イラク戦争

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「フセイン政権の支配構造」酒井啓子①

投稿者: imonoyamashotengai 投稿日時: 2004/05/04 06:44 投稿番号: [102 / 5091]
  「フセイン・イラク政権の支配構造」(酒井啓子:岩波書店)

  <はしがき>
「亡命した後でも、フセイン体制を弁護するような発言をする人々がいるが、
  彼らはフセインを弁護しているのではなく、自分たちがフセイン体制のもとで
  暮らした時間を弁護しているのだ」
「フセインを非難すればいいというものではない。反省すべきはフセインを生ん
  でしまったイラク社会の問題である。イラク人は皆、心のどこかに小さなフセ
  インを持っている。そうしたものを内在する社会構造自体から治していかなけ
  らばならない」(p.xii)


  <第一章>一党独裁から大統領個人崇拝へ
・68年バアス党革命:最初のコミュニケ「部族的性格の打破」
・72年石油産業国有化以降、欧米との関係悪化
・73年イラク共産党との共闘:
   欧米との関係悪化を打開する為に対ソ友好条約の締結の為に共産党を利用
   ソ連型重工業重視の計画経済の開始
・70年「3月宣言」:クルドの自治を認める交渉を開始、しかし交渉決裂
・75年イランとアルジェ協定:クルドを軍事力で鎮圧

「バアス党組織の特徴は、それが国民生活の末端にまで行き渡る党ヒエラルキー
  構造を確立し、大衆のコントロールに成功していること」(p.22)
68年バアス党革命は軍主導で行われたが、その後軍人排除政策が取られ、文民
主導となる。
「閣僚と党幹部、国家最高機関が重複する体制が成立」(p.28)
・79年フセイン大統領主任
  当初は、<対シリア合邦>か<対イラン革命対策>かの路線対立、後者の勝利
・79年イラク共産党非合法化
  石油収入の増大によりソ連に依存する必要性の激減による
・87年統制経済を廃し、経済自由化政策
  国家主導の計画経済政策を廃すということは、社会主義的国家機構、党ヒエラ
ルキーに依存しない、新たな機構を模索するということであり、その新たなもの
が、国会であった、その過程で同時にフセインの親族の政権登用を巧妙に実現。
党ヒエラルキーを経ない、フセイン個人との直接のバイパス作りでもあった。

・バアス党は63年まではシーア派党員も人口比存在したが、それ以降激減。
・バアス党初代大統領バクルとフセインともティクリート出身のアルブ・
  ナースィルという同族の親族関係、
「68年のバアス党革命は、ユーフラテス河上流閥の協力なしには成就でき
  なかった」(p.47)
「広域閥内でのライバル関係を利用して閥間バランスを維持」(p.51)
「バアス党政権はスンナ派三角地帯における「地縁閥連合体」」
・バアス党内での昇進のメルクマールはシーア派やクルド地域での統治能力
・バアス党の地方政策は地方社会の意向ではなく、中央からの統治・紛争処理に
  力点を置いている。


  <第二章>大統領親族の盛衰
「軍事産業委員会自体が、大統領親族が自分の権力基盤として短期間で築き上げ
  たというにはあまりに深く根を張った、構造的な存在」(p.96)
・91年湾岸戦争後の91年蜂起後、県知事には軍将校が任命、しかし、地域社
  会の細かい行政での統治には、部族勢力に依存せざるを得なかった。
  党・国家機関による支配網を再建する余裕がなかったため。
  96年以降、経済制裁の下での配給制を復活し、党・国家機構の再建
  これは<地方部族>と<党・国家機構>との力のバランス
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