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女子ホッケー初戦飾れず=中国に0対3

投稿者: yangling00 投稿日時: 2004/08/14 18:47 投稿番号: [8000 / 66577]
女子ホッケー初戦飾れず=中国に0対3

女子ホッケー初戦飾れず=中国に0対3

投稿者: yangling00 投稿日時: 2004/08/14 18:46 投稿番号: [7999 / 66577]
yahooニュース

アテネ一番目の金メタルは中国

投稿者: yangling00 投稿日時: 2004/08/14 18:41 投稿番号: [7998 / 66577]
速報によるアテネオリンピックの一番目の金メタルは中国

>あいかわらず>貝になりなさい

投稿者: wmbyq010 投稿日時: 2004/08/14 18:32 投稿番号: [7997 / 66577]
houjyuukaiチャンょ、貝になりなさい。

敗戦の反省と責任をとりたくないのなら。

ズバリ、
負けることが罪悪なのだ。

負けるとわかっている戦いを挑んだ日本軍部が罪悪なのだ。

ニホン人は犠牲者なのだと言う事を、中国はずっと言いつづけているではないか!

もう一度、言おう、
負けるとわかっている戦いを挑んだ日本軍部が罪悪なのだ。

つまり、クロネコしろ猫論だ。中国が30万ということで、好とするなら「はい!そうです」といわなければ、連合国が怒るんだよ。
日本の責任とはそういうことだ。

繰り返そう、

負けるとわかっている戦いを挑んだ日本軍部が罪悪なのだ。
ニホン人は犠牲者なのだと言う事を、中国はずっと言いつづけているではないか!

ホント!
アタシの言いたいことが全然、わかっとらんな!ぼけ!

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

私は貝になりたい
http://www.oct.zaq.ne.jp/poppo456/index.files/b_kaini.htm


   加藤哲太郎、春秋社、1994。旧版「あれから七年」光文社。


  中国の蒋介石、戦犯の釈放命令。米軍司令部、これを握り潰す。
  戦犯、巣鴨、モンテンルパ、マヌス島に収容される。
  戦犯の労働、今日は食事当番、明日は道路掃除。だが、多くはヤップリ、ヤップリ(=無駄話)で時間を潰した。



のサイトでも開いて反省しなさい。

民主主義とはそこから始まった事を死に物狂いで、学習して、理解しなさい。

そうすると、アタシの本当の言いたい事と真実と中国人の優しさがわかる。

あいかわらず

投稿者: houjyuukai 投稿日時: 2004/08/14 17:24 投稿番号: [7996 / 66577]
相変わらず30万人説なのですね・・

安全区委員会は陥落当時20万人しか
いないと言っているのに
(兵士5万を合わせても25万人)
どうして30万人殺すことができるのやら

さらに1938年5月には南京の人口は
28万人となっております。
仮に30万人虐殺された都市にこの
短期間にもう一度上記の人口が集まる
ことは無いでしょう。
殺されにいくようなものでしょうから

さらに虐殺証言を集めてみても
甚だ少なき、否認するものばかり
唯一の目撃証言も証拠能力に乏しい

最初に30万ありきの議論はしたところで
仕方ないでしょう・・。

>倒れない、侵略勢力に対して勇敢不屈   の中国人民の怖れることのない大精神

こんなの載ってるのを堂々と貼り付ける
あたりすごいですな・・

指揮官は逃亡
兵士はゲリラ活動による国際法違反
で日本側にあっけなくやられて陥落
どこが不屈の大精神なのやら・・

貼り付けて自分の意見書かないだけなら
誰でもできますよ

南京軍事法廷記録の原本の所在

投稿者: dod2un 投稿日時: 2004/08/14 17:15 投稿番号: [7995 / 66577]
どなたか、南京軍事法廷記録の原本、及び、その原本が改ざんなどを受けずに、当時のままで、保存されていることを確認できる資料の所在場所を、ご存知の方はおられませんでしょうか。

また、裁判を指揮した方々や判事の方々、訴追を担当した方々、弁護を担当した方々等の、経歴、選任の理由、正当性、その後の所在、等、裁判構成の基本に関する、信憑性のある原資料の所在場所をご存知のかたは、是非ご一報下さい。

中華民国の方、中華人民共和国の方、あるいは米国の方でも結構ですので、ご存知であれば、ご一報下さい。英文可です。

>Re: ?・・疑問、精神科へ直行下さい。

投稿者: oj_simpsan 投稿日時: 2004/08/14 16:50 投稿番号: [7994 / 66577]
何で過剰反応しているの。

帰還者云々について

投稿者: aqualine2000jp 投稿日時: 2004/08/14 16:36 投稿番号: [7993 / 66577]
前にワタクシが発言した
「シベリア帰りが中国からの帰還者にいる」
「温情による懐柔」
「反復云々」という
「事実」は、


「帰還者団体が洗脳であるということを否定するHP」からの内容です。
http://www.spiriton.net/bujun2.html
>中国東北部や朝鮮半島にいた日本兵はソ連軍の捕虜となり5年間シベリヤ各地の収容所で過酷な強制労働をさせられた。その後、ソ連から中国へ引き渡された1000名の元日本兵は撫順戦犯管理所に収容された。<
>暫くして職員は日本人に「認罪」するように求めた。日本人はうろたえた。自分が犯した罪を認めよと云われても、自分は上官の命令に従っただけで、上官の命令は「天皇」の命令であると教えられていた。「俺は悪くない」という気持ちが強かったから、「認罪」のレポートを書けと云われても、通り一遍のものしか書けなかった。
「まだまだ足りない、もっと考えなさい」と返された。考える時間は十分すぎる程あった。考えに考えを重ねていくうちに、自分のやった行為は「天皇」の命令だったのだから
「俺はやっぱり悪いことはしてない」   という気持ちと
「人間として悪いことをした」   という気持ちの間で心が揺れた。<



ついでに言うと、ワタクシの発言中で「シベリア帰り」と併記して「戦闘と言う」極限状態、と示してあるので、シベリア帰りだけを否定しても意味ないのよwmq君。

まして、捉えられたのは敵地、祖国は敗戦。
「八つ裂きにされても仕方ない」と、恐れおののいていたことでしょうね。

まさに、洗脳における第一段階の極限状態。


終戦後だから悲劇の被害者で帰国できたけど、立場としては「スパイ容疑」をかけられてしかるべき「敵の手に落ちた」方々。


ワタクシ提示の前提条件と、「帰還者擁護」HPにあった「事実」→「オウムのような虐待が無い、温情的な待遇」「反復された罪への反省強要」により、上記HP著者は「宗教的体験」などといっているが、「事実上」洗脳になっていることはかなりの確率で「ありうる」。




帰還者の名誉のために(実際悲惨な体験の被害者)極めて抽象的に間接的に表現しているが、このように「疑い」をもたれても止むを得ない立場である、その可能性は消えない、ということは最低でもご理解いただけると思う。



だからこそ、史実の冷静な検証が必要だと言っている。

南京における捏造と同様の捏造が、帰還者の著作にも疑いがあることは提示した。

なんでそんな「あやしい」主張をしてまで「日本が悪い:」と言う必要があるのか??




繰り返すが「戦争は取りうる最悪の外交手段」と思う。

政策は国民を守るべきことであり、一部でも犠牲を前提にその他を守る「戦争」など、踏み込むべきではないことなど「当然」であろう。


そのうえで、以前の発言でタイトルにしたが「あえて」彼らへの疑いを批判覚悟で提示した。




彼らが「戦時日本を声高に非難する」かぎり、戦争は「終わっていない」と思うので。(←これも気にするヒトがいる表現かも・・・)

一味の頭領です(笑)

投稿者: aqualine2000jp 投稿日時: 2004/08/14 16:08 投稿番号: [7992 / 66577]
wangさん。



「先祖の名誉が傷つけられる」ことが、如何に腹立たしいか理解しましたか?

それが根拠無く言われることが、どんなに悔しいことか、理解しましたか?



あなたは、今回の発端の発言(者)に対し、聞いてみたのですか?
「中国の敗走兵が虐殺をしでかすような根拠があるのか?」と。

そうはせず、いきなり虐殺肯定派と同趣旨の発言をし、不適格な「遺跡捏造」を引き合いに出した。




冷静さを欠くので大変驚いたが、ワタクシや「一部の」日本人が強い憤りと執着で「先祖の名誉」にこだわるのと同様に、同胞の敗走兵が虐殺したなどとは「仮に」でも認めたくないことであろう。

なら、その可能性を逆に問えばよいではないか?

「根拠は?」と。


もし、当人から、「推測です」「根拠が出せません」と回答が来ればよし。
「虐殺の容疑者」という不名誉をかぶらずよかったですね、と。



だからワタクシたち「一味」も、「虐殺があった」証拠の写真や資料について、おかしいですね、という資料や検証を提示し、「戦闘行為を逸脱した虐殺」の容疑を晴らし、名誉の回復に努めているんです。



遺跡捏造と南京の結びつけは、学問を志すものとしては決定的に理論を欠いた情緒的な判断です。大変残念です。



そうそう、最近ご覧のミナサマ。ワタクシども一味(笑)のことの起こりは7000番台などという最近のことではなく、少なくとも2000番台の終わりぐらいから読み返して検証ください。

最近複数の方の持たれた感想、「日本側は云々、中国側は云々」が、より確かな確証となること請け合いです。



だれかがろくにマトモな検証もせず否定していたワタクシ提示のHPですが、とりあえず気になる方は、wmq云々氏提示のHPと写真引用などの点で比較してお読みください。

少なくともそこだけは(^^;)きちんとしていますので。







「読むヒトが読めばわかる」


本当に気になって過去ログや引用HPの趣旨・内容を検証すれば、理解できる、ということです。



最近実感したことだが、ある方面の方が感情的になったりミョーに必死になる(ごまかす?おどける?)ことって、その方面の主張に「致命的」なことのようですね。(笑)

Re: ?・・疑問、精神科へ直行下さい。

投稿者: dod2un 投稿日時: 2004/08/14 15:56 投稿番号: [7991 / 66577]
oj_simpsanさん、直ちに精神科へ行かれる事を強く、お薦め致します。

qa19582000さんなど(失礼)、当方は全く、知りません。BOARDの管理者の方にIP Addressでも聞いてみたらどうですか?

ひょうとして、私、精神に異常のある方と、お話していたのかしら?

そうだとしたら、病状を悪化させたのではないかと、反省致します。

答えになっていませんね

投稿者: dod2un 投稿日時: 2004/08/14 15:46 投稿番号: [7990 / 66577]
全く、答えになっていませんね。
日本語を普通にご理解いただける方なら、質問の意味十分ご理解いただけるはずです。

あなたの論理では、答えられなくなると、訳の分からない返事しか出来ないみたいですね。
あなたの「脳内論理」は、内弁慶の、駄々っ子程度のものなのですね。?

全く、真実を究明しようという姿勢がない、幼稚なひとだったんですね。

時間を差し上げますから、良く考えて、返事を下さい、
逃げないで!


==================
oj_simpsanさん、あなたの論理も間違ってい
2004/ 8/14 15:31
メッセージ: 7988 / 7988

投稿者: dod2un
oj_simpsanさん、逃げないで。
2004/ 8/14 15:10
メッセージ: 7984 / 7985

投稿者: dod2un
あなたの論理も間違っていますよ。

ことの本質は以下でしょう。

「Re: qaさん、前提が間違い。やり直し。0点。南京軍事法」と、おっしゃる、軍事法廷は誰が指揮し、誰が検事で、誰が弁護人だったのですか?
その後、彼らはどうなったのでしょうか。

その法廷で列挙された内容をどのように、事実として認定したのですか。その証拠等は現存するのですか?
まさか、あなたの得意の「証拠隠滅、焼却処分」ではないでしょうね!

逃げないで!

参考:
Re: 「疑似裁判ごっこ」   ではなく本質
2004/ 8/14 12:34
メッセージ: 7980 / 7983

投稿者: dod2un
裁判批判は本質です。

南京事件は「南京裁判」を通して広く知られるようになったものです。したがって、その裁判のAccountabilityを、後世の我々が検証することは、歴史認識上、必須です。

「心ない」とか「心ある」といった感性の問題にすりかえることなく、検証を通し事実を浮き彫りにすることは、倫理を構成する上で必須です。

”疑似裁判だったら、即「証拠隠滅罪」に問われるところです。”という主張なら、これも、事実に即して、訴追すれば言いだけです。誰が、いつ、どのように焼却したのですか?

”ループで逃げてもダメ。”とおっしゃる方が、よもや、”逃げたり”しないでしょうね!

さて、
南京裁判のAccountabilityを問題にしているのが、この本論です。
裁判の構成(裁判官、検察官、弁護人)、訴追の正当性、証拠の信憑性、どれをとっても、私たち後世の世代が、納得できるものとは、思えないから問題になっているのでしょ。

1947年の中国政府とは誰のことですか?
1951年の中国政府とは誰のことですか?
南京裁判は誰が主導したのですか?

たとえば、裁判官はどのような人達で、その人達は、その後、どうなったのですか?
30万人という数字は、並みの数字ではありません。その根拠は、後世の我々が合理的に判断して納得できるものなのですか?
こうした、我々一般人の素朴な疑問に対し、当該裁判がAccountableであったのかを検証するのが、本題でしょう。

付け加えるなら、「擬似裁判」をする訳ではなく、様々な角度からの検証を通して、後世の批判に耐えうる、Accountableな歴史記述を求めていることくらいは、理解しないといけませんよ。
わざわざ、Accountableという言葉を使用する理由は、資料の信憑性、論証の信憑性が、国際基準で納得の出来るものであることを求めているためです。


これは oj_simpsan さんの 7958 に対する返信です

=================

これは oj_simpsan さんの 7982 に対する返信です
****************



これは oj_simpsan さんの 7985 に対する返信です

?・・疑問

投稿者: oj_simpsan 投稿日時: 2004/08/14 15:39 投稿番号: [7989 / 66577]
なんでqa19582000さんとdod2unさんは二重投稿するのだ?

oj_simpsanさん、あなたの論理も間違ってい

投稿者: dod2un 投稿日時: 2004/08/14 15:31 投稿番号: [7988 / 66577]
oj_simpsanさん、逃げないで。
2004/ 8/14 15:10
メッセージ: 7984 / 7985

投稿者: dod2un
あなたの論理も間違っていますよ。

ことの本質は以下でしょう。

「Re: qaさん、前提が間違い。やり直し。0点。南京軍事法」と、おっしゃる、軍事法廷は誰が指揮し、誰が検事で、誰が弁護人だったのですか?
その後、彼らはどうなったのでしょうか。

その法廷で列挙された内容をどのように、事実として認定したのですか。その証拠等は現存するのですか?
まさか、あなたの得意の「証拠隠滅、焼却処分」ではないでしょうね!

逃げないで!

参考:
Re: 「疑似裁判ごっこ」   ではなく本質
2004/ 8/14 12:34
メッセージ: 7980 / 7983

投稿者: dod2un
裁判批判は本質です。

南京事件は「南京裁判」を通して広く知られるようになったものです。したがって、その裁判のAccountabilityを、後世の我々が検証することは、歴史認識上、必須です。

「心ない」とか「心ある」といった感性の問題にすりかえることなく、検証を通し事実を浮き彫りにすることは、倫理を構成する上で必須です。

”疑似裁判だったら、即「証拠隠滅罪」に問われるところです。”という主張なら、これも、事実に即して、訴追すれば言いだけです。誰が、いつ、どのように焼却したのですか?

”ループで逃げてもダメ。”とおっしゃる方が、よもや、”逃げたり”しないでしょうね!

さて、
南京裁判のAccountabilityを問題にしているのが、この本論です。
裁判の構成(裁判官、検察官、弁護人)、訴追の正当性、証拠の信憑性、どれをとっても、私たち後世の世代が、納得できるものとは、思えないから問題になっているのでしょ。

1947年の中国政府とは誰のことですか?
1951年の中国政府とは誰のことですか?
南京裁判は誰が主導したのですか?

たとえば、裁判官はどのような人達で、その人達は、その後、どうなったのですか?
30万人という数字は、並みの数字ではありません。その根拠は、後世の我々が合理的に判断して納得できるものなのですか?
こうした、我々一般人の素朴な疑問に対し、当該裁判がAccountableであったのかを検証するのが、本題でしょう。

付け加えるなら、「擬似裁判」をする訳ではなく、様々な角度からの検証を通して、後世の批判に耐えうる、Accountableな歴史記述を求めていることくらいは、理解しないといけませんよ。
わざわざ、Accountableという言葉を使用する理由は、資料の信憑性、論証の信憑性が、国際基準で納得の出来るものであることを求めているためです。


これは oj_simpsan さんの 7958 に対する返信です

=================

これは oj_simpsan さんの 7982 に対する返信です
****************

レスはこれ1回きりだ。

投稿者: oj_simpsan 投稿日時: 2004/08/14 15:30 投稿番号: [7987 / 66577]
誤解があると思うけど、私個人は南京軍事法廷が「正しい」とも「間違い」とものべていないんだ。

ただ、南京軍事法廷が「正しくない」と言う人は、最低限同判決の内容をふまえて、それに反論する必要がある。
同判決が「主に城外で起こった」事件と述べているのに、勝手に「城内で起こった事件と認識しているのは、要は肯定派の主張も否定派の主張も理解していない、論争の前提自体を理解していないに等しいということだ。



>oj_simpsanさん、逃げないで。
>あなたの論理も間違っていますよ。

君の投稿を読んでみたが、どこが「逃げ」か、どこが「論理の間違い」なのか、まったく読みとれなかった。内容の伴わない「煽り」でそんなことを書く人間には今後レスしない。

>勝手に断定しちゃだ<被害国の言い分だ。

投稿者: wmbyq010 投稿日時: 2004/08/14 15:29 投稿番号: [7986 / 66577]
侵華日軍南京大虐殺遇難同胞記念館

解   説   の   語


http://members.at.infoseek.co.jp/sumicom/nanjin/nanjing01.html

まず、耳を傾ける事だ。

揚げ足取りにむきになったのは、qaさんだ。

投稿者: oj_simpsan 投稿日時: 2004/08/14 15:13 投稿番号: [7985 / 66577]
>それでは、私はこれで失礼します。つまらない揚げ足とりの議論(議論のための議論)にまきこまれないように、ぜひご注意ください。無駄な時間を使うことになりかねません。

何言ってるの。

岡村証言に「揚げ足取り」をして、「大したことない」と扱おうとしたのは誰ですか?

qa19582000さんですね。

岡村証言がこの板で出てきたとたん、「大したことない」と退けようとやっきになって。(取り上げたのはbeatnixさんですけど)

「珍説」?   何年も前から藤原彰氏ほか何人もとりあげている証言じゃないですか。

ただ、qaさんの揚げ足取りは、完全に失敗でしたね(苦笑)

oj_simpsanさん、逃げないで。

投稿者: dod2un 投稿日時: 2004/08/14 15:10 投稿番号: [7984 / 66577]
あなたの論理も間違っていますよ。

ことの本質は以下でしょう。

「Re: qaさん、前提が間違い。やり直し。0点。南京軍事法」と、おっしゃる、軍事法廷は誰が指揮し、誰が検事で、誰が弁護人だったのですか?
その後、彼らはどうなったのでしょうか。

その法廷で列挙された内容をどのように、事実として認定したのですか。その証拠等は現存するのですか?
まさか、あなたの得意の「証拠隠滅、焼却処分」ではないでしょうね!

逃げないで!

参考:
Re: 「疑似裁判ごっこ」   ではなく本質
2004/ 8/14 12:34
メッセージ: 7980 / 7983

アバターとは?
投稿者: dod2un
裁判批判は本質です。

南京事件は「南京裁判」を通して広く知られるようになったものです。したがって、その裁判のAccountabilityを、後世の我々が検証することは、歴史認識上、必須です。

「心ない」とか「心ある」といった感性の問題にすりかえることなく、検証を通し事実を浮き彫りにすることは、倫理を構成する上で必須です。

”疑似裁判だったら、即「証拠隠滅罪」に問われるところです。”という主張なら、これも、事実に即して、訴追すれば言いだけです。誰が、いつ、どのように焼却したのですか?

”ループで逃げてもダメ。”とおっしゃる方が、よもや、”逃げたり”しないでしょうね!

さて、
南京裁判のAccountabilityを問題にしているのが、この本論です。
裁判の構成(裁判官、検察官、弁護人)、訴追の正当性、証拠の信憑性、どれをとっても、私たち後世の世代が、納得できるものとは、思えないから問題になっているのでしょ。

1947年の中国政府とは誰のことですか?
1951年の中国政府とは誰のことですか?
南京裁判は誰が主導したのですか?

たとえば、裁判官はどのような人達で、その人達は、その後、どうなったのですか?
30万人という数字は、並みの数字ではありません。その根拠は、後世の我々が合理的に判断して納得できるものなのですか?
こうした、我々一般人の素朴な疑問に対し、当該裁判がAccountableであったのかを検証するのが、本題でしょう。

付け加えるなら、「議事裁判」をする訳ではなく、様々な角度からの検証を通して、後世の批判に耐えうる、Accountableな歴史記述を求めていることくらいは、理解しないといけませんよ。
わざわざ、Accountableという言葉を使用する理由は、資料の信憑性、論証の信憑性が、国際基準で納得の出来るものであることを求めているためです。


これは oj_simpsan さんの 7958 に対する返信です

qa19582000さんへ(思い出したこと)

投稿者: aki_fumika 投稿日時: 2004/08/14 14:24 投稿番号: [7983 / 66577]
qa19582000さんへ、
昨晩、後で思い出したのですが、これは、お話ししておいていいだろうと思い。。。

前に上海の白人社会について軽く触れましたが、その組織的な反日的白人社会(組織)に中国系がぶらさがる形で当初あったのですが、その後、一部アメリカ系と中国系により、アメリカ本土に反する形で、反日が「大陸化」して、アメリカ本土のコントロールを離れる時期があるんです。

また、こうした白人組織(社会、会社、グループなど)は、上海、南京、広州、広東、香港、などに広がっております。

当初、アメリカなどの欧米、特に、アメリカは、大陸支配の形を、こうしたネットを形成することにより、情報と商工業の面から圧力をかけることで(勿論日本にも)、実現させようと考えたのではないか?と思われます。これは、アメリカ大統領の個人的に関係する民間組織がその任に当たっていたので、まあ、考えられること、ではあります。

ですから、上海という限定的地域でのお話ではなく、白人の暗躍は大陸各地で行われていたということを、どこか頭の片隅に入れて置いてください。

また、上海は、蒋介石の例の青幇時代と呼ばれる時期に重なる場所であり、宋美齢、など、まあ、さまざまなモノ、カネ、ヒトが、凝縮された場所でもあったわけです。。。

ま、肯定派の口車に乗って、揚げ足取りをされ、不愉快になってもつまらないですし、時を改めて、また、お会いできる日に、のんびりと。。。ね。

qaさん、前提が間違い。やり直し。

投稿者: oj_simpsan 投稿日時: 2004/08/14 14:19 投稿番号: [7982 / 66577]
qaさん。
最初から大間違いです。

>南京虐殺は、その広い(山や河や市街地や飛行場まである)城内(一般的な呼び方の市内)の中で、何周間にもわたり何十万もの虐殺がされたという「話」だったからです。まずそこの話なんです。

0点。
南京軍事法廷判決における事件の範囲は、「城内の中」とはなっていません。北は燕子磯まで、南は上新河まで。

魚雷営集団虐殺地、漢中門外集団虐地、中山埠頭集団虐殺地、大方巷広場集団虐殺地 、草蛙峡集団虐殺地、下関付近集団虐殺地、瀧江口集団虐殺地、燕子磯集団虐殺地 、魚雷営・宝塔橋一帯集団虐殺地、上新河集団虐殺地、中華門外花神廟集団虐殺地 、煤炭港集団虐殺地、南京東郊外集団虐殺地…

全部、城外です。だから、

>南京虐殺は、その広い(山や河や市街地や飛行場まである)城内(一般的な呼び方の市内)の中で、何周間にもわたり何十万もの虐殺がされたという「話」

というqa発言は、【デタラメ】。









城外無人説を議論する前の疑問ですが、
【qaさんは実は基礎的事実がデタラメ】?

qa説、ついに破綻する

投稿者: oj_simpsan 投稿日時: 2004/08/14 14:16 投稿番号: [7981 / 66577]
>岡村は南京で目撃したり現地で調査したわけではなく、南京から遠いところでただ聞いただけであって元のニュースヘースは、国際委員会の報告が回っていたんですよ。とちらっと教えてあげのです。

おお。完全に決着が着きましたね。
国際委の報告には

>一、第一線部隊は給養困難を名として俘虜を殺してしまう弊がある

という記述はないのだから、

>元のニュースヘースは、国際委員会の報告が回っていたんですよ。

という【qaさんの主張「国際委報告だけ説】は【完全に破綻しました】。

ですから、qaさんの

>岡村寧次さんは、遠いところで噂話を聞いただけなんです。その噂話のもとは、例の国際委員会の日本大使館に対する抗議(報告)なんですよ」

という発言には、明らかに【素人をだます大ウソ】を含んでいます。
みなさん、気を付けましょう。



中支派遣軍特務部長原田少将、抗州特務機関長萩原中佐等らは独自の調査・聴取をしていたからこそ、
「一、南京攻略時、数万の市民に対する掠奪強姦等の大暴行があったことは事実である。
一、第一線部隊は給養困難を名として俘虜を殺してしまう弊がある 」
という報告ができたことはほぼ疑いようはありません。

Re: 「疑似裁判ごっこ」 ではなく本質

投稿者: dod2un 投稿日時: 2004/08/14 12:34 投稿番号: [7980 / 66577]
裁判批判は本質です。

南京事件は「南京裁判」を通して広く知られるようになったものです。したがって、その裁判のAccountabilityを、後世の我々が検証することは、歴史認識上、必須です。

「心ない」とか「心ある」といった感性の問題にすりかえることなく、検証を通し事実を浮き彫りにすることは、倫理を構成する上で必須です。

”疑似裁判だったら、即「証拠隠滅罪」に問われるところです。”という主張なら、これも、事実に即して、訴追すれば言いだけです。誰が、いつ、どのように焼却したのですか?

”ループで逃げてもダメ。”とおっしゃる方が、よもや、”逃げたり”しないでしょうね!

さて、
南京裁判のAccountabilityを問題にしているのが、この本論です。
裁判の構成(裁判官、検察官、弁護人)、訴追の正当性、証拠の信憑性、どれをとっても、私たち後世の世代が、納得できるものとは、思えないから問題になっているのでしょ。

1947年の中国政府とは誰のことですか?
1951年の中国政府とは誰のことですか?
南京裁判は誰が主導したのですか?

たとえば、裁判官はどのような人達で、その人達は、その後、どうなったのですか?
30万人という数字は、並みの数字ではありません。その根拠は、後世の我々が合理的に判断して納得できるものなのですか?
こうした、我々一般人の素朴な疑問に対し、当該裁判がAccountableであったのかを検証するのが、本題でしょう。

付け加えるなら、「議事裁判」をする訳ではなく、様々な角度からの検証を通して、後世の批判に耐えうる、Accountableな歴史記述を求めていることくらいは、理解しないといけませんよ。
わざわざ、Accountableという言葉を使用する理由は、資料の信憑性、論証の信憑性が、国際基準で納得の出来るものであることを求めているためです。

Re: >>だから、勝手に断定しちゃだ

投稿者: dod2un 投稿日時: 2004/08/14 11:34 投稿番号: [7979 / 66577]
wmbyq010さんは、訳の分からないことを平気で、言う人ですね。

1.サンフランシスコ講和会議には中華民国、中華人民共和国、ソヴィエト・ロシア、などは出席していなかった筈です。
したがって、当然、サンフランシスコ条約にも調印していません。
このため、日中共同宣言、日中平和友好条約などが必要となったわけです。

1947年の中国政府とは誰のことですか?
1951年の中国政府とは誰のことですか?
南京裁判は誰が主導したのですか?

2.南京裁判のAccountabilityを問題にしているのが、この本論です。論理が全く逆ですね。
裁判の構成(裁判官、検察官、弁護人)、訴追の正当性、証拠の信憑性、どれをとっても、私たち後世の世代が、納得できるものとは、思えないから問題になっているのでしょ。

たとえは、裁判官はどのような人達で、その人達は、その後、どうなったのですか?
30万人という数字は、並みの数字ではありません。その根拠は、後世の我々が合理的に判断して納得できるものなのですか?
こうした、我々一般人の素朴な疑問に対し、当該裁判がAccountableであったのかを検証するのが、本題でしょう。


付け加えるなら、勝ち負けの論争をしている訳ではなく、様々な角度からの検証を通して、後世の批判に耐えうる、Accountableな歴史記述を求めていることくらいは、理解しないといけませんよ。
わざわざ、Accountableという言葉を使用する理由は、資料の信憑性、論証の信憑性が、国際基準で納得の出来るものであることを求めているためです。

もう少し、物事をよく考えてから、発言しなさいよ。

反論無用。

>考えてみると

投稿者: qa19582000 投稿日時: 2004/08/14 10:48 投稿番号: [7978 / 66577]
その通りです。従軍慰安婦の強制連行説でもそうですけど、そうではなかったとか、という命題の(積極的な)完全な証明は不可能なんです。

つまり、従軍慰安婦が強制連行制度であったとかというなら、簡単に証明できるその証明が全くできない、ということだけなんです。それなら強制連行制度は架空の話じゃないですかということなんです。

そのため、日本軍が資料をすべて焼却したから証明できなんて、言い方をする人もいます。でも、でも戦時中の徴兵制度とか企業合同とかと同じで、何十万人以上、間接的には何百万人がかかわった制度や事件というのは、文章を隠したら隠せるものではないのですよ。

それでは、さようなら。また、ネットでお会いすることを楽しみにしています。

0%の可能性

投稿者: qa19582000 投稿日時: 2004/08/14 10:34 投稿番号: [7977 / 66577]
『確実に0とは言い切れませんが
(当時自分生まれてませんし)
中国は日本が南京に来る前に
「清野作戦」を実行しています。
資料によると下関地区の
城壁から200〜300の民家、商店などは
全て焼き尽くされております。
てかこのときの被害が
日本軍の空爆の被害よりかなり大きい。

焼き払われてただの野原にされていた
ところに人が住んでいる可能性は極めて
低いと思われます。 』

トータルとして見れば、下関のようないくつかの例外を除いて、houjyuukaiさんのおっしゃる通りなんです。食料供給の問題がありますしね。ただ0という証明は、論理的にも実際上も不可能です。いわゆる無人地帯にも何人かはいたでしょうしね。

ただ、郊外の範囲をどこまで入れるか、スマイス調査の郊外地区のような純粋な農村地帯の数多くの村々まで入れるのかとか。
中国側の文献では難民といってますが、実は難民でなく敗残兵の集合地点までいれるとか、そういうやり方によってこの議論はかなり違ってはきます。しかし、常識的な範囲・議論では hyuukaiさんのおっしゃる通りです。

それでは、私はこれで失礼します。つまらない揚げ足とりの議論(議論のための議論)にまきこまれないように、ぜひご注意ください。無駄な時間を使うことになりかねません。

考えてみると

投稿者: houjyuukai 投稿日時: 2004/08/14 10:29 投稿番号: [7976 / 66577]
てか本来虐殺は無かった事を立証より
虐殺があったことを立証する資料や
証拠を提出するのが常識なような・・

犯罪だって無かったことの立証の前に
あったってことを立証しないと裁判
始まらないんだし・・
あった立証が曖昧なのに
無かったって主張してる人に証拠
見せろ・・て何か変な気がする。

20万人、30万人虐殺だって
裁判始まる前にまず上だけ殺されてる
という前提から始まってるし、

無かった派は理論だてて立証してるけど
あったって言ってる人はそれに
揚げ足とって反論したり
曖昧な証拠提出ばかりだし
(埋め立てた数、人口が不鮮明)

結果的に資料がないんだから
事件は無かったという結論になると
思うのですけどね・・

(犯罪だって証拠無いのに有罪には
  ならないだろうし)

まとめ

投稿者: qa19582000 投稿日時: 2004/08/14 10:20 投稿番号: [7975 / 66577]
南京事件について、ぐちゃぐちとゃ書きましたが、何も難しい話でも大した話でもないのです。oj_simpsanさんからの単なる揚げ足取りなんです。

oj_simpsanさんの主張は次の二つです。

①、岡村大将(終戦時の支那総軍の司令官・蒋介石と仲のよい方)が、南京大虐殺を知っていて、これは南京大虐殺を証明する重要な証拠である。

②下関という港町が主ですが、市内(行政上でなく一般的用法)だけでなく、郊外の人口も100%把握しろ。(虐殺は主にそこで行なわれたと考えているのかな?)

現在は、一次資料からはいわゆる南京大虐殺を成り立たせることはできなくなっています。南京事件研究の先端はそういう状況です。

0%の可能性

投稿者: houjyuukai 投稿日時: 2004/08/14 10:11 投稿番号: [7974 / 66577]
確実に0とは言い切れませんが
(当時自分生まれてませんし)
中国は日本が南京に来る前に
「清野作戦」を実行しています。
資料によると下関地区の
城壁から200〜300の民家、商店などは
全て焼き尽くされております。
てかこのときの被害が
日本軍の空爆の被害よりかなり大きい。

焼き払われてただの野原にされていた
ところに人が住んでいる可能性は極めて
低いと思われます。

>安全区以外はほとんど無人地帯です。

投稿者: qa19582000 投稿日時: 2004/08/14 09:51 投稿番号: [7973 / 66577]
簡単に言いますよ。

広大な城内の中は(一般的意味での南京市内)は、安全区以外はほとんど無人地帯でした。これが南京事件の過去からの論争において重要ポイントなのです。

なぜなら、南京虐殺は、その広い(山や河や市街地や飛行場まである)城内(一般的な呼び方の市内)の中で、何周間にもわたり何十万もの虐殺がされたという「話」だったからです。まずそこの話なんです。

もちろん、南京の城壁の外の下関という港町などには、中国人がいて日本海軍の保護を受けていました。もちろん食料の供給も必要です。これなどは昔から知られていることで、こんなことは前提でそれらの論議がされているのです。

oj_simpsanさんは、またここでも南京近郊の人口について、
『じゃあ、「可能性」は0%と立証してください。それが立証されない限り』と同じようなことを言っているわけです。むちゃくちゃな論理です。

>恥かしい説

投稿者: qa19582000 投稿日時: 2004/08/14 09:34 投稿番号: [7972 / 66577]
簡単に言いますよ。

j_simpsanさんの主張は、

南京大虐殺があって、ある特務機関員?が、実際にそれを(長期にわたりでしょう)見ていて、それを岡村将軍に報告していた。だから岡村は南京大虐殺の事実を知っていた。(だから岡村発言に触れない南京事件サイトはインチキだ)

そして岡村は戦後はずっと(南京大虐殺を知っていながら)沈黙して亡くなった。

これは、すごい話です。 というか、j_simpsanさん、これこそ実名では発表できない「恥かしい説」ですよ。

安全区以外はほとんど無人地帯です。

投稿者: qa19582000 投稿日時: 2004/08/14 09:22 投稿番号: [7971 / 66577]
広大な城内の中は(一般的意味での南京市内)は、安全区以外はほとんど無人地帯でした。これが南京事件の過去からの論争において重要ポイントなのです。

ただ、南京の城壁の外の下関という港町などには、中国人がいて日本海軍の保護を受けていました。これなど、昔から知られていることで、こんなことは前提で論議がされているのです。

『実は根拠薄弱な「城外は無人」”では「大虐殺など、なかった」と主張してる人達の論拠に”若干漏れがあるかも知れない”と主張しているだけで、、「あった」ことの直接的証明には全くならず』

のとおりなのです。

oj_simpsanさんは、またここでも『じゃあ、軍内部の特務機関や情報参謀ルートの情報だという「可能性」は0%と立証してください。それが立証されない限り』

と言っているわけです。特務機関?や情報参謀ルートというのを具体的に示せないのにですよ。どこに中国人がいたか、とか、どんな特務機関(誰に)に聞いたのかとか、全く示せずにですよ。





、岡じゃあ、・・・ルートの情報だという「可能性」は0%と立証してください。ということを

恥かしい説

投稿者: qa19582000 投稿日時: 2004/08/14 09:09 投稿番号: [7970 / 66577]
投稿者: qa19582000
j_simpsanさんの主張は、南京事件について、岡村将軍の発言を重視して書いてないサイトは、情報操作だとかインチキだという趣旨の主張ですね。

それに対して、私は岡村のよう発言なら他にもたくさんあって、そんな特別に重視にしなければいけないことはないと言ったわけです。

なぜなら、岡村は南京で目撃したり現地で調査したわけではなく、南京から遠いところでただ聞いただけであって元のニュースヘースは、国際委員会の報告が回っていたんですよ。とちらっと教えてあげのです。これは私の説ではなく、二人くらいの研究者が言ったことで、それなりの根拠もあるし、たいした問題になることじゃないです。

しかし、oj_simpsanのように岡村発言が決定的なものであるという主張は、珍説以上のものですよ。

なぜなら、oj_simpsanさんは、南京大虐殺が実際にあってそれを、日本軍の特務機関?か情報参謀?が独自の調査で掴んでいて、時期はわからないけど「上海」で岡村将軍だけに報告したと考えているからなのですね。南京大逆殺を掴んだ特務機関員がいるわけですね。

そして岡村は南京大虐殺の事実を知っていたのですね。そして戦後はずっと南京大虐殺を知っていたけど、そのことに沈黙していたわけですね。

これは、すごい話です。 というか、j_simpsanさんこれこそ実名では発表できない恥かしい説ですよ。

―――――――――――――――――――

①まず、
『岡村氏の文章にはそんなこと何も書いてありませんが。いわゆる「qaさんの脳内事実」ですか? 』

と他人に対していきなり脳内事実だと決めつけることこそ、この反論こそが論理も脈絡もない、oj_simpsanさんが言った脳内事実であることを、まず認めなさい。

誰が見てもそうでしょう。何回も言うように、oj_simpsan「岡村の文章にそんなことが書いてなければお前の脳内事実だ」、なんて論理はおかしいことですからね。

順序を追って、発端のこの一点だけでもちゃんと認めさい。そうしたら、何か一つでも教えてあげますよ。

私はあなたの兄弟でも友人でもない。いきなりお前は脳内事実だとか言う人間に対して、調べれば簡単にわかるようことを、教えてあげる義理は全くないのですよ。人に聞く前に礼儀を普通にしなさい。

②それでは岡村将軍が、どこで聞いたかわかりましたか。これは教えなくても簡単なことでしょう。南京から遠く離れたところで聞いたと言ったのに対して、それは私の脳内事実と言いましたね。

それでは南京がその近郊で聞いたのですか、上海で聞いたのですか、果してどちらが脳内事実ですか。人に脳内事実という以上答えられるでしょう。岡村が、その時どこにいたか、南京がその近郊にいたのか、知らなくても実際調べれば簡単なことです。それとも、事実を知らないで人に対して脳内事実だと言ったのですか。

③『じゃあ、軍内部の特務機関や情報参謀ルートの情報だという「可能性」は0%と立証してください。
それが立証されない限り、岡村将軍の東京での情報ソースは「わからない」と結論づけるべきで、「国際委報告」と断定する人は、それは勝手に脳内事実を描いているだけです』

こんな無茶苦茶な論理はないですよ。いきなりB説を出してその『「可能性」は0%と立証』できない限り、A説は私の脳内事実に過ぎないと言っているわけですよ。A説の根拠を教えてあげるとか、そういう以前の問題ですよ。

しかもいきなり出したそのB説というのは、具体的に何かあるのではなくて、「特務機関?や情報参謀ルート?」それこそ雲を掴むようなことでしょう。それを oj_simpsanさんではなく、私がなかったことを証明せよ。と言っているわけでしょう。oj_simpsanさんもこういう論理はおかしいと思いませんか。しかも、本筋とは関係ないいくつかの揚げ足の質問をしたあげくのことですよ。

これも本筋は、南京事件について、岡村大将の発言を重視して書いてないことは、情報操作だとかインチキだみたいなj_simpsanさんの主張でしょう。

それなら、南京大虐殺が実際にあってそれを、日本軍の特務機関?か情報参謀?が独自の調査で掴んでいて、上海で岡村将軍だけに報告したというのですか。そして岡村は南京大虐殺の事実を知っていたのですね。そして戦後はずっと南京大虐殺を知っていたけど、そのことに沈黙していたわけですね。

simpsanさんの今までの論理だとそうなりますが、ものすごい話しですね。どういう特務機関の誰が何についてのような報告をしたのでしょうね。これは本当に「珍説」ですよ。

そして具体的に、いつどの、特務機関?か情報参謀?をなんの根拠も示さずに、お前がこの説の「可能性」は0%と立証しろ、と言っているわけで\xA4

下関を含む城外人口は不明

投稿者: oj_simpsan 投稿日時: 2004/08/14 04:24 投稿番号: [7969 / 66577]
>南京の住民のほとんどは安全区に集中していたというのが、正しいと考えられます。
>ただ下関地区には中国人もいて

つまり、無人ではないと認めたのですね。

【下関近辺に約1万人の難民がいた】

ことは12月28日ラーベ報告(ドイツ外交文書)にある。その時点まで1万人規模の難民も知らなかったということは、国際委の

【当初の城外無人認識は国際委自身によって否定】

されたのだから、城外に、河向こうに脱出できないでいた滞留民が何万人いたのか、

【正確にはわからない】

ループで逃げてもダメ。

投稿者: oj_simpsan 投稿日時: 2004/08/14 03:30 投稿番号: [7968 / 66577]
>この反論こそが論理も脈絡もない、

論理は既に示しました。
反論できないのですか?

とにかくすごい話しですね。

投稿者: qa19582000 投稿日時: 2004/08/14 03:27 投稿番号: [7967 / 66577]
j_simpsanさんの主張は、南京事件について、岡村将軍の発言を重視して書いてないことは、情報操作だとかインチキだみたいなという主張ですね。

なぜなら、oj_simpsanさんは、南京大虐殺が実際にあってそれを、日本軍の特務機関?か情報参謀?が独自の調査で掴んでいて、時期はわからないけど「上海」で岡村将軍だけに報告したと考えているからなのですね。

そして岡村は南京大虐殺の事実を知っていたのですね。そして戦後はずっと南京大虐殺を知っていたけど、そのことに沈黙していたわけですね。

これは、すごい話です。

>いや、脳内事実でしょ。

投稿者: qa19582000 投稿日時: 2004/08/14 03:19 投稿番号: [7966 / 66577]
投稿者: qa19582000
①まず、
『岡村氏の文章にはそんなこと何も書いてありませんが。いわゆる「qaさんの脳内事実」ですか? 』

と他人に対していきなり脳内事実だと決めつけることこそ、この反論こそが論理も脈絡もない、oj_simpsanさんが言った脳内事実であることを、まず認めなさい。

誰が見てもそうでしょう。何回も言うように、「岡村の文章にそんなことが書いてなければお前の脳内事実だ」、なんて論理はおかしいことですからね。

ちゃんと認めたら、何か一つ教えてあげますよ。

私はあなたの兄弟でも友人でもない。いきなりお前は脳内事実だとか言う人間に対して、調べれば簡単にわかるようことを、教えてあげる義理は全くないのですよ。人に聞く前に礼儀を普通にしなさい。

②それでは岡村将軍がどこで聞いたかわかりましたか。これは教えなくても簡単なことでしょう。南京から遠く離れたところで聞いたと言ったのに対して、それは私の脳内事実と言いましたね。

それでは南京がその近郊で聞いたのですか、上海で聞いたのですか。果してどちらが脳内事実ですか。人に脳内事実という以上答えられるでしょう。岡村が、その時どこにいたか、南京がその近郊にいたのか、知らなくても実際調べれば簡単なことです。でも、事実を知らないで人に対して脳内事実だと言ったのですか。

③『じゃあ、軍内部の特務機関や情報参謀ルートの情報だという「可能性」は0%と立証してください。
それが立証されない限り、岡村将軍の東京での情報ソースは「わからない」と結論づけるべきで、「国際委報告」と断定する人は、それは勝手に脳内事実を描いているだけです』

こんな無茶苦茶な論理はないですよ。いきなりB説を出してその『「可能性」は0%と立証』できない限り、A説は私の脳内事実に過ぎないと言っているわけですよ。A説の根拠を教えてあげるとか、そういう以前の問題ですよ。

しかもいきなり出したそのB説というのは、具体的に何かあるのではなくて、「特務機関?や情報参謀ルート?」それこそ雲を掴むようなことでしょう。それを oj_simpsanさんではなく、私がなかったことを証明せよ。と言っているわけでしょう。oj_simpsanさんもこういう論理はおかしいと思いませんか。しかも、本筋とは関係ないいくつかの揚げ足の質問をしたあげくのことですよ。

これも本筋は、南京事件について、岡村大将の発言を重視して書いてないことは、情報操作だとかインチキだみたいなj_simpsanさんの主張でしょう。

それなら、南京大虐殺が実際にあってそれを、日本軍の特務機関?か情報参謀?が独自の調査で掴んでいて、上海で岡村将軍だけに報告したというのですか。そして岡村は南京大虐殺の事実を知っていたのですね。そして戦後はずっと南京大虐殺を知っていたけど、そのことに沈黙していたわけですね。

simpsanさんの今までの論理だとそうなりますが、ものすごい話しですね。どういう特務機関の誰が何についてのような報告をしたのでしょうね。これは本当に「珍説」ですよ。

そして具体的に、いつどの特務機関?か情報参謀?をなんの根拠も示さずに、お前がこの説の「可能性」は0%と立証しろ、と言っているわけですよ。

>>だから、勝手に断定しちゃだめでしょ

投稿者: qa19582000 投稿日時: 2004/08/14 03:08 投稿番号: [7965 / 66577]
『日本政府は1951年、『サンフランシスコ条約』を締結したということは、南京大虐殺を認めなければ、日本の独立国としての地位は国連では認知しないと言う事なのだ。』

ずっとこんな議論で、もう疲れましたが、、『サンフランシスコ条約』上は全くそういうことはありませんよ。というか、国際法の原則上そんな理屈はあり得ません。


また話しは別ですが、
「中国南京軍事裁判の審判」
『それから殺人競争の下手人・向井敏明、野田毅、及び殺人狂・田中軍吉に対して審判を行いました』

このことを調査したり研究したりして事実を知ったとしても、本当はこうだったんだよ、と人に知らせたり発表したりしてもいけないのですか。

国際委報告のどこに、この記述あるの。

投稿者: oj_simpsan 投稿日時: 2004/08/14 03:01 投稿番号: [7964 / 66577]
だいたい、以下の部分のソースは国際委報告じゃないよね。だってこの内容に該当する記述は同報告にないから。

>一、第一線部隊は給養困難を名として俘虜を殺してしまう弊がある

だから、よくまあ「元は国際委の報告」などと言えたものだ。

>Re: 実は根拠薄弱な「城外は無人」

投稿者: qa19582000 投稿日時: 2004/08/14 03:00 投稿番号: [7963 / 66577]
『実は根拠薄弱な「城外は無人」”では「大虐殺など、なかった」と主張してる人達の論拠に”若干漏れがあるかも知れない”と主張しているだけで、「あった」ことの直接的証明には全くならず』

それはおっしゃる通りです。全体的に見るとそれはそうなんです。いわゆる南京市外(城壁の外)についてですが。特に、食料供給の問題もありますしね。

ただ下関は、揚子江対岸の連絡地というか特別な地区で町があって食料も多少はあったはずだし、日本海軍も幾分かは食料を供給していました。

>実は根拠薄弱な「城外は無人」

投稿者: qa19582000 投稿日時: 2004/08/14 02:53 投稿番号: [7962 / 66577]
私が調べてきたのは、いわゆる南京市内の城壁で囲まれた中のことです。その中には、五台山、清涼山など、南部の人口密集地や官公庁地区、飛行場、畑、原野、沼地、何本かの河もあります。行政区上の呼び方はありませんが、いわゆる一般的な呼び方の南京市内であり、これは相当広いので、絶対に安全区以外には一人もいないとはいえません。ある程度の人、何人かはいたと思います。

それでも、この城内(一般的な呼び方の南京市内の)の安全区の以外はほとんど無人と言っても間違いではあないと思います。国際委員会は日本軍入城以前に全市に勧告文を出し、安全区にほとんどの中国人を集めていました。南京防衛司令官はもっと厳しく軍命令で人々を安全区に集めました。

この結果、日本軍入城前から1月くらいの間の外国人の証言は30件くらいありますが、安全区以外は無人であったとするものばかりでこの証言にぶればありません。もちろん外国人は安全区の外の城内を調査することはできました。

また、城内に入った日本兵の証言もあり、、入城数日だけでも20件くらいありますが、安全区以外は無人というものばかりです。それ以外に全部の部隊を調査しデーターベースにありますが、安全区以外では住民との接触自体がほとんどありませんでした。

南京の住民のほとんどは安全区に集中していたというのが、正しいと考えられます。

ただ下関地区には中国人もいて、これは日本海軍のおかげで中国敗残兵の略奪から守られていました。城外や郊外は、日本軍の証言などから、だいたいのところはわかっていますが、100%は掴んでいません。

『それ以前に、城内の人間も城外に連れ出してから殺害したというのが』、

また、老人や女子を含む一般住民を安全区の外に連れだすことはありません。第7連隊による厳重に統制された三日間の掃討で、いわゆる便衣兵を安全区の中でつかまえて、その連行と処刑はあります。いわゆる便衣兵の処刑は、現在も議論のあるところです。

―――――――――――――――
>私も時間を取り過ぎたのでこれで失礼しますが。安全区の外は、ごく一部の地域を除いてほとんど無人でした。これは当時の数多くの証言で確認されています。

その証言、検証しましたか?

国際委は安全区の外は「無人」と認識していましたが、城外の下関に、脱出できない人間が多数存在したことも、生き残った人間2000人〜20000人が下関棲霞寺に籠もったことも当初は知りませんでした。

つまり「無人」と思っていただけで、城外に市外に脱出できなかった人間がどれくらいいたのか、実は把握できていない。

というわけで、城外の滞留人口について正確に把握していた人間は、今のところ確認されていません。

証言は検証しましょうね。ご自分で述べたとおり。

それ以前に、城内の人間も城外に連れ出してから殺害したというのが、南京軍事法廷の判決なんだけど。それじゃラーベが見ていないということは反証になりえませんな。

というわけで、安全区の外で殺害されたという主張そのものは、否定されていないようです。

ただ、

投稿者: oj_simpsan 投稿日時: 2004/08/14 02:36 投稿番号: [7961 / 66577]
qaさんの【脳内事実】が、歴史的【事実】と合致する可能性も、ないわけではありません。

ただそれは東京での情報をめぐる話で、上海で特務機関長たちの聴取を受けていると、はっきり書いてますな。
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