イラク戦争

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「イラク 戦争と占領」酒井啓子②

投稿者: imonoyamashotengai 投稿日時: 2004/05/04 07:15 投稿番号: [107 / 5091]
  <第三章>「アメリカの占領」の失敗
「米軍の圧倒的勝利のおかげで、イラク人各勢力の間での勝敗の「決着」が
  つく余地が生まれなかった」(p.117)
「ブッシュ政権のなかに、「民主化」と「伝統社会温存」と「軍事政権」という
、三つの相容れないポスト・フセイン政権構想が、並存していた」(p.130)
「アメリカが地方ごとの「草の根民主主義」の萌芽に対して、逆にこれを排除
  する方策をとった」(p.137)
「ある石油関連の国営会社では、他の組織同様、職員による自発的な選挙で新た
  な役員が選出されたが、そこで選ばれた者は確かに人望の厚い人物であった。
  だが、彼が仕事の面で優秀かどうかはまた別の問題である」(p.140)
「バグダードでの世論調査では、67.2%が「悪いバアス党員のみ」を追放すべき
  だ」とし、「すべてのバアス党員の追放」を主張する27.4%」(p.141)
「200万人にものぼるバアス党員」(p.142)
「追放された40万人の職員が一挙に生活難に陥る」(p.142)
「数十万人の軍人が職を解かれるのは深刻な社会的問題を生む」(p.143)
「結局、武装し困窮した「不平士族」が市中に徘徊することになった」
「旧軍人20〜25万人に恩給を支払うと発表」(p.143)
「フセイン時代の諜報要員が再雇用された。だがイラク国民がフセイン政権下で
最も恐れていたのは、こうした治安・諜報関係者の監視統制である」(p.146)
「統治評議会には、「閣僚の任免権、憲法制定準備委員会の設置、予算の執行」
といった権限が(最終的にはブレマーに拒否権があるとはいえ)与えられた」
(p.154)
シーア派法学権威は「憲法の制定が外国の占領者に任命された人々によって進め
られてはいけない」統治評議会は「宗派分断的でイラクを分割しようとの(米英
の)企み」(p.159)
イラク共産党機関紙は「アラブ諸国の左翼活動家達のフセイン「英雄」視」を
批判(p.160)
「親アラブとされるアル=ジャズィーラ放送の記者が、イラク国内で住民から
  露骨な嫌がらせを受けることも発生している」(p.161)
「多くのイラクは出稼ぎ、難民となってヨルダンに流入、そこで受けた冷遇の
  記憶が反ヨルダン感情となってくすぶっている」(p.161)
アラブ連盟は統治評議会に対してなかなか「認知」しなかった。(p.162)


  <第四章>宗教勢力の台頭
「崩壊した「国家」の代役を果たしたのは、もっぱら宗教的ネットワークや部族
  的紐帯などに支えられた地域共同体であった。」
「国家に徹底的に侵食されたと思われていた「社会」が、存外に自主性を維持し
  ていたのはなぜなのだろうか。アメリカは「イラクの民主化」という高邁な
  理想を掲げたが、その「民」が帰属する「イラク社会」をどこまで理解して
  いたのだろう。そもそもポスト・フセイン体制下の新しい政権がよって立つ
  べき「社会」とは、一体何なのか」(p.170)
「実際に政権が倒れてみれば、「社会」は不在ではなかった。そこではっきりと
  表出した「社会」とは、アメリカが最も見たくなかったはずの「イスラーム」
  であった」(p.170)
「シーア派の宗教的行事:聖地カルバラへの行進に、100万人もの信者が参加」
「シーア派の宗教行事は、常に地域共同体と一体となって運営されていた」
「バグダードのサウラ地区ではサドル派が制し、民兵6千人が配備され、地域の
  秩序回復が急速に進められた」(p.176)
「バグダードの33の公共病院の三分の一から半分が、イスラーム主義勢力の管理
  下に置かれた」(p.176)
・ハウザ:宗教的知識人サークル・学界
・ウラマー:イスラーム知識人
・ムジュタヒド:イスラーム学者
・ファトワー:イスラームの法学判断
「特に地方社会においてはアメリカの主導で地方議会が設置される以前に、宗教
  勢力が行政サービスのみならず、政治的指導性を確立しつつあった。アメリカ
  は、このようにすでに自律的な行政、政治システムを担いつつあったイスラー
  ム勢力を、あえていったん排除して新たに別の「親米」知事や評議会を植え付
  けていった」(p.182)
「すべての権力をハウザに」というスローガン
「シーアもスンナ派もない、統一イラク」というスローガン
「イラク建国前夜の1920年。シーア派とスンナ派が合同で宗教行事を執り行い、
  この行き来のなかで、宗派を超えた反英運動を拡大していき、最終的に全国的
  な反植民地抵抗運動に発展していった。こうした建国時の「祖国愛」を人々の
  心に喚起しようという意図が見え隠れしている」(p.185)
「サドル派の既存の宗教的権威に対する挑戦はとどまるところを知らない」<
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