
  支配体制を相対化するものであったが、同時に、そうした党外から政権に参入
  するものに対しても党が「公認」という形で権威を与える存在である、という
  ことを強調して、党の政治的優位性を護持している」(p.174)

・スンナ派都市部で宗教者の立候補の増加=下部政治エリートへの参入
  南部シーア派では一切見られない

「党ヒエラルキーから外れている層や、既存のヒエラルキーでは中枢に到達する
  のが迂遠なため政権に対して政治的社会的不満を抱く層が、政権から離反しな
  いように、彼らを国会を通じて支配ネットワークのなかに組み込んでおくとい
  う目的もあった」(p.180)
  ただし、「党支配構造を代替すべきネットワークは党のように位階的なもので
  あってはならず」「フセイン自身が「忠誠」関係の解き結びを自由に行うこと
  ができるという意味で、フセインの絶対的権力の大きさをより浮き彫りにする
  もの」(p.180)
「アラブナショナリズムが、アラブ純血主義へと転換を見せながら、再活性化
  される「部族意識」と相互に支えあっていくものとなった」(p.181)

>イラクに原爆を

投稿者: nooncafe7 投稿日時: 2004/05/04 06:45 投稿番号: [103 / 5091]
すべての戦争被害者は人柱か、、
できれば君に真っ先になってほしかった。それで君自身を救えるのなら、

「フセイン政権の支配構造」酒井啓子①

投稿者: imonoyamashotengai 投稿日時: 2004/05/04 06:44 投稿番号: [102 / 5091]
  「フセイン・イラク政権の支配構造」(酒井啓子:岩波書店)

  <はしがき>
「亡命した後でも、フセイン体制を弁護するような発言をする人々がいるが、
  彼らはフセインを弁護しているのではなく、自分たちがフセイン体制のもとで
  暮らした時間を弁護しているのだ」
「フセインを非難すればいいというものではない。反省すべきはフセインを生ん
  でしまったイラク社会の問題である。イラク人は皆、心のどこかに小さなフセ
  インを持っている。そうしたものを内在する社会構造自体から治していかなけ
  らばならない」(p.xii)


  <第一章>一党独裁から大統領個人崇拝へ
・68年バアス党革命:最初のコミュニケ「部族的性格の打破」
・72年石油産業国有化以降、欧米との関係悪化
・73年イラク共産党との共闘:
   欧米との関係悪化を打開する為に対ソ友好条約の締結の為に共産党を利用
   ソ連型重工業重視の計画経済の開始
・70年「3月宣言」:クルドの自治を認める交渉を開始、しかし交渉決裂
・75年イランとアルジェ協定:クルドを軍事力で鎮圧

「バアス党組織の特徴は、それが国民生活の末端にまで行き渡る党ヒエラルキー
  構造を確立し、大衆のコントロールに成功していること」(p.22)
68年バアス党革命は軍主導で行われたが、その後軍人排除政策が取られ、文民
主導となる。
「閣僚と党幹部、国家最高機関が重複する体制が成立」(p.28)
・79年フセイン大統領主任
  当初は、<対シリア合邦>か<対イラン革命対策>かの路線対立、後者の勝利
・79年イラク共産党非合法化
  石油収入の増大によりソ連に依存する必要性の激減による
・87年統制経済を廃し、経済自由化政策
  国家主導の計画経済政策を廃すということは、社会主義的国家機構、党ヒエラ
ルキーに依存しない、新たな機構を模索するということであり、その新たなもの
が、国会であった、その過程で同時にフセインの親族の政権登用を巧妙に実現。
党ヒエラルキーを経ない、フセイン個人との直接のバイパス作りでもあった。

・バアス党は63年まではシーア派党員も人口比存在したが、それ以降激減。
・バアス党初代大統領バクルとフセインともティクリート出身のアルブ・
  ナースィルという同族の親族関係、
「68年のバアス党革命は、ユーフラテス河上流閥の協力なしには成就でき
  なかった」(p.47)
「広域閥内でのライバル関係を利用して閥間バランスを維持」(p.51)
「バアス党政権はスンナ派三角地帯における「地縁閥連合体」」
・バアス党内での昇進のメルクマールはシーア派やクルド地域での統治能力
・バアス党の地方政策は地方社会の意向ではなく、中央からの統治・紛争処理に
  力点を置いている。


  <第二章>大統領親族の盛衰
「軍事産業委員会自体が、大統領親族が自分の権力基盤として短期間で築き上げ
  たというにはあまりに深く根を張った、構造的な存在」(p.96)
・91年湾岸戦争後の91年蜂起後、県知事には軍将校が任命、しかし、地域社
  会の細かい行政での統治には、部族勢力に依存せざるを得なかった。
  党・国家機関による支配網を再建する余裕がなかったため。
  96年以降、経済制裁の下での配給制を復活し、党・国家機構の再建
  これは<地方部族>と<党・国家機構>との力のバランス

「フセイン政権の支配構造」酒井啓子

投稿者: imonoyamashotengai 投稿日時: 2004/05/04 06:44 投稿番号: [102 / 5091]
  「フセイン・イラク政権の支配構造」(酒井啓子:岩波書店)

  <はしがき>
「亡命した後でも、フセイン体制を弁護するような発言をする人々がいるが、
  彼らはフセインを弁護しているのではなく、自分たちがフセイン体制のもとで
  暮らした時間を弁護しているのだ」
「フセインを非難すればいいというものではない。反省すべきはフセインを生ん
  でしまったイラク社会の問題である。イラク人は皆、心のどこかに小さなフセ
  インを持っている。そうしたものを内在する社会構造自体から治していかなけ
  らばならない」(p.xii)


  <第一章>一党独裁から大統領個人崇拝へ
・68年バアス党革命:最初のコミュニケ「部族的性格の打破」
・72年石油産業国有化以降、欧米との関係悪化
・73年イラク共産党との共闘:
   欧米との関係悪化を打開する為に対ソ友好条約の締結の為に共産党を利用
   ソ連型重工業重視の計画経済の開始
・70年「3月宣言」:クルドの自治を認める交渉を開始、しかし交渉決裂
・75年イランとアルジェ協定:クルドを軍事力で鎮圧

「バアス党組織の特徴は、それが国民生活の末端にまで行き渡る党ヒエラルキー
  構造を確立し、大衆のコントロールに成功していること」(p.22)
68年バアス党革命は軍主導で行われたが、その後軍人排除政策が取られ、文民
主導となる。
「閣僚と党幹部、国家最高機関が重複する体制が成立」(p.28)
・79年フセイン大統領主任
  当初は、<対シリア合邦>か<対イラン革命対策>かの路線対立、後者の勝利
・79年イラク共産党非合法化
  石油収入の増大によりソ連に依存する必要性の激減による
・87年統制経済を廃し、経済自由化政策
  国家主導の計画経済政策を廃すということは、社会主義的国家機構、党ヒエラ
ルキーに依存しない、新たな機構を模索するということであり、その新たなもの
が、国会であった、その過程で同時にフセインの親族の政権登用を巧妙に実現。
党ヒエラルキーを経ない、フセイン個人との直接のバイパス作りでもあった。

・バアス党は63年まではシーア派党員も人口比存在したが、それ以降激減。
・バアス党初代大統領バクルとフセインともティクリート出身のアルブ・
  ナースィルという同族の親族関係、
「68年のバアス党革命は、ユーフラテス河上流閥の協力なしには成就でき
  なかった」(p.47)
「広域閥内でのライバル関係を利用して閥間バランスを維持」(p.51)
「バアス党政権はスンナ派三角地帯における「地縁閥連合体」」
・バアス党内での昇進のメルクマールはシーア派やクルド地域での統治能力
・バアス党の地方政策は地方社会の意向ではなく、中央からの統治・紛争処理に
  力点を置いている。


  <第二章>大統領親族の盛衰
「軍事産業委員会自体が、大統領親族が自分の権力基盤として短期間で築き上げ
  たというにはあまりに深く根を張った、構造的な存在」(p.96)
・91年湾岸戦争後の91年蜂起後、県知事には軍将校が任命、しかし、地域社
  会の細かい行政での統治には、部族勢力に依存せざるを得なかった。
  党・国家機関による支配網を再建する余裕がなかったため。
  96年以降、経済制裁の下での配給制を復活し、党・国家機構の再建
  これは<地方部族>と<党・国家機構>との力のバランス

「イラク建国:「不可能な国家」の原点」②

投稿者: imonoyamashotengai 投稿日時: 2004/05/04 06:42 投稿番号: [101 / 5091]
「本来、超国家だったイスラームは、近代化の黎明とともに民族主義へ接近して
  いったのだ。イスラーム共同体(ウンマ)という概念しかなかったところに、
  はじめて国(ワタン)という概念が生まれたのである」

「実は、ベルもサッダームもブレマーも、手法こそ違え、同じことをしているに
  すぎない。多数派(シーア派)の封じ込めーデモクラシーの原理の否定が、
  アメリカの言う「イラク民主化」とはいかなる皮肉だろう」

「英国はオスマン帝国と同じく、近代法治を部族社会に接木できると考えていた
  。だが、外挿された国家は部族製と教団が一体化した存在を許容できない」

  クルドの雄ムスタファ・バルザーニーの「台頭と挫折には、この部族支配の
  限界の逆説が凝縮されている。しかしイラクという人工国家もまた、近代国家
  を薄皮のように貼りつけただけで、実態は非均質な部族制社会の割拠にすぎな
  い。とすれば「国父」を演じつづけたサッダームの強権も、君臨する必然があ
  ったことになる。米国の単純な「サッダーム悪玉論」はその逆説を見落として
  いた」


  <エピローグ>国家の原点
「戦後の治安悪化と統治混乱は、単にテロリストの流入や行政技術的な失態とい
  うより「国家の不可能」が露呈してきたからではないのか。「民主化」を旗印
  にしながら多数派(シーア派)を封じ込めなければならないというデモクラシ
  ーの根源的背理に、アメリカは何の解も与えることができない」

  民族国家という虚構
イラク:「初めは傀儡アラブ人王政、次はコミュニズムと結託した軍事独裁、
そして汎アラブの擬似社会主義政党(バース党)独裁、そしてサッダーム個人
崇拝の恐怖政治と強権支配が続いたのは、部族制の根強いこの地では近代西欧型
の完結した国民(民族)国家が不可能だからだ

「イラク建国:「不可能な国家」の原点」①

投稿者: imonoyamashotengai 投稿日時: 2004/05/04 06:41 投稿番号: [100 / 5091]
  「イラク建国「不可能な国家」の原点」安部重夫(中公新書)840円+税

  「アラビアのロレンス」と共に、イギリスの諜報活動、政府統治顧問を担い、
「砂漠の女王」と呼ばれたガートルード・ベル女史を中心に、イラク建国に至る
話が展開する。

1919年パリ講和会議にベルもロレンスも出席し、アラブ人への約束を果たす
為に尽力するが、列強代表の横車の前で蹉跌を余儀なくされる。

1921年3月カイロ会議。植民地相チャーチルは、、ロレンス、東方秘書官ベ
ルを召集した。ベルはチャーチルにファイサルをイラク国王に提案する。ベルは
キルクーク油田の権益も考慮に入れ、地図に国境線を書き込んでいく。ロレンス
はクルディスタンは異質だと反対した。「この青二才!」ベルは怒鳴った。
この瞬間、新国家イラクの国境線は決定した。

  第一次大戦下、反英武装蜂起をイスラムの聖戦の名の下に組織しようとした
「ドイツのローレンス」たるヴァッスムスとニーダーマイヤーの活動もかなり
詳しく叙述されてる。
  しかし、アフガニスタンではイギリスの財政支援に競り負け、ペルシャ(現イ
ラン)南西部では一定の反英武装闘争を組織したことが描かれている。

  1920年のイラクでの反英武装蜂起に対して、ベルは、
「アラブ人にとって英軍は解放軍ではなく、しょせん新しい支配者が到来したに
  すぎない。面従腹背、おりあらば「どちらかの勝ち馬に乗ろう」という構えで
  ある」と称する。

「「父性」を欠いてはアラブは支配できない」

「彼女は見逃さなかった。ファイサルの政府の中核は、多くがメソポタミア出身
  のアラブ人から構成されている。彼らはもともとトルコの軍人で、近代式訓練
  を受け、欧化したアラブ人である。だが、軍の敗走とともに、ファイサルのも
  とに身を寄せたのだ」
「ベルはいち早く予見していた。将来、メソポタミアに誕生するアラブ政体は、
  彼ら軍人がきっと核になる」

  ベルは、語る、
「当地の唯一の活路は、はじめから(住民の)政治的願望を認めてやることです
  。われわれの鋳型にアラブ人を押し込めようとして、自縄自縛に陥らないよう
  にすることなのです」

  <死者の都>
「オアシス都市ナジャフはネクロポリス(死者の都)である。
  郊外は見渡す限り墓また墓なのだ。墓地は二十平方キロ以上あって、イスラー
  ム圏全土から運ばれた遺骸が安らっている。裕福なシーア派信徒は、死して後
  、この地に遺体を運んで葬ってもらうのが念願なのだ」
「ホメイニー革命後の米国歴代政権が試みたような、この双生児(ペルシャとメ
  ソポタミア)の分断策はやはり無理があるのだ。イラクに点在するシーア派の
  聖廟都市こそ、この国を「不可能な国家」にしてきた異空間であることが分か
  っていない。生と死を交換する砂漠の「気泡」ーナジャフのようなネクロポリ
  スは、近代国家を不可能にする「パンドラの箱」ではないか」
「ナジャフは一種の濾過装置と言っていい。国家が発芽する直前に、その共同幻
  想をハウザに転移してしまう。これは単なる国家観念の「未発達」ではない。
  聖廟都市という「禁制」が部族と国家のあいだに介在して国家として完結でき
  ず、ハウザを通してイランなど「外部」に開孔してしまう構図が見えてくる」
「ユーフラテス西岸地帯は、遊牧民を定住民に変える濾過装置の役を果たす」
「定住と漂流の「攪拌」」

  シーア派の最大イベントたるアーシュラーの祭礼が異様な狂熱を帯びるように
なったのは十九世紀後半からだという。
「これは、失われゆくベドウィンの荒ぶる魂の代償だったのだろう。ナジャフの
  アーシューラーは、遊牧から定住へ移行するシーア派社会そのものの劇化」
「ただ、それが国家という共同幻想の形成には、どこまでも障害となったことは
  否めない」

「イラク建国:「不可能な国家」の原点」

投稿者: imonoyamashotengai 投稿日時: 2004/05/04 06:41 投稿番号: [100 / 5091]
  「イラク建国「不可能な国家」の原点」安部重夫(中公新書)840円+税

  「アラビアのロレンス」と共に、イギリスの諜報活動、政府統治顧問を担い、
「砂漠の女王」と呼ばれたガートルード・ベル女史を中心に、イラク建国に至る
話が展開する。

1919年パリ講和会議にベルもロレンスも出席し、アラブ人への約束を果たす
為に尽力するが、列強代表の横車の前で蹉跌を余儀なくされる。

1921年3月カイロ会議。植民地相チャーチルは、、ロレンス、東方秘書官ベ
ルを召集した。ベルはチャーチルにファイサルをイラク国王に提案する。ベルは
キルクーク油田の権益も考慮に入れ、地図に国境線を書き込んでいく。ロレンス
はクルディスタンは異質だと反対した。「この青二才!」ベルは怒鳴った。
この瞬間、新国家イラクの国境線は決定した。

  第一次大戦下、反英武装蜂起をイスラムの聖戦の名の下に組織しようとした
「ドイツのローレンス」たるヴァッスムスとニーダーマイヤーの活動もかなり
詳しく叙述されてる。
  しかし、アフガニスタンではイギリスの財政支援に競り負け、ペルシャ(現イ
ラン)南西部では一定の反英武装闘争を組織したことが描かれている。

  1920年のイラクでの反英武装蜂起に対して、ベルは、
「アラブ人にとって英軍は解放軍ではなく、しょせん新しい支配者が到来したに
  すぎない。面従腹背、おりあらば「どちらかの勝ち馬に乗ろう」という構えで
  ある」と称する。

「「父性」を欠いてはアラブは支配できない」

「彼女は見逃さなかった。ファイサルの政府の中核は、多くがメソポタミア出身
  のアラブ人から構成されている。彼らはもともとトルコの軍人で、近代式訓練
  を受け、欧化したアラブ人である。だが、軍の敗走とともに、ファイサルのも
  とに身を寄せたのだ」
「ベルはいち早く予見していた。将来、メソポタミアに誕生するアラブ政体は、
  彼ら軍人がきっと核になる」

  ベルは、語る、
「当地の唯一の活路は、はじめから(住民の)政治的願望を認めてやることです
  。われわれの鋳型にアラブ人を押し込めようとして、自縄自縛に陥らないよう
  にすることなのです」

  <死者の都>
「オアシス都市ナジャフはネクロポリス(死者の都)である。
  郊外は見渡す限り墓また墓なのだ。墓地は二十平方キロ以上あって、イスラー
  ム圏全土から運ばれた遺骸が安らっている。裕福なシーア派信徒は、死して後
  、この地に遺体を運んで葬ってもらうのが念願なのだ」
「ホメイニー革命後の米国歴代政権が試みたような、この双生児(ペルシャとメ
  ソポタミア)の分断策はやはり無理があるのだ。イラクに点在するシーア派の
  聖廟都市こそ、この国を「不可能な国家」にしてきた異空間であることが分か
  っていない。生と死を交換する砂漠の「気泡」ーナジャフのようなネクロポリ
  スは、近代国家を不可能にする「パンドラの箱」ではないか」
「ナジャフは一種の濾過装置と言っていい。国家が発芽する直前に、その共同幻
  想をハウザに転移してしまう。これは単なる国家観念の「未発達」ではない。
  聖廟都市という「禁制」が部族と国家のあいだに介在して国家として完結でき
  ず、ハウザを通してイランなど「外部」に開孔してしまう構図が見えてくる」
「ユーフラテス西岸地帯は、遊牧民を定住民に変える濾過装置の役を果たす」
「定住と漂流の「攪拌」」

  シーア派の最大イベントたるアーシュラーの祭礼が異様な狂熱を帯びるように
なったのは十九世紀後半からだという。
「これは、失われゆくベドウィンの荒ぶる魂の代償だったのだろう。ナジャフの
  アーシューラーは、遊牧から定住へ移行するシーア派社会そのものの劇化」
「ただ、それが国家という共同幻想の形成には、どこまでも障害となったことは
  否めない」

1920年蜂起:シーア派とスンニ派の共闘②

投稿者: imonoyamashotengai 投稿日時: 2004/05/04 06:40 投稿番号: [99 / 5091]
  この反乱はイラク民族主義の神話の基礎の一部をなすこととなったが、蜂起に
参加した大半の人々はそんなことなど考えていなかったものかもしれない。

  かなりの数のスンニ派とシーア派が前例がないほどに協力し、強力な橋渡しに
貢献していた。しかし、その後の結果は、このようなイメージが示唆するよりも
調和を欠いている。

  イラクでの反乱は、英国支配に対する一般的な抵抗運動として始まったが、
それはユーフラテス川中流域の反乱として終結した。
  このように反乱は、宗教的な反対や社会・経済的な不安定さ、そして武力が
組み合わさった、その地域特有な状況の産物であった。
  シーア派は軍事的には敗北したが、彼らの勢力は衰えたわけではなかった。
彼らは自らの犠牲の上に作り上げられた政治的な機会から他の者たちが利益を
あげるのをじっと見守らなければならなかった。

  ロンドンでは、蜂起と弾圧の代償として、イラクにおいてより受容可能な政府
の形態の模索が強化された。
  直接支配の主張が反乱に寄与し、大英帝国に明らかに高いツケを払わせたと
みなされた。
  年老いたアシュラーフを、英国の監督下で任命される閣僚評議会議長に就任
3州全てから選ばれた著名な21名のイラク人による政府が作られた。
スンニ派のアラブ人が多数を占め、最重要ポストを握っていたが、閣僚評議会は
数名のシーア派やキリスト教徒、ユダヤ人共同体の指導者1名をも含んでいた。
短期間の間に、市議会のようなオスマーン帝国の行政機構が復活され、英国官吏
にイラク人官吏が交代しはじめた。しかし、彼らはいかなる場合においても英国
人顧問に補佐されており、同様に全ての新たな省庁には英国人アドバイザーが
配置された。

  シーア派から誰も政府の高官に輩出されない。スンニ派独占のオスマーン時代
の古い秩序が明らかに再構築された。
  シーア派はオスマーン帝国の行政から排除されており、結果的にシーア派の中には行政経験のある者がほとんどいなかった。

1920年蜂起:シーア派とスンニ派の共闘①

投稿者: imonoyamashotengai 投稿日時: 2004/05/04 06:39 投稿番号: [98 / 5091]
「イラクの歴史」(明石書店)

  歴史的諸条件の違いを無視して、単純に歴史的アナロジーを行うことは間違い
だと思います。
  その上で、「1920年のイラクでの武装蜂起:シーア派とスンニ派の共闘」と
いうことは、その経緯、背景、蜂起敗北後のことも含めて、一つの参考にはなる
と思います。



  第一次大戦後、1920年4月のサンレモ会議でイギリスはイラクの委任統治権を
得た。
  統治のための国家評議会を設置した。
  この評議会の大半が英国の官僚によって構成され、英国人の厳格な従属下に
イラク人を加えた。

  当時の政治勢力としては、
・アフド党:スンナ派と、旧オスマントルコ政権中枢
・独立防衛協会:シーア派

・カルバラで大アヤトラが英国行政府での勤務は違法であるとのファトワを出す
  これを受けて、独立防衛協会、シーア派学者、部族長が会合
・バグダードを中心に、平和的な抗議デモ

・5月:バグダードで委任統治を糾弾する大規模な集会
  スンニ派とシーア派のモスクで順番に集会が行われる。

・6月:憲政議会選挙が行われると発表

  8月まで英国治安部隊と諜報機関の活動が強化されたために、バグダードに
  おける組織化された大衆反対運動は事実上不可能となった。
  しかし、反対運動はバグダード以外の地域で勢いを得た。
  ユーフラテス川中流域の主要な部族のシェイフ達が英国占領軍への抵抗の可能
  性について話し合った。ナジャフやカルバラの反対勢力と連絡を取り合った。
  部族構成員の土地貸借、課税、英国行政府が彼らの経済状態に及ぼすであろう
  介入に対して懸念が表明された。
  地方固有の動機が働いている場合も多かった。
  英軍がまばらに展開していることは明らかで、英国の占領について本国政府の
  継続的な懸念の声はイラクまで達していた。
  このため、武装蜂起がイラクから英軍を駆逐することはできないにしろ、少な
  くとも英軍の撤退を早めることができるであろうという見方が生じていた。

・6月末:いくつもの偶発的な事件が引き金となり、武装蜂起が発生
  アヤトラの息子が逮捕された後、アヤトラは武装蜂起をうながすように見える
  ファトワを出した。
・英国当局は蜂起を予防するために、ユーフラテス川中流域の多くの部族長を
  逮捕したが、これは全く逆の効果をもたらした。
・ナジャフとカルバラの強力な連携
  強力に武装した反英部族の展開
・7月:ユーフラテス川中流域のほとんどは反乱者の手中に落ちた。
     反乱はユーフラテス側下流域、北部地域、バグダードの東西に拡大
     南部クルド族長が反乱し、ペルシャ国境に近いかなりの町を掌握
     (クルド人はアラブ部族民と協調している訳ではない)

  反乱の広がりは、英国の支配が地方の指導者の状況にいかなる影響を及ぼすの
かという、地方の指導者達の見解に左右されていた。
  クートやアマーラ地域の部族のシェイフ達は反乱に参加することを拒んだばか
りではなく、反乱に抵抗した。
  これらの部族と彼らの大規模土地所有は英国当局によって承認されていた。

・10月末までにナジャフとカルバラも降伏

  反乱による死者は、推定6000名のイラク人と約500名の英国及びインド
人兵士

1920年蜂起:シーア派とスンニ派の共闘

投稿者: imonoyamashotengai 投稿日時: 2004/05/04 06:39 投稿番号: [98 / 5091]
「イラクの歴史」(明石書店)

  歴史的諸条件の違いを無視して、単純に歴史的アナロジーを行うことは間違い
だと思います。
  その上で、「1920年のイラクでの武装蜂起:シーア派とスンニ派の共闘」と
いうことは、その経緯、背景、蜂起敗北後のことも含めて、一つの参考にはなる
と思います。



  第一次大戦後、1920年4月のサンレモ会議でイギリスはイラクの委任統治権を
得た。
  統治のための国家評議会を設置した。
  この評議会の大半が英国の官僚によって構成され、英国人の厳格な従属下に
イラク人を加えた。

  当時の政治勢力としては、
・アフド党:スンナ派と、旧オスマントルコ政権中枢
・独立防衛協会:シーア派

・カルバラで大アヤトラが英国行政府での勤務は違法であるとのファトワを出す
  これを受けて、独立防衛協会、シーア派学者、部族長が会合
・バグダードを中心に、平和的な抗議デモ

・5月:バグダードで委任統治を糾弾する大規模な集会
  スンニ派とシーア派のモスクで順番に集会が行われる。

・6月:憲政議会選挙が行われると発表

  8月まで英国治安部隊と諜報機関の活動が強化されたために、バグダードに
  おける組織化された大衆反対運動は事実上不可能となった。
  しかし、反対運動はバグダード以外の地域で勢いを得た。
  ユーフラテス川中流域の主要な部族のシェイフ達が英国占領軍への抵抗の可能
  性について話し合った。ナジャフやカルバラの反対勢力と連絡を取り合った。
  部族構成員の土地貸借、課税、英国行政府が彼らの経済状態に及ぼすであろう
  介入に対して懸念が表明された。
  地方固有の動機が働いている場合も多かった。
  英軍がまばらに展開していることは明らかで、英国の占領について本国政府の
  継続的な懸念の声はイラクまで達していた。
  このため、武装蜂起がイラクから英軍を駆逐することはできないにしろ、少な
  くとも英軍の撤退を早めることができるであろうという見方が生じていた。

・6月末:いくつもの偶発的な事件が引き金となり、武装蜂起が発生
  アヤトラの息子が逮捕された後、アヤトラは武装蜂起をうながすように見える
  ファトワを出した。
・英国当局は蜂起を予防するために、ユーフラテス川中流域の多くの部族長を
  逮捕したが、これは全く逆の効果をもたらした。
・ナジャフとカルバラの強力な連携
  強力に武装した反英部族の展開
・7月:ユーフラテス川中流域のほとんどは反乱者の手中に落ちた。
     反乱はユーフラテス側下流域、北部地域、バグダードの東西に拡大
     南部クルド族長が反乱し、ペルシャ国境に近いかなりの町を掌握
     (クルド人はアラブ部族民と協調している訳ではない)

  反乱の広がりは、英国の支配が地方の指導者の状況にいかなる影響を及ぼすの
かという、地方の指導者達の見解に左右されていた。
  クートやアマーラ地域の部族のシェイフ達は反乱に参加することを拒んだばか
りではなく、反乱に抵抗した。
  これらの部族と彼らの大規模土地所有は英国当局によって承認されていた。

・10月末までにナジャフとカルバラも降伏

  反乱による死者は、推定6000名のイラク人と約500名の英国及びインド
人兵士

原爆は戦争の抑止力としては有効

投稿者: takaha341 投稿日時: 2004/05/04 06:02 投稿番号: [97 / 5091]
なのは自明の理ですが、日本に投下したのは大変な過ちだったと思う。
超小型で、放射能などの有害物質のでないものを開発すればよいと思う。
次は大きいのを使うぞー、みたいな脅し用として。

NHKスペシャル「イラク復興:国連の苦闘」②

投稿者: imonoyamashotengai 投稿日時: 2004/05/04 05:34 投稿番号: [96 / 5091]
・アルジェリア元外相ブラヒミ氏に選挙調査団長
  ・レバノン内戦を終結させた実績
  ・アラブ世界の国家指導者と面会できる

・2月:選挙調査団イラク入り
  ・シスターニとの会談

・選挙調査団調査報告書
  ・アメリカ案は不可能
  ・今年5月までに枠組みが決まれば、来年始めには選挙は実施可能
  「人々が選挙によって国作りに参加できれば、治安が回復する可能性もある」
  「選挙には治安確保が必要。選挙の準備を進めることで治安が改善されること
   もある。自分の意見が選挙で反映され、国作りが進むと思えば、その過程を
   守ろうとする、治安を改善するためにテロリストを支持しなくなる」

・4月14日:ブラヒミ氏
  「こんな治安だからこそ、選挙に向けたプロセスを進めることが急務です」
  「この問題に軍事的な解決はありません」
  「武力の行使は状況を悪化させるだけです」

  <構想>
  ・6月末までに国連主導で暫定政府
  ・国民和解を目指す「大会議」
  ・来年1月にも選挙

  「暴力の連鎖が止まらない今、あえて未来に向けた構想を示す必要がある」


  「アメリカの単独行動主義から国連中心の多国間協調主義へと変える挑戦」

  アナン氏は、
  「アメリカは世界唯一の超大国。しかし、アメリカだけでは、できないことが
   あるのも確かです。アメリカもまた他の国と協力しなければなりません。
   警察も軍隊も持たない国連にできることは、各国が協力できる枠組みを作り
   、その活動を推進することです。それが国連が成功する唯一の道なのです」

・4月16日:米英首脳はブラヒミ氏の構想を支持すると表明

NHKスペシャル「イラク復興:国連の苦闘」①

投稿者: imonoyamashotengai 投稿日時: 2004/05/04 05:33 投稿番号: [95 / 5091]
  NHKスペシャル:「イラク復興:国連の苦闘」


・去年5月国連安保理決議1483
   ローン報道官
  「占領当局が絶対的な権限を持つ」
  「国連は占領当局に密接に協力しなければならない」
   国連にとって屈辱的なものでした
  「イラク人からみて、国連がアメリカと異なる機関だと理解することは非常に
   難しいことでした。国連はアメリカを助けるために来ていると思われていた
   のです」

・バグダッド国連事務所去年8月自爆攻撃

  「占領当局の絶対的な支配下で国連は活動を行わなければならなりませんでし
   た。これは国連史上初めてのことでした」

  「国連には、何の独自性も、権限もない」
  「国連本来の役割を果たせない」
  従って、イラクから撤退すべきだ。

  アナン事務局長は、1994年のルワンダ内戦の経験から、アメリカなどの
  協力なしには国連は機能しないと反省

・ブレマー案:2004年8月まで占領、憲法を制定し、占拠を実施し、その
  後、イラク新政府
  「親米政権を樹立し、利権も確保したいというアメリカの強い意志を感じさせ
   るものでした」

・アメリカは、ネグロポンテ米国国連大使が、新しい安保理決議の採択を目指す
  狙いは、多国籍軍を創設し、ブレマー案を実現する兵士と資金を集めること

・アナン氏は、はっきりと拒否
  「アナン氏は、占領当局主導のイラク復興は成功しないと確信していた」
・アメリカ案に替わる国連案を
・去年9月:安保理常任理事国5カ国ジュネーブ外相会議
  ・アナン氏は「アメリカによる占領を一刻も早く終わらせる必要がある」
  「国連案は、まずイラク人による暫定政権を作る。彼らが憲法を作り、選挙を
   行う。イラク人主体の復興を行うことで、占領に対する憎しみをなくすこと
   ができるはずです」
  「占領軍への攻撃という大義を奪い、イラク人の手による復興を国連が支援す
   る。東ティモールやアフガニスタンで培った方法」
  ・パウエル国務長官「治安を回復できるのは占領軍だけです」
  ・アナン氏「悪い決議は人の命を奪う」"Bad resolutions kill people."
   「もしイラクの反乱者が占領に対して闘っているのならば、その占領を終結
    させることが、攻撃の大義を奪い、攻撃を減少させる」

・去年9月:国連総会で、アナン氏は、
  「ある一部の国は、たとえ他国の領土であっても、たとえ大量破壊兵器がまだ
   開発中であっても、先制攻撃が可能だと主張しています。この論理は戦後
   58年間に亘って国連が辛うじて守ってきた平和維持の思想に根本的に挑戦
   するものです」

・安保理理事国15カ国昼食会でアナン氏は、
  「国連は占領軍の下でイラクの建設を支援することはできません。政治的な
   役割を担うのは、占領当局か国連かのどちらかなのです。我々は占領当局を
   助けるためだけに、命を危険にさらすことはできません」

・去年11月ブレマー氏:2004年6月30日に主権をイラクに返還
  ・イラク統治評議会25名全てをブレマー氏が指名
  ・暫定国民議会議員を占領当局と統治評議会が選ぶ

・シーア派「直接選挙で暫定政権を」
      「それが可能かどうか国連に専門調査チームの派遣を」
      「選挙を国連に担って欲しい」

・1月:国連にシーア派とスンニ派を派遣、ブレマー氏も参加
  ・アナン・ブレマー会談
   ・ブレマー氏「国連選挙調査団の派遣を」
   ・アナン氏「シスターニ師をなだめるためだけに国連がイラクに戻ることは
         できません」
  ・三者会談(暫定行政当局・統治評議会・アナン事務総長)
   ・統治評議会「ブレマー案ではまとまらない」
   ・アナン氏「国連選挙調査団を派遣するかどうか検討する」

   「統治評議会は分裂し、ブレマー氏にも統制がとれなくなっている」

NHKスペシャル「イラク復興:国連の苦闘」

投稿者: imonoyamashotengai 投稿日時: 2004/05/04 05:33 投稿番号: [95 / 5091]
  NHKスペシャル:「イラク復興:国連の苦闘」


・去年5月国連安保理決議1483
   ローン報道官
  「占領当局が絶対的な権限を持つ」
  「国連は占領当局に密接に協力しなければならない」
   国連にとって屈辱的なものでした
  「イラク人からみて、国連がアメリカと異なる機関だと理解することは非常に
   難しいことでした。国連はアメリカを助けるために来ていると思われていた
   のです」

・バグダッド国連事務所去年8月自爆攻撃

  「占領当局の絶対的な支配下で国連は活動を行わなければならなりませんでし
   た。これは国連史上初めてのことでした」

  「国連には、何の独自性も、権限もない」
  「国連本来の役割を果たせない」
  従って、イラクから撤退すべきだ。

  アナン事務局長は、1994年のルワンダ内戦の経験から、アメリカなどの
  協力なしには国連は機能しないと反省

・ブレマー案:2004年8月まで占領、憲法を制定し、占拠を実施し、その
  後、イラク新政府
  「親米政権を樹立し、利権も確保したいというアメリカの強い意志を感じさせ
   るものでした」

・アメリカは、ネグロポンテ米国国連大使が、新しい安保理決議の採択を目指す
  狙いは、多国籍軍を創設し、ブレマー案を実現する兵士と資金を集めること

・アナン氏は、はっきりと拒否
  「アナン氏は、占領当局主導のイラク復興は成功しないと確信していた」
・アメリカ案に替わる国連案を
・去年9月:安保理常任理事国5カ国ジュネーブ外相会議
  ・アナン氏は「アメリカによる占領を一刻も早く終わらせる必要がある」
  「国連案は、まずイラク人による暫定政権を作る。彼らが憲法を作り、選挙を
   行う。イラク人主体の復興を行うことで、占領に対する憎しみをなくすこと
   ができるはずです」
  「占領軍への攻撃という大義を奪い、イラク人の手による復興を国連が支援す
   る。東ティモールやアフガニスタンで培った方法」
  ・パウエル国務長官「治安を回復できるのは占領軍だけです」
  ・アナン氏「悪い決議は人の命を奪う」"Bad resolutions kill people."
   「もしイラクの反乱者が占領に対して闘っているのならば、その占領を終結
    させることが、攻撃の大義を奪い、攻撃を減少させる」

・去年9月:国連総会で、アナン氏は、
  「ある一部の国は、たとえ他国の領土であっても、たとえ大量破壊兵器がまだ
   開発中であっても、先制攻撃が可能だと主張しています。この論理は戦後
   58年間に亘って国連が辛うじて守ってきた平和維持の思想に根本的に挑戦
   するものです」

・安保理理事国15カ国昼食会でアナン氏は、
  「国連は占領軍の下でイラクの建設を支援することはできません。政治的な
   役割を担うのは、占領当局か国連かのどちらかなのです。我々は占領当局を
   助けるためだけに、命を危険にさらすことはできません」

・去年11月ブレマー氏:2004年6月30日に主権をイラクに返還
  ・イラク統治評議会25名全てをブレマー氏が指名
  ・暫定国民議会議員を占領当局と統治評議会が選ぶ

・シーア派「直接選挙で暫定政権を」
      「それが可能かどうか国連に専門調査チームの派遣を」
      「選挙を国連に担って欲しい」

・1月:国連にシーア派とスンニ派を派遣、ブレマー氏も参加
  ・アナン・ブレマー会談
   ・ブレマー氏「国連選挙調査団の派遣を」
   ・アナン氏「シスターニ師をなだめるためだけに国連がイラクに戻ることは
         できません」
  ・三者会談(暫定行政当局・統治評議会・アナン事務総長)
   ・統治評議会「ブレマー案ではまとまらない」
   ・アナン氏「国連選挙調査団を派遣するかどうか検討する」

   「統治評議会は分裂し、ブレマー氏にも統制がとれなくなっている」

NHK:”日本人”アフガン武装解除に挑む

投稿者: imonoyamashotengai 投稿日時: 2004/05/04 05:31 投稿番号: [94 / 5091]
  アフガニスタンで軍閥の武装解除を行うのは、日本政府が派遣した民間人
  本部は首都カブールの日本大使館
  メンバーは外国人や現地スタッフも入れて総勢10人

・リーダーは立教大学教授の伊勢崎賢治さん
  国連の要請でアフリカで武装解除に携わった経験がある
  計画の立案、武装勢力との交渉を指揮
・元自衛官の園部宏明さん:武装解除の監視
・人道復興支援活動を行ってきたNGOの瀬谷ルミ子さん:
  除隊した兵士の職業訓練

  今年9月の総選挙までにできるだけ武装解除を進める必要がある

  2002年1月東京でのアフガニスタン復興支援国際会議で
米:国軍創設
独:警察再建
英:麻薬対策
伊:司法改革
日:武装解除    と、役割分担

・アフガニスタンには400以上の武装勢力が存在します
  その内、1万人近くの兵力を誇る軍閥は9つ
・10万人の武装解除が目標

  武装解除プロジェクトDDR
1.武力の調査
2.武器の回収・兵士の除隊
3.職業訓練=社会復帰

  マザリシャリフを実効支配するモハメド・アタ将軍は、カルザイ暫定政権の
メンバーでもある。
武装解除に積極的な姿勢を見せ、政治的影響力を確保する狙い
総選挙で自分の派閥の候補者を多く当選させ、勢力拡大を図る
総選挙を前に、政治家としての顔を見せ始めている
住民の話を聞き、住民同士の争いの仲介もする

  ライバルのドスタム将軍は暫定政権の軍事特別顧問
病院・学校建設も行う
財源は、国境貿易の関税・通行税・周辺諸国からの資金援助

  武装解除は、同時に平等に進める必要がある
双方の第一段階の武装解除で合意に達する
戦車など重火器の引渡しと千人の兵士の除隊
しかし、ドスタム将軍の方は、戦車数半数、しかもポンコツばかり
当然、アタ将軍の方が怒り出す、もし相手が約束を守らないのなら、
「武器を取り戻す」と。

園部氏:「我々は軍閥の生存権を脅かしている」
伊勢崎氏:大統領令や大臣命令を出させて圧力をかける
     「銃を突きつけて武装解除に応じさせるということをしないだけで、
      政治的には強制している、国家の命令なんです」
国防省:「ドスタム将軍は将来の高い政治的地位を得る交渉の道具としている」

  除隊した兵士一人一人を登録していました。
直接デジカメでパソコンに登録し、指紋読み取り機器でも登録していました。

  除隊した人には、職業訓練を半年間行い、その間は日当も出る

  今年2月までの武装解除は、4ヵ所、5000人

伊勢崎氏:「軍閥の武装解除が進めば、呪縛が少なくなっていけば、パトロン・
       クライアント関係がなくなっていく。これはもう時間の問題です。
       軍閥の力がなくなっていくのは」


  世界から忘れ去られつつあるかのようなアフガニスタンで、相対立する軍閥と
直接渡り合い、戦車・大砲・重火器を双方から差し出させ、数千人の兵士を除隊
させ、職業訓練を行う。
  こんな素晴らしい活動を行っている日本人民間人がいることを知り、大いに
感動しました。

  しかし、こんな大仕事を行うスタッフが、外国人と現地スタッフを入れて、
総勢10人というのは、なんだか余りに少な過ぎるのではないかと感じました。
もっともっとたくさんの人的資源と資金を費やしてもよいのではないかと思いま
した。

NHK:ETV特集:「イラク:占領下に生きる」

投稿者: imonoyamashotengai 投稿日時: 2004/05/04 05:30 投稿番号: [93 / 5091]
  NHK:ETV特集:「イラク:占領下に生きる」


  <今後1年間最も望むものは?>
・治安の回復      :64%
・選挙の実施      :   8%
・インフラの整備    :   7%
・安定した暮らし    :   5%
・イラク人による統治:   3%
・宗教の自由      :   3%
・その他:

  <治安回復に何が有効か?>効果あり:効果なし
・失業者に仕事を与える:96%:   2%
・イラク警察の強化    :93%:   3%
・イラク政府に権限移譲:51%:31%
   (2004年2月世論調査)


  <警察署へのテロ>

「警察が襲われる原因の一つは、犯罪者を処罰する機能が麻痺していることです
  。裁判官の多くがフセイン一派として追放されたため、裁判がほとんどできな
  いのです。犯人を捕まえても結局は釈放、犯罪者が仕返しに警察を攻撃するケ
  ースが相次いでいます。」

  都市部の警察署の周りは厚いバリケードで囲まれるようになった

「占領下の一年間で亡くなった警官は、アメリカ軍兵士の犠牲者の数を上回って
  います」(600人以上)

  今、イラクで最も危険な職業は警察官

  警官を辞める人も相次いでいます
  ある辞職した警官は、
「私が捕まえた犯罪者の中には、私を脅迫してくる時があります。彼らは私を
  逆恨みしている。以前は、殺人など重い罪を犯せば、一生刑務所か処刑されて
  いたので、そんな心配はありませんでした。それが変わってしまったのです。
  こんな状態では警察に戻りたくても戻れません」

  <誰が攻撃しているのか?>
・地元の武装勢力?
・開戦前にフセイン政権が釈放した犯罪者?
・海外のテロリスト?
  「グループの境目がはっきりしていない」
  「あるメンバーが共通していたり、ある部分では連絡を取り合ったり」

  直接市民と接する検問は、米兵ではなく、イラク人警察官が行っている
  言葉の問題が大きい
  イラク人警察官は緩衝材の役割を果たしている。これは非常に功を奏している

・給与も十分ではない
・装備も十分ではない


  <混乱の背景>ファッルージャ
・2003年4月28日:米軍の学校からの撤退を求めるデモに米軍が発砲
・95年フセイン政権転覆・クーデター未遂事件にファッルージャ一体の有力
  部族が関与。フセインは弾圧・粛清
  95年以降反フセインだった
  「古典的・伝統的・閉鎖的」な街(イラク人評)
  「『外から来た者』を有害か否か確認する」

  <聖地ナジャフ>
  宗教と生活が一体化

NHK:世界潮流:イラク市民2700人の声②

投稿者: imonoyamashotengai 投稿日時: 2004/05/04 05:27 投稿番号: [92 / 5091]
「我々シーア派は国連が基本法を支持しないと表明しない限り、国連の調査団
   に一切協力しない」(シスターニ師)

  「国連に対してイラク人は必ずしも高い信頼を置いている訳ではない」
  「国連がある種のクッションの役割を果たすことができるのではないか」

  「イラク人にとって国連に不信感を抱く原因は、経済制裁、査察活動、
   アメリカの手先にすぎないという強烈な認識がある」(酒井女史)

  「ただ単に、『国連だから正当性がある』ではなく、同じことを繰り返しに
   やって来たのではないという、国連の正当性を示す必要性がある。
   再確認する手順が必要」

  「国民には、『アメリカの選んだ人達が、ただスケジュールを進めたいだけ』
   と見えてしまう」(酒井女史)


  <形式的主権・政治面での主権移譲>よりも、より重要なのは、
  <実務面での権限移譲>:イラク人実務官僚・行政機関がどれだけやれるか
              予算配分・プロジェクト発注・経済開発策定等



  <私の感想>
  新聞やニュースによると、イラクでは、テロ・戦闘行為、連日の死者という
強烈なイメージしか持っていなかったのですが、イラク庶民の日常生活のレベル
では結構活発な経済活動とか行っていたんですね。
  家電、車、流行のファッションを追うとか、、、
考えてみれば庶民の日常生活とはそういうもんですね。

  ブッシュ大統領の方針転換で、イラクに国連が戻り、良い方向に向かうのだろ
うと思ったんですが、それはちょっと楽観的過ぎました。
  現実はもっともっと複雑で、楽観はできないということが少しだけ分かりまし
た。

NHK:世界潮流:イラク市民2700人の声①

投稿者: imonoyamashotengai 投稿日時: 2004/05/04 05:26 投稿番号: [91 / 5091]
  NHK:世界潮流2004
  イラク市民2700人の声
  〜復興1年   危機は乗りこえられるのか〜


①一年前と比べて暮らしは
  ・良くなった:57%
  ・変化なし   :23%
  ・悪くなった:19%

  ・店頭に並ぶ商品の種類は増え、値段も下がっている
  ・特に値下がりが激しいのはフセイン時代に高い関税がかけられていた電化
   製品などの輸入品
  ・正式な政府が存在しないため現在は関税が全くありません
  ・タンス預金や海外銀行口座に貯金していたために、購買意欲が戻っている

  ・冷蔵庫を持っている   :81%
  ・エアコンを持っている:44%
  ・自動車を持っている   :43%

  ・イラクへの製品輸入の拠点はドバイ
  ・戦前に比べイラク人が求める服のデザインは一変しました
   西欧のデザインを取り入れた華やかなファッションが大人気
   フセイン時代に禁止されていた衛星テレビなどのメディアで海外の情報を
   直接得るようになり、その影響が流行に及んでいる
  ・ドバイ港ではイラク向けの輸出が増えたことから、この一年でコンテナの
   取扱量が25%伸びました
  ・海運業にもイラク人が進出
  ・ドバイの700軒の店が集まる中古車ディーラー街もイラク向け輸出の好景
   気。新車は盗難の恐れがあるので1万ドル以下の中古車が人気
   売れ筋はドイツ車と日本車
  ・UAEの国家戦略:イラク人商人に便宜:イラク人には無条件に会社設立を
   許可:イラクの復興を助け、自らの発展の切り札に
   半年で200人のイラク人が起業


②一年後の暮らしは
  ・良くなる :71%
  ・変化なし:   9%
  ・悪くなる :   7%


③今、最も深刻な問題は
  ・治安    :22%
  ・失業     :12%
  ・物価上昇:   9%
  ・住宅    :   4%
  ・電力不足:   4%


④治安回復には何が必要か
  ・雇用創出   :96%
  ・イラク人警察:93%
  ・イラク人への
  権限委譲   :87%

  ・失業率は60%
  ・去年9月バグダッドに失業者センター設置:4万人近くの内、職が見つかっ
   たのは千人足らず
  ・イラク人警察は7万人体制を予定:現状ではまだ半数近くが不足
  ・警察官養成はヨルダンでCPAが選んだ2000人が研修中
  ・教官は米英加など16カ国
  ・民主主義と人権の授業がカリキュラムの四分の一を占める
   犯罪者や容疑者の人権も配慮する
   (イラク人は全員が男性で、女性教官に教えられるのにカルチャーショック
    を受けているようだ)


  「揺らぐ有志連合」
・有志連合37カ国
・韓国:配置先を不安定なキルクークから変更を要求
・オランダ:一兵士の発砲事件をきっかけに、即時撤退すべき56.3%に
       オランダ首相が7月以降の派兵計画を米大統領に返答せず
・ポーランド:米英に次ぐ2400人派遣:見直しを、恩恵を受けていない
        総額6兆円の復興事業の内、受注は15億円に不満
        トルコは5000億円も受け取っているではないか
        派兵期間を来年半ばから、取り合えず今年一杯に変更


⑤イラク攻撃
  ・正しい:48%
  ・間違い:39%

  ・解放:42%
  ・屈辱:41%


⑥米軍などの駐留
  ・反対:51%
  ・賛成:39%

  ・強く反対         :31%
  ・どちからといえば反対:20%
  ・どちらかといえば賛成:26%
  ・強く賛成         :13%


⑦イラク攻撃   正しい    間違い
  ・クルド人: 87%     9%
  ・スンニ派: 43%    46%
  ・シーア派: 51%    35%


⑧イラク攻撃    解放     屈辱
  ・クルド人: 82%    11%
  ・スンニ派: 40%    49%
  ・シーア派: 43%    37%

  「一年前の調査と比べると、スンニ派の評価はほとんど変わっていないが、
   シーア派の肯定的評価が下がってきている」
  「アメリカはシーア派は親米的との先入観があり、経済復興も後回しにしても
   大丈夫と考えた。シーア派にも徐々に反米意識が高まってきた」(酒井氏)


・3月8日イラク基本法署名式
  中央集権制ではなく連邦制を

⑨国家体制    連邦制    中央集権制
  ・クルド人: 58%     26%
  ・スンニ派: 22%     67%
  ・シーア派:   4%     92%

NHK:世界潮流:イラク市民2700人の声

投稿者: imonoyamashotengai 投稿日時: 2004/05/04 05:26 投稿番号: [91 / 5091]
  NHK:世界潮流2004
  イラク市民2700人の声
  〜復興1年   危機は乗りこえられるのか〜


①一年前と比べて暮らしは
  ・良くなった:57%
  ・変化なし   :23%
  ・悪くなった:19%

  ・店頭に並ぶ商品の種類は増え、値段も下がっている
  ・特に値下がりが激しいのはフセイン時代に高い関税がかけられていた電化
   製品などの輸入品
  ・正式な政府が存在しないため現在は関税が全くありません
  ・タンス預金や海外銀行口座に貯金していたために、購買意欲が戻っている

  ・冷蔵庫を持っている   :81%
  ・エアコンを持っている:44%
  ・自動車を持っている   :43%

  ・イラクへの製品輸入の拠点はドバイ
  ・戦前に比べイラク人が求める服のデザインは一変しました
   西欧のデザインを取り入れた華やかなファッションが大人気
   フセイン時代に禁止されていた衛星テレビなどのメディアで海外の情報を
   直接得るようになり、その影響が流行に及んでいる
  ・ドバイ港ではイラク向けの輸出が増えたことから、この一年でコンテナの
   取扱量が25%伸びました
  ・海運業にもイラク人が進出
  ・ドバイの700軒の店が集まる中古車ディーラー街もイラク向け輸出の好景
   気。新車は盗難の恐れがあるので1万ドル以下の中古車が人気
   売れ筋はドイツ車と日本車
  ・UAEの国家戦略:イラク人商人に便宜:イラク人には無条件に会社設立を
   許可:イラクの復興を助け、自らの発展の切り札に
   半年で200人のイラク人が起業


②一年後の暮らしは
  ・良くなる :71%
  ・変化なし:   9%
  ・悪くなる :   7%


③今、最も深刻な問題は
  ・治安    :22%
  ・失業     :12%
  ・物価上昇:   9%
  ・住宅    :   4%
  ・電力不足:   4%


④治安回復には何が必要か
  ・雇用創出   :96%
  ・イラク人警察:93%
  ・イラク人への
  権限委譲   :87%

  ・失業率は60%
  ・去年9月バグダッドに失業者センター設置:4万人近くの内、職が見つかっ
   たのは千人足らず
  ・イラク人警察は7万人体制を予定:現状ではまだ半数近くが不足
  ・警察官養成はヨルダンでCPAが選んだ2000人が研修中
  ・教官は米英加など16カ国
  ・民主主義と人権の授業がカリキュラムの四分の一を占める
   犯罪者や容疑者の人権も配慮する
   (イラク人は全員が男性で、女性教官に教えられるのにカルチャーショック
    を受けているようだ)


  「揺らぐ有志連合」
・有志連合37カ国
・韓国:配置先を不安定なキルクークから変更を要求
・オランダ:一兵士の発砲事件をきっかけに、即時撤退すべき56.3%に
       オランダ首相が7月以降の派兵計画を米大統領に返答せず
・ポーランド:米英に次ぐ2400人派遣:見直しを、恩恵を受けていない
        総額6兆円の復興事業の内、受注は15億円に不満
        トルコは5000億円も受け取っているではないか
        派兵期間を来年半ばから、取り合えず今年一杯に変更


⑤イラク攻撃
  ・正しい:48%
  ・間違い:39%

  ・解放:42%
  ・屈辱:41%


⑥米軍などの駐留
  ・反対:51%
  ・賛成:39%

  ・強く反対         :31%
  ・どちからといえば反対:20%
  ・どちらかといえば賛成:26%
  ・強く賛成         :13%


⑦イラク攻撃   正しい    間違い
  ・クルド人: 87%     9%
  ・スンニ派: 43%    46%
  ・シーア派: 51%    35%


⑧イラク攻撃    解放     屈辱
  ・クルド人: 82%    11%
  ・スンニ派: 40%    49%
  ・シーア派: 43%    37%

  「一年前の調査と比べると、スンニ派の評価はほとんど変わっていないが、
   シーア派の肯定的評価が下がってきている」
  「アメリカはシーア派は親米的との先入観があり、経済復興も後回しにしても
   大丈夫と考えた。シーア派にも徐々に反米意識が高まってきた」(酒井氏)


・3月8日イラク基本法署名式
  中央集権制ではなく連邦制を

⑨国家体制    連邦制    中央集権制
  ・クルド人: 58%     26%
  ・スンニ派: 22%     67%
  ・シーア派:   4%     92%

草稿:イラク情勢(その2)

投稿者: imonoyamashotengai 投稿日時: 2004/05/04 05:12 投稿番号: [90 / 5091]
・「暴れん坊将軍」サドル師
  サドル師は、<急進派>で、反米武力闘争路線ですね。
  サドル師はその父親が元大アヤトラで、フセインに殺されたという純粋サラブ
  レッドであり、血統的には文句なく第一級の血筋ではあります。
  しかし、まだ三十代と若く、血気盛んで「暴れん坊将軍」です。
  シスターニ師の下で、大人しくしていたのですが、米軍からの逮捕状という
  挑発にのり、武装闘争に立ち上がりました。
  米軍からの逮捕状というのは、両派の対立を煽るのが目的なのか、シスターニ
  師の黙認の下なのかは分かりません。
  反米武装闘争を勇ましく煽り立てることにより、シスターニ師の穏健路線に
  物足りない層が、サドル派に加わりつつあるのだと思います。
  配下のマハディール軍民兵が一万人というのは、勢力が増加しつつあるから
  ではないでしょうか。
  しかし、両者とも米軍との全面戦争を決断するとも思えません。純粋軍事的に
  勝てるとは思えないからです。
  サドル師は米軍と闘っている姿勢を見せることで勢力を拡大したい。
  シスターニ師は、闘いを収めることで権威を誇示したいというところでしょう
  か。
・サマーワでは、数日前、サドル派の千人のデモに、穏健派が更に千人加わりま
  した。
・サマーワで先日、自衛隊に配慮したサドル派の宗教指導者が更迭され、今日、
  学生300人の自衛隊撤退要求デモが行われました。
・「サラーム・パックス:バグダッドからの日記」によると、大学構内で、イス
  ラム教の宗教組織であるハウザが伸張していると書かれていました。


  <Ⅳ>シーア派とスンニ派の共闘
  ファルージャ支援という運動がイラクで巻き起こっているそうです。
  それには、シーア派、スンニ派の区別なく行われています。
  少し前から、両派は共同での礼拝、共同でのデモ行進という共闘関係を積み
  重ねてきました。


  <Ⅴ>その他
・「イラク暫定評議会」の数名がファルージャなどへの攻撃に抗議して辞職
・新生イラク軍は、ファルージャへの攻撃を拒否、
  更には、ファルージャへ武器を横流しする者もあるとのこと
  同じイラク人を殺せないということだと思われます。
・復活したイラク共産党は何をしているのか全く分かりません。
  かつては一大勢力を誇ったんですが、他国同様、イスラム復古の波に飲み込ま
  れてしまい、最早一大勢力となることは不可能なのでしょうか?
・少数民族:アッシリア人、トルクメン人等について


  <Ⅵ>米軍
  米軍はシーア派だろうが、スンニ派だろうだ、両者の共闘だろうが、軍事的に
  負ける恐れはありません。
  しかし、数千、数万のイラク人を殺して勝利しても、明らかにデメリットの
  方が大きすぎると思います。
  従って、これ以上の戦闘の拡大を望んでいないと思われます。
  従って、国連を呼び戻すという選択肢しかないのではないかと思われます。
  しかし、国連自体が、現段階でどう考えているのかが分かりません。

・パウエル国務長官の「パートナーシップ戦略」(「論座」2月号収録)
  ネオコン派を抑え、現ブッシュ政権では、パウエルの中道派が主導権を把握
・大統領選では、ビンラディン逮捕でもない限り、ブッシュは負けると思って
  います。
・民主党のケリー候補のイラク政策が分かりません。
  「国連を重視する」としか言っていません。

草稿:イラク情勢(その1)

投稿者: imonoyamashotengai 投稿日時: 2004/05/04 05:11 投稿番号: [89 / 5091]
  混迷するイラク情勢。
  私の頭の中も混迷しています。
  自分の考えを少しでもまとめるために、自分の考えを少しでも整理して
  みようと思って書いてみました。


<Ⅰ>北部:クルド人自治地域
<Ⅱ>中部:スンニ派地域
<Ⅲ>南部:シーア派地域
<Ⅳ>シーア派とスンニ派の共闘
<Ⅴ>その他
<Ⅵ>米軍


  <Ⅰ>北部クルド人地域

・北部クルド人自治地域は、今の所、相対的には安定していますね。
  91年の湾岸戦争以降もう何年も米軍と共同行動を積み重ねてきたという実績
  があります。
  また、彼ら自身、その本心はともかく、「クルド独立」という戦略は掲げて
  いません。その限りでは、周辺諸国との現在の情勢を考慮した現実的判断だと
  思います。
・クルド両派は長年にわたる抗争を停止し、連合している。
・キルクークを巡る攻防
  キルクークの支配権を巡っては、スンニ派・シーア派連合勢力と武装対峙して
  います。
  米軍の撤退ということになれば、両勢力の衝突は必至かもしれません。
・トルコの動向  
  また、クルド人勢力がキルクークを支配するのをトルコが容認するかどうかも
  疑問です。現在でもトルコ軍内部で意見対立があり、意思一致できていません


  <Ⅱ>中部スンニ派地域

・米軍に武装抵抗を続ける<急進派>、
  しかし、部族長層やスンニ派宗教指導者層は、<穏健派>だと思われます。
  また、現在までの所、<急進派>は<穏健派>とは、相対的に別個の行動を
  取りつつも、<穏健派>の意向を無視するとも思えません。
  <穏健派>は、米軍との全面戦争を決断するとは思えません。ベトナム戦争時
  のように、ソ連や中国の軍事的・経済的支援を期待できる強力な後ろ盾が存在
  するとは思えません。勿論イスラム諸国からの支援はあるでしょうが、そう強
  力なものになるとも思えません。
  そもそも米軍と全面戦争して軍事的に勝てるとは誰にも思えません。
  従って、できることは、小規模武力衝突以上のことではないと思われます。


  <Ⅲ>南部シーア派地域

・現大アヤトラ・シスターニ師は<穏健派>であり、多数派です。
  師の戦略は、「待ちの戦略」だと思われます。
  シーア派が国民の六割を占めるのだから、待っていれば、自ずと自らにヘゲモ
  ニーが取れるという計算だと思われます。
・老練で狡猾なアメリカの策謀
  アメリカがイラクにシーア派主導の国家をそう易々と創り出させる訳がありま
  せん。
  暫定憲法の中に正式憲法を決定する補則条項として「国民投票で、イラクの
  18の州のうち3つ以上の州で、有権者の3分の2以上が反対した場合、全国
  全体の過半数が賛成していても、その法律は発効しない」とする条項が付け加
  えられた。
  この条項は「少数派の意見も重視する国家体制」を実現するという名目で付加
  されたが、実のところ「クルド人が賛成しない正式憲法は発効しない」という
  ことを意味した。クルド人はドホーク、アルビル、スレイマニヤという北部3
  州に集中して住んでおり、この3つの州はクルド人口が3分の2以上を占めて
  いる。3州の人口は合計で約50万人だが、彼らが反対すれば、イラクの残り
  の2000万人以上が賛成しても、正式憲法は制定できなくなった
・大統領制について
  暫定憲法で定められた新生イラクの大統領は、何か意思決定しても、2人の副
  大統領が拒否権を発動すると無効にされてしまうという弱い立場のポストにな
  る。その代わりに権力を持ちそうなのが「首相」である。
  その最初の首相に『予定』されているのがチャラビだ。
  (田中宇氏のHP参照)
・<穏健派シスターニ師>と<急進派サドル師>
  ・<同一性>:上記のアメリカの統治政策に反対
  ・<区別性>:その反対の仕方が、<平和的に>か<反米武装闘争>か

草稿:イラク情勢(その1)

投稿者: imonoyamashotengai 投稿日時: 2004/05/04 05:11 投稿番号: [89 / 5091]
  混迷するイラク情勢。
  私の頭の中も混迷しています。
  自分の考えを少しでもまとめるために、自分の考えを少しでも整理して
  みようと思って書いてみました。


<Ⅰ>北部:クルド人自治地域
<Ⅱ>中部:スンニ派地域
<Ⅲ>南部:シーア派地域
<Ⅳ>シーア派とスンニ派の共闘
<Ⅴ>その他
<Ⅵ>米軍


  <Ⅰ>北部クルド人地域

・北部クルド人自治地域は、今の所、相対的には安定していますね。
  91年の湾岸戦争以降もう何年も米軍と共同行動を積み重ねてきたという実績
  があります。
  また、彼ら自身、その本心はともかく、「クルド独立」という戦略は掲げて
  いません。その限りでは、周辺諸国との現在の情勢を考慮した現実的判断だと
  思います。
・クルド両派は長年にわたる抗争を停止し、連合している。
・キルクークを巡る攻防
  キルクークの支配権を巡っては、スンニ派・シーア派連合勢力と武装対峙して
  います。
  米軍の撤退ということになれば、両勢力の衝突は必至かもしれません。
・トルコの動向
  また、クルド人勢力がキルクークを支配するのをトルコが容認するかどうかも
  疑問です。現在でもトルコ軍内部で意見対立があり、意思一致できていません


  <Ⅱ>中部スンニ派地域

・米軍に武装抵抗を続ける<急進派>、
  しかし、部族長層やスンニ派宗教指導者層は、<穏健派>だと思われます。
  また、現在までの所、<急進派>は<穏健派>とは、相対的に別個の行動を
  取りつつも、<穏健派>の意向を無視するとも思えません。
  <穏健派>は、米軍との全面戦争を決断するとは思えません。ベトナム戦争時
  のように、ソ連や中国の軍事的・経済的支援を期待できる強力な後ろ盾が存在
  するとは思えません。勿論イスラム諸国からの支援はあるでしょうが、そう強
  力なものになるとも思えません。
  そもそも米軍と全面戦争して軍事的に勝てるとは誰にも思えません。
  従って、できることは、小規模武力衝突以上のことではないと思われます。


  <Ⅲ>南部シーア派地域

・現大アヤトラ・シスターニ師は<穏健派>であり、多数派です。
  師の戦略は、「待ちの戦略」だと思われます。
  シーア派が国民の六割を占めるのだから、待っていれば、自ずと自らにヘゲモ
  ニーが取れるという計算だと思われます。
・老練で狡猾なアメリカの策謀
  アメリカがイラクにシーア派主導の国家をそう易々と創り出させる訳がありま
  せん。
  暫定憲法の中に正式憲法を決定する補則条項として「国民投票で、イラクの
  18の州のうち3つ以上の州で、有権者の3分の2以上が反対した場合、全国
  全体の過半数が賛成していても、その法律は発効しない」とする条項が付け加
  えられた。
  この条項は「少数派の意見も重視する国家体制」を実現するという名目で付加
  されたが、実のところ「クルド人が賛成しない正式憲法は発効しない」という
  ことを意味した。クルド人はドホーク、アルビル、スレイマニヤという北部3
  州に集中して住んでおり、この3つの州はクルド人口が3分の2以上を占めて
  いる。3州の人口は合計で約50万人だが、彼らが反対すれば、イラクの残り
  の2000万人以上が賛成しても、正式憲法は制定できなくなった
・大統領制について
  暫定憲法で定められた新生イラクの大統領は、何か意思決定しても、2人の副
  大統領が拒否権を発動すると無効にされてしまうという弱い立場のポストにな
  る。その代わりに権力を持ちそうなのが「首相」である。
  その最初の首相に『予定』されているのがチャラビだ。
  (田中宇氏のHP参照)
・<穏健派シスターニ師>と<急進派サドル師>
  ・<同一性>:上記のアメリカの統治政策に反対
  ・<区別性>:その反対の仕方が、<平和的に>か<反米武装闘争>か

beijingtune さんへ

投稿者: barbariuscom 投稿日時: 2004/05/04 02:28 投稿番号: [87 / 5091]
  君、トピ間違えているよ!

  くだらない歌は"拘束"トピでやってチョ―ダイ。でも、あちらでも受けないだろうね。

>>日本人は明治時代のスタンスで

投稿者: barbariuscom 投稿日時: 2004/05/04 02:14 投稿番号: [86 / 5091]
>>アメリカにも西欧にもおもねるな。


  何を言いたいのか良く分からんが、君、チャンと歴史学んでよ。

  明治の指導者の多くが、欧米帰りだったこと、

  当時の高等教育が、欧米人の教官によって支えられていたこと、小学唱歌さえも、ほとんど欧米原産だったこと、

  軍隊も欧米人の指導を受けていたこと、

  鹿鳴館があったこと、等など明治は今よりはるかに、欧米かぶれだったんだよ。

  価値評価は別にして、官民挙げて"脱亜入欧"にうつつを抜かしていた時代だったんだよ。

一首

投稿者: beijingtune 投稿日時: 2004/05/04 02:09 投稿番号: [85 / 5091]
釈放されて早はつか    非難のあらし静まりぬ
擁護と批判相容れず    世論一つにまとまらぬ
責任とれぬ愚か者     再度イラクへ行くと言う
世のきんだちよ心して   彼らの真似はするなかれ

?フセインと同じ強権支配をする

投稿者: zebra_man_co 投稿日時: 2004/05/04 01:21 投稿番号: [84 / 5091]
>フセインより、怖いと思いま〜す

  金正日も貴方と同意見です

?フセインと同じ強権支配をする

投稿者: zebra_man_co 投稿日時: 2004/05/04 01:21 投稿番号: [84 / 5091]
>フセインより、怖いと思いま〜す

  金正日も貴方と同意見です

日本人は明治時代のスタンスで

投稿者: asdf1244122112qq 投稿日時: 2004/05/04 01:20 投稿番号: [83 / 5091]
アメリカにも西欧にもおもねるな。

もはや、フセインと同じ強権支配をする

投稿者: yo_ko_chan18 投稿日時: 2004/05/04 01:18 投稿番号: [82 / 5091]
アメリカ、ブッシュ連合です
フセインより、怖いと思いま〜す

アメリカへの面従背反が起こっている

投稿者: asdf1244122112qq 投稿日時: 2004/05/04 01:11 投稿番号: [81 / 5091]
日本人はサッカーを通してEUの仲間になりたい。

>非戦闘地域は無限級数

投稿者: zebra_man_co 投稿日時: 2004/05/04 00:55 投稿番号: [80 / 5091]
  其のうち確実に100%犠牲がでるだろう。

  だが550命、全滅しても何も変らないし、また変えてはならない。

イスラム原理主義への挑戦

投稿者: zebra_man_co 投稿日時: 2004/05/04 00:52 投稿番号: [79 / 5091]
  この一連の写真は、男尊女卑のイスラム原理主義への挑戦

  イラクで虐げられたアラブ女性は、男権の失墜であるこの写真に大喜び

>捕虜の取り扱い

投稿者: kernel_rokudars 投稿日時: 2004/05/04 00:47 投稿番号: [78 / 5091]
>アメリカ政府と兵士はジュネーブ条約を知らないのだろうか?

だいたいフセインの映像が出た時点で既におかしい。
アメリカはこういう事を良くやる。駐米でも前科がある。
あのフセインの(口を開けてDNA鑑定のサンプルを採ってるやつとか)映像を見てイラク人がどう思うか考えてるんだろうか。
どうもペンタゴンの中にハリウッド出身者が入ってるのではと勘ぐりたくなる。
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